――毎月リリースされるK-POPの楽曲。それらを楽しみ尽くす“視点”を、さまざまなジャンルのDJを経て現在はK-POPのクラブイベントを主宰するe_e_li_c_a氏がレクチャー。10月にリリースされた曲から[いま聞くべき曲]を紹介します!
今月の1曲‖SEVENTEEN (세븐틴) - HOME;RUN
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今月はPledis Entertainment所属13人組グループ、SeventeenのSpecial Album『;[Semicolon]』のタイトル曲「HOME;RUN」から、あまりにも奥深すぎるジャンルなため踏み込みたくなかった「Jazz」について解説します。実は、Seventeenは私が初めて韓国までコンサートを見に行ったグループなので、それなりに思い入れのあるグループです。
アルバムの説明として公式文章を引用します。
「『;[Semicolon](セミコロン)』は、前作『헹가래(ヘンガレ)』で伝えた'青春'への応援メッセージを再び共有しながら一歩前進し、休まず走る青春に'少し休んで青春の饗宴を楽しもう'という、より成熟した肯定のメッセージを伝えるアルバム。現在を生きながら孤軍奮闘している若者たちへ、『息抜きの時間』、『一緒に笑って楽しめる時間』を文章の途中で切り、説明を続ける時に使われる符号「Semicolon(セミコロン)」にたとえ、同時代の青春として生きる「SEVENTEEN」から共感と慰めと応援を伝えるメッセージがアルバムいっぱい込められている」
今回はティーザー動画やMV、音楽番組のステージなどからもわかるようにSwing Jazzの流行した1930年代のファッション・雰囲気を引用しており、当時の時代背景がわかるとさらに「HOME;RUN」が楽しめる内容になっていると思います。パフォーマンスについては、毎回の音楽番組でコンサートレベルのパフォーマンスを披露していて、人数やスキルも含めてSeventeenだからこそ、というようなステージになっています。是非MVだけでなく音楽番組のステージ をチェックしてみてください。
奴隷解放宣言から始まるジャズの歴史
「Jazz」というと難しくてとっつきにくいというイメージがある方も多いかもしれませんが、今回は1862年アメリカで奴隷解放宣言が出された時代から歴史的な流れを中心に、ざっくりとジャズの成り立ちと、1930年代に流行した「Swing Jazz」というジャンルを中心に説明したいと思います。
まずは年代と、その時代に流行したジャズのサブジャンルについて挙げます。今までのように、ここ30〜40年の話ではなく時代をぐっとさかのぼり、100年以上前の話になります。
1900年代:New Orleans Jazz(ニューオーリンズ・ジャズ)
1910年代:Dixieland Jazz(ディキシーランド・ジャズ)この年代もニューオーリンズ・ジャズと呼ばれることもある
<1900~1910年代を大きく括って「オールド・ジャズ」や「クラシック・ジャズ」と分類する>
1920年代:Chicao Jazz(シカゴ・ジャズ)
1930年代:Swing Jazz(スイング・ジャズ)
1940年代:Be-bop(ビ・バップ)
ジャズの発祥は一般的にはアメリカと言われていますが、レゲエの説明 をした時と同様、いろいろな場所から集まった人たちが元から持ち合わせていた音楽的な要素が交ざり合い、アメリカで育まれ発展したジャンルです。ヨーロッパから移住した人々や、奴隷制があった時代にアフリカから労働力として強制的に連行された人々、それらの混血のクレオール(※)など多種多様な人種が集まるルイジアナ州の港町・ニューオーリンズという街でジャズが生まれたといわれています。
ニューオーリンズでは当時、スラングで性行為をJass、売春宿をJass Houseと呼んでいて、1階が酒場で2階が売春宿の、酒場部分を主な演奏場所にしていた演奏家たちのことを「Jass Band」と呼んでいたとされ、これが「Jazz」の語源という説があります。ほかにもフランス語の「Jaser」から来ているなど諸説ありますが、現在でもその語源ははっきりしません。
音楽的な成り立ちについては、「Blues」(ブルース、ブルーズ)や「Ragtime」(ラグタイム)、ゴスペル、霊歌、初期のカントリーなどたくさんの音楽と互いに影響を受け合い形作られたといわれています。
※「クレオール」は言語や人のどちらにも使われ、レゲエの説明をした時の「パトワ語」がジャマイカ・クレオール語と表現されることもありますが、今回の文脈で「人」に使う場合は、ヨーロッパを中心に考え人種を問わず「植民地(アメリカ)で生まれた人」のことを指します。
アメリカ南部のミシシッピ州北西部の川で囲まれたミシシッピデルタ地帯は広大で平らで肥沃な土地があり、1800年代後半たくさんの大規模農園が作られ、奴隷制から解放されたアフリカンアメリカンたちが誘い込まれて小作制が始まりました。アフリカンアメリカンは奴隷制から解放されたとはいえ、農園主のヨーロッパ人から金を借りる代わりに生産物の半分を差し出させられ、農園に縛り付けられます。そこで過酷な労働を強いられた彼らが怒りや苦悩、不満といった自らの感情を表現する手段として用いた音楽が1890年代ブルースへと発展します。
ブルース登場以前は、土地を掘り返したり船を漕いだりするような、大勢が一斉にリズミカルな作業をする場で掛け声的に歌われた労働歌(ワーク・ソング)、農園で集団で仕事をしながら歌っていたフィールドハラー、誰かが歌うと誰かがそれに答えて歌うというコールアンドレスポンスなどがありましたが、ブルースはそれとは対象的に、仕事をしていない暇な時、身近な出来事や個人的なこと、感情などを独白的にしゃべって歌うというイメージのものです。
彼らにとって身近だったギターが伴奏楽器として適していたこともあり、初期のブルースはギターの弾き語り形式のものがほとんどでした。1900年代に入るとブルースは楽譜に落とし込まれ、1920年代に入り初めてのブルース楽曲がレコーディングされます。その後、形式上奴隷から解放されたアフリカンアメリカンは季節労働者としてミシシッピ河口からアーカンソー、ルイジアナ、テキサス、テネシーなどを常に移動しました。ブルースのミュージシャンたちも例外ではなく、アメリカ南部地域を旅してブルースを広めました。
メロディーに独特の節回しがあり、一般にブルーノートスケールと呼ばれている5音階(ペンタトニック・スケール)で演奏されます。
長調でいうドレミファソラシドの3・5・7度(ミ・ソ・シ)の音をフラットさせて作った音階で、3度の音はメロディが長調的か短調的になるかを決定する部分ですが、ここがフラットすることで短調的になり少し悲しい響きに聞こえるというものです。このブルーノートスケールはジャズに大きく影響を与えており、1939年にはドイツでジャズ専門の「ブルーノート・レコード」というレコードレーベルができるほどで、ブルーノートはジャズを象徴するキーワードとなっていきます。
1900年代前半はまだレコードというメディア自体が存在せず、音楽は生演奏をその場で楽しむものでした。1920年代に録音技術が発達し、レコーディングができるようになってから過去発表された楽曲が録音されることも多く、下記に紹介する楽曲もカッコ内に記載したリリース年と実際の楽曲ができた時期が合わないものが多いです。
■Charley Patton - Mean Black Cat Blues (1929)
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■Robert Johnson - Kind Hearted Woman Blues (1936)
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Robert Johnsonは伝説的なブルース歌手兼ギタリストで、彼をモデルにした「俺と悪魔のブルーズ」という漫画が出版されており、私の大好きな作品です。
演奏スタイル「ラグタイム」の台頭 〜歓楽街の酒場で人気を博す
時を同じくしてミズリー州ダリアやセントルイスでは、アフリカンアメリカンがピアノ演奏を中心に、自らのルーツ音楽を基本とするシンコペーションを多用したメロディー(右手)と、マーチ音楽や行進曲に起因する2拍子の伴奏(左手)を融合させた独特の演奏スタイルの「ラグタイム」が台頭します。シンコペーションとはリズムの拍の頭を短くし、裏拍を長くしたりアクセントを置き跳躍感を得る手法のことで、均等な4拍に対して「タタータ、タタータ」のようにリズムを取ることでグルーヴが生まれます。
最初はピアノ用の楽譜として登場しそれ通りに弾くものでしたが、今までの西洋音楽(クラシック音楽)のリズムとは違う、軽快なピアノタッチと「ずれた」(Ragged)主旋律が特徴です。恐らく誰でも聞いたことがあるであろうこの曲の動画を見てもらえれば、先程の説明の「右手」と「左手」の意味がわかるかと思います。
■Scott Joplin - The Entertainer (1902)
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1900年初頭のニューオリンズでは、歓楽街でもあった売春地区・ストーリーヴィルの酒場やダンスホールでラグタイムが人気となり、アフリカンアメリカンもトランペット、トロンボーン、クラリネットといった西洋楽器を使ったマーチングバンドによる街頭演奏を行うようになっていました。「Maple Leaf Rag」は大ヒットとなり、アメリカ全土で人種や性別、身分などに関わらずたくさんの人がラグタイム曲を作曲しました。
■Scott Joplin - Maple Leaf Rag (1899)
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年代順で挙げた1900年代のニューオーリンズ・ジャズは文字通りニューオーリンズで生まれたものです。ニューオーリンズのアフリカンアメリカンの葬儀では墓地まで親族や友人などの関係者が行列で行進する風習があり、いつしか音楽隊も同行するようになりました。墓地に行く際は重々しい葬送歌や賛美歌を演奏しますが、墓地からの帰りにはスウィング感のある賛美歌や霊歌などの明るい曲が演奏されました。
行きは「ファーストライン」、帰りは「セカンドライン」と呼ばれ、ニューオーリンズがフランスの植民地だったことで西洋音楽の影響を受けており、セカンドラインで使われる楽器はコルネットやクラリネット、トロンボーンやチューバなどの管楽器中心のブラスバンドになりました。コルネットのメロディを中心として歩きながら即興で演奏を行い、この「セカンドライン」がニューオーリンズジャズの原型になったと言われています。
これは最近のものですが実際にニューオーリンズで行われた葬儀の模様で、動画の4:40頃までがファーストライン、それ以降がセカンドラインと聞くだけでわかると思います。
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■King Oliver And His Creole Jazz Band (1923)
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ストーリーヴィルではラグタイムとニューオーリンズ・ジャズが交ざり合い、またラグタイムが一世風靡したこともあり、「ジャズかな?」と思うような曲でも曲名に「rag」と入っているものもあります。レゲエの説明 をしたときの「メント」と「カリプソ」の関係と似ていますね。
ラグタイムは基本楽譜通りに演奏をする音楽でしたが、左手の伴奏部分の自由度を上げ、さらにはアドリブやブルーノートを取り入れ演奏をするミュージシャンが出てきて、一般的なラグタイムと並行してジャズへ接近していく部分も出てきます。
■Eubie Blake - The Charleston Rag (1917)
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1917年、アメリカが第一次世界大戦に参戦し海軍基地が作られたのをきっかけに、20年間続いた売春地区・ストーリーヴィルは閉鎖されます。
一方で、1800年代中盤のシカゴは運河の開通や鉄道路線の発達により主要なハブ拠点となり、人とモノが大量に行き交うようになります。1860年代の南北戦争の特需などで産業もさらに発展し、当時は世界史上最も急速に成長した都市といわれていました。1840年代の大飢饉以降、ヨーロッパ全土から貧困や迫害を受けた人たちが流入していたこともあり、なんと1890年頃のシカゴの人口は8割近くが移民でした。
南部の畑の害虫や洪水被害で職を失った農民や、ストーリーヴィルの閉鎖で職を失ったミュージシャンたちは、発展の真っ最中で比較的差別の少ないシカゴへと向かいます。1915年頃から第一次世界大戦で母国の軍隊に入るために、移民たちがヨーロッパへ帰国する流れ、アメリカ自体の第一次世界大戦への参入もあり、一時的に人不足の状態になっていたシカゴに、ここぞとばかりに南部からアフリカンアメリカンが流入しました。
当時はまだジャズというジャンルが「ジャズ」という名称ではなく、アメリカ南部地域のことを指す「Dixieland」(ディキシーランド)と呼ばれていたといいます。その頃に、シカゴで結成されたニューオーリンズスタイルのバンド「Original Dixieland Jazz Band」の楽曲がニューヨークでレコーディングされ、この時に発売されたレコードがジャズ史の中で初めて発売されたレコードとされています。
彼らのバンド名はデビュー前は「jass」と綴られていましたが、デビューをきっかけに「jazz」と綴りを変え、彼らによって「jazz」という名称が多くの人に知れ渡ったといわれています。メンバーは皆ヨーロッパ系の白色人種ですが、初期メンバー全員がニューオーリンズ生まれのあまり裕福ではないシチリアやアイルランド系移民で、アフリカンアメリカンと同じようにストーリーヴィルの閉鎖後にシカゴに移動してきた人たちです。
■Original Dixieland Jazz Band - Livery Stable Blues (1917)
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1920年には国家禁酒法が施行されますが、人々はもちろんそれに従うはずもなく、国境付近の街はマフィアを中心に国外で作られたアルコールを輸入。秘密酒場(スピークイージー)と呼ばれるマフィア経営の酒場にアルコールを卸し、マフィアは莫大な利益を得るようになります。
ニューヨークなどでは禁酒法施行後に酒場の数が何倍にも増えたという話もあるぐらいで、カナダとの国境が近かったシカゴも例に漏れず、1万軒あったといわれている秘密酒場はたくさんのジャズミュージシャンの演奏場所となります。
基本的にシカゴ・ジャズは今までのオールドジャズの踏襲で、違いとしては、リズムがシンコペーションからスウィングリズムに変わっていきます。スウィングの話は追って詳しく説明しますが、シカゴからニューヨークにジャズが移り30年代のスウィング・ジャズとして流行する前触れとなります。
またオールド・ジャズに比べ、それぞれの楽器のソロがわかるように演奏するスタイルに変わっていきます。使う楽器の種類にも変化が見られ、低音を担っていたチューバからコントラバスを使用するようになったり、今まで使われなかったサックスが取り入れられるようになります。
■Louis Armstrong & The Red Onion Jazz Babies - Terrible Blues (1924)
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1920年代、ニューヨークはヨーロッパから物理的に近かったこともあり、オペラやミュージカルといった芸術が輸入され、盛んに上映されていました。音楽業界が集中していたこともあり、鉄道の発達なども手伝いシカゴからニューヨークへミュージシャンが移動します。ニューヨークでは100組ほどが踊れる大きなダンスホールがあり、会場のダンスミュージックとしてジャズが演奏されました。大きな会場なため、今までの5~7人程度のバンドでは音が小さく、必然的に人が増えていきます。同じ楽器が複数人配置されるようになり、これがビッグバンドとなります。
■Duke Ellington & His Washingtonians: East St. Louis Toodle-Oo (1927)
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1930年代はラジオが普及し、実際の生演奏を聞きに行けない人たちもたくさんの人たちがジャズに触れることとなります。先述のDuke EllingtonオーケストラやBenny Goodmanオーケストラ、Glenn Millerオーケストラ、Count Basieオーケストラなどが人気を博します。
■Benny Goodman Orchestra - Sing, Sing, Sing (1937)
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シカゴ・ジャズの時に紹介したとおり、スウィング・ジャズはその文字の通り「スウィング」というリズムのことを指すのはもちろん、ジャズの演奏スタイル・ジャンルとして指す場合にも使います。「swing」の本来の言葉の意味は「揺れる」「振れる」で、バットのスウィングやゴルフのスウィングなどがそうです。
まず前者の「スウィング」についてですが、ジャズ特有のリズムの「ノリ」のことを表す言葉として、「スウィング」という言葉を使います。ジャズという音楽の特徴である「躍動感」や「ノリ」を表現する時に、「スウィングする」「スウィングしている」というように使われます。スウィングの説明の仕方は人によってさまざまですが、文字で表せる範囲でざっくりと説明すると、3連符の123、223、323、423という8部音符の「タタタ」を「タァタ」とリズムを取り、さらに後ろのタにアクセントを付けます。ちなみに間が抜け落ちる「タッタ」になると「シャッフル」のリズムになります。
丸を書いてそれを1拍に見立て、どこで取るとイーブン、スウィング、シャッフルと説明する方もいますが、個人的にこの方の説明がわかりやすかったのでまだピンと来ていない方は参考にしてみて下さい。
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当時の有名曲に「It Don't Mean A Thing (If It Ain't Got That Swing)」(スウィングしなけりゃ意味がない)という曲があり、ここでいう「スウィング」はこの「ノリ」の意味で使っていることがわかります。
■Duke Ellington - It Don't Mean A Thing (1943)
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私のTwitterを見ている方は、よく「グルーヴがある」 という表現を見ると思いますが「スウィング」 とほぼ同じ意味のものと思って大丈夫です。 もう少し細かく説明すると、「グルーヴ」 はどんなジャンルにも使えるものですが、「スウィング」 はジャズというジャンルの中でのグルーヴ感、 というイメージでしょうか。これはあくまでも私の解釈であり、「 グルーヴ」についても個々人でこれはグルーヴしている、 していない、という感覚が違うため一概には言えない概念です。
「スウィング」 という感覚を掴むのが難しい方もいるかもしれないですが、 Jazzy Hiphopのこの曲を聞けば「ハネる」 という感覚はわかってもらえるのではないでしょうか。これが「グルーヴ」です。
■Jung Jin Woo(정진우) - MOVIE (Feat. Rohann)
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後者の「ジャズの演奏スタイル」としての「スウィング」という言葉についてです。
世界恐慌が回復した1935年以降、ニューヨークを中心に急速に白人がリーダーのビッグバンドが台頭してきました。それから1940年代中頃までの間の、ビッグバンドとボーカルを迎えたジャズの演奏スタイルを「スウィング」といい、「スウィング・スタイル」や「スウィング・ジャズ」と呼ばれています。
「スウィング・スタイル」のジャズは大衆化したダンス・ミュージックとしてラジオを通してアメリカ全土に放送され、一挙にポピュラー・ミュージックとしての地位を獲得していきました。演奏スタイルとしては、ビッグバンドという楽器構成上、譜面による演奏が行われるようになりました。レコーディングやラジオ放送、ダンスのバックミュージックなど、その時々の要求によって曲の長さを調節するためや、毎回曲の演奏時間が同じ長さになるように編曲(アレンジ)することが必要だったからです。
シカゴ・ジャズ時代にベースとして使っていたチューバがコントラバスに変わったと説明しましたが、この部分はコントラバスで定着します。またドラムがそれまで単独で大太鼓、小太鼓、シンバルといった編成だったものが、ドラムセットが発明され1人の重要なパートとして確立しました。
1930年中頃には「ジャズ」という言葉は「アフリカンアメリカのやるジャズ」を指すようになっていたので、白人たちはもともと売春宿から生まれたジャズといういかがわしい生い立ちの音楽を、自分たちの「上品なもの」にしようとし、ジャズを別の呼び方にしようと考えました。そうして選ばれた言葉が「スウィング」です。ジャズはこの頃、「ノリ」のことや演奏スタイル一部分ではなくジャンル全体を指す意味で「スウィング」、「スウィング・ミュージック」と呼ばれるようになりました。
白人たちは、「スウィング」をアメリカの象徴の音楽として仕立てました。「スウィング」は、いわゆる「表」のジャズの形であり、その頃、ハーレムを中心としたアフリカンアメリカンたちの「ジャズ」は、「裏」のジャズとして発展していきました。そうして出現したのが「ビバップ」というジャズの演奏スタイルで、それから「モダン・ジャズ」と呼ばれるジャズが誕生することになります。
ジャズに関連する映画はたくさんありますが、1930年代のニューヨークを舞台にした『ギター弾きの恋』(Amazon prime videoで視聴可能)や、ニューオーリンズで生まれ、シカゴ、ニューヨークと移動しながら活動を続けてきたルイ・アームストロングなどが出演した1958年のジャズフェスティバルを取り上げた『真夏の夜のジャズ』という映画がちょうど上映中です。終映してしまったところも多いですが、近くで見られそうな方は是非見てみてください。
「HOME;RUN」MVに見える「野球」「ミュージカル」
Seventeenの「HOME;RUN」MVに要素が見える「野球」や「ミュージカル」の観点から、ジャズと絡めて少しだけアメリカの歴史を見たいと思います。
1800年代後半にアメリカで野球が生まれ、現在のメジャーリーグは1903年に発足します。1920年にはベーブ・ルースが活躍し、戦時中や世界恐慌時に人気が下火になることもありますが、ジャズと時を同じくしてアメリカ全土で人気を博します。戦時中の人手不足があっても、アフリカンアメリカンはメジャーリーグへの出場は認められませんが、1947年にジャッキー・ロビンソンが初めてのアフリカンアメリカンのメジャーリーガーとして登場。彼が大活躍したことでアフリカンアメリカンの選手を雇う球団が増え、さらにはCount Basieによる「Did You See Jackie Robinson Hit That Ball?」というジャズ楽曲まで作られます。「HOME;RUN」の楽曲で、ジャズの「スウィング」と野球の「スウィング」がかかっていることがわかりますね。
■Count Basie & His Orchestra - Did You See Jackie Robinson Hit That Ball? (1947)
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ミュージカルスタイルの作品が上映されるようになったのは1850年頃からで、1880年代にオペラハウスがブロードウェイに登場したことをきっかけにミュージカルの劇場街が形成され始めたといわれています。
1900年代に入るとブロードウェイに劇場が立て続けに建設され、1940年代半ばの第二次世界大戦中はブロードウェイ第1次黄金期とも言われ、ミュージカルが活発に上映されます。ミュージカルで演奏される楽曲がジャズへと引用されることも多く、ジャズのスタンダード・ナンバー(定番曲)だと思っていたものがミュージカル出身の曲だったということも珍しくありません。
ミュージカル楽曲はミュージカル作品のために書かれているため、特定のアーティストのイメージが付きにくく、引用してジャズの楽曲としてアレンジしやすいというのもあるでしょう。日本でもCMなどに使われているため知っている方も多いであろう下記の曲は、1959年に上映されたミュージカル「The Sound of Music」の挿入歌です。
■John Coltrane - My Favorite Things (1965)
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スウィングの関連ジャンルとして「Electro swing」(エレクトロ・スウィング、またはSwing house musicともいう)というジャンルがあり、スウィング・ジャズとエレクトロミュージックを融合させたジャンルで、「踊れるジャズ」とも呼ばれています。HouseやHiphop、Drum & Bass、EDMなどと混ざり合って1990年代に生まれたジャンルで、黎明期にはAcid JazzやNu Jazz、Swing houseなどともいわれていました。
4つ打ちのビートが乗せられており、ジャズのリズムをどうとって良いかわからないような人にも親切でわかりやすく、ノリやすいビートになっていると思います。
■Caravan Palace - Suzy (2008)
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New jack swingの「swing」も以前の記事 で書いたように、ドラムマシーンのリズムをスウィング出来る機能のSwingボタンから来ているので関連があるといえるでしょう。
K-Pop関連曲
ということでK-Popの関連楽曲についてです。厳密に分けることは難しいですが、エレクトロ・スウィングとスウィング・ジャズをそれぞれ紹介したいと思います。
ライブバージョンのみのアレンジや曲の登録がなくてプレイリストに入れられなかったものなどもありますが、AppleとSpotifyのプレイリストを作成してあるので気に入った方はそちらもチェックしてみてください。
・Electro swing K-Pop Playlist
Apple
Spotify
・Swing K-Pop Playlist
Apple
Spotify
Electro swing K-Pop
・달샤벳(Dal★shabet) - 있기 없기(Hate, Don't Hate!) 2012/11/14
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・Orange Caramel(오렌지캬라멜) - Lipstick(립스틱) 2012/9/12
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・TVXQ! 동방신기 - 수리수리 (Spellbound) 2014/2/26
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・ORANGE CARAMEL(오렌지캬라멜) - My Copycat(나처럼 해봐요) 2014/8/18
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・빅플로(BIGFLO) - 배드마마자마(BAD MAMA JAMA) 2014/11/25
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・IMFACT - 롤리팝 Lollipop 2016/1/27
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・HELLOVENUS(헬로비너스) - Mysterious 2017/1/11
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・UNB - BLACK HEART (유앤비 - 블랙하트) 2018/1/28
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・MOMOLAND(모모랜드) - I'm So Hot 2019/3/20
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Swing K-Pop
・LEE HI - 1.2.3.4 2012/10/29
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・이효리 (Lee Hyori) - 미스코리아 (Miss Korea) 2013/5/5
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・IU(아이유) - The red shoes(분홍신) 2013/10/8
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・TVXQ! 동방신기 - Something 2014/1/1
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・SPICA(스피카) - You Don't Love Me 2014/1/27
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・Red Velvet - 레드벨벳 'Be Natural (feat. SR14B TAEYONG (태용)) 2014/10/9
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・Mamamoo - Um Oh Ah Yeh (2015 KBS Song Festival) 2015/06/19
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・수지(Suzy), 백현(BAEKHYUN) - Dream 2016/1/6
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・BUMKEY(범키) - backindadayz 2016/1/20
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・로드보이즈 RoadBoyz - Shake It, Shake It 2016/3/20
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・레이디스 코드(LADIES' CODE) - 더 레인(The Rain) 2016/10/13
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・블락비(Block B) - 로맨틱하게 2017/1/11
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・JESSICA (제시카) - 봄이라서 그래 2017/4/18
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・MINSEO(민서) - Is Who 2018/1/20
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・박경 (PARK KYUNG) - INSTANT (Feat. SUMIN) 2018/6/22
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<落選したけど……紹介したい1曲>
■에이스(A.C.E) - 황홀경(Baby Tonight)
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10月、私がほぼこれしか聞いていなかった曲「황홀경(恍惚境)」です。この曲が収録されているミニアルバム『胡蝶之夢(HJZM : The Butterfly Phantasy)』のリリースは9月ですが、タイトル曲とは別に後続曲としてこの曲で音楽番組に出演し、MBCの『it's live』という生バンド企画で披露したのは10月に入ってからだったので今回挙げました。
原曲ももちろん良いのですが、原曲よりも音数が少なくなりボーカルのハーモニーがわかりやすい部分、生になったドラム音が曲を柔らかくし、ピアノの音がより雰囲気を切なくしているところなど、良い点を挙げればキリがありません。サウンド全体がボーカルの邪魔をせず、かつ引き立てる役割を果たしており、個人的にはいわゆるバラード曲よりもずっと彼らの声と歌唱力を生かせている曲だなと感じました。
グループの最年少でメインボーカルのチャンが出演しているウェブドラマ『Twenty Twenty』がちょうど放送されていたこともあり、音楽的な面でも人的な面でも興味を惹かれ、デビュー時から音源だけは追っていましたが、今さらハマりそうになっています。彼らそれぞれの声がこんなに特徴的で良いことに普段の楽曲では気付くことができませんでした。もっと丁寧に音楽を聞かなきゃな……という気持ちになった曲です。
<近況>
Stray Kidsのオンラインコンサートが決まったため、普段テレビを全く見ないのに40インチのテレビを買いました。音楽番組の4K固定カメラ動画を見たりして、なるほどこういう使い方がね~……となっています。
e_e_li_c_a
1987年生まれ。18歳からDJを始めヒップホップ、ソウル、 ファンク、ジャズ、中東音楽 、 タイポップスなどさまざまなジャンルを経て現在K-POP をかけるクラブイベント「Todak Todak」を主催。楽曲的な面白さとアイドルとしての魅力の双方からK-POPを紹介して人気を集める。
Twitter @e_e_li_c_a TodakTodak
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