「その着付けはなっちゃいない」「その着物にその帯はおかしい」――着物で街を歩いているときに、見知らぬご婦人から突然“摘発”されたという人は少なくない。こうしたご婦人方はネット上で「着物警察」と呼ばれ、着物警察怖さに着物や浴衣での外出を敬遠する人も出てきているようだ。
しかし、「着物警察なんて怖がらず、好きに着ていい」と力強いメッセージを『マツコの知らない世界』(TBS系)で発したのが、着物デザイナー・池田重子氏の娘であり、目黒にある「時代布と時代衣裳 池田」で店主を務める池田由紀子氏だ。池田氏によると、“着物警察”の発祥は戦後と、案外歴史も浅いらしい。「もっと自由に楽しんでいい」という着物の世界について、池田氏に話を聞いた。
五千円札の樋口一葉は今よりもルーズに着物を着ていた
――着物を着て外出した時、着物や着方について「こうあるべきだ」と厳しく注意をしてくる「着物警察」に遭遇したという報告の声が、近頃、ネット上でよく見られるようになりました。実は私も、若い頃に「浴衣警察」に摘発されたことがあるんです。
池田由紀子氏(以下、池田) あらかわいそうに……。“着物警察”の方は、「その帯は合っていない、帯が長すぎる、あなたは背が低いのにその柄はないわ」とか、そこまで言うのかというようなことまでおっしゃる方もいるようですね。でも、そもそも、おはしょり(着物を着たときに、帯の下に出る「折り返し」部分のこと)は指一本だとか何センチだとか、そういうことを言い出したのは、戦後からなんです。
――着方に関するルールが細かくなったのは、案外最近なんですね。
池田 今の着物のスタイルが確立したのが、だいたい江戸後期。ぜひ「明治時代 着物 女性」でネットで画像検索をしてみてください。着方がずっと自由なんですよ。例えば、この五千円札の樋口一葉さんは重ね着をされていますが、どれが着物に見えますか?
――3枚着ているように見えますね。着物の上に羽織を2枚重ねているようにも見えます。
池田 実は、一番下の柄のものは「半襟」です。その上が着物、その上が羽織ですね。
――今の着物の着方に慣れた目で見ると、ずいぶん半襟が見えているというか、上の着物の襟を開けすぎているように見えますね。
池田 昔はこのぐらい襟を開けて着ていたんです。ギャザーが寄るくらいのおはしょりをして着ている人もいました。そのぐらい自由だったんです。
しかも、明治時代には「着付け教室」なんてありません。当然、器用な人もいれば器用じゃない人もいますから、みんな自分流で好きに着ていました。しかし戦後になって洋服文化が定着し、着物があまり着られなくなってくると、婦人雑誌で綺麗な女優さんやモデルさんがパリッと着物を着ているのが「お手本」となっていった。例えば、雑誌の写真だと着物にシワを寄せないために、後ろをピンで留めたりしているんですが、そのようにして、きちっと写っている着物姿を見て、「これが正しい着物の着方なんだ!」と認識されるようになってしまったんです。
なので、「着物はきちっとした着方をしなければいけない」と言う人の言葉を真に受けないでください。スルーしていいと思うんです。
大奥の「着物警察」は、打ち首・獄門の世界だった
――そこまで気にする必要はないと。
池田 はい。なぜ着物であれこれ言う人がいるかというと、着物はそもそも「武家のコスチューム」だった、という面も関係しているんだと思います。武家社会は階級制度。階級によって着ていいものといけないものの境界線が、すごくはっきりしていました。大奥なんて大変ですよ。着物の色、柄、材質まで決まっていて、間違おうものなら打ち首ですから。
――今の着物警察どころじゃない厳しさですね。
池田 でも今は、着物は非日常のものになりましたよね。それなのに、昔と同じことをそのまま言っていていいのかと。さらに今は温暖化が進み、戦後と比べ、夏は気温が10度近くも高くなっていると言われています。それに、お母様が普段着として着物をお召しになっているのをご覧になったことはありませんよね? 私は母が着物を着る家庭で育ちましたから、自然に知識が身につきましたけど、そうでなければ知らなくて当然。それを着物警察の方は「常識がない」と責めてくるじゃないですか(笑)。しかも学校で教えられるわけでもないですし、知る由がないんです。教育を受けていないのに非常識だと言うのは、いかがなものかと思います。
――着方を気にする以前に、シチュエーションによって、どの種類の着物を着ればいいのか、そもそも種類の見分けすらつかないという人も多いと思います。例えば、「振袖」は袖が長いからわかりやすい一方、「留袖」と「訪問着」は見た目も似ており、違いがわかりにくくて……。
池田 留袖は下に柄があって、上が無地です。色が黒なのは黒留袖。色が付いているのが色留袖。訪問着は上にも柄があるものです。
一番格が高いのは、振袖と留袖です。例えば、現代で着物を着る機会としてパッと思い浮かぶのは、“結婚式”でしょう。新郎新婦のお母さまは黒留袖を着るのがベストですね。色留袖は新郎新婦のお母さま以外の親族が着るのがよいとされていたりとか、ある程度決まりがありますが、訪問着でも構いません。もっとも、カジュアルなウエディングパーティーでしたら、全員訪問着でもいいんじゃない? と思います。参列者の皆さんで合意があれば、それで構わないのではないでしょうか。
一方、お茶の世界などは、お師匠さん、宗匠の意向に沿ったほうがスムーズだと私は思います。私はあえてその中には入りません。入ったら抗うようなことを言ってしまいますから。そうすると、周りの人を不快な気持ちにさせてしまうじゃないですか。波風を立てるようなことをあえて言わなくてもいいですよね。
――着物警察のように、わざわざ文句を言う必要はないと。
池田 はい。礼節をわきまえた上で、自分で選んで、自分で着れば、それでいいんです。
「いつまで振袖を着られるのか」問題
――素朴な疑問なのですが、振袖は未婚女性の正装と言われ、「若い人が着るもの」というイメージも強いと思います。実際にいくつまで着られるのでしょうか?
池田 振袖に限らず、「私は●歳ですけれども、この着物を着られますか?」というご質問はよくいただきますね。着物を選ぶ時、みなさん「何歳」から入られる。そのたびに申し上げているのは、「黒柳徹子さんは80代にして赤い振袖よ」と。その方の生き方と、持っていらっしゃるエネルギーによって、着られるかどうかが決まりますから、最終的にご自分のご判断です。自分でOKだと思ったらOKなんですよ。
――なんだか希望が湧いてきますね!
池田 着物を着るには、人生で大事な3つのものを使います。それは、「時間」「お金」「エネルギー」です。夏なんて暑くてクーラーをガンガンかけないと着られませんし、髪の毛を結うところから始まって着物を着るところまで、私の場合、小一時間ほどかかってしまいます。
そんな大事な3つを使うのに、人様に何か言われたくないですよね。なので、最終的には「自分で良しとするか」です。でもこれって、着物に限らず洋服選びでも一緒ですよね。今日はこの服を着ようという、その時の気分であったり体調であったり、TPOであったり。着物だって同じように考えればいいと思います。何を選んで何を着るかは自己責任ですから、自分の生き方も含めて肯定できる「センス」を身に着けることが大切だと思いますね。
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後編では引き続き池田氏に、着物のコーディネートのコツや、「いきなり着物は」という方にお勧めの浴衣の着こなしについて伺う。
■池田由紀子 着物店「時代布と時代衣裳 池田」の二代目店主。お店の創業者である母・池田重子氏の跡を継ぎ、着物デザイナー、着物コレクターとして、日本の着物文化を次世代へ伝えるための活動を行っている。月3回、着物コーディネート教室を開催中。
「時代布と時代衣裳 池田」
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