伊藤健太郎、渡部建、徳井義実の転落に見る、予測不能な「芸能界復帰」への道

下世話、醜聞、スキャンダル――。長く女性の“欲望”に応えてきた女性週刊誌を、伝説のスキャンダル雑誌「噂の真相」の元デスク神林広恵が、ぶった斬る!

 プロゴルファーの横峯さくらが今週、国内ツアーに妊娠7カ月にして出場予定だという。もちろん体調などの個人差もあり、すべての人に当てはまらないとは思うが、横峯の出場は快挙であり、多くの女性たちに勇気を与えると思う。そして、どんなプレーを見せてくれるのかも楽しみだ。

第529回(10/29〜11/2発売号より)
1位「伊藤健太郎容疑者 『俺は2年で飽きられる…』育ての母も見放した“天狗暴走1年”」(「女性自身」11月17日号)
同「伊藤健太郎容疑者 急ブレイクで陥った俺様ぶりと落とし穴」(「週刊女性」11月17日号)
2位「佐々木希 愛息とパパ抜きデートで『あーん』」(「週刊女性」11月17日合)
同「徳井義実 『老後の介護してほしい…』年内入籍決断の呆理由」(「女性自身」11月17日号)
3位「香取慎吾 『一番のファンと掴んだ幸せ』2歳年上25年恋人『非婚の矜持』!」(「女性自身」11月17日号)
同「未婚シングルマザー芸能人 それぞれの“事情”」(「週刊女性」11月17日号)

 芸能人、著名人にとってイメージは大切だが、イメージは裏切られる。そしてイメージとの落差が激しければ激しいほど、スキャンダル性が高まり、世の中の関心と非難が集中する。そんな事件が相次いでいる。まずは水泳の瀬戸大也の白昼不倫。爽やかで愛妻家のイメージが一瞬で崩れ、スポンサーも離れるなど大きな代償を支払うことに。そしてハンドボールのレジェンドとも言われた宮崎大輔が交際相手の女性に暴行した疑いで逮捕。その後、女癖や酒癖の悪さが現在も指摘され続けている。今後どのように転落していくか未知数だ。

 それ以上に世間を騒がせているのが伊藤健太郎だろう。ここ数年でドラマや映画、そしてCMと大活躍。ブラウン管でその姿を見ない日はないといってもいい多忙ぶりで、しかもこれまた爽やかイケメン。NHK朝ドラ『スカーレット』での健気な息子役も一役買い、世間のイメージ(筆者も)は超高かった。それなのにひき逃げ事件を起こし、しかも事故後の態度も最悪――。そして、クローズアップされたのがその傲慢、傍若無人ぶりという“裏の顔”だった。

 そんな伊藤に関して「女性自身」「週刊女性」がその実像を特集している。共通しているのが伊藤の前所属事務所「aoao」の女性マネジャーの存在だ。このマネジャーは伊藤が18歳くらいのときから担当し、そして伊藤をここまで育てた“芸能界の母”ともいうべき存在。しかし伊藤は売れるにつれ、生活態度、礼儀作法などに厳しいこのマネジャーを疎ましく思い、今年9月には「イマージュエンターテインメント」に移籍してしまった。そのため、誰も注意する人がいなくなり、伊藤もわがまま放題、そして事故へとつながっていった、というもの。

 突然売れて、天狗になる。まだ23歳だからわからないでもない。周りもチヤホヤしたのだろう。さらに現在の芸能界は昔に比べ“無頼”とか“非常識”にすごく厳しくなった。そんな状況下で、ひき逃げの重大さをわからなかったのか――。だが一方、ここまでメチャクチャに言われるのも伊藤の事務所が新興で、売れっ子は伊藤だけという側面もあるのだろう。今回は言い訳にはならないけど。

 今後どれだけの期間、伊藤は表舞台から遠ざかるのか。素敵な俳優だっただけに、きちんと罪を償ってぜひ復帰はしてほしいと思う。それまでに女性マネジャーが説いていたという社会常識を身につけられれば、より一層の活躍が期待できるかも。

 イメージといえばこの人たちも。“多目的トイレ不倫”で世間を騒がせたアンジャッシュの渡部建と巨額の脱税が発覚したチュートリアルの徳井義実。そろって表舞台から姿を消したままだ。それ以前とのイメージの落差が激しかったからね。そんな2人の関連情報が。

 まずは「週刊女性」が報じたのが渡部の妻・佐々木希の近況。夫に代わり、仕事に全力投球、そして10月のある日、道端で息子と2人、“エアーおやつごっこ”をしている微笑ましい写真も掲載されている。だが、一方で夫の渡部に関しては芸能界の非情さを物語るエピソードが。不倫発覚直後は渡部のレギュラー番組に相方の児島一哉や同じ事務所の芸人たちが代役出演したが、今やほかのタレントが正式レギュラーに、そして――。

「渡部さんが8年近くMCを務めていたラジオ番組もこの秋で打ち切りになっちゃいましたし。仮に早めに復帰できたとしても、すでに居場所が……」(テレビ局関係者のコメント)

 ここで注目したいのが“居場所”という言葉。そうだよね。どんな売れっ子でもしばらくいなくなると、それが普通になる。島田紳助が芸能界を引退した時も、冠番組をいくつも持つ大物タレントだったにもかかわらず、テレビ、芸能界は機能していた。そして渡部も――。

 同様に、徳井もそうだった。先日、徳井は『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)に1年ぶりに復帰したが、以前よりなんだか影が薄くオーラもなく、老けた一般人のように見えた。痛々しかった。やっぱり“そこに居続けること”が芸能界って大切なのかも。特にテレビ中心のタレントは。

 そんな徳井の私生活だが、「女性自身」によると3年間交際してきた恋人の「チャラン・ポ・ランタン」のももと入籍を決意したという。独身主義だった徳井だが、彼女に昨年の事件を支えてもらったことに加え、老後の介護のため入籍を決意した、と「自身」は推測するのだが――。ナインティナイン・岡村隆史の結婚といい、弱った男は結婚するのか――。

 香取慎吾に18歳の時からお付き合いしている恋人が存在することは有名だが、2人の現状を「女性自身」が報じている。実質的に内縁の妻という恋人だが、「自身」は2人のドライブの様子を目撃、仲睦まじい様子を報じている。一方で、2人は今後も結婚という形を選択しないのではとも。同様に、「週刊女性」には芸能界の未婚シングル女性の特集が。記事には未婚シングルもまた“ライフスタイルとして確立している”と解説されている。双方を読み比べるとなかなか興味深い。日本の芸能人の生き方も多様化しつつある。

新垣結衣と多部未華子はなぜ「共演NG」なのか? 犬猿の仲を噂される女優たち

中井貴一と鈴木京香が主演を務める連続ドラマ『共演NG』(テレビ東京系)が話題だ。本作は、恋愛関係のもつれから25年間共演NGとなっていた役者同士が、再共演することになるというコメディドラマ。企画・原作は秋元康が務めている。

 実際の芸能界でも、若手から大物までさまざまな役者・タレントが不仲ゆえに共演NGだと噂されているが、本当のところはどうなのだろうか。女優同士の例をいくつか見ていきたい。

新垣結衣と多部未華子の共演NGの真相
 トップ女優として活躍する新垣結衣と多部未華子だが、なぜか長年「共演NG」だと噂されてきた。一時は不仲も疑われたが、二人は高校の同級生であり、プライベートでも親交があるほど仲良しだという。

 ではなぜ、「共演NG」とされているのか。「日刊ゲンダイDIGITAL」は、双方の所属事務所の意向だと伝えていた。それによれば新垣と多部は同い年でキャラも似ているため、事務所はクレジットの順番を巡るトラブルなどが勃発することを危惧し、共演NGにしているそうだ。

 ただ、確かに新垣と多部は同い年だが、「キャラ」まで似ているだろうか。

 新垣は可愛らしい「ガッキースマイル」で老若男女に愛される存在、一方の多部も好感度が高く清潔感のある女優だ。ただ、多部の場合は『デカワンコ』(日本テレビ系)『ドS刑事』(同)といった癖の強い役柄が多く、新垣とかぶるような印象を与えることはない。仲良しな二人の共演を望む声も多く、「共演NG」はもったいない。

 ちなみに、キャラかぶりで「共演NG」と噂された女性芸能人には、壇蜜と橋本マナミがいる。二人は2015年の『サンデージャポン』(TBS系)で共演し、不仲と共演NGを否定。橋本は壇蜜への尊敬の念を語っていた。

寺島しのぶ「本当に仲悪かったら言いますから」
 同じ所属事務所内でも「共演NG」を噂される場合がある。その例が綾瀬はるかと深田恭子だ。深田と綾瀬は共に大手芸能プロダクション・ホリプロ所属で、石原さとみを加えてホリプロ三姉妹と言われている。

 三人はお互いをライバル視しており「共演NG」だという前提での芸能記事は多く、また、仕事だけでなく「誰が一番先に結婚するか」を競っているなどとも度々言われてきた。

 しかし昨年のクリスマス、深田はInstagramに綾瀬とのツーショット写真を投稿。同時に綾瀬のことをあだ名で呼んでいると明かし、大きな反響を呼んだ。

<Christmas Eveになる瞬間をあやちゃん(綾瀬はるかたんをそうよんでいます)と過ごせました>
<もう20年近くのお付き合いだから
お喋りがつきなくて思い出話と近況と気がついたらイブを迎えていました そして可愛くてちゅるちゅるあやちゃんに癒されっぱなしでした>

 深田と綾瀬は今年2月から放送されている江崎グリコのCMで共演している。このCMはホリプロ所属タレント12名が終結したもので、メイキングには深田と綾瀬が手を繋いではしゃいでいる場面もあった。

 ちなみに深田は2014年、ドラマ『女はそれを許さない』(TBS系)で共演した寺島しのぶとの不仲を週刊誌で報じられたが、寺島はドラマ制作発表会の場で、<本当に仲悪かったら言いますから。根も葉もないことは書かないでいただきたいですね>と一蹴。報道陣を驚かせた。

 寺島のように本人が否定したものとしては、昨年11月、「週刊文春」(文藝春秋)が掲載した高畑充希と相武紗季がドラマの撮影現場でギクシャクしているという記事がある。これを高畑はInstagramで「捏造」だと完全否定。<ネットニュースと週刊誌によると私と相武さんは現場でバチバチらしいので再現してみた。笑>として、殴り合うふりをした写真を投稿していた。

 何かと「共演NG」や犬猿の仲を騒がれる女優たちだが、単なる噂が尾ひれをつけて広まったケースや、周囲が勝手に気を揉んでいるだけのケースも多そうだ。

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SEVENTEEN「HOME;RUN」は「Jazz」を知るとさらに楽しい! MVの世界観と音楽ルーツを解説 

――毎月リリースされるK-POPの楽曲。それらを楽しみ尽くす“視点”を、さまざまなジャンルのDJを経て現在はK-POPのクラブイベントを主宰するe_e_li_c_a氏がレクチャー。10月にリリースされた曲から[いま聞くべき曲]を紹介します!

今月の1曲‖SEVENTEEN (세븐틴) - HOME;RUN

 今月はPledis Entertainment所属13人組グループ、SeventeenのSpecial Album『;[Semicolon]』のタイトル曲「HOME;RUN」から、あまりにも奥深すぎるジャンルなため踏み込みたくなかった「Jazz」について解説します。実は、Seventeenは私が初めて韓国までコンサートを見に行ったグループなので、それなりに思い入れのあるグループです。

 アルバムの説明として公式文章を引用します。

「『;[Semicolon](セミコロン)』は、前作『헹가래(ヘンガレ)』で伝えた'青春'への応援メッセージを再び共有しながら一歩前進し、休まず走る青春に'少し休んで青春の饗宴を楽しもう'という、より成熟した肯定のメッセージを伝えるアルバム。現在を生きながら孤軍奮闘している若者たちへ、『息抜きの時間』、『一緒に笑って楽しめる時間』を文章の途中で切り、説明を続ける時に使われる符号「Semicolon(セミコロン)」にたとえ、同時代の青春として生きる「SEVENTEEN」から共感と慰めと応援を伝えるメッセージがアルバムいっぱい込められている」

 今回はティーザー動画やMV、音楽番組のステージなどからもわかるようにSwing Jazzの流行した1930年代のファッション・雰囲気を引用しており、当時の時代背景がわかるとさらに「HOME;RUN」が楽しめる内容になっていると思います。パフォーマンスについては、毎回の音楽番組でコンサートレベルのパフォーマンスを披露していて、人数やスキルも含めてSeventeenだからこそ、というようなステージになっています。是非MVだけでなく音楽番組のステージをチェックしてみてください。

奴隷解放宣言から始まるジャズの歴史

 「Jazz」というと難しくてとっつきにくいというイメージがある方も多いかもしれませんが、今回は1862年アメリカで奴隷解放宣言が出された時代から歴史的な流れを中心に、ざっくりとジャズの成り立ちと、1930年代に流行した「Swing Jazz」というジャンルを中心に説明したいと思います。

 まずは年代と、その時代に流行したジャズのサブジャンルについて挙げます。今までのように、ここ30〜40年の話ではなく時代をぐっとさかのぼり、100年以上前の話になります。

1900年代:New Orleans Jazz(ニューオーリンズ・ジャズ)
1910年代:Dixieland Jazz(ディキシーランド・ジャズ)この年代もニューオーリンズ・ジャズと呼ばれることもある
<1900~1910年代を大きく括って「オールド・ジャズ」や「クラシック・ジャズ」と分類する>

1920年代:Chicao Jazz(シカゴ・ジャズ)
1930年代:Swing Jazz(スイング・ジャズ)
1940年代:Be-bop(ビ・バップ)

 ジャズの発祥は一般的にはアメリカと言われていますが、レゲエの説明をした時と同様、いろいろな場所から集まった人たちが元から持ち合わせていた音楽的な要素が交ざり合い、アメリカで育まれ発展したジャンルです。ヨーロッパから移住した人々や、奴隷制があった時代にアフリカから労働力として強制的に連行された人々、それらの混血のクレオール(※)など多種多様な人種が集まるルイジアナ州の港町・ニューオーリンズという街でジャズが生まれたといわれています。

 ニューオーリンズでは当時、スラングで性行為をJass、売春宿をJass Houseと呼んでいて、1階が酒場で2階が売春宿の、酒場部分を主な演奏場所にしていた演奏家たちのことを「Jass Band」と呼んでいたとされ、これが「Jazz」の語源という説があります。ほかにもフランス語の「Jaser」から来ているなど諸説ありますが、現在でもその語源ははっきりしません。

 音楽的な成り立ちについては、「Blues」(ブルース、ブルーズ)や「Ragtime」(ラグタイム)、ゴスペル、霊歌、初期のカントリーなどたくさんの音楽と互いに影響を受け合い形作られたといわれています。

※「クレオール」は言語や人のどちらにも使われ、レゲエの説明をした時の「パトワ語」がジャマイカ・クレオール語と表現されることもありますが、今回の文脈で「人」に使う場合は、ヨーロッパを中心に考え人種を問わず「植民地(アメリカ)で生まれた人」のことを指します。

 アメリカ南部のミシシッピ州北西部の川で囲まれたミシシッピデルタ地帯は広大で平らで肥沃な土地があり、1800年代後半たくさんの大規模農園が作られ、奴隷制から解放されたアフリカンアメリカンたちが誘い込まれて小作制が始まりました。アフリカンアメリカンは奴隷制から解放されたとはいえ、農園主のヨーロッパ人から金を借りる代わりに生産物の半分を差し出させられ、農園に縛り付けられます。そこで過酷な労働を強いられた彼らが怒りや苦悩、不満といった自らの感情を表現する手段として用いた音楽が1890年代ブルースへと発展します。

 ブルース登場以前は、土地を掘り返したり船を漕いだりするような、大勢が一斉にリズミカルな作業をする場で掛け声的に歌われた労働歌(ワーク・ソング)、農園で集団で仕事をしながら歌っていたフィールドハラー、誰かが歌うと誰かがそれに答えて歌うというコールアンドレスポンスなどがありましたが、ブルースはそれとは対象的に、仕事をしていない暇な時、身近な出来事や個人的なこと、感情などを独白的にしゃべって歌うというイメージのものです。

 彼らにとって身近だったギターが伴奏楽器として適していたこともあり、初期のブルースはギターの弾き語り形式のものがほとんどでした。1900年代に入るとブルースは楽譜に落とし込まれ、1920年代に入り初めてのブルース楽曲がレコーディングされます。その後、形式上奴隷から解放されたアフリカンアメリカンは季節労働者としてミシシッピ河口からアーカンソー、ルイジアナ、テキサス、テネシーなどを常に移動しました。ブルースのミュージシャンたちも例外ではなく、アメリカ南部地域を旅してブルースを広めました。

 メロディーに独特の節回しがあり、一般にブルーノートスケールと呼ばれている5音階(ペンタトニック・スケール)で演奏されます。

 長調でいうドレミファソラシドの3・5・7度(ミ・ソ・シ)の音をフラットさせて作った音階で、3度の音はメロディが長調的か短調的になるかを決定する部分ですが、ここがフラットすることで短調的になり少し悲しい響きに聞こえるというものです。このブルーノートスケールはジャズに大きく影響を与えており、1939年にはドイツでジャズ専門の「ブルーノート・レコード」というレコードレーベルができるほどで、ブルーノートはジャズを象徴するキーワードとなっていきます。

 1900年代前半はまだレコードというメディア自体が存在せず、音楽は生演奏をその場で楽しむものでした。1920年代に録音技術が発達し、レコーディングができるようになってから過去発表された楽曲が録音されることも多く、下記に紹介する楽曲もカッコ内に記載したリリース年と実際の楽曲ができた時期が合わないものが多いです。

■Charley Patton - Mean Black Cat Blues (1929)

■Robert Johnson - Kind Hearted Woman Blues (1936)

 Robert Johnsonは伝説的なブルース歌手兼ギタリストで、彼をモデルにした「俺と悪魔のブルーズ」という漫画が出版されており、私の大好きな作品です。

演奏スタイル「ラグタイム」の台頭 〜歓楽街の酒場で人気を博す

 時を同じくしてミズリー州ダリアやセントルイスでは、アフリカンアメリカンがピアノ演奏を中心に、自らのルーツ音楽を基本とするシンコペーションを多用したメロディー(右手)と、マーチ音楽や行進曲に起因する2拍子の伴奏(左手)を融合させた独特の演奏スタイルの「ラグタイム」が台頭します。シンコペーションとはリズムの拍の頭を短くし、裏拍を長くしたりアクセントを置き跳躍感を得る手法のことで、均等な4拍に対して「タタータ、タタータ」のようにリズムを取ることでグルーヴが生まれます。

 最初はピアノ用の楽譜として登場しそれ通りに弾くものでしたが、今までの西洋音楽(クラシック音楽)のリズムとは違う、軽快なピアノタッチと「ずれた」(Ragged)主旋律が特徴です。恐らく誰でも聞いたことがあるであろうこの曲の動画を見てもらえれば、先程の説明の「右手」と「左手」の意味がわかるかと思います。

■Scott Joplin - The Entertainer (1902)

 1900年初頭のニューオリンズでは、歓楽街でもあった売春地区・ストーリーヴィルの酒場やダンスホールでラグタイムが人気となり、アフリカンアメリカンもトランペット、トロンボーン、クラリネットといった西洋楽器を使ったマーチングバンドによる街頭演奏を行うようになっていました。「Maple Leaf Rag」は大ヒットとなり、アメリカ全土で人種や性別、身分などに関わらずたくさんの人がラグタイム曲を作曲しました。

■Scott Joplin - Maple Leaf Rag (1899)

 年代順で挙げた1900年代のニューオーリンズ・ジャズは文字通りニューオーリンズで生まれたものです。ニューオーリンズのアフリカンアメリカンの葬儀では墓地まで親族や友人などの関係者が行列で行進する風習があり、いつしか音楽隊も同行するようになりました。墓地に行く際は重々しい葬送歌や賛美歌を演奏しますが、墓地からの帰りにはスウィング感のある賛美歌や霊歌などの明るい曲が演奏されました。

 行きは「ファーストライン」、帰りは「セカンドライン」と呼ばれ、ニューオーリンズがフランスの植民地だったことで西洋音楽の影響を受けており、セカンドラインで使われる楽器はコルネットやクラリネット、トロンボーンやチューバなどの管楽器中心のブラスバンドになりました。コルネットのメロディを中心として歩きながら即興で演奏を行い、この「セカンドライン」がニューオーリンズジャズの原型になったと言われています。

 これは最近のものですが実際にニューオーリンズで行われた葬儀の模様で、動画の4:40頃までがファーストライン、それ以降がセカンドラインと聞くだけでわかると思います。

■King Oliver And His Creole Jazz Band (1923)

 ストーリーヴィルではラグタイムとニューオーリンズ・ジャズが交ざり合い、またラグタイムが一世風靡したこともあり、「ジャズかな?」と思うような曲でも曲名に「rag」と入っているものもあります。レゲエの説明をしたときの「メント」と「カリプソ」の関係と似ていますね。

 ラグタイムは基本楽譜通りに演奏をする音楽でしたが、左手の伴奏部分の自由度を上げ、さらにはアドリブやブルーノートを取り入れ演奏をするミュージシャンが出てきて、一般的なラグタイムと並行してジャズへ接近していく部分も出てきます。

■Eubie Blake - The Charleston Rag (1917)

 1917年、アメリカが第一次世界大戦に参戦し海軍基地が作られたのをきっかけに、20年間続いた売春地区・ストーリーヴィルは閉鎖されます。

 一方で、1800年代中盤のシカゴは運河の開通や鉄道路線の発達により主要なハブ拠点となり、人とモノが大量に行き交うようになります。1860年代の南北戦争の特需などで産業もさらに発展し、当時は世界史上最も急速に成長した都市といわれていました。1840年代の大飢饉以降、ヨーロッパ全土から貧困や迫害を受けた人たちが流入していたこともあり、なんと1890年頃のシカゴの人口は8割近くが移民でした。

 南部の畑の害虫や洪水被害で職を失った農民や、ストーリーヴィルの閉鎖で職を失ったミュージシャンたちは、発展の真っ最中で比較的差別の少ないシカゴへと向かいます。1915年頃から第一次世界大戦で母国の軍隊に入るために、移民たちがヨーロッパへ帰国する流れ、アメリカ自体の第一次世界大戦への参入もあり、一時的に人不足の状態になっていたシカゴに、ここぞとばかりに南部からアフリカンアメリカンが流入しました。

 当時はまだジャズというジャンルが「ジャズ」という名称ではなく、アメリカ南部地域のことを指す「Dixieland」(ディキシーランド)と呼ばれていたといいます。その頃に、シカゴで結成されたニューオーリンズスタイルのバンド「Original Dixieland Jazz Band」の楽曲がニューヨークでレコーディングされ、この時に発売されたレコードがジャズ史の中で初めて発売されたレコードとされています。

 彼らのバンド名はデビュー前は「jass」と綴られていましたが、デビューをきっかけに「jazz」と綴りを変え、彼らによって「jazz」という名称が多くの人に知れ渡ったといわれています。メンバーは皆ヨーロッパ系の白色人種ですが、初期メンバー全員がニューオーリンズ生まれのあまり裕福ではないシチリアやアイルランド系移民で、アフリカンアメリカンと同じようにストーリーヴィルの閉鎖後にシカゴに移動してきた人たちです。

■Original Dixieland Jazz Band - Livery Stable Blues (1917)

 1920年には国家禁酒法が施行されますが、人々はもちろんそれに従うはずもなく、国境付近の街はマフィアを中心に国外で作られたアルコールを輸入。秘密酒場(スピークイージー)と呼ばれるマフィア経営の酒場にアルコールを卸し、マフィアは莫大な利益を得るようになります。

 ニューヨークなどでは禁酒法施行後に酒場の数が何倍にも増えたという話もあるぐらいで、カナダとの国境が近かったシカゴも例に漏れず、1万軒あったといわれている秘密酒場はたくさんのジャズミュージシャンの演奏場所となります。

 基本的にシカゴ・ジャズは今までのオールドジャズの踏襲で、違いとしては、リズムがシンコペーションからスウィングリズムに変わっていきます。スウィングの話は追って詳しく説明しますが、シカゴからニューヨークにジャズが移り30年代のスウィング・ジャズとして流行する前触れとなります。

 またオールド・ジャズに比べ、それぞれの楽器のソロがわかるように演奏するスタイルに変わっていきます。使う楽器の種類にも変化が見られ、低音を担っていたチューバからコントラバスを使用するようになったり、今まで使われなかったサックスが取り入れられるようになります。

■Louis Armstrong & The Red Onion Jazz Babies - Terrible Blues (1924)

 1920年代、ニューヨークはヨーロッパから物理的に近かったこともあり、オペラやミュージカルといった芸術が輸入され、盛んに上映されていました。音楽業界が集中していたこともあり、鉄道の発達なども手伝いシカゴからニューヨークへミュージシャンが移動します。ニューヨークでは100組ほどが踊れる大きなダンスホールがあり、会場のダンスミュージックとしてジャズが演奏されました。大きな会場なため、今までの5~7人程度のバンドでは音が小さく、必然的に人が増えていきます。同じ楽器が複数人配置されるようになり、これがビッグバンドとなります。

■Duke Ellington & His Washingtonians: East St. Louis Toodle-Oo (1927)

 1930年代はラジオが普及し、実際の生演奏を聞きに行けない人たちもたくさんの人たちがジャズに触れることとなります。先述のDuke EllingtonオーケストラやBenny Goodmanオーケストラ、Glenn Millerオーケストラ、Count Basieオーケストラなどが人気を博します。

■Benny Goodman Orchestra - Sing, Sing, Sing (1937)

 シカゴ・ジャズの時に紹介したとおり、スウィング・ジャズはその文字の通り「スウィング」というリズムのことを指すのはもちろん、ジャズの演奏スタイル・ジャンルとして指す場合にも使います。「swing」の本来の言葉の意味は「揺れる」「振れる」で、バットのスウィングやゴルフのスウィングなどがそうです。

 まず前者の「スウィング」についてですが、ジャズ特有のリズムの「ノリ」のことを表す言葉として、「スウィング」という言葉を使います。ジャズという音楽の特徴である「躍動感」や「ノリ」を表現する時に、「スウィングする」「スウィングしている」というように使われます。スウィングの説明の仕方は人によってさまざまですが、文字で表せる範囲でざっくりと説明すると、3連符の123、223、323、423という8部音符の「タタタ」を「タァタ」とリズムを取り、さらに後ろのタにアクセントを付けます。ちなみに間が抜け落ちる「タッタ」になると「シャッフル」のリズムになります。

 丸を書いてそれを1拍に見立て、どこで取るとイーブン、スウィング、シャッフルと説明する方もいますが、個人的にこの方の説明がわかりやすかったのでまだピンと来ていない方は参考にしてみて下さい。

 当時の有名曲に「It Don't Mean A Thing (If It Ain't Got That Swing)」(スウィングしなけりゃ意味がない)という曲があり、ここでいう「スウィング」はこの「ノリ」の意味で使っていることがわかります。

■Duke Ellington - It Don't Mean A Thing (1943)

 私のTwitterを見ている方は、よく「グルーヴがある」 という表現を見ると思いますが「スウィング」 とほぼ同じ意味のものと思って大丈夫です。 もう少し細かく説明すると、「グルーヴ」 はどんなジャンルにも使えるものですが、「スウィング」 はジャズというジャンルの中でのグルーヴ感、 というイメージでしょうか。これはあくまでも私の解釈であり、「 グルーヴ」についても個々人でこれはグルーヴしている、 していない、という感覚が違うため一概には言えない概念です。

 「スウィング」 という感覚を掴むのが難しい方もいるかもしれないですが、 Jazzy Hiphopのこの曲を聞けば「ハネる」 という感覚はわかってもらえるのではないでしょうか。これが「グルーヴ」です。

■Jung Jin Woo(정진우) - MOVIE (Feat. Rohann)

 後者の「ジャズの演奏スタイル」としての「スウィング」という言葉についてです。

 世界恐慌が回復した1935年以降、ニューヨークを中心に急速に白人がリーダーのビッグバンドが台頭してきました。それから1940年代中頃までの間の、ビッグバンドとボーカルを迎えたジャズの演奏スタイルを「スウィング」といい、「スウィング・スタイル」や「スウィング・ジャズ」と呼ばれています。

 「スウィング・スタイル」のジャズは大衆化したダンス・ミュージックとしてラジオを通してアメリカ全土に放送され、一挙にポピュラー・ミュージックとしての地位を獲得していきました。演奏スタイルとしては、ビッグバンドという楽器構成上、譜面による演奏が行われるようになりました。レコーディングやラジオ放送、ダンスのバックミュージックなど、その時々の要求によって曲の長さを調節するためや、毎回曲の演奏時間が同じ長さになるように編曲(アレンジ)することが必要だったからです。

 シカゴ・ジャズ時代にベースとして使っていたチューバがコントラバスに変わったと説明しましたが、この部分はコントラバスで定着します。またドラムがそれまで単独で大太鼓、小太鼓、シンバルといった編成だったものが、ドラムセットが発明され1人の重要なパートとして確立しました。

 1930年中頃には「ジャズ」という言葉は「アフリカンアメリカのやるジャズ」を指すようになっていたので、白人たちはもともと売春宿から生まれたジャズといういかがわしい生い立ちの音楽を、自分たちの「上品なもの」にしようとし、ジャズを別の呼び方にしようと考えました。そうして選ばれた言葉が「スウィング」です。ジャズはこの頃、「ノリ」のことや演奏スタイル一部分ではなくジャンル全体を指す意味で「スウィング」、「スウィング・ミュージック」と呼ばれるようになりました。

 白人たちは、「スウィング」をアメリカの象徴の音楽として仕立てました。「スウィング」は、いわゆる「表」のジャズの形であり、その頃、ハーレムを中心としたアフリカンアメリカンたちの「ジャズ」は、「裏」のジャズとして発展していきました。そうして出現したのが「ビバップ」というジャズの演奏スタイルで、それから「モダン・ジャズ」と呼ばれるジャズが誕生することになります。

 ジャズに関連する映画はたくさんありますが、1930年代のニューヨークを舞台にした『ギター弾きの恋』(Amazon prime videoで視聴可能)や、ニューオーリンズで生まれ、シカゴ、ニューヨークと移動しながら活動を続けてきたルイ・アームストロングなどが出演した1958年のジャズフェスティバルを取り上げた『真夏の夜のジャズ』という映画がちょうど上映中です。終映してしまったところも多いですが、近くで見られそうな方は是非見てみてください。

「HOME;RUN」MVに見える「野球」「ミュージカル」

 Seventeenの「HOME;RUN」MVに要素が見える「野球」や「ミュージカル」の観点から、ジャズと絡めて少しだけアメリカの歴史を見たいと思います。
 
 1800年代後半にアメリカで野球が生まれ、現在のメジャーリーグは1903年に発足します。1920年にはベーブ・ルースが活躍し、戦時中や世界恐慌時に人気が下火になることもありますが、ジャズと時を同じくしてアメリカ全土で人気を博します。戦時中の人手不足があっても、アフリカンアメリカンはメジャーリーグへの出場は認められませんが、1947年にジャッキー・ロビンソンが初めてのアフリカンアメリカンのメジャーリーガーとして登場。彼が大活躍したことでアフリカンアメリカンの選手を雇う球団が増え、さらにはCount Basieによる「Did You See Jackie Robinson Hit That Ball?」というジャズ楽曲まで作られます。「HOME;RUN」の楽曲で、ジャズの「スウィング」と野球の「スウィング」がかかっていることがわかりますね。

■Count Basie & His Orchestra - Did You See Jackie Robinson Hit That Ball? (1947)

 ミュージカルスタイルの作品が上映されるようになったのは1850年頃からで、1880年代にオペラハウスがブロードウェイに登場したことをきっかけにミュージカルの劇場街が形成され始めたといわれています。

 1900年代に入るとブロードウェイに劇場が立て続けに建設され、1940年代半ばの第二次世界大戦中はブロードウェイ第1次黄金期とも言われ、ミュージカルが活発に上映されます。ミュージカルで演奏される楽曲がジャズへと引用されることも多く、ジャズのスタンダード・ナンバー(定番曲)だと思っていたものがミュージカル出身の曲だったということも珍しくありません。

 ミュージカル楽曲はミュージカル作品のために書かれているため、特定のアーティストのイメージが付きにくく、引用してジャズの楽曲としてアレンジしやすいというのもあるでしょう。日本でもCMなどに使われているため知っている方も多いであろう下記の曲は、1959年に上映されたミュージカル「The Sound of Music」の挿入歌です。

■John Coltrane - My Favorite Things (1965)

 スウィングの関連ジャンルとして「Electro swing」(エレクトロ・スウィング、またはSwing house musicともいう)というジャンルがあり、スウィング・ジャズとエレクトロミュージックを融合させたジャンルで、「踊れるジャズ」とも呼ばれています。HouseやHiphop、Drum & Bass、EDMなどと混ざり合って1990年代に生まれたジャンルで、黎明期にはAcid JazzやNu Jazz、Swing houseなどともいわれていました。

 4つ打ちのビートが乗せられており、ジャズのリズムをどうとって良いかわからないような人にも親切でわかりやすく、ノリやすいビートになっていると思います。

■Caravan Palace - Suzy (2008)

 New jack swingの「swing」も以前の記事で書いたように、ドラムマシーンのリズムをスウィング出来る機能のSwingボタンから来ているので関連があるといえるでしょう。

K-Pop関連曲

 ということでK-Popの関連楽曲についてです。厳密に分けることは難しいですが、エレクトロ・スウィングとスウィング・ジャズをそれぞれ紹介したいと思います。

 ライブバージョンのみのアレンジや曲の登録がなくてプレイリストに入れられなかったものなどもありますが、AppleとSpotifyのプレイリストを作成してあるので気に入った方はそちらもチェックしてみてください。

・Electro swing K-Pop Playlist
Apple 
Spotify

・Swing K-Pop Playlist
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Electro swing K-Pop

・달샤벳(Dal★shabet) - 있기 없기(Hate, Don't Hate!) 2012/11/14

・Orange Caramel(오렌지캬라멜) - Lipstick(립스틱) 2012/9/12

・TVXQ! 동방신기 - 수리수리 (Spellbound) 2014/2/26

・ORANGE CARAMEL(오렌지캬라멜) - My Copycat(나처럼 해봐요) 2014/8/18

・빅플로(BIGFLO) - 배드마마자마(BAD MAMA JAMA) 2014/11/25

・IMFACT - 롤리팝 Lollipop 2016/1/27

・HELLOVENUS(헬로비너스) - Mysterious 2017/1/11

・UNB - BLACK HEART (유앤비 - 블랙하트) 2018/1/28

・MOMOLAND(모모랜드) - I'm So Hot 2019/3/20

Swing K-Pop

・LEE HI - 1.2.3.4 2012/10/29

・이효리 (Lee Hyori) - 미스코리아 (Miss Korea) 2013/5/5

・IU(아이유) - The red shoes(분홍신) 2013/10/8

・TVXQ! 동방신기 - Something 2014/1/1

・SPICA(스피카) - You Don't Love Me 2014/1/27

・Red Velvet - 레드벨벳 'Be Natural (feat. SR14B TAEYONG (태용)) 2014/10/9

・Mamamoo - Um Oh Ah Yeh (2015 KBS Song Festival) 2015/06/19

・수지(Suzy), 백현(BAEKHYUN) - Dream 2016/1/6

・BUMKEY(범키) - backindadayz 2016/1/20

・로드보이즈 RoadBoyz - Shake It, Shake It 2016/3/20

・레이디스 코드(LADIES' CODE) - 더 레인(The Rain) 2016/10/13

・블락비(Block B) - 로맨틱하게 2017/1/11

・JESSICA (제시카) - 봄이라서 그래 2017/4/18

・MINSEO(민서) - Is Who 2018/1/20

・박경 (PARK KYUNG) - INSTANT (Feat. SUMIN) 2018/6/22

<落選したけど……紹介したい1曲>

■에이스(A.C.E) - 황홀경(Baby Tonight)


 10月、私がほぼこれしか聞いていなかった曲「황홀경(恍惚境)」です。この曲が収録されているミニアルバム『胡蝶之夢(HJZM : The Butterfly Phantasy)』のリリースは9月ですが、タイトル曲とは別に後続曲としてこの曲で音楽番組に出演し、MBCの『it's live』という生バンド企画で披露したのは10月に入ってからだったので今回挙げました。

 原曲ももちろん良いのですが、原曲よりも音数が少なくなりボーカルのハーモニーがわかりやすい部分、生になったドラム音が曲を柔らかくし、ピアノの音がより雰囲気を切なくしているところなど、良い点を挙げればキリがありません。サウンド全体がボーカルの邪魔をせず、かつ引き立てる役割を果たしており、個人的にはいわゆるバラード曲よりもずっと彼らの声と歌唱力を生かせている曲だなと感じました。

 グループの最年少でメインボーカルのチャンが出演しているウェブドラマ『Twenty Twenty』がちょうど放送されていたこともあり、音楽的な面でも人的な面でも興味を惹かれ、デビュー時から音源だけは追っていましたが、今さらハマりそうになっています。彼らそれぞれの声がこんなに特徴的で良いことに普段の楽曲では気付くことができませんでした。もっと丁寧に音楽を聞かなきゃな……という気持ちになった曲です。

<近況>
Stray Kidsのオンラインコンサートが決まったため、普段テレビを全く見ないのに40インチのテレビを買いました。音楽番組の4K固定カメラ動画を見たりして、なるほどこういう使い方がね~……となっています。

e_e_li_c_a
1987年生まれ。18歳からDJを始めヒップホップ、ソウル、 ファンク、ジャズ、中東音楽、 タイポップスなどさまざまなジャンルを経て現在K-POPをかけるクラブイベント「Todak Todak」を主催。楽曲的な面白さとアイドルとしての魅力の双方からK-POPを紹介して人気を集める。

Twitter @e_e_li_c_a TodakTodak 
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韓国のベストセラー作家による注目の新刊! 現代社会の不条理と闘う女性たちの「強さ」に励まされる短編小説集『彼女の名前は』

――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。

■『彼女の名前は』(著:チョ・ナムジュ、訳:小山内園子、すんみ/筑摩書房刊)

【概要】

 韓国で社会現象を巻き起こし、130万部のヒットとなったベストセラー小説『82年生まれ、キム・ジヨン』(訳:斎藤真理子、筑摩書房刊)で知られるチョ・ナムジュによる短編集。60人余りの“普通の女性”へのインタビューを元に書かれた、日々の暮らしのなかで遭う不条理に声を上げる女性たちの28編の物語。

 

■『文豪春秋』(著:ドリヤス工場/文藝春秋刊)

【概要】

 「芥川龍之介」とノートにびっしり書き込み、芥川賞になりふりかまわず執着した太宰治、女優と中原中也と小林秀雄の三角関係、里見弴の志賀直哉への恋心、孤独と幻想を愛し押し入れにこもった江戸川乱歩——。名だたる文豪たちの知られざる人間くさいエピソードを、『有名すぎる文学作品をだいたい10ページぐらいのマンガで読む。』シリーズ(リイド社)で知られるドリヤス工場氏が描く漫画版文壇事件簿。

***********

 今年、外国語映画として史上初となる『第92回アカデミー賞』作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督は、授賞式のスピーチで、映画を作る際に大切にしている言葉として、賞を競い合った『アイリッシュマン』のマーティン・スコセッシ監督による「最も個人的なことは、最もクリエイティブなことだ」という寸言を挙げた。『パラサイト』と同じ韓国で生まれた短編集『彼女の名前は』(筑摩書房刊)も、まさにそうした作品の一つといえる。

 1人の女性の半生を通じて韓国社会におけるジェンダーの理不尽を描き出し、130万部を超えるベストセラーとなった『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房刊)。その著者であるチョ・ナムジュが実際に幅広い層の女性に取材し、その声を短篇小説にするという試みから誕生したのが本作だ。児童会会長に立候補した少女から、梨花女子大学総長問題やTHAAD配備など韓国で議論を呼んだ社会問題に向き合った当事者まで、職業も生き方も家族環境も異なる28名の女性の声が、小説となって収録されている。ほとんどの作品が1編10ページ未満の掌編で、どこからでも気軽に読み始めやすい。しかしその口当たりは1作1作が重く、ずっしりとしたものだ。

 先述したような韓国特有のエピソードもあるが、格差の拡大、非正規雇用者への扱い、子どもの貧困など本作で女性たちが向き合うほとんどは日本人にとっても他人事ではない。特に、セクハラやマタハラ、共働きでも介護や育児を一手に任されがちな不均衡など、「よくあること」と淡々とつづられていく理不尽は、多かれ少なかれ日本で生きるほとんどの女性にとって「私たちの物語」でもある。ただ本作は「現実ってこんなものだから」と泣き寝入りしたり、ハラスメントをうまくかわすことを「大人のスマートな振る舞い」と称したりするものではない。堂々とした主張や抵抗もあればそっと胸に秘めるひそやかな決意もあるが、どの作品にもこの社会の不合理を変えたいと願う女性の精悍な一歩が込められている。

 そんな理不尽や落胆の苦いエピソードが続く中でひときわ優しく光るのが、女性と女性の連帯と、次の世代への祈りだ。小学生の母親たちは、専業主婦も兼業主婦もグループトークで相談し合い1年中助け合う。階下に住む男性に不法侵入された女性は、警察官にすげない対応を取られる一方で、親身になってくれる大家の女性に助けられる。以前も女性部下を退社させた上司のセクハラを訴えた女性は、不当な中傷に心身を病みながら「訴えたことは今も後悔しているけど、それでも黙ってやり過ごす『2番目の人』になって次の被害者を生みたくない」と闘い続ける。第1章から3章にかけて、20代から70代へと徐々にフォーカスされる女性の年代が上がっていくが、最終章となる4章ではぐっと年齢層が下がり10代の少女が主軸となる。そんな本作の構成が、「次の世代が、より生きやすい世界を」という語り手たちの熱い願いを意識させるものとなっている。

 さざ波がいつか大きなうねりになるように、一人ひとりのつぶやきは小さく無力に思えても、未来へのたすきになると信じて繋いでいくしかない。どこに進めばいいのかわからないような暗闇を歩いているような気持ちになる時、今この瞬間も必死に生きているであろう女性たちの声をすくい上げた本作が、かすかに光る明かりのような役割を果たすだろう。

 アニメ化もされた人気漫画『文豪ストレイドッグス』(原作:朝霧カフカ、作画:春河35/KADOKAWA刊)やゲーム『文豪とアルケミスト』(DMM GAMES)など、文学史に残る作家に着想したコンテンツが幾つか出てきたことで、近年、SNS上では教科書でしかなかなか知られてこなかったような作家の存在感が増している。そんな人気作に登場するキャラクターに負けない、日本近代文学を担った文豪たちの濃い魅力あふれるエピソードを、ユーモアを添えて存分に見せてくれるコミックが『文豪春秋』(著:ドリヤス工場/文藝春秋刊)だ。

 水木しげる氏リスペクトの画風で知られるドリヤス工場氏によって、“乙女ゲームや2.5次元舞台にハマっている文藝春秋社の若手社員が、社内にふらりと出現する菊池寛の昔語りを聞く”スタイルで描かれる本作。文藝春秋社を創業した菊池寛は、人気作家であり、編集者としても「芥川賞」「直木賞」を創設した文壇の中心人物の1人だ。「菊池視線」という体で、太宰治、芥川龍之介、中原中也、中島敦、与謝野晶子、樋口一葉、吉屋信子ら、そうそうたる面々の、良い面も悪い面も含めた人間らしい人となりを示すエピソードがイメージ豊かに紡がれる。

 今でこそ「近代文学」といえば重々しく、真面目な学問としてのイメージも強いが、明治から昭和初期にかけては「小説」という表現ジャンル自体が若く、発展途上で勢いのあった時代だ。本作を通して、その担い手である作家たちも、最先端の芸術・エンターテインメントの送り手として、強い存在感を見せていたことが伝わってくる。

 妻を佐藤春夫に“譲った”谷崎潤一郎、薬物中毒に苦しんだ坂口安吾、「借金の天才」と呼ばれ、借りた金を遊興につぎ込んでいた石川啄木、なまものや埃を過剰に恐れた泉鏡花、長年夫と愛人と同居し続けた岡本かの子、虚飾と嫉妬心に苛まれた林芙美子――。比較的有名なエピソードも多いが、谷崎潤一郎の小説にも登場するある男性と、アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』などで知られる脚本家・虚淵玄との関わり、生前ほぼ無名だった中島敦が、なぜ死後に教科書に載るほどメジャーな存在となったかなど、あまり言及されていない秘話も収められている。また、永井荷風が、著作で菊池や文藝春秋社を罵倒したエピソードを取り上げつつ、「まるで文藝春秋がゴシップ雑誌の出版社であるかのような扱いだ」と菊池に憤らせるなど、メタ的な皮肉が効いた小ネタも散りばめられており、幅広い層が楽しめる1冊となっている。

 取り上げられる文豪たちのエピソードは、清廉潔白な人格ばかりとは限らない。ひどく軽率な行動を繰り返したり、取り返しのつかない過ちを犯したりもする。そんな人々から、多くの人の心に豊かな彩りを加える名作が生み出されてきたのも事実だ。何を間違い、どう失敗したかということより、何を生み出し育てたかが、良くも悪くも後世に残っていくものかもしれない。綻びのない人生が良しとされる規律正しい現代ではあるが、過ちや矛盾を抱えつつパワフルに生きた作家たちの姿に、おおらかなパワーを得られる1冊でもある。

(保田夏子)

「完全に『ママ活』ですよね」バイト先の大学生とセックスする日々……子持ち女性が「1万円を渡し続けた」ワケ

 家庭を持っている女性が、家庭の外で恋愛を楽しむ――いわゆる“婚外恋愛”。その渦中にいる女性たちは、なぜか絶対に“不倫”という言葉を使わない。どちらの呼び名にも大差はない。パートナーがいるのにほかの男とセックスする、それを仰々しく “婚外恋愛”と言わなくても、別に“不倫”でいいんじゃないか? しかしそこには、相手との間柄をどうしても“恋愛”だと思いたい、彼女たちの強い願望があるのだろう。

 数年前からよく耳にするようになった「パパ活」という言葉。主に大学生から20代前半の独身女性が、年上の男性とデートをする見返りに、金銭を受け取ることだが、男女が逆の「ママ活」も存在しているという。

 そして、パパ活、ママ活は基本的には「体の関係はない」とされているが、例外もあるようだ。今回お話を聞かせていただいた夏樹さん(仮名)も、肉体関係ありきで男子大学生にお小遣いを渡していた“ママ”の一人だ。

「そもそも、当時の私は、『ママ活』だとはまったく思っていませんでした。相手も同じ気持ちだったと思うのですが、はたから見ると、完全に『ママ活』ですよね……」

 肩を落としてそう答える夏樹さんは、バツイチのアラフォー独身女性。成人している子どもがいるとは思えないほど、若々しいルックスをしている。

「結婚が早かったんですよ、いわゆる『できちゃった婚』です。当時住んでいた地元ではちょっと名が知れた男性だったので、これは手放すものかって思ったんですよね」

 夏樹さんの元ご主人は、当時、地元のリーダー的存在だった。広い土地と大きな家を所有していて、地元で有名な事業を展開していた。

「例えば、祭りの時には、リーダーになって神輿を担ぐようなタイプ。その日は朝まで、地元の若い衆が彼の家に集まってお酒飲むっていう……。そういう人、田舎ではものすごくカッコよく見えちゃうんです。『田舎あるある』ですよ」

 結婚して1児を授かった夏樹さんだが、妊娠中から元ご主人は浮気を繰り返していたそうだ。

「私と子どものことは放ったらかしで、独身時代と同じように朝まで飲み歩いたりすることもしょっちゅうでした。浮気もバレバレでしたし……彼は地元では『御山の大将』だったからしょうがないんです」

 子どもが中学生になった頃、夏樹さんは隣駅にあるファミレスでバイトを始めた。

「隣町といっても都心とは違いますから、地元と比べてガラッと人脈が変わります。私のことを知っている人はほとんどいませんでした。とにかく『地元』から離れたかったんです」

 そこで夏樹さんは、一人のバイト大学生と出会う。後の「婚外恋愛」の相手だ。

「育児中で経験できなかった青春を、彼との出会いで一気に取り戻しました。見た目がとにかくタイプで……今で言うと竹内涼真みたいな身長が高くて笑顔がさわやかな人。こんな人と恋愛するのもよかったな、なんて思っていたら、ある日シフトが同じになった彼から『家まで送ってほしい』と言われたんです。当時彼は自転車、私は車通勤していて、バイトが終わると、大雨が降っていたんですね」

 彼を自宅アパートまで送り届け、招かれるままに部屋に入った。ペットボトルのお茶を飲んで世間話をする流れで、自然と体の関係になった。

「ものすごくドキドキして、素敵な経験でした。それまでは、なんとなく軽い会話をする関係でしたが、好かれてはいるんだろうなと感じていて……夫への罪悪感は、まったくありません。とにかく彼との時間がキラキラしていて、幸せで、夫のことなんて考える隙がありませんでした」

 それからも、夏樹さんはシフトが重なるたびに、彼との逢瀬を繰り返すようになる。

 彼にお小遣いをあげるようになったのは、数回セックスをした後だった。

「彼は大学生でしたし、私は夫との関係は冷え切ってるとはいえ、共働きで金銭的には余裕がありましたから。彼と一度会うたびに1万円をあげていました。1カ月で5〜8万円くらいでしょうか。セックスをする時もありましたし、お茶だけでさよならする日もありました」

 彼との関係は2年半続いたが、バイト先のファミレスが閉店したことがきっかけで、自然消滅してしまった。

「ちょうど子どもが多感な時期と重なって、時間を費やす対象を、子どもにシフトせざるを得ない状況になってしまったんです。そこへ来てバイト先の閉店だったので……彼からは何度か『会いたい』と連絡が来たけれど、私も子どものことで手一杯でしたし、うやむやに返事を返していたら、いつしか連絡がこなくなりました」

 確かに、はたから見ると、ママ活に見えてしまう2人の関係だが、夏樹さんは彼のほうから金銭を要求されたことは一度もないと強調する。では、自発的に彼と「ママ活」のような関係になったのはなぜだろうか。

「恋愛だと思いたいという半面、どこかで『割り切っている自分』でいたかったのかもしれません。『金銭のやりとりがあったんだから、これは遊びよ』っていう……」

 複雑な表情を浮かべながら、そう答える夏樹さん。元ご主人との離婚が成立した後、彼女は地元を離れ、今はお子さんも独立して職を持ち、一人時間を謳歌しているそうだ。

 今後の目標を聞くと、「ちゃんと恋愛してみたいですね」と、にこやかに答えてくれた。
(文・イラスト/いしいのりえ)

「完全に『ママ活』ですよね」バイト先の大学生とセックスする日々……子持ち女性が「1万円を渡し続けた」ワケ

 家庭を持っている女性が、家庭の外で恋愛を楽しむ――いわゆる“婚外恋愛”。その渦中にいる女性たちは、なぜか絶対に“不倫”という言葉を使わない。どちらの呼び名にも大差はない。パートナーがいるのにほかの男とセックスする、それを仰々しく “婚外恋愛”と言わなくても、別に“不倫”でいいんじゃないか? しかしそこには、相手との間柄をどうしても“恋愛”だと思いたい、彼女たちの強い願望があるのだろう。

 数年前からよく耳にするようになった「パパ活」という言葉。主に大学生から20代前半の独身女性が、年上の男性とデートをする見返りに、金銭を受け取ることだが、男女が逆の「ママ活」も存在しているという。

 そして、パパ活、ママ活は基本的には「体の関係はない」とされているが、例外もあるようだ。今回お話を聞かせていただいた夏樹さん(仮名)も、肉体関係ありきで男子大学生にお小遣いを渡していた“ママ”の一人だ。

「そもそも、当時の私は、『ママ活』だとはまったく思っていませんでした。相手も同じ気持ちだったと思うのですが、はたから見ると、完全に『ママ活』ですよね……」

 肩を落としてそう答える夏樹さんは、バツイチのアラフォー独身女性。成人している子どもがいるとは思えないほど、若々しいルックスをしている。

「結婚が早かったんですよ、いわゆる『できちゃった婚』です。当時住んでいた地元ではちょっと名が知れた男性だったので、これは手放すものかって思ったんですよね」

 夏樹さんの元ご主人は、当時、地元のリーダー的存在だった。広い土地と大きな家を所有していて、地元で有名な事業を展開していた。

「例えば、祭りの時には、リーダーになって神輿を担ぐようなタイプ。その日は朝まで、地元の若い衆が彼の家に集まってお酒飲むっていう……。そういう人、田舎ではものすごくカッコよく見えちゃうんです。『田舎あるある』ですよ」

 結婚して1児を授かった夏樹さんだが、妊娠中から元ご主人は浮気を繰り返していたそうだ。

「私と子どものことは放ったらかしで、独身時代と同じように朝まで飲み歩いたりすることもしょっちゅうでした。浮気もバレバレでしたし……彼は地元では『御山の大将』だったからしょうがないんです」

 子どもが中学生になった頃、夏樹さんは隣駅にあるファミレスでバイトを始めた。

「隣町といっても都心とは違いますから、地元と比べてガラッと人脈が変わります。私のことを知っている人はほとんどいませんでした。とにかく『地元』から離れたかったんです」

 そこで夏樹さんは、一人のバイト大学生と出会う。後の「婚外恋愛」の相手だ。

「育児中で経験できなかった青春を、彼との出会いで一気に取り戻しました。見た目がとにかくタイプで……今で言うと竹内涼真みたいな身長が高くて笑顔がさわやかな人。こんな人と恋愛するのもよかったな、なんて思っていたら、ある日シフトが同じになった彼から『家まで送ってほしい』と言われたんです。当時彼は自転車、私は車通勤していて、バイトが終わると、大雨が降っていたんですね」

 彼を自宅アパートまで送り届け、招かれるままに部屋に入った。ペットボトルのお茶を飲んで世間話をする流れで、自然と体の関係になった。

「ものすごくドキドキして、素敵な経験でした。それまでは、なんとなく軽い会話をする関係でしたが、好かれてはいるんだろうなと感じていて……夫への罪悪感は、まったくありません。とにかく彼との時間がキラキラしていて、幸せで、夫のことなんて考える隙がありませんでした」

 それからも、夏樹さんはシフトが重なるたびに、彼との逢瀬を繰り返すようになる。

 彼にお小遣いをあげるようになったのは、数回セックスをした後だった。

「彼は大学生でしたし、私は夫との関係は冷え切ってるとはいえ、共働きで金銭的には余裕がありましたから。彼と一度会うたびに1万円をあげていました。1カ月で5〜8万円くらいでしょうか。セックスをする時もありましたし、お茶だけでさよならする日もありました」

 彼との関係は2年半続いたが、バイト先のファミレスが閉店したことがきっかけで、自然消滅してしまった。

「ちょうど子どもが多感な時期と重なって、時間を費やす対象を、子どもにシフトせざるを得ない状況になってしまったんです。そこへ来てバイト先の閉店だったので……彼からは何度か『会いたい』と連絡が来たけれど、私も子どものことで手一杯でしたし、うやむやに返事を返していたら、いつしか連絡がこなくなりました」

 確かに、はたから見ると、ママ活に見えてしまう2人の関係だが、夏樹さんは彼のほうから金銭を要求されたことは一度もないと強調する。では、自発的に彼と「ママ活」のような関係になったのはなぜだろうか。

「恋愛だと思いたいという半面、どこかで『割り切っている自分』でいたかったのかもしれません。『金銭のやりとりがあったんだから、これは遊びよ』っていう……」

 複雑な表情を浮かべながら、そう答える夏樹さん。元ご主人との離婚が成立した後、彼女は地元を離れ、今はお子さんも独立して職を持ち、一人時間を謳歌しているそうだ。

 今後の目標を聞くと、「ちゃんと恋愛してみたいですね」と、にこやかに答えてくれた。
(文・イラスト/いしいのりえ)

『アッコにおまかせ!』伊藤健太郎のひき逃げ事件イジりが「どうかしてる」! NON STYLEに「神経疑う」の声

 お笑いコンビ・NON STYLEが、11月1日放送の情報バラエティ番組『アッコにおまかせ!』(TBS系)に出演。10月28日、乗用車を運転中に人身事故を起こし、道路交通法違反(ひき逃げ)などの疑いで29日に逮捕され、翌30日に留置先の湾岸署から保釈された俳優・伊藤健太郎についてコメントしたものの、その内容がネット上で批判されている。

 番組では、事故の詳細が報じられたほか、現場から立ち去った理由について、伊藤が「気が動転した、そのときはパニックになってしまった」と明かしているなどと報道。この流れで、番組のMCを務める和田アキ子は、NON STYLE・井上裕介に対し「ごめんね井上、何年も前の話で。似たようなこと、やったよね?」と話題を振った。

「井上は、2016年12月に自身が運転する乗用車とタクシーの接触事故を起こし、芸能活動を自粛。翌年2月に自動車運転処罰法違反(過失致傷)と道交法違反(ひき逃げ)容疑で書類送検(のちに不起訴)されています。和田の質問に対し、相方の石田明が『井上はやっぱ、逃げ切ってますからね』と、この騒動をイジるような発言をすると、井上は『おい、やめろ。ツッコむのも嫌やねん!』と苦笑。その後、井上は『僕の時とはちょっと違いますけど、そのときは(車の)後ろをこすったという形なんですよ』などと、伊藤と自身の事故の違いを説明。『自分自身の解釈で、その場を離れてしまった』と当時を振り返りつつ、『どのような衝撃かは、当人しかわからない』と、伊藤をフォローするような発言もしていました」(芸能ライター)

 さらに井上は、「代われるものなら代わってあげたい。だって、すごい方じゃないですか」と、伊藤の“身代わり”になりたいとコメント。この発言を受け、石田は「すみません、パニックになっています」と伊藤の発言を交えながら再び井上をイジり、スタジオでは笑いが起こっていた。

「しかし、ネット上では、一連の発言に非難が噴出。『ひき逃げをまるでネタのように扱っているのは、ちょっとどうかしてる』『笑いに変えるような話ではないでしょ。ノンスタの神経を疑うわ』『被害に遭ってる方がいるのに、よくこんな軽いノリでしゃべれるね』といった厳しい声が上がっています。さらに、『こういう話の時に井上がいたら、事故に触れるしかない。たまたまかもしれないけど、キャスティングに悪意がある』『これは話を振った和田も悪い』などと、出演者や番組の姿勢にも疑問の声が集まっている状況です」(同)

 こうした批判が多く寄せられたのは、同番組に“前科”があることも関係しているようだ。

「18年9月の放送で、モーニング娘。の元メンバー・吉澤ひとみが飲酒運転でひき逃げした事故を特集したのですが、この時も井上が出演していたんです。しかも、和田が『今思い出したんだけど、君、悪いときに出たな』と井上に話題を振り、『僕は事故を起こした身ですから。種類は違いますけど』などとコメントする、今回と同じような場面がありました。この際にも、石田が『今日は珍しく井上、緊張してるんです』と発言するなど、スタジオで“井上イジリ”を展開し、ネット上では批判が続出。こうした過去があるため、『まったく学ばない番組』『事故の話題は井上をイジればいいと思ってるの?』など、あきれた声も聞こえます」(同)

 交通事故は、特に“被害者”がいる場合、面白おかしく取り上げていい話題ではないだろう。

『アッコにおまかせ!』伊藤健太郎のひき逃げ事件イジりが「どうかしてる」! NON STYLEに「神経疑う」の声

 お笑いコンビ・NON STYLEが、11月1日放送の情報バラエティ番組『アッコにおまかせ!』(TBS系)に出演。10月28日、乗用車を運転中に人身事故を起こし、道路交通法違反(ひき逃げ)などの疑いで29日に逮捕され、翌30日に留置先の湾岸署から保釈された俳優・伊藤健太郎についてコメントしたものの、その内容がネット上で批判されている。

 番組では、事故の詳細が報じられたほか、現場から立ち去った理由について、伊藤が「気が動転した、そのときはパニックになってしまった」と明かしているなどと報道。この流れで、番組のMCを務める和田アキ子は、NON STYLE・井上裕介に対し「ごめんね井上、何年も前の話で。似たようなこと、やったよね?」と話題を振った。

「井上は、2016年12月に自身が運転する乗用車とタクシーの接触事故を起こし、芸能活動を自粛。翌年2月に自動車運転処罰法違反(過失致傷)と道交法違反(ひき逃げ)容疑で書類送検(のちに不起訴)されています。和田の質問に対し、相方の石田明が『井上はやっぱ、逃げ切ってますからね』と、この騒動をイジるような発言をすると、井上は『おい、やめろ。ツッコむのも嫌やねん!』と苦笑。その後、井上は『僕の時とはちょっと違いますけど、そのときは(車の)後ろをこすったという形なんですよ』などと、伊藤と自身の事故の違いを説明。『自分自身の解釈で、その場を離れてしまった』と当時を振り返りつつ、『どのような衝撃かは、当人しかわからない』と、伊藤をフォローするような発言もしていました」(芸能ライター)

 さらに井上は、「代われるものなら代わってあげたい。だって、すごい方じゃないですか」と、伊藤の“身代わり”になりたいとコメント。この発言を受け、石田は「すみません、パニックになっています」と伊藤の発言を交えながら再び井上をイジり、スタジオでは笑いが起こっていた。

「しかし、ネット上では、一連の発言に非難が噴出。『ひき逃げをまるでネタのように扱っているのは、ちょっとどうかしてる』『笑いに変えるような話ではないでしょ。ノンスタの神経を疑うわ』『被害に遭ってる方がいるのに、よくこんな軽いノリでしゃべれるね』といった厳しい声が上がっています。さらに、『こういう話の時に井上がいたら、事故に触れるしかない。たまたまかもしれないけど、キャスティングに悪意がある』『これは話を振った和田も悪い』などと、出演者や番組の姿勢にも疑問の声が集まっている状況です」(同)

 こうした批判が多く寄せられたのは、同番組に“前科”があることも関係しているようだ。

「18年9月の放送で、モーニング娘。の元メンバー・吉澤ひとみが飲酒運転でひき逃げした事故を特集したのですが、この時も井上が出演していたんです。しかも、和田が『今思い出したんだけど、君、悪いときに出たな』と井上に話題を振り、『僕は事故を起こした身ですから。種類は違いますけど』などとコメントする、今回と同じような場面がありました。この際にも、石田が『今日は珍しく井上、緊張してるんです』と発言するなど、スタジオで“井上イジリ”を展開し、ネット上では批判が続出。こうした過去があるため、『まったく学ばない番組』『事故の話題は井上をイジればいいと思ってるの?』など、あきれた声も聞こえます」(同)

 交通事故は、特に“被害者”がいる場合、面白おかしく取り上げていい話題ではないだろう。

TOKIO・松岡昌宏、テレビの“放送コード”に小言! 「表現の自由はちょっと狭められた」「作品として寛大にみてもらいたい」

 

 TOKIO・松岡昌宏がパーソナリティを務めるラジオ『TOKIO WALKER』(NACK5)。11月1日の放送では、松岡が過去に出演したドラマの思い出を語る場面があった。

 松岡は、リスナーからの「今までやったドラマ、舞台の中で『これは好きだった』という役を教えてください」という質問を受け、「いつも言うんですけどね……『これ』って絞ることはなかなか難しいんですよね。その作品その作品に思い出もあり……」と苦笑い。その上で、「ただなんか、パンと思いつくのはね、『ヤスコとケンジ』のケンジも面白かったな」と、2008年放送の連続ドラマ『ヤスコとケンジ』(日本テレビ系)を挙げ、「撮影も楽しかったな。広末涼子ちゃんとか、多部(未華子)ちゃん、山口紗弥加ちゃんとか、みんないっぱいいて」「大倉(忠義)も出てからね。関ジャニ(∞)の。チュウ」と共演者の名前を懐かしそうに羅列。「結構、飯とかもみんなで行ったし。バーベキューやったり」と和気藹々とした現場だったことを明かし、作中で松岡演じる沖ケンジの後輩役だった俳優・内山信二と渡部豪太とは、今でも誕生日になると皆で集まるなど、プライベートな付き合いを続けているという。

 続けて松岡は、役によって「これはここが大変だったな、ここは楽しかったなとかはある」としながら、03年放送の主演ドラマ『マンハッタンラブストーリー』(TBS系)について言及。無口な喫茶店のマスターを演じた松岡は、「セリフがほとんどなかったんですけど。先に声を録音して、その声に合わせてパントマイムで芝居をするっていうやり方をしてた」と撮影の裏側について語り、「セリフがなきゃないで大変なんだなって(笑)。パントマイムで全てを表現しなきゃいけない」と苦労を明かした。

 さらに、「一番残ってるというか、一番最初の初主演連続ドラマはやっぱり、どっか根っこになってる部分があるのかもしれない」として、「1997年1月11日にオンエアだったんですけど。つまり自分のハタチの誕生日からスタートするっていう、なんともできすぎた、ね?」と、サイコメトリー能力を持つ少年を演じた『サイコメトラーEIJI』(日本テレビ系)を紹介。「そういうところを通って『天国に一番近い男』(99、01年放送/TBS系)だったり、『夜王 〜YAOH〜』(05、06年放送/同)なり、『家政夫のミタゾノ』(16、18、19、20年放送/テレビ朝日系)だったり……。まあ時代劇もいっぱいやらせてもらいましたからね」と感慨深げに主演ドラマを振り返り、「その時その時の思い出と、その時にあった世の中の動きとか覚えてますよ。それこそ『サイコメトラーEIJI』が始まった時って、たまごっちやってましたもん。今から23年前か」と懐かしそうに語っていた。

 また、松岡は現在のドラマを取り巻く環境について「放送コードというものがあり、いろんなことが引っかかるようになり、表現の自由はちょっと狭められたかなって気はしますけどね」とも発言。テレビは多くの人が見るため、厳しい制限があることは仕方ないとした上で、「我々演者というか役者側からすると、もう少しそこは作品として寛大にみてもらいたいなって部分は多々あるんですが……」「そこだけ切り取られて、『こんなことはしてはいけないんじゃないでしょうか』ってなんとか委員とかに言われてしまったら、それはごもっともなんでね」と、素直な思いを吐露していた。

 最後に松岡は、「今作ってるドラマというものも、制作陣はいろんなことを考えながらやっているっていう現実があり。ちょっとこれは今(の時代、表現すること)はできないけど、どうやったらその代わりになることができるかなっていうことを試行錯誤しながら考えてるスタッフのみなさんが、いつもいろんなところにいらっしゃる。その方々のおかげで我々は支えられてます」とドラマ制作陣に感謝の言葉を送っていたのだった。

嵐・二宮和也とV6・井ノ原快彦、“食リポ”がポンコツなのは? 『ニノさん』でSexy Zone・菊池風磨がジャッジ!

 嵐・二宮和也の冠バラエティー『ニノさん』(日本テレビ系)が11月1日に放送され、パネラーとしてSexy Zoneの菊池風磨、お笑い芸人・陣内智則、ゲストにはV6の井ノ原快彦と関西ジャニーズJr.なにわ男子・道枝駿佑が登場。恒例企画「ご当地キャッチコピーを言い当てろ!〜コピーライター育成学校〜」が行われた。

 番組冒頭では、ジャニーズ事務所所属の先輩・後輩が集まったということで、司会の陣内が二宮に、先輩の呼び方は「井ノ原さん? くん?」と問いかけると、二宮は「くん」とジャニーズ伝統の“くん呼び”をしていると告白。また、道枝にも同様に尋ねると「僕、パパです」と、11月6日公開の映画『461個のおべんとう』で親子を演じたことから“パパ”と呼んでいると明かしていた。

 日本全国のさまざまな物につけられた“ご当地キャッチコピー”をクイズ方式で当てる「コピーライター育成学校」。第1問目は、兵庫県にあるテーマパーク「姫路セントラルパーク」の自虐キャッチコピー「私たちは、胸を張って姫路城様のコバンザメになります。」の“コバンザメ”を当てる問題だったが、何度か不正解を繰り返した後に二宮が正解。ご褒美として地元で愛される銘菓、伊勢屋本店の「玉椿」を食べた二宮は、「なんだろ……どっかで食ったことのある味」と言い、スタジオが笑いに包まれたが、井ノ原は「こら、そこにしかないんだよ! 玉椿は」とフォローしていた。

 次に、大阪道頓堀にあるお好み焼き店「千房」は、月間来客数2万8,000人超え(道頓堀ビル店の場合)を誇る人気店だったが、新型コロナウイルスにより今年4月に大阪府全域に「緊急事態宣言」が発令されると、2カ月間売り上げがゼロに。そこで、ヘラを持った手が写り込んだお好み焼きの写真に「負けへんで 絶対ひっくり返したるっ」のキャッチコピーを合わせたポスターを作ったところ、街に活気が戻り、現在の客足はコロナ禍以前の約8割になったとのこと。この“ひっくり返したるっ”を当てる問題も、二宮が正解。ご褒美としてお好み焼き材料セットをゲットした二宮は「やっぱり『ニノさん』の収録は楽しい」と、ニコニコとうれしそうにお好み焼きセットを見ていたのだった。

 その後、奈良県奈良市が観光消費額を伸ばす目的で制作したポスターが問題に。これは、鹿が横断歩道を渡っている写真に「泊まれ」のキャッチコピーを合わせたものなのだが、正解者は井ノ原。ご褒美のご当地スイーツ「柿こーり」を食べた井ノ原は、朝の情報番組『あさイチ』(NHK総合、2010〜18年)の初代キャスターとして培った能力を存分に発揮し、「やっぱりちょっと弾力あるのかな?」「プルンプルン」「おいしい。柿そのものの甘みだけに頼ってる感じが……」などと食リポを展開。すると菊池が「さっきの二宮くんと大違いですね」と、2人の食リポを比べて指摘し、二宮を苦笑いさせたのだった。

 この放送にネット上では、「二宮くんの食リポは一生ポンコツのままでいてほしい」「井ノ原くんの食リポさすがです」「風磨さんの食レポもなかなかのポンコツですよね?」などのコメントが寄せられていた。