2019年に「Netflix」で配信されたオリジナルドラマ『全裸監督』のシーズン2が、いよいよ今年公開される。1月3日には「Netflix Japan」の公式Twitterが同作の告知を行ったものの、SNS上では「#全裸監督シーズン2に抗議します」というハッシュタグが作られ、不快感を示す声が続出。「人権侵害に加担することになるので、Netflixの契約を解除した」といった声まで上がっている状況だ。
AV監督・村西とおる氏の半生を描いた『全裸監督』は、主演の山田孝之をはじめとした俳優たちの熱演が話題になり、過激なセックスシーンを描いたことも「攻めている」などと評価された。その一方、元AV女優の黒木香さんをモデルにした登場人物がいることについて、ネット上では「黒木さんはドラマ化を了承しているのか?」と疑問が噴出。シーズン2の配信に抗議する人たちも、主にこの点を問題視しており、「『全裸監督』は女性の人権を踏みにじっている」「黒木さんの許諾もないままシリーズ化するのは、プライバシーの侵害だ」などと、怒りをあらわにしている。
サイゾーウーマンでは『全裸監督』の配信がスタートした19年に、元AV女優の森下くるみさんと、女性の人権問題に詳しい伊藤和子弁護士の対談を行い、黒木さんのプライバシー権や人権侵害の問題について聞いていた。再び議論が交わされている今、あらためて同記事を掲載する。
(編集部)
(初出:2019年12月26日)
【森下くるみ×伊藤和子弁護士対談】『全裸監督』黒木香さんから考える「AV女優の人権」とは
2019年の下半期、大きな話題を集めたドラマがある。それが、動画配信サービス「Netflix」のオリジナルドラマ『全裸監督』だ。AV監督・村西とおる氏の半生を描き、出演者の高い演技力や、地上波では放送できないセックスシーンなどが評判を呼び、シーズン2の制作も決定している。村西氏を語る上で欠かせない存在だったのが、80年代にAV女優として活躍した“黒木香”さんだ。横浜国立大学の学生でありながら、AV女優の肩書を持つという、当時としては特異な存在で、テレビのバラエティー番組にも多数出演し一躍有名に。『全裸監督』では、そんな彼女の半生とAV女優としての活躍が描かれている。
しかし、黒木さんは女優引退から約10年後、「自殺未遂をした」という内容や、消息を追うような記事を掲載した複数の出版社に対し、プライバシーおよび肖像権の侵害に当たるとして、損害賠償を求める民事訴訟を起こしている。そのため、同ドラマ配信後には「黒木さんに了承を得ているのか」など、視聴者の間から疑問の声が聞こえてきた。
Netflix側は「作品制作にあたって、村西さん同様、黒木さんご本人は関与されていません」と回答しており、世間では「無断で名前を使用するのは、人権侵害ではないか」と物議を醸すことに。そこで今回、かつてAV女優として活躍し、現在は文筆家として活動している森下くるみさんと、女性の人権問題について詳しいNGOヒューマンライツ・ナウ事務局長の伊藤和子弁護士に取材を行い、『全裸監督』に浮上した黒木さんの人権侵害問題をどう考えるか、話を聞いた。
――『全裸監督』で引退したAV女優の芸名が役名として使われていることに、どのような感想をお持ちになりましたか?
森下くるみさん(以下、森下) 架空の物語の中で別の女優が演じるとしても、AV女優時代の名前をそのまま役名にするなら、それ相当の配慮が必要じゃないですか。本人の承諾を得るとか、無理なら別名にするとか。もし、自分が知らない間に、制作されていたとしたら、ちょっと待ってくれって思います。
伊藤和子弁護士(以下、伊藤) 実際の芸名を使用していると聞いた時は、驚きましたね……。ドラマについては、「面白い」といった声も聞こえてきましたが。
――もし、無断で名前を役名に使われた場合、法律上ではどのように扱われるのでしょうか。
伊藤 プライバシー権の侵害になると思います。三島由紀夫の『宴のあと』や柳美里の『石に泳ぐ魚』(いずれも新潮社)などでモデルとなった人物が、かつて出版社に対してプライバシー権侵害を訴えていますね。このような裁判はいくつかあるので、モデル小説(実在の人物をモデルに描く)に関しては、ある程度プライバシー権と認められるか否かの基準が決まっています。黒木さんについても、過去の判例の基準を当てはめるとプライバシー権が求められると思います。今回のケースは、法律的にみると、乱暴にプライバシー権や肖像権を処理している印象を受けました。
――一般的に、引退後の女優さんがプライバシーの権利をめぐって裁判を起こしたケースは少ないように感じますが。
伊藤 そもそも裁判は、自分が動かない限り起こせないものなので、訴えたいけどできない人も実際にいます。裁判は体力的、精神的、そして金銭的にも非常に大変です。黒木さんも、10年以上前に裁判をした時は、裁判を提起するエネルギーがあったかもしれないけれど、何回も裁判を起こすことは、なかなか容易ではありません。そういった背景もあって裁判を起こしていない可能性もあり得ます。
――企業には「個人から訴訟されることはないだろう」という考えがあるのでしょうか。
伊藤 そういったケースはよくありますよね。AV女優さんの場合、労働者でもない、消費者でもない、基本的には自営業者みたいな扱いとされ、法律上の保護が労働者保護や消費者保護のようには確立されていません。私が対応していた案件は、AVに無理やり出演させる“強要問題”が多いですが、悪質なケースでは、契約書にヌードと書いてあっても、AVと明確には書いていない。それでも1回契約を締結してしまうと、契約書には「営業活動には協力しなければならない」という条項が書いてあるから、AVに出演しないと違約金が発生すると言われてしまう。違約金には明確な定めがまったくないので、言い値のケースが多く、億単位のこともありますし、とても払える金額ではありません。そのため、AVに出ざるを得なかったというのが強要問題ですが、現在はようやく問題視され、是正が図られつつあります。
――伊藤弁護士に相談される女性は、AV業界にどのような対応を求めているのでしょうか。
伊藤 最終的には賠償を求める人もいるけど、最も多いのは不本意に出演させられてしまった作品の販売や配信を止めてほしいという人で切実。自分の映像が残り続け、ネット上で拡散され続けられることは、彼女たちの意に反するんです。性行為を強要されたこと自体がトラウマですので、その映像がいつまでたっても残り続けるのがつらいといいます。
――映像が残り続けること自体が、セカンドレイプにもなり得るということですね。
伊藤 そうなんです。望まない性行為をしている自分の映像が、いつまでも世界中の人に閲覧される状況にある。過去から逃れられない苦しみを彼女たちは味わっているのです。その一番の苦しみを解くために、「全ての動画を削除してほしい」と希望されるのでしょう。
――この対談テーマを行うにあたって、黒木さんのお名前を出すこと自体が、ご本人に苦痛な思いをさせてしまうのでは……と考えたことがありました。
森下 ネット検索すれば顔写真くらい簡単に出てきますもんね。もし黒木さんが日本国内で暮らしておられて、「過去を詮索されたくない」と思っていたら、ただとにかく申し訳ない……。
でも、黒木さんのプライバシー権については、引退した女優さんだけではなく、現役の女優さんにも身近なこととして考えてもらいたいです。活動を停止した後、ふと「『AVに出る』という自分の決断は正しかったのかな」って悩む人はいると思うんですね。後悔する人もいるかもしれない。誰のせいにもできず自責の念に囚われて、なんてふうにならないように、理論的な言及を続けなければいけないと思います。誹謗中傷なんかも、女優ではなく、無責任に言いがかりをつけてくる方が悪いんです。中傷する人は、本当にねえ、20年たっても言うことが変わらないので。私は図太い方なので割りと平気ですが……(苦笑)。
伊藤 黒木さんが発言をされていないのでわかりませんが、「誰も私の立場に立って考えてくれない」という世の中よりも、「誰かが自分のことを気にしている」「この問題に関心を持っている人がいる」ってことが、救いになることもあります。
女性の人権に関わる問題って、世間が“無関心”になりがちで。誰かが「これでいいの?」って声を上げることで、もしかしたら悩んでいる本人に届くかもしれないんです。理不尽な目に遭ったり、女性の人権が侵害されているんじゃないかなって悩んでいる人が、自ら声を上げられないとしても、周りが声を上げてくれる……それだけでも意味がありますからね。みんながその状況を無視していると「仕方ない」という空気が流れていきますし、みんなが関心を持つことが大事だと思います。日本の法律制度では、権利が侵害されていても、裁判を起こさない限り被害者は保護されなし、改善されない。でも声を上げること、まして裁判することって大変なことなので、周囲のみんながサポートしてあげることが大事。だから「#MeToo運動」というものもあるわけです。
日本の「#MeToo運動」では「声を上げた人を叩く」という風潮もすごく強い。AV強要問題を扱っている中でも、身元を特定するような言い方でバッシングを受けた方もいました。でも、たとえ声を上げた人に同調する意見を述べることは難しくても、どこかで連帯して、励まし合っていくみたいなことがないと、前に進んでいかない。何もしないままだと女性差別がどんどん進んでいってしまうんじゃないかなって思うんです。
――後編はこちら
伊藤和子(いとう・かずこ)
弁護士 国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長
1994年弁護士登録。女性や子どもの権利、えん罪事件、環境訴訟など、国内外の人権問題に関わって活動している。2004年に日弁連の推薦で、ニューヨーク大学ロースクールに客員研究員として留学。06年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外の深刻な人権問題の解決を求め活動中。また、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々奔走している。近著に『なぜ、それが無罪なのか 性被害を軽視する日本の司法』(ディスカヴァー携書)ミモザの森法律事務所(東京)代表
森下くるみ(もりした・くるみ)
文筆家 1980年秋田県生まれ。『小説現代』(講談社)2008年2月号に短編小説『硫化水銀』を発表。初の著作『すべては「裸になる」から始まって』(講談社文庫)は2012年に映画化、2018年に電子書籍としてkindle singlesで発売。他の著書に『らふ』(青志社)、『36 書く女×撮る男』(ポンプラボ)、『虫食いの家』(kindle singles)など。現在は季刊誌『東京荒野』で育児考察を、dancyu webでは食について連載中。執筆は映画誌への寄稿や書評まで多岐にわたる。