メルカリは金銭感覚をぶっこわす、“魔法”のツール――フリマアプリで「価格の高い順から」検索し、40万円もお得に!?


――2年で1,300万円以上溶かし、現在借金は●00万円の“買い物狂い”のライターが、苦しくも楽しい「散財」の日々を綴ります。

「『買い物狂いになりたくないヤツは、これをやるな!』っていうものを1個挙げてください」という取材依頼が来たら、「フリマアプリだよ、フリマアプリ! なにかに依存しやすいヤツは絶対手を出しちゃだめっすよ!」と、唾を飛ばしながら力説しようと思っています。

 フリマアプリといえば、『中古の商品が安く買えるアプリ』、『家の中に眠っていたガラクタが売れるアプリ』と数年前から大人気ですが、私がキャッチコピーをつけるなら『金銭感覚をぶっ壊す魔法のアプリ』にしますね。あれはね、麻薬だよ、麻薬。最初はちょっと楽しい世界を覗いている感覚だけど、気づいたらもう戻れなくなるんだ……。

 私がフリマアプリを利用し始めたキッカケは、『流行っているから、ちょっと見てみよう』というものでした。

 フリマアプリって、一度やってみると本当に楽しい。膨大な商品の中から「いいね」をつける作業が楽しいし、いざ商品を購入して『出荷しました』の通知が出ると、何とも言えないワクワク感。商品が家に着いて、中身を開ける瞬間とか、もう最高なんですよ!

 私、ギャンブルはやったことがないんですが、ギャンブルの同じくらいの高揚感が味わえると思います。良い商品か、悪い商品か、当たるも八卦当たらぬも八卦みたいな!

 そのうち、私は寝る前や空き時間にフリマアプリをチェックするのが趣味になりました。ええ、ここでも依存体質っぷりをどっぷり発揮したんですよね……へへ。

 フリマアプリには、それはもう大量の商品が掲載されています。『ネックレス』とか『トップス』とかで検索すると、とんでもない数の商品が出てきます。最初は『新着順』に眺めて、980円や1,500円くらいの商品をちょこちょこ買ってみて、「失敗したなあ」とか、「お。これはけっこういいかも!」とプチギャンブルを楽しんでいた私ですが、次第に「……あれ、なんか私、失敗ばかりしてない……?」と購入履歴を見ながら首を傾げるようになりました。

 やっぱり1,000円以下の商品って値段相応。元値5,000円の使いかけの化粧品を買った時は、写真で見るよりめちゃくちゃ使われていて、「何これ~!?」って思いましたし、1,000円で購入したネックレスは、すごくちゃっちくて、子供向けのおもちゃみたいだなと思いました。

 それもそのはず、1,000円以下の商品で3,000円以上の価値のあるものがあることなんて、なかなかないんですよね。売る側だって、購入するときはその商品が欲しくて買ったわけですし、プチプラのものは「買いたい」というライバルもいっぱいいるので、お得なものはすぐに売れてしまうのです。

 そんなある日、私は『50万円で購入したブレスレット』が10万円で売られているのを見つけました。出品者さんは、ジュエリーが大好きな人で、その50万円のブレスレットはオーダーして作ったのとのこと。でも、金具が緩んでいたのか、一度落としそうになったのだそうです。で、そのときにすごく恐怖を感じ、「また落としたらどうしよう……」と思ってしまって、そのブレスレットを身に付けられなくなってしまったんだって。私が見かけたときには、「25万円でスタートしましたが、最終価格10万円に値下げします」と書かれていました。

「50万円が10万円……!? ってことは、これ買えば40万円の得なのか……!?」

 これです、この発想。これこそがフリマアプリに潜む『魔』……。1,000円のものを買っていた時は、めちゃくちゃ割引されていても、元値3,000円のものが限界でしたが、高価格の商品になると、10万円とか20万円が普通に割引されていました。売値がそもそも高いので、ライバルも少ない……。

 ここに気づいた瞬間から、私のフリマライフが一変しました。商品は新着順ではなく、『価格が高い順』から見るのが私のスタンダードになったのです。

『価格が高い順』に直すと、フリマアプリはマジで楽しいです。自分の普段の生活では見ることがない商品がずらずら出てくるんですもん。元値500万のパライバトルマリンのリングとか、150万円の毛皮、40万円のジーンズ……。面白いことに、高価格のアイテムのほうが、出品者さんも「売りたい!」と本気を出すので、商品の説明文が楽しいのです。その商品を購入したときの気持ちや思い出、その商品の価値について詳しく書かれていて、写真もきれいに取られていて、その上、元値の半額や3分の1以下で売られています。

「の、脳内麻薬がでまくるうううううう!!!!」

 出品者さんと話すのもまた楽しいひと時でした。商品に関する質問をしたり、時には「○○万円までなら頑張れるのですが、いかがでしょうか……?」と値下げをお願いしたり……。価格交渉中、出品者さんからメッセージが来たという通知がくるたびに、私の心臓はバクバクと波打ち、「生きてる!!」という感じがしました。まるで告白の返事を聞くように、そっとスマホの画面を開いて……。

出品者さん「そちらの価格で良いですよ」
私「本当ですか!? 嬉しいです! 購入させてください!」

 思わず、「勝利――――!!!!」みたいな……(20万円のブレスレットお買い上げ)。

 フリマアプリで『価格が高い順』に検索していくうちに、どんどん金銭感覚がマヒして「○○万円も安く買える!」という喜びのために購入するようになりました。ほんといろいろ買ったなぁ……。エルメスなんて一度も店に入ったことがないのに、スカーフにドはまりして10枚くらい買いました。計25万円くらい使ったっけ……。でも、まだ一度も使ってない……。商品を見て、惚れて、購入して、家に届く。その楽しみに2万円払ってるのよ、わたしゃ……。

 そんなわけで、今でもフリマアプリのヘビーユーザーな私。『価格が高い順』以外、見ることはありません。皆さんも、フリマアプリで『価格が高い順』に検索してみてください。あっという間に金銭感覚がマヒしますよ……。

相葉雅紀を心配する声多数! 志村けん新型コロナ陽性で

 志村けんが新型コロナウイルス検査で陽性と診断され、東京都内の病院に入院していることが明らかになった。これにより嵐ファンが相葉雅紀を心配する声も大きくなっている。相葉雅紀と志村けんはレギュラー番組『天才!志村どうぶつ園』(日本テレビ系)で共演している。

 志村が大変なときに、なぜ嵐ファンは相葉ばかり心配するのか……と批判する向きもあるが、嵐ファンとしては相葉が過去、二度も肺気胸にかかっていることが気がかりなようだ。

 相葉雅紀はまだ10代だった2002年3月に、「(右)肺気胸」と診断されて入院、手術している。その2年後、2004年の『24時間テレビ』(日本テレビ系)で嵐はメインパーソナリティーを務めたが、相葉はこのときの不安な気持ちや、メンバーたちに助けられたことへの深い感謝を綴った手紙を読み上げた。

 さらに2011年6月、相葉は胸の痛みを訴えて緊急入院。今度は「(左)肺気胸」だったという。いつも明るい笑顔の相葉だが、こうした経験があるためファンはとりわけ彼の健康を心配しているのである。

 ちなみに今年さらなるブレイクを遂げた俳優の佐藤健も、主演作品『仮面ライダー電王』の撮影中だった2007年に肺気胸を発症して安静を余儀なくされたことがある。痩せ型の若い男性がかかることの多い病気だと言われる。

 相葉をはじめ、志村と仕事でかかわっていたスタッフ・キャストの健康確認は重要だろう。そして志村は70歳と高齢なうえ、肝臓の持病がある。今年は胃のポリープ切除手術もしており、健康状態が心配されている。今年はNHK朝ドラ『エール』出演、主演映画『キネマの神様』の撮影など俳優としてのオファーに応える予定となっており、志村の活躍に期待していた人は多いだろうが、今はただ早期の回復を祈りたい。

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ウディ・アレンの自叙伝が急きょ発売! 性的虐待疑惑や、35歳年下の妻への思いをつづる

 既報の通り、元パートナーである女優ミア・ファローとの養女への性的虐待疑惑が問題視され、4月7日の発売が中止されてしまった米映画界の巨匠ウディ・アレンの自叙伝。

 米紙「ニューヨーク・タイムズ」は、この自叙伝は昨年、大手出版社4社に売り込まれたものの、「#MeToo」運動が盛んであることから出版は難しいと断られたと報道。今回、社員の猛反発を受けて発売中止を決断した大手出版社アシェット・ブック・グループ傘下の「グランド・セントラル・パブリッシング」が最後の望みだったため、お蔵入りしてしまうのかとファンを落胆させた。

 そんなウディの自叙伝『Apropos of Nothing(突然だけど)』が、3月23日に突然発売されたのだ。

 発売したのは、スカイフォース出版社傘下の「アーケード・パブリッシング」で、同社は米AP通信を通して「ウディのブルックリンでの幼少期時代から、映画、劇場、テレビ、出版物、スタンドアップ・コメディで名声を得る過程や、家族や友人との関係についても記した回想録だ」と説明。発売を諦めかけていたファンを大喜びさせている。

 ウディは自叙伝の中で、ミアのことを「明るく、美しく、演技力があり、絵心もあり、音楽も嗜みながら、7人の子どもを育てている女性。彼女たちとの生活にシットコムのようなおもしろさを感じてしまい、いつの間にか関係を持つようになってしまった」と回想。幸せな時を一緒に過ごしていたものの、息子ローナン・ファローが誕生した1987年以降は徐々に関係が冷えていき、ウディがミアの養女スン・イーと付き合い始めた頃には実質的には別れていたと主張。

 97年12月にイタリア・ヴェネツィアでこぢんまりとした結婚式を挙げた、35歳年下のスン・イーとの交際については、「関係を持ち始めた頃、我々は完全に欲望に支配されていた……互いの体に、常に触れ合っていた」と、肉体的に激しく求め合うような関係だったことを赤裸々に告白。ミアは、ウディの自宅でスン・イーのヌード写真を見つけたことで2人の関係を知ったと伝えられているが、セックスありきの関係だったのなら納得だ。ウディも「盛り上がっていたから、エロティックな写真を撮ろうという話になってね。カメラがうまく使えるか自信がなかったけど、興奮するような写真が撮れた。あとはみなさんタブロイドで読んだでしょう」とつづっている。

 スン・イーのヌード写真を発見した時のミアの気持ちについては、「ショックを受けただろう。うろたえただろう。激怒しただろう。理解できる。もっともな反応だと思う」と受け止めたものの、スン・イーと愛し合う仲になったことは後悔していないと断言。彼女との交際が発覚してからというもの、「苦難の連続に見舞われ、至るところで中傷されるようになった。『こういう結果になると予想できなかったのか?』『スン・イーとこうならなければよかったと思わないか?』とも質問される」ようになったが、「私の答えはいつも同じ。(過去に戻れたとしても)迷うことなく絶対に同じことをする」と、彼女への揺るぎない愛を明かした。

 なお、スン・イーとは愛情を確かめ合うために結婚したのではなく、「金銭的な理由」からとのこと。「私は彼女よりうんと年上だから、余命宣告を受けて短期間で死んでしまう可能性が高い。その時、遺産相続がスムーズにいくように結婚した。私が持つすべてを彼女に受け継いでもらうために」とつづっている。

 ミアはウディと別れた直後の96年、彼と迎えた養女ディランが7歳の時に、「ウディから性的虐待を受けたと言っている」と警察に通報。警察は調査したものの、訴訟には至らなかった。ミアとウディのもう1人の養子モーゼは14年、米芸能誌「People」に、「性的虐待は起きてない。ミアがウディに復讐するための作り話」と激白しており、ディランはミアに洗脳され、性的虐待を受けたと思い込んでいるだけで、実際にはそんなことはなかったと証言している。

 ウディは自叙伝で、ディランへの性的虐待疑惑を改めて否定。「ディランに手を出したことは一度たりともない」「虐待していると誤解されるようなことすらしていない」と断言。「初めから終わりまで、でっち上げた作り話でしかなかったんだよ」と主張している。

 ディランが今も言い続けている“1992年8月にコネチカットの家で起きた性的虐待”についても、「部屋の中には、たくさんの人がいた。みんなでまったりとテレビを見ていたんだ。私の座る場所はなく、床の上に座った。ソファに寄りかかった時に、頭がディランの膝に当たっていたかもしれない」と認めたうえで、「でもそれは不適切なことではない。不適切なことなどしていない」と断言している。

 ディランと絶縁状態にあることについては、「彼女を大切に育ててきた年月が失われてしまった。私の人生において最も悲しいことである」と嘆き、「もし、ディランがモーゼのように、スン・イーと私に連絡をくれたらなら、両手を広げて大歓迎する。今のところ、夢でしかないが」と、ディランへは変わらぬ愛情を持ち続けているよう。

 世間からのバッシングにあまり反応しないことについては、「悪意に満ちた無意味な宇宙において、この虚偽告発はあまりにもちっぽけすぎる」ため気にならず、また「人間嫌いが幸いし」傷ついてもいないと告白。「まったく、人々は本当に私の考えを裏切らないもんだ」と、ウディ節を炸裂させている。

 ゲリラ的なウディの自叙伝発売に対して、ネット上は賛否両論。「売ればいい。私は買わないし読まない」といった意見、Kindle版が約15ドルで購入できることから「新型コロナウイルス感染拡大で外出禁止になって暇だから、読んでみようかな」といった意見も多く上がっている。

 この自叙伝だが、冒頭で「最高のスン・イーに捧げる」と記しており、「自分の言いなりにしているつもりが、いつの間にか自分が彼女の言いなりになっていた」と、のろけている。スン・イーとラブラブであることをアピールしているウディだが、84歳と高齢。新型コロナウイルス感染症の患者数が激増しているニューヨーク市に住んでいるため、健康状態も心配されている。

ウディ・アレンの自叙伝が急きょ発売! 性的虐待疑惑や、35歳年下の妻への思いをつづる

 既報の通り、元パートナーである女優ミア・ファローとの養女への性的虐待疑惑が問題視され、4月7日の発売が中止されてしまった米映画界の巨匠ウディ・アレンの自叙伝。

 米紙「ニューヨーク・タイムズ」は、この自叙伝は昨年、大手出版社4社に売り込まれたものの、「#MeToo」運動が盛んであることから出版は難しいと断られたと報道。今回、社員の猛反発を受けて発売中止を決断した大手出版社アシェット・ブック・グループ傘下の「グランド・セントラル・パブリッシング」が最後の望みだったため、お蔵入りしてしまうのかとファンを落胆させた。

 そんなウディの自叙伝『Apropos of Nothing(突然だけど)』が、3月23日に突然発売されたのだ。

 発売したのは、スカイフォース出版社傘下の「アーケード・パブリッシング」で、同社は米AP通信を通して「ウディのブルックリンでの幼少期時代から、映画、劇場、テレビ、出版物、スタンドアップ・コメディで名声を得る過程や、家族や友人との関係についても記した回想録だ」と説明。発売を諦めかけていたファンを大喜びさせている。

 ウディは自叙伝の中で、ミアのことを「明るく、美しく、演技力があり、絵心もあり、音楽も嗜みながら、7人の子どもを育てている女性。彼女たちとの生活にシットコムのようなおもしろさを感じてしまい、いつの間にか関係を持つようになってしまった」と回想。幸せな時を一緒に過ごしていたものの、息子ローナン・ファローが誕生した1987年以降は徐々に関係が冷えていき、ウディがミアの養女スン・イーと付き合い始めた頃には実質的には別れていたと主張。

 97年12月にイタリア・ヴェネツィアでこぢんまりとした結婚式を挙げた、35歳年下のスン・イーとの交際については、「関係を持ち始めた頃、我々は完全に欲望に支配されていた……互いの体に、常に触れ合っていた」と、肉体的に激しく求め合うような関係だったことを赤裸々に告白。ミアは、ウディの自宅でスン・イーのヌード写真を見つけたことで2人の関係を知ったと伝えられているが、セックスありきの関係だったのなら納得だ。ウディも「盛り上がっていたから、エロティックな写真を撮ろうという話になってね。カメラがうまく使えるか自信がなかったけど、興奮するような写真が撮れた。あとはみなさんタブロイドで読んだでしょう」とつづっている。

 スン・イーのヌード写真を発見した時のミアの気持ちについては、「ショックを受けただろう。うろたえただろう。激怒しただろう。理解できる。もっともな反応だと思う」と受け止めたものの、スン・イーと愛し合う仲になったことは後悔していないと断言。彼女との交際が発覚してからというもの、「苦難の連続に見舞われ、至るところで中傷されるようになった。『こういう結果になると予想できなかったのか?』『スン・イーとこうならなければよかったと思わないか?』とも質問される」ようになったが、「私の答えはいつも同じ。(過去に戻れたとしても)迷うことなく絶対に同じことをする」と、彼女への揺るぎない愛を明かした。

 なお、スン・イーとは愛情を確かめ合うために結婚したのではなく、「金銭的な理由」からとのこと。「私は彼女よりうんと年上だから、余命宣告を受けて短期間で死んでしまう可能性が高い。その時、遺産相続がスムーズにいくように結婚した。私が持つすべてを彼女に受け継いでもらうために」とつづっている。

 ミアはウディと別れた直後の96年、彼と迎えた養女ディランが7歳の時に、「ウディから性的虐待を受けたと言っている」と警察に通報。警察は調査したものの、訴訟には至らなかった。ミアとウディのもう1人の養子モーゼは14年、米芸能誌「People」に、「性的虐待は起きてない。ミアがウディに復讐するための作り話」と激白しており、ディランはミアに洗脳され、性的虐待を受けたと思い込んでいるだけで、実際にはそんなことはなかったと証言している。

 ウディは自叙伝で、ディランへの性的虐待疑惑を改めて否定。「ディランに手を出したことは一度たりともない」「虐待していると誤解されるようなことすらしていない」と断言。「初めから終わりまで、でっち上げた作り話でしかなかったんだよ」と主張している。

 ディランが今も言い続けている“1992年8月にコネチカットの家で起きた性的虐待”についても、「部屋の中には、たくさんの人がいた。みんなでまったりとテレビを見ていたんだ。私の座る場所はなく、床の上に座った。ソファに寄りかかった時に、頭がディランの膝に当たっていたかもしれない」と認めたうえで、「でもそれは不適切なことではない。不適切なことなどしていない」と断言している。

 ディランと絶縁状態にあることについては、「彼女を大切に育ててきた年月が失われてしまった。私の人生において最も悲しいことである」と嘆き、「もし、ディランがモーゼのように、スン・イーと私に連絡をくれたらなら、両手を広げて大歓迎する。今のところ、夢でしかないが」と、ディランへは変わらぬ愛情を持ち続けているよう。

 世間からのバッシングにあまり反応しないことについては、「悪意に満ちた無意味な宇宙において、この虚偽告発はあまりにもちっぽけすぎる」ため気にならず、また「人間嫌いが幸いし」傷ついてもいないと告白。「まったく、人々は本当に私の考えを裏切らないもんだ」と、ウディ節を炸裂させている。

 ゲリラ的なウディの自叙伝発売に対して、ネット上は賛否両論。「売ればいい。私は買わないし読まない」といった意見、Kindle版が約15ドルで購入できることから「新型コロナウイルス感染拡大で外出禁止になって暇だから、読んでみようかな」といった意見も多く上がっている。

 この自叙伝だが、冒頭で「最高のスン・イーに捧げる」と記しており、「自分の言いなりにしているつもりが、いつの間にか自分が彼女の言いなりになっていた」と、のろけている。スン・イーとラブラブであることをアピールしているウディだが、84歳と高齢。新型コロナウイルス感染症の患者数が激増しているニューヨーク市に住んでいるため、健康状態も心配されている。

ジャニーズ・ラウールとディオールコラボの意義――化粧品業界を席巻する「男性モデル」と、韓国コスメの広告事情

 世界的コスメブランド「パルファン・クリスチャン・ディオール」が、Snow Manのラウールとコラボレーションした。長い間、「女性の身だしなみ」「女子力を上げるアイテム」と謳われてきたコスメのCMに、ジャニーズの若手タレントが登場し、注目の的となっている。

 2月下旬、ウェブメディア「ELLE ONLINE」上で公開された、ディオールとラウールのコラボ動画では、全身を真っ白なディオールの衣装で包み、Snow Manの新曲「KISSIN’ MY LIPS」にのせて艶やかに踊るラウールが映し出されていた。その姿は大きな反響を呼び、瞬く間にSNS上で拡散された。

 ラウールは、2003年生まれの16歳。ベネズエラ人の父、日本人の母を両親にもつダブルで、ジャニーズ事務所に入所は2015年だ。19年1月にSnow Man の一員となり、今年1月にメジャーデビューを果たした。幼い頃から培ったダンスの実力で、グループ唯一の10代でありながらセンターを務める有望株だ。

 この動画が目を引いたのは、16歳という若い男性タレントがコスメブランドのコラボ相手として抜擢されたから……というだけではない。ラウール自身が、動画に登場する「ディオール アディクト ステラー ハロ シャイン」の“FAITH STAR(620)”と「ディオール アディクト ステラー グロス」“STELLAR(092)”の2商品をつけて登場しているからだ。男性がリップを持ち、それを自らの唇に引いてみせている――その珍しさや、なんとも言えない表情に目を惹かれた人も多いのではないだろうか。

 これまで、コスメ広告のイメージモデルを務めてきたのは、ほとんどが女性だった。当然、コスメは女性が使う物だと思われてきたからだ。しかし多様性の重要さが問われるようになった今、そうしたアプローチには変化が生じ始めている。顕著な例が、韓国におけるコスメ広告の変化だ。

 本稿では、ラウールとディオールのコラボ広告の意味を考えるため、コスメ広告への男性モデルの起用という世界的なトレンドを探ってみたい。またこうした変化は、社会的にどんな影響をもたらすのか。前後編にわけ、じっくりと考察していこう。

 日本ではこれまで、男性タレントが化粧品のコマーシャルに登場することはめったになかった。しかしお隣韓国に視線を移すと、男性タレントがコスメブランドのイメージモデルに起用されるのは、ごく普通のことだ。例えば、08年にThe Face Shopのイメージキャラクターになっているのは、第1次韓流ブームを牽引したペ・ヨンジュン。当時は、スター俳優が男女そろってコスメブランドのイメージキャラクターとして起用されることが多かったようだ。

 続いてK-POPブームが訪れると、男性アイドルが単独で起用されるようにもなる。その先駆けとなったのが、2PM(It's Skin/10年)、SHINee(ETUDE HOUSE/11~13年、the SAEM/14年)などだろう。韓国の男性アイドルは当時からしっかりとステージメイクを施す傾向にあり、化粧品との親和性も高かったと考えられる。

 彼らが起用された一番の理由は、韓国国内はもちろん、海外市場への訴求力をも備えていたからだ。韓国では国策としてK-POPを世界へ売り込み、彼らをアジア圏全土のポップアイコンにまで育て上げた。化粧メーカーが彼らを広告塔に据えることでインバウンド需要を伸ばそうとしたことは、想像にかたくない。実際にその戦略は功を奏し、日本国内の主要都市にも韓国コスメの路面店が次々とできていった。

 2010年の後半になると、欧米でもコスメブランドが男性モデルとタッグを組む例が見られるようになった。それを後押ししたのは、インターネットを通して人気を博したメンズビューティーブロガーたちだ。16年、アメリカのプチプラコスメブランド「COVERGIRL」が、美容系YouTuberのジェイムズ・チャールズをイメージモデルに起用。コスメブランドが17歳の一般人男性が登場するという画期的な試みに賛否両論が巻き起こった。続いて17年には、アメリカの老舗プチプラコスメブランド「メイベリン」が、人気インスタグラマーのマニー・グティエレスを起用している。

 ジェイムズ・チャールズやマニー・グティエレスは、日本で言えば、りゅうちぇるのような存在だ。YouTubeやInstagramでメイクのチュートリアルを公開するなど、メイクを楽しむ姿を生き生きと表現。性自認や性志向にかかわらず、メイクが男性の自己表現たり得ることを証明した。そして、それは化粧品業界が新たに目指すべき市場拡大の可能性でもあったのだろう。

 実は、それまでも男性向けにスキンケア製品を展開するブランドは存在した。しかしほとんどの場合、メイク用品は扱われておらず、前述した男性美容YouTuberも女性向けのメイク道具を使用していたのだ。そんな中、18年、老舗高級ブランド「シャネル」が初の男性用メイクアップライン「ボーイ ドゥ シャネル(BOY DE CHANEL)」を韓国と日本で展開すると発表。歴史ある有名ブランドが男性向けのメイク市場に参入したことは、センセーショナルな出来事だった。

 同時に2010年代後半頃から、女性/男性という性別の垣根をなくそうとする風潮が世界的により強くなっていく。19年には世界的コスメブランド「パルファム ジバンシイ“男性用”もしくは“メンズライン”という性別によるカテゴライズからさらに一歩進み、ジェンダーフリーを謳ったメイクアップラインが生まれたのだ。

 世界的なコスメのジェンダーレス化を受けて、韓国での男性イメージモデルの在り方も変わりつつある。1点目の変化は、広告でメイクをした姿を彼らが見せるようになったことだ。かつて、韓国で「イメージモデルの男性が使用している商品」として広告されるのは、スキンケアやパックなどの基礎化粧品、またBBクリーム、クッションファンデなどのベースメイクアイテムばかりだった。しかしここ1年ほどで、大小問わずどのブランドも男性モデルを積極的に起用するようになり、さらに彼らはアイシャドウやリップを施した姿で登場するようになっているのだ。

 例えば19年にはコスメブランド「lilybyred」が夏限定ティントのイメージモデルに、アイドルグループGorden Childのチェ・ボミンを起用。広告写真のチェ・ボミンの唇には、実際にティントが施されている。また20年には、元X1のキム・ウソクが、韓国のプロ御用達ブランド「CLIO」の初男性モデルに就任。広告写真ではリップやアイシャドウを施し、公式動画では自らリップを引く姿を見せた。

 2点目の変化は、起用される男性モデルの像が変わってきていること。前述したチェ・ボミン、キム・ウソクのように線が細く中性的な、いわゆる画一的な“美少年”風の美しさを持つ男性だけでなく、より一般的な男性像に近い男性モデルたちも起用されるようになったのだ。代表的な例が、18年にスタートしたコスメブランド「LAKA」だろう。韓国初のジェンダーニュートラルブランドを謳う「LAKA」は、当初からフルメイクを施した“普通の”または“男らしい”男性モデルを登場させた。

 こうした背景下にあっても、日本では、18年にコスメブランド「M・A・C」と初タッグを組んだNissy(西島隆弘)などの例はあるものの、まだまだ男性タレントが化粧品のコマーシャルに起用されることはごくまれだ。そんな中で16歳の少年・ラウールが自らの唇にリップを引いてみせた姿は、エポックメイキングであるといえるだろう。

 1996年、彼の事務所の先輩にあたる木村拓哉がカネボウのイメージモデルを務めたとき、そのキャッチコピーは「スーパーリップで攻めてこい」だった。それから20年以上経った今、ラウールはディオールのリップを施した姿で東京ガールズコレクションの舞台に立ち、「メンズの方にも使っていただきたいです」と話している。

 そう、ラウールはリップをつけた女性に攻められる客体としてではなく、リップをつける主体として堂々と立ってみせたのだ。こうしたジェンダー意識の更新は、彼だけに見られるものというよりも、今の時代が求めるスター像に必要なものなのだろう。では、メイクが女性だけの専売特許ではなくなったとき、社会はどのように変化していくのだろうか。「男性も化粧をする時代」は、果たして本当に解放なのか、それとも……。次の論考では、学者の分析を交えつつ、男性がメイクをすることの社会的意味について考えてみたい。 

ジャニーズ・ラウールとディオールコラボの意義――化粧品業界を席巻する「男性モデル」と、韓国コスメの広告事情

 世界的コスメブランド「パルファン・クリスチャン・ディオール」が、Snow Manのラウールとコラボレーションした。長い間、「女性の身だしなみ」「女子力を上げるアイテム」と謳われてきたコスメのCMに、ジャニーズの若手タレントが登場し、注目の的となっている。

 2月下旬、ウェブメディア「ELLE ONLINE」上で公開された、ディオールとラウールのコラボ動画では、全身を真っ白なディオールの衣装で包み、Snow Manの新曲「KISSIN’ MY LIPS」にのせて艶やかに踊るラウールが映し出されていた。その姿は大きな反響を呼び、瞬く間にSNS上で拡散された。

 ラウールは、2003年生まれの16歳。ベネズエラ人の父、日本人の母を両親にもつダブルで、ジャニーズ事務所に入所は2015年だ。19年1月にSnow Man の一員となり、今年1月にメジャーデビューを果たした。幼い頃から培ったダンスの実力で、グループ唯一の10代でありながらセンターを務める有望株だ。

 この動画が目を引いたのは、16歳という若い男性タレントがコスメブランドのコラボ相手として抜擢されたから……というだけではない。ラウール自身が、動画に登場する「ディオール アディクト ステラー ハロ シャイン」の“FAITH STAR(620)”と「ディオール アディクト ステラー グロス」“STELLAR(092)”の2商品をつけて登場しているからだ。男性がリップを持ち、それを自らの唇に引いてみせている――その珍しさや、なんとも言えない表情に目を惹かれた人も多いのではないだろうか。

 これまで、コスメ広告のイメージモデルを務めてきたのは、ほとんどが女性だった。当然、コスメは女性が使う物だと思われてきたからだ。しかし多様性の重要さが問われるようになった今、そうしたアプローチには変化が生じ始めている。顕著な例が、韓国におけるコスメ広告の変化だ。

 本稿では、ラウールとディオールのコラボ広告の意味を考えるため、コスメ広告への男性モデルの起用という世界的なトレンドを探ってみたい。またこうした変化は、社会的にどんな影響をもたらすのか。前後編にわけ、じっくりと考察していこう。

 日本ではこれまで、男性タレントが化粧品のコマーシャルに登場することはめったになかった。しかしお隣韓国に視線を移すと、男性タレントがコスメブランドのイメージモデルに起用されるのは、ごく普通のことだ。例えば、08年にThe Face Shopのイメージキャラクターになっているのは、第1次韓流ブームを牽引したペ・ヨンジュン。当時は、スター俳優が男女そろってコスメブランドのイメージキャラクターとして起用されることが多かったようだ。

 続いてK-POPブームが訪れると、男性アイドルが単独で起用されるようにもなる。その先駆けとなったのが、2PM(It's Skin/10年)、SHINee(ETUDE HOUSE/11~13年、the SAEM/14年)などだろう。韓国の男性アイドルは当時からしっかりとステージメイクを施す傾向にあり、化粧品との親和性も高かったと考えられる。

 彼らが起用された一番の理由は、韓国国内はもちろん、海外市場への訴求力をも備えていたからだ。韓国では国策としてK-POPを世界へ売り込み、彼らをアジア圏全土のポップアイコンにまで育て上げた。化粧メーカーが彼らを広告塔に据えることでインバウンド需要を伸ばそうとしたことは、想像にかたくない。実際にその戦略は功を奏し、日本国内の主要都市にも韓国コスメの路面店が次々とできていった。

 2010年の後半になると、欧米でもコスメブランドが男性モデルとタッグを組む例が見られるようになった。それを後押ししたのは、インターネットを通して人気を博したメンズビューティーブロガーたちだ。16年、アメリカのプチプラコスメブランド「COVERGIRL」が、美容系YouTuberのジェイムズ・チャールズをイメージモデルに起用。コスメブランドが17歳の一般人男性が登場するという画期的な試みに賛否両論が巻き起こった。続いて17年には、アメリカの老舗プチプラコスメブランド「メイベリン」が、人気インスタグラマーのマニー・グティエレスを起用している。

 ジェイムズ・チャールズやマニー・グティエレスは、日本で言えば、りゅうちぇるのような存在だ。YouTubeやInstagramでメイクのチュートリアルを公開するなど、メイクを楽しむ姿を生き生きと表現。性自認や性志向にかかわらず、メイクが男性の自己表現たり得ることを証明した。そして、それは化粧品業界が新たに目指すべき市場拡大の可能性でもあったのだろう。

 実は、それまでも男性向けにスキンケア製品を展開するブランドは存在した。しかしほとんどの場合、メイク用品は扱われておらず、前述した男性美容YouTuberも女性向けのメイク道具を使用していたのだ。そんな中、18年、老舗高級ブランド「シャネル」が初の男性用メイクアップライン「ボーイ ドゥ シャネル(BOY DE CHANEL)」を韓国と日本で展開すると発表。歴史ある有名ブランドが男性向けのメイク市場に参入したことは、センセーショナルな出来事だった。

 同時に2010年代後半頃から、女性/男性という性別の垣根をなくそうとする風潮が世界的により強くなっていく。19年には世界的コスメブランド「パルファム ジバンシイ“男性用”もしくは“メンズライン”という性別によるカテゴライズからさらに一歩進み、ジェンダーフリーを謳ったメイクアップラインが生まれたのだ。

 世界的なコスメのジェンダーレス化を受けて、韓国での男性イメージモデルの在り方も変わりつつある。1点目の変化は、広告でメイクをした姿を彼らが見せるようになったことだ。かつて、韓国で「イメージモデルの男性が使用している商品」として広告されるのは、スキンケアやパックなどの基礎化粧品、またBBクリーム、クッションファンデなどのベースメイクアイテムばかりだった。しかしここ1年ほどで、大小問わずどのブランドも男性モデルを積極的に起用するようになり、さらに彼らはアイシャドウやリップを施した姿で登場するようになっているのだ。

 例えば19年にはコスメブランド「lilybyred」が夏限定ティントのイメージモデルに、アイドルグループGorden Childのチェ・ボミンを起用。広告写真のチェ・ボミンの唇には、実際にティントが施されている。また20年には、元X1のキム・ウソクが、韓国のプロ御用達ブランド「CLIO」の初男性モデルに就任。広告写真ではリップやアイシャドウを施し、公式動画では自らリップを引く姿を見せた。

 2点目の変化は、起用される男性モデルの像が変わってきていること。前述したチェ・ボミン、キム・ウソクのように線が細く中性的な、いわゆる画一的な“美少年”風の美しさを持つ男性だけでなく、より一般的な男性像に近い男性モデルたちも起用されるようになったのだ。代表的な例が、18年にスタートしたコスメブランド「LAKA」だろう。韓国初のジェンダーニュートラルブランドを謳う「LAKA」は、当初からフルメイクを施した“普通の”または“男らしい”男性モデルを登場させた。

 こうした背景下にあっても、日本では、18年にコスメブランド「M・A・C」と初タッグを組んだNissy(西島隆弘)などの例はあるものの、まだまだ男性タレントが化粧品のコマーシャルに起用されることはごくまれだ。そんな中で16歳の少年・ラウールが自らの唇にリップを引いてみせた姿は、エポックメイキングであるといえるだろう。

 1996年、彼の事務所の先輩にあたる木村拓哉がカネボウのイメージモデルを務めたとき、そのキャッチコピーは「スーパーリップで攻めてこい」だった。それから20年以上経った今、ラウールはディオールのリップを施した姿で東京ガールズコレクションの舞台に立ち、「メンズの方にも使っていただきたいです」と話している。

 そう、ラウールはリップをつけた女性に攻められる客体としてではなく、リップをつける主体として堂々と立ってみせたのだ。こうしたジェンダー意識の更新は、彼だけに見られるものというよりも、今の時代が求めるスター像に必要なものなのだろう。では、メイクが女性だけの専売特許ではなくなったとき、社会はどのように変化していくのだろうか。「男性も化粧をする時代」は、果たして本当に解放なのか、それとも……。次の論考では、学者の分析を交えつつ、男性がメイクをすることの社会的意味について考えてみたい。 

山本ゆりさん【じゃがもちウインナー】、大葉とウインナーってこんなにウマいの!? 相性抜群で衝撃

料理がまったくできない主婦の私。料理は夫担当になっていますが、子どもが大きくなるにつれ、私も作らなアカンときに見舞われるように。まずはツイッターで人気の簡単レシピから料理にチャレンジ!

今日のレシピ:山本ゆりさん【じゃがもちウインナー】

 ウィンナーを使ったレシピと言ったら、「茹でてマヨネーズ」が個人的には王道でしたが、今回の「じゃがもちウィンナー」は、ジャガイモでウィンナーを巻いちゃいます! 難しかったのは、ジャガイモでウィンナーを巻く工程でした。で・す・が! ジャガイモってこんなにモッチモチになるんですね。モッチモチの中から出てきたウィンナーがパリッとしていてシソとの相性抜群!! シソが好きな人はこれ絶対好き!

料理手順はこちら

1)3個分で、じゃがいも大1個をすりおろし、軽く絞って片栗粉大さじ1、塩少々を混ぜる
2)フライパンにサラダ油を弱〜中火で熱し3枚薄く広げ、こんがり両面焼く
3)焼くか茹でるかしたウインナー3本と、好みで大葉を巻く

 実際に作ってみましょう!

 ジャガイモをすりおろして焼くだけなのね……。簡単そうだ。と思いましたが、料理できない主婦は大根すり器でジャガイモをおろすのに少し苦労した。滑る滑る。あとはウィンナーを茹でて準備完了。

 フライパン苦手です。レンチンレシピを作り続けたことで、レンジは安心して使えるようになったのですが、フライパンは火を使うから苦手。そーっとフライパンにジャガイモを乗せて焼いていきます。焦げないようにそ〜っと。両面焼いたら取り出しました。

 これを……この、ドシッとしたウィンナーを巻くんですが、事件発生。ジャガイモが本当にめっちゃモチモチしていてなかなか巻くのが難しい! 巻き巻き〜としてもファァ〜と元の形に戻ろうとするので、「何でやねん!」とブツブツ言いながら「もう巻かずに、このまま食べてしまおうか」と一瞬食欲の誘惑に負けそうなる。だが、なんとか完成した。

 山本ゆりさんの完成絵図はメチャクチャ綺麗に巻けていて、しかもシソが生き生きしてる! 完成絵図と比べて写真を撮ってみたらちょっとおいしそうに撮れた。

 早速、食べてみました。ウィンナーを巻くのが大変だったジャガイモはやっぱりモッチモチ。一口目はジャガイモとウィンナーで脂っこい? しつこいかな? と感じましたが、後からすぐにシソのさっぱり感が口いっぱいに広がって、ちょうどいいバランスに! 

 シソが好きな人はこれ絶対好き。というか、私がシソ好きなのでおやつ感覚で食べられました。モッチモチの食感の後にすぐウィンナーのパリッとジューシーな味がしてシソでさっぱり。うまい〜!!

 子どものお弁当に入れてもいいかも? 旦那のおつまみにもイケる? なんて考え出した私は、いつのまにか「料理できない主婦」から少しレベルアップして、「料理にチャレンジする姿勢を手に入れた主婦!」くらいになっているのかもしれない……。しかし、まだフライパンは怖い。

【総評】
もう一度作りたい度:★★★☆☆(巻くのが簡単なら満点)
ズボラ主婦でも再現可能度:★★☆☆☆(フライパンの上でひっくり返す技をマスターしたら満点)
子どもウケまたは夫ウケ:★★★★☆

料理考案者:山本ゆり(syunkon レンジは600W)さん

「相葉より志村を心配しろ!」志村けん“新型コロナ陽性”、嵐ファン騒然の事態に批判噴出!

 3月24日、タレントの志村けんが新型コロナウイルスに感染し、都内の病院に緊急入院していることがわかった。これを受け、ネット上では「心配だ……」「無事に回復しますように」と志村を心配する声とともに、『天才!志村どうぶつ園』(日本テレビ系)で志村と共演している嵐・相葉雅紀の感染を懸念する声も続出。ネット上では「志村本人を心配しろよ」「好きな人を心配して何が悪い」と対立が起こっている。

「新型コロナウイルスは、高齢者や基礎疾患を持つ人が重症化しやすいリスクを抱えていると言われており、現在70歳の志村の体調を心配する声が多く寄せられています。そんな中で、志村と共演している相葉のファンが『えっ……相葉くんも濃厚接触者?』『相葉ちゃん大丈夫かな』といち早く反応しため、一時期Twitterで“相葉ちゃん”“相葉ちゃん大丈夫”がトレンド入りする事態に。これが、一般のネットユーザーたちの目に止まり、『心配すべきは志村さんのほう』『これだからジャニオタは……』と批判が噴出する事態となったんです」(芸能ライター)

 相葉といえば、2002年に右肺気胸、11年に左肺気胸を発症するなど、2度にわたり肺の病気を患っている。そのため、一般ユーザーからの苦言に対し、「相葉ちゃんを心配するのは過去に2回“気胸”を発症してるから!」「何も知らないくせに口を出すな」「当然志村さんのことも心配してるし、相葉くんも心配なだけ!」と意見するファンが相次いでいる。

「一方で、志村の所属事務所・イザワオフィスは25日、FAXで発症から発覚までの経緯を説明。報告によると、志村は17日に倦怠感を訴え、19日に発熱・呼吸困難の症状が現れたといいます。その後、都内の病院に緊急搬送され“重度の肺炎”と診断されて入院。23日の検査で新型コロナウイルス陽性と判明したようです。さらに、24日には保健所の調査で濃厚接触者の特定が完了し、対象者はすでに自宅待機をしていると発表されています」(同)

 なお、相葉と同じく『天才!志村どうぶつ園』に出演しているハリセンボン・近藤春菜は、25日放送の『スッキリ』(同)で、直近の収録日が3月5日だったと明らかにした。

「ネット上では春菜をはじめとした出演者の無事を案ずる声が多く見受けられますが、その中でも『相葉ちゃん、番組での立ち位置が志村さんと近いから……』『相葉くんが濃厚接触者だったら、嵐のメンバーも該当する?』と、やはり相葉の感染を不安視する声は多いです。中には『今すぐ、ジャニーズタレントの検査をして』という声まで上がってきており、『芋づる式で芸能界に感染が拡大しそう』と不安が広がっています」(同)

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、不安な生活を余儀なくされている人も増えてきている。志村をはじめ、発症した方たちの1日も早い回復を願いたい。

消えたタレント・上原さくら、ブログで「自傷行為」「リボ払い」を告白し衝撃の声続出!

 昨年12月15日、3度目となる結婚を発表した、タレントの上原さくら。最近メディアで姿を見る機会は減っているものの、近頃ブログでとある“奇行”を明かし、ネット上で注目を集めている。

 上原は3月24日に自身のブログを更新。「ただのストレス解消?自傷行為?」というタイトルがつけられたこの投稿の中で、伸びかけになっている自分の髪形が「居てもたってもいられないくらい」嫌になったと不満を漏らした。美容室の予約を取ろうとしたが、あいにく定休日だったため、「自分でザクザク切っちゃいました」と報告。「ロングに伸ばそうとしてたんです」と、本来は短くカットする予定ではなかったとしながらも、顎のラインで切りそろえたボブヘアの自撮り写真を2枚公開していた。

「本人はブログで『スッキリしました〜』とつづっていますが、その一方で『なんかね、これって何かのストレス解消?それともある種の自傷行為???なのかなぁって少し不安にも思うんですよ』と、突飛な行動に出た自分に驚いていることも、あわせて吐露していました」(芸能ライター)

 うつ病を患っていたという上原だけに、ネット上では「精神的に不安定なのかなって心配になる」「上原さくらって精神的に弱いイメージあるけど大丈夫?」と、メンタル面を心配する声も見受けられるが、「出た、自称メンヘラ! 心配してほしいだけでしょ?」「そういう報告、痛々しいからやめたほうがいいよ……」など、今回の投稿がいわゆる“かまってちゃん”なのではないかといった指摘もある。

「上原といえば、同17日に投稿したブログもちょっとした話題になりました。この時は、愛犬を歯石除去のため動物病院へ連れて行ったと明かしつつ、『すっごく高額』な医療費がかかったと嘆いていたんです。また、5年ほど前に愛犬が脱臼してしまった際、手術代として40万円を請求され『カードが使えたのでリボ払いしました』と告白。これについて、ネットユーザーは衝撃を受けたようで、『芸能人なのに一括で払えないなんて、お金に余裕がないの?』『リボじゃなくてせめて分割にしたほうがいいと思うんだけど……』『芸能人から“リボ払い”って言葉が出るとは思わなかった』と、ツッコミが相次ぎました」(同)

 こうした驚きのエピソードが目立つようになった上原のブログを、一部のネットユーザーは「話題作り」と見ているようだ。

「観月ありさの現夫である会社社長と2013年に離婚し、同時に所属事務所だったホリプロからも退社した上原は、一時的に芸能界を引退。その後、16年には現在の所属事務所であるオフィス南に入社して芸能活動を再開させましたが、全盛期に比べるとメディア露出が格段に減っています。こうした背景から、『ブログで話題作りに必死な感じ』『世間から忘れられないために、上原さくらも大変なんだと思う』など、ネット上には冷ややかな反応もあります」(同)

 “注目を浴びたもの勝ち”という側面が芸能界にあるとはいえ、少なくとも、上原の投稿が世間にいい印象を与えなかったことは確かなようだ。

米倉涼子、退社で『ドクターX』はどうなる! 「10月期に主演ドラマ準備中」テレ朝は大焦り!?

 女優の米倉涼子が、デビュー当初から所属してきた大手芸能事務所・オスカープロモーションを3月いっぱいで退社すると発表した。4月以降は個人事務所で活動を継続していくそうだが、業界関係者の間では、「米倉主演のあの人気ドラマシリーズはどうなる?」と懸念されているという。

「オスカープロモーションは3月24日に公式サイトを更新し、米倉の退社を発表。本人からの『これから、自分らしく頑張っていきますので、引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます』というコメントのほか、オスカー社長による『今後更なる飛躍を心より願っております』といった温かなメッセージも掲載されており、“円満退社”を強調しているものとみられます。とはいえ、額面通りに受け取る業界関係者はほとんどいません」(スポーツ紙記者)

 業界内では、「これまでの仕事を継続するのか」という点に関心が集まっているという。

「米倉といえば、2012年から主演を務めているドラマシリーズ『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)が代表作。本人は数年前から『もうやりたくない』という意向を示していると報じられてきましたが、それでも、高視聴率が約束される『ドクターX』を放送したいテレ朝とオスカーがタッグを組み、『次が最後なので……』と米倉を言いくるめて、ここまでシリーズを続けてきた。一説には、この“方向性の違い”が、米倉と事務所間に亀裂を走らせた、とも言われています」(芸能プロ関係者)

 米倉がオスカーを離れ、個人で活動するようになれば、焦るのはテレ朝かもしれない。

「テレ朝はすでに、今年10月期ドラマに、米倉の『主演枠』を準備しているそうです。作品こそ未定ではあるものの、テレ朝としては当然『ドクターX』を継続したいところでしょう。ただ、米倉が独立したことで、事務所からの“後押し”がなくなるため、本人に『嫌だ』『出ない』と言われた場合、テレ朝は打つ手がなくなってしまいます。かつて米倉自身が『ドクターX』に意欲的だった頃は、放送翌日にテレ朝の会長に直接電話をかけて『昨日の視聴率はどうだった?』と確認するなど、個人でも局と良い関係を築いていたそうなのですが……彼女が今後『ドクターX』のオファーを拒否したら、この関係性もどうなることか」(テレ朝関係者)

 米倉は、今回の退社発表の中で「新しい活動については、近日中にご報告をさせていただきます」としているが、どういった話が進んでいるのかも不透明な状況。米倉の今後の動向に要注目だ。