羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。
<今回の有名人>
「はいはい、そういう系ねとカテゴライズされて面倒くさがられることを恐れ」ブルゾンちえみ(藤原史織)
(公式Twitter、4月23日)
2020年3月末に所属していたワタナベエンターテインメントを退所したタレント・ブルゾンちえみ。人気芸能人が実質的に芸能界を引退し、イタリアに留学というのはずいぶん思い切った決断をしたのではないだろうか。
ブルゾンといえば、個性的なメイクが思い浮かぶ。「VOCE」(講談社)で、ブルゾンは「メイクで男ウケを狙う人っているじゃない? でも、ありのままの自分を好きになってくれる人じゃなきゃ、結局うまくいかない。だから、誰になんと言われようが、ダークレッド色のリップを譲る気はないの」「寂しいパーツがあると他のパーツも寂しく見えるから、ON and ONが絶対」と、顔のパーツ全てを強調したメイクにしていることを明かしている。日本では長年「化粧をしているように見えない」ナチュラルメイクが職場や男性にウケがいいとされてきた。「男のためでないメイク」「濃いメイクが好き」というブルゾンの主義は、特にブルゾンと同世代の女性に新しく感じられたことだろう。
そんな日本であまり見ない、海外的なセンスの濃いメイクで、2人のオトコを従えた自称キャリアウーマンが、腰をくねらせて「オンナに生まれてよかった」とちょっと上から目線で説く。強くて自由なオンナを思わせる「35億ネタ」で、ブルゾンは17年に大ブレークを果たしたが、ネタ中のセリフが、占星術家Keiko氏の著書の一部に酷似していると、盗作疑惑が持ち上がったことがある。「週刊文春」(文藝春秋)の直撃を受けたブルゾンは「どうとでも言ってください」と強気なコメント。私は本を書く側なので、どうしても著者の肩を持ってしまうが、法的には問題がなくても、もうちょっと言い方があるのではないだろうか。ブルゾンに、プライドが高くて面倒くさい人なのかもしれないという印象を受けた。
「35億」でブレーク後、ブルゾンはお笑いだけでなく女優業に進出し、『人は見た目が100パーセント』(フジテレビ系、17年)に出演。また同年『24時間テレビ 愛は地球を救う』(日本テレビ)のチャリティランナーに選ばれ、完走している。しかし、お笑いのほうではあまりめざましい活躍をしたとは言い難いだろう。「オンナのイヤはイヤじゃない」なる新ネタを発表したが、女性の心からの拒絶を「OKサイン」と受け取る男性が生まれかねない表現だとして、ネット上で批判の声が上がった。
『ヒルナンデス!』(日本テレビ系)の水曜レギュラーだったこともあるが、笑いを生み出していたとは言いにくい。クイズの時は、ボケずにすぐに正解を答えてしまうし、ラグビー発祥の地でスクラムを体験するロケでは、「恥ずかしい」「女子がすることじゃない」と逃げ腰だった。芸人だからカラダを張れと言うつもりはないが、そのほかの部分で見せ場を生み出せていないように感じられた。
引退直前に出演した『行列のできる法律相談所』(同)で、ブルゾンは自身のスキルのなさに悩んでいたことを明かしている。芸歴2年目で大ブレークし、芸の蓄積がないまま、東野幸治ら人気芸人と共演という大舞台を与えられてしまったブルゾン。やはり、力量の差は否めず、話題を振られても黙りこんでしまうこともあったようだ。「私じゃないほうが、もっと面白い番組になるのになぁ」と悩んでいたことを涙ながらに明かしていたから、陰で相当悩んでいたのだろう。あのまま芸人を続けていれば、「面白くないのに出ている」と言われかねない。ほかにやりたいことがあるのなら、そちらを選ぶほうが賢明だろう。
しかし、イタリアに留学するにあたり、ブルゾンはやりたいことが何かを明言していない。公式インスタグラムを見ると、環境問題や政治、動物愛護に興味を持っていることがわかる。何か新しい活動を始めようとする場合、お笑いで培った知名度とインパクトのあるメイクが施された顔は大きな武器になると言える。留学の準備が整うまで語学を勉強しつつ、ファンやフォロワーとつながっておくことが夢の実現の近道なのではないだろうか。
◎「面倒くささ」こそ、ブルゾンちえみらしさ
現在は、「ブルゾンちえみ」という名前を捨て、本名の藤原史織としてTwitterとYouTubeを開始したようだ。Twitterでは「2年前から肉を食べていない」ことを明かし、その理由として「“ベジタリアン”とか“ヴィーガン”とかはいはい、そういう系ねとカテゴライズされて面倒くさがられることを恐れ、肉を食べないことを言えずにいた。でも無理しなくていいんだ。そう思える仲間ができたこと。それが嬉しかったこと」と付け加えている。
「肉を食べない女性芸能人」といえば、女優・浅芽陽子が思い出される。「エバラ焼き肉のたれ」のCMに出演していた浅芽だが、「私は肉を食べない」と発言したことで、降板に追い込まれる騒動が起きたのだ。芸能人が特定の思想や主義があると、スポンサー絡みで仕事に影響する恐れがある。だから、ブルゾンも公言するのを控えていたのかもしれない。芸能界を引退することで、いろいろなしがらみが解放されて、言いたいことを言える自由をかみしめているだろう。
が、少し気になるのは「カテゴライズされて、面倒くさがられることを恐れ」という言い回しだ。つまり、ブルゾンは「あいつ、面倒くせー」と言われたくないのだろうが、この「面倒くささ」こそが、「ブルゾンちえみの“らしさ”」ではないか。
19年2月1日放送の『アナザー・スカイ』(同)にブルゾンちえみが出演した時のこと。司会である今田耕司が「どんな30代を過ごしたいか?」と質問したところ、ブルゾンはなぜか答えられず、長いこと黙りこくり、今田が「軽く考えたら」と促したことがあった。あの沈黙の長さは結構なものだったと私は感じた。ブルゾンは自分を「真面目」と自己分析しており、だからこそ、先輩に向かって適当なことを言えないとか、視聴者の心に響くことを言おうと思って考えこんだのかもしれない。しかし、自分以外の立場、つまり今田や視聴者の目線で考えてみたら、どうだろう。ブルゾンが黙り込むことで番組が止まってしまっては、今田がブルゾンを追い込んでいるように見えなくもないので、今田もやりにくいし、視聴者も違和感を覚えるのではないか。そう考えると、ブルゾンの行動は、今田にも視聴者にも「面倒くさい」と捉えられるように思うのだ。
裁判での証言のように「嘘をついてはいけない」わけではないのだから、適当に答えてもいいだろうし、ほかの女性ゲストが出演した回を見れば、「どんな30代を過ごしたいか?」といった質問がされることも、事前に把握できたはず。おそらくブルゾンがこうしたフリートークを苦手とするのは、自分の殻に閉じこもりがちで、周りの動きが目に入らず、ゆえに準備が足りないからではないだろうか。しかし、これは、SNSの発達により他者からの視線を気にしすぎて、自意識過剰になってしまう、そんな今どきの若い人が持つ大きな特徴の一つでもあるように感じるのだ。だからこそ、ブルゾンに対し、「私と同じだ」とシンパシーを感じ、ファンになる若者は少なくないと思う。
ベジタリアンやヴィーガンに限らず、多数派でないものを悪く言ったり、「面倒くさい」と言う人はいる。しかし、ビジネスを伴った自己実現という観点から言うと、そういうところは、自分が第一人者として立てる場所であり、「面倒くさい」は金脈と言えるのではないだろうか。
新型コロナウィルスの影響ですぐに留学は無理だろうが、海外に行けば、ブルゾンは自分の常識が無意味なことに気づくだろう。ブルゾンが喜んで「面倒くさい人」であることを受け入れた頃、彼女は新しい肩書で私たちの目の前に現れるのかもしれない。
(仁科友里)











