羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。
<今回の有名人>
「ちょっと話し相手になってあげる」マツコ・デラックス
『5時に夢中!』(TOKYO MX、7月13日)
Twitter発、「ポテサラ事件」をご存じだろうか。
スーパーのお惣菜コーナーで、子どもを連れた女性がポテトサラダに手を伸ばしたところ、見ず知らずの高齢男性に「母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ」と話しかけられている様子を目撃したという投稿者。咄嗟に娘を連れ、その女性の目の前で、「大丈夫ですよ」と念じながらポテトサラダを2パック購入したという。この一連の出来事をまとめたツイートは13.3万リツイートされ、「毎日新聞」でも取り上げられるなど、話題を呼んだ。
7月13日放送『5時に夢中!』(TOKYO MX)でもこの話題を取り上げたが、マツコ・デラックスの発言に引っかかるものがあった。
知り合いでもない女性に、「母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ」と説教してくる高齢男性に対し、マツコは「もちろん、とんでもない話」と断ったうえで、以下のように続けた。「この話を聞いてまず想像しちゃったのが、その高齢の男性がさ、一人暮らしで、あんまり普段人との会話もなく、もともと性格にも難がある」とポテサラじいさんをプロファイルし、「そういうふうに言われた時に『ああ、すいません、今日は忙しいんで、ついつい買っちゃったんですよね』ぐらいの感じで、コミュニケーションじゃないけど、済ましてあげてもいいんじゃないかな。そんなに目くじら立てないで、『ちょっと話し相手になってあげる』ぐらいに」とコメントした。
同番組の月曜日のコメンテーターは、マツコと株式トレーダー・若林史江の二人だが、1児の母である若林は「母親として」の意見を言う可能性が高い。二人して同じ意見を言っても、番組的には単調になるので、あえてポテサラじいさん側の肩を持つような意見を述べてバランスを取った可能性は、ないとは言えないだろう。
『5時に夢中!』と言えば、マツコがテレビデビューを果たした記念すべき番組である。駆け出しの頃なら、大声で「じじい、うるせ~ぞ! このやろう」と毒を吐いたかもしれない。しかし、今やマツコは芸能界屈指の売れっ子となり、発言力は増している。そういう影響力のある人が、敬うべき存在であるお年寄りをこてんぱんに悪く言ってしまうとよろしくないと配慮したのかもしれない。
番組のバランスを取ること、またタレントしての立ち位置を考えれば、賢いコメントだったと思う。しかし、マツコのアドバイス通りにしたところで、見ず知らずの女性に「料理を作れ」と命じるポテサラじいさんがいなくなるとは思えず、むしろ増えるのではないかとすら思う。
マツコはポテサラじいさんを「高齢の男性、一人暮らしで、普段人との会話もなく、もともと性格にも難がある」存在、つまり孤独なお年寄りだと想像している。さみしさゆえにコミュニケーションに飢えていて、だからこそ、見ず知らずの女性に命令してしまう。ポテサラじいさんは「かわいそうな人」なんだから、こちらが大人になって優しくしてやりなよと言いたいのだろう。
ポテサラじいさんが実際にどんな人なのかは誰にもわからないが、「家族と暮らし、経済的にも何の不自由もないのに説教をしないと気が済まない人」というのも実在するのではないだろうか。
私の友人のお父さんがまさにこれで、リタイアした後、テレビを見ては1日に何回もテレビ局に電話をかけて、出演者について質問したり、文句を言う説教じいさんになってしまったという。高齢男性が急に怒りっぽくなったとき、認知症を疑う必要があるそうで、検査もしてみたが特に異常なし。友人はお父さんについて、「現役時代、要職にあった父は多くの部下を持ち、機嫌を取ってもらえていた。しかし、会社員でなくなると誰も寄り付かない。家族もそれほどチヤホヤせず、むしろ『リタイアしたのだから、家事を覚えろ』と自分に命令をしてくる。それが不愉快だから、自分を絶対に邪険にしないテレビ局の視聴者センターのようなところに電話をして、自分の支配欲を満たしているのではないか」と分析していた。
もし、ポテサラじいさんが、支配欲から見ず知らずの女性に命令をしてしまうとしたら、マツコの言う「すいません、今日は忙しいんで、ついつい買っちゃったんですよね」という対処法は得策でなく、むしろより多くの被害者を生むことになるのではないか。というのも、女性が「私が悪い」と“謝る”ことで、「ポテサラじいさん>女性」という上下関係が生まれ、その支配関係に味を占めたポテサラじいさんが、別の女性をターゲットとして狙う可能性がないとは言い切れないからだ。
それにしても、今回のマツコは珍しくピントがズレたコメントをしていたように思う。
「料理を作ることの大変さっていうのはさ、もう包丁を持った瞬間から面倒くさいわけじゃない、火を使った途端に暑いわけじゃない」と言っていたが、「でも、それはどのメニューだって同じだと思うのよ」「ポテサラを作りたくないと思ってる人は、全部作りたくないのよ、本当は」「だから、三品あるんだったら、一品だけ作ることが重要な気がする」と結論づけていた。
料理というのはすべからく面倒だから、全部を作るのではなく、一品だけ自分で作れ、というのは、忙しい現代女性に沿った現実的な提案かもしれない。しかし、ポテサラツイートの一番の問題点は、「母親であることを理由に、おかずをどう用意するかという個人的なことを、まったくの他人に、なぜとやかく言われなくてはいけないのか」ということではないだろうか。おかずを何品作って、何品手作りするかは、料理を作る人が決めることである。全部既製品でもいいし、全部手作りだっていい。「おかずが三品あるんだったら、一品だけ作ることが重要」というマツコの考え方は、結局「一品は作れ」と言っているわけだから、「こうしろ」と指図してくるポテサラじいさんと、そう変わらないのではないだろうか。
日本の「料理は女性がすべき」「品数は多いほうがいい」という考え方が非常に強いように思う。そんな中、2016年に料理研究家・土井善晴センセイが『一汁一菜でよいという提案』(グラフィック社)を発表して話題を呼んだ。「料理はごはんとみそ汁だけでよい」というセンセイの提案は、料理が苦手な人、仕事が忙しくて品数多く作れない人など、多くの女性に好意的に迎えられた。
その一方で、滅びないのが、婚活や夫婦問題の専門家たちの「胃袋をつかめ」作戦である。
夫婦問題研究家の岡野あつこセンセイは、19年10月21日のオフィシャルブログで、夫の浮気に悩む女性に対して「お料理の腕をぐんと上げて、夫の胃袋をつかんでしまうのもいいかもしれませんよ」と書いている。18年放送の『Wの悲喜劇~日本一過激なオンナのニュース』(Abema TV)で、ラブヘルスカウンセラーの小室友里センセイは、夫から拒否されるタイプのセックスレスを回避するために「夕食のおかずを一品増やす」ことを挙げている。センセイ方のアドバイスはデータに裏打ちされたものだろうが、若い世代には「料理をしないと浮気される、セックスレスになる」と刷り込まれ、それが料理をしないことへの恐怖や罪悪感へとつながっていくのではないだろうか。
話をマツコに戻そう。テレビに出たての頃は、キャビンアテンダントなど、「人が憧れるもの」を茶化して笑いに変えていたマツコ。しかし、大物となったマツコが特定の何かを貶めると炎上する可能性もある。なので今後は「女は料理」といった固定観念のようなものをターゲットにしたらどうだろうか。「まだ、そんなこと言ってんのか。いちいち、うるせーな!」というマツコ節を待っているのは、私だけではないはずだ。