80年代~90年代、全国の子どもたちのハートをわしづかみにしたホラー漫画家・犬木加奈子さん。『不思議のたたりちゃん』や『不気田くん』をはじめとする、一度見たら忘れられない恐怖心煽るタッチで描かれる、哀しく優しいドラマが展開される作品はどれも、大人になった今でも胸を打つ。そんな犬木さんは現在、児童虐待をテーマにした『サバイバー~破壊される子供たち~』(まんが王国)を連載中だ。かつてはたたりちゃんと同じ小学生、そして現在は最新作の加虐親と同世代となったいちファンが、ホラー全盛期から現在の活動までを、ファン目線で聞いた。
過去の自分に向けた「たたりちゃん」
――『不思議のたたりちゃん』には、小学生の頃たいへんお世話になりました! たたりちゃんの、哀しくも優しいあのキャラクターは、どうやって生み出されたんでしょうか?
犬木加奈子さん(以下、犬木) 「ヒット作を出さないと」と焦っていた頃、それまではなかったいじめ自殺に関する報道を頻繁に目にしたことが、着想のきっかけでしたね。
――1986年に起きた、担任までいじめに加担し生徒が自殺した「中野富士見中学いじめ自殺事件」でしょうか。
犬木 同時に、知り合いの漫画家から、「わたしなんか、給食の鍋を頭からかぶせられたことがあったよ」なんて聞いて、そういういじめって、物語のなかの話だと思っていたので「実態はもっと凄惨なのか」とびっくりしたんです。
犬木 わたし自身も学生時代は、自ら積極的に話しかけて友達の輪に入っていけるような、社交的なタイプではありませんでした。だからおのずと、1人でいることが多かったんです。そのときの、“教室にひとりでいる”あの感覚って、いたたまれないんですよねえ。「2人組をつくってください」と言われたときに、ポツンと1人になってしまうのも同じ感覚です。いじめられていたわけではないから、親や先生に言えないですし。
ちょうど学校の図書館や教室の棚に、漫画が置かれ始めていた頃だったので、「教室で、いじめられている子やわたしのように馴染めない子が、読んでくれるといいな」「現実にはおとなしくて言い返すことさえできない子たちの心が、少しでも晴れるといいな」と思ったことが、『たたりちゃん』を描くきっかけになりました。
特に休み時間ってつらいじゃないですか。だからその時間だけでも、「たたりちゃん=わたし」が、友達代わりになれればいいなと思ったんです。過去の自分に向けて描き始めたような思いもありましたね。
――友達代わり……だからたたりちゃんって、寄り添うような優しさがあったんですね。いじめられて「たたり~!」と言いスカッと勧善懲悪かと思いきや、いじめる側に対する優しさもあって、単純な“スカッと”ではないところが、大人になった今読んでも面白く読める一因です。
犬木 見え透いている、いかにも作り物のような世界に、昔から不信感を抱いていましたからねえ。「めでたし、めでたし」ではない物語が好きだったんです。だからデビュー当時は、「犬木の漫画は後味が悪い」とはよく言われましたね。
たたりちゃんは、「たたり~!」をやったあと、反省するんです。それはまさに、当時描きながら悶々としていた自分の姿だと思います。読者の方たちに「仕返しが正義だ」と、物事を短絡的に見てほしくないなと思っていましたから。「仕返しなんて本当はいけないことだよね。わかってる、わかってるんだけどさ……」というたたりちゃんのやるせなさが、読者に響いたのかもしれませんね。
――読者からはどんな反響がありましたか?
犬木 連載で回を重ねるごとに、子どもたちからのファンレターが段ボールで届くようになりました。漫画に対する感想のほかには、「わたしは隣の席のみきちゃんとけんかをしてしまって」など、事細かに自分の悩み事が5、6枚にわたって綴られている手紙も多くて、「子どもたちは話を聞いてくれるお姉さん的存在を求めているのかな」と気づいたんです。それからは、“お姉さん”を貫くために年齢不詳にしました。実際には彼女らの母親と同世代でしたが、それだと子どもたちは、説教を食らっていると感じてしまうかもしれないから、ね。
――連載雑誌は王道の少女漫画誌『少女フレンド』(講談社)ですが、『たたりちゃん』は異彩を放っていました。
犬木 だからわたし、コンプレックスが強いんですよねえ。清く明るい“お少女漫画”のほうが、普通にイメージがいいですからね。『たたりちゃん』のネーム持ち込みも、「講談社で連載は無理だろうな」と思い、最初はほかの出版社に持ち込んだんです。でも軒並み「これはちょっと」と敬遠気味でした。当時のわたしは、『サスペンス&ホラー』(講談社)の連載陣であり89年の創刊時から表紙を描いていて、他社からも毎日のように仕事の依頼がある状況で、なにがなんだかわからないほど忙しくて、「このわたしが描いてあげるのに、どうして断られるの!?」と、思い上がっていたんです(笑)。
当時のわたし、すごかったんですよ(笑)。担当編集さんから、「講談社の本の中で、5本の指に入る売り上げ」だと言われたこともありました。『サスホラ』の創刊号なんて、実売率が99%だったそうです。
――99%!? 何万部くらい売れていたんでしょうか?
犬木 創刊号が20万部で、そこから積み上げていったようですね。最終的には、当初は「ホラー誌では描きたくない」と言っていた少女フレンドの作家陣たちも、「サスホラで描きたい」と言うようになったそうです。その後、各出版社こぞってホラー誌を作っていましたよね。
犬木 そんな背景もあり、『少女フレンド』で『たたりちゃん』の企画が通ったんですよね。なにより、企画を通してくれた担当編集さんのおかげですね。
――当時、なぜそんなにホラー誌が売れたんでしょうか?
犬木 1955年、ホラー漫画が一斉に消えた時代がありました。悪書追放運動として一斉に漫画がバッシングされ、水木しげる先生でさえ仕事に困っていた時代です。今でいう“コンプライアンス”ですね。そうしたなか、『サスホラ』創刊の80年代後半あたりから、ようやく大手出版社でホラー漫画が解禁になり始めました。それで、子どもたちが一斉に飛びついたんですね。子どもって好奇心の塊だから、怖い話が大好きなんですよ。それでホラー漫画ブームが来たのかなと思います。
――当時、犬木先生の元に、「これはけしからん!」という声は届きましたか?
犬木 なかったですね。そうそう、最近インタビューをしていただく機会があるんですが、必ずインタビュアーの方に「コンプライアンス的な締め付けはありませんでしたか?」って聞かれるんですよ。
――最新作『サバイバー』を連載中ですが、それに関するインタビューですね。児童虐待をテーマにした作品で、子どもへの暴力やネグレクトの末の凍傷での足指欠損など、リアリティのある描写が満載です。こちらはどういったきっかけで描くことになったんですか?
犬木 数年前まで漫画家としての活動を10年以上休養していましたが、その間、図書館で興味を引く本を読みまくっていました。すると児童虐待に関する本に行き着き、読み漁り、平和で淡々とした日常を送るわたしたちには想像を絶する“異常な空間”があるのだと、衝撃を受けたんです。
そんなときに連載のお話をいただきました。それで担当編集さん(※インタビュー同席)に、「いま児童虐待に関する本を読んでいて、これをテーマにしたい」と相談し、前向きに考えてくださったんです。でも、企画が通るまでに時間がかかりましたよね? しかも、ネームを1、2本描き終えた頃、千葉県の児童虐待死事件が起きたんです。
これまで、「虐待は経済的に恵まれない家庭で起こりそう」という思い込みがあったかと思いますが、『サバイバー』で虐待をするのは歯医者を営む父親にしました。「知的水準が高く裕福な家でこそ起こっている問題だ」ということを、世の中の人に知ってほしかったという思いがあったから。そんななか、千葉の事件の父親が、まさにそれで。「わたしの漫画ともろかぶっている」と思いながら、過激表現のレギュレーションに引っかかるのではないかとビクビクしながら描いていました。
担当編集 連載相談をしたのが2018年10月で、決定が19年のはじめですね。その直後、1月25日に野田小4女児虐待事件が報道されて。でも『サバイバー』はまったく引っかかりませんでした。
犬木 そうだったんだ!
担当編集 レディコミのように「エンタメとして面白く見せる」という意図ではなく、社会派ヒューマンドラマとして「リアルを見せる」ものだったので。
――“下世話”な切り口ではない、ということですね。
犬木 好奇心そそるグロテスクな面だけを見せると“不謹慎”になるけど、そうではないですからね。
担当編集 先生は、過去の実在事件を細かに調べていて、虐待を受けた子どもの“その後”を受け入れる施設が少ないことを問題視していました。生き残った子がその後どうなるのかって、報道もされませんしね。それが今回の『サバイバー』のひとつのテーマでもあります。非現実的要素を入れず、リアル視点で描いていただいているので、問題はありませんでした。配信前は、会社のほうからはかなり言われましたけどね。
犬木 ごめんなさい!
担当編集 「東証一部に上場している会社が、こういったテーマって、どうなの?」みたいな……。
――どういうことでしょう?
担当編集 電子書籍の販促のカギはバナー広告です。「虐待をテーマにすると、広告出稿先のレギュレーションに引っかかるのではないか?」という懸念があったようなんですよ。実はそれで一度、連載会議でボツになったんです。でも、自分が責任を持つ形で半ば強制的に企画を通したという経緯があります。
犬木 わたしっていつもそうなんです! こんなわたしに作品を描かせてくださって! だからいつも担当さんには頭が上がらないのよねえ。
――先生の漫画は、世に出す意義がありますもん!
(後編は3月5日公開)