『ザ・ノンフィクション』警察沙汰を起こす小学生の実像とは「悪ガキとひとつ屋根の下で ~夢の力を信じた10年の物語~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。12月13日は「悪ガキとひとつ屋根の下で ~夢の力を信じた10年の物語~」というテーマで放送された。

あらすじ

 東京・足立区で格闘技ジムを運営する古川誠一は、学校や家庭で問題を起こした少年を自宅に引き取り一緒に暮らしている。自らも荒れた過去を持つ古川は、子育てに困った親たちから荒れる子どもたちを引き受ける「駆け込み寺の和尚」として機能しているのだ。

 今、古川のもとで暮らす少年、青年は4人。まず曾祖母に手を上げてしまった小学4年生のユウセイ。小学5年生のコジロウは、家族に暴力を振るい警察を呼ばれる騒動も起こしている。

 一方、青年の2人はかつて「悪ガキ」だったが、今は落ち着き、格闘技において成果を残している。10歳の頃に古川に引き取られた武居由樹はK-1世界王者となった今も、古川の元で暮らしている。

 同様に中野滉太も成長を遂げ、初のタイトルマッチが決定。チャンピオンになって会長に恩返ししたいと話していた中野だったが、試合前日、減量に失敗し病院に担ぎ込まれてしまう。事前計量をパスできず、たとえチャンピオンを倒したとしてもタイトルを奪えない中、当日後楽園ホームで中野は戦い、試合には負けたが観客から温かい拍手で迎えられていた。

「警察沙汰」とあどけない表情のギャップ

 家族に暴力を振るう小学生男子という番組ホームページの説明を見て、ふてぶてしく粗暴な小学生を想像してしまったが、ユウセイ、コジロウの、声変わりも迎えていない声と、あどけない顔立ちを見て拍子抜けしてしまった。緊張からか、2人とも番組スタッフに対しても敬語で話し、うつむきがちでしおらしい。古川にも従順に見えた。

 しかしコジロウは家族に対しかんしゃくを起こし、車をキックボードで殴っただけでは収まらず、妹が乗った状態のチャイルドシートを車の外に落とすなど荒れに荒れてしまう。親により警察に通報されて、パトカーで警察署に連れていかれたすさまじい経歴がある。

 番組内では、中野の小学生時代の姿も映されていた。あどけない表情の過去の中野は、ガキ大将として近所の子どもを引き連れ公園で遊ぶのだが、その際、砂に足で円を描き「ここの円から出たやつぶっ殺すから」 と叫ぶ。ここまでだと「小学生男子あるある」ともいえるが、その円から出てしまったのであろう子の髪をつかんで執拗に引っ張り回す姿を見て、「このままだとマズそうだ」と感じた。

 番組ナレーションでは古川の発言として、「幼い頃の愛情不足で10歳くらいから悪の芽が出てくる。その時期に徹底的に厳しさと愛情を注ぎこむことで、その子のその後の生き方が変わってくる」と紹介していた。

 小学校高学年くらいが、粗暴な少年にとって最後のチャンスなのかもしれない。これが中学生くらいになれば母親より体が大きくなってしまう。幸い、現在21歳の中野は、世の中のふらふらした21歳よりもずっとしっかりして落ち着いており、古川への感謝の思いを丁寧に話す真面目な武道青年に成長していた。

 少年たちは古川のもとではしおらしい。また、中野の幼少期の映像を見ると、公園ではガキ大将だったが、2歳年上の兄貴分の武居にはまったく頭が上がらないようだった。問題行動を起こす子どもを「強さ、力、厳しさ」で律することを嫌がる人もいるだろうし、私もその一人だが、一方でそういったもので指導されることを求める人、そこに安心感を覚える人も一定数いるのではないかと感じた。

 「強さ」と「優しさ」のどちらがいい悪いではなく、子どもそれぞれの性格や、子どもの置かれた状況に応じたバランスを見極めていくことが大切なのだろう。「強さ、力、厳しさ」を求めるタイプの子どもにとって、昨今の「優しさ」重視とも思える子育てでは、行き場のないパワーが溜まってしまうのかもしれない。それが問題行動という形で噴出しているのだろうか。

「ほっとけない」保護者

 番組内で育ての親である曾祖母に暴力を振るうと紹介されていたユウセイ。「年老いた曾祖母に暴力」という言葉だけ見たときは、「なんて子どもだ」と思ったが、番組を見ていて少々印象が変わった。

 8月15日の「終戦の日」は、古川のジムのメンバーが総出で足立区のジムから靖国神社まで歩くイベントを毎年行っているという。出発前にユウセイを訪ねた曾祖母は、タオルを事前に濡らせとユウセイにしつこく言っていた。

 曾祖母の発言は心配と善意からのものなのはよくわかるが、こう何度もくどくど言われては、たとえそれが正論であっても、本当にイライラするだろうとユウセイに同情してしまった。曾祖母に悪気がないのは本当にわかるのだが、タオルを濡らしたくなったら途中のコンビニで洗面台を借りればいいのだ。田舎ならともかく、足立区から靖国神社までならいくらでもコンビニはあるだろう。

 放っといていいときは好きにやらせる、というのは子どもへのギフトだと思う。「あなたのためを思って」を大義名分にして、ただでさえカッとなりやすい子どもの導火線にあえて火をつけに行く保護者もいるのだろう、と思ってしまった。

 次週は「母さん ごめん ダメ息子の涙 ~六本木キャバクラボーイ物語~」。六本木でキャバクラボーイをしている26歳のゆうせい。大学卒業後に就職した大手企業をわずか3日で辞めてからは、定職に就く気もなく、女のもとに転がり込む生活を続けている。そんなゆうせいはかつてはプロ野球選手を目指していた将来有望な野球少年だった。ゆうせいと、ゆうせいの自立を願う母親の3年間の記録。

少年隊、テレビ出演オファーも“ジャニーズNG”!? 東山、錦織、植草が揃わない……「嵐とは違う」の指摘も

 12月12日、デビュー35周年を記念して発売された少年隊のベストアルバム『少年隊 35th Anniversary BEST』のプロモーションをめぐって、メディア関係者の間で不穏な情報がささやかれているという。プロモーション活動が行われないばかりか、メディア露出の多い東山紀之が「アルバム発売についてコメントすらしない」ことについては、ファンの間でも物議を醸しているが、そこには、かねてから報じられている“メンバー間の溝”が関係しているようだ。

 予約分が換算される発売前日のデイリーランキングでは、約1万2,000枚を売り上げ、初登場1位を記録(オリコン調べ)。週間ランキング上位入りも確実視されているものの、メンバーは同ベスト盤のプロモーションを現在まで一切行っていない。

「錦織一清と植草克秀の2人は、年内にジャニーズ事務所を退所することが決定しているだけに、これが“ジャニーズ最後の作品”になることは明らか。それなのに、3人はメディアからの出演依頼に一切応じていない状況といわれています」(スポーツ紙記者)

 実際に少年隊の“プロモーションNG”については、各メディアも把握している話なのだという。

「ある番組が、CD発売に合わせて、少年隊の出演を希望したそうなのですが、ジャニーズサイドからNGが入ったという話がささやかれています。どうもこのベスト盤のリリースは、メンバーが前向きに決めたというよりは、『最後だから』との理由で、事務所やレコード会社が主導となって発売にこぎ着けたのだとか。錦織や植草にとっては、このベスト盤リリースが、事務所から円満退所するための条件だったのではないかと見る向きもあるんです」(テレビ局関係者)

 2人の退所後も、少年隊の名前は残すと発表されているが、「週刊誌などでも報じられているように、錦織と植草は、東山やジャニーズサイドについて、少なからず不満があるということでしょう」(同)という。

「ジャニーズ最後の作品にもかかわらず、最後まで3人が揃わないことが、何よりも確執を物語っています。今年は嵐の活動休止も決定していますが、彼らはどれだけ不仲説を週刊誌などに報じられても、ファンへの恩返しとばかりにさまざまな活動を展開しているのですが、少年隊は嵐とは違うようですね」(同)

 ジャニーズ最古参グループにしては、なんとも悲しい幕切れになってしまいそうだが、ベストアルバムによってあらためて少年隊の偉大さを実感しているファンは多い様子。いつまでもファンの心の中で輝き続ける存在でいてほしいものだ。

ビヨンセ&ジェイZの愛娘ブルー・アイビー、最年少の8歳でグラミー賞初ノミネートも“賛否両論”のワケ

 第63回グラミー賞に最多ノミネートされたビヨンセと、大御所ラッパーで音楽プロデューサー、実業家のジェイ・Zとの間に生まれた長女ブルー・アイビーが、8歳にしてグラミー賞に初ノミネートされていたことが明らかになり、ネット上で大きな話題となっている。

 グラミー賞を主催するザ・レコーディング・アカデミーが11月24日、来年度のノミネート作品を発表。最優秀ミュージック・ビデオ賞にノミネートされた「BROWN SKIN GIRL」には、候補者の名前として、当初ビヨンセしか掲載されていなかった。

 その後、グラミー賞の公式サイトがしれっと更新され、ビヨンセの横に、同曲でコラボしたブルー・アイビーと、ラッパーのウィズキッドの名前も追加されたのだ。

 生まれて2日後に父親がリリースしたシングル「Glory」に、“喉を鳴らす音”と“泣き声”でフィーチャリングされ、「史上最年少でビルボード・チャートイン」するという歴史を作ったブルー・アイビー。5歳になると、父親のアルバム『4:44』でフリースタイル・ラップを披露し、話題に。昨年4月に母親のドキュメンタリー『HOMECOMING:ビヨンセ・ライブ作品』で「Lift Every Voice and Sing」を軽く歌い、同年7月にビヨンセがリリースした「BROWN SKIN GIRL」では、要である最初と最後の部分を熱唱。堂々と歌う姿や歌唱力を絶賛する声が上がった。

 “肌色の濃さなど関係なく、全ての黒人女性が輝く”という意味を込めた「BROWN SKIN GIRL」は高く評価され、ソングライターとしても参加したブルー・アイビーは、ビヨンセと共に、ソウル・トレイン・ミュージック・アワード、BETアワード、NAACPイメージ・アワードなど、黒人ミュージック系のアワードを総なめ。

 今回グラミー賞のノミネートに彼女の名前が追加されたということは、世界最高峰の音楽賞で“母娘受賞”する可能性が出てきたということ。ネット上では「楽しみ!」という声、「ノミネートされなかったザ・ウィークエンドが『グラミーは腐敗したまま』と発言し、『人種差別している』とバッシングされていたから、イメージアップのためにブルー・アイビーの名前を付け加えたのでは」と不審がる声などが上がっており、賛否両論となっている。

 2001年度グラミー賞に8歳でノミネートされた、ザ・ピーザル・シスターズのリア・ピーザルと共に最年少記録保持者となったブルー・アイビー。1月7日に9歳の誕生日を迎えるため、受賞した場合は8歳で受賞したリアに次ぐ記録を持つことになる。

 第63回グラミー賞は、21年1月31日に授賞式が開催される予定。

Travis Japan・川島如恵留、メンバー内での“三角関係”を告白!? 「俺は嫉妬する」吉澤閑也に訴えたワケ

 Snow Man、SixTONES、ジャニーズJr.内ユニット・Travis Japanの3組が週替わりでパーソナリティを務めている『らじらー!サタデー』(NHKラジオ第1)午後10時台。12月12日の放送では、Travis Japan・川島如恵留と吉澤閑也が登場。「メンバーに嫉妬する」と語る場面があった。

 来年1月28日から、グループ初の全国ツアー『Live tour 2021 IMAGE NATION~全国ツアーしちゃってもいいですかっ!?』を開催するTravis Japan。番組冒頭では、リスナーから届いた「どんなコンサートになりそうですか?」とのメッセージに、吉澤が「Travis Japanなので、最高のパフォーマンスが見られると思いますよ、ダンスはピカイチなので。しかも、いろんなトラジャが見られる」と自信満々にコメント。川島も「グループ内のいろいろなメンバーの組み合わせにも、たくさん悶えていただけるようなコンサートにしたいなと思っております」と抱負を述べていた。

 そんな中、日頃リスナーが抱えている疑問に答える「トラジャ学園 特別授業!」のコーナーでは、「なんで嫉妬というものが生まれるのですか?」という質問が。これに川島は、番組冒頭で吉澤が「のえママ(川島の愛称)好き」と言ったことを振り返りながら、「閑也、普段はしめ(七五三掛龍也)に好きって言うじゃん。俺は嫉妬するよ、そういうの」と、グループ内での三角関係を意識していると告白。

 それを聞いた吉澤が「あ、そうなんだ(笑)。のえママって嫉妬するんだ。それじゃ隠れて言いますね、これからは」と返答すると、川島は「むしろ隠れられたら、もっと嫉妬します」と言い、嫉妬をなくすにはお互いの意見の擦り合わせが必要などと力説。また“嫉妬深い女性”について、川島は「別に全然いいと思いますよ! 話し合うきっかけができるってことだよね?」と前向きな姿勢を見せていた。

 その後、前週にパーソナリティを務めたSixTONES・ジェシーと京本大我から「クリスマスが近い中、あえてハロウィンをテーマに2人で即興ミニコントをやって」という指令が出されると、川島と吉澤は「むずくね?」と揃って困惑。また、ジェシーと京本は「イメージにない」という川島をボケ、吉澤をツッコミ役に指定していたが、最近のオフや稽古中は、まさに川島がボケを担当しているのだとか。2人のむちゃぶりに戸惑いながらも、川島は「ただいつも通りにボケ倒せばいいってことでしょ?」とやる気十分でコントに挑戦することに。

 「じゃ、ハロウィンということで、ちょっと仮装してきますわ」(川島)「はい、してきてください」(吉澤)「どうですか? この仮装?」(川島)「なんですか、それ?」(吉澤)「やっぱりラジオなんで気合入れて。ハロウィンということで“お雛様”の格好してきました」(川島)「お雛様は、ひな祭りのやつ!」(吉澤)と、即興コントを披露した。

 その後、川島は「へたくそすぎる! あははは! 2人ともへたくそすぎる!!」と大笑い。するとスタッフから「もう1回」と、まさかの指示があり、再びコントにトライ。しかし、手応えがなかったようで、「コントってむずいんだね。こんな即興でやるもんじゃないよね」と反省。吉澤も「考えてやんないと事故っちゃうから。気をつけよう」と話していた。

 この放送にネット上では、「嫉妬すらも肯定してくれるんですね。のえるさん………」「のえるくんの嫉妬の対象になった人がうらやましい」「のえしずのコントうまいと思ったけどな〜」などのコメントが寄せられていた。

Travis Japan・川島如恵留、メンバー内での“三角関係”を告白!? 「俺は嫉妬する」吉澤閑也に訴えたワケ

 Snow Man、SixTONES、ジャニーズJr.内ユニット・Travis Japanの3組が週替わりでパーソナリティを務めている『らじらー!サタデー』(NHKラジオ第1)午後10時台。12月12日の放送では、Travis Japan・川島如恵留と吉澤閑也が登場。「メンバーに嫉妬する」と語る場面があった。

 来年1月28日から、グループ初の全国ツアー『Live tour 2021 IMAGE NATION~全国ツアーしちゃってもいいですかっ!?』を開催するTravis Japan。番組冒頭では、リスナーから届いた「どんなコンサートになりそうですか?」とのメッセージに、吉澤が「Travis Japanなので、最高のパフォーマンスが見られると思いますよ、ダンスはピカイチなので。しかも、いろんなトラジャが見られる」と自信満々にコメント。川島も「グループ内のいろいろなメンバーの組み合わせにも、たくさん悶えていただけるようなコンサートにしたいなと思っております」と抱負を述べていた。

 そんな中、日頃リスナーが抱えている疑問に答える「トラジャ学園 特別授業!」のコーナーでは、「なんで嫉妬というものが生まれるのですか?」という質問が。これに川島は、番組冒頭で吉澤が「のえママ(川島の愛称)好き」と言ったことを振り返りながら、「閑也、普段はしめ(七五三掛龍也)に好きって言うじゃん。俺は嫉妬するよ、そういうの」と、グループ内での三角関係を意識していると告白。

 それを聞いた吉澤が「あ、そうなんだ(笑)。のえママって嫉妬するんだ。それじゃ隠れて言いますね、これからは」と返答すると、川島は「むしろ隠れられたら、もっと嫉妬します」と言い、嫉妬をなくすにはお互いの意見の擦り合わせが必要などと力説。また“嫉妬深い女性”について、川島は「別に全然いいと思いますよ! 話し合うきっかけができるってことだよね?」と前向きな姿勢を見せていた。

 その後、前週にパーソナリティを務めたSixTONES・ジェシーと京本大我から「クリスマスが近い中、あえてハロウィンをテーマに2人で即興ミニコントをやって」という指令が出されると、川島と吉澤は「むずくね?」と揃って困惑。また、ジェシーと京本は「イメージにない」という川島をボケ、吉澤をツッコミ役に指定していたが、最近のオフや稽古中は、まさに川島がボケを担当しているのだとか。2人のむちゃぶりに戸惑いながらも、川島は「ただいつも通りにボケ倒せばいいってことでしょ?」とやる気十分でコントに挑戦することに。

 「じゃ、ハロウィンということで、ちょっと仮装してきますわ」(川島)「はい、してきてください」(吉澤)「どうですか? この仮装?」(川島)「なんですか、それ?」(吉澤)「やっぱりラジオなんで気合入れて。ハロウィンということで“お雛様”の格好してきました」(川島)「お雛様は、ひな祭りのやつ!」(吉澤)と、即興コントを披露した。

 その後、川島は「へたくそすぎる! あははは! 2人ともへたくそすぎる!!」と大笑い。するとスタッフから「もう1回」と、まさかの指示があり、再びコントにトライ。しかし、手応えがなかったようで、「コントってむずいんだね。こんな即興でやるもんじゃないよね」と反省。吉澤も「考えてやんないと事故っちゃうから。気をつけよう」と話していた。

 この放送にネット上では、「嫉妬すらも肯定してくれるんですね。のえるさん………」「のえるくんの嫉妬の対象になった人がうらやましい」「のえしずのコントうまいと思ったけどな〜」などのコメントが寄せられていた。

私たちの「食」は、豊かなのだろうか? グルメブーム、日本食礼賛の内側をえぐる『メイド・イン・ジャパンの食文化史』

時短、カンタン、ヘルシー、がっつり……世のレシピ本もいろいろ。今注目したい食の本を、フードライター白央篤司が毎月1冊選んで、料理を実践しつつご紹介!

今月の1冊:『メイド・イン・ジャパンの食文化史』畑中三応子 著

 タイトルだけ見ると非常にカタい本のようだが、実に面白く、読みやすく書かれたノンフィクションなんである。コラム集を読むような軽い気持ちで手に取ってみてほしい。本書のテーマは「なぜ日本人はかくも国産をありがたがるようになったのか?」なんだけれども、著者は同時に「そもそも日本人って食を大事にしてきたのだろうか?」という視点でクロニクルを編んでいる。

 プロローグ、書き出しから「もう10年近くになるだろうか、日本食礼賛が巷にあふれてきたのが気になりだした」とくる。日本の文化、歴史、技術はすごいもの、と喧伝するテレビ番組や書籍が定番コンテンツとなってきた頃だろう。そんな風潮に拍車をかけたものとして、著者は2013年の和食のユネスコ無形文化遺産登録をあげる。その理由が以下の4点。

・多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重
・栄養バランスに優れた健康的な食生活
・自然の美しさや季節のうつろいの表現
・年中行事との密接なかかわり

 理由を読まれてみて、どうだろう。著者の「私たちが捨て去ってきたものばかり」という書きように、大きく頷いてしまった。どれも絵に描いた餅というか、「そうあれたらいいよね」「本来はそうなんだろうね」と多くの人が感じるのではないだろうか。たしかに、高級和食店で出てくる料理は先の4点を大事にしているだろう。しかし平均的な日本人の普段の食卓は、残念ながらほど遠い。いや、だからこそ「遺産」なのか……などと、私もユネスコが発表した当時に思っていた。

 とかく日本人は「私たちの食文化はすごい」と言い切りすぎじゃないだろうか。「じゃあ、どうすごいの?」と訊かれて説明できる人はどのくらいいるだろう。「日本には四季があって、折々の食材が豊かで」四季のある国は世界中くらでもある。確たる根拠や生活実感もなしに、日本食礼賛ムードが進みすぎてしまっているのはどういうことなのか――そこを畑中氏は歴史から探っていく。

 輸入穀物への依存が始まった明治時代。人口は増加し、食料自給もままならないまま戦争の時代へと突入していく。太平洋戦争後の窮乏と経済的復活、そして高度成長期へ。食生活が豊かになっていく一方で、インスタント化や欧米化が進み、日本的な伝統食はすたれはじめる。

 また戦後から昭和の時代というのは、危険な食品添加物の時代でもあった。この時代があったからこそ現代の食品安全基準が形成されたともいえるが、払った犠牲は大きかった。やがて時代はバブル好景気となり、貪欲なまでに海外の食文化を輸入し、消費していく。そして、崩壊。失墜の中で広まった「粗食
」のすすめ、平成の大凶作、O157など食中毒の発生、狂牛病パニック。有名企業や飲食店の産地や製造年月日、原材料など一連の偽装発覚の連続。食の安全と信頼が揺れに揺れた90年代と2000年代を経て、今へと続く。

 個々にすばらしいものを作り、育てている人はいる。高品質な食材も多いし、高度な調理技術と洗練されたもてなしのスタイルの融合を楽しめるお店もある。だが、誇らしきそれぞれのものを現在、日本人のうち何%が享受できているのだろう。日本食を礼賛する人々は、日常的にどんな食生活をおくっているだろうか。私たちは、豊かなのだろうか――痛切に考えさせられる一冊である。

 著者の畑中三応子(はたなか・みおこ)氏はもともと編集者で食文化研究家、奥付のプロフィール欄に1958年生まれとある。「情報誌とグルメガイド誌が食のトレンドを引っ張ってめまぐるしく流行が入れ替わるグルメブームの真っ最中」に、編集者として働きはじめ、シェフへのインタビューを中心としたムック制作を長年やられていたようだ。

 ほかにも食に関するクロニクルを数冊書かれているが、この手の本はとかく「たくさん調べました、年代順のポイントまとめました、終わり!」的な味気ないものになりがち。しかし畑中氏の場合はそうならない。事実描写の積み重ねとその客観的な歴史評価、プラス主観としての印象批評のバランスが絶妙で、読み飽きないんである。時代の変遷を食流行を軸に描いた『ファッションフード、あります。――はやりの食べ物クロニクル1970-2010』(ちくま文庫)もおすすめ。こちらは畑中氏のユーモアや、ときにシニカルな目線がより濃く表されている。

 

SixTONES・田中樹、「めっちゃ悔しくて泣いた」“同期”Sexy Zone・菊池風磨デビュー時の葛藤を告白

 Sexy Zone・菊池風磨、A.B.C-Z・河合郁人、SixTONES・田中樹、ふぉ~ゆ~・辰巳雄大の4人が旅をするバラエティ番組『すこジャニ〜ルールだらけの旅〜』(フジテレビ系)が12月12日に放送され、それぞれのデビューをめぐる葛藤が語られた。

 同番組は、“バラエティで活躍したい”ジャニーズ4人が、自分たちが考えたルールに縛られながら、1泊2日の九州一周旅を楽しむという内容。最年長の辰巳と河合は2年間同居もしていた親友で、菊池と田中は同期入所で仲良し。また、河合は後輩である菊池と田中をかわいがっているが、辰巳は2人との接点はほぼない、という間柄だ。

 番組MCに抜てきされた辰巳は、「今日売れなかったら、ふぉ~ゆ~終わりだから。ふぉ~ゆ~の未来決まるから!」と意気込んでいたものの、テレビ出演の機会が少なく慣れていないため、緊張で震えている様子。そんな中、「写真撮影の時は、いつもアイドル顔をすること」「『マジで』『ヤバイ』『なんでだよ』はNGワード」が“旅のルール”として設けられ、NGワードを言ってしまった場合、罰ゲームとして「1回につき1個のうずらの卵を食べなくてはならない」ことも発表された。

 海釣りをしたり温泉に入ったりと、大騒ぎの旅が繰り広げられたが、旅館では番組スタッフが退室し、4人だけでゆっくりとジャニーズJr.時代の話をする場面も。菊池はSexy Zoneとしてのデビューが決まった2011年、まだデビューしていなかったA.B.C-Zと舞台で共演した時の千秋楽を回想し、「泣くんです、俺はそこで。初めてステージ上で……」と、後輩である自分が先にデビューすることへの葛藤や、面倒を見てくれた先輩に対してデビュー報告をできず、思わず涙が出たと明かした。

 すると、河合も親友の辰巳に「デビューすることを言えなかった」と告白。一方で辰巳は「怪しかったの。一緒に住んでたし、ちっちゃい頃から一緒だし。でも(デビューするかどうか)聞けない……」と、河合の変化を感じつつも、結局、報道と同じタイミングでA.B.C-Zのデビューを知ったとか。

 さらに辰巳は、A.B.C-Zと同世代グループとして活躍していたKis-My-Ft2が、A.B.C-Zよりも先にデビューした時の裏話も告白。「(河合の)風呂が超長くて、完全に泣いてるのよ。これ、郁人にも言ってないんだけど、俺、その時、自分が悔しくなっちゃったの……」「郁人が本気で悔しがっているのを見た時に、『俺は何をやってるんだろう?』ってなってきちゃって……」と当時の複雑な心境を吐露しながら涙。「ごめんね、超ごめん!」とティッシュで涙を拭う場面もあった。

 この話を聞き、同期の菊池が先にデビューし、「めっちゃ悔しくて、家帰って初めて仕事で泣きました」と明かしていた田中も、辰巳に共感したのか、思わず「俺もちょっと泣きました……。先輩の話聞いて今、たまんないす。マジでやばかった」と目を潤ませるのだった。

 4人それぞれの葛藤が明かされ、ネット上では「これはもらい泣きする……! みんな本当によく頑張ってるし、応援したくなるね」「樹がデビューしてやっと風磨と一緒に番組出られて、めちゃくちゃうれしかったんだろうなと思うと感慨深い」「デビューできる人もできない人も、いろんな立場や思いがあるよね。バラエティとは思えないほど深い内容だった」といったコメントが寄せられていた。

嵐・松本潤、大野智を殴った過去も!? 「疲れちゃった」「向いてなかった」グループ初期にグレた理由を告白!

 12月12日放送の『嵐にしやがれ』(日本テレビ系)で、「松本潤記念館」が放送され、グループ初期の松本潤のキャラクターが明らかになり、ファンから驚きの声が上がっている。

 メンバー5人をそれぞれフィーチャーし、フリップにまとめた年表に沿ってこれまでの人生を振り返っていくこのコーナー。1999年に嵐の一員としてデビューした松本だが、その欄には「グループの〇〇に任命される」と書かれており、MC役の櫻井翔が「○○」に何が入るのかを問いかけると、大野智は迷うことなく「お笑い」と解答した。

 実はグループ初期は「お笑い担当」だった松本。ハワイで行われたデビュー会見では自ら「お笑いのほうを攻めていこうかな」と宣言しており、当時はバラエティ番組でも積極的に体を張って笑いを取っていた。また、雑誌の撮影では、なぜか俵を担いで決めポーズを取り、そのシュールな姿にスタジオは騒然。出演者の平成ノブシコブシ・吉村崇からは「めちゃくちゃ面白いじゃん!」という声が飛んでいたが、松本はこれに「こういうことに、ちょっとずつ疑問を持つようになるのよ」と苦々しい顔を見せ、その後、櫻井から「理想と現実の乖離にグレ始めます」と紹介された。

 櫻井によると、松本はカメラを向けられても笑わなくなったといい、当の本人も、「疲れちゃったんだよね」とポツリ。「(お笑い担当は)向いてなかったんだろうね」と話し、その頃に大きめの王冠がついたゴツい指輪を購入し、身に着けるようになったとのこと。その指輪はスタジオに登場し、二宮和也からは「懐かしい~! よく持ってたね!」と声が上がっていた。一方で、「うわ~、すっげえ思い出した」と嫌そうな顔を見せたのが大野智。松本は指輪の王冠部分を下にして着けているときがあったといい、そのまま殴られたことがあったそう。ゲストの尾上松也から「武器じゃん、武器!」とツッコまれていた。

 松本は、「笑いたくない」という思いが込められたその指輪を手に、「くしくも王冠だね」と苦笑いしながら、当時高校生だった自身のあだ名「キング」とのつながりを感慨深げに語った。また、指輪を松本から手渡された大野は、「俺、当時もっとこんくらいに感じてた」と、殴られたときの痛みからか、もっと高さのある指輪だと記憶補正していたことを明かし、スタジオは大爆笑に包まれた。

 この日の放送に視聴者からは、「松潤がお笑い担当って知らなかった! それはストレス溜まるよね……」「今となっては一番お笑いに向いてない人だもんな」「なんでリーダー殴ったのかも気になる!」「指輪見ただけで思い出すって相当(笑)」「一時期、頭殴られて血が出たって話してたよね」という声が集まっていた。

嵐・松本潤、大野智を殴った過去も!? 「疲れちゃった」「向いてなかった」グループ初期にグレた理由を告白!

 12月12日放送の『嵐にしやがれ』(日本テレビ系)で、「松本潤記念館」が放送され、グループ初期の松本潤のキャラクターが明らかになり、ファンから驚きの声が上がっている。

 メンバー5人をそれぞれフィーチャーし、フリップにまとめた年表に沿ってこれまでの人生を振り返っていくこのコーナー。1999年に嵐の一員としてデビューした松本だが、その欄には「グループの〇〇に任命される」と書かれており、MC役の櫻井翔が「○○」に何が入るのかを問いかけると、大野智は迷うことなく「お笑い」と解答した。

 実はグループ初期は「お笑い担当」だった松本。ハワイで行われたデビュー会見では自ら「お笑いのほうを攻めていこうかな」と宣言しており、当時はバラエティ番組でも積極的に体を張って笑いを取っていた。また、雑誌の撮影では、なぜか俵を担いで決めポーズを取り、そのシュールな姿にスタジオは騒然。出演者の平成ノブシコブシ・吉村崇からは「めちゃくちゃ面白いじゃん!」という声が飛んでいたが、松本はこれに「こういうことに、ちょっとずつ疑問を持つようになるのよ」と苦々しい顔を見せ、その後、櫻井から「理想と現実の乖離にグレ始めます」と紹介された。

 櫻井によると、松本はカメラを向けられても笑わなくなったといい、当の本人も、「疲れちゃったんだよね」とポツリ。「(お笑い担当は)向いてなかったんだろうね」と話し、その頃に大きめの王冠がついたゴツい指輪を購入し、身に着けるようになったとのこと。その指輪はスタジオに登場し、二宮和也からは「懐かしい~! よく持ってたね!」と声が上がっていた。一方で、「うわ~、すっげえ思い出した」と嫌そうな顔を見せたのが大野智。松本は指輪の王冠部分を下にして着けているときがあったといい、そのまま殴られたことがあったそう。ゲストの尾上松也から「武器じゃん、武器!」とツッコまれていた。

 松本は、「笑いたくない」という思いが込められたその指輪を手に、「くしくも王冠だね」と苦笑いしながら、当時高校生だった自身のあだ名「キング」とのつながりを感慨深げに語った。また、指輪を松本から手渡された大野は、「俺、当時もっとこんくらいに感じてた」と、殴られたときの痛みからか、もっと高さのある指輪だと記憶補正していたことを明かし、スタジオは大爆笑に包まれた。

 この日の放送に視聴者からは、「松潤がお笑い担当って知らなかった! それはストレス溜まるよね……」「今となっては一番お笑いに向いてない人だもんな」「なんでリーダー殴ったのかも気になる!」「指輪見ただけで思い出すって相当(笑)」「一時期、頭殴られて血が出たって話してたよね」という声が集まっていた。

嵐・相葉雅紀、「だって同じ名字だし」! KinKi Kids・堂本光一と堂本剛を“兄弟”と勘違いしていた過去を告白

 嵐・相葉雅紀がパーソナリティを務めるラジオ『嵐・相葉雅紀のレコメン!アラシリミックス』(文化放送)が12月11日深夜に放送。ジャニーズ事務所入所前にしていた“ある勘違い”を明かした。

 この日は、10月30日にデジタルリリースされたシングル「Party Starters」について、“3歳の息子がMVにドハマりしており、エンドレスリピートしている”というメッセージが寄せられた。これに、相葉は「そもそも『Party Starters』って、もっともっと前に出すはずだったんですよ。それがいろいろな、まぁ情勢の中でズレて、ズレてってなった」と明かし、「レコーディングをしたのも、年明けの2月くらい」だったと告白。

 「1月、2月にロスに行って、ロスで収録して。本当だったら『PVもロスで撮りたいね』なんてなってたんだけど」と構想を練っていたようだが、その後、世界的に新型コロナウイルス感染症が大流行したため海外にも行けなくなり、MVは「日本のスタジオの中で撮った」と回顧。予定とは違ってしまったが「こうやって鬼リピしてくれるのは、めちゃくちゃうれしいですね」と語った。

 また「そもそもレコーディング自体、ロスでやったのが初めてなんだよね。この『Party Starters』が。(嵐を)21年やってる中で」と言い、「海外でレコーディングってないから。う~ん、なんかアーティストっぽいよね」と自画自賛。「日本と全然違うよ! 分厚い防音の感じじゃない、ラフなの。扉もそんなに厚くなくて、壁の色がすごいカラフルで。その中にスタジオがあって、気持ちいい感じの解放感のある感じのスタジオで(収録した)」と話していた。

 また、リスナーから「小さい頃、漫才師さんは全部のコンビが兄弟・姉妹、または夫婦だと思っていた」と勘違いエピソードが届くと、スタッフが「僕だって最初、堂本光一さんと堂本剛さんは兄弟だと思ってました」とコメント。すると、相葉も「あ、俺も」「わかるわかる、だって同じ名字だし」と同調。相葉はジャニーズ事務所に入所する前、KinKi Kidsが「硝子の少年」でデビューする前に出演していたドラマを見て、2人が兄弟だと勘違いしていたと明かしていた。

 この放送に、ファンからは「KinKiさんを兄弟だと思っていたのは、私も一緒」「『堂本兄弟』(フジテレビ系)もやってたし(笑)」「意外とあるあるなのかな(笑)」と共感の声が続出。来年デビュー25周年を迎えるKinKi Kidsだが、中には「『堂本光一くん堂本剛くんって兄弟なの?』って、この間、実家の両親に聞かれたし。いまだそう思ってる人もいます」との声も。

 相葉と同じく、2人を兄弟だと勘違いしていた人は、かなり多いようだ。