世間を戦慄させた事件の犯人は女だった――。平凡に暮らす姿からは想像できない、ひとりの女による犯行。自己愛、欲望、嫉妬、劣等感――罪に飲み込まれた闇をあぶり出す。
いわゆる〝首都圏連続不審死事件〟で殺人などの罪に問われ、死刑が確定した木嶋佳苗死刑囚(45)は、出会った男性たちからたびたび金を詐取し、うち3名を殺害していた。出会いの場は婚活サイトだ。
ここに彼女は「結婚相手を探している」と登録し、男性たちに「学校に通うための授業料が必要」だと嘘をついて多額の金を振り込ませたり、ホテルに誘い、睡眠薬入りの飲み物で男性を眠らせた上で、財布から金を盗んで部屋から立ち去るなどしていた。
木嶋死刑囚の一審裁判員裁判が開かれたのは、さいたま地裁。2012年のことだ。それから2年後、ここで同じように「婚活サイト」が出会いの舞台となった事件の裁判員裁判が行われた。宮城県に住む女・伊藤奈苗(仮名)は、埼玉県行田市在住の男性・黒木誠さん(仮名)とサイトで出会い、結婚をほのめかしながら多額の金を貢がせた揚げ句、黒木さんを殺害した。
だが彼女自身が手を下したわけではない。実行犯は、同じく婚活サイトで出会った別の男・鈴木光俊(仮名)だった。男は惚れた弱みにつけ込まれ、身も心も操られていた。
(前編:【宮城・婚活サイト殺人事件:前編】木嶋佳苗に続いた“セックスと金”の婚活オンナ)
蔵王の殺人未遂と埼玉での殺人実行
「後には引けないからよろしく。返り血を浴びないように眼鏡をかけてね」……奈苗は黒木さんに睡眠薬を飲ませ、寝入った黒木さんにさらにインスリンを注射し、隣の部屋で待機する光俊に声をかけた。一人、黒木さんの部屋に赴いた光俊は、仕事で使っていたL型アングルを手に持ち、床で眠っていた黒木さんの目元や眉間を何度も殴った。
「殺してしまった。間違いなく警察に捕まるが、奈苗さんのことを黒木さんから守ることができた」
こう思ったというが、しかし黒木さんは脳挫傷や目の損傷など大けがを負いながらも、九死に一生を得ていた。そしてなぜか、光俊のことも警察に話さなかった。罪を逃れたふたり。いま奈苗から離れるか、それともとことん付き合うか。光俊にとっては、運命の分かれ道だったことだろう。ところが、奈苗はこう言ってきた。
「黒木さん名義のクレジットカードを作って、楽天で指輪を買ってしまった。黒木さんにバレると、これまで以上に取り立てが厳しくなる。ここまで来たらもう、後戻りできない」
光俊は、奈苗の望みを叶えることを選んだ。退院後の黒木さんを車に乗せ、埼玉県の自宅へ送る途中に、奈苗が黒木さんに睡眠薬入りのコーヒーを飲ませた。自宅に着く頃に黒木さんは目覚めていたが「病院で処方された薬を飲もう」と奈苗がもう一度睡眠薬を飲ませる。黒木さんが再び寝入ったことを確認し、奈苗は言った。
「今度こそしっかりやるんだよ。こんちくしょう、みたいな気持ちでやらないと、だめなんだからね」
この言葉に背中を押された光俊は、眠り続けている黒木さんの右手を取り、牛刀を握らせた。自殺に見せかけるための方法だった。何度も奈苗と予行演習していたやり方だ。それでも、なかなか決心がつかない。
「実際、黒木さんを殺すのが怖かった。手は小刻みに震えていました。なんとか黒木さんを刺しましたが、全然力が入ってなくて、首の皮が一枚切れたような状態……それで、自分なりに今度こそ、と決意を固め、黒木さんの首を切りました。
とうとう黒木さんを殺してしまった。これで間違いなく警察に捕まるという思いがありました。ただ……それでも、やっとこれで、奈苗さんを黒木さんから解放することができたという達成感がありました」
2人は黒田さんを殺害後、彼の現金や健康保険証、指輪、キャッシュカードなどを奪い、部屋を後にした。
奈苗と光俊は、退院後の黒木さんに対する強盗殺人などで起訴され、14年7月、さいたま地裁で裁判員裁判が行われた。罪に問われたのは、強盗殺人だけではない。黒木さんが詳細を明言しなかった蔵王のホテルでの大けがも、2人によるものだったとして強盗殺人未遂で起訴されていた。
さらに殺害直後、福島県内のコンビニATMで黒木さんのキャッシュカードを使い不正に現金を引き出した(総額188万円)ほか、光俊が黒木さんになりすましスマホ10台を契約。これを売却し約14万の利益を得ていた。11年にはまた別の男性の家に忍び込みネックレスや着物などを奪った罪にも問われていた。
起訴状や証拠によれば、奈苗は黒木さんから1000万円以上を借りており、返済を迫られていた。そのために殺害を企図したとされている。実行犯となった光俊も同様に、奈苗に夢中になるあまり、600万円~700万円ほどの“援助”をしたという。
法廷に現れた奈苗と光俊は、どちらも小柄な中年だったが、2人ともかなり太っており、証言台の前に並んで立つ姿は横から見ても前から見ても同じ幅で、どこか“ゆるキャラ”を彷彿とさせる。これでも光俊はかなり痩せたといい、逮捕前は100キロを超える巨漢だったそうだ。そして光俊は、奈苗のそんな肉体にも惹かれたのだと明かした。
「初めて会った時の第一印象は……ふくよかな方で……え~、胸も大きかったんで、私の好みだと思っていました」
光俊による2度の黒木さん襲撃は奈苗への愛ゆえだった。彼のいびつな愛は、この事件だけで示されたわけではない。震災の前の年のフィリピン旅行で、奈苗は「光俊の足を拳銃で撃ち、海外旅行保険金をだまし取る」ことを提案してきたのだという。
「結局それは実行しませんでしたが保険金はおりました。自分で足の指を……切断しようとして、実際に切りました。一人で途中までは切りましたが……どうしても切り落とすことができなかったので、ナイフを足の指の上に置いている状態で、奈苗さんが、スーツケースを上から叩き落とすというのをやりました」
足の指を失い、二股をかけられた上、なんの恨みもない男性を殺害させられた光俊。奈苗に人生を一変させられたにもかかわらず、最後に言った。
「こういった事件を起こすくらい、愛してたってことですから、一概に、なんとも思っていないとは言えないですけど……まだ完全に奈苗さんのことを嫌いにはなれません」
だが、一方の奈苗は、光俊への愛情など最初からなかったかのような供述に終始した。まず事件は“光俊が勝手にやったことであり、共謀などしていない”と、消え入りそうな声で一部否認し、光俊に罪をなすりつけた。被告人質問になると、それまでとは比べ物にならない大きな声で、こう言い放った。
「私は結婚できないと伝えてました。婚約者でもありません。私にとっては援助してくれる男性。光俊さんもそれでいい、と言っていました。私にとっては、援助してくれる男性です」
これを目の前で聞く光俊は、大きな背中を丸め、ただうなだれるばかりだった。一途な愛を利用し、借金返済を免れようと、黒木さんを殺害させた奈苗には、光俊と同じく無期懲役の判決が言い渡された。ふたりは控訴、上告していたが、15年9月、最高裁で確定している。
真実を語らなかった被害者
一途な愛で振り回されたのは光俊だけではないだろう。蔵王町のホテルで、視力を失うほどの大けがを負わされた黒木さんは、当時の警察の取り調べに真実を語ることはなかった。
「奈苗さん、光俊さんとホテルにチェックインし、別室の光俊さんが部屋に来て一緒に飲んでいた。体が熱くなり、ももひきになった。その後、風呂に行くため全裸になり、ソファの上で服を蹴飛ばしたりしていると、床に転げ落ちた。テーブルか椅子の角に顔面と頭を強く打ち付け、そこから意識がない。光俊さんと言い争いはしていない」(当時の黒木さんの調書)
奈苗に渡していた1000万の返済を促すため、彼らに貸しを作ろうとしていたのか。それとも、やはり彼も、奈苗に理屈を超えた愛情を持っていたのか。誰も知ることはできない。
<参考文献>
・「女性セブン」(小学館) 2013年3月14日号
・「週刊新潮」(新潮社) 2013年3月7日号