現在、大ヒット公開中の映画『キャッツ』。1月25~26日の国内映画ランキング(全国週末興行成績・興行通信社提供)で初登場1位を獲得した同作は、もともと1981年にロンドンで初演された大ヒットミュージカルで、日本においては「劇団四季」が長年上演している作品として広く知られる。映画版のメガホンをとったのは、『英国王のスピーチ』や『レ・ミゼラブル』などで高く評価される監督、トム・フーパー氏とあって、『キャッツ』にも期待が高まっていたが、日本での大ヒットとは裏腹にその評価は散々のようだ。
というのも、昨年12月、英米で一足早く公開されると、さまざまなメディアや専門家から、「映画の大部分がホラー、かつ忍耐力テスト」(米ロサンゼルス・タイムズ)、「これまで見たことのないような不浄なポルノに遭遇した気分」(米ニューヨーク・タイムズ、カイル・ブキャナン氏)といった辛辣な批評が続出。こうした反応が日本にも伝わると、トレイラーを見た人たちから、「猫が不気味」「気持ち悪い」「ゾッとする」など、ストーリー以前に、猫たちのルックスに恐怖心を抱く声が飛び交ったのだ。映画公開後も、レビューサイトに同様のコメントがいくつも並んでいる状況にある。
同作では、CGによって、人間を猫のように見せているのだが、なぜ人は『キャッツ』の猫を不気味に感じるのか? 今回、認知心理学を専門とする九州大学 基幹教育院 自然科学実験系部門 准教授・山田祐樹氏に見解をお聞きした。
■『キャッツ』に登場するのは、猫なのか人間なのか?
今回の取材にあたり、『キャッツ』のトレイラーを見たところ「確かに不気味」と感じたという山田氏。これにはいわゆる「不気味の谷現象」が関係しているようだ。
「『不気味の谷現象』というのは、端的に言うと『ロボットの外観が人間に近づいていった際、ある地点で、観察者に否定的な感情が生じる現象』です。この研究はかなり前から……それこそ世にアンドロイドが出回る前から行われており、現在では、『不気味さ』を感じるアンドロイドがメディアに取り上げられる機会も増えています。そんな中、私たち心理学者は少し前から、なぜ『不気味』と感じるのかの研究を始めたわけですが、今のところ完全な結論は出ていない状況で、さまざまな研究者が議論を重ねている段階です」
そのため、なぜ『キャッツ』の猫を不気味に感じるのかについても、「あくまで我々の考えに落とし込んで説明していきます」とことわった上で、人は「対象が、『既存のカテゴリ』に分類できないとき」に、嫌悪感を抱くと解説する。
「映画版『キャッツ』の猫は、CGがうまく作られすぎているため、猫なのか人間なのか、見る人の『既存のカテゴリ』にうまく分けられないため、不気味と思うのではないでしょうか。例えば舞台だと、“人間”が主体で、衣装やメイクなどによって猫を演じている。逆に、動物が主人公のディズニー映画などだと、“動物”が主体で、演出によって人間っぽく振る舞っている。それがわかりやすいんですよね。しかし『キャッツ』の猫は、どのように既存のカテゴリに振り分けるかは個人差があるものの、『どちらに分けていいかわからない』と感じる人が多かったと考えられます」
また、『キャッツ』の猫は、本物の猫のように身をくねらせる動きをする一方、人間のようにダンスをするシーンもある。猫と人間は現実世界に存在するものだけに、「『猫ならこういうふうに動くはずだ』『人間ならこういうふうに動くはずだ』と明確な予想ができる。にもかかわらず、『キャッツ』の猫は、その明確な予想に合っているような、合っていないような微妙な動きをする」ため、これまた人を困惑させるそうだ。
「そう考えると、映画『アバター』のナヴィも、公開当時『不気味』と言われましたが、ナヴィはいわゆる宇宙人で、彼らが現実世界に存在しているところを見た人はいないので、彼らの動きに明確な予想ができない。そのため、『宇宙人とはこういうものなんだな』と判断し、不気味さを感じず、受け入れたという人もいたように思います」
ただ、こうした「不気味の谷現象」には、個人差があると付け加える山田氏。元からどういう態度で見ているかによっても感じ方が異なるという。
「例えば『アンドロイドが社会に参加すること』に対し、人それぞれ異なる倫理観や問題意識を持っていると思うのですが、アンドロイドと交流することに否定的な態度を持っているかによって、どれほど不気味に感じるかも変わってくるようだ、という研究結果があるんです。意外にも人の意見の違いというのは、感情の違いにも影響を及ぼすもののようですね」
■『キャッツ』がゲームであれば、ある程度受容された?
では、『キャッツ』の猫が「不気味」と言われないように、制作側は何をすべきだったのだろうか。
「人間か猫か、どちらかの特徴を増やすことだと思います。ただ、不気味さを回避するために、作品の狙いが台無しになってはいけないと思うので、難しいところですが……」
また山田氏は、そもそも「映画」ではなく「ゲーム」の世界であれば、ある程度受容されたのではないかと考察を広げる。
「ゲームにあの猫が登場する場合、ヴァーチャルリアリティの世界という、大きな世界観の中で生きているものと見られやすいのではないでしょうか。映画は一般の世界に近いと言いますか、特に『キャッツ』は舞台が『ロンドンの街』という実在の場所。そのため、より人に『この猫たちが現実世界にいるはずがない』と感じさせるのだろうと思います」
一方で、見る側が「慣れる」ことはないのだろうか。上映時間中、ずっと猫を見ていると、「不気味だと思わなくなる」ことも考えられるが……。
「多分あると思います。実際に、映画『キャッツ』で実験しないと、正確なところはわからないものの、アンドロイドでは『慣れはする』という結果が出ている研究があります。この『慣れ』にはいくつかの種類があり、1つが『不気味の谷現象』そのものに慣れてしまうというもの。最初は『不気味』だと思っていても、長い時間見ていることで、その『不気味さ』に慣れるのです。2つ目は、1つ目との違いを説明するのがなかなか難しいのですが……例えば、アンドロイドを人間に容姿を近づけていく中で、『人間に比べて目が大きすぎる』『そんな目が大きい人間はいない』という理由から、『不気味さ』を感じることがあるものの、長い間見ていると、そうした“特徴”を知覚することに慣れるというもの。こうした『慣れ』が、一つに限らないところで起きるのです」
どれくらいの期間で「慣れる」かは、まだわかっていないそうだが、「昔、多くの人に『気持ち悪い』と思われていたCGが、『慣れ』によって、今ではそう思われないケースもあるのではないか」と山田氏。こうした「慣れ」が社会レベルで起こり、ゆくゆく『キャッツ』の猫が「不気味ではないもの」として受け入れられる……そうした現象が「起きてもおかしくはない」と結論付けた。
■それでも『キャッツ』がヒットしているのはなぜ?
そんな「猫が不気味」「気持ち悪い」「ゾッとする」などと散々な言われようの『キャッツ』だが、映画自体は大ヒットしている。山田氏はこれを「怖いとわかっていてホラー映画を見るのと同様に、その『不気味さ』が直接自分自身に害を及ぼさなければ、『見たい』と感じる人はいるでしょうね」と語る。
「私は、『トライポフォビア』の研究も行っているのですが、これはブツブツの集合体を見た際に『気持ち悪い』『不気味』と感じる現象のことを指します。芸術家・草間彌生さんの作品も、こうした特徴があるものの、それを芸術レベルにまで昇華している。一見『気持ち悪い』『不気味』と感じるものでも、それによって注目を浴び、なおかつ芸術的なバックグラウンドがあると、逆に『良いもの』と評価されることがあるのです。『気持ち悪い』『不気味』とは、その対象物を目立たせるシグナルになると思います」
『キャッツ』の猫たちも、この“シグナル”を放っているのかもしれない。
山田祐樹(やまだ・ゆうき)
九州大学 基幹教育院 自然科学実験系部門 准教授。専門分野は認知心理学。「気持ち悪さと幸福感」「心理的な時間と空間と数の形成」「注意と意識」といったテーマでの研究を行う。