東出昌大『ケイジとケンジ』、“お蔵入り”映像の存在も……? テレ朝「桐谷だけで東出カット」か

 東出昌大と桐谷健太がダブル主演を務める連続ドラマ『ケイジとケンジ 所轄と地検の24時』(テレビ朝日系)が1月16日に放送を開始するも、翌週23日に発売された「週刊文春」(文藝春秋)によって、東出の不倫が明らかに。2015年に結婚した女優・杏との間には幼い子どもが3人もいるとあって、東出への批判が続出しているが、ドラマを放送中のテレ朝は「いろいろな意味で頭を抱えている」(同局関係者)ようだ。

「報道によると、東出は18年公開の映画『寝ても覚めても』で共演した女優・唐田えりかと約3年にわたり不倫していたそうです。唐田も非難されていますが、当時19歳だった彼女に手を出したことや、何よりも家族を裏切ったということで、ネット上には東出への怒りの声が噴出。また『ケイジとケンジ』の公式Twitterアカウントには『東出が出演するなら、ドラマを見たくない』『東出を起用したままでは、誰も見ないし、放送自体を取りやめたら?』など厳しい意見が多数寄せられています。実際、局やスポンサーにもクレームが相次いでいる状況のようです」(スポーツ紙記者)

 この事態に、テレ朝からは悲鳴が聞こえてくるという。

「もともとこのドラマは『ゆくゆくは“テレ朝の看板ドラマ”にしたい』と期待がかかっていた作品なんです。これまで、同局は『ドクターX~外科医・大門未知子~』や『相棒』といった人気シリーズに支えられてきましたが、今後これらの作品が終わりを迎えることを想定して、『ケイジとケンジ』を新たなテレ朝の看板ドラマに育てていこうという考えで制作されていたとか。当然、シリーズ化を見据えていたわけですが、東出の不祥事により、今クールでさえ早期終了する可能性が浮上しています」(前出・関係者)

 第1話の平均視聴率は12.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と好スタートを切ったが、“文春砲”が炸裂した日に放送された第2話は9.7%と、2.3ポイント下落。ネット上には「東出の件がなければ見るつもりだった」「桐谷やほかのキャストには悪いけど、東出を視界に入れたくない」といったコメントが散見されるだけに、少なからず不倫騒動が影響したとみられる。

「ちなみに『文春』発売の直前に、テレ朝の系列局で東出と桐谷のインタビューが収録されていたそうです。もちろん番宣目的のものなので、本来ならもうオンエアされていたはず。しかしこれも、放送時期を見失っている状況でしょう。このまま“お蔵入り”の可能性もありますが、とりあえずドラマ自体は放送継続のため、現時点ではインタビューVTRもどこかでオンエアされる予定だとか。とはいえ、東出を出すと、それこそ“炎上”は免れませんから、放送されるとしたら桐谷の部分だけで、東出は編集でカットされる見込みだそうです」(同)

 テレ朝は昨年、お笑い芸人による反社会的勢力への“闇営業”問題が報じられた際、巧みな編集によって、『アメトーーク!』から騒動の中心人物である雨上がり決死隊・宮迫博之を、存在しなかったかのように“消した”ことがある。東出にも同様に扱われるのだろうか。

SixTONES・松村北斗、「おっぱい出してフォロワー増やしてるの?」発言に「胸糞」と嫌悪の声

 1月22日、Snow Manと合同の1stシングル「Imitation Rain / D.D.」をリリースし、デビュー組の仲間入りを果たしたSixTONES。現在は、同4日にスタートしたツアー『TrackONE -IMPACT-』を開催中だが、26日に福岡で行われた公演での松村北斗の発言が話題になっているという。アイドルとしてはギリギリラインの下ネタや、先輩である嵐・二宮和也の挨拶を“真似”したことが一部ファンの怒りを買っているようだ。

 問題になっているのは、26日昼公演のMC。SixTONESは、昨年8月に公式インスタグラムを開設して、現在71.5万のフォロワーを擁する(27日午後8時現在)が、MC中にインスタグムをやっている人は「どうやってフォロワー数を集めているのか」といった話になったという。これに松村が、「俺らみたいな仕事をしてない」にもかかわらず、多数のフォロワーを抱えるユーザーは「おっぱいとか出してるの?」とコメントしたそう。

 客席のファンや、レポートをアップしている人のほとんどは「『おっぱいとか出してるの?』ってアウト発言しちゃう北斗が大好き」などと、笑って受け止めている様子だったが、この事態を知ったネットユーザーや一部のファンからは「おっぱい発言は、シンプルに気持ち悪かった。MCを楽しんでて、急に水を差された気持ち」「フォロワーが多いインスタグラマーに『おっぱい出してんの?』って、胸糞悪すぎる」「『フォロワー多い人って、おっぱい出してんの?』発言は、ジャニーズ事務所のジェンダー教育が足りない」「少なからずおっぱいを使って仕事してる人はいるけど、それぞれいろんな理由がある」と、ドン引きしている。

 また、好意的に受け止めているファンにも、「『女はおっぱい出せば人気とれる』っていう発言をしちゃうアイドルに、ファンは何も思わないの?」「『おっぱい出してんの?』って女性蔑視まがいの発言で沸けるファン、盲目すぎて恐怖」「『おっぱい出してんの』って言うアイドルに喜んでるって、ファンは正気?」と、否定的な声が上がっている。

「SixTONESといえば、昨秋にオリジナル曲『RAM-PAM-PAM』を披露した時も、『下品すぎてありえない』『下品で気持ち悪いからやめてほしい。不快』などと、バッシングが相次ぎました。同曲には、サビでズボンを上げ下げする振り付けがあり、メンバーはゴム部分に『SixTONES』のロゴが入った“見せパン”をアピールしているんです。また、グループはデビュー当時のKAT-TUNのようなヤンチャな雰囲気や、セクシーさが特徴でもあり、腰を振るダンスを取り入れるなど、際どい場面も少なくありません。それだけに、一部ジャニーズファンは『パンツ見せればファンが増えると思ってるから、おっぱい見せればフォロワー増えると思ったのでは?』との指摘も出ていました」(ジャニーズに詳しい記者)

 それでも、Twitter上には「北斗のおっぱい発言でTwitterが荒れてるけど、おっぱいは男性にもある」「女性軽視って言われてるけど、現場に行ってないファンがレポ見ただけで言わない方がいい」と、擁護のツイートも見受けられる。さらに松村は26日の夜公演においても、飛行機のパイロットの話題から、ジェシーが「パイロットだからパイちゃん」と言うと、「おっぱいにあだ名つける時どうするの?」と、珍言を残していたという。これに関しても「北斗、昼も夜も『おっぱい』発言してた」「北斗くん、おっぱい好きすぎ」と、興奮気味の書き込みが噴出している状況だ。

 一方で、松村の言動をめぐっては、別の騒ぎも。彼は1月期の向井理主演ドラマ『10の秘密』(フジテレビ系)の番宣で、1月16日放送の『VS嵐』(同)に出演。その際、二宮がコンサート時に使っている定番フレーズ「いらっしゃいませ!」を「使いたい」と申し出たところ、「全然いい。ただ、僕がずっと『いらっしゃいませ』言っちゃってるから、もう1個乗っけたほうがいいと思うんで。『いらっしゃいませ』って言った後に、『画面タッチいいですか?』を(言ってほしい)。それで初めてオリジナリティになるから」(二宮)と、許可をもらう場面があった。

 さっそく、松村は26日昼公演からこの挨拶を実行。ファンに「『画面タッチいいですか?』の後に『ピッ』を言ってほしい」と、呼びかけていたとのこと。公演後、Twitterには「北斗の挨拶が『いらっしゃいませ』に!」「『いらっしゃいませ!』の挨拶をして、めちゃめちゃ気持ちよさそうだった」「北斗くん、二宮くんにもらった『いらっしゃいませ!』『画面タッチいいですか?』やってくれた」と、喜びのレポートが上がっていたが……。

「嵐は今年いっぱいで活動休止に入りますから、その後しばらくは二宮の『いらっしゃいませ』が聞けなくなる可能性もあります。中には、『受け継いでくれてうれしい』という好意的な感想もあるものの、嵐ファンは『「いらっしゃいませ」はニノにしか言ってほしくない』『許可が降りたとはいえ、ニノの「いらっしゃいませ」を使うのは不愉快』『SixTONESの子、本当にニノの「いらっしゃいませ」使ったの? 個性ないな』『嵐が休止して、ニノの「いらっしゃいませ」は聞けなくなるけど、それでいい。引き継ごうなんて思わないで』と、ショックを受けています。例えば、二宮に強いあこがれを抱いている関西ジャニーズJr.内ユニット・なにわ男子の西畑大吾らが言うならまだしも、あまり本人と接点のない松村が使い続けることで、定着してしまうのが嫌なのでしょう」(同)

 多くの人々に愛されるアイドルになるには、もう少し周りに配慮した発言や行動が求められるのかもしれない。

SixTONES・松村北斗、「おっぱい出してフォロワー増やしてるの?」発言に「胸糞」と嫌悪の声

 1月22日、Snow Manと合同の1stシングル「Imitation Rain / D.D.」をリリースし、デビュー組の仲間入りを果たしたSixTONES。現在は、同4日にスタートしたツアー『TrackONE -IMPACT-』を開催中だが、26日に福岡で行われた公演での松村北斗の発言が話題になっているという。アイドルとしてはギリギリラインの下ネタや、先輩である嵐・二宮和也の挨拶を“真似”したことが一部ファンの怒りを買っているようだ。

 問題になっているのは、26日昼公演のMC。SixTONESは、昨年8月に公式インスタグラムを開設して、現在71.5万のフォロワーを擁する(27日午後8時現在)が、MC中にインスタグムをやっている人は「どうやってフォロワー数を集めているのか」といった話になったという。これに松村が、「俺らみたいな仕事をしてない」にもかかわらず、多数のフォロワーを抱えるユーザーは「おっぱいとか出してるの?」とコメントしたそう。

 客席のファンや、レポートをアップしている人のほとんどは「『おっぱいとか出してるの?』ってアウト発言しちゃう北斗が大好き」などと、笑って受け止めている様子だったが、この事態を知ったネットユーザーや一部のファンからは「おっぱい発言は、シンプルに気持ち悪かった。MCを楽しんでて、急に水を差された気持ち」「フォロワーが多いインスタグラマーに『おっぱい出してんの?』って、胸糞悪すぎる」「『フォロワー多い人って、おっぱい出してんの?』発言は、ジャニーズ事務所のジェンダー教育が足りない」「少なからずおっぱいを使って仕事してる人はいるけど、それぞれいろんな理由がある」と、ドン引きしている。

 また、好意的に受け止めているファンにも、「『女はおっぱい出せば人気とれる』っていう発言をしちゃうアイドルに、ファンは何も思わないの?」「『おっぱい出してんの?』って女性蔑視まがいの発言で沸けるファン、盲目すぎて恐怖」「『おっぱい出してんの』って言うアイドルに喜んでるって、ファンは正気?」と、否定的な声が上がっている。

「SixTONESといえば、昨秋にオリジナル曲『RAM-PAM-PAM』を披露した時も、『下品すぎてありえない』『下品で気持ち悪いからやめてほしい。不快』などと、バッシングが相次ぎました。同曲には、サビでズボンを上げ下げする振り付けがあり、メンバーはゴム部分に『SixTONES』のロゴが入った“見せパン”をアピールしているんです。また、グループはデビュー当時のKAT-TUNのようなヤンチャな雰囲気や、セクシーさが特徴でもあり、腰を振るダンスを取り入れるなど、際どい場面も少なくありません。それだけに、一部ジャニーズファンは『パンツ見せればファンが増えると思ってるから、おっぱい見せればフォロワー増えると思ったのでは?』との指摘も出ていました」(ジャニーズに詳しい記者)

 それでも、Twitter上には「北斗のおっぱい発言でTwitterが荒れてるけど、おっぱいは男性にもある」「女性軽視って言われてるけど、現場に行ってないファンがレポ見ただけで言わない方がいい」と、擁護のツイートも見受けられる。さらに松村は26日の夜公演においても、飛行機のパイロットの話題から、ジェシーが「パイロットだからパイちゃん」と言うと、「おっぱいにあだ名つける時どうするの?」と、珍言を残していたという。これに関しても「北斗、昼も夜も『おっぱい』発言してた」「北斗くん、おっぱい好きすぎ」と、興奮気味の書き込みが噴出している状況だ。

 一方で、松村の言動をめぐっては、別の騒ぎも。彼は1月期の向井理主演ドラマ『10の秘密』(フジテレビ系)の番宣で、1月16日放送の『VS嵐』(同)に出演。その際、二宮がコンサート時に使っている定番フレーズ「いらっしゃいませ!」を「使いたい」と申し出たところ、「全然いい。ただ、僕がずっと『いらっしゃいませ』言っちゃってるから、もう1個乗っけたほうがいいと思うんで。『いらっしゃいませ』って言った後に、『画面タッチいいですか?』を(言ってほしい)。それで初めてオリジナリティになるから」(二宮)と、許可をもらう場面があった。

 さっそく、松村は26日昼公演からこの挨拶を実行。ファンに「『画面タッチいいですか?』の後に『ピッ』を言ってほしい」と、呼びかけていたとのこと。公演後、Twitterには「北斗の挨拶が『いらっしゃいませ』に!」「『いらっしゃいませ!』の挨拶をして、めちゃめちゃ気持ちよさそうだった」「北斗くん、二宮くんにもらった『いらっしゃいませ!』『画面タッチいいですか?』やってくれた」と、喜びのレポートが上がっていたが……。

「嵐は今年いっぱいで活動休止に入りますから、その後しばらくは二宮の『いらっしゃいませ』が聞けなくなる可能性もあります。中には、『受け継いでくれてうれしい』という好意的な感想もあるものの、嵐ファンは『「いらっしゃいませ」はニノにしか言ってほしくない』『許可が降りたとはいえ、ニノの「いらっしゃいませ」を使うのは不愉快』『SixTONESの子、本当にニノの「いらっしゃいませ」使ったの? 個性ないな』『嵐が休止して、ニノの「いらっしゃいませ」は聞けなくなるけど、それでいい。引き継ごうなんて思わないで』と、ショックを受けています。例えば、二宮に強いあこがれを抱いている関西ジャニーズJr.内ユニット・なにわ男子の西畑大吾らが言うならまだしも、あまり本人と接点のない松村が使い続けることで、定着してしまうのが嫌なのでしょう」(同)

 多くの人々に愛されるアイドルになるには、もう少し周りに配慮した発言や行動が求められるのかもしれない。

ポリアモリーの先にある愛と悲劇を描く、官能小説『あやまちは夜にしか起こらないから』

 「ポリアモリー」という言葉をご存知だろうか。端的に言うと「複数恋愛」で、配偶者や1番目の恋人、2番目の恋人とも真剣に付き合うという恋愛スタイルである。

 不倫や浮気とまったく異なるのは、「プライマリー」と呼ばれる一番大切な相手に、これから交際する「セカンダリー」を紹介し、プライマリーから了承を得るというところらしい。それぞれ後ろめたさを感じず、オープンにポリアモリーという関係を楽しむのだ。

 今回ご紹介する草凪優氏の『あやまちは夜にしか起こらないから』(新潮社)は、ポリアモリーをテーマにした官能小説だ。

 舞台となるのは、東京郊外にある、自由な校風で知られる私立六角堂学園。新任教師の佐竹は、クールで美しい音楽教師の万輝が気になっていた。2人きりで残業をしていた夜、激しい雨と雷をやり過ごそうと、学園からタクシーでワインバーへ行く。佐竹は、学園に赴任する前から万輝のことを知っていた。佐竹が通っていたジャズバーで、男装をしてピアニストをしていた万輝の演奏に魅了され、「彼」に一杯ご馳走をした――その「彼」が、万輝だったのだ。

 ワインを飲み、酔っ払った万輝と佐竹はずぶ濡れになりながらホテルへ向かい、セックスをする。そこで佐竹は、万輝に「セカンダリーになって欲しい」と言われるのだ。

 万輝にはプライマリーがいたし、佐竹にもいた。同じ学園で働く家庭科教師の雪乃である。交際してからまだ間もないが、家庭的で結婚願望が強い雪乃は、ベッドでも「尽くすタイプ」で、一度抱いただけで彼女のセックスの虜になってしまった。

 しかし佐竹は、雪乃の部屋でくつろいでいた時に訪ねてきた男から、雪乃の秘密を知ることになる。突然現れた十代とおぼしき若い男は「雪乃と付き合っている」と告白する。彼は雪乃の教え子で、彼女に童貞を捧げた。雪乃は学園内の男子生徒から「サセ川先生」と揶揄されるほどの童貞ハンターだったのだ。

 万輝のセカンダリーになることを拒絶していた佐竹だが、過去の一件を聞いた夜から、自然と雪乃とは距離を置くようになり、頻繁に万輝との逢瀬を楽しむようになった。やがて佐竹は、万輝のプライマリーが六角堂学園のカリスマ教頭の久我で、学園の広告塔である妻・冴子と共に、万輝を恋人として肉体関係を持つことを知る。

 万輝が久我夫妻にオモチャにされていると感じた佐竹は、彼女に素直な気持ちを打ち明ける。ポリアモリーなどという馬鹿げたことをやめ、俺だけのものになってほしい、と――。

 大切な恋人にもうひとりの恋人がいるということは、嫉妬につながる。その嫉妬を感じられるからこそ、パートナーへの愛が深まり、持続してゆく。交錯した悦楽はやがて歪みを生じて、悲劇を呼び起こしてしまう――。

 ラストは悲しい事件が起きてしまうが、その先にはうっすらと希望が垣間見える。人間の薄汚い快楽をまざまざと突きつける草凪氏だが、彼らしい、希望のある温もりのあるラストである。愛する人はひとりがいい、というファンタジックに浸れる一冊である。
(いしいのりえ)

ポリアモリーの先にある愛と悲劇を描く、官能小説『あやまちは夜にしか起こらないから』

 「ポリアモリー」という言葉をご存知だろうか。端的に言うと「複数恋愛」で、配偶者や1番目の恋人、2番目の恋人とも真剣に付き合うという恋愛スタイルである。

 不倫や浮気とまったく異なるのは、「プライマリー」と呼ばれる一番大切な相手に、これから交際する「セカンダリー」を紹介し、プライマリーから了承を得るというところらしい。それぞれ後ろめたさを感じず、オープンにポリアモリーという関係を楽しむのだ。

 今回ご紹介する草凪優氏の『あやまちは夜にしか起こらないから』(新潮社)は、ポリアモリーをテーマにした官能小説だ。

 舞台となるのは、東京郊外にある、自由な校風で知られる私立六角堂学園。新任教師の佐竹は、クールで美しい音楽教師の万輝が気になっていた。2人きりで残業をしていた夜、激しい雨と雷をやり過ごそうと、学園からタクシーでワインバーへ行く。佐竹は、学園に赴任する前から万輝のことを知っていた。佐竹が通っていたジャズバーで、男装をしてピアニストをしていた万輝の演奏に魅了され、「彼」に一杯ご馳走をした――その「彼」が、万輝だったのだ。

 ワインを飲み、酔っ払った万輝と佐竹はずぶ濡れになりながらホテルへ向かい、セックスをする。そこで佐竹は、万輝に「セカンダリーになって欲しい」と言われるのだ。

 万輝にはプライマリーがいたし、佐竹にもいた。同じ学園で働く家庭科教師の雪乃である。交際してからまだ間もないが、家庭的で結婚願望が強い雪乃は、ベッドでも「尽くすタイプ」で、一度抱いただけで彼女のセックスの虜になってしまった。

 しかし佐竹は、雪乃の部屋でくつろいでいた時に訪ねてきた男から、雪乃の秘密を知ることになる。突然現れた十代とおぼしき若い男は「雪乃と付き合っている」と告白する。彼は雪乃の教え子で、彼女に童貞を捧げた。雪乃は学園内の男子生徒から「サセ川先生」と揶揄されるほどの童貞ハンターだったのだ。

 万輝のセカンダリーになることを拒絶していた佐竹だが、過去の一件を聞いた夜から、自然と雪乃とは距離を置くようになり、頻繁に万輝との逢瀬を楽しむようになった。やがて佐竹は、万輝のプライマリーが六角堂学園のカリスマ教頭の久我で、学園の広告塔である妻・冴子と共に、万輝を恋人として肉体関係を持つことを知る。

 万輝が久我夫妻にオモチャにされていると感じた佐竹は、彼女に素直な気持ちを打ち明ける。ポリアモリーなどという馬鹿げたことをやめ、俺だけのものになってほしい、と――。

 大切な恋人にもうひとりの恋人がいるということは、嫉妬につながる。その嫉妬を感じられるからこそ、パートナーへの愛が深まり、持続してゆく。交錯した悦楽はやがて歪みを生じて、悲劇を呼び起こしてしまう――。

 ラストは悲しい事件が起きてしまうが、その先にはうっすらと希望が垣間見える。人間の薄汚い快楽をまざまざと突きつける草凪氏だが、彼らしい、希望のある温もりのあるラストである。愛する人はひとりがいい、というファンタジックに浸れる一冊である。
(いしいのりえ)

KinKi Kids・堂本剛、ダチョウ倶楽部・上島と一触即発!? 「光一、ごめんな」と謝罪のワケ

 KinKi Kidsのバラエティー番組『KinKi Kidsのブンブブーン』(フジテレビ系、1月25日放送)に、お笑いトリオのダチョウ倶楽部がゲスト出演した。

 「ゲストのやりたいことをする」というのがコンセプトの同番組。ダチョウ倶楽部・上島竜兵のやりたいことは、「『男はつらいよ』の魅力を伝えたい」というもの。映画『男はつらいよ』シリーズの大ファンだという上島が、ロケ地をめぐりつつ作品への愛を語った。

 1969年に映画の第1作目が公開され、今もなお老若男女に愛されている大人気作『男はつらいよ』。今年、22年ぶりとなる新作映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』が公開され、作品自体が再び注目を浴びている。物語は「寅さん」こと車寅次郎(渥美清)が故郷の東京・葛飾柴又に戻り、さまざまな騒動を起こす人情喜劇。毎回、旅先で出会った“マドンナ”と恋愛模様を繰り広げるのも、作品の見どころとなっている。

 一行は『男はつらいよ』の舞台である、東京・葛飾柴又の商店街を散策することに。その中で、堂本光一が「寅さんは実際にいらっしゃった方なんですか?」と質問すると、上島は「いるわけないだろ!」と一喝。どうやら光一は、『男はつらいよ』にあまり詳しくないようだ。

 その後、寅さんの実家のモデルでもあり、撮影の空き時間は休憩場所にもなっていたという団子屋「高木屋老舗」に到着すると、寅さん役の渥美が座っていた“指定席”があると紹介される。堂本剛が「せっかくだから座ったら……」と上島に勧めつつ、自分が先に席に座るというボケをかました際には、番組スタッフが大爆笑していた。

 そんな中、ファンが注目したのは、上島が「喧嘩をふっかけた相手とキスをして仲直りするギャグ」をやり始めた時のこと。上島が喧嘩腰で番組の内容に文句をつけたところ、剛が「ちょっとごめんなさいね。現場であんまりこういうこと好きじゃない。光一、ごめんな」と謝罪。「やんのかこの野郎!」と叫びながら、“キス待ち”で唇を突き出している上島と剛が向き合い、このまま2人はキスをする……と思いきや、光一が上島の口にアツアツのおでんをくっつける。上島は「熱い熱い熱い!」とお約束のリアクションを見せ、「お前らやめろよ、コンビで!」とKinKi Kidsの“コンビ芸”に感心していたのだった。

 この放送には、「おでんでキスをブロックする神業、台本があったのではと疑うくらい息ぴったり!」「何度見ても“おでんブロック”が面白すぎる! 上島さんもさすがのリアクションだわ~!」「なんだ!? 今日の『ブンブブーン』は神回か!?」など、ファンから興奮気味のコメントが多数寄せられていた。

ジャニーズWEST・藤井流星、メンバーから“ブーイング”の嵐! 「お前!」と重岡大毅も叱責

 ジャニーズWESTの冠番組『エージェントWEST!』(朝日放送)が、1月25日深夜に放送された。同番組は、ゲストの“ささやかな願い”を叶えるトークバラエティで、先週に引き続き、手相芸人・島田秀平が出演した。

 島田の“ささやかな願い”は、子どもが生まれたために飼い犬となかなか遊べないということで、「愛犬のブランを一日思いっきりねぎらって!」というもの。今回は、藤井流星が島田の願いを叶えるロケを行ったVTRがお披露目に。島田いわく、ブランは本当に楽しんでいる時「仰向けになって地面にゴロゴロする」そう。この“背中ゴロゴロ”が見られるか否かが、ブランを「思いっきりねぎらって」あげられたかどうかの基準となった。

 犬を飼ったことがないという藤井だが、フレンチブルドッグのブランと対面すると、「絶妙にかわいいッスね!」と笑顔に。VTRを見ていたほかのWESTメンバーからも、「めっちゃかわいい!」という声が上がっていた。そんな藤井はブランと過ごすための注意点を確認したあと、散歩へ出発。

 藤井とブランがやってきたのは、東京・江東区にある複合施設「お台場ドッグリゾート」。愛犬と一緒に楽しい時間が過ごせるドッグランだというが、ブランは藤井そっちのけで自由に走り回ってしまう。すると、ほどなくしてブランがうんちをしたため、藤井はこれを処理することに。しかし、そのにおいに思わず「オエッ……」と顔をしかめる藤井。メンバーからはブーイングが巻き起こり、重岡大毅は「お前、ねぎらう気あるんか!」と叱責が。飼い主である島田に至っては、「ブランも傷つきますよ!」と悲鳴を上げていた。

 次にプールへ連れていき、ブランが泳いでいる姿が映し出されると、島田が「うわー!」と大興奮。どうやら、ブランにとってこれが“初泳ぎ”だったらしく、飼い主でも見たことがない姿だったよう。先ほどの悲鳴から一転、「ありがとうございます!」と島田に感謝される藤井だった。

 しかし、なかなかブランの“背中ゴロゴロ”が見られないため、焦った藤井はブランをお風呂に入れたあと、再びドッグランへ。すると、とうとうブランが“背中ゴロゴロ”を披露。藤井は「うれしい! めちゃくちゃうれしい! やったー!」と大喜びし、自らドッグランに寝転び、ブランと一緒に“背中ゴロゴロ”を連発。藤井によるミッションは大成功で幕を閉じた。

 放送を見たファンからは、「ワンちゃんとゴロゴロする流星くん、最高の癒しだ~!」「犬に慣れてないからこそ、新鮮なリアクションがリアルで微笑ましいね」「ブランも流星くんもかわいくて、ずっとニヤニヤしながら見てました(笑)」といった感想が寄せられていた。

子どもを持たない理由を、世間に問う必要はない

「子どもが好きではない」あるいは「子どもが苦手」といった言葉をときどき耳にする。これは全世界の子どもたちに対して、とても失礼な言葉である。

 「子ども」を別の言葉に置き換えてみるとわかりやすい。

 例えば、「おばあさんが好きではない」「おばあさんが苦手」などと、平然と口にする人がいたら、違和感を覚えないだろうか。

 「子どもが好きではない」とか「おばあさんが苦手」といった物言いは、人間を一方的にカテゴライズして、切って捨てるようなものだ。当事者にとっては、存在を否定されたも同然で、特に子を持つ親は、ひやりとさせられるのではないだろうか。

 「おばあさん」「おじさん」「おねえさん」を「好きではない」「苦手」と言うのにはためらいがあるが、「子ども」だとためらいがないのであれば、それは大人である自身が「子ども」を下に見ているということだ。これはとても不遜な態度であり、人としてとても未熟なことである。

 こうした発言は、「人は子どもを育ててはじめて一人前になる」といった意味不明なことを言う人たちに、「やはり子どもがいない人は未熟だ」と拠り所を与えてしまうことにもなりかねない。

 「納豆が苦手」と同じ感覚で「子どもが苦手」と言ってしまう人には再考を促したい。納豆と子どもを一緒にしてはいけない。

子どもを持たない選択の何が「おかしい」のか
 今月20日、朝日新聞の投稿欄「声」に、「子を持たない選択 おかしいか」と題した27歳「主婦」からの投稿が掲載された。私は「子を持たない選択 全然おかしくない」という立場なので、共感しつつ投稿を読み始めたのだが、残ったのは違和感だった。

 投稿は、「私はいま結婚4年目、子どもはいません。今後も作る予定はなく、夫も同じ意向です。理由は子どもが好きではないから。」と始まる。

 先に述べたように「子どもが好きではない」と綴ることへの違和感もさることながら、この投稿者は「子を持たない選択は『おかしい』」という前提に立ちながら「おかしいですか?」と尋ねている。それこそおかしい。

「生物として子孫を残すことは本能であり、子を持たない選択が少数派なのは理解しています」
「愛する人との子どもを作らない私は、生物として欠けている気がしてしまいます」

 投稿者はこのように述べているが、果たして、「子孫を残すこと」が「生物」の本能だとして、人間は「生物」にふくまれるだろうか。

 少なくとも生殖に関しては、人間を他の生物と同列に語ることはできない。「子孫を残すこと」が人間の「本能」でないことは、投稿者自身が証明している。また、統計を挙げるまでもなく、「子を持たない選択」は、もはや「少数派」ではない。

 さらに言えば、人間以外の「生物」は「愛する」相手と子どもを作っているだろうか。それこそ「本能」で子孫を残しているのであれば、「愛」は不要である。

 そして言うまでもなく、人間誰しもが「愛する人」との子どもが欲しくなるわけではない。愛し合っていても、あえて子どもを作らないというカップルはいくらでもいる。

 また、子どもという存在に対して、「愛する人」との間に持つべきものという認識があるとしたら、それは危険である。かりに妊娠中に相手に対する“愛”が覚めたら、胎児の存在意義はどうなるのだろう。

 “子どもというものは、愛し合う男女の間に誕生するもの”あるいは、“子どもというものは、愛し合う男女の間に存在すべきもの”という思い込みは、多様な性、ひとり親家庭、血縁のない親子など、さまざまな人の在り方を排除する考え方にもつながる。

 「愛する人」との子どもが欲しいと考えること自体を否定するつもりはない。しかし、子どもが生まれたあとは、「誰との間にできた子どもか」ということは、まったく意味をなさない。

 子どもを持つ持たないの選択は、パートナーと考え、最後は自分が決めることであり、世間に問うことも「おかしい」。

 もちろん、“子どもを持たない選択などありえない”という価値観で、投稿者を悩ませ、追い詰める人たちが、一番「おかしい」のだが。

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子どもを持たない理由を、世間に問う必要はない

「子どもが好きではない」あるいは「子どもが苦手」といった言葉をときどき耳にする。これは全世界の子どもたちに対して、とても失礼な言葉である。

 「子ども」を別の言葉に置き換えてみるとわかりやすい。

 例えば、「おばあさんが好きではない」「おばあさんが苦手」などと、平然と口にする人がいたら、違和感を覚えないだろうか。

 「子どもが好きではない」とか「おばあさんが苦手」といった物言いは、人間を一方的にカテゴライズして、切って捨てるようなものだ。当事者にとっては、存在を否定されたも同然で、特に子を持つ親は、ひやりとさせられるのではないだろうか。

 「おばあさん」「おじさん」「おねえさん」を「好きではない」「苦手」と言うのにはためらいがあるが、「子ども」だとためらいがないのであれば、それは大人である自身が「子ども」を下に見ているということだ。これはとても不遜な態度であり、人としてとても未熟なことである。

 こうした発言は、「人は子どもを育ててはじめて一人前になる」といった意味不明なことを言う人たちに、「やはり子どもがいない人は未熟だ」と拠り所を与えてしまうことにもなりかねない。

 「納豆が苦手」と同じ感覚で「子どもが苦手」と言ってしまう人には再考を促したい。納豆と子どもを一緒にしてはいけない。

子どもを持たない選択の何が「おかしい」のか
 今月20日、朝日新聞の投稿欄「声」に、「子を持たない選択 おかしいか」と題した27歳「主婦」からの投稿が掲載された。私は「子を持たない選択 全然おかしくない」という立場なので、共感しつつ投稿を読み始めたのだが、残ったのは違和感だった。

 投稿は、「私はいま結婚4年目、子どもはいません。今後も作る予定はなく、夫も同じ意向です。理由は子どもが好きではないから。」と始まる。

 先に述べたように「子どもが好きではない」と綴ることへの違和感もさることながら、この投稿者は「子を持たない選択は『おかしい』」という前提に立ちながら「おかしいですか?」と尋ねている。それこそおかしい。

「生物として子孫を残すことは本能であり、子を持たない選択が少数派なのは理解しています」
「愛する人との子どもを作らない私は、生物として欠けている気がしてしまいます」

 投稿者はこのように述べているが、果たして、「子孫を残すこと」が「生物」の本能だとして、人間は「生物」にふくまれるだろうか。

 少なくとも生殖に関しては、人間を他の生物と同列に語ることはできない。「子孫を残すこと」が人間の「本能」でないことは、投稿者自身が証明している。また、統計を挙げるまでもなく、「子を持たない選択」は、もはや「少数派」ではない。

 さらに言えば、人間以外の「生物」は「愛する」相手と子どもを作っているだろうか。それこそ「本能」で子孫を残しているのであれば、「愛」は不要である。

 そして言うまでもなく、人間誰しもが「愛する人」との子どもが欲しくなるわけではない。愛し合っていても、あえて子どもを作らないというカップルはいくらでもいる。

 また、子どもという存在に対して、「愛する人」との間に持つべきものという認識があるとしたら、それは危険である。かりに妊娠中に相手に対する“愛”が覚めたら、胎児の存在意義はどうなるのだろう。

 “子どもというものは、愛し合う男女の間に誕生するもの”あるいは、“子どもというものは、愛し合う男女の間に存在すべきもの”という思い込みは、多様な性、ひとり親家庭、血縁のない親子など、さまざまな人の在り方を排除する考え方にもつながる。

 「愛する人」との子どもが欲しいと考えること自体を否定するつもりはない。しかし、子どもが生まれたあとは、「誰との間にできた子どもか」ということは、まったく意味をなさない。

 子どもを持つ持たないの選択は、パートナーと考え、最後は自分が決めることであり、世間に問うことも「おかしい」。

 もちろん、“子どもを持たない選択などありえない”という価値観で、投稿者を悩ませ、追い詰める人たちが、一番「おかしい」のだが。

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