大倉忠義&成田凌が男性同士の恋に溺れる! 映画『窮鼠はチーズの夢を見る』鑑賞券プレゼント

 関ジャニ∞・大倉忠義と成田凌が出演する、男性同士の恋愛を描いた映画『窮鼠はチーズの夢を見る』が、6月5日から公開となります! 原作は水城せとな氏の人気同名漫画で、映画化が発表されるや否や、ネット上は興奮のるつぼと化しました。監督は、嵐・松本潤&有村架純主演の『ナラタージュ』、Hey!Say!JUMP・中島裕翔主演の『ピンクとグレー』などで、メガホンを取ってきた行定勲氏。「居ても立っても居られん!」という方もいるでしょうが、あらすじを見ていきましょう!

 これまで不倫を重ねてきた広告代理店勤務の大伴恭一(大倉)の前に、大学の後輩・今ヶ瀬渉(成田)が突然現れる。今ヶ瀬の正体は、実は恭一の妻から派遣された浮気調査員だった。不倫の証拠を恭一に突きつけた今ヶ瀬は、「カラダと引き換えに」、この事実を隠すと提案する。恭一はそれを拒絶するが、次第に二人は惹かれ合っていき……。

 公式サイトのメインビジュアルをご覧ください。まるで少女漫画の世界から飛び出してきたような二人のバックハグ。まだ本編を1秒たりとも見ていないのに、この1カットだけで、もう胸が苦しくなる……その殺傷力の高さに、ひれ伏すしかありません。

 SNSでは「この映画を見るために生きている」といった力強いコメントも散見される『窮鼠はチーズの夢を見る』。今回は、3名の方に劇場鑑賞券をプレゼントしちゃいます! サイゾーウーマン読者の皆さん、ふるってご応募ください。お待ちしております。

※4月6日正午〆

長澤まさみ×東出昌大のドタバタコメディー! 映画『コンフィデンスマンJP プリンセス編』鑑賞券プレゼントの画像2

テレビ東京が進めている「働き方改革」とは? 新番組『シナぷしゅ』プロデューサーに聞く

 他の民放キー局では手をつけないチャレンジングな番組づくりに定評のあるテレビ東京。

 そんなテレビ東京がまた新しい試みに踏み切る。乳幼児向けの新番組『シナぷしゅ』だ。この番組はまず昨年12月16日〜20日に放送され、その好評を受けて4月6日(月)からレギュラー放送が始まる。(毎週月~金あさ7時35分~8時、夕方5時30分~5時55分再放送)

 実は、乳幼児をターゲットにしたテレビ番組はビジネスにならないことから民放ではつくられたことがなかった。『シナぷしゅ』は敢えてそこに切り込んでいく。しかも、この番組はスタッフの人選も特殊で、プロデューサーの中にはテレビ東京アナウンサーである松丸友紀氏の名前もクレジットされている。

 その背景には、テレビ東京が進める「働き方改革」があった。

 3月26日、テレビ東京の小孫茂社長は定例会見にて、新型コロナ感染症の感染拡大を受けて新たな施策を発表。テレビ東京ではそれ以前から4割が在宅勤務をしていたが、27日よりはさらに強い在宅勤務を進めて8割をリモートワークに。その状況でも通常放送が可能かどうかテストをし、最終的には9割を在宅にすることを目指すという。

 このニュースも『シナぷしゅ』の製作秘話を聞くと意外ではない。この大胆な施策は、テレビ東京のこれまでの働き方改革の成果であり、今後の在宅勤務の運用拡大を目指すための挑戦でもあるのだろう。

 『シナぷしゅ』プロデューサーであるコンテンツ統括局編成統括部の飯田佳奈子氏に、番組製作の背景について聞いた。

飯田佳奈子
2011年入社。制作局、アニメ局を経て、2014年からは営業局に配属。『Youは何しに日本へ?』『開運!なんでも鑑定団』『出没!アド街ック天国』など人気番組のセールス促進を4年間担当。2018年に第一子を出産。2019年6月の会社復帰に際し、新しく発足したコンテンツ統括局に配属され、間もなく本企画を提案。初めてのプロデューサー業を務める。

テレビ東京が民放テレビで初の乳幼児番組を制作
──乳幼児(0歳〜2歳)向けの番組はいままで民放ではつくられたことがなく、『いないいないばあっ!』(NHK Eテレ)のようなNHKの番組しかなかったんですよね?

飯田 はい。というのも、視聴率を測る区分のC層(Child)は4歳〜12歳で、一番低い年齢でも4歳から始まります。だから、0歳〜2歳をターゲットにしてしまうと、そもそも視聴率の指標外になってしまう。
 民放は視聴率でビジネスをしているわけですから、普通はお金にならない番組をつくることはできないです。
 でも、敢えてその層を狙った『シナぷしゅ』という番組が生まれ、今回レギュラー放送が始まるというのは、テレビ東京らしいチャレンジ精神なのかなと思います。

──『シナぷしゅ』の企画が立ち上がる原点を教えてください。

飯田 私は2018年に子どもを産んで、2019年6月に復職しました。それまでは営業部にいたのでまた営業に戻るものとばかり思っていたら、出された辞令は「コンテンツ統括局」という新設された部署だったんです。

──コンテンツ統括局というのはどんな部署なのですか?

飯田 「これからのテレビの在り方を考える部署」と言ったら格好良すぎますけど、要は、インターネットを介して新しいメディアがどんどん登場し、視聴者が様々な見方で動画を見る時代のなか「テレビ局が生き残るためにはどうすればいいか」を模索するための部署です。そのために必要な新しいチャレンジを提案する仕事をしています。

──なるほど。だから、普通であればビジネス上の観点から言って議論の俎上にも載せられないような『シナぷしゅ』のような企画が実現したのですね。

飯田 そうですね。あと、『シナぷしゅ』の着想には育休中の経験が活きています。育児をしていて、乳幼児向けの番組が『いないいないばあっ!』以外はいっさいないことに気づいたんです。
 自分で子育てをするまでは、この状況に疑問すら抱いていませんでした。

──NHK2局と民放5局が24時間365日番組をつくり続けているのに。乳幼児向け番組が『いないいないばあっ!』ひとつだけというのは、確かにすごい不思議な現象ですね。

飯田 これだけ多様なメディアが存在する世の中になって、動画コンテンツの選択肢なんて掃いて捨てるほどある世の中なのに、乳幼児向け番組だけなぜNHK Eテレの番組ひとつだけでいいと思えるんだろう? 民放の中にもひとつぐらいは新しい選択肢を提供する番組があってもいいんじゃないか? そう思って『シナぷしゅ』の企画を立ち上げたんです。

──『シナぷしゅ』はYouTubeやTVerなどの動画サイトで全編見ることができますが、こういった要素も「これからのテレビの在り方を考える」なかで導かれたものですか?

飯田 そうです。企画書の段階から、放送したものとまったく同じものをネットで配信することを想定していました。
 病院の待合室とか電車の中とか、子どもに動画を見せたいタイミングがあります。そういったときに見せやすい環境でないと不便ですから。
 どの親御さんも子どもを動画漬けにしたいとは思っていません。でも、生活のなかの要所要所で「申し訳ないけど、いまだけはこの動画に夢中になって」という瞬間があります。その気持ちは自分が母親になって痛いほど分かるようになりました。
 だって、私自身が子どもにYouTubeの『シナぷしゅ』の動画をめっちゃ見せてますもん。

株式会社テレビ東京コンテンツ統括局編成統括部の飯田佳奈子氏(撮影:wezzy編集部)
「ママ」を主語にするのではなく、「ママとパパ」セットで
──そんな『シナぷしゅ』は、番組制作に関わるスタッフの集め方も普通の番組とは少し違っているんですよね。

飯田 番組づくりをする時は普通、制作局のスタッフを集めて人員を決めていくんですけど、せっかくこれまでつくってきたバラエティー番組とは違う新しいジャンルに挑戦するんだから、人員の集め方もいつもとはやり方を変えました。
 それで、『シナぷしゅ』のテーマに対して熱量の高い、育児の当事者を様々な部署から募ることにしたんです。

──2017年に第一子を出産し、翌年から復帰している松丸友紀アナウンサーがプロデューサーにクレジットされている背景にはそういう経緯があったんですね。

飯田 そうです。それで、実際に子育て中のママ社員、パパ社員を集めて番組をつくりました。

──パパ社員も集まったのですね!

飯田 これから始まるレギュラー放送ではまた変わってくる可能性もありますが、昨年12月に放送したときはプロデューサー5人のうち1人は男性でした。

──それには明確な意図があったのですか?

飯田 ええ。『シナぷしゅ』を制作するにあたって気をつけたことのひとつが、「ママ」を主語にするのではなく、「ママとパパ」をセットで言おうということです。
 一昔前だったら「子育て中のママが集まって〜」ということになりがちだったと思うんですけど、そうではなくてパパもスタッフに入れようというのは意識的にやったことです。

テレビ東京の長時間労働見直し
──ということは、テレビ東京では男性も育児休暇を積極的に取得する傾向があるのですか?

飯田 2016年度から2018年度の間に5名の男性社員が育児休暇を取得しており、3カ月や半年などの長期にわたって育児休暇を取っている人もいます。
 長時間労働が当たり前だったテレビ業界の会社で雰囲気が変わり始めているのは良いことだなと思っています。
 テレビ東京では他にも働き方改革を一生懸命押し進めていて、在宅勤務の運用も始まっています。

──なるほど。

飯田 こういった働き方が浸透するということは、育児だけでなく、「自宅で家族の介護をしながら」とか、それぞれの事情に合わせた働き方ができるということでもあります。フレキシブルな働き方ができるようになることは、多くの社員にとっていいことなのだと思います。

──テレビ局も変わろうとしている時代なんですね。

飯田 テレビ番組づくりの現場においては「朝10時から翌朝の午前9時まで編集所にカン詰め」みたいなスケジュールが頻繁に起こって、人間らしい生活が送れなくなりがちなんですけど、『シナぷしゅ』ではそこにも挑戦していきたいなと思っています。
 時短で働いている人たちでも、やり方を工夫することにより、自分の持てる時間の中で最大限の力を発揮して番組を成立させることができる。
 そういった働き方でもちゃんとしたコンテンツを生み出すことは出来るということを示せたらと思っています。

──それは大きな一歩ですね。テレビ以外の業界も長時間労働は変えていかなければなりません。

飯田 『シナぷしゅ』の企画を動かし始めて思ったのは、世の中が少しずつ動きだしているということです。
 男性育児休暇や働き方改革に興味をもつメディアの方がこうやって取材に来てくださることもそうですし、普段一緒にお仕事させていただいている別の企業の担当の方にお話を伺っても、それぞれの会社で小さな花のようなものが咲き始めているのを感じます。

──メディアは社会に模範を示すロールモデルの役割を期待される存在であり、特に影響力の大きい地上波テレビはその傾向が強いと思います。

飯田 雑誌とかインターネットって自分から情報を取りに行かないと辿り着けないものですけど、テレビはただスイッチを入れるだけで情報が流れ出してくるものですから。
 メディアも多様化してきて、動画を見る手段や環境は多様化しました。テレビ局の力は以前ほど強くないんでしょうけど、それでもまだまだ影響力は失っていないはず。
 人口も出生率もどんどん減ってしまっているなか、「子どもをどうやって育てていくか」というのはこれからますます重要な議題になっていくのは間違いありません。
 『シナぷしゅ』のような番組を毎朝放送することが起爆剤になり、少しでも社会に風穴を開けられたら。それで赤ちゃんに優しい社会になったらいいなと思っています。

(取材、構成:wezzy編集部)

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中学受験に失敗、「絶対人に言えない学校」に入学――心が折れた優等生は「再生」できるのか

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 受験は数字の世界だ。「1点」が受験生の明暗を分けることも普通に起こる。例えば、同じ学校を受けたA君とB君が、入試で1点差だったとして、2人に学力の差はないに等しくても、A君は合格、B君は不合格となる場合がある。なんともシビアな世界なのだ。

 もう一つ、受験生たちを追い詰める「数字」が存在する。塾がランキングしている学校格付けである。大学受験ならば、生徒それぞれの志望学部や学科が違うために、「偏差値が高ければ高いほど良い大学」とはならない傾向があるが、中学受験はいまだに「偏差値が高い=価値ある学校」という刷り込みがなされやすいので、それが子どもの心を蝕むケースが出てくることが問題なのだ。例えば、本来想定していたよりも偏差値の低い学校にしか受からなかったとき。「偏差値」の刷り込みをされた子どもは「なぜこんな価値のない学校に……」と心を荒ませることがある。

 この連載は、「中学受験を通して見る親子関係」がテーマだが、この問題においては、学校側の「子どもを再生させる力」も問われるように思う。今回はちょっとした番外編として、ある元中学受験生と、その子が入学した学校の校長先生の話をつづってみたい。

「塾の下位クラスをバカにしていた」優等生のつまずき

 かつて中学受験生だった山田未希さん(仮名)も、「偏差値が高い=価値ある学校」という刷り込みの「被害者」だったのかもしれない。彼女の通っていた塾では、クラス分けは成績順、座席も成績順。指定された席が教室の後方ならば、翌月は下位クラスに“格下げ”となる可能性がある“崖っぷち”状態を指したという。未希さんは成績上位クラスに所属していたが、そこでは選民意識がはびこっており、下位クラスの子たちをバカにする習慣があったのだそうだ。

 室長の「最低でも〇中学以上でなければ勝者とは呼べない!」という鼓舞によって、クラスの士気は一気に高まり、受験本番を迎えたと聞く。そして結果が出た。

 クラスのほとんどの子たちが「ここならば納得」という学校に合格を決めた中、未希さんのみが「絶対人に言えない学校」にしか合格が取れなかった。結局、塾主催の祝勝会も欠席し、家に引きこもったという。

 そして、4月が訪れ、未希さんは「絶対人に言えない学校」というY学院に入学した。その制服を着ていることを近所の誰にも知られたくない一念で、人がまだまばらな早朝に家を出て、開門時間に合わせて登校するという日々を送っていたのだ。

 そんな未希さんだが、ある日の早朝、学校の門に到着すると、後ろから来た人に話しかけられたそうだ。

「おはよう、山田さん! 今朝も一番乗りだね!」

 振り返った彼女は仰天したという。なぜならば、その声の持ち主が、校長先生だったからだ。思わず口から出た言葉は「え? なんで私の名前を知ってるんですか?」。すると校長先生はニコニコしながら「そりゃ、知ってるよ。この学校の大事な生徒だもん!」と言ったという。

 それを契機に、未希さんと校長先生は毎朝、短い会話を交わすようになっていく。ある日の早朝、校長先生は未希さんを校長室に招き入れてくれたそうだ。「僕はね、学校に着いて、仕事をする前に自分で紅茶を入れて飲む習慣があるんだよ。杉下右京みたいでしょ(笑)? え? 知らない? そっか、中学生は『相棒』は見ないか(笑)」と、紅茶をご馳走してくれたという。

 未希さんは、当時のことを次のように振り返る。

「なんていうか、校長室があったかい雰囲気だったんです。紅茶の湯気の向こうに校長先生がニコニコしてらして……。私、なんだかわからないんですけど、泣いちゃったんですよね」

 校長先生は、嫌々Y学院に通っていた未希さんの心情を知っていたのか、こんな話をしてくれたんだそうだ。

「人生って思い通りに行かないことも多いよね。今朝も僕は、バスがギリギリで行っちゃって、悔しい思いをした(笑)。でも、僕はね、そんな時は“楽しいこと探し”をするんだよ。晴れたから気持ちいいなとか、今日の学食のランチは何かな? とかね。そんなことを考えてるうちに、バスに乗り遅れたことは忘れてることに気付くんだよ」

 それからというもの、未希さんは時々、クラスメイトと一緒に校長室を訪ねるようになったという。中3になったある日、校長室で友達が「最初は、私、この学校、すっごく嫌だったんです。だって、第1志望じゃないし。なんで私はこんな学校にいないといけないんだろうって……」と本音をぶちまけたことがあったそうだ。

「さすがに私は慌てて、友達を止めようとしました。だって、校長先生に直接そんなことを言うなんて、失礼すぎるっていうか……。でも、校長先生は、いつものようにニコニコしながら『うんうん、そうか、そうか』っておっしゃっていました」

 しかし、友達は「でも、今は未希や〇〇や〇〇って親友もできて、部活もすっごく楽しくて、校長室でお菓子も食べられるから(笑)! 私、本当にこの学校に入って良かった!」と続けたという。

「そしたら、校長先生が『お菓子! うん、大事だね(笑)』って大笑いしながら、『好きになってくれてありがとね。僕も君たちが大好きだよ』って言ってくれたんですよね……。私、その時、思ったんです。『私、この学校が好き!』って。ウチの先生たちって、成績で生徒を見ないし、いつも『君たちはそのままで価値がある』という態度で、私たちを認めてくれるんです」

 その時、校長先生は思い出したように「そう言えば、山田さんの登校時間が段々と遅くなって(笑)、僕は朝、密かにどっちが一番乗りかを競ってたんだけど!」と未希さんに尋ねたという。

 未希さんは笑顔で「もう、早く来る必要がないんです。もう『近所の人に制服姿を見られたくない』とは思いません。この制服、私の誇りなんで」と答えると、校長先生は、細い目を一層細くして「うんうん」と頷いていたという。

 実はこの校長率いるY学院は、子どもの「再生工場」の異名を持つ学校の一つである。

 さらに3年の月日が流れた。未希さんはこの学校に戻ってくることを誓い、この春から国立大学の教育学部に入学することが決定している。

人気キャラは7万円、爆安衣装も5倍で売れる!? コスプレイヤーのエグい「ヤフオク」活用法

カネと欲望が渦巻くコスプレ業界――40代“現役”コスプレイヤー・椎名蜜が、業界の闇をぶっちゃけます!

 引っ越しシーズン真っ只中。実は、私も先日引っ越しをしました。やはりオンシーズンは、いろいろと費用がかさみますね……。新しい家で使うにはサイズが合わず、新しい家具や家電を購入せざるを得ないという、予想外の出費も。そこで、我が家に長年保管していた“コスプレグッズ”を、思い切って売ってみることにしました。

コスプレ写真集が3万円で売れた、けど……

 まず、何かしらのオタクなら知っているだろう「まんだらけ」に買い取ってもらうという選択肢が浮かびました。私は現在も「委託販売」というシステムを使って、まんだらけでコスプレ写真集を販売しています。ですが、在庫管理が面倒になったのもあって、シュリンクされている状態の写真集を、大量に売りに行ってみました。すると、1冊あたり700円の値段がついたのです。 

 とあるコスプレ仲間から、「買取額は最低で50円(もしくは買取不可)、高いと1,000円以上」と聞いたことがあるので、悔しい思いをすることもなく、かといって大歓喜することもない、無難な価格に落ち着いた形です。しかし、たくさん売ったこともあり、なんだかんだで3万円くらいにはなりました。

 まんだらけには「コスプレ写真集担当」がいるらしく、その方がちゃんと査定してくれるのだとか。さすがまんだらけ! でも、それだけ詳しい人がいるとなると、「こいつ、自分の写真集処分してるわ(ドン引き)」って思われたかも……。ちょっとだけ恥ずかしいです。

 コスプレをするとき、必要なものは衣装だけではありません。キャラクターの髪形にセットされたウイッグや、特徴的なデザインの靴、武器や小物などなど。これらをすべて別々にそろえるのは時間もお金もかかり、結構大変です。逆に言えば、「この一式を買えばすぐにコスプレできるよ!」という商品は、非常に需要が高いということでもあります。

 そんな“一式セット”を売るのに最適なのは、やはりネットオークションでしょう。数ある不用品販売サイトの中でも、幅広い層の人が利用し、多くの人が競り合って高額になりやすい、「ヤフオク!」がおすすめです。私の場合、某人気キャラクターの衣装一式(ドレス、カット・セット済みウイッグ、ブーツ、謎の剣)が、約7万円になりました。

 ちなみにこれは“裏技”ですが、流行のアニメやゲームの人気キャラは、中国製の衣装が爆安でネット販売されています。布がペラペラだったり、縫製が雑だったりするので、気になるところは自分でちょっと直してから、キレイな写真を撮ってくれるカメラマンさんに撮影を依頼。いい感じに写っている商品写真を添えてオークションに出せば、仕入れ値の3~5倍で売れますよ。

 写真集をバンバン出しているコスプレイヤーは、「いろんなキャラの衣装が着たい。それで写真をいっぱい撮影したい」と思っている人が多いので、このあたりのライフハックは結構主流。そこそこ人気のあるレイヤーさんだと、着用済み衣装をファンに高額で販売する、なんて荒業をやってる人もいましたね。私がヤフオクの画面を見ながら「もっと値段上がれ~!」と叫んでいるのとは、雲泥の差です(笑)。

「メルカリ」で稼ぐレイヤーのエグい錬金術

 カメラマン(カメコさん)やファンを“利用”してお小遣いを稼ぐ手口は、ほかにもあります。私の知り合いには、Twitterやブログで「ピンクのNintendo Switchが欲しい~(ハート)」などとつぶやき、ファンやカメコさんからたくさん「コーラルピンクのNintendo Switch lite」をもらっている子がいました。

 いくつも同じものをもらってどうするのかと思えば、1つは「大切に使ってます♪」とアピールする用に手元へ置いておき、残りはすべて「メルカリ」などのフリマサイトで売って、お金に換えていたのです。高級時計で同じことをやっているキャバ嬢の話を聞いたことがありますが、なかなかエグい錬金術ですよね。

 もっとエグい話だと、「下着姿を撮らせてあげるから、高級ブランドバッグを買って(ハート)」といった感じで、“エロ撮影”を条件に、高額商品をねだるコスプレイヤーもいるとか。これに比べたら、自分の写真集を大量に売りに行くぐらい、かわいいもんでしょう。

 さて、どこまで参考になるかわかりませんが、これが私の知っている「コスプレイヤー錬金術」です。ぜひマネ(できるかわかりませんが)してみてくださいね!

天皇に口説かれた女官が“本音”暴露! 皇后様に上から目線で問題発言!?【日本のアウト皇室史】

 皇室が特別な存在であることを日本中が改めて再認識する機会となった、平成から令和への改元。「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な天皇家のエピソードを教えてもらいます!

――前回までは、大正天皇にグイグイ迫られていた女官・山川三千子についてうかがってきましたが、そんな彼女もついに女官を退官する時がきたのですね。

堀江宏樹(以下、堀江) 大正3年(1914年)のことです。退官の挨拶を聞いた時、大正天皇の皇后である貞明皇后はうれしそうで「大嫌い」と公言していた彼女にもやさしかったそうです(笑)。

――ライバルが減った! という感覚でしょうか。

堀江 はっきりいうとそうですね。ご自分の深い嫉妬心に悩んでおられたのは事実ですから。大正天皇の女官たちに対する“無邪気”な態度に翻弄された皇后様ご本人が一番お苦しかったとは思いますが……山川三千子も、「二度と女官になることはない!」と言って、宮中を去っています。ところがその後も、大正天皇は、山川三千子の結婚式の様子を、山川の実弟に頼んで報告させようとしたり、それを知った山川が気味悪がったり……と、ひと悶着がありました。しかし、大正15年(1926年)、つまり彼女が宮中を退いてかなりたった後のことですが、大正天皇が亡くなられたと知ると山川三千子は「ご不幸な陛下」に「ご同情もうしあげる」と、涙をさめざめと流しているんですね。

――「ご同情」という言い方がなんとも……。

堀江 大した上から目線ですよね(笑)。山川三千子は貞明皇后からも「大嫌い」な「生意気な娘」と評されていましたし、最後までわだかまりがあったのかもしれません。

 こうして山川三千子は、大正天皇から「写真をくれ」と言われたり、天皇の彼女への好意にピンときた皇后から激しく嫉妬されるような時間を過ごしたわけです。が、自分が別の男性との幸せな結婚生活を送るようになると、結局は大正天皇が「ご不幸な方だから、これくらいのことはお許ししてさしあげなきゃ」という思いのほうが強かったのかもしれませんね。大正天皇が「ご不幸」だと彼女が考える理由として、天皇が次のような発言をしたということが山川三千子の回想録『女官』には出てきます。原文ママで引用しますと、

「わたしを生んだのは早蕨(=柳原愛子典侍)か、おたた様(=昭憲皇后)から生まれた大清(おおぎよ)だと思っていたのに」

 歴史好きには有名な発言です。大正天皇は明治天皇と昭憲皇后を非常に尊敬していたので、「母と慕ってきた皇后陛下ではなく、自分が側室から生まれた子だったという事実に大正天皇は強いショックを受けた」と今日では解説されますね。しかし、より「オリジナル」に近いであろう言葉遣いで見ると、注目すべきポイントがやはり別にあるな、と。

 気になるのは、「自分は大清ではなかった」という部分です。大清とは天皇家、皇族の方々のこと。つまり、自分がそれ以外の臣下の腹から生まれたのが残念! というようなことを、いくら戦前の身分社会にせよ、公言してはばからない大正天皇に山川三千子は「違和感」を抱いたようだし、彼女と同じ感想を持つ女官が、ほかにもいたということなんですね

 たしかに大正天皇は自分の「出生の秘密」に深く傷ついたはずです。それを知らなかったのは、ご自身だけだった、つまり他人には公然の秘密だったという事実も含めて。しかし、山川三千子が言いたいのは、はっきりとそれを天皇(もしくは皇太子として)が口にしてしまうことは、「軽率だったのではないか?」ということでしょうね。ご自分では子どもを成すことができなかった昭憲皇后を深く傷つけ、大正天皇の生みの母である早蕨典侍こと、柳原愛子典侍にも、おそらくこの発言によってつらい思いをさせてしまっていますしね。もちろん、明治天皇だってお悲しかったはず。ご自分がショックをいくら受けたところで、こういうことはデリケートな問題なのだから、そこは黙って耐えるべきであった、声にしたところで、誰も幸せにはなれないのに……と山川三千子は言いたかったのではないでしょうか。

 山川三千子の大正天皇への「違和感」は、そのお人柄が天皇という重責を担うべき方にしては「軽すぎる」というところに尽きるようです。それこそ前にもお話ししたように、山川三千子にとって大正天皇は「人間的すぎた」のでしょう。しかし山川三千子は、大正天皇よりも貞明皇后に厳しい目を向けていますね。

――夫の非は妻の非というアレですか?

堀江 そうですねぇ。現代でも卑劣な皇室バッシングって、皇室に嫁入りした立場の女性皇族に向かって浴びせられることが大半じゃないですか? 男性皇族は叩きにくいのでしょう。なんだかあれと構造は似ている気がします。

 大正天皇の崩御後、貞明皇后は皇太后となります。そして皇太后は崩御なさるまでの長い期間をずっと喪服で過ごされました。しかし皇太后が「黒衣の人」となった理由は、亡き大正天皇に対して「ざんげのお心持ち」が皇太后の中にあったからではないかと山川三千子は言うのです。またしても、大した上から目線ですよね(笑)。貞明皇后は山川三千子よりも8歳ほど年上です。すべての意味で目上の皇后様に対してもズバズバと意見を言ってしまうんだから、ほんとすごいですよね。

 山川はその後も「天皇があられたればこそ、皇后に(貞明皇后は)なられたのですから」などと言ってのけ、ほかにも「お内儀では(=私生活では)あまり何事も(大正天皇の)思召のようにならず、時には御不満のご様子などもあるとやら(略)いとど御同情申し上げてはおりましたが、こんなにお若くて崩御になろうとは夢にも思いませんでした(山川三千子『女官』)」なんてことも。これを要約すれば、皇后は天皇を自由にさせてあげなかった。何の欲求不満かは知りませんが(笑)、天皇をくすぶらせていた。そんな態度は妻としてよかったのか? ということでしょう。

 御自分を生んだ女性が皇后陛下ではなかった事実にショックを受けた大正天皇は、自発的に側室を持とうとしなかったと一般的には言われます。ただ、史実でそのお姿を追う限り、大正天皇は山川三千子のみならず多くの女官にフレンドリーに接し、貞明皇后を嫉妬させつづけてもいました。一方で、それでも側室的存在が最後まで出現しなかったのは、貞明皇后が夫の女性関係を厳しく監視し続けていた「成果」ともいえるでしょう。ただ監視については、明らかに行き過ぎであって、皇后としても越権行為だったのではないか……と山川三千子は考え、『女官』に記しているようです。

――自分は大正天皇からアプローチされても、断固拒絶だったのに?

堀江 そう! ひとりの女性としての彼女は「ほかに想う男性がいる私は、天皇様のアプローチを受け入れることはできない」と拒絶しています。一方、女官としては「皇后様は嫉妬なさったりせず、天皇様の自由にさせてあげたらよかったのに」などとほのめかしている。ひとりの女性としての感覚と、女官としての感覚が2つに、見事に引き裂かれている。ちょっと困った人ですね(笑)。

 歴史好きの人たちの間では、『女官』は「知る人ぞ知る」といった問題の書です。しかし、こういう問題となる部分はページ数にすると全体の4分の1程度。本の一番最後の部分だけですが、この印象が非常に強い本ではあります。

――『女官』については山川三千子が貞明皇后に向かって、女としては私のほうが上だといわんがばかりの「マウンティング」を行っているというレビューもネット上で散見されますよね。

堀江 はい。しかし問題とされる箇所も、実際に読んでみれば、そこまでではなかったですね。ちなみに、山川三千子は皇后様より、先輩や同僚に対してはあからさまに辛辣なのです。自分の「世話親」で、大正天皇の生母だった柳原愛子については女官としても、側室としても「ちょっと中途はんぱ」な存在と言い切っていますね。「身体も小さく誠にじみな性格」とか、どうしてこんな女の人が明治天皇に愛されたのかしら、とでも言いたいかのようです(笑)。

 他にも「柳内侍」と呼ばれていた女官が「美女で才女」と今の世間では評されているのに、山川はイライラを隠しません。彼女のことを「才女ではあったのでしょうが、どこから誰が見たらお美しかったのか」などと言い捨てているので、まぁ……。ただ、明治~大正時代の宮中には「柳内侍」という女官はおらず、柳権掌侍、後には柳掌侍になった小池道子の書き間違え、もしくは記憶違いでしょうか。

 もしかしたらわざと間違えることで、「私の記憶にも残らない小物の女だったわ!」と山川三千子は言いたいのかもしれませんが(笑)。それにしてもこの『女官』という本、女だけの世界は一筋縄では生きてはいけないことがよくわかる書でしたね。ご興味を持った方は、ぜひ、実物をお読みください。ハラハラ・ドキドキできる箇所もありますよ。

天皇に口説かれた女官が“本音”暴露! 皇后様に上から目線で問題発言!?【日本のアウト皇室史】

 皇室が特別な存在であることを日本中が改めて再認識する機会となった、平成から令和への改元。「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な天皇家のエピソードを教えてもらいます!

――前回までは、大正天皇にグイグイ迫られていた女官・山川三千子についてうかがってきましたが、そんな彼女もついに女官を退官する時がきたのですね。

堀江宏樹(以下、堀江) 大正3年(1914年)のことです。退官の挨拶を聞いた時、大正天皇の皇后である貞明皇后はうれしそうで「大嫌い」と公言していた彼女にもやさしかったそうです(笑)。

――ライバルが減った! という感覚でしょうか。

堀江 はっきりいうとそうですね。ご自分の深い嫉妬心に悩んでおられたのは事実ですから。大正天皇の女官たちに対する“無邪気”な態度に翻弄された皇后様ご本人が一番お苦しかったとは思いますが……山川三千子も、「二度と女官になることはない!」と言って、宮中を去っています。ところがその後も、大正天皇は、山川三千子の結婚式の様子を、山川の実弟に頼んで報告させようとしたり、それを知った山川が気味悪がったり……と、ひと悶着がありました。しかし、大正15年(1926年)、つまり彼女が宮中を退いてかなりたった後のことですが、大正天皇が亡くなられたと知ると山川三千子は「ご不幸な陛下」に「ご同情もうしあげる」と、涙をさめざめと流しているんですね。

――「ご同情」という言い方がなんとも……。

堀江 大した上から目線ですよね(笑)。山川三千子は貞明皇后からも「大嫌い」な「生意気な娘」と評されていましたし、最後までわだかまりがあったのかもしれません。

 こうして山川三千子は、大正天皇から「写真をくれ」と言われたり、天皇の彼女への好意にピンときた皇后から激しく嫉妬されるような時間を過ごしたわけです。が、自分が別の男性との幸せな結婚生活を送るようになると、結局は大正天皇が「ご不幸な方だから、これくらいのことはお許ししてさしあげなきゃ」という思いのほうが強かったのかもしれませんね。大正天皇が「ご不幸」だと彼女が考える理由として、天皇が次のような発言をしたということが山川三千子の回想録『女官』には出てきます。原文ママで引用しますと、

「わたしを生んだのは早蕨(=柳原愛子典侍)か、おたた様(=昭憲皇后)から生まれた大清(おおぎよ)だと思っていたのに」

 歴史好きには有名な発言です。大正天皇は明治天皇と昭憲皇后を非常に尊敬していたので、「母と慕ってきた皇后陛下ではなく、自分が側室から生まれた子だったという事実に大正天皇は強いショックを受けた」と今日では解説されますね。しかし、より「オリジナル」に近いであろう言葉遣いで見ると、注目すべきポイントがやはり別にあるな、と。

 気になるのは、「自分は大清ではなかった」という部分です。大清とは天皇家、皇族の方々のこと。つまり、自分がそれ以外の臣下の腹から生まれたのが残念! というようなことを、いくら戦前の身分社会にせよ、公言してはばからない大正天皇に山川三千子は「違和感」を抱いたようだし、彼女と同じ感想を持つ女官が、ほかにもいたということなんですね

 たしかに大正天皇は自分の「出生の秘密」に深く傷ついたはずです。それを知らなかったのは、ご自身だけだった、つまり他人には公然の秘密だったという事実も含めて。しかし、山川三千子が言いたいのは、はっきりとそれを天皇(もしくは皇太子として)が口にしてしまうことは、「軽率だったのではないか?」ということでしょうね。ご自分では子どもを成すことができなかった昭憲皇后を深く傷つけ、大正天皇の生みの母である早蕨典侍こと、柳原愛子典侍にも、おそらくこの発言によってつらい思いをさせてしまっていますしね。もちろん、明治天皇だってお悲しかったはず。ご自分がショックをいくら受けたところで、こういうことはデリケートな問題なのだから、そこは黙って耐えるべきであった、声にしたところで、誰も幸せにはなれないのに……と山川三千子は言いたかったのではないでしょうか。

 山川三千子の大正天皇への「違和感」は、そのお人柄が天皇という重責を担うべき方にしては「軽すぎる」というところに尽きるようです。それこそ前にもお話ししたように、山川三千子にとって大正天皇は「人間的すぎた」のでしょう。しかし山川三千子は、大正天皇よりも貞明皇后に厳しい目を向けていますね。

――夫の非は妻の非というアレですか?

堀江 そうですねぇ。現代でも卑劣な皇室バッシングって、皇室に嫁入りした立場の女性皇族に向かって浴びせられることが大半じゃないですか? 男性皇族は叩きにくいのでしょう。なんだかあれと構造は似ている気がします。

 大正天皇の崩御後、貞明皇后は皇太后となります。そして皇太后は崩御なさるまでの長い期間をずっと喪服で過ごされました。しかし皇太后が「黒衣の人」となった理由は、亡き大正天皇に対して「ざんげのお心持ち」が皇太后の中にあったからではないかと山川三千子は言うのです。またしても、大した上から目線ですよね(笑)。貞明皇后は山川三千子よりも8歳ほど年上です。すべての意味で目上の皇后様に対してもズバズバと意見を言ってしまうんだから、ほんとすごいですよね。

 山川はその後も「天皇があられたればこそ、皇后に(貞明皇后は)なられたのですから」などと言ってのけ、ほかにも「お内儀では(=私生活では)あまり何事も(大正天皇の)思召のようにならず、時には御不満のご様子などもあるとやら(略)いとど御同情申し上げてはおりましたが、こんなにお若くて崩御になろうとは夢にも思いませんでした(山川三千子『女官』)」なんてことも。これを要約すれば、皇后は天皇を自由にさせてあげなかった。何の欲求不満かは知りませんが(笑)、天皇をくすぶらせていた。そんな態度は妻としてよかったのか? ということでしょう。

 御自分を生んだ女性が皇后陛下ではなかった事実にショックを受けた大正天皇は、自発的に側室を持とうとしなかったと一般的には言われます。ただ、史実でそのお姿を追う限り、大正天皇は山川三千子のみならず多くの女官にフレンドリーに接し、貞明皇后を嫉妬させつづけてもいました。一方で、それでも側室的存在が最後まで出現しなかったのは、貞明皇后が夫の女性関係を厳しく監視し続けていた「成果」ともいえるでしょう。ただ監視については、明らかに行き過ぎであって、皇后としても越権行為だったのではないか……と山川三千子は考え、『女官』に記しているようです。

――自分は大正天皇からアプローチされても、断固拒絶だったのに?

堀江 そう! ひとりの女性としての彼女は「ほかに想う男性がいる私は、天皇様のアプローチを受け入れることはできない」と拒絶しています。一方、女官としては「皇后様は嫉妬なさったりせず、天皇様の自由にさせてあげたらよかったのに」などとほのめかしている。ひとりの女性としての感覚と、女官としての感覚が2つに、見事に引き裂かれている。ちょっと困った人ですね(笑)。

 歴史好きの人たちの間では、『女官』は「知る人ぞ知る」といった問題の書です。しかし、こういう問題となる部分はページ数にすると全体の4分の1程度。本の一番最後の部分だけですが、この印象が非常に強い本ではあります。

――『女官』については山川三千子が貞明皇后に向かって、女としては私のほうが上だといわんがばかりの「マウンティング」を行っているというレビューもネット上で散見されますよね。

堀江 はい。しかし問題とされる箇所も、実際に読んでみれば、そこまでではなかったですね。ちなみに、山川三千子は皇后様より、先輩や同僚に対してはあからさまに辛辣なのです。自分の「世話親」で、大正天皇の生母だった柳原愛子については女官としても、側室としても「ちょっと中途はんぱ」な存在と言い切っていますね。「身体も小さく誠にじみな性格」とか、どうしてこんな女の人が明治天皇に愛されたのかしら、とでも言いたいかのようです(笑)。

 他にも「柳内侍」と呼ばれていた女官が「美女で才女」と今の世間では評されているのに、山川はイライラを隠しません。彼女のことを「才女ではあったのでしょうが、どこから誰が見たらお美しかったのか」などと言い捨てているので、まぁ……。ただ、明治~大正時代の宮中には「柳内侍」という女官はおらず、柳権掌侍、後には柳掌侍になった小池道子の書き間違え、もしくは記憶違いでしょうか。

 もしかしたらわざと間違えることで、「私の記憶にも残らない小物の女だったわ!」と山川三千子は言いたいのかもしれませんが(笑)。それにしてもこの『女官』という本、女だけの世界は一筋縄では生きてはいけないことがよくわかる書でしたね。ご興味を持った方は、ぜひ、実物をお読みください。ハラハラ・ドキドキできる箇所もありますよ。

地下食品街を荒らす「カフェ店主」摘発! 「万引きで仕入れ」大胆すぎる手口にGメン衝撃

 こんにちは、保安員の澄江です。新型コロナウイルスの感染防止対策として、本格的な自粛モードに突入しておりますが、私たちの現場である商店に、あまり影響はありません。店内は連日、買い出し客で大盛況。普段のスーパーでは、あまり見かけないタイプの方々も食料品の買い出しに来られており、食品スーパーが飲食店のお客様を吸い上げている感じがします。その影響は大きいようで、長年にわたり小料理店を営んできた私の友人も、来月いっぱいで店を閉めることになりました。ある程度の資産をお持ちの方なので、この先の暮らしに不安はないようですが「不本意な形で店を閉めることになった」と涙ながらに悔しがっている姿を見て、共に涙したばかりです。今回は、経営するお店の売り上げ低迷を理由に、万引きすることで店の仕入れを図る「万引き店主」についてお話ししたいと思います。

 当日の現場は、東京郊外にある複合商業施設の中にある地下食品街M。精肉や鮮魚をはじめ、青果、総菜、弁当、パン、菓子、輸入食品など、多種多様の専門店が軒を連ねる「デパ地下」に似た雰囲気の現場です。今回は、万引き被害に悩む各テナント様からの苦情を受けた協同組合から、およそ2カ月にわたる食品街全体の集中取り締まりのご依頼を受けました。この日は、その5日目。各店の売場面積は小さく、棚も低いために、一見すると万引きしにくい状況に見えますが、相当数の常習者を抱えているようで、すでに何人かの常習者が摘発されています。通常のスーパーと比べて、質の良い商品を取り扱っているため、万引き犯にも好まれてしまうのでしょう。どうせ盗むなら、少しでも良いモノを。そう考える万引き犯は、非常に多いのです。

 出勤の挨拶のため事務所に出向くと、どことなく坂田利夫さんに似た小柄な理事長さんが出迎えてくれました。

「今日一日、よろしくお願いいたします。今日が初回なのですが、なにか特別に注意することはございますか?」
「魚屋と肉屋、輸入食品店の被害が多いみたいだけど、我々は運営側だから詳しくはわからないねえ。お店の人が言うには、毎日のように来ては盗んでいく悪いヤツもいるようですよ。いまのところ、毎日捕まってるから、またあるかもしれないねえ」

 どこの組織でも言えることだと思われますが、管理職の立場にある人の多くは現場を知りません。事務的な確認事項を済ませて現場に入ると、地下食品街は多くのお客さんであふれていました。人込みに紛れて店内の構造を確認すれば、出入口が多数あり、隣接する駅や百貨店にまで直結しています。それに加えてエレベーターやエスカレーター、階段まであるため、実行後の万引き犯が辿るルートの予測はできそうにありません。抜け場所の多い現場は見失う確率が高まり、声かけのタイミングも難しいことから、正直に言えば苦手です。

「常習者の捕捉に務めよ」

 事務所からの単純な指令を胸に巡回を始めると、2時間ほど経過したところで、精肉店にいるエプロン姿の中年女性が気になりました。一見して40代前半くらいでしょうか。どことなく尼神インターの渚さんに似た彼女の、カゴの中で落ち着きなく蠢く右手が気になったのです。少し離れたところからカゴの中に目をやると、いくつかの精肉パックのほかに、大きく口の開いた黒いエコバッグが入っているのが見て取れました。何気なく近づき動向を見守れば、ほかの客に紛れながら、カゴの中に入れた精肉パックをスライドさせる形でバッグの中に隠しています。

(随分、大胆ね。まだやるかしら)

 カゴの中の商品を隠し終えた彼女は、続けてソーセージを手にすると、カゴの中に入れるふりをしながら、それを直接バッグの中に隠しました。ここで声をかけてもいいくらいの状況にはありますが、法的な解釈をもとに考えれば、より慎重に、言い逃れのできない状況を作らなければなりません。そそくさとカゴを戻して精肉店をあとにする彼女の追尾を続けると、何度か後方を気にしながら、珍しい商品が多数並ぶ隣接の輸入食品店に入っていきました。狭く入り組んだレイアウトが個性的な、とても万引きしやすい造りの人気店です。

(ここでも、絶対にやる)

 犯行に及ぶことを確信して、店外から彼女の行動を見守ると、チーズやコーヒー、舶来モノのビスケットなどの商品を手に取り、次々とバッグに隠していくのが見えました。犯行の現認は充分なので、無理してみることはしません。なるべく遠くから彼女の手元だけを視界に入れて、店の外に出るタイミングを伺うのです。なに一つ精算することなく、持参したバッグを大きく膨らませて駅側出口の扉を跨いだ彼女に、そっと声をかけます。

「すみませ……」

 声をかけると同時に、私を振り払って走り出した彼女は、自動改札を突破して駅構内に逃げ込んでいきました。彼女の行く方向を確認しながら、首かけ式のパスケースに入れてあるSuicaを自動改札機に慌ててタッチして、その後を追います。するとまもなく、乱暴に開かれた鉄扉が立てる破裂音と共に、駅員さんが飛び出してきました。ものすごいスピードで後方から私を追い抜くと、一段飛ばしで階段を駆け上がり、彼女の後を追いかけていきます。

「お客さん、改札通ってないですよ!」

 駅員の呼びかけを無視して階段を駆け上がった彼女でしたが、ホーム上に出たところで追いつかれると、力尽きたようにしゃがみ込みました。老体に鞭を打って階段を駆け上がり、ようやくに追いついた私は、息を切らせながら駅員さんに事情を説明して協力を求めます。

「もう逃げるのは、やめにしましょうね。電車来るから、危ないですよ」

 事態を把握した駅員さんが、駅事務所を貸してくれるというので、両足の爪先を上げて歩こうとしない彼女の両脇を二人で担ぎ上げるようにして、改札階に向かうエレベーターに乗り込みます。エレベーターの扉が開くと、どなたかが通報されたようで、すぐに二人の警察官が歩み寄ってきました。簡潔に事情を説明した後、即座に彼女を引き渡して、行き先を駅前の交番に変更します。

「このバッグに商品を隠して、金を払わないまま駅の中に逃げたってことね」

 交番に着くなり、プロレスラーに劣らぬほど大きな体をした警察官が、彼女のバッグから被害品を取り出しました。2店をハシゴして盗んだ商品は、計13点、被害合計は1万2,000円ほどとなりました。彼女の所持金は1,000円足らずで、クレジットカードや電子マネーも持っていないので、商品を買い取ることはできません。警察官による身分確認の結果、彼女は34歳。結婚はしておらず、身寄りを失くしたばかりで、迎えに来てくれるような人はいないと言います。観念した様子で、なに一つ精算してないことを認めた彼女は、つい先日も別のスーパーで万引きをして捕まったばかりだと告白しました。

「前に捕まった時、もうしないって約束したと思うんだけど、なんでやっちゃったの?」
「ごめんなさい。お店を開けて、すぐにコロナ騒動が起きて、全然お客さんが来ないんです。それで苦しくて、つい……」

 傍らで話を聞いていれば、同居していた母親が亡くなってしまい、自分の生計を立てるべく隣町の商店街にカフェを開店したそうで、その経営が思わしくなく犯行に至ってしまったとのことでした。盗んだ商品は、全て店で使うつもりだったと話しています。交番の汚いデスクに並べられた被害品を眺めてみれば、厚切り豚ロース肉、鶏モモ肉、和牛ミスジステーキ、ソーセージ、パルメザンチーズ、ピザ用のシュレッドチーズ、コーヒー、ビスケットなど、確かにカフェで使うようなものばかりを盗んでおり、その理由に嘘はなさそうです。

「あんた、理由はどうあれ、今日は時間かかるよ。駅構内への不正入場の件も警察官が現認してるから、きちんと正直に話してください」
「はい。あの、すみません……」
「なに、どうしたの?」
「この靴も、さっき上の店で盗りました。ごめんなさい……」
「ええっつ!?」

 恥ずかしそうに項垂れる彼女の足元を見れば、真新しいピンクのスニーカーが履かれており、よく見ると踵のつまみ部分にはプラスチックの値札紐だけが残されています。

「これ、紐だけ残っているけど、値札はどうしたの」
「ちぎって捨てちゃいました」
「履いてきた靴は、どうした?」
「この靴が入っていた箱に入れてあります」

 その後、警察官と共に靴屋さんに出向いた彼女は、ちぎった値札を捨てた場所や、自分の履いてきた靴を箱から取り出すところの写真を撮られると、各店から被害届を出されて逮捕となり、警察署に連行されました。この先、彼女の人生は、一体どうなるのでしょうか。一人で生きていくことが、どんなに大変なことか、あらためて思い知らされた私は、マッチングアプリへの登録を悩みながら家路につきました。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

GENERATIONS・片寄涼太、中国で「桁違いの大ブレーク」! ジャニーズ足元及ばぬ絶大人気の実情

 GENERATIONS from EXILE TRIBEの片寄涼太が現在、中国で爆発的な人気を誇っている。GENERATIONSといえば、昨年『NHK紅白歌合戦』に初出場し、5大ドーム公演を成功させるなど、日本でも人気のグループ。ただ、正直中国での片寄の人気は日本の比ではないのだ。

 その証拠に、現在、片寄の中国版ツイッター・Weiboフォロワーは約270万。現地での知名度が元々高く、長年ドラマなどで活躍している木村拓哉のフォロワーが約191万人ということを考えると、片寄の中国人気が相当なものであるのがわかる。中国ではジャニーズよりも片寄涼太に需要があるということだ。

 片寄のブレイクのきっかけは、2017年の出演ドラマ・映画『兄に愛されすぎて困ってます』が大ヒット。日本ではそこまで話題にならなかった作品だけに、このブレイクスルーは誰も予想できなかっただろう。その後、片寄は中国の雑誌の表紙を飾ったり、ファンミーティングを開催したりと、破竹の勢いでファンを増やし続けた。さらに、Weiboで活躍するアカウントを表彰するアワード「WEIBO Account Festival in Japan 2018」では「年間人気アーティスト賞」を受賞。初めて声優を務めたアニメ作品『きみと、波にのれたら』は19年の「上海映画祭」で最優秀アニメ賞を受賞するなど、中国メディアからも大きな信頼を得ているようだ。日本では12月に公開された映画『午前0時キスしに来てよ』の中国での公開は未定となっているが、すでにWeiboの映画紹介ページには多くのファンたちがこぞって「まだ見てないけど絶対面白い!」と書き込む熱狂ぶりを見せている。

 そんな片寄は、20年1月31日放送の『A-Studio』(TBS)にて、中国のファンから星をプレゼントされたと明かしている。実際に星を所有することは現在不可能なので、星の名前を「片寄涼太」と名付けてもらった、ということだそうだが、だとしても並大抵の熱量でできることではない。その他にもファンが費用を出し合い、米ニューヨークに位置するタイムズスクエアや上海の繁華街に設置されている屋外ビジョンに誕生日のお祝い広告を掲出するなど、桁違いの愛情を一身に受けている状態だ。

 しかし、彼の絶大な中国人気は、単にルックスや出演作品のヒットからくるものではない。中国での人気が上昇すると、片寄はすぐにWeiboを開設し、動画で中国語を披露。その後、日本語のみならず中国語を交えた投稿をコンスタントにアップしていたのである。日本語や英語のみで更新を行う芸能人が多数いる中、率先して中国語に挑んでくれる片寄の姿が現地のファンたちを何より喜ばせているのだ。

 また、新型コロナウイルスの影響で武漢が都市封鎖を行った1月24日、片寄はすぐにファンに向けた動画を公開した。映像では新年の挨拶と同時に「体に気を付けて」とコメントし、ファンを思いやる一面を見せている。1月24日と言えば、旧正月のお祭りムードに暗雲が立ち込め、中国全土でじんわりと不安が広がっていた最中だ。そんな中、日本人としていち早く気遣いを見せたことでネットユーザーの好感度もさらに上昇したようだ。

「絶対に感染予防をして、健康に気を付けてくださいね」という一文に胸を打たれたファンも多く、この投稿には3万5000を超える「いいね!」がつけられたほか、「片寄くん、貴方は優しすぎる。そちらも気を付けてね」「気遣いありがとう!私たちも頑張るから、片片(ぺんぺん:片寄の中国でのあだ名)も体には気を付けて!」「涙が出てきちゃったよ。ありがとう!」といった熱いコメントが殺到した。彼のこういった海外ファンへの愛情深い対応が、中国女子の心をつかんで離さないのだろう。まさに「ファンに愛されすぎて困ってます」状態ではないだろうか。

 今、中国進出を目論む日本の芸能人は多いと聞く。前述した木村拓哉が所属するジャニーズ事務所も、中国の動画サイト「bilibili」で公式アカウントを開設したとか。しかし、動画をただ上げるだけではきっと中国人の心はつかめない。片寄のような「気遣いができる」という気質がまず必要だ。そして、中国語への積極的な挑戦、さらには国の文化や人々への心からの思いやりがなければ、成功を収めることはできないだろう。

「悪態ふてぶてしい」「ゲスすぎ!」不倫の“謝罪会見”でバッシング集中した芸能人

 今年1月、「週刊文春」(文藝春秋)の報道で不倫が明らかになった俳優の東出昌大が、3月17日に都内で行われたイベントへ出席。終了後、記者からの囲み取材に応じ、騒動について“謝罪会見”を開いた。そこで東出は、不倫相手となった女優・唐田えりかとの破局を明かし、妻である女優の杏に直接謝罪したことなどを報告。しかし、肝心な“夫婦の今後”については明言せず、「なんとも歯切れの悪い会見だった」(芸能ライター)という。

「特に批判を浴びたのは、女性リポーターから『杏さんと唐田さんのどちらが好きか?』と質問された際、即答できずに沈黙していた東出の態度です。言葉を慎重に選びながら答えているようにも見えましたが、全体的に、沈黙や天を仰ぐような行動が目立っていましたね。この模様はワイドショーでも取り上げられたため、ネット上には『これじゃ“唐田のほうが好き”だと言っているようなもの』『ようやく表に出てきたと思ったらダンマリって……』といった声が上がり、さらに印象を悪くしたようです」(同)

 2018年2月、女優・小泉今日子との不倫が公になった俳優・豊原功補も、“緊急記者会見”でイメージダウンした一人。豊原は全身黒ずくめの格好で会見場に現れ、100人ほど集まった報道陣を見回したあと、「すげえな、これ」と“余裕”を見せていた。AbemaTVではこの会見を生配信していたが、ネット上には「ふてぶてしい悪態」「反省の欠片もない」といった、辛らつなコメントが相次いだ。

「豊原は公式サイト上で、約3年前から妻子と別居状態にあると明かしていましたが、会見では、別居の原因が“小泉との交際”だと潔く認めています。一方で、夫婦関係について『(離婚は)捨て去ってはおけない言葉』と、なんとも曖昧な説明をしていました。時折、反省の弁や家族に対する思いを口にしていましたが、小泉を『天然記念物のような、面白い人です』と言い笑みを浮かべた場面が注目され、ネット上では『なんか“2人の世界”に入ってて気持ち悪い……』『これ、なんのための会見? まったく反省してないよね?』『すでに開き直ってるように見える。奥さんと子どもが本当に気の毒』と、さらなるバッシングの的となりました」(同)

 いまだに“不倫タレント”のレッテルを貼られるタレントのベッキーも謝罪会見を開いているが、5分間にも満たなかったうえ、質疑応答の時間を一切設けないという内容だった。

「2016年1月、ベッキーはゲスの極み乙女。・川谷絵音との不倫を『週刊文春』(文藝春秋)にスッパ抜かれています。その直後に行った会見で、ベッキーは川谷を“友人”だと強調していましたが、『文春』は二人の親密なLINEのやりとりを公開していたため、ベッキーの発言を真に受ける人はいなったようです。さらに会見後、『文春』の“追撃”によって、『(報道は)逆に堂々とできるキッカケになるかも』と川谷がLINEを送り、ベッキーが『私はそう思ってるよ!』と返答、続いて二人で『ありがとう文春!』と言い合っているスクリーンショットが公開されました。ネット上では『会見でベッキーが話していたこと、全部ウソだったんだな』『ベッキーがゲスすぎる! 世間をバカにしてるとしか思えない』などと批判され、不倫騒動は今なお尾を引いています」(同)

 不倫自体が大きなリスクだが、“その後の対応”こそが肝心だということを忘れてはならないだろう。

ネコの施設長「ぴーち」が退職間近、駅長「しょこら」はタクシー運転手さんにスリスリ【駅で働くネコちゃん・もふもふ】

全国各地の駅で働くモフモフの動物たちを紹介する当連載。モフモフのかわいい駅長や観光大使のお仕事ぶりを月2回紹介しちゃいます♪ 今回は、3月で退職を迎えるぴーち施設長さんを中心にお届けです。

ぴーち施設長

最近の出来事:平成29年10月より約3年間、皆様から愛されて参りました「ぴーち」施設長の退職が迫ってきました。残りの出勤は、3月28.29日そして最終日は31日となります。最後まで応援宜しくお願い致します♪

お名前:らぶ駅長、ピーチ施設長
勤務先会津鉄道 芦ノ牧温泉駅
勤務時間:9:00~16:00(らぶ駅長 水・木お休み/ぴーち施設長 月・火・金お休み)
Twitter@ashinomakionsenインスタグラムashinomakionseneki
レギュラー番組『にゃん旅鉄道』(福島中央テレビ、TVer)放送中

就任エピソード:2015年、初代名誉駅長・ばすの跡を継いだらぶが二代目名誉駅長に就任。17年10月には、らぶ駅長の弟・ぴーちが名誉施設長のポストに就いた。

しょこら駅長

最近の出来事:3月中旬でも雪が降ったりと冬の寒さが続いています。巡回に出た駅長は、寒さが苦手なので30秒で室内に戻ってしまいました(笑)。命の恩人であるタクシーの運転主さんにご挨拶したり、元気に過ごしてます♪
※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、 現在も浦和美園駅ストリートピアノは一時利用休止とさせていただ いております。

お名前:ショコ・ラ・ダリヤ
年齢:2~3歳
勤務先:JR東日本 米坂線羽前小松駅
勤務時間:平日 8:00~19:00/土日祝 8:45~16:30
Twitter:@chocolat_komatu

駅長就任エピソード:羽前小松駅にいた迷い猫出身。駅舎で面倒を見ているうちに、地元民から愛される存在となり、10月に駅長ポストへ就任。このたび、晴れてJRお墨付きの駅長に!

ラビたま駅長

最近の出来事:実は、浦和美園駅には「うさぎ駅長室」があるんです。会議室の一部屋まるまる、ラビたま駅長のお部屋なんですよ。各種イベントが新型コロナウイルスの感染予防のため取りやめになっていますが、1日も早い収束を駅長も願っています。 

お名前:ラビたま駅長
勤務先:埼玉高速鉄道 浦和美園駅
勤務時間:9:30~11:30 14:30~16:30(火・木はお休み)

駅長就任エピソード:埼玉県こども動物自然公園のふれあいコーナー出身のイエウサギ。2015年6月に駅長就任! 浦和には“うさぎ神社”として知られる調神社(つきじんじゃ)もある。

にゃん太郎観光大使

※新型コロナの影響で雛祭りイベントが中止に。今回の写真連載はお休みです。