今年2月、ハリウッドの巨匠スティーヴン・スピルバーグの養女ミカエラが、ポルノスターになると宣言。その直後には、24歳年上の婚約者に対して暴行を加えた容疑で逮捕されるなど、トラブルメーカーとしてメディアを賑わすようになった。「セレブになる近道だ」とポルノ女優になり、父親のローレンス・フィッシュバーンから絶縁されて転落人生を送っているモンタナのようになるのではないか、と心配する声まで上がっている。
祖父・父に続いて俳優としての成功が約束されていたものの、重度の薬物依存症となった、マイケル・ダグラスの息子キャメロン。俳優やヘヴィメタ歌手として活動するもパッとせず、妊娠中の妻に暴力を振るうなどの問題を起こしまくっている、ニコラス・ケイジの息子ウェストン。
「親のように成功しなければ!」というプレッシャーに押しつぶされてしまうのか、はたまた「親の七光」と言われるのが嫌なのか、セレブの子どもたちの中には、問題児が少なくない。今回はそんな2世セレブの問題児の中から、厳選した5人を紹介しよう。
ロバート・ダウニー・Jrの息子、インディオ・ファルコナー
父親は重度の薬物依存症を克服した、超人気俳優のロバート・ダウニー・Jr。母親は、ロバートの薬物依存に愛想を附かせて離婚した最初の妻で、女優のデボラ・ファルコナー。インディオは母親に引き取られたが、父親とも良好な関係を保ちながら育った。
12歳の時に映画『キスキス,バンバン』(2005)で、父が演じた主人公の幼少期を演じ、銀幕デビュー。しかし、演技より音楽に情熱を持つようになり、バンド活動に励む青春時代を過ごした。
そんなインディオが世間の注目を集めたのは、14年6月。警察の車内検査を受けた際、コカインが発見され、逮捕されたと報じられたのだ。
逮捕当日の夜には1万ドル(約107万円)を支払って保釈されたインディオについて、ロバートはすぐに声明を発表。「依存症は私の家系の遺伝だ」と息子をかばい、更生させることを約束。ロバートが、数年前からインディオを薬物依存から救おうと必死になっていたことや、「息子が依存症になったのは自分のせいだ」と罪悪感にさいなまれていたことが報じられ、一気にロバートに同情が集まった。
インディオは罪を認め、20カ月の薬物治療プログラムを受け、刑務所行きを免れた。クリーンになったインディオは、友人とバンド「The Dose」を結成。薬物を断ち切る苦しさを嫌というほど知っているロバートは大喜びし、Facebookにお祝いメッセージを投稿。さらにはThe Doseの宣伝をするなど、親バカぶりを発揮した。
ロッド・スチュワートの息子、ショーン・スチュワート
父親は伝説的ロック歌手ロッド・スチュワート、母親はロッドの3番目の妻で元モデルのアラナ・スチュワートだ。チヤホヤされながら育ち、「甘やかされた2世」だと自認しているショーンは、長年トラブルでメディアをにぎわせる存在だ。
22歳だった2001年12月、レストランの外で19歳の男性に暴行を加え逮捕。90日の禁錮刑と被害者への5,600ドル(約60万円)の賠償金の支払い、アンガーマネジメント・プログラム、薬物治療プログラムの受講を命じられた。
しかしカッとなる性格は直らず、06年にはナイトクラブでぶつかってきた男性をボディガードと共にボコボコにし、大ケガを負わせた。07年にもパーティーで暴行事件を起こし、逮捕されている。
この後、ショーンはロサンゼルスに住む2世友達と共にリアリティ番組『Son of Hollywood』を制作。08年には薬物依存症を克服しようとするセレブの奮闘を追ったリアリアティ番組『Celebrity Rehab』に出演するなど、リアリティスターとして知名度を上げた。しかし、10年10月に免許停止処分中に運転していたとして再び逮捕される。
14年にはポッドキャストで、何年も前に断薬したと述べた上で、「ありとあらゆるドラッグをやってきた」と告白。今はクリーンだと強調したが、15年3月にマイアミ国際空港の手荷物引き渡しテーブルに乗り、罰金を支払った。
何歳になってもバカなことをやっている息子がいて気の毒だと同情されていたロッドだが、19年の大みそか、ショーンと共に逮捕されてしまった。ホテルで開催されていたプライベートパーティーに自分の子や知り合いの子を参加させようとしたが、警備員に「招待者リストに載っていない」と制止された。そのことに腹を立て、親子で暴力を振るったのだ。裁判は新型コロナウイルスのために延期になっているが、今後どのような判決が下るのかに注目が集まっている。
父はオスカー俳優トム・ハンクス、母は女優のリタ・ウィルソン。何不自由ないセレブな環境に生まれ育ったチェットは、17歳から俳優として活動を始め、『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』(2008)など大作映画にもちょい役として出演。しかし、あまり注目されず、21歳でラッパーに転身した。チェット・ヘイズというステージネームでミックステープを発表したが、これまたパッとせず。売れないラッパーとして地道に活動をしていた。
そんなチェットが注目されるようになったのは、15年のこと。6月に、黒人蔑視用語である「ニガー」を口にしたことがネット上で批判され、インスタグラムで「ヒップホップは黒人のものじゃねぇ。文化だ」「オレの言うことを止められるヤツなんていねぇ」と反論し、大炎上したのだ。そして、その直後、一時滞在していたロンドンで、「ホテルにお持ち帰りした女性3人がセックスすることを拒否したため大暴れし、ホテルの備品を破損させた」として、器物損壊などの容疑で逮捕状が出されたのだ。
チェットは14年11月に「オレは16歳の時から薬物依存に苦しんでいた。24歳になった今、やっと更生する決意を固めた」と告白していたこともあり、イギリスから帰国後はリハビリ施設入り。
その後、16年に誕生した娘のために「ガチの更生」を誓ったチェットは、薬物依存を断ち切った。ラッパー時代に起こしたことは「めちゃくちゃハイになってたから」と弁解し、「相変わらず自分に甘い」とバッシングされている。
本人は更生中、精神的にサポートしてくれた両親に感謝するなど真面目な面を見せ、俳優活動を再開。人気ドラマ『Empire/エンパイア成功の代償』などに準レギュラーとして出演し、評価され始めている。
キース・リチャーズの娘、テオドラ・リチャーズ
伝説的バンド「ローリング・ストーンズ」のギタリスト、キース・リチャーズと、元モデルのパティ・ハンセンの次女。両親は1983年に結婚してからずっとラブラブで、ロック界のおしどり夫婦として知られている。
16歳の時、妹アレクサンドラとミック・ジャガーの娘エリザベス・ジャガーと共に、ファッションブランド「トミー ヒルフィガー」の広告塔に誘われ、モデルとしてのキャリアをスタートさせる。その後も「VOGUE」「ローリング・ストーン」など人気雑誌にモデルとして登場するなど、着実にキャリアを積み上げていった。
ニューヨークに住み、絵画を勉強するなどアートの才能も持つ彼女は、SNSで「パーティーはあまり好きじゃない」「ドラッグも好きじゃないの」と明かし、ヘロイン依存症だった父親とは違うと断言していた。
だが、2011年3月、そんなテオドラが薬物所持で逮捕された。ニューヨークの修道院の壁に落書きをしているところを警察に捕まり、持ち物検査でバッグの中から規制薬物が発見されたのだ。
薬物については「ディーラーから買った」と素直に話したテオドラは、かなりハイな状態だったようで、警察官に「問題にならないといいな~」とのんきに語っていたと、後日報じられた。大麻やヒドロコドンという麻薬性鎮痛薬も所持しており、ネット上では「父親からの遺伝」「さすが、薬物依存症のケイト・モスの友達」と大いに皮肉られた。
検察側からの司法取引に応じ、地域への2日間の無償奉仕、薬物依存治療プログラムを1日受けることと引き換えに、起訴は取り下げられた。その後、トラブルは起こしていないが、「悪い意味でキースに似た娘」というイメージが定着してしまった。
父親はアメリカを代表するファッションデザイナーのトミー・ヒルフィガー。母スージー・ヒルフィガーは、2000年にトミーと離婚した元妻。マンハッタン生まれのリチャードは、コネチカット州の高級住宅街グリニッチで育った。
何不自由ない環境で育ったものの「地元はつまんない」と感じ、ヒップホップにのめり込んでいった。父の友人であり、小さい頃から面識があったジェイ・Zやカニエ・ウエスト、ナズといったラッパーたちから強い影響を受け、13歳でリリックを書き、音源を録音するなど、ラッパーとして生きる決意をした。
「オレは一族のやっかい者」と自称するリチャードだが、両親は彼を応援。リチャードが15歳の時に、治安の悪いペンシルベニア州フィラデルフィアに住む友達に会いに行くと言いだした時にはボディガードを同行させるなど、息子に金を使った。
その後、リチャードは「リッチ・ヒル」というステージネームでミックステープを発売するようになり、06年に発表したラッパー、キッド・カディとのコラボ曲「Grils, Sounds, Colors」「Trippy」が注目され、11年7月にワーナー・ブラザーズ・レコードと契約。13年にはデビューアルバム『SYLDD(地元の薬物売人を応援しようぜ)』をリリース。シンガーソングライターのザ・ウィークエンドが客演したことが話題になった。
アパレル「Young Rich & Famous」「Heart Culture Clothing」のオーナーという顔を持ち、14年には人気歌手リタ・オラとの交際でタブロイド紙を騒がせるなど、絵に描いたようなボンボンな彼だが、実はドラッグ大好きな問題児としても知られている。
10年8月、20歳の時に販売目的で自家用車に大麻を隠し持っていたところを警察に検挙され、そのまま逮捕される。しかし2カ月後、「これは医者から処方された医療用大麻」と証明し、起訴は取り下げられた。ネット上では、「金持ちのボンボンだから、優秀な弁護士のおかげで罪を逃れた」「この程度の罪なら逃れられる。セレブだし」などとバッシングが飛び交った。
これでおとなしくなるかと思いきや、リチャードは再び問題を起こす。15年10月、友人に対し「ドレスコードが合わない」と入店を断ったナイトクラブの警備員を殴って、逮捕されたのだ。有名デザイナーの息子ということもあって、この逮捕劇には「ファッションのために暴力を振るうのか!」と大きな話題となった。