10月8日、内閣府による会合で、緊急避妊薬を医師の処方箋なしで、薬局で販売可能とするよう検討されることが報じられた。それに対して、日本産婦人科医会の木下勝之会長は、性教育が不十分であることや女性の知識不足を指摘し、避妊に必要なのは本来1錠だが何錠も買う可能性があり得るとして、反対意見を表明。また、この問題をめぐっては、今年7月、同医会の前田津紀夫副会長が「安易な使用を心配」と発言し、物議を醸していた。
こうした否定的な考え方は産婦人科医の間で広く共有されているのだろうか? 緊急避妊薬が薬局で購入可能となることを目指す「緊急避妊薬の薬局での入手を実現する市民プロジェクト(緊急避妊薬を薬局でプロジェクト)」共同代表で産婦人科専門医の遠見才希子(えんみ・さきこ)さんに話を聞いた。
性の知識不足は女性だけの問題ではない
まず、遠見さんは「女性の知識不足」を理由にすることについて疑問を呈する。
「性教育が十分に行われず、知識が不足してしまうのは、若い世代の責任ではなく大人世代の責任です。日本社会が長年、性のことをタブー視してきて、学校教育の中でも十分教えられる機会が担保されていない状況があるので、性の知識不足は年齢性別問わず言えるかもしれないことなんです」
遠見さんは、医学生の頃から全国の中学・高校で講演を行うなど、性教育に取り組んできた。だからこそ、性教育だけを頼りに、望まない妊娠を防ごうとすることには矛盾が生じると指摘する。
「知識があっても受け皿が整っていないという事態も起こっています。私が性教育を行う中で出会った若い女性が、緊急避妊薬について知っていたけれど、価格が高く(約6,000円〜2万円程度)、産婦人科への受診のハードルが高かったため、手に入れられずに中絶することになったケースもあります。知識があっても、利用可能な制度がなければ、どうにもなりません。性教育と緊急避妊薬を確実に手に入れられる制度は、女性の体を守るための両輪なのです」
緊急避妊薬の繰り返し使用の背景にある問題
また、緊急避妊薬が「安易」に使用されるという懸念についても異議を唱える。
「医療従事者は、目の前にいる人の、ほんの一部しか見られません。受診時の患者の態度から『安易に使用している』『知識がない』などのジャッジメントはできないはずです」
地方の総合病院で働いていた時代に、緊急避妊薬を処方したこともあったが、「安易」とはかけ離れた状況だったそうだ。
「『よくぞたどり着いてくれました、手に入れにくいシステムでごめんなさい』という気持ちになりました。その患者さんは、3時間かけて病院まで来て、また3時間待って、ごく簡単な問診を受けて薬を受け取れることがわかった瞬間、安堵の表情になりました。情報の少ない中、必死に検索してたどり着いてくれたのだと思います」
遠見さんは、緊急避妊薬を何度も使用するようなケースについては、安全性を強調したうえで、その背後にある問題や社会システムについて考えるべきだという。
「緊急避妊薬は、万が一のときに1回飲む薬ですが、繰り返し使用しても健康被害が出ないというエビデンスのある安全性の高い薬です。もし、女性が緊急避妊薬を繰り返し使うことになったとすれば、その背景にはいろんな状況が考えられますよね。性暴力の被害に繰り返し遭ったという人もいるかもしれないし、ほかの避妊方法にアクセスできなかったという理由も考えられます。低用量ピルなどほかの避妊方法を試したくても、日本の場合、高額で手に入りづらく、海外では利用可能な避妊注射や避妊インプラント、避妊パッチといった選択肢がありません」
つまり、緊急避妊薬の繰り返し使用を女性の自己責任とせず、さまざまな避妊方法を安価に利用できるよう社会システムを変えたり、背景にある女性の貧困や虐待の問題を捉えて解決していく必要があるという。
さらに、本来必要な量以上に買うのではないかという声に対しては、世界との意識のずれを指摘する。
「WHO(世界保健機関)は1回分だけでなく、事前に多めに受け取って、手元に持っておくことを推奨しています。なぜなら、性行為後、少しでも早く服用したほうが効果は高いからです」
10月26日、遠見さんは木下会長と会談。受診という選択肢があっても、特に地方では、病院が遠いなどの理由から、すぐにたどり着けない女性もいることを伝えたという。
「緊急避妊薬の薬局販売と同時に、病院での診療体制の強化も要望しているのですが、長時間待たされた、内診をされたなど、受診時の対応で困ったことがあるという当事者の声をお伝えしたところ、『“処方にあたって内診は不要”“早く飲むことが効果的”など緊急避妊薬の適切な取り扱いについての周知を、今後、一緒に考えていきましょう』といった前向きな話もできました」
では、どうして日本産婦人科医会の会長や副会長は「処方箋なしの緊急避妊薬の薬局販売」に否定的なのだろうか? 同医会は、産婦人科医療の推進や母子の生命健康の保護、女性の健康の保持・増進に取り組む団体。各都道府県の産婦人科医会を束ねる全国的な組織で、遠見さんも加入している。
遠見さんは緊急避妊薬の薬局販売に否定的な意見について、単に個々人の意見の相違によるものなのではなく、医療従事者にとどまらない、社会全体のSRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ、性と生殖に関する健康と権利)への認識の乏しさが根底にあるという。
SRHRは1994年に開催された国際人口開発会議(ICPD/カイロ会議)から広く使われるようになった概念で、「子どもを産むか産まないか、産むならいつ産むか、何人産むかを自分自身で決められること」を含む。
医学部で学ぶ中で「SRHRを尊重すべき」といった趣旨の講義はほぼなかったという遠見さんは、「病院での研修中や実際に医師として働いている時に『SRHRが中心に置かれているわけではない』と感じました」と語る。
「医療従事者、そして一般の人もSRHRが人権であり、緊急避妊薬を手に入れられることは正当な権利であると学ぶ機会がない。私は医学生の頃から主に中高生を対象に性教育を行っていましたが、自分で関心を持たなければ、十分に学ぶことができない。たとえば性教育を行う人も、SRHRの視点がなければ『上から目線の押し付け』になってしまいます。また医療従事者は『女性を管理下に置いて指導』してしまうかもしれません。説教や指導ではなく、必要なのは同じ目線に立った情報提供です」
遠見さんは緊急避妊薬の薬局販売に否定的な意見をただ批判するのではなく、社会全体のSRHRへの理解を深めるための前向きな機会としたいと考えている。
政府が検討を始めるという緊急避妊薬の薬局販売は、「薬剤師が十分な説明の上で、対面で服用させること」が条件となっている。現行の産婦人科医による診察(オンラインも含め)に比べると土日も対応可能で診察料もかからず、手に入れやすいように思える。しかし、遠見さんはそれで十分だとは考えていない。
「対面で服用させる理由が、『早く飲んだほうが効果が高いので、それをサポートするため』というのであれば理解できます。しかし、今、面前内服が求められている理由は『転売等により組織的な犯罪に使用されるのではないか』という、女性を信用しない考えに基づくものなのです」
転売や悪用してはならないのは緊急避妊薬以外の薬も同様であり、緊急避妊薬の場合だけ面前での服用を求めるのは筋が通らない。また、女性を信じない姿勢も、世界の潮流に反している。
緊急避妊薬の市販化が2017年の厚生労働省での検討会で否決されたのを受けて、「緊急避妊薬を薬局でプロジェクト」のメンバーは、18年からオンラインでの署名集めを開始した。
「今年の7月22日に6万7,000筆の、そして新政権が発足後の10月27日には10万7,000筆の署名を厚労省に提出しています。7月の面談では性教育や薬剤師の研修などの土台が前提だと言われました。しかし、10月にはWHOの勧告についても触れられ『(女性の)当事者の心境や背景に配慮した議論を進めていきたい』という発言を聞くことができました」
さらに、活動を続ける中では、SRHRへの性別・年齢問わない関心の高まりを感じているともいう。
「多くの人が声を上げ、メディアでも取り上げられるようになりました。SNSで当事者が発信できる時代になった。みなさんと一緒に変えていけたら」
最後に、緊急避妊薬の薬局販売が実現した後は、どのような課題に取り組んでいきたいかを聞いた。
「長年、女性の健康や権利が、ないがしろにされてきたと考えざるを得ない状況だと思っています。自分の体について自分で決められる権利、特に、産まない権利や避妊の選択肢についての情報はとても少なく、隠されてきたとも感じています。緊急避妊薬の薬局販売の実現をSRHRの問題を解決するひとつの突破口にして、日本でまだ認可されていない避妊の選択肢の充実や、薬剤での安全な中絶などの議論を進めていきたいと思います」
緊急避妊薬の薬局販売は、あくまでスタート。性と生殖に関する健康と権利の保障の実現を目指す取り組みは、まだまだ続く。
・緊急避妊薬の薬局での入手を実現する市民プロジェクト
(谷町邦子)
遠見才希子(えんみ・さきこ)
産婦人科専門医。聖マリアンナ医科大学医学部医学科在学中から、全国700校以上の中学・高校で、性教育の講演を行う。大学卒業後は亀田総合病院、湘南藤沢徳洲会病院などに勤務。現在は筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻社会精神保健学分野博士課程で、性暴力や人工妊娠中絶について研究している。