石田純一、約6000万円“収入減”を告白も「無神経」!?  妻・東尾理子への言及も「印象悪くする」「冗談でも言うな」と批判噴出

 昨年4月、緊急事態宣言下で沖縄を訪れてゴルフを行い、その直後に新型コロナウイルス感染を公表した、タレントの石田純一。回復後も、複数人と夜の街で会食していたことや、マスクをせずに外出していたことが週刊誌で報じられ、世間から大バッシングを浴びたが、インタビューにて“現在の心境”を告白し、ネット上で物議を醸している。

 3月3日、「Yahoo!ニュース」が石田のインタビュー記事を掲載。「バッシングの果てに。石田純一の今」というタイトルの通り、昨年、世間から批判を受けたことを振り返りつつ、今後の目標などを語っていた。

「石田は自身の新型コロナ感染について、『口を開けば言い訳と言われるし、まさに今こうやってしゃべっていることも弁解みたいになってしまうのかもしれませんけど』と前置きした上で、『どんな理由があるにせよ、それは“認識の甘さ”という言葉からは逃れられない領域だと思います』と、反省の言葉を述べていました」(芸能ライター)

 この騒動は仕事にも大きな影響を与えたそうで、約6000万円も収入が減ったとか。一方、今後は映画に携わりたいと野望を明かし、来年の公開を見据えて制作に取り組んでいるとのこと。また石田は、この騒動をきっかけに、妻でプロゴルファーの東尾理子のことを「本当にタフ」だと感じたらしく、「今はどこかで『オレはいつ死んでも大丈夫だな』と思う」と心境を明かした。

「東尾についてはほかにも言及していましたが、『相変わらず、ウチの奥さんは「ごめんなさい」は言わない』という発言に対し、ネット上で批判が噴出。『妻の印象を悪くする必要あった?』『こういう一言に石田の無神経さが際立ってる』といった苦言が漏れていました。さらに、『いつ死んでも大丈夫』との一言にも、『小さい子どもがいるのに、無責任すぎる』『このご時世、冗談でも言うべきじゃない』などの指摘も少なくありません」(同)

 石田は先月も、YouTube動画で同様の発言をしており、ネット上であきれた声が上がったばかりだ。

「2月13日、お笑いコンビ・ロンドンブーツ1号2号の公式YouTubeチャンネルで公開された動画に、石田が出演。田村淳が石田にインタビューするという内容で、なぜ沖縄に行ったのか問われると、『あれは仕事で行ってる』と強く主張しつつ、『まあ、何を言っても大体「言い訳ばっかり」って言われるんで……』とつぶやいていました。また、一連の報道によって誹謗中傷を受けたという石田は、『生きてるのがイヤになっちゃう』『小さい子どもがいなかったら、海外で暮らしていた』とも発言。ネット上には『誹謗中傷は許されない行為だけど、まずは自分の行動を反省しなよ』『石田が自己中すぎてドン引き』などと、あきれられていました」(同)

 まさに、“何を言っても批判される”状態の石田だが、それでも黙っていられない理由があるのだろうか。

TWICE、J.Y.Park作曲の「Switch to me」から繙く、K-POPブーム前夜90~00年代の“韓国製”NJS楽曲紹介

――毎月リリースされるK-POPの楽曲。それらを楽しみ尽くす“視点”を、さまざまなジャンルのDJを経て現在はK-POPのクラブイベントを主宰するe_e_li_c_a氏がレクチャー。

今月の1曲:DAHYUN and CHAEYOUNG (TWICE) - 나로 바꾸자 Switch to me

 TWICEのメンバーが1人単位で、ほかのアーティストの曲をカバーする「Melody Project」という企画で発表された楽曲です。昨年大みそかにリリースされたRainとJ.Y.Parkの楽曲「나로 바꾸자 Switch to me」をダヒョンとチェヨンがカバーしました。原曲は、君には自分のほうが似合ってる、自分のほうが良い男だ、とRainとJ.Y.Parkが女性を取り合う曲です。ダヒョンとチェヨンのカバーは歌詞の性別が男から女に入れ替えられており、原曲よりも楽曲のテイストの90年代を意識したスタイリングになっています。

 J.Y.Parkは言わずもがなですが、2020年にRainはMBCの『遊ぶなら何する?』という番組の企画でユ・ジェソク、イ・ヒョリと共にSSAK3(サクスリー)という期間限定ユニットを結成し、90年代に主流だった夏のダンスミュージック楽曲をリバイバルするという趣旨で当時の曲をカバーしたり、新曲をリリースし、大ヒットしました。

 今までの連載を見てくださった方には聞いてわかる通り、「나로 바꾸자 Switch to me」はNJS(New Jack Swing)楽曲です。NJSについては一昨年、PENTAGONの「HAPPINESS」がリリースされた際に音楽的な面から解説しましたが、この記事では韓国にNJSが入ってきてから、2010年代までの間をかなり省いて書きました。

 またJ-Popに関しては、NJSの歴史に沿った読み物が探せば見つかりますが、日本語で韓国のNJSについて書いてある読み物があまり見つからなかったので、今回はNJSという切り口から、年代に沿ってアーティストや当時の韓国を取り巻く現状などを紹介していきたいと思います。以前の記事にも書いた、서태지와 아이들(ソテジワアイドゥル)と듀스(DEUX、デュース)については省いて、時系列順に紹介します。

90年代~00年代初頭の韓国のNJS楽曲

■이승철 (Lee Seung Chul) - 방황 (The Wandering、彷徨) (1992/11)

 イ・スンチョルは부활(復活)というバンドの2代目ボーカルとしてデビューし、アイドル級の人気を博します。イ・スンチョルがあまりに人気だったため、当時バンドの「復活」と言うより「イ・スンチョルのバンド」という認識を持っている人が多かったそうです。リーダーでプロデューサー兼作詞作曲家のキム・テウォンとの意見のすれ違いや彼の逮捕によりグループは解散し、1989年にイ・スンチョルはソロデビューします。

 この楽曲は作編曲を김홍순(キム・ホンスン)がやっており、後述するUptownの「다시 만나줘」(Back to me)にも彼の名前があります。

 ただこの曲は後に盗作疑惑がかけられ、作詞作曲の著作権者に関しては「無」という表記になります。Bobby Brownの「Humping Around」が原曲ではないかと言われていますが真相は闇の中です。94年にリリースされたアルバム『The Secret of Color』収録の「착각」(錯覚、勘違い)もNJSです。

 近年はMnetのオーディション番組『Super Star K』シリーズに審査員として出演したり、昨年35周年記念アルバムをリリースし、少女時代のテヨンとデュエットをしています。

■양준일 (Yang Joon-il) - Dance With Me 아가씨 (Dance With Me Lady) (1992/11)

 ヤン・ジュンイルの「Dance with me 아가씨」(アガシ、お嬢さん)です。この曲の収録されている2枚目のアルバム『나의 호기심을 잡은 그대 뒷모습』(僕の好奇心をつかんだ君の後ろ姿)に入っている「가나다라마바사」(Pass Word、カナダラマバサ)もNJSです。

 ヤン・ジュンイルは韓国系アメリカ人で、91年に「리베카」(レベッカ)という曲でステージデビューします。しかし93年に、「レベッカ」が公演倫理委員会(※1)によって盗作曲と判定を受け、ビザの更新もうまくいかず、しばらく姿を消すこととなります。「レベッカ」はJanet Jacksonの「Miss You Much」を盗作した疑惑がかけられていたそうですが、公演倫理委員会の判定基準は当時の専門家の間でも議論があったそうです。

 引用元は「米国の歌、日本の歌、香港の歌」とだけ記載され、具体的な引用元が明示されておらず、保守的な委員会の人たちが彼の自由奔放な姿を気に入らなかったからでは、ともいわれています。

 長い髪の毛やダボッとした服装が、まだ保守的だった当時の韓国ではだらしなく見え、英語がふんだんに散りばめられた歌詞に聞き慣れないジャンルの楽曲は「新鮮で型破り」という評価を受けますが、大ヒットとまではなりませんでした。サビに英語を持ってきて、それを繰り返す手法というのは現代のK-Popの定石ともいえますが、韓国語があまり得意ではないヤン・ジュンイルのような人が本能的にそのような曲を作ってパフォーマンスしていたというのは、今考えるととても興味深いです。

 当時の姿が、顔も含めてG-Dragonに似ていることから、2018年頃ネット上で話題になり、19年に出演した『シュガーマン』(※2)で時代の最先端を行っていたと再評価されます。番組出演のための来韓だったので、すぐにアメリカに帰国しますが、番組放送後の反響は凄まじく、最終的に韓国に移住し音楽活動をすることになります。つい先日、2月22日にもEPがリリースされ、CDの売り上げなどもアイドルグループに引けを取らない、かなり良い成績を残しています。

※1:現在の「映像物等級委員会」にあたる組織で、映像物の倫理性及び公共性を確保して青少年を保護するための等級委員会。
※2:韓国歌謡界で一世を風靡するも、いつの間にか消えてしまった、いわゆる一発屋の歌手のヒット曲にスポットライトを当て、当時のエピソードを聞いたり、最前線で活動するアイドルが彼らの楽曲をカバーするという番組。

■김건모 (Kim Gun-Mo) - 버려진 시간 (Lost time、失われた時間) (1993/10)

 韓国歌謡界の伝説と言われるキム・ゴンモの2枚目のアルバム『김건모 2』(キムゴンモ2)収録曲です。キム・ゴンモの総アルバム売り上げ数は330万枚で、19年に入って防弾少年団に339万枚で破られるまで、彼がこのギネス記録をずっと保持していたことを考えると、どれだけすごいことかわかると思います。

 デビューアルバムのタイトル曲はソウルミュージックで、『김건모 2』(キムゴンモ2)のタイトル曲「핑계」(ピンゲ、言い訳)はレゲエのリズムを取り入れたり、「버려진 시간」(Lost time)ではNJSをやったり、ハウス曲「어떤 기다림」(Waiting For)があったりと、この時代にダンスミュージックをうまくポップスに取り入れているアーティストです。

 90年代前半のラップはどの曲もまだしゃべる延長という感じがしますが、彼のラップは頭ひとつ抜けている印象です。96年リリースのアルバム「Exchange kg. M4」収録の「악몽」(悪夢)もNJS寄りの楽曲です。

■김성재 (Kim Sung Jae) - 말하자면 (As I Told You、言わば) (1995/11)

 DEUXの片割れキム・ソンジェのソロデビュー曲「말하자면」(マルハジミョン、言ったとおり)です。キム・ソンジェは小学生の終わり頃から日本に住み、BAE173のナム・ドヒョンやm-floのVERBALが通ったセント・メリーズ・インターナショナルスクールや、ZICOが通った東京韓国学校に通っていたそうです。

 SBSの『생방송 TV 가요20』(生放送TV歌謡20)という、現在日曜日に放送している音楽番組『人気歌謡』の前身番組でソロデビューしますが、次の日の11月20日にホテルで死んでいるところをマネジャーが発見します。腕にはたくさんの注射の跡があり、遺体からは動物に使う麻酔薬が検出されたそうで、交際していた歯学部生の彼女が逮捕されますが、最終的には無罪になるなど未解決事件となります。この事件をモチーフにした『真実ゲーム』という映画も、00年に公開されています。

 16年にBTSがカバーしたことで知っている人もいるかもしれません。

■룰라 (Roo'Ra) - 3!4! (1996/06)

 DEUXのキム・ソンジェの相方、イ・ヒョンドがプロデュースしたルーラの4枚目のアルバムタイトル曲、「3!4!」です。グループ名は彼らのデビューアルバムのタイトルにもなった「Roots Of Reggae」から来ており、文字通りレゲエを軸に活動するというコンセプトでした。

 当初、男性3人でのデビューが企画されますが、当時大人気だったソテジワアイドゥルと同じ構成になるため、男女混合グループの男性3人・女性1人でデビューします。その後男性1人が兵役のため脱退し、女性ボーカルが1人入り、この映像と同じ男女2人ずつのグループとなります。

 デビュー時から人気があり、日に日に人気は増していきますが、3枚目のアルバムタイトル曲「천상유애」(天上遺愛)がジャニーズ事務所所属・忍者が歌った美空ひばりのカバー「お祭り忍者」の盗作疑惑が出ると一変、世間の目が厳しくなり、音楽番組等に出られなくなります。キム・ソンジェの葬儀場で距離の縮まったイ・ヒョンドとルーラのメンバーですが、この状況だったルーラのためにイ・ヒョンドが曲を提供し、それがこの「3!4!」でした。この4枚目のアルバムでルーラは人気を取り戻します。

 ルーラのあまりの人気に当時「꼬마 룰라」(ちびっ子ルーラ)が結成され、幼少期のG-Dragonがメンバーに選ばれ、これがYGエンタテインメントからスカウトされるきっかけになったそうです。

 YGエンタテインメント第一号アーティストとしてデビューした、男性3人組グループKeep Sixのデビューアルバム『Six In The Cambah』のタイトル曲で、デビュー曲です。同じアルバムに入っている後続曲「어떻게」(オットケ、どうしよう)もNJS楽曲です。

 メンバーのうち2人はソテジワアイドゥルのバックダンサー出身で、メインボーカルのイ・セヨンは韓国系ブラジル人です。ソテジワアイドゥルのメンバーでYGエンタテインメント創始者、ヤン・ヒョンソクがソテジワアイドゥル解散後に作ったグループということで話題になりますが、当時NJSといえばDEUXの専売特許で、先に紹介したRoo'Raやイ・ヒョンドなどNJS楽曲で活動するアーティストが多く、無難で印象に残らなかったそうです。

 さらに96年末にはソテジワアイドゥルのメンバー、イ・ジュノが発掘したブレイクダンスができるダンサーを集めて作った男女混合グループYoung Turks Clubが大ヒットし、人気絶頂のH.O.Tが音楽授賞式で賞を総なめしたことで、大衆からは忘れられた存在になってしまいます。

 Keep Sixの商業的な失敗は今でもYGエンタテインメントの黒歴史扱いされているそうですが、その後デビューしヒットするJinuseanなどにノウハウが生かされました。

■업타운 (Uptown) - 다시 만나줘 (Back to me、やり直そう) (1997/01)

 今現在も韓国でラッパーとして活動するユン・ミレの所属していたHiphopグループ・Uptownのデビュー曲です。ユン・ミレは、アフリカ系アメリカ人の父と韓国人の母を持つアメリカ生まれの韓国系アメリカ人で、後のUptownのリーダー、チャン・ヨンジュンの目に留まり14歳でアメリカから韓国に移住することとなります。

 韓国ではインターナショナルスクールに通いますが、肌の色などで差別を受け、中退するなどつらい経験をしました。デビュー時15歳でしたが、芸能活動に支障があったため19歳と偽り活動します。途中で年齢が明らかになりますが、当時はそこまで問題視されずUptownの活動は続きます。ユン・ミレは同じ事務所の別ユニットTashannie(タシャニ)として活動するためUptownからは脱退し、ほかのメンバーが薬物疑惑で拘束されたことから、最終的には解散となりますが、後のHiphopシーンに多大な影響を与えます。

 「다시 만나줘 」(Back to me)の作曲は、先述イ・スンチョルの「방황」(彷徨)を作ったキム・ホンスンとチャン・ヨンジュンで、彼はほかにもUptownの曲をたくさん作ります。チャン・ヨンジュンは02年にKBSで放送された『Space HipHop Duck』というアニメの音楽監督も務め、OPとEDはYGエンタテインメント所属のアーティストが担当しています。

 Uptownは05年に再結成されますが、盗作疑惑などもあり「UPT」に改名し、今では韓国Hiphop界の重鎮となったラッパーSwingsなどをメンバーに迎えたものの、ヒットとまではならず、現在は解散の発表こそされていませんが、空中分解状態となっています。

■언타이틀 (Untitle) - 날개 (Wings、翼) (1997/2)

 自分たちの曲全てを作詞作曲するユ・ゴンヒョンと、作詞・ラップ・振り付けをするソ・ジョンファンの2人組グループ、アンタイトルの2枚目のアルバム『The Blue Color』のタイトル曲です。 DEUXファンだった2人はデモテープをイ・ヒョンドに送り、彼と同じ事務所に所属して音楽活動をしました。この曲はミリオンヒットを記録し、さまざまな音楽番組で1位を獲るほどの人気がありましたが、3枚目アルバムの収録曲「자살」(自殺)という曲が放送審議規定に引っかかり、プロモーション活動ができなくなり、人気は低迷します。

<韓国の音楽背景にある「健全歌謡」「セマウル歌謡」>

 韓国の“時代”を象徴する音楽は、1960年代半ば頃~70年代にかけては「貯蓄の歌」「豊かに暮らそう」「今年は働く年」など政府主導で進められる音楽統制政策の一環で作られた「健全歌謡」(政府権力者にとって望ましいものが「健全」という基準)、70年代は「勤勉」「自助」「協同」を基本精神とした農村近代化運動の「セマウル歌謡」があります。

 どちらも歌を利用して国を一丸とする、いわゆる“精神高揚運動”のようなものですが、80年代は「健全歌謡挿入義務制」が実施され、発売されるレコードやテープなどの音源全てに必ず1曲は「健全歌謡」を収録しなければいけなくなります。

 88年にその制度が廃止され、90年代はそういったものから解き放たれた時代……かと思いきや、アンタイトルのほとんどのアルバムには「奉仕」「犠牲」「愛」「正義」「礼儀」などのキーワードが散りばめられており、セマウル運動のスローガンとして掲げられた「잘 살아보세」(幸せに生きよう)を表しているようで、“ほとんどセマウル歌謡”と評価されていたりもします。

 アンタイトルの解散後もユ・ゴンヒョンはgodやPSY、オム・ジョンファ、Roo'Raなどの作曲を担当し、なんとあの江南スタイルはPSYとユ・ゴンヒョンの共作です。ついこの間リリースされたヒョナの「I'm Not Cool」を始め、PSYが設立したP NATIONの所属アーティストの楽曲は、ほとんどがユ・ゴンヒョンによるものです。

 韓国Hiphopの元祖と言えば、な2人ジヌとションで「ジヌション」です。2人ともアメリカで育った韓国系アメリカ人で、YGエンタテインメントから97年にデビューします。「말해줘」(Tell me)の収録されたデビューアルバム『Jinusean』は、Hiphopのアルバムでは異例の70万枚を売り上げます。

 このアルバムはソテジワアイドゥルのメンバーでYGの元代表ヤン・ヒョンソクとDEUXのイ・ヒョンドの共同プロデュースで、「말해줘」(Tell me)はイ・ヒョンドが、もう1つのタイトル曲「Gasoline」はヤン・ヒョンソクが作詞作曲をしています。「말해줘」(Tell me)の動画に出てくる女性ボーカルは、現在も最前線で活動する女優で歌手のオム・ジョンファです。昨年、前述の『遊ぶなら何する?』の企画でイ・ヒョリやラッパーのJessi、MAMAMOOのファサと共に「REFUND SISTERS」(払戻し遠征隊)を結成し、「DON'T TOUCH ME」という曲をリリース、大ヒットしました。

■S.E.S. - 너를 사랑해 (I Love You、君を愛してる) (1998/11)

 97年にデビューしたSMエンタテインメント所属、3人組女性グループS.E.S.の2枚目アルバム『S.E.S. 2』の後続曲「너를 사랑해」(I Love You)です。

 S.E.S.は追って紹介するFin.K.Lと共に、今までのK-Popに多大な影響を与えたグループで、90年代のガールズグループブームの主役であり出発点となりました。当時韓国にガールズグループという概念がなかったわけではないですが、ヒットを生むのは難しく、SMエンタテインメントは時間とお金をかけてS.E.S.を準備しました。

 若い女性たちがH.O.T.やSechs Kiesに熱中し、海外ではTLCやSpice Girls、日本でSPEEDなどが大ヒットしている中で登場したS.E.S.は、遠巻きでアイドルブームを見ていた男性たちにタイミング良くはまり、デビュー直後から人気は爆発します。デビュー曲の「I'm Your Girl」も少しNJSみのある曲です。

 2002年にグループは解散しますが、デビュー20周年記念として17年にアルバム『Remember - S.E.S. 20th Anniversary Special Album』がリリースされ、収録された「한 폭의 그림」(Paradise)は見事なNJS楽曲でした。

■유승준 (Steve Yoo) - 열정 (Passion、情熱) (1999/05)

 97年にデビューしたソロ歌手スティーブ・ユーの3枚目アルバム『Now Or Never』のリード曲「열정」 (Passion)です。このアルバムは、チョ・ソンモ、H.O.Tに続き99年のレコード販売枚数3位となるほど大ヒットします。

 スティーブ・ユー(ユ・スンジュン)は韓国で生まれ、13歳の時に家族でアメリカに移住します。歌手を夢見て韓国の企画会社に売り込みをし、20歳の時に契約が決まり、再び単身韓国に戻ります。97年に「가위」(悪夢)でデビューし、複数の音楽番組で1位を獲得、その後リリースする6枚目のアルバムまで連続で大ヒットします。4枚目アルバム『Over And Over』のタイトル曲「비전」(飛展)もNJSです。

 当時、一部の若者には日本のビジュアル系が流行し髪を長く伸ばす人もおり、中学高校などでは頭髪規定が厳しく、取り締まり問題も取り沙汰されましたが、スティーブ・ユーの人気が増したことで坊主が大流行します。ドラマやバラエティ番組などにもたくさん出演し、テレビ番組を通して謙虚で礼儀正しく、運動もでき何にでも熱心な姿を見せ、一方で話すとコミカルで近所のお兄さん的な身近さがある、という完璧とも言える印象で、文字通り老若男女から愛される芸能人となります。

<兵役法改正にも影響を与えた、アメリカの市民権取得>

 当時の人気を象徴するのが、2001年釜山で行われた日韓ワールドカップの組み合わせ抽選会で韓国伝統芸能やオペラなどと一緒にスティーブ・ユーがパフォーマンスをしたことでしょう。しかし02年に彼がアメリカの市民権を取得したことで、公益勤務要員(※3)が決まっていたのにもかかわらず、それを避けるためではないかとの疑惑が広がり、世論はヒートアップします。

 最終的に国は彼に韓国への入国禁止措置を取ります。普段の品行方正な印象やインタビューなどで兵役に行くと答えていたこともあったため、余計に世間の目は厳しく、これをきっかけに「ユ・スンジュン」と呼ばれていた彼は「スティーブ・ユー」と呼ばれるようになったわけですが、後の兵役法改正にも影響を与えるほどとなります。

 これまで男性芸能人は兵役免除や社会服務要員となることが多かった風潮も一変し、近年は兵役に行かなくてよい外国籍の芸能人が兵役に行ったりと、非常にデリケートな問題ではありますが、外から見ていると、どんどん生きるのに窮屈な社会になってきているように見えます。

※3:兵役に行く前に受ける徴兵検査で、健康状態などの理由から軍隊に入って役務をこなせないと判断された場合に割り振られる区分。現在は社会服務要員と呼ばれており、一般的なのは役所などに勤務するもの。自宅から通うことが義務付けられており、勤務時間も通常9時~18時なため、軍隊に入るよりはプライベートな時間を確保できるといわれている。

 ユニット名のTashannie(タシャニ)は先述のUptownのメンバー、ユン・ミレ(Tasha)とカナダ系韓国人で振付師のイ・スア(Annie)の英語名を組み合わせたものです。デビューアルバム『Parallel Prophecys』のタイトル曲「참을 수 없어」(我慢できない)に続く後続曲が「경고」(警報)です。アルバムのプロデュースはUptownのチョン・ヨンジュンが担当し、収録曲の作曲をヒット曲メイカーのパク・グンテ、Bighitエンタテインメント創始者のパン・シヒョクなどが担当しました。

 活動がH.O.T、Fin.K.L、S.E.S、Sechs Kies、Baby VOXなどの大御所とかぶり、あまり成績は振るいませんでしたが、「경고」(警報)がリズムゲーム「Pump It Up The O.B.G.」に収録され、このゲームがゲームセンターで大ヒットしたため、カラオケなどでも人気が出ます。

■브로스 (Bros) - 윈윈 (Win Win) (1999/10)

 先述のRoo'Raのメンバーであるイ・サンミンが当時のYGファミリーに対抗し、デビュー前の新人アーティストたちを広報する目的で作ったといわれるブロスのデビュー曲「Win Win」です。

 Roo'Raのメンバー4人、Roo'Raメンバーのチェ・リナを中心に作られた女性3人組グループ・디바(Diva)、男性5人組グループ・엑스라지(X-LARGE)、女性4人組グループ・샤크라(Chakra)のメンバーがおり、その後Chakraはデビュー65日で地上波音楽番組1位を獲得するなど、当時の3大ガールズグループ(S.E.S.、Fin.K.L、Baby VOX)の記録を破ります。

■2000 대한민국 (2000 Republic of Korea) - 아름다운 21C (Beautiful 21C、美しい21世紀) (2000/01)

 韓国初の正式にリリースされたHiphopコンピレーションアルバム『1999대한민국』(1999大韓民国)に続く第2弾シリーズ『2000 대한민국(大韓民國)』の収録曲です。

 『1999大韓民国』はX-Teenというユニットを中心に、ユン・ミレの夫TigerJKが所属するDrunken Tiger、Uptown、ソテジワアイドゥルのメンバーであるイ・ジュノが所属したHoney Family、現在『SMTM』(Show me the money)シリーズのMCを務めるキム・ジンピョ、Bobby Kimなどメジャーで活動していたラッパーを中心に34人が参加しています。Honey Family名義の「우리같이 해요」(一緒にやろうぜ)はマイクリレー曲にもかかわらず、音楽番組で良い成績を収め、約3年間のHiphopコンピレーションアルバム制作ブームのきっかけとなります。

 実は「2000 대한민국(大韓民國)」というタイトルのコンピレーションアルバムは、シンナラレコードから出たものと千里眼(現在のNaverのような、当時PC通信サービスを運営する会社)から出たものと2つあり、「아름다운 21C」(Beautiful 21C)が収録されているのはシンナラレコードからリリースされたものでした。

 『1999大韓民国』の時に参加したラッパーたちがどちらにも散らばり、自分たちが元祖2000大韓民国だと主張する騒動も起き、明確に勝敗が決まったわけではありませんが、千里眼からリリースされたものを元祖とすることが一般的になります。歌詞がいわゆる愛国歌のような内容で、どの国でもHiphopというジャンルにはこういう精神が反映されるものなのだな、と思わされます。

■핑클 (Fin.K.L) - 나우 (Now) (2000/10)

 98年に大成企画からデビューした女性4人組グループ、Fin.K.L(ピンクル)の3枚目アルバム『Now』のタイトル曲です。大成企画は現在のDSPmediaの前身で、Fin.K.L以外にもSechs KiesやSS501、KARAなどが所属し、90年代後半の歌謡界は“SMエンタテインメントかDSP”と言われるほどでした。現在はAPRILやKARDなどが所属しています。

 Fin.K.Lは冒頭で紹介したイ・ヒョリがリーダーを務め、女性アイドルグループとして「初」の記録を多数残すグループです。例を上げると、このNowで見られるスーツコンセプト、歌謡大賞の受賞、単独コンサート、平壌公演、ドラマOST参加、コンサートDVD発売などがあります。デビューから20年以上経った今でもロールモデルとしてFin.K.Lを挙げる人がいるぐらいで、後の「アイドル」という概念に多大な影響を与えたグループです。

 当時のプロモーション画像が見られる動画などを見ると、日本の女性グループや、主にSPEEDなどから多大な影響を受けてそうだなと感じます。

 『Now』以前は妖精、かわいさ、親近感などをコンセプトに売ってきましたが、『Now』ではセクシーでかっこいい方向にコンセプトをシフトチェンジします。今のK-Popであれば曲ごとにコンセプトを変えることはそこまで珍しいことではないですが、当時は大挑戦だったといわれています。しかしアルバム『Now』は2枚目のアルバムに劣らない大ヒットを飛ばし、コンセプトのおかげか女性ファンも増加します。

 2002年から個人活動がメインになり、メンバーそれぞれの所属事務所も別々になりますが、現在も解散という発表はしておらず、19年には「남아있는 노래처럼」(残っている歌のように)という曲をリリースします。

■디베이스 (D.BACE) - 모든것을 너에게 (Everything to you、全てを君へ) (2001/05)

 DEUXのイ・ヒョンドが作った男性5人組グループ、D.BACE(ディベース)のデビューアルバム『D.Bace』のタイトル曲です。「모든것을 너에게」 (Everything to you)はヒットし新人賞も取りますが、2枚目のアルバム『GO』では大きな反応は得られず、空中分解してしまいます。

 00年にSechs Kies、01年にH.O.T.が解散してからは、今まで紹介してきたようなHiphop、ダンスミュージック一辺倒だった歌謡界は歌い上げるバラード中心になり、音楽番組も生歌重視になったため、神話以外の歌とパフォーマンスをメインにする男性グループはほとんど受け入れられない時期だったそうです。

■주석 (Joosuk) - 정상을 향한 독주2 (Solo proceed to the top、頂上への独走2) (2003/11)

 韓国アンダーグラウンドHiphopの帝王と呼ばれたラッパーでありプロデューサーのジュソクの3枚目アルバム『Superior Vol. 1 This Iz My Life』のタイトル曲です。「2」とついているように、1の原曲は前述『2000大韓民国』の千里眼からリリースされたほうのアルバムに収録されています。聞き比べるとわかりますが、原曲の方はビートがかなりシンプルで、2のほうが聞きやすくなっています。

 幼少期に日本に住んでいたことがあり日本語が堪能で、日本のHiphop界ともつながりがあり、活動初期のアルバムにはOZROSAURUSのMACCHOやZEEBRAなどが客演しています。

 12年、Mnetで始まったラップサバイバル番組『SMTM』のシーズン1でプロデューサーを務めて、LOCOと共にWonder GirlsのLike Thisのトラックでステージを披露し、観客投票1位を獲得します。

 今回は00年代前半までを紹介しましたが、これ以降はHiphopやR&Bジャンルの楽曲でも電子音が多く取り入れられ、NJSの特徴の16分3連符が主体のスウィングビートは減り、はっきりとNJSと言える楽曲はほとんど見られなくなります。

 NJSという切り口からの特集でしたが、90年代に最低限押さえておけば大丈夫そうなアーティストは、ほとんど言及できたと思うので、いかにこの時代にNJSがはやっていたかがわかると思います。

 今回紹介した人たちのルーツが韓国だけでなく、主にアメリカなど複数国にまたがっていることが多いのも気になる点でした。そのような人たちが韓国にHiphopなどのいわゆるブラックミュージックを浸透させることにかなり寄与していそうですし、現在もK-PopがHiphopやR&Bベースな楽曲が多いことにも関係しているのではないかと思います。

 ちなみに韓国では自国外に住む韓国人・同胞のことをキョッポ(교포、僑胞)と呼び、在米の場合はチェミキョッポと言います。今回さまざまな文章を読みましたが、"キョッポ"の頻出度合いはすごかったです。

 また、現在活動するアーティストでそのような人を時々見かけていましたが、生まれてから今までずっと日本に住んでいる自分にとって、親の会社の海外赴任とかではなしにアメリカに移住し、さらにまた韓国に帰って来たり、アメリカで生まれても韓国に行ったりするという感覚がイマイチピンとこなく、そういう部分の歴史的背景、文化、心理などがわかればもう少し解像度の高い解説ができたかなと思います。

 引用したYoutubeのステージ動画はほとんどがテレビ局の公式アカウントからアップされており、アーカイブという観点から非常に有用なものだと思うので、権利関係などが難しいのはもちろんですが、いろいろな国でやって欲しい試みだなと思いました。またテレビ番組のステージ動画を中心に掲載したため、NJSじゃなくない? と思う曲もあるかもしれませんが、当時は生演奏などもあり実際の楽曲とは少し違うように聞こえることもあるので、原曲を探して聞くと納得してもらえると思います。

落選したけど……紹介したい1曲:온앤오프 (ONF) - Beautiful Beautiful

 いまさら紹介する必要もないような気もしますが、9月の記事で紹介した、ONFの正規アルバム『ONF: MY NAME』のタイトル曲です。デビュー直後の彼らの楽曲は大好きで、ここ最近のタイトル曲はそこまでピンと来ていなかったのですが、ここに来てアルバム丸ごと最高のものが来てしまいました……。

 公式の文章では、「前のアルバムが平行世界の中でもう一つの時間旅行に出たユートピアでのエピソードだったとすれば、今回は統制された未来での自由を求める少年たちの青春という名の話」となっています。コロナ禍をかなり意識したものになっており、アルバム丸ごと、是非歌詞の意味を調べながら聞いてほしいです。

<近況>

 最近はタイポップとアイドルグループが出演する映画にハマっています。PiXXiEとP1Harmonyが出演する、『P1H:新しい世界の始まり』をよろしくお願いします。

バズレシピ・リュウジさん【フライドダイコン】、冷めてもおいしいコンソメ味の“おやつ感”! 大根嫌いの子どもたちもパクパク完食した!

料理がまったくできない主婦の私。料理は夫担当になっていますが、子どもが大きくなるにつれ、私も作らなアカンときに見舞われるように。まずはSNSで人気の簡単レシピから料理にチャレンジ!

今日のレシピ:【フライドダイコン】バズレシピ・リュウジさん

 ツイッターで発見した、バズレシピリュウジさんの【フライドダイコン】レシピ。ダイコンを揚げる発想がすごい! と思って、実際に作ってみたら意外と簡単で、見た目はフライドポテトと何ら変わりはない。しかし食べてみたら、ジュワッと柔らかいダイコンの甘みと、衣がまさかの「アノ食感」にそっくり。

 味が想像できない人は早速作ってみてほしい! いい意味で味と食感が想像を上回るから。ということで、大根嫌いな子どもたちもフライドポテトを食べる感覚でパクパク完食したので自信満々でレポしていきます。

料理手順はこちら

1)大根200gを一度輪切りにしてから棒状に切っていく
2)皮は衣がつきやすいようにできたらむく
3)カットした大根にコンソメで下味をつけてダイコンを揉む
4)フライパンの底に1cmほどの油を入れ中火にかけ、大根に片栗粉を厚めにまぶして揚げていく
5)全体的に柴犬色(きつね色)になってきたら完成(お皿にもる)
6)盛り付けてお好みで塩やブラックペッパーをかけて完成

(レシピは料理研究家リュウジのバズレシピチャンネルより)

 実際に作ってみましょう!

 材料を揃えました。大根は皮を剥いた方が衣がつきやすいとリュウジさんが言っていたので、皮は剥くことにしました。

 ダイコンの皮を剥いて棒状にカットしましたが、これくらいの大きさでいいのだろうか。

 コンソメを入れて大根に下味をつけていきます。よくもむと水分が出てきて、コンソメの味が浸透しやすくなるようなので、よく揉み込みました。

 リュウジさんが、フライドダイコンの衣になる片栗粉は、結構厚めにつけたほうがいいと言っていたので、たっぷり目につけてみた。

 1センチほどの油を使い、中火でダイコンを揚げていきます。

 大根でも意外と表面カリッと揚がるんだな〜と発見。

 完成です! 見た目ポテトフライなんですけど、中身は大根。

 好みで塩を少々かけました。

 熱々の出来立てがおいしいそうなので早速食べてみることにしました。

 中身の大根がホックホクで甘みが倍増。全然ダイコンの辛みなどは感じません。

 大根は煮物にした時のような甘みと、柔らかい食感はそのままで、表面の衣はカリカリ! ダイコンを揚げる発想も素晴らしいが、実際食べてみてもコンソメ風味のホクホクダイコンがめっちゃうまい。

 ホクホクいいながら食べていると、「何かの食感に似てる……」。しばし考え込んで「ハッ!!」と気がついた。このダイコンの衣、カリッカリに焼いたたこ焼きに食べた瞬間が似てる。味も似てるのか? よく焼いたたこ焼きの風味も感じる香ばしい出来栄え。

 出来立てが最高においしいとリュウジさんは言っていたが、冷めてからはどうなんだろう? と、少し時間を置いてから食べてみたら、これもおやつ感覚でうまいじゃないか! さらにコンソメの味が引き立って、冷めたら冷めたでうまい!!

 家に大根がある人は、ぜひ「今晩早速、揚げてみましょう」と声を大にしてオススメしたいレシピでした。大根食べない子どもたちにもバレずに完食してくれたので総評価は満点です!

【総評】
もう一度作りたい度:★★★★★(揚げ焼で作れるし簡単、油も少なめなのが嬉しい)
ズボラ主婦でも再現可能度:★★★★★(すぐに柴犬色になるので火を止めるタイミングもわかりやすかった)
子どもウケまたは夫ウケ:★★★★★(子どもたちも大根と気がつかずに完食)

宮迫博之&中田敦彦、YouTubeに「吉本の社長を呼ぶ」提案に苦笑!? 「図々しい」「未練タラタラすぎ」と冷ややかな声

 雨上がり決死隊・宮迫博之とオリエンタルラジオ・中田敦彦によるYouTubeトークバラエティ『Win Win Wiiin』に、人気YouTuber・ヒカルがゲスト出演。2月27日に公開された「【宮迫×中田】ヒカル(後編)~闇を暴くって面白い~【Win Win Wiiin】」の動画内で、ヒカルが今後のゲストとして「吉本の社長呼ぶ」と提案したが、ネット上では「いつまでその話してるの?」「ヒカルが首突っ込むな」と三者に批判的な声が飛び交っている。 
 
「2019年に“闇営業問題”が取り沙汰され、吉本興業から契約を解除された宮迫。騒動後、芸能活動を休止していたものの、20年1月からはYouTubeチャンネル『宮迫ですッ!【宮迫博之】』にて動画の更新を始め、当初からよくコラボしていたのがヒカルです。『Win Win Wiiin』でヒカルは、宮迫との共演に批判的な声があったと明かしつつ、『正直、賭けだと思った』と告白。一方、ヒカルとのコラボが復活の大きなきっかけとなった宮迫は、『救われた、ホンマに。(ヒカルと)出会ってなかったら、今こうやってここにはいない』と感謝しきりでした」(芸能ライター)

 そんなヒカルは、今後、同番組に呼んでみたいゲストを聞かれ、「それこそ、吉本興業の社長とか」と提案。宮迫と中田は苦笑いしつつも、同社の会長である大崎洋氏がゲスト出演したらどうなるか、という妄想で盛り上がっていた。 
 
「しかし、ヒカルが言った“吉本興業の社長”というのは、宮迫が闇営業問題についての記者会見で『会社と話し合った際に社長から「お前らテープ回してないやろな」と言われた』と暴露した、岡本昭彦氏のこと。この会見後、宮迫は契約を解除されていますから、関係がうまくいっていないのは明らかでしょう。ちなみに、先月12日発売の『フライデー』(講談社)では、会長の大崎氏が『いちいちYouTubeでネタにすんなって話や。辞めてまで吉本のことネタにすんなよって』などと、宮迫に対して怒りをあらわにしていました」(同)

 こうした経緯があるため、ネット上には「ネタにするなって言われてたのに……宮迫は図々しいにもほどがあるな」「ヒカルの提案に乗っかる宮迫と中田を見て驚いた。吉本にしがみついてたら、そりゃ嫌われるわ」「吉本に未練タラタラすぎるでしょ。宮迫と中田はいつまでその話してるの?」といった苦言が多数寄せられている。 
 
 一方で、ヒカルに対しても「何も関係ない人間が首突っ込むなよ」「再生回数と広告収入しか考えてないから、こういう無責任な発言ができるんだろうね」「宮迫はヒカルの言いなりでYouTubeをやってる限り、テレビの仕事は来ないと思う」など、批判的な声を上げるネットユーザーは少なくない。 
 
 宮迫と中田は、別のYouTube動画で、明石家さんまに『Win Win Wiiin』の出演オファーをしたこともあるが、次回は一体どんなゲストが登場するのだろうか?

宮迫博之&中田敦彦、YouTubeに「吉本の社長を呼ぶ」提案に苦笑!? 「図々しい」「未練タラタラすぎ」と冷ややかな声

 雨上がり決死隊・宮迫博之とオリエンタルラジオ・中田敦彦によるYouTubeトークバラエティ『Win Win Wiiin』に、人気YouTuber・ヒカルがゲスト出演。2月27日に公開された「【宮迫×中田】ヒカル(後編)~闇を暴くって面白い~【Win Win Wiiin】」の動画内で、ヒカルが今後のゲストとして「吉本の社長呼ぶ」と提案したが、ネット上では「いつまでその話してるの?」「ヒカルが首突っ込むな」と三者に批判的な声が飛び交っている。 
 
「2019年に“闇営業問題”が取り沙汰され、吉本興業から契約を解除された宮迫。騒動後、芸能活動を休止していたものの、20年1月からはYouTubeチャンネル『宮迫ですッ!【宮迫博之】』にて動画の更新を始め、当初からよくコラボしていたのがヒカルです。『Win Win Wiiin』でヒカルは、宮迫との共演に批判的な声があったと明かしつつ、『正直、賭けだと思った』と告白。一方、ヒカルとのコラボが復活の大きなきっかけとなった宮迫は、『救われた、ホンマに。(ヒカルと)出会ってなかったら、今こうやってここにはいない』と感謝しきりでした」(芸能ライター)

 そんなヒカルは、今後、同番組に呼んでみたいゲストを聞かれ、「それこそ、吉本興業の社長とか」と提案。宮迫と中田は苦笑いしつつも、同社の会長である大崎洋氏がゲスト出演したらどうなるか、という妄想で盛り上がっていた。 
 
「しかし、ヒカルが言った“吉本興業の社長”というのは、宮迫が闇営業問題についての記者会見で『会社と話し合った際に社長から「お前らテープ回してないやろな」と言われた』と暴露した、岡本昭彦氏のこと。この会見後、宮迫は契約を解除されていますから、関係がうまくいっていないのは明らかでしょう。ちなみに、先月12日発売の『フライデー』(講談社)では、会長の大崎氏が『いちいちYouTubeでネタにすんなって話や。辞めてまで吉本のことネタにすんなよって』などと、宮迫に対して怒りをあらわにしていました」(同)

 こうした経緯があるため、ネット上には「ネタにするなって言われてたのに……宮迫は図々しいにもほどがあるな」「ヒカルの提案に乗っかる宮迫と中田を見て驚いた。吉本にしがみついてたら、そりゃ嫌われるわ」「吉本に未練タラタラすぎるでしょ。宮迫と中田はいつまでその話してるの?」といった苦言が多数寄せられている。 
 
 一方で、ヒカルに対しても「何も関係ない人間が首突っ込むなよ」「再生回数と広告収入しか考えてないから、こういう無責任な発言ができるんだろうね」「宮迫はヒカルの言いなりでYouTubeをやってる限り、テレビの仕事は来ないと思う」など、批判的な声を上げるネットユーザーは少なくない。 
 
 宮迫と中田は、別のYouTube動画で、明石家さんまに『Win Win Wiiin』の出演オファーをしたこともあるが、次回は一体どんなゲストが登場するのだろうか?

NEWS・小山慶一郎、19年飼った猫と別れ「苦しさを味わったからこそ」のアドバイスに反響

 NEWS・小山慶一郎がパーソナリティを務めるラジオ『KちゃんNEWS』(文化放送)。3月2日深夜の放送回では、加藤シゲアキとレギュラーを務めている『NEWSな2人』(TBS系)で、小山が“多頭飼育”によって異常繁殖した現場を訪れた回を見ていたというリスナーから、猫を飼うための相談が寄せられた。

 「猫様を迎えるために、一人暮らし用でペットOKの家探しを始め、家が決まったら猫様グッズをフル装備で準備し、譲渡会やお見合いに参加しようと思います」「初心者の心構えや『コレがあったらいいよ』というアドバイスがあったら教えてください」というリスナーに、小山は「“猫様”っていうのいいよね! 俺も猫様って言いたい! もう身分は下でありたい」と共感。

 そして、事前準備のアイテムとして「猫って高いところとか好きだからキャットタワーとか使うけどね」「爪とぎは2個ぐらいあってもいいかな」とアドバイスした。

 小山は現在「ミルク」という猫を飼っているが、「ミルクと一緒にいるのがすっごい幸せじゃん。この期間」と切り出すと、「でもいつか死んじゃうわけじゃん。考えたくないけど考えとかないといけないし。この子が体調悪いときに自分が心の準備をしなきゃいけない」と、飼う上での心構えについて語り始めた。

 小山はミルクと出会う前、19年飼っていた「ニャン太」との別れを経験していることから、「つらさ、苦しさを味わったからこそ『もう飼えない』と思ってたんだけど、飼ったからには責任を持って最後まで可愛がってあげようと思った」という。その心境の変化の一つに、ある言葉があったようだ。

 「猫っていうのは、明日もなければ3年後も過去もない。今、この瞬間においしいご飯があって気持ちよく寝られる場所があれば、それで猫はいい。あなたは猫のその瞬間を少しでも幸せにできるようにしてあげてください」と、胸に響いたという文章を一部抜粋して紹介。小山は、「この瞬間の積み重ねが、飼い主にとっての使命なのかなって思った」という。

 そのうえで「だから今、飼おうとしてる人は(猫のための)モノとかグッズとかって思ってるけど、猫と向き合う心みたいなものも備えていかないと、必ずお別れがくるから」と、いつか来る別れについても考えておかなければいけないと説明し、「怖いけど、そのときに自分が絶対後悔しないように。そんな生活を猫様と送ってほしいなと思います」とアドバイスを送ったのだった。

 この放送に、ファンからは「私も猫を飼ってるから、すごく胸に響いた」などの声のほか、「猫ちゃんとの生活の様子や、飼うために必要な覚悟も参考になりました」「猫は瞬間を生きてるって話グッときた」といったコメントが集まっていた。

NEWS・小山慶一郎、19年飼った猫と別れ「苦しさを味わったからこそ」のアドバイスに反響

 NEWS・小山慶一郎がパーソナリティを務めるラジオ『KちゃんNEWS』(文化放送)。3月2日深夜の放送回では、加藤シゲアキとレギュラーを務めている『NEWSな2人』(TBS系)で、小山が“多頭飼育”によって異常繁殖した現場を訪れた回を見ていたというリスナーから、猫を飼うための相談が寄せられた。

 「猫様を迎えるために、一人暮らし用でペットOKの家探しを始め、家が決まったら猫様グッズをフル装備で準備し、譲渡会やお見合いに参加しようと思います」「初心者の心構えや『コレがあったらいいよ』というアドバイスがあったら教えてください」というリスナーに、小山は「“猫様”っていうのいいよね! 俺も猫様って言いたい! もう身分は下でありたい」と共感。

 そして、事前準備のアイテムとして「猫って高いところとか好きだからキャットタワーとか使うけどね」「爪とぎは2個ぐらいあってもいいかな」とアドバイスした。

 小山は現在「ミルク」という猫を飼っているが、「ミルクと一緒にいるのがすっごい幸せじゃん。この期間」と切り出すと、「でもいつか死んじゃうわけじゃん。考えたくないけど考えとかないといけないし。この子が体調悪いときに自分が心の準備をしなきゃいけない」と、飼う上での心構えについて語り始めた。

 小山はミルクと出会う前、19年飼っていた「ニャン太」との別れを経験していることから、「つらさ、苦しさを味わったからこそ『もう飼えない』と思ってたんだけど、飼ったからには責任を持って最後まで可愛がってあげようと思った」という。その心境の変化の一つに、ある言葉があったようだ。

 「猫っていうのは、明日もなければ3年後も過去もない。今、この瞬間においしいご飯があって気持ちよく寝られる場所があれば、それで猫はいい。あなたは猫のその瞬間を少しでも幸せにできるようにしてあげてください」と、胸に響いたという文章を一部抜粋して紹介。小山は、「この瞬間の積み重ねが、飼い主にとっての使命なのかなって思った」という。

 そのうえで「だから今、飼おうとしてる人は(猫のための)モノとかグッズとかって思ってるけど、猫と向き合う心みたいなものも備えていかないと、必ずお別れがくるから」と、いつか来る別れについても考えておかなければいけないと説明し、「怖いけど、そのときに自分が絶対後悔しないように。そんな生活を猫様と送ってほしいなと思います」とアドバイスを送ったのだった。

 この放送に、ファンからは「私も猫を飼ってるから、すごく胸に響いた」などの声のほか、「猫ちゃんとの生活の様子や、飼うために必要な覚悟も参考になりました」「猫は瞬間を生きてるって話グッときた」といったコメントが集まっていた。

『とくダネ!』小倉智昭、古市憲寿に声荒らげる! 「そういうことは言っちゃダメ!!」と“お説教”も「古市の意見に賛成」の声

22年続いてきた朝のワイドショー『とくダネ!』(フジテレビ系)終了まで、残り23日。総合司会である小倉智昭の顔もそろそろ見納めだ。

 3月3日の同番組では、小倉と社会学者・古市憲寿の間で激論が交わされていた。それは、2週間の延長を視野に入れ始めた1都3県の緊急事態宣言について取り上げていたときだった。

 小池百合子東京都知事をはじめ、黒岩祐治神奈川県知事、大野元裕埼玉県知事、森田健作千葉県知事は、それぞれの記者会見で外出自粛を呼びかけ、「気を引き締めないと」「もう一段ギアを上げないと」などと発言。また、森田県知事は同2日放送の『報道ステーション』(テレビ朝日系)に生出演し、「県民にお願いするしかない」と切実に訴えていた。

「首都圏4知事が危機感を募らせる一方、その対策は人々の良心に働きかけるだけという状況に、古市は『宣言解除してもしなくても、あんまり人々の行動は変わるとは思えない』とバッサリ。さらに、『なんで知事の方がこういうことを言うのかというと、“目立ちたいから”なのかなって思っちゃうんですね。特に県知事の方たちって、普段メディアにも出ないじゃないですか。だけど、宣言解除をアピールすると、テレビにも出やすいし』と、会見やテレビ出演するためのパフォーマンスだとコメントしました」(芸能ライター)

 これを聞いた小倉は、「それは、あまりにも、うがちすぎじゃないの?」と反発したが、古市は主張を続け、「でも知事の言葉を聞いてて、『元通りの生活に人々が戻ってほしい』っていう意気込みをあまり感じないんですよ。恐怖を煽るばっかりで」と発言。

 また番組では、「緊急事態宣言を今月7日で解除すべき?」という独自アンケート結果を紹介し、「解除しないほうがいい」が55.2%と半数となっていた。これを見た古市は、山崎夕貴アナに向けて、「山崎さんは、緊急事態宣言が続いていると、家でリモートワークできて、仕事が休める」と口にした。

「これを聞いた小倉はすかさず、『それは、そういうことは言っちゃダメだよ!!』と声を荒らげ、お説教。しかし古市は、アンケート結果の内訳について『恵まれている人のほうが解除してほしくないと思っていると思う』と推論。『今日明日、お金を稼げないと生きていけない人たちがたくさんいる。その人たちにいつまで負担を強いるんだということも、恵まれたほうの人も考えないといけない』と語っていました」(同)

 古市のこうした発言は、小倉に注意された一方で、ネット上では賛同を得ているようだ。「小倉に怒られてたけど、古市の意見に賛成。リモートワークで稼げてる人たちは緊急事態宣言延長に賛成するで間違ってないと思う」「断然、古市さん派。コロナで損してない奴が緊急事態宣言賛成派なんだよ。その人が損害受けてる人たちに給付金を配るならやってもいいんじゃない?」といった声が寄せられていた。

 『とくダネ!』終了とともに、同番組でのコメンテーター業からは卒業する形となる古市。小倉からの“お説教”も我関せず、なのかもしれない。
(村上春虎)

なにわ男子・高橋恭平、西畑大吾は「面白みがない」!? 番組ロケで厳しく“ダメ出し”したワケとは?

 なにわ男子とAぇ!groupがさまざまな企画に挑戦するバラエティ番組『なにわからAぇ!風吹かせます!なにわイケメン学園×Aぇ!男塾」(カンテレ、GYAO!)。3月1日深夜の放送回では、なにわ男子の西畑大吾、大橋和也、高橋恭平が「目指せ!ストロベリー男子」と題したロケを敢行。お取り寄せいちごスイーツをかけて“いちごなぞなぞ”に挑戦した。

 今回は、いつものようにアイドルらしい“キラキラ解答”をしてもポイントゲットとはならず、先に正解することができた2人だけがご褒美のスイーツを食べられるというルールのもと、企画が進行。徳島県産の1粒1,000円する“さくらももいちご”をかけた第1問目では、「いちごの中にあるおいしい海の幸ってな~んだ?」というなぞなぞが出題された。しっかり正解できるよう、スタッフが簡単な問題を用意したものの、3人は「海の幸ってなに?」「いきなりなぞなぞレベル10とかきてない?」(高橋)、「え? 嘘でしょ?」(西畑)、「もうちょっと簡単なやつとかないの?」(大橋)と大混乱。なんとか西畑と大橋が「トロ!(ス“トロ”ベリー)」と正解を導き出し、高級いちごをゲットすると、大橋は大胆にも1,000円のいちごを一口でパクり。「えっ? すぐなくなった!」とリアクションし、西畑から「一口で食うたからや!」とツッコまれていた。

 第2問目の「いつもいちごの上にいる虫ってなんだ?」というなぞなぞでは、“カレンダー”をヒントに、15日の上には毎回8日がくることから、西畑と大橋が「蜂」と解答し、見事正解。ただ、「2020年パンアワード パンに合ういちごジャム部門」の大賞に輝いたという、いちごを丸ごと使った“旬ジャム”を試食した大橋は、再び「(いちごの)甘さが最大限に引き出されてて……パン好きやわ」とズレた食リポを披露し、西畑から冷静に「『ジャム好きやわ』って言って」と注意される場面も。

 続く第3問目は、“キラキラあいういえお作文”に挑戦。いちごの被り物をかぶった3人が力を合わせて「い・ち・ご」でキラキラした文を作ることができれば、全員がチョコーレートとフリーズドライしたいちごのスイーツ“バーチャミ”を試食できることに。しかしなかなかうまくいかず、ここまで不正解の高橋が「自分が一番キラキラするワード言っていこ!」とやる気を見せるも、最後の「ご」を任された西畑がうまく文をまとめることができず、スタッフの判断で大橋、高橋のみご褒美を獲得。大橋がホワイトチョコ、高橋が抹茶味を試食したのだが、2人の食リポはグダグダ。「今、僕は京都にいます。舞妓さんが通って……人力車が通ってるって感じです」「五重塔の上におる感じ」と不思議なコメントをする高橋に、なぜか大橋が「俺、わかった! 京都の風情が感じられる」と共感していた。

 最後は、福岡県産のあまおうがトッピングされた新食感スイーツ“カタラーナ”をかけ、くじで引いたシチュエーションに合わせた「キラキラ告白」にチャレンジ。“オシャレな街”という設定の中、「(イルミネーションより)君のほうが綺麗やと思ってる。だから俺と付き合ってください」とアイドルらしい回答をした西畑に、「面白みがない」とダメ出しをした高橋は、“砂漠”というシチュエーションで「俺の水の代わりはお前みたいなもんやから。お前がいつも俺の隣にいてくれるだけで、俺のノドは潤っちゃうんだよ」と回答。VTRを見ていた学園長役のますだおかだ・岡田圭右から「愛してる人を水代わりにしたらアカン!」とバッサリ斬られていた。

 その後、“吹雪”の中で告白をした大橋もスタッフから「×」判定を下され、高橋とともにリベンジを行うが、あえなく失敗。結局、西畑のみ、カタラーナを試食し、「甘い!」「食感が全然違うんですよ。いちごがシャキシャキしてるんですけど、下がクリーミーな感じで、新食感ですね」としっかり食リポしていた。

 そして、VTR明けのスタジオでは、ロケに参加していないなにわ男子メンバーが1粒1,000円の“さくらももいちご”をかけてなぞなぞに挑戦。最後まで正解できなかった長尾謙杜と、ロケでグダグダな姿を見せていた高橋が、今回のロケ赤点生徒に選ばれたのだった。

 また、同日配信の「なにわコスプレ学園」(GYAO!)では、なにわ男子の7人が再び「剣士」のコスプレをして登場した。ちなみに前週の配信分では、Aぇ!Groupも同じ剣士のコスプレをして寸劇を披露。佐野晶哉が映画、アニメ、舞台などさまざまなメディアミックス展開を行う人気ゲーム『刀剣乱舞-ONLINE-』をもじり、「#『Aぇ!剣乱舞』です」と視聴者にSNSでの拡散を呼びかけ、番組公式Twitterでもこれを用いて告知を行ったため『刀剣乱舞』ファンの目に留まり、「作品への敬意を感じられない」などと怒りの声が寄せられていた。

 一方で、今回のなにわ男子については、特に、新選組・沖田総司のコスプレをした道枝駿佑に対し、「みっちー沖田総司ほんと似合うよ!」「ドラマ出れる!」「オファー待ってます」とファンから高評価を集めていた。

コロナ禍の今こそ読みたい! 近現代の作家たちの“死生観”から死への「うろたえかた」を見つめ直す『正しい答えのない世界を生きるための死の文学入門』

――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。

『正しい答えのない世界を生きるための死の文学入門』(著:内藤理恵子/日本実業出版社)


【概要】

 “アニメやゲームに育てられてきた”と述べるロストジェネレーション世代の宗教研究者・内藤理恵子氏が、聖書、夏目漱石の『こころ』、コロナ禍でベストセラーとなったカミュの『ペスト』、ドストエフスキーやカフカから、村上春樹や手塚治虫、水木しげる、映画やゲームなど、古典から現代エンタメまで縦横無尽に「死生観」にフォーカスを当てて読解した評論集。

*********

 新型コロナウイルスに世界中が振り回されたこの一年。誰もが人ごととは思えないレベルで日常生活が侵食され、生活の変容を余儀なくされたこの年、環境が変わったり独りの時間が増えたりしたことで、「死」や「命」について世間や身近な人との考えのズレに気づき、平常時には考えてこなかった自身の死生観と向き合った人も多いだろう。

 『正しい答えのない世界を生きるための死の文学入門』は、文学は「鬱々とした死の不安に立ち向かうための『盾』になる」と信じる著者が、普段は敬遠されがちな「死への思索」をフックに、文芸作品や哲学思想がどのように死と対峙してきたかを、ユーモアを込めて親しみやすく提示してくれる評論集だ。さらに、漫画や映画など文学以外の現代エンタメ作品に受け継がれているそれらの思想も読み解き、現代に生きる私たちと縁遠い文豪や哲学者の思想に梯子をかけてくれる、まさに「入門」の1冊となっている。

 漫画家・水木しげるが戦地で自己を保つため『ゲーテとの対話』を携えて前線に立ったエピソードに触れつつ、現代を「古典から死生観を学び直す時期にさしかかっていると思う」と見る著者は、文学に現れる死を、独自の切り口で解釈し、哲学者・宗教研究者ならではの知見を加えて現代の読者に向けて再構築してみせる。

 例えば、第2章では自死した芥川龍之介の著作から、彼がショーペンハウアーを源流とするペシミズム(厭世主義)やキリスト教からどのような影響を受けたかを読み取ると同時に、ショーペンハウアー自身は現実の厭世観を癒やすために、「筋トレ」「睡眠」「美しい人(をベースとした芸術)」を勧めていたことを読者に示す。

 第3章では、夏目漱石『こころ』と村上春樹『7番目の男』(『こころ』のオマージュ作であるともいわれる)の相違を論じつつ、一貫して自決の美学を否定し、「グズグズした生」を肯定する春樹作品の死生観の源流を探る。第8章では、半年後に人類の滅亡が決定している、というシチュエーションで展開されるSFミステリー『地上最後の刑事』(ベン・H・ウィンタース)を取り上げ、「どうせ死ぬのになぜ生きる?」という究極の命題から哲学者・ベルクソンの思想につなげつつ、読者自身の“答え”を促す。

 さらにコラムでは“悪魔(メフィスト)が語る”というスタイルで、カジュアルな語り口で論を補足する。著者自身による、少しゆるめの作品図解イラストなど、折々に挟み込まれた遊び心が「死」という深刻なテーマの箸休めとなりつつ、「死」への不安や怖れなど、いわばネガティブな感情が、芸術の発展に大きく寄与してきた側面もあぶり出していく。

 加えて本書の特筆すべきもう一つのポイントは、中盤以降は新型コロナウイルスの感染拡大下で書かれたことだろう。2020年にあらためて世界的なベストセラーとなったカミュ『ぺスト』から、現代にも通じる不条理との向き合い方を抽出し、ブッツァーティ『七階』やフーコー『監獄の誕生』から、人の生死を管理・監視するシステムが生む連帯感や分断の功罪を鮮やかに示す。コロナ禍で生まれた新たな不安に寄り添うような、まさに今読まれるにふさわしい作品が多く取り上げられている。

 本書には、わかりやすく「正しい死との向き合い方」が書かれているわけではない。タイトルにも明示されているように、それらに「正しい答えはない」のかもしれない。しかし、「死」という暗く深い穴のふちにとどまり、考え続けた人々の思索や想像の歴史から、死に対する「うろたえかた」のバリエーションを知ることはできる。それは、不安を抱えたまま進まざるを得ない人々にとって、歩みを助ける杖のように時に力強い支えになるものだ。

 現代は、魅力的なエンターテインメントにあふれ、過去の文学など手に取らなくても十分生きていける時代だ。しかし激動の時代をくぐり抜け、それでも今に残った古典名作には、個人ではコントロールできない世界的な災いや病、それらからくる死の不安を受け止め、共に生きてくれる強度を携える作品も数多ある。本書は、そんな今日に生きる人々のための作品・作家を見つけるための助けになってくれるだろう。

(保田夏子)