こんにちは、保安員の澄江です。
新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言が、もう1カ月延長されることとなり、自粛要請が続いています。つい先週までは、普段と変わらない状態で勤務して参りましたが、勤務地周辺で感染者が出たことを理由に、同僚数人が出勤をボイコットしたことで状況は一変。ようやく事態の重さに気付いたらしい会社は、ほとんどの職員を休職させることに決めました。ある程度の手当は出るようですが充分ではなく、国から助成金をもらったところで、これまでの蓄えを放出しなければならない状況になりそうです。いつ終息するかもわからないので、正直なところを言えば、ほかの仕事を探してみようかと考えることも多くなりました。しかし、自分にできる仕事と言えばスーパーの店員くらいしか思い浮かばず、いまの仕事を続けていくことと大差はありません。生きる残るためにと、現場に出してもらうよう会社に願い出た私は、かろうじて以前と変わらぬ生活を維持できています。その甲斐あってか、つい先日は、一人の女性を救うことができました。今回は、その時のことについてお話ししたいと思います。
当日の現場は、関東近県の郊外にある大型ショッピングモールE。1階に食品売場とフードコート、2階に衣料品、3階に日用品と玩具、4階に家電売場を擁する大きな店舗です。広大な売場は死角だらけの上に、防犯機器の設置は少なくスタッフの数もまばらで、どこで何が起こってもおかしくない状況にあると言えるでしょう。
初夏を思わせる陽気の中、電車とバスを乗り継いで1時間ほどかけて現場に到着した私は、挨拶を済ませて入店すると同時に、緊急事態の最中とは思えぬ客入りの多さに愕然としました。店内のフードコートや休憩所には、多くの学生さんたちや家族連れがたむろしており、休日以上の混雑ぶりを見せていたのです。その光景を見れば、呼吸するのも憚られるほどで、この場にいるだけでたちまちに感染してしまうような気にさせられます。この仕事を始めて、すでに41年が経過しておりますが、これほどまでに強い危機感を抱きながら現場に立つことはありませんでした。なるべく人の多いところで警戒にあたるのが巡回の基本と言えますが、自分の生命を守ることを第一に考え、いわゆる「密」の状況を回避するべく、人気の少ない1階以外のフロアを中心に巡回することにします。
(まだ、こんな時間か。どこの店も、食品売場以外は平和なのよね……)
普段とは違って人気のない売場に身を潜めているため、なにも見るものがなく、いつも以上に時間の経過が長く感じられます。特に目立った不審者を見かけることもないまま、業務が終盤に差し掛かると、自分のスマートフォンに店長さんから電話がかかってきました。
「いま、どこにいますか?」
「4階におりますが、どうされました?」
クレームかしらと、恐る恐る用件を尋ねてみれば、興奮した様子の店長に早口でまくしたてられます。
「衣料品担当の女性スタッフを狙った痴漢らしき男がきているので、大至急、2階に向かってください。ベージュのトレンチコートを着た30歳くらいの男です。何度かやられているので、犯行の現認ができたら捕捉してもらえますか? 私も、近くで警備員と警戒しておきますので、お願いします」
「はい、了解です」
格好よく返事をしたものの、痴漢の捕捉は容易ではありません。万引き犯に比べて警戒心が強く、たとえ首尾よく犯行を現認できたとしても、捕捉時には暴れ、容疑を否認したり証拠隠滅を図ることが多いのです。恐怖と緊張からくる胸の鈍痛を堪えながら、エスカレーターで2階に駆け下りて、それとなく売場を見回すと、トレンチコートの男はすぐに見つかりました。気付かれぬよう遠目から人着(犯人の人相や着衣)を確認すると、どことなく「霜降り明星」のせいやさんに似た20代後半と思しき太めの男で、その視線の先には、女優の永作博美さんに似た雰囲気の小柄で可愛らしい女性スタッフが品出しをしています。男の顔を見れば、荒い息遣いが聞こえてきそうなほど紅潮しており、顔全体が脂汗でテカついているように見えました。
(あんなにいやらしい目で見られたら、誰でもゾッとするわよ……)
まったく尋常ではない男の目つきに強い犯意を感じた私は、人気のない婦人服売場に潜む形で、男の行動を見守ります。するとまもなく、品出しを終えた女性スタッフが、店の奥にあるレジカウンターの中に入りました。それに合わせて、トレンチコートの裾を両腕で抱えるようにして動き出した男は、尋常でないほどにギラついた目で周囲を気にしながらレジカウンターに忍び寄っていきます。
(どこから見ようかしら)
できることなら正面から見たいところですが、衣料品売場の棚は低く、自分の姿を見せずに近づく方法が見つかりません。周囲に誰もいないことを確認した私は、棚の陰で俯せになって、男のそばにあるラウンドハンガーまで匍匐前進の要領で移動しました。確実な現認が取れるなら、これくらいのことは平気なのです。
「キャーッツ!」
そうしてまもなく、不意に轟いた大きな悲鳴に驚いて視線を上げると、レジカウンターの前に立ち尽くした男が両手でコートを広げていました。コートの下には何も身につけておらず、まるで蝙蝠のような格好で、自身の陰部を女性スタッフに見せつけています。
「あなた、なにやっているのよ!」
捕まえるべく足元から立ち上がると、目玉が飛び出てしまうのではないかと思うくらいに驚いた男は、その場に尻餅をつきました。すぐに駆けつけてきた店長と2人の制服警備員が、自慢にもならない大きさのイチモツをさらして床に寝転ぶ男を取り囲んで見下ろします。
「す、すみません!」
抵抗する様子を見せることなく、慌てた様子でコートの裾を合わせて正座してみせた男は、床に額をつけて泣き始めました。男3人がかりで泣き伏せる犯人を立たせて、事務所まで引き摺るように連行して、弁解を聞くこともなく警察に通報します。警察官が到着するまでの間に身分を確認させてもらうと、男は29歳。2年前にカラオケ店のアルバイトを辞めてからは職に就いておらず、店の近所にある実家で両親と一緒に暮らしていると話していました。被害者によれば、いままでに何度か店内外を問わず尾行されたことがあるそうで、ずっと気になっていたのだと、安堵の涙を流しながらも体を震わせています。ひどく動揺して、言葉を詰まらせる被害者を励ましながら、臨場した刑事さんに被害状況を説明します。
「この野郎、どうにも悪いヤツなんで事件にして扱いたいのですが、ご協力いただけますか?」
現場を仕切る刑事さんが女性スタッフに被害申告の意思を確認すると、逆恨みや報復行為を恐れながらも、被害届を出すことになりました。その場で男は逮捕され、逮捕者である私と女性スタッフは、実況見分を済ませてから警察署に向かいます。
「ここで、こうして現認しました」
実況見分時、犯行を現認した瞬間を再現する写真を撮影する際、売場で匍匐前進する自分の写真を撮られて、とても恥ずかしかったです。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)