世界的に新型コロナウイルスの感染が拡大する中、安倍晋三首相が3月23日、国際オリンピック委員会(IOC)の意向によって、今夏開催予定である東京オリンピック・パラリンピックの延期を容認する考えを示した。この発言を受け、ネット上は「致し方なし」「延期が望ましいと思う」といった反応が出ており、最終的にどのような決着が着くのか、世界中が固唾をのんで見守っている。
東京五輪に関しては、以前からさまざまな問題があると指摘されてきた。その一つが、ボランティア問題だ。「東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」(以下、組織委)が募集要項を公開すると、ボランティアへの負担が大きすぎると物議を呼び、「ブラックボランティア」と批判の嵐に。しかしその一方で、組織委が特にボランティアに「大学生」を有望視しているとみられることから、「就職活動に有利なのでは?」といった言説も飛び交うようになったのだ。
そんな状況を受け、サイゾーウーマンでは、五輪ボランティアをめぐるウワサの真偽に迫る記事を掲載。就活・ブラック企業事情に詳しいノンフィクションライター・恵比須半蔵氏が、ずばり「就活に有利とはならない」と考察したこの問題を、五輪開催の行方に注目が集まる中、いま一度掲載する。
(編集部)
(初出:2018年9月15日)
東京五輪ボランティア経験は「ブラック企業のいいカモ」に? 「就活に有利」のウソに迫る
「東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」(以下、組織委)が9月12日、大会ボランティアの募集を9月26日13時からスタートすることを発表した。「会場内等で観客や大会関係者の案内」「競技会場や練習会場内で競技運営等のサポート」などの活動を予定しており、募集人数は8万人。また東京都も、観客の交通案内を行う都市ボランティアを、同日同時刻より3万人募集するそうだ。
東京五輪の大会ボランティアといえば、その募集要項が公開されるや否や、「ブラックボランティア」「やりがい搾取」と大炎上。「大会期間中及び大会期間前後において、10日以上の活動を基本」「休憩・待機時間を含み、1日8時間程度活動」「事前のオリエンテーションや研修に合計2回参加」「交通費及び宿泊は、自己負担・自己手配」というボランティアへの負担がかなり大きい内容で、しかも当然のことながら「無償」とあって、ネット上では「誰がこんな過酷なボランティアをしようと思うんだ」「人が集まらないのでは?」と声が飛び交っている。
組織委は、大会ボランティアの担い手として、主に大学生を有望視しているようで、組織委はボランティアの募集開始前までに、全国の大学を回って、「ボランティア募集説明会」を開催。また、7月には、文部科学省とスポーツ庁が、全国の大学と高等専門学校に対し、大会期間中の授業や試験の日程を柔軟に変更するよう求める通知を出している。そんな中でよく言われているのが、「東京五輪オリンピックは就職活動に有利になる」といった言説だ。確かに、大会ボランティアの経験は人生で何度も経験できるものではなく、また大学生の中には「少しでも有利に働くのであればやってみたい」と思う者もいるのではないだろうか。果たして、このウワサは本当なのか? 今回、『あらゆる就職情報は操作されている』(扶桑社)の著者であり、就活・ブラック企業事情に詳しいノンフィクションライター・恵比須半蔵氏が、ウワサの真偽ほか、逆に大会ボランティアが就活の妨げになる可能性、はたまた大会ボランティアが“ブラック化”した背景を明かす。
Q.「就職活動に有利となる」のは本当なのか?
A.残念ながら、東京五輪にボランティアとして参加した経験は就活で有利に働きません。
東京五輪のボランティア活動を前面に押し出した就活は失敗する可能性が高いです。大手メーカーの採用担当者からこのような話を聞きました。「有利? いやいやそんなことはありえません。災害ボランティアならともかく、東京2020ではねえ……。お祭り気分に浸りたいだけの自己満足、青春の思い出づくりとしか思えません。それを嬉々として語られてもしらけますよ」。ほかにも、ため息まじりの似たような本音を複数耳にします。しかし採用の現場が嘆くのも無理はありません。
彼らはエントリーシートや面接でのよくあるエピソード「自分が成長した話」に辟易しているのです。それは例えば、「バイトでリーダーとなり、いろいろなトラブルもあったが、最終的にほかのバイトたちをまとめ、それで自分は人間的に成長することできた」というものです。「苦難・解決・成長」という紋切り型のこのパターンは、ある就活予備校が有効な自己PRとして受講者に勧め、テンプレート化され拡散したものです。ちなみに、なぜか居酒屋のバイト体験談が圧倒的に多いのですが、それはサークルやゼミでの活動等にも応用できます。――そしてもちろん東京五輪でのボランティアでも使えます。「最初は現場が混乱していたが、仲間どうし手を取り合って頑張り、外国人観光客の役に立つことができ、その体験で自分は成長できました」。こんな感じでしょうか。担当者の神経を逆なですることは確実です。もしAI採用を導入する企業が出てきたら「東京五輪 ボランティア活動」という単語のあるエントリーシートは、不採用のフラグとともに弾かれるかもしれません。残念ながら、就活で有利に働くことはありません。
採用担当者のなかには真逆の声もあります。「東京2020のボランティアを自慢げに口にする学生? そりゃ喜んで採用しますよ。安易にブームに押し流される、簡単にメディアの影響を受けて行動する学生は、会社の言うことも疑いもせず聞き入れます。言い方は悪いが、使い捨ての“兵隊”として最高ですから(笑)」(大手金融)。扱いやすい“素直”すぎる学生はブラック企業からは引く手あまたなのです。従順な学生を入れ食いできる「ボランティア経験者採用枠」ができる可能性さえあります。一般企業からは拒絶され、ブラック企業からは諸手をあげて歓迎される。きわめてリスクの高い就活戦術だと言わざるを得ません。
余談ですが、経団連の中西宏明会長が、2021年度入社から「就活ルール」を廃止すると述べたことにより、東京五輪のボランティア活動と就活がぶつかるのではないかと危惧する学生もいるでしょう。しかし現行の採用選考スケジュールを完全遵守している企業はありませんので、気にする必要はありません。採用意欲の強い企業はさまざまな手段で、ほしい人材に接触してきます。
Q.なぜ「ブラックボランティア」と言われるのか?
A.東京五輪ボランティアをめぐるゴタゴタ、その元凶は“おもてなし”にあります。
東京五輪ボランティアへさまざまな不平不満が続出していますが、突きつめると1つの疑問に要約できます。「なぜ11万人もの無償ボランティアありきのオリンピック運営なのか?」。
不満や疑問を持つ人たちを、さらにいらだたせるのは、ボランティアは無償なのに、参加を呼びかけるウェブサイトやイベントには潤沢に予算が使われているということです。あきらかに矛盾しています。なぜこんな状況になっているのでしょうか?
ボランティアが無償ではなくてならない最大の理由、それはズバリ“おもてなし”。言うまでもなく東京に誘致したときのIOCへのプレゼンコンセプトです。“おもてなし”は、善意からなる心づくしの歓迎という意味ですから、外国人観光客を迎えるボランティアたちがお金で働いているではマズいのです。しかしこの混乱している状況下で、湯水のように予算を使う組織委、東京都、さらに受注側の広告代理店は倫理が欠如しているとしかいいようがありません。
ただし「やりがい搾取」という表現は適切ではありません。「ボランティアをやりたいのに、研修とかめどくさそう。それにお金がもらえないなんてひどい!」というのは、甘えた考え、単なるわがままです。事前に条件が開示されているのですから、嫌ならやらなければいいだけのことです。
東京五輪ボランティアに関しては上述した通りです。その他のボランティア活動の経験エピソードが採用選考ではねられないようにするためには、「苦難・解決・成長」パターンではなく、まったく別の切り口、オリジナリティが必要です。その自信がなければ自己PRのメインに据えないのが賢明です。
空前の売り手市場、そして少子化のなか、優秀な学生を採用したい企業はみな頭を悩ませています。就職氷河期では学生のマイナス面を探し出して不採用にした企業も、いまはプラスの部分を見つけて採用しようとしています。ただしSNSで情報が共有されていることの弊害をどの採用担当者もそろって口にします。自己アピール、志望動機が全て同じに見えると。そのような学生でもいいと考えるのは、すぐに辞めることを前提にしているブラック企業くらいです。
つながりを求め、あるいは承認欲求のために、もはや無くてはならないSNS。災害時のライフラインになるという側面はありますが、手にする情報が均一化する欠点も指摘されています。自分のなかに確たるフィルターを設け、情報の取捨選択を常に行い、同じ情報を目にしても、カスタマイズして自分の言葉で口にすることができる。企業が求めるのは、そのようなタイプの人材です。
Q.大学生の東京五輪ボランティアに思うこと
A.ボランティア活動が授業の単位になる大学があります。しかしその実情は……。
NHKが東京五輪のボランティア活動について都内の国公私立138の大学にアンケートを取り、86%に当たる119校から回答を得ました。結果は「学生の自主性に任せる」が50校、「積極的に参加してほしい」は48校で均衡しています。しかし参加してほしいと答えた大学のなかにはスペックの低い学校が多いのが実情です。
五輪ボランティアを授業の単位とする大学もありますが、少子化に拍車がかかるなか、お金を払えば誰でも入学できるというマイナス評価が下されているところがほとんどです。存続が危うい大学が、生き残りを賭け「当校の学生のなんと○パーセントが東京五輪をボランティアとして支えました!」と謳い、入学希望者を集めようと考えているからです。逆に偏差値の高い大学の学生は、自分の頭を使って考え、国や東京都に踊らされるようなボランティア参加を疑問視しています。企業がどちらの学生に来てほしいのか、考えるまでもありません。