Snow Man、冠番組CMが“ACジャパン”に変更? 『CDTV』生出演は「取り消し!?」とファン騒然

 3月26日配信のニュースサイト「FRIDAYデジタル」や、27日発売の「フライデー」(講談社)にて、“未成年女子とラブホテルで飲酒”していたことを報じられた、Snow Man・岩本照。第一報後、ジャニーズ事務所は処分の有無について発表しておらず、今後のSnow Manや岩本の活動は不透明となっている。3月30日には生放送に出演するほか、4月1日から新CMがオンエアー開始予定だが、ファンの間では彼らがこれまで通りに仕事ができるのか、不安が募っているようだ。

 26日に岩本のショッキングなスキャンダルが明るみになり、ネット上は大騒ぎに。ファンが騒然とする中で、当日の夜は冠ラジオ番組『Snow Manの素のまんま』(文化放送)の放送があり、奇しくも岩本本人や、阿部亮平、深澤辰哉が出演。同番組は事前収録のため、もちろん報道には触れていないものの、これまでの放送とは異なる点があったという。

「『Snow Manの素のまんま』は、今年1月9日にスタート。同日から3月19日までは、番組前半と後半に『この番組はセブン&アイ・ホールディングスの提供でお送りします』といったアナウンスが流れ、番組の合間には同社のCMもあったといいます。26日も、同じく提供はセブン&アイ・ホールディングスだと紹介はありましたが、CMはすべて公益社団法人ACジャパンのものだったんです。『フライデー』の報道が出たばかりのタイミングだけに、ファンの間では『CMがACジャパンに変わったのって、セブン&アイが提供を降りたから?』『あの記事のことで、急きょ差し替えたのかもね』『CMがACなのと「フライデー」が関係あるみたいで不安』と、困惑が広がっていました」(ジャニーズに詳しい記者)

 そんな『Snow Manの素のまんま』は、本来なら3月に開幕するプロ野球中継の関係もあって、春以降も番組が継続するのかどうか、ファンから不安視されていたという。しかし26日の番組内で、深澤が「4月からもこの番組は続きます」と明言。改編を乗り越えたとわかり、ネット上では「まだスポンサーが確定してないから、ACになっただけじゃない?」「とりあえず、4月からも番組が続くならよかった!」と、安堵の声が上がっていた。CM変更の真相は不明ながら、ファンは一安心しているようだ。

 とはいえ、ファンが懸念する案件はほかにもある。25日午後アミューズメント施設「ラウンドワン」とSnow Manがコラボレーションするという情報が流出。「ラウンドワン」HP内の特設ページや動画にSnow Manが登場し、「ROUND1とSnow Manがチームアップ! メンバー出演のCMが4/1より全国でOAスタート!」との一文も記されていたためだ。しかし、これらはすべて数時間後にアクセス不可能となり、一部ファンは「『フライデー』があるから、ラウンドワンのページが消えた?」「まさかスキャンダルでコラボが飛ぶとかないよね!?」と、疑念を抱いている。

 そんな中、Snow Manは30日放送の新音楽番組『CDTVライブ!ライブ!』(TBS系)の生放送に登場予定。「この状況で、Snow Manは生放送に出るの?」「ひーくんは『CDTV』出演無理じゃない? ほかのメンバーだけとか、出演取り消しもあり得るよね?」「『CDTV』は絶対全員で出てほしい。岩本さん込みでSnow Manだよ!」など、岩本を含めたSnow Manメンバーの出演にファンは心配を寄せている。

 また、ネット上には「今回の件でSnow Manの仕事がなくなっても不思議じゃない」「Snow Manはこの先どうなっちゃうんだろう。照がしっかり反省してくれないと応援できない」「ファンがそんなに応援しても、世間の目は厳しいと思う。何かしら処分があっても仕方ない」など、27日の段階で岩本の処分等は判明していないものの、事態を重く受け止めている人は少なくない。

 岩本のスキャンダルは、一体どこまでSnow Manの活動に影響を及ぼすのだろうか。

Snow Man、冠番組CMが“ACジャパン”に変更? 『CDTV』生出演は「取り消し!?」とファン騒然

 3月26日配信のニュースサイト「FRIDAYデジタル」や、27日発売の「フライデー」(講談社)にて、“未成年女子とラブホテルで飲酒”していたことを報じられた、Snow Man・岩本照。第一報後、ジャニーズ事務所は処分の有無について発表しておらず、今後のSnow Manや岩本の活動は不透明となっている。3月30日には生放送に出演するほか、4月1日から新CMがオンエアー開始予定だが、ファンの間では彼らがこれまで通りに仕事ができるのか、不安が募っているようだ。

 26日に岩本のショッキングなスキャンダルが明るみになり、ネット上は大騒ぎに。ファンが騒然とする中で、当日の夜は冠ラジオ番組『Snow Manの素のまんま』(文化放送)の放送があり、奇しくも岩本本人や、阿部亮平、深澤辰哉が出演。同番組は事前収録のため、もちろん報道には触れていないものの、これまでの放送とは異なる点があったという。

「『Snow Manの素のまんま』は、今年1月9日にスタート。同日から3月19日までは、番組前半と後半に『この番組はセブン&アイ・ホールディングスの提供でお送りします』といったアナウンスが流れ、番組の合間には同社のCMもあったといいます。26日も、同じく提供はセブン&アイ・ホールディングスだと紹介はありましたが、CMはすべて公益社団法人ACジャパンのものだったんです。『フライデー』の報道が出たばかりのタイミングだけに、ファンの間では『CMがACジャパンに変わったのって、セブン&アイが提供を降りたから?』『あの記事のことで、急きょ差し替えたのかもね』『CMがACなのと「フライデー」が関係あるみたいで不安』と、困惑が広がっていました」(ジャニーズに詳しい記者)

 そんな『Snow Manの素のまんま』は、本来なら3月に開幕するプロ野球中継の関係もあって、春以降も番組が継続するのかどうか、ファンから不安視されていたという。しかし26日の番組内で、深澤が「4月からもこの番組は続きます」と明言。改編を乗り越えたとわかり、ネット上では「まだスポンサーが確定してないから、ACになっただけじゃない?」「とりあえず、4月からも番組が続くならよかった!」と、安堵の声が上がっていた。CM変更の真相は不明ながら、ファンは一安心しているようだ。

 とはいえ、ファンが懸念する案件はほかにもある。25日午後アミューズメント施設「ラウンドワン」とSnow Manがコラボレーションするという情報が流出。「ラウンドワン」HP内の特設ページや動画にSnow Manが登場し、「ROUND1とSnow Manがチームアップ! メンバー出演のCMが4/1より全国でOAスタート!」との一文も記されていたためだ。しかし、これらはすべて数時間後にアクセス不可能となり、一部ファンは「『フライデー』があるから、ラウンドワンのページが消えた?」「まさかスキャンダルでコラボが飛ぶとかないよね!?」と、疑念を抱いている。

 そんな中、Snow Manは30日放送の新音楽番組『CDTVライブ!ライブ!』(TBS系)の生放送に登場予定。「この状況で、Snow Manは生放送に出るの?」「ひーくんは『CDTV』出演無理じゃない? ほかのメンバーだけとか、出演取り消しもあり得るよね?」「『CDTV』は絶対全員で出てほしい。岩本さん込みでSnow Manだよ!」など、岩本を含めたSnow Manメンバーの出演にファンは心配を寄せている。

 また、ネット上には「今回の件でSnow Manの仕事がなくなっても不思議じゃない」「Snow Manはこの先どうなっちゃうんだろう。照がしっかり反省してくれないと応援できない」「ファンがそんなに応援しても、世間の目は厳しいと思う。何かしら処分があっても仕方ない」など、27日の段階で岩本の処分等は判明していないものの、事態を重く受け止めている人は少なくない。

 岩本のスキャンダルは、一体どこまでSnow Manの活動に影響を及ぼすのだろうか。

大倉忠義&成田凌が男性同士の恋に溺れる! 映画『窮鼠はチーズの夢を見る』鑑賞券プレゼント

 関ジャニ∞・大倉忠義と成田凌が出演する、男性同士の恋愛を描いた映画『窮鼠はチーズの夢を見る』が、6月5日から公開となります! 原作は水城せとな氏の人気同名漫画で、映画化が発表されるや否や、ネット上は興奮のるつぼと化しました。監督は、嵐・松本潤&有村架純主演の『ナラタージュ』、Hey!Say!JUMP・中島裕翔主演の『ピンクとグレー』などで、メガホンを取ってきた行定勲氏。「居ても立っても居られん!」という方もいるでしょうが、あらすじを見ていきましょう!

 これまで不倫を重ねてきた広告代理店勤務の大伴恭一(大倉)の前に、大学の後輩・今ヶ瀬渉(成田)が突然現れる。今ヶ瀬の正体は、実は恭一の妻から派遣された浮気調査員だった。不倫の証拠を恭一に突きつけた今ヶ瀬は、「カラダと引き換えに」、この事実を隠すと提案する。恭一はそれを拒絶するが、次第に二人は惹かれ合っていき……。

 公式サイトのメインビジュアルをご覧ください。まるで少女漫画の世界から飛び出してきたような二人のバックハグ。まだ本編を1秒たりとも見ていないのに、この1カットだけで、もう胸が苦しくなる……その殺傷力の高さに、ひれ伏すしかありません。

 SNSでは「この映画を見るために生きている」といった力強いコメントも散見される『窮鼠はチーズの夢を見る』。今回は、3名の方に劇場鑑賞券をプレゼントしちゃいます! サイゾーウーマン読者の皆さん、ふるってご応募ください。お待ちしております。

※4月6日正午〆

長澤まさみ×東出昌大のドタバタコメディー! 映画『コンフィデンスマンJP プリンセス編』鑑賞券プレゼントの画像2

テレビ東京が進めている「働き方改革」とは? 新番組『シナぷしゅ』プロデューサーに聞く

 他の民放キー局では手をつけないチャレンジングな番組づくりに定評のあるテレビ東京。

 そんなテレビ東京がまた新しい試みに踏み切る。乳幼児向けの新番組『シナぷしゅ』だ。この番組はまず昨年12月16日〜20日に放送され、その好評を受けて4月6日(月)からレギュラー放送が始まる。(毎週月~金あさ7時35分~8時、夕方5時30分~5時55分再放送)

 実は、乳幼児をターゲットにしたテレビ番組はビジネスにならないことから民放ではつくられたことがなかった。『シナぷしゅ』は敢えてそこに切り込んでいく。しかも、この番組はスタッフの人選も特殊で、プロデューサーの中にはテレビ東京アナウンサーである松丸友紀氏の名前もクレジットされている。

 その背景には、テレビ東京が進める「働き方改革」があった。

 3月26日、テレビ東京の小孫茂社長は定例会見にて、新型コロナ感染症の感染拡大を受けて新たな施策を発表。テレビ東京ではそれ以前から4割が在宅勤務をしていたが、27日よりはさらに強い在宅勤務を進めて8割をリモートワークに。その状況でも通常放送が可能かどうかテストをし、最終的には9割を在宅にすることを目指すという。

 このニュースも『シナぷしゅ』の製作秘話を聞くと意外ではない。この大胆な施策は、テレビ東京のこれまでの働き方改革の成果であり、今後の在宅勤務の運用拡大を目指すための挑戦でもあるのだろう。

 『シナぷしゅ』プロデューサーであるコンテンツ統括局編成統括部の飯田佳奈子氏に、番組製作の背景について聞いた。

飯田佳奈子
2011年入社。制作局、アニメ局を経て、2014年からは営業局に配属。『Youは何しに日本へ?』『開運!なんでも鑑定団』『出没!アド街ック天国』など人気番組のセールス促進を4年間担当。2018年に第一子を出産。2019年6月の会社復帰に際し、新しく発足したコンテンツ統括局に配属され、間もなく本企画を提案。初めてのプロデューサー業を務める。

テレビ東京が民放テレビで初の乳幼児番組を制作
──乳幼児(0歳〜2歳)向けの番組はいままで民放ではつくられたことがなく、『いないいないばあっ!』(NHK Eテレ)のようなNHKの番組しかなかったんですよね?

飯田 はい。というのも、視聴率を測る区分のC層(Child)は4歳〜12歳で、一番低い年齢でも4歳から始まります。だから、0歳〜2歳をターゲットにしてしまうと、そもそも視聴率の指標外になってしまう。
 民放は視聴率でビジネスをしているわけですから、普通はお金にならない番組をつくることはできないです。
 でも、敢えてその層を狙った『シナぷしゅ』という番組が生まれ、今回レギュラー放送が始まるというのは、テレビ東京らしいチャレンジ精神なのかなと思います。

──『シナぷしゅ』の企画が立ち上がる原点を教えてください。

飯田 私は2018年に子どもを産んで、2019年6月に復職しました。それまでは営業部にいたのでまた営業に戻るものとばかり思っていたら、出された辞令は「コンテンツ統括局」という新設された部署だったんです。

──コンテンツ統括局というのはどんな部署なのですか?

飯田 「これからのテレビの在り方を考える部署」と言ったら格好良すぎますけど、要は、インターネットを介して新しいメディアがどんどん登場し、視聴者が様々な見方で動画を見る時代のなか「テレビ局が生き残るためにはどうすればいいか」を模索するための部署です。そのために必要な新しいチャレンジを提案する仕事をしています。

──なるほど。だから、普通であればビジネス上の観点から言って議論の俎上にも載せられないような『シナぷしゅ』のような企画が実現したのですね。

飯田 そうですね。あと、『シナぷしゅ』の着想には育休中の経験が活きています。育児をしていて、乳幼児向けの番組が『いないいないばあっ!』以外はいっさいないことに気づいたんです。
 自分で子育てをするまでは、この状況に疑問すら抱いていませんでした。

──NHK2局と民放5局が24時間365日番組をつくり続けているのに。乳幼児向け番組が『いないいないばあっ!』ひとつだけというのは、確かにすごい不思議な現象ですね。

飯田 これだけ多様なメディアが存在する世の中になって、動画コンテンツの選択肢なんて掃いて捨てるほどある世の中なのに、乳幼児向け番組だけなぜNHK Eテレの番組ひとつだけでいいと思えるんだろう? 民放の中にもひとつぐらいは新しい選択肢を提供する番組があってもいいんじゃないか? そう思って『シナぷしゅ』の企画を立ち上げたんです。

──『シナぷしゅ』はYouTubeやTVerなどの動画サイトで全編見ることができますが、こういった要素も「これからのテレビの在り方を考える」なかで導かれたものですか?

飯田 そうです。企画書の段階から、放送したものとまったく同じものをネットで配信することを想定していました。
 病院の待合室とか電車の中とか、子どもに動画を見せたいタイミングがあります。そういったときに見せやすい環境でないと不便ですから。
 どの親御さんも子どもを動画漬けにしたいとは思っていません。でも、生活のなかの要所要所で「申し訳ないけど、いまだけはこの動画に夢中になって」という瞬間があります。その気持ちは自分が母親になって痛いほど分かるようになりました。
 だって、私自身が子どもにYouTubeの『シナぷしゅ』の動画をめっちゃ見せてますもん。

株式会社テレビ東京コンテンツ統括局編成統括部の飯田佳奈子氏(撮影:wezzy編集部)
「ママ」を主語にするのではなく、「ママとパパ」セットで
──そんな『シナぷしゅ』は、番組制作に関わるスタッフの集め方も普通の番組とは少し違っているんですよね。

飯田 番組づくりをする時は普通、制作局のスタッフを集めて人員を決めていくんですけど、せっかくこれまでつくってきたバラエティー番組とは違う新しいジャンルに挑戦するんだから、人員の集め方もいつもとはやり方を変えました。
 それで、『シナぷしゅ』のテーマに対して熱量の高い、育児の当事者を様々な部署から募ることにしたんです。

──2017年に第一子を出産し、翌年から復帰している松丸友紀アナウンサーがプロデューサーにクレジットされている背景にはそういう経緯があったんですね。

飯田 そうです。それで、実際に子育て中のママ社員、パパ社員を集めて番組をつくりました。

──パパ社員も集まったのですね!

飯田 これから始まるレギュラー放送ではまた変わってくる可能性もありますが、昨年12月に放送したときはプロデューサー5人のうち1人は男性でした。

──それには明確な意図があったのですか?

飯田 ええ。『シナぷしゅ』を制作するにあたって気をつけたことのひとつが、「ママ」を主語にするのではなく、「ママとパパ」をセットで言おうということです。
 一昔前だったら「子育て中のママが集まって〜」ということになりがちだったと思うんですけど、そうではなくてパパもスタッフに入れようというのは意識的にやったことです。

テレビ東京の長時間労働見直し
──ということは、テレビ東京では男性も育児休暇を積極的に取得する傾向があるのですか?

飯田 2016年度から2018年度の間に5名の男性社員が育児休暇を取得しており、3カ月や半年などの長期にわたって育児休暇を取っている人もいます。
 長時間労働が当たり前だったテレビ業界の会社で雰囲気が変わり始めているのは良いことだなと思っています。
 テレビ東京では他にも働き方改革を一生懸命押し進めていて、在宅勤務の運用も始まっています。

──なるほど。

飯田 こういった働き方が浸透するということは、育児だけでなく、「自宅で家族の介護をしながら」とか、それぞれの事情に合わせた働き方ができるということでもあります。フレキシブルな働き方ができるようになることは、多くの社員にとっていいことなのだと思います。

──テレビ局も変わろうとしている時代なんですね。

飯田 テレビ番組づくりの現場においては「朝10時から翌朝の午前9時まで編集所にカン詰め」みたいなスケジュールが頻繁に起こって、人間らしい生活が送れなくなりがちなんですけど、『シナぷしゅ』ではそこにも挑戦していきたいなと思っています。
 時短で働いている人たちでも、やり方を工夫することにより、自分の持てる時間の中で最大限の力を発揮して番組を成立させることができる。
 そういった働き方でもちゃんとしたコンテンツを生み出すことは出来るということを示せたらと思っています。

──それは大きな一歩ですね。テレビ以外の業界も長時間労働は変えていかなければなりません。

飯田 『シナぷしゅ』の企画を動かし始めて思ったのは、世の中が少しずつ動きだしているということです。
 男性育児休暇や働き方改革に興味をもつメディアの方がこうやって取材に来てくださることもそうですし、普段一緒にお仕事させていただいている別の企業の担当の方にお話を伺っても、それぞれの会社で小さな花のようなものが咲き始めているのを感じます。

──メディアは社会に模範を示すロールモデルの役割を期待される存在であり、特に影響力の大きい地上波テレビはその傾向が強いと思います。

飯田 雑誌とかインターネットって自分から情報を取りに行かないと辿り着けないものですけど、テレビはただスイッチを入れるだけで情報が流れ出してくるものですから。
 メディアも多様化してきて、動画を見る手段や環境は多様化しました。テレビ局の力は以前ほど強くないんでしょうけど、それでもまだまだ影響力は失っていないはず。
 人口も出生率もどんどん減ってしまっているなか、「子どもをどうやって育てていくか」というのはこれからますます重要な議題になっていくのは間違いありません。
 『シナぷしゅ』のような番組を毎朝放送することが起爆剤になり、少しでも社会に風穴を開けられたら。それで赤ちゃんに優しい社会になったらいいなと思っています。

(取材、構成:wezzy編集部)

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中学受験に失敗、「絶対人に言えない学校」に入学――心が折れた優等生は「再生」できるのか

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 受験は数字の世界だ。「1点」が受験生の明暗を分けることも普通に起こる。例えば、同じ学校を受けたA君とB君が、入試で1点差だったとして、2人に学力の差はないに等しくても、A君は合格、B君は不合格となる場合がある。なんともシビアな世界なのだ。

 もう一つ、受験生たちを追い詰める「数字」が存在する。塾がランキングしている学校格付けである。大学受験ならば、生徒それぞれの志望学部や学科が違うために、「偏差値が高ければ高いほど良い大学」とはならない傾向があるが、中学受験はいまだに「偏差値が高い=価値ある学校」という刷り込みがなされやすいので、それが子どもの心を蝕むケースが出てくることが問題なのだ。例えば、本来想定していたよりも偏差値の低い学校にしか受からなかったとき。「偏差値」の刷り込みをされた子どもは「なぜこんな価値のない学校に……」と心を荒ませることがある。

 この連載は、「中学受験を通して見る親子関係」がテーマだが、この問題においては、学校側の「子どもを再生させる力」も問われるように思う。今回はちょっとした番外編として、ある元中学受験生と、その子が入学した学校の校長先生の話をつづってみたい。

「塾の下位クラスをバカにしていた」優等生のつまずき

 かつて中学受験生だった山田未希さん(仮名)も、「偏差値が高い=価値ある学校」という刷り込みの「被害者」だったのかもしれない。彼女の通っていた塾では、クラス分けは成績順、座席も成績順。指定された席が教室の後方ならば、翌月は下位クラスに“格下げ”となる可能性がある“崖っぷち”状態を指したという。未希さんは成績上位クラスに所属していたが、そこでは選民意識がはびこっており、下位クラスの子たちをバカにする習慣があったのだそうだ。

 室長の「最低でも〇中学以上でなければ勝者とは呼べない!」という鼓舞によって、クラスの士気は一気に高まり、受験本番を迎えたと聞く。そして結果が出た。

 クラスのほとんどの子たちが「ここならば納得」という学校に合格を決めた中、未希さんのみが「絶対人に言えない学校」にしか合格が取れなかった。結局、塾主催の祝勝会も欠席し、家に引きこもったという。

 そして、4月が訪れ、未希さんは「絶対人に言えない学校」というY学院に入学した。その制服を着ていることを近所の誰にも知られたくない一念で、人がまだまばらな早朝に家を出て、開門時間に合わせて登校するという日々を送っていたのだ。

 そんな未希さんだが、ある日の早朝、学校の門に到着すると、後ろから来た人に話しかけられたそうだ。

「おはよう、山田さん! 今朝も一番乗りだね!」

 振り返った彼女は仰天したという。なぜならば、その声の持ち主が、校長先生だったからだ。思わず口から出た言葉は「え? なんで私の名前を知ってるんですか?」。すると校長先生はニコニコしながら「そりゃ、知ってるよ。この学校の大事な生徒だもん!」と言ったという。

 それを契機に、未希さんと校長先生は毎朝、短い会話を交わすようになっていく。ある日の早朝、校長先生は未希さんを校長室に招き入れてくれたそうだ。「僕はね、学校に着いて、仕事をする前に自分で紅茶を入れて飲む習慣があるんだよ。杉下右京みたいでしょ(笑)? え? 知らない? そっか、中学生は『相棒』は見ないか(笑)」と、紅茶をご馳走してくれたという。

 未希さんは、当時のことを次のように振り返る。

「なんていうか、校長室があったかい雰囲気だったんです。紅茶の湯気の向こうに校長先生がニコニコしてらして……。私、なんだかわからないんですけど、泣いちゃったんですよね」

 校長先生は、嫌々Y学院に通っていた未希さんの心情を知っていたのか、こんな話をしてくれたんだそうだ。

「人生って思い通りに行かないことも多いよね。今朝も僕は、バスがギリギリで行っちゃって、悔しい思いをした(笑)。でも、僕はね、そんな時は“楽しいこと探し”をするんだよ。晴れたから気持ちいいなとか、今日の学食のランチは何かな? とかね。そんなことを考えてるうちに、バスに乗り遅れたことは忘れてることに気付くんだよ」

 それからというもの、未希さんは時々、クラスメイトと一緒に校長室を訪ねるようになったという。中3になったある日、校長室で友達が「最初は、私、この学校、すっごく嫌だったんです。だって、第1志望じゃないし。なんで私はこんな学校にいないといけないんだろうって……」と本音をぶちまけたことがあったそうだ。

「さすがに私は慌てて、友達を止めようとしました。だって、校長先生に直接そんなことを言うなんて、失礼すぎるっていうか……。でも、校長先生は、いつものようにニコニコしながら『うんうん、そうか、そうか』っておっしゃっていました」

 しかし、友達は「でも、今は未希や〇〇や〇〇って親友もできて、部活もすっごく楽しくて、校長室でお菓子も食べられるから(笑)! 私、本当にこの学校に入って良かった!」と続けたという。

「そしたら、校長先生が『お菓子! うん、大事だね(笑)』って大笑いしながら、『好きになってくれてありがとね。僕も君たちが大好きだよ』って言ってくれたんですよね……。私、その時、思ったんです。『私、この学校が好き!』って。ウチの先生たちって、成績で生徒を見ないし、いつも『君たちはそのままで価値がある』という態度で、私たちを認めてくれるんです」

 その時、校長先生は思い出したように「そう言えば、山田さんの登校時間が段々と遅くなって(笑)、僕は朝、密かにどっちが一番乗りかを競ってたんだけど!」と未希さんに尋ねたという。

 未希さんは笑顔で「もう、早く来る必要がないんです。もう『近所の人に制服姿を見られたくない』とは思いません。この制服、私の誇りなんで」と答えると、校長先生は、細い目を一層細くして「うんうん」と頷いていたという。

 実はこの校長率いるY学院は、子どもの「再生工場」の異名を持つ学校の一つである。

 さらに3年の月日が流れた。未希さんはこの学校に戻ってくることを誓い、この春から国立大学の教育学部に入学することが決定している。

人気キャラは7万円、爆安衣装も5倍で売れる!? コスプレイヤーのエグい「ヤフオク」活用法

カネと欲望が渦巻くコスプレ業界――40代“現役”コスプレイヤー・椎名蜜が、業界の闇をぶっちゃけます!

 引っ越しシーズン真っ只中。実は、私も先日引っ越しをしました。やはりオンシーズンは、いろいろと費用がかさみますね……。新しい家で使うにはサイズが合わず、新しい家具や家電を購入せざるを得ないという、予想外の出費も。そこで、我が家に長年保管していた“コスプレグッズ”を、思い切って売ってみることにしました。

コスプレ写真集が3万円で売れた、けど……

 まず、何かしらのオタクなら知っているだろう「まんだらけ」に買い取ってもらうという選択肢が浮かびました。私は現在も「委託販売」というシステムを使って、まんだらけでコスプレ写真集を販売しています。ですが、在庫管理が面倒になったのもあって、シュリンクされている状態の写真集を、大量に売りに行ってみました。すると、1冊あたり700円の値段がついたのです。 

 とあるコスプレ仲間から、「買取額は最低で50円(もしくは買取不可)、高いと1,000円以上」と聞いたことがあるので、悔しい思いをすることもなく、かといって大歓喜することもない、無難な価格に落ち着いた形です。しかし、たくさん売ったこともあり、なんだかんだで3万円くらいにはなりました。

 まんだらけには「コスプレ写真集担当」がいるらしく、その方がちゃんと査定してくれるのだとか。さすがまんだらけ! でも、それだけ詳しい人がいるとなると、「こいつ、自分の写真集処分してるわ(ドン引き)」って思われたかも……。ちょっとだけ恥ずかしいです。

 コスプレをするとき、必要なものは衣装だけではありません。キャラクターの髪形にセットされたウイッグや、特徴的なデザインの靴、武器や小物などなど。これらをすべて別々にそろえるのは時間もお金もかかり、結構大変です。逆に言えば、「この一式を買えばすぐにコスプレできるよ!」という商品は、非常に需要が高いということでもあります。

 そんな“一式セット”を売るのに最適なのは、やはりネットオークションでしょう。数ある不用品販売サイトの中でも、幅広い層の人が利用し、多くの人が競り合って高額になりやすい、「ヤフオク!」がおすすめです。私の場合、某人気キャラクターの衣装一式(ドレス、カット・セット済みウイッグ、ブーツ、謎の剣)が、約7万円になりました。

 ちなみにこれは“裏技”ですが、流行のアニメやゲームの人気キャラは、中国製の衣装が爆安でネット販売されています。布がペラペラだったり、縫製が雑だったりするので、気になるところは自分でちょっと直してから、キレイな写真を撮ってくれるカメラマンさんに撮影を依頼。いい感じに写っている商品写真を添えてオークションに出せば、仕入れ値の3~5倍で売れますよ。

 写真集をバンバン出しているコスプレイヤーは、「いろんなキャラの衣装が着たい。それで写真をいっぱい撮影したい」と思っている人が多いので、このあたりのライフハックは結構主流。そこそこ人気のあるレイヤーさんだと、着用済み衣装をファンに高額で販売する、なんて荒業をやってる人もいましたね。私がヤフオクの画面を見ながら「もっと値段上がれ~!」と叫んでいるのとは、雲泥の差です(笑)。

「メルカリ」で稼ぐレイヤーのエグい錬金術

 カメラマン(カメコさん)やファンを“利用”してお小遣いを稼ぐ手口は、ほかにもあります。私の知り合いには、Twitterやブログで「ピンクのNintendo Switchが欲しい~(ハート)」などとつぶやき、ファンやカメコさんからたくさん「コーラルピンクのNintendo Switch lite」をもらっている子がいました。

 いくつも同じものをもらってどうするのかと思えば、1つは「大切に使ってます♪」とアピールする用に手元へ置いておき、残りはすべて「メルカリ」などのフリマサイトで売って、お金に換えていたのです。高級時計で同じことをやっているキャバ嬢の話を聞いたことがありますが、なかなかエグい錬金術ですよね。

 もっとエグい話だと、「下着姿を撮らせてあげるから、高級ブランドバッグを買って(ハート)」といった感じで、“エロ撮影”を条件に、高額商品をねだるコスプレイヤーもいるとか。これに比べたら、自分の写真集を大量に売りに行くぐらい、かわいいもんでしょう。

 さて、どこまで参考になるかわかりませんが、これが私の知っている「コスプレイヤー錬金術」です。ぜひマネ(できるかわかりませんが)してみてくださいね!

天皇に口説かれた女官が“本音”暴露! 皇后様に上から目線で問題発言!?【日本のアウト皇室史】

 皇室が特別な存在であることを日本中が改めて再認識する機会となった、平成から令和への改元。「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な天皇家のエピソードを教えてもらいます!

――前回までは、大正天皇にグイグイ迫られていた女官・山川三千子についてうかがってきましたが、そんな彼女もついに女官を退官する時がきたのですね。

堀江宏樹(以下、堀江) 大正3年(1914年)のことです。退官の挨拶を聞いた時、大正天皇の皇后である貞明皇后はうれしそうで「大嫌い」と公言していた彼女にもやさしかったそうです(笑)。

――ライバルが減った! という感覚でしょうか。

堀江 はっきりいうとそうですね。ご自分の深い嫉妬心に悩んでおられたのは事実ですから。大正天皇の女官たちに対する“無邪気”な態度に翻弄された皇后様ご本人が一番お苦しかったとは思いますが……山川三千子も、「二度と女官になることはない!」と言って、宮中を去っています。ところがその後も、大正天皇は、山川三千子の結婚式の様子を、山川の実弟に頼んで報告させようとしたり、それを知った山川が気味悪がったり……と、ひと悶着がありました。しかし、大正15年(1926年)、つまり彼女が宮中を退いてかなりたった後のことですが、大正天皇が亡くなられたと知ると山川三千子は「ご不幸な陛下」に「ご同情もうしあげる」と、涙をさめざめと流しているんですね。

――「ご同情」という言い方がなんとも……。

堀江 大した上から目線ですよね(笑)。山川三千子は貞明皇后からも「大嫌い」な「生意気な娘」と評されていましたし、最後までわだかまりがあったのかもしれません。

 こうして山川三千子は、大正天皇から「写真をくれ」と言われたり、天皇の彼女への好意にピンときた皇后から激しく嫉妬されるような時間を過ごしたわけです。が、自分が別の男性との幸せな結婚生活を送るようになると、結局は大正天皇が「ご不幸な方だから、これくらいのことはお許ししてさしあげなきゃ」という思いのほうが強かったのかもしれませんね。大正天皇が「ご不幸」だと彼女が考える理由として、天皇が次のような発言をしたということが山川三千子の回想録『女官』には出てきます。原文ママで引用しますと、

「わたしを生んだのは早蕨(=柳原愛子典侍)か、おたた様(=昭憲皇后)から生まれた大清(おおぎよ)だと思っていたのに」

 歴史好きには有名な発言です。大正天皇は明治天皇と昭憲皇后を非常に尊敬していたので、「母と慕ってきた皇后陛下ではなく、自分が側室から生まれた子だったという事実に大正天皇は強いショックを受けた」と今日では解説されますね。しかし、より「オリジナル」に近いであろう言葉遣いで見ると、注目すべきポイントがやはり別にあるな、と。

 気になるのは、「自分は大清ではなかった」という部分です。大清とは天皇家、皇族の方々のこと。つまり、自分がそれ以外の臣下の腹から生まれたのが残念! というようなことを、いくら戦前の身分社会にせよ、公言してはばからない大正天皇に山川三千子は「違和感」を抱いたようだし、彼女と同じ感想を持つ女官が、ほかにもいたということなんですね

 たしかに大正天皇は自分の「出生の秘密」に深く傷ついたはずです。それを知らなかったのは、ご自身だけだった、つまり他人には公然の秘密だったという事実も含めて。しかし、山川三千子が言いたいのは、はっきりとそれを天皇(もしくは皇太子として)が口にしてしまうことは、「軽率だったのではないか?」ということでしょうね。ご自分では子どもを成すことができなかった昭憲皇后を深く傷つけ、大正天皇の生みの母である早蕨典侍こと、柳原愛子典侍にも、おそらくこの発言によってつらい思いをさせてしまっていますしね。もちろん、明治天皇だってお悲しかったはず。ご自分がショックをいくら受けたところで、こういうことはデリケートな問題なのだから、そこは黙って耐えるべきであった、声にしたところで、誰も幸せにはなれないのに……と山川三千子は言いたかったのではないでしょうか。

 山川三千子の大正天皇への「違和感」は、そのお人柄が天皇という重責を担うべき方にしては「軽すぎる」というところに尽きるようです。それこそ前にもお話ししたように、山川三千子にとって大正天皇は「人間的すぎた」のでしょう。しかし山川三千子は、大正天皇よりも貞明皇后に厳しい目を向けていますね。

――夫の非は妻の非というアレですか?

堀江 そうですねぇ。現代でも卑劣な皇室バッシングって、皇室に嫁入りした立場の女性皇族に向かって浴びせられることが大半じゃないですか? 男性皇族は叩きにくいのでしょう。なんだかあれと構造は似ている気がします。

 大正天皇の崩御後、貞明皇后は皇太后となります。そして皇太后は崩御なさるまでの長い期間をずっと喪服で過ごされました。しかし皇太后が「黒衣の人」となった理由は、亡き大正天皇に対して「ざんげのお心持ち」が皇太后の中にあったからではないかと山川三千子は言うのです。またしても、大した上から目線ですよね(笑)。貞明皇后は山川三千子よりも8歳ほど年上です。すべての意味で目上の皇后様に対してもズバズバと意見を言ってしまうんだから、ほんとすごいですよね。

 山川はその後も「天皇があられたればこそ、皇后に(貞明皇后は)なられたのですから」などと言ってのけ、ほかにも「お内儀では(=私生活では)あまり何事も(大正天皇の)思召のようにならず、時には御不満のご様子などもあるとやら(略)いとど御同情申し上げてはおりましたが、こんなにお若くて崩御になろうとは夢にも思いませんでした(山川三千子『女官』)」なんてことも。これを要約すれば、皇后は天皇を自由にさせてあげなかった。何の欲求不満かは知りませんが(笑)、天皇をくすぶらせていた。そんな態度は妻としてよかったのか? ということでしょう。

 御自分を生んだ女性が皇后陛下ではなかった事実にショックを受けた大正天皇は、自発的に側室を持とうとしなかったと一般的には言われます。ただ、史実でそのお姿を追う限り、大正天皇は山川三千子のみならず多くの女官にフレンドリーに接し、貞明皇后を嫉妬させつづけてもいました。一方で、それでも側室的存在が最後まで出現しなかったのは、貞明皇后が夫の女性関係を厳しく監視し続けていた「成果」ともいえるでしょう。ただ監視については、明らかに行き過ぎであって、皇后としても越権行為だったのではないか……と山川三千子は考え、『女官』に記しているようです。

――自分は大正天皇からアプローチされても、断固拒絶だったのに?

堀江 そう! ひとりの女性としての彼女は「ほかに想う男性がいる私は、天皇様のアプローチを受け入れることはできない」と拒絶しています。一方、女官としては「皇后様は嫉妬なさったりせず、天皇様の自由にさせてあげたらよかったのに」などとほのめかしている。ひとりの女性としての感覚と、女官としての感覚が2つに、見事に引き裂かれている。ちょっと困った人ですね(笑)。

 歴史好きの人たちの間では、『女官』は「知る人ぞ知る」といった問題の書です。しかし、こういう問題となる部分はページ数にすると全体の4分の1程度。本の一番最後の部分だけですが、この印象が非常に強い本ではあります。

――『女官』については山川三千子が貞明皇后に向かって、女としては私のほうが上だといわんがばかりの「マウンティング」を行っているというレビューもネット上で散見されますよね。

堀江 はい。しかし問題とされる箇所も、実際に読んでみれば、そこまでではなかったですね。ちなみに、山川三千子は皇后様より、先輩や同僚に対してはあからさまに辛辣なのです。自分の「世話親」で、大正天皇の生母だった柳原愛子については女官としても、側室としても「ちょっと中途はんぱ」な存在と言い切っていますね。「身体も小さく誠にじみな性格」とか、どうしてこんな女の人が明治天皇に愛されたのかしら、とでも言いたいかのようです(笑)。

 他にも「柳内侍」と呼ばれていた女官が「美女で才女」と今の世間では評されているのに、山川はイライラを隠しません。彼女のことを「才女ではあったのでしょうが、どこから誰が見たらお美しかったのか」などと言い捨てているので、まぁ……。ただ、明治~大正時代の宮中には「柳内侍」という女官はおらず、柳権掌侍、後には柳掌侍になった小池道子の書き間違え、もしくは記憶違いでしょうか。

 もしかしたらわざと間違えることで、「私の記憶にも残らない小物の女だったわ!」と山川三千子は言いたいのかもしれませんが(笑)。それにしてもこの『女官』という本、女だけの世界は一筋縄では生きてはいけないことがよくわかる書でしたね。ご興味を持った方は、ぜひ、実物をお読みください。ハラハラ・ドキドキできる箇所もありますよ。

天皇に口説かれた女官が“本音”暴露! 皇后様に上から目線で問題発言!?【日本のアウト皇室史】

 皇室が特別な存在であることを日本中が改めて再認識する機会となった、平成から令和への改元。「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な天皇家のエピソードを教えてもらいます!

――前回までは、大正天皇にグイグイ迫られていた女官・山川三千子についてうかがってきましたが、そんな彼女もついに女官を退官する時がきたのですね。

堀江宏樹(以下、堀江) 大正3年(1914年)のことです。退官の挨拶を聞いた時、大正天皇の皇后である貞明皇后はうれしそうで「大嫌い」と公言していた彼女にもやさしかったそうです(笑)。

――ライバルが減った! という感覚でしょうか。

堀江 はっきりいうとそうですね。ご自分の深い嫉妬心に悩んでおられたのは事実ですから。大正天皇の女官たちに対する“無邪気”な態度に翻弄された皇后様ご本人が一番お苦しかったとは思いますが……山川三千子も、「二度と女官になることはない!」と言って、宮中を去っています。ところがその後も、大正天皇は、山川三千子の結婚式の様子を、山川の実弟に頼んで報告させようとしたり、それを知った山川が気味悪がったり……と、ひと悶着がありました。しかし、大正15年(1926年)、つまり彼女が宮中を退いてかなりたった後のことですが、大正天皇が亡くなられたと知ると山川三千子は「ご不幸な陛下」に「ご同情もうしあげる」と、涙をさめざめと流しているんですね。

――「ご同情」という言い方がなんとも……。

堀江 大した上から目線ですよね(笑)。山川三千子は貞明皇后からも「大嫌い」な「生意気な娘」と評されていましたし、最後までわだかまりがあったのかもしれません。

 こうして山川三千子は、大正天皇から「写真をくれ」と言われたり、天皇の彼女への好意にピンときた皇后から激しく嫉妬されるような時間を過ごしたわけです。が、自分が別の男性との幸せな結婚生活を送るようになると、結局は大正天皇が「ご不幸な方だから、これくらいのことはお許ししてさしあげなきゃ」という思いのほうが強かったのかもしれませんね。大正天皇が「ご不幸」だと彼女が考える理由として、天皇が次のような発言をしたということが山川三千子の回想録『女官』には出てきます。原文ママで引用しますと、

「わたしを生んだのは早蕨(=柳原愛子典侍)か、おたた様(=昭憲皇后)から生まれた大清(おおぎよ)だと思っていたのに」

 歴史好きには有名な発言です。大正天皇は明治天皇と昭憲皇后を非常に尊敬していたので、「母と慕ってきた皇后陛下ではなく、自分が側室から生まれた子だったという事実に大正天皇は強いショックを受けた」と今日では解説されますね。しかし、より「オリジナル」に近いであろう言葉遣いで見ると、注目すべきポイントがやはり別にあるな、と。

 気になるのは、「自分は大清ではなかった」という部分です。大清とは天皇家、皇族の方々のこと。つまり、自分がそれ以外の臣下の腹から生まれたのが残念! というようなことを、いくら戦前の身分社会にせよ、公言してはばからない大正天皇に山川三千子は「違和感」を抱いたようだし、彼女と同じ感想を持つ女官が、ほかにもいたということなんですね

 たしかに大正天皇は自分の「出生の秘密」に深く傷ついたはずです。それを知らなかったのは、ご自身だけだった、つまり他人には公然の秘密だったという事実も含めて。しかし、山川三千子が言いたいのは、はっきりとそれを天皇(もしくは皇太子として)が口にしてしまうことは、「軽率だったのではないか?」ということでしょうね。ご自分では子どもを成すことができなかった昭憲皇后を深く傷つけ、大正天皇の生みの母である早蕨典侍こと、柳原愛子典侍にも、おそらくこの発言によってつらい思いをさせてしまっていますしね。もちろん、明治天皇だってお悲しかったはず。ご自分がショックをいくら受けたところで、こういうことはデリケートな問題なのだから、そこは黙って耐えるべきであった、声にしたところで、誰も幸せにはなれないのに……と山川三千子は言いたかったのではないでしょうか。

 山川三千子の大正天皇への「違和感」は、そのお人柄が天皇という重責を担うべき方にしては「軽すぎる」というところに尽きるようです。それこそ前にもお話ししたように、山川三千子にとって大正天皇は「人間的すぎた」のでしょう。しかし山川三千子は、大正天皇よりも貞明皇后に厳しい目を向けていますね。

――夫の非は妻の非というアレですか?

堀江 そうですねぇ。現代でも卑劣な皇室バッシングって、皇室に嫁入りした立場の女性皇族に向かって浴びせられることが大半じゃないですか? 男性皇族は叩きにくいのでしょう。なんだかあれと構造は似ている気がします。

 大正天皇の崩御後、貞明皇后は皇太后となります。そして皇太后は崩御なさるまでの長い期間をずっと喪服で過ごされました。しかし皇太后が「黒衣の人」となった理由は、亡き大正天皇に対して「ざんげのお心持ち」が皇太后の中にあったからではないかと山川三千子は言うのです。またしても、大した上から目線ですよね(笑)。貞明皇后は山川三千子よりも8歳ほど年上です。すべての意味で目上の皇后様に対してもズバズバと意見を言ってしまうんだから、ほんとすごいですよね。

 山川はその後も「天皇があられたればこそ、皇后に(貞明皇后は)なられたのですから」などと言ってのけ、ほかにも「お内儀では(=私生活では)あまり何事も(大正天皇の)思召のようにならず、時には御不満のご様子などもあるとやら(略)いとど御同情申し上げてはおりましたが、こんなにお若くて崩御になろうとは夢にも思いませんでした(山川三千子『女官』)」なんてことも。これを要約すれば、皇后は天皇を自由にさせてあげなかった。何の欲求不満かは知りませんが(笑)、天皇をくすぶらせていた。そんな態度は妻としてよかったのか? ということでしょう。

 御自分を生んだ女性が皇后陛下ではなかった事実にショックを受けた大正天皇は、自発的に側室を持とうとしなかったと一般的には言われます。ただ、史実でそのお姿を追う限り、大正天皇は山川三千子のみならず多くの女官にフレンドリーに接し、貞明皇后を嫉妬させつづけてもいました。一方で、それでも側室的存在が最後まで出現しなかったのは、貞明皇后が夫の女性関係を厳しく監視し続けていた「成果」ともいえるでしょう。ただ監視については、明らかに行き過ぎであって、皇后としても越権行為だったのではないか……と山川三千子は考え、『女官』に記しているようです。

――自分は大正天皇からアプローチされても、断固拒絶だったのに?

堀江 そう! ひとりの女性としての彼女は「ほかに想う男性がいる私は、天皇様のアプローチを受け入れることはできない」と拒絶しています。一方、女官としては「皇后様は嫉妬なさったりせず、天皇様の自由にさせてあげたらよかったのに」などとほのめかしている。ひとりの女性としての感覚と、女官としての感覚が2つに、見事に引き裂かれている。ちょっと困った人ですね(笑)。

 歴史好きの人たちの間では、『女官』は「知る人ぞ知る」といった問題の書です。しかし、こういう問題となる部分はページ数にすると全体の4分の1程度。本の一番最後の部分だけですが、この印象が非常に強い本ではあります。

――『女官』については山川三千子が貞明皇后に向かって、女としては私のほうが上だといわんがばかりの「マウンティング」を行っているというレビューもネット上で散見されますよね。

堀江 はい。しかし問題とされる箇所も、実際に読んでみれば、そこまでではなかったですね。ちなみに、山川三千子は皇后様より、先輩や同僚に対してはあからさまに辛辣なのです。自分の「世話親」で、大正天皇の生母だった柳原愛子については女官としても、側室としても「ちょっと中途はんぱ」な存在と言い切っていますね。「身体も小さく誠にじみな性格」とか、どうしてこんな女の人が明治天皇に愛されたのかしら、とでも言いたいかのようです(笑)。

 他にも「柳内侍」と呼ばれていた女官が「美女で才女」と今の世間では評されているのに、山川はイライラを隠しません。彼女のことを「才女ではあったのでしょうが、どこから誰が見たらお美しかったのか」などと言い捨てているので、まぁ……。ただ、明治~大正時代の宮中には「柳内侍」という女官はおらず、柳権掌侍、後には柳掌侍になった小池道子の書き間違え、もしくは記憶違いでしょうか。

 もしかしたらわざと間違えることで、「私の記憶にも残らない小物の女だったわ!」と山川三千子は言いたいのかもしれませんが(笑)。それにしてもこの『女官』という本、女だけの世界は一筋縄では生きてはいけないことがよくわかる書でしたね。ご興味を持った方は、ぜひ、実物をお読みください。ハラハラ・ドキドキできる箇所もありますよ。