性犯罪は、“再犯率”が高いことが明らかになっている。なかでも痴漢の再犯率は突出しており、刑務所で“罰”を受けるだけでは、再犯は防げない。これは、各種データからも、約30年にわたって痴漢行為を続けてきた50代男性・Oさんの体験からも明白だ。
第2回は、2度目の服役から出所して10年間、再犯をしていないというOさんに、なぜ痴漢行為をやめられたのかを聞く。再犯防止のためにどのような行動をとったのか、刑務所内で受刑者に実施されている「性犯罪再犯防止指導(通称:R3)」の問題点についても語ってもらった。
■第1回:30年間、電車で痴漢を繰り返してきた――性犯罪“加害者”が語る「逮捕されてもやめられない」理由
治療機関で“痴漢”を隠し続け、そして再犯……
刑務所内の再犯防止対策だけでは不十分だという、専門家の声も耳にする。その最大のポイントは、刑務所内に女性や子どもなど、彼らの“対象”となる人物がいない中で指導を行うからだ。Oさんも受刑中のことを振り返って、「女性がいないから、痴漢をしたいという思いにとらわれずに済むので、楽だった」と話している。しかし、出所して社会の中で生きていると、そうはいかない。
Oさんは41歳のとき痴漢で起訴され、執行猶予判決が出た。このとき、担当の弁護士から、病院を受診するように言われたという。
「まず精神科へ行ったのですが、痴漢をやめられないという問題は、性嗜好障害やアディクション(依存症)の側面があるということで、別のクリニックを紹介され、そこに通い始めました」
性暴力加害者は「病気」を抱えているととらえ、専門的な治療を行うことによって再犯防止を目指す治療機関が、国内に数は少ないながら存在する。Oさんは、そのひとつとつながることができた。
「でもそのときは、『弁護士に言われたから行く』ぐらいの気持ちでした。デイナイトケアという、毎日朝から夜までつづくプログラムを受けたのですが、そこではほかの精神疾患を持つ人たちとのミーティングがあるんです。自分の問題をみんなの前で開示して、そのリアクションから、自身の考えを見直すというプログラムなんですが、私はそこで、自分が痴漢の問題で通っているということを、なかなか話せず隠していたんです。もちろん、それではまったくと言っていいほど参加する意味がない。そんなある日、主治医が『あなたはちゃんと“痴漢の問題”を話しなさい』と、みんなの前で言ってしまったのです」
動揺したOさんは、クリニック内で問題行動を起こすようになり、しまいには主治医から治療の中断を言い渡される。通院していた3カ月間はピタリと止まっていた痴漢行為が、治療をやめた途端、気づけば再開していた。執行猶予期間中にもかかわらず、Oさんは頻繁に痴漢行為をくり返し、またも逮捕。そしてついに、初めての実刑判決(5カ月)が下る。
刑期を終え満期で出所するも、43歳のときOさんはまた再犯し、今度は11カ月間服役した。もうこれ以上は痴漢を繰り返せないと、今度は自らクリニックを訪れた。
「私はずっと、自分を隠しながら生きてきました。痴漢って、自分のことを知られていない相手だから触れるんです。知っている人だと、『Oさんに触られた!』とすぐ事件になりますよね。私からすると、痴漢は“お互い知らない相手”だから成立する犯罪。そんなふうに生きてきたから、周囲の人ともうわべだけの人間関係になるし、ミーティングでも自分を出せなかったんだと思います。当然、孤立していました。でも二度目の通院では、もう痴漢の問題で通っているというのが周囲に知られていたので、隠す必要がなくなりました」
自分のことを知られたくなくて、「鎧を着たまま人と話していたようなものだった」とOさんはふり返る。
「41歳で執行猶予判決が出たあとも、一度目の服役のあとも、痴漢をするための環境を自らつくろうとしていたところがあります。私の場合、最も痴漢のリスクが高まるのは“電車に乗るとき”なのですが、『早い時間なら空いているから、電車に乗っても大丈夫』『今日は天気が悪いから、電車に乗るのもしょうがない』と、なんとか理由を見つけて電車に乗ろうとしていたんです。だから、二度目の出所のあとから現在までは、どこへ行くにも必ず車で移動するようにしたんです。刑務所は“絶対に痴漢できない環境”でしたが、それと同じように、“したくてもできない環境”を、自分でつくらなければなりません。ここ数年は、もし電車に乗ったとしても、『痴漢をしたくならないかもしれない』という気もしています」
それは、クリニックに通ううちに生じてきた、ある変化に影響されたからだという。
「自分が痴漢をしたと周囲にバレたら、否定され、除外されるだけだと思っていました。でもいざ開示してみたら、『あなたが更生しようとしているのなら、私が話を聞く』と言ってくれる人がいて、驚きました。とはいえ、今まで私がしてきたことをそのまま開示すると、セカンドレイプになる可能性もありますから、慎重に話すようにしています。もし、私がまた痴漢をすれば、これまで話を聞いてくれた人たちにとっては、『知らない人が痴漢をした』ではなく、『Oさんが痴漢した』となります。そんな状況にはしたくない。だからもう、自分は痴漢をしたくならないだろうと思っているんです。もちろん、それでも『絶対にやらない』とはいえない状況です。だから、これからも電車には乗りません」
性犯罪の再犯リスクは、孤立やそれによるフラストレーションによって高まることがわかっている。Oさんは2回目の通院で、やっと孤立状態を回避できた。変化は、ほかにもあったという。
「クリニックに通い始めたばかりのとき、主治医から『女性が痴漢されたがっているとか、触られて気持ちよくなるとかは、ファンタジーでしかない』といった話をたくさんされました。表向きはうなずいて聞いていましたが、それを認めることは、自分が今まで“現実”だと思い込んできたことへの否認になるので、なかなか受け入れることができなかった。でも、自分が痴漢をしたと開示して以来、性犯罪について議論する学会や、トークイベントに足を運ぶようになりました。そこでは、『女性は痴漢被害で苦しんでいる』という前提で話がされていて、それを聞いてやっと少しずつ理解ができるようになったんです」
Oさんの人生において、痴漢をしない日々よりも、痴漢をしていた日々のほうがまだ長い。それでも、今日「痴漢しなかった日」を送り、明日も、明後日もそうしていくしか、痴漢をやめる道はない。
最後にOさんへ、刑務所内で受刑者に実施されている「性犯罪再犯防止指導(R3)」について聞いてみた。刑期が短いなどの理由で、彼は一度もその対象となっていないが、指導を受けたい気持ちはあったのだろうか。
「私が思う再犯防止とは、『痴漢をしたい』という気持ちにならないようにすること。R3で行われているのは、自分が加害行動をしたくなる動機を洗い出して、それが発生しない環境を自分で作ったり、発生しても制御できるようにしていく“認知行動療法”だと聞いています。それはそれで必要だと思いますが、根本的に『痴漢したい』という欲求をなくすには、人間関係を変えていくしかない、というのが私の実感です。そしてそれは、刑務所の中ではできないことだと思います」
現在Oさんは、痴漢の“加害”に悩む人を対象に、「再犯防止」を支援する側に回っている。
「自身が30年間にわたって痴漢加害をしてきて、再犯防止に関する成功や失敗の体験をもとに、加害行為がやめられずに困っている当事者、または家族や支援者への『再犯防止』に関するサポートを行っています。主なサポートは男性限定のミーティング開催で、痴漢に限らず、一般的な性の話題も含めて、異性に言いにくい話も打ち明けられる場をつくっています。2~3人の少人数で行っていますので、このようなミーティングが初めての方も、安心してご参加ください」
第3回、第4回では、性犯罪加害者の更生・治療に取り組む精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏と、DV加害者更生プログラムや被害者支援を行う「NPO法人女性・人権支援センター ステップ」の代表である栗原加代美氏に、心理的なアプローチから再犯を防ぐ「加害者臨床」の意義を聞いた。
(三浦ゆえ)