人気と実力を兼ね備えながらも、長らくオスカーに振られていたレオナルド・ディカプリオ、キャリア初期にはレコードレーベル幹部に見向きもされなかったものの、2019年には「最も裕福な女性アーティスト」となったリアーナ。
20組のセレブリティのキャリアと、ショービズ界及びアメリカ社会の変遷を追った『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)。著者は、さまざまなカルチャー/音楽サイトでセレブの魅力を解説するライターの辰巳JUNK氏だ。アメリカでキャリア形成し始めたセレブだけでなく、BTSや近藤麻理恵(こんまり)らも取り上げ、多様性や社会正義を実現するために大きく変わりつつある今のアメリカを読み解くことができる。その鋭い分析を支えるのは、辰巳氏の圧倒的な知識量とリサーチ能力。彼女にとってセレブを追いかける魅力とはなにか? 今回、リモートで話を聞いた。
――辰巳さんには、サイゾーウーマンでもこれまでに米エンタメ対談で登場いただいていますが、会話の端々からすさまじい知識量を感じます。そもそも海外セレブを追いかけるきっかけはなんだったのでしょうか?
辰巳JUNK氏(以下、辰巳) ちょっと記憶があいまいで。というのも、2000年代の頃からインターネットが大好きだったので、ウェブニュースを見ているうちに自然とセレブリティの沼にはまっていった感じなんです。
興味深かったのは、アメリカのメディアでセレブリティのゴシップや言動が「ポップカルチャー」として真剣に論じられていたことです。たとえば、2000年代には、人気セレブが出産した場合、大手娯楽誌「People」の表紙で写真を公開することが定番でした。しかし、2010年代に入ると、ビヨンセやカイリー・ジェンナーを筆頭に、スターが自身のインスタグラムで子どもを初公開する習慣が根づきました。
この背景には、ソーシャルメディアの台頭と旧来メディアシステムの凋落、それに従ったビジネスモデルの変化が見て取れます。日々供給される「セレブニュース」は、ある種「無くてもいいもの」として生活者の日常に馴染んでいるからこそ、社会環境や世論の変化が即座に表出したりする面白さがあるかな、と。
――辰巳さんの執筆する記事は、ゴシップ要素や経済、社会背景にまで踏み込んだ多層的な記事が多いですね。読者の反応から、日本ではどういったセレブ、どういったニュースに興味を持たれていると感じますか?
辰巳 ウェブ媒体の場合はさまざまな要素が関連してくるので、固有の名前を挙げるのは難しいのです。体感的には、フォーカスするトピックも重要かもしれません。ほんの一例ですが、ダイバーシティや経済格差といったイシューは日本でも関心が持たれていますよね。最近好評をいただいた記事でいうと、たとえば「アメリカの女性ポップスターはフェミニスト宣言する人が多いように見えるけど、昔からそうだったのか?」と探る企画。(同記事中で触れる)ビヨンセやテイラー・スウィフトの新作には興味がないけれどフェミニズムや「芸能人の政治的発信」問題への関心は持っている方々……つまり「米国大衆娯楽のファン層から離れた読者層」に多少リーチできたのかなと。こうしたイシューを扱うバランスは常に悩むところですが、最終的には、「紹介される表現者やコンテンツへの興味が増す記事」というのが理想です。
――『アメリカン・セレブリティーズ』はまさにその視点から書かれているように感じます。セレブの言動やキャリア形成から、アメリカの時流を見るようになったきっかけはなんでしょう?
辰巳 もともと、ポップカルチャーと並行して社会経済のニュースが好きだったので、その2つがオフィシャルなかたちで絡み合ったコンテンツが多いアメリカの大衆娯楽に特に惹かれた流れです。
特に09年のオバマ政権発足以降、政治や社会問題にまつわるエンターテイナーの発信が目立っていきました。その象徴が、本の第一章で紹介した歌手のレディー・ガガ。たとえば、日本でも話題になった「生肉ドレス(10年の「MTV ビデオ・ミュージック・アワード」にて着用された、すべて生肉でつくられたドレス)」は、実は米軍の同性愛差別的ルール撤廃運動の一貫でした。このように、米国で注目度が高い社会問題の存在を認知していないとポップカルチャーのコンセプトが掴みにくくなったので、より調べるようになった面もあるかもしれません。
――これまでにも過激なパフォーマンスでフェミニズム論争を起こしてきたマドンナ、ダンフール紛争解決を働きかけていたジョージ・クルーニーら、政治的発信を続けてきたセレブはいましたが、現在との違いは?
辰巳 いわゆるリベラルな政治観やプロテストを発信するスターは明らかに増えました。背景には、ソーシャルメディアが普及したことで、セレブ側がいろんな発信をしやすくなった環境変化が存在します。加えて、一般の人々もSNSによって発信力を持っていきました。もちろん、政局も深く関係してくる。こうしたものごとの相乗効果によって、セレブの政治的発信が増えたと同時に、そうした行動を求める消費者も増加しました。結果、「SNS更新頻度が高いセレブが注目度の高いソーシャルイシューについて発言していない」だけで叩かれたりする状況も生まれます。
たとえば、16年、テイラー・スウィフトとカニエ・ウェストの対立が激化したころ「(そんなくだらないことより)もっと話すべき重要な問題がたくさんある」とツイートしたセレーナ・ゴメスが、「ブラック・ライブズ・マターについて何も語らないくせに」と批判される一悶着が起きたりしました。
2000年代との違いを端的にまとめるなら、「2010年代のポップミュージックでは“リベラルな政治関与”が“選択肢”というより“必須条項”になった」旨をメディア「Pitchfork」が伝えたのですが、その表現が思い出されますね。
――アメリカ社会の変化のスピードはすさまじいですが、そんな中で初期のキャリア/キャラクターから辰巳さんの想像を超えて“変貌”したセレブはいますか?
辰巳 衝撃度だと、キム・カーダシアンですね。リアリティショーで当たって、「下世話な話題ばかりの三流セレブ」ポジションで話題を連発した結果、世界随一のインフルエンサーとして億万長者になり、アメリカ合衆国大統領をも動かすパワープレイヤーになったという……。キムもトランプ大統領も、リアリティショーとソーシャルメディアの名声を駆使してパワーを強めた人なので、まさに2010年代セレブリティカルチャーの象徴かもしれません。
あと、本を書いて気づかされたのは、ビヨンセがいかに革命家であるか。彼女は大々的にフェミニスト宣言を行ったり、国民的スポーツイベント「スーパーボウル」でブラック・ライブズ・マター的なパフォーマンスを行って強い反発を受けたりと、スーパースターとしてリスキーな表現を続けているんです。その結果、ショービズ全体でフェミニスト宣言が女性セレブのスタンダードになったし、ポップスターのプロテスト表現も増えていった。ビヨンセはリベラルなセレブリティとして「正解な選択」をとる優等生、みたいな風評もあるのですが、実のところ、その「正解な選択」自体、彼女自身が押し進めたもの……ビヨンセによって「新たなる業界スタンダード」として普及したものなのではないか、と。
また今年、自身で監督した映画『ブラック・イズ・キング』も公開されたのですが、そこでは、スピリチュアルなかたちで、アフリカン・アメリカンという人種とルーツそれ自体を祝福する試みを行っていて。ソーシャルメディア普及以降、身近な存在のスターが増えたというのは本で書いたのですが、ビヨンセは今だ「ビッグな存在」のスーパースターとして大義を果たそうとしているように見えます。
――いまアメリカでは、コロナ禍で経済格差が今まで以上に露骨に表れ、BLM運動により人種差別に対しても具体的な解決を求める動きになり、それらをエンパワメントするセレブも多い。一方で、類似した問題を抱えているはずの日本では、それらの動きを「他人事」「理想論」として見る向きもあります。日本で生まれ育った人と米セレブの距離感をどう見ていますか?
辰巳 基本的な話として、日本とアメリカのショービズは簡単には比較できないと思います。契約体制から異なるでしょうし、エンターテイナーの政治的発信に対するネガティブな反応は米国でも珍しくない。ただ、日本の芸能界でもソーシャルメディアが普及してきていますし、社会問題にまつわる発信も増えていっているように感じます。
距離感については、いろいろな「違い」を感じることは多くなりがちだと思います。言語自体がハードルになりやすいですしね。ただ、そうした現実のボーダーや距離を超えて心を突き動かされたり、共振を与えられたりすることがアートの美点だと思います。逆のパターンですが、日本のアニメ『ドラゴンボール』(原作:鳥山明)はアフリカン・アメリカンの男性にとても人気があるといわれています。よく語られるのは、ほかの惑星からやってきた主人公がときに憤怒しながら戦いを繰り広げていく構図が、不平等な環境で「強さ」を求められる黒人男性の境遇と似ている、という意見。たとえ作者自身がそう意識していなくても、受け手によってさまざまな感情や影響が生まれて、広まっていくわけです。
正直、本で取り上げたようなトップスターは、大きな注目に晒されながら大金を稼いでいる人ばかりなので、世界中の多くの人々にとって「雲の上の存在」ではあるでしょう。でも、彼らの作品や発信、ふとしたとき漏らされるなにかに心動かされるファンは多い。『アメリカン・セレブリティーズ』は文体もトピックもかためにしてありますが、どこかで対象のセレブリティの軌跡や信念に心を動かしてもらえたらいいな、という想いで書きました。
辰巳JUNK(たつみ・じゃんく)
平成生まれのポップカルチャー・ウォッチャー。主にアメリカ周辺のセレブリティ、音楽、映画、ドラマに関する論考をウェブメディア中心に寄稿している。