29歳で乳がんと診断されたことをきっかけに、自らの日常と病気についてユーモアを交えて語るオールカラーの漫画ブログを開設し、のちに、そのブログがミシェル・ラフォン社からコミックとして出版されたフランスのコミック作家、リリ・ソンさん。2019年には、日本語版の『私のおっぱい戦争――29歳フランス女子の乳がん日記』(花伝社)が刊行され、同作で「女性の体」や「女らしさとは何か」といった問題について表現している。今回、そんなリリさんに、いまフランスで女性たちを取り巻く状況や、自身のフェミニズムに対しての考えをうかがった。
乳房を取ったら、女らしさもなくなる?
──リリさんは『私のおっぱい戦争――29歳フランス女子の乳がん日記』を通して、女性の体や女性性、フェミニズムについて表現されています。まず、リリさんがフェミニズムに出会ったきっかけについて教えていただけますか?
リリ・ソンさん(以下、リリ) フェミニズムを意識するようになったのは、乳がんがきっかけでした。乳房を切除するときに、「乳房を取ったら、女らしさも一緒に切り取られてしまうのかな」「私を女性にしているものって、一体何なんだろう」と考えたんです。
私は、教育を受けた西洋の白人女性で、どちらかというと豊かな社会階層の出身。がんになるまでは、そのような女性にありがちな“穏健な”フェミニズム意識を持っていました。つまり、自分の特権に浸りきっていたわけです。ですが、病人という立場に立たされたことで、それまでの自分自身の「枠」から外に出て、全てを問い直さざるを得なくなりました。そのとき初めて、社会が女性やその体に対し、規範を押しつけ、母親や妻の役割を求めていること、さらには、男女不平等が生む暴力といった社会の現実に気がついたのです。
女友達の多くが性的暴行の被害に
──フランスのフェミニズムはどのような状況ですか。
リリ カナダに住んでいた14年に乳がんになったので、フェミニズムに関する私の考えは、男女平等がある程度実現されているカナダという国で生まれたと言えると思います。
私がフランスに帰国したのは15年。その後に起こった#MeToo運動は、性的暴行を公の場で告発するもので、世の中が動き出す大きなきっかけとなったと思います。実際にフランス人の女友達と話したところ、その子たちの4分の3ぐらいは、性的暴行を受けたことがあったと告白してくれました。#MeToo運動は本当に人々の意識を目覚めさせたと思いますが、それは私がフェミニスト活動家で、周りにも似たような考えを持つ女性が多いので、そう感じるのでしょう。なので、みんながみんな、このように考えているとは思っていません。
それでも、インスタグラムにはたくさんのフェミニスト・アカウントがありますし、女性同士が助け合う「シスター・フッド」の精神も、最近ますます感じるようになっています。例えば昨日の夜、カップルの女性が男性に「さっきすれちがった3人組の男と話していた女の子が無事かどうか、道を戻って見てきて」と頼んでいる場面を目撃しました。
──最近、お子さんが生まれたと聞きました。日本では、母親の家事・育児が一種の愛情表現だとする風潮があり、頑張りすぎてしまう女性が多いです。フランスでそのような考え方はあるのでしょうか?
リリ フランスでも「母親は完璧であるべきだ」という考え方は、まだまだ根強いですね。多くの母親が、自分は完璧ではないと思い、罪悪感に苦しんでいて、私もそうした母親の一人です。私は「完璧な母親像」に抵抗しようとしていますが、そんな私でも悩んでしまうものなのです。
我が家では、子どもの教育を夫と“平等”に分担しようとしていますが、それでも私自身「母親は完璧でなくてはいけない」という、よくある考えにとらわれ、悩んでしまうことがありますね。日々、完璧な女性像や母親像と、フェミニストであることの間で自分自身が引き裂かれています。でも、一方でそれによって闘う気持ちが強くなっていることも確かです。
──家事の分担や子育てについてお聞きします。リリさんの周りの状況はいかがですか? また、リリさんのご家庭では、どのような工夫をされていますか?
リリ 10年のフランス国立統計経済研究所の研究によれば、フランスの女性は1週間に25時間を家事と育児に費やしています。一方、男性はたった16時間。1年間に換算すると、女性はフルタイムで3カ月働いたのと同じ時間を家事に費やしていることになるんです。ですが、この傾向はだんだんと変わってきていて、少し前に女性の間で「家事の精神的負担」が大きな話題となりました。女性は仕事をしているときも、余暇を楽しんでいる間も、どんなことをしていても、常に家事の段取りを考えていなくてはなりません。このことを「家事の精神的負担」(※1)と言います。
そもそも、母親と父親に対するジェンダーのステレオタイプに問題がありますよね。例えば、母親は本能的に子どもの世話をすることを知っていて、父親よりもうまくできる、だとか。こうしたステレオタイプもとても根強いものです。でもいま、フェミニストたちはこれを変えていきたいと思っていますし、多くのパパたちも同じように考えているのではないでしょうか。
※1 家事の精神的負担 具体的にはオフィスで仕事をしながら、夕飯の買い物の段取り、子どものお迎えについて同時に考えなくてはならないという状態が、精神的負担やストレスにつながるといったことを意味する。
──最近、フランスでは、歴史家で男性作家のイヴァン・ジャブロンカが男らしさの歴史を論じた『正しい男たち』(未邦訳)という本が出版されたそうですね。女性の権利を踏みにじらない、新しい男らしさについて考えようという本で、男性たちに向かって特権を放棄し、公正な男になろうと呼びかける内容だと聞きました。2万5,000部も売れたとフランスのメディアで話題になっていましたが、フランスでは、男性の間にもフェミニズムへの関心が広がっているのでしょうか。
リリ 実際にこの本を買っているのが誰なのかは、わからないですよね。女性読者が買っているのかもしれません。でもそれは結局どちらでもいいことだと思います。
女性読者の一人ひとり、フェミニスト一人ひとりが、近くにいる父親や兄弟、パートナーの男性に影響を与えることができます。一番大事なのは、このように近くにいる人の意識を変えていくことだと思います。私の場合、父とパートナーの考え方が、ものすごく変わりました。
──『私のおっぱい戦争』では、リリさんのパートナー・マルタンさんの包容力のある行動が印象的でした。優しい言葉をかけたり、術後のケアをしてくれたりしていますよね。日本人の女性読者の中では「こんなに優しく、理解がある男性がいるなんて!」という驚きの声が上がっています。一般化するのは難しいかもしれませんが、フランスには、マルタンさんのような優しい男性が多いのでしょうか?
リリ 笑ってしまうのですが、男性を含め読者のみんな、マルタンの魅力のとりこになるんです。読者は、マルタンの私への関わり方を見て、彼に魅力を感じるようですが、当時の状況を考えてみると、彼の態度はむしろ普通だと思います。
もしかすると、それは「愛」というものの定義の問題なのかもしれません。誰かを愛していて、その人を失うかもしれないとなったとき、いつも以上に親切で優しくなるのは普通のことではないでしょうか。がんのような経験は、感情を明らかにする“触媒”のようなものだということを忘れてはいけません。つまり、愛情や友情を破壊することもあれば、逆により強固にするケースもあるということです。
「フランス人男性は優しい」という話ですが、ほかの国と比べて特に優しいとは思いません。でも、「男性はフェミニストであればあるほど優しい」ということだけは確かだと思いますね。また、フェミニズムは男性から男らしさを奪うものといった意見もありますが、そうではなく、むしろより知的で誠実な男らしさをもたらすものだと私は信じています。
――後編は2月6日午後9時公開
リリ・ソン(Lili SOHN)
1984年8月29日ストラスブール生まれのフランスのコミック作家。本名オーレリー・ソン。ストラスブール第二大学で応用美術とヴィジュアル・アートを学ぶ。乳がん発覚をきっかけに、自らの日常と病気についてユーモアを交えて語るオールカラーの漫画ブログを開設。のちに、ミシェル・ラフォン社からコミックとして出版された。2015年、治療終了にともないフランスに帰国。現在はマルセイユに住み、コミックとイラストの制作を行っている。
プレゼント企画
『私のおっぱい戦争──29歳フランス女子の乳がん日記』は花伝社より発売中。
サイゾー・ウーマンの読者2名様に本書を抽選でプレゼントします。
応募締切:2020年3月5日(木)正午まで
※当選者の発表は発送をもってかえさせていただきます。あらかじめご了承ください