日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。5月3日の放送は「銀座の夜は いま…菜々江ママの天国と地獄」。
あらすじ
席に座るだけで4万円、月商1億円をはじき出す銀座の一等地にある高級クラブ「クラブNanae」。オーナーママの唐沢菜々江は18歳で埼玉・春日部のスナックで働き、結婚して一度、夜の街から離れるが夫の借金により復帰。22歳で上野のキャバクラでナンバーワンとなり、25歳で銀座のクラブにスカウトされてからは銀座一筋20年だ。
銀座のクラブは全盛期の半数まで減少しているという。政財界の要人が足を運ぶこともあり、格式を重んじ秘密主義な気風も強い銀座の一方、カジュアルな雰囲気の六本木や歌舞伎町に人が流れている。菜々江は銀座でホステスを目指す人が増えればと、YouTubeに自身のチャンネルを開設し情報発信も行っている。
菜々江は「クラブNanae」以外にも印刷会社やワインバーなど、5つの会社を展開。さらに銀座で働くホステスのために、時短美容ができるサロンも2020年4月に開業する予定だった。
しかし20年2月、横浜・大黒ふ頭沖に停泊中のクルーズ船から新型コロナウイルス感染者が出たことから、コロナの脅威と不安が銀座へ徐々に広がりはじめる。クラブNanaeは家賃や従業員の給料など1カ月の固定費だけで2500万円以上かかるため、赤字を1円でも減らそうと当初は店を開けていた。
しかし翌月3月29日に志村けんさんが闘病の末に亡くなり、コロナをめぐる情勢や心構えは一変する。志村さんは夜の街を愛した人でもあったため、感染源だと疑うウワサもたった。そして3月30日、小池百合子東京都知事によるバーやナイトクラブなど接客業を通じた感染の増加と、そういった場所への自粛を呼びかける会見が行われ、翌日から「クラブNanae」も営業を中止する。
当初は短期間の休業を想定していたが、4月7日の緊急事態宣言を受け、菜々江はGWまでの休業を決断する。銀座の街からは人が消え、クラブNanaeの3~5月の売り上げは前年同期比で8割以上減、金額にして2.2億円のマイナスという非常に厳しい状況を迎えた。しかし菜々江は「倒産はしません 意地でも」と新型コロナ融資を申し込むなど奔走する。
銀座らしさと型破り、バランス感覚が巧みな菜々江
菜々江はYouTubeを活用するなど、人々が思い描きがちな「銀座のママ像」からは型破りなことをする一方で、菜々江のファッションやヘアメイクは46歳という年齢にしてはとてもバブリーで、そのため実年齢よりも上に見えた。
例えば黒の和装のときは、髪をたっぷり膨らませて結う。最近は頭を小さく見せるためすっきりと結ったスタイルを多く見かけるが、ボリュームある菜々江の髪からは風格と貫禄と格式を感じる。それはまさに「銀座」だ。
29歳からママをはじめ、今も走り続ける菜々江にとっては、「若々しく見せる」ことよりも「銀座のクラブの主としてふさわしい姿でいる」ことのほうが大切なのだろう。YouTubeなど新しいものを取り入れる一方で、自分の見た目はクラシカルで権威と風格を感じさせる「銀座」テイストをしっかり守る。バランス感覚の良さを感じた。
今回、番組の取材は19年の秋から始まっていた。きっと『ザ・ノンフィクション』取材班は、当初は違う企画で菜々江に密着しようとしていたのだろう。それは多分、“YouTubeも活用する、銀座のママらしからぬオーナーママ・菜々江。時にピンチやトラブルもあるけれど、それを仲間たちと乗り越え、今日も菜々江は愛する銀座の街のため奮闘する”といった筋書きだったのではないか。しかし、コロナという終わりの見えない、想定をはるかに超えた「ピンチやトラブル」に、菜々江も世界中も見舞われることになってしまった。
2019年の年末、「クラブNanae」を訪ねた客は菜々江のことを「みんなに夢を売って、女の子にも夢を売って、お客さんにも夢を売って」と褒めていた。座るだけで4万円かかる「夢」を成立させ、月商1億をはじき出していたのは菜々江の不断の努力と才覚によるものだろう。
しかしコロナ禍のもと、直近3カ月の売り上げ見込みは前年比8割減と厳しい状況だ。5月31日まで緊急事態宣言が延長される中、つらく厳しい日々はまだまだ続くだろう。番組の最後、休業中の菜々江は、オンラインで銀座のママと飲む、といったテーマのネット配信をしていた。菜々江に限らず店を開けられないナイトワークの人たちが「オンラインキャバクラ」「オンラインクラブ」を始めたとは見聞きするが、こういった取り組みで得られる金銭的な成果はいかほどなのだろう。
以前、演出家の松崎文也氏を取材した際、舞台と映画やドラマの違いについて、人は直接目の前で頑張っている人をなかなか嫌いになれないが、レンズを介して見るときはひどく冷静になってしまう(※)と聞いた。私自身、演劇を生で見たときはそれぞれの役者の良さを感じたが、同じ演目をDVDで見た際、この人は踊りがいまいち、この人は歌がヘタ、と見る目が一気にシビアになって自分でも驚いた。
「画面越しの人を夢中にさせる」のは、とんでもなく難しい。ナイトワーカーの人たちが、それまで目の前の客に提供していたのは、高額な「夢」だ。銀座というステータスや憧れが込みで成立していた夢の世界が、自宅で画面越しになれば、人は自ずと冷静になり、理性が介入しやすくなる。正直、オンラインのナイトワークはかなり厳しいのではないだろうか。
しかし人間はどんな時代でも適応し変化を遂げてきた。私の悲観的な予測を覆すような画期的で、夢のある痛快なオンラインナイトワークの誕生を願う。
次週のザ・ノンフィクションは『花子と先生の18年 ~人生を変えた犬~ 前編』。野良猫や捨て犬など飼い主のいない動物の治療を積極的に行う獣医師の太田快作。そのきっかけとなったのが18年前に青森の保健所から引き取った犬、花子との出会いだった。先生と花子の日々を見つめる――と、間違いなく号泣回が来るので箱ティッシュを用意しておきたい。
※「テレビ・映画」と「舞台」における演技の決定的違いって? 松崎史也氏に聞く!【ヘタの研究】