大川隆法氏率いる宗教団体「幸福の科学」が営む、学校法人の全寮制私立中高一貫校「幸福の科学学園」。同校の第1期生・Aさんへのロングインタビュー第3回では、学園生活全般について取り上げる。同校には、ルール違反者に科せられる「独房懲罰」なるものがあり、一部週刊誌でもその存在が報じられ、波紋を呼んだことがあるが、Aさんにその詳細を聞いた。
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大川隆法の祭壇の前で……「独房懲罰」の実態
――「独房懲罰」という幸福の科学学園ならではの罰があるとの話を耳にします。これは本当なのでしょうか?
Aさん(以下、A) はい。規則を破ったり、異性交遊をしたりした生徒を、一定期間謹慎とする懲罰がありました。ただ、入学したときに「独房懲罰がある」といった説明は一切なかったですし、1期生が1年目に罰を受けたという話も聞かなかったので、2期生、3期生と生徒が増えていく中で、対処的にできたものではないかと思います。恐らく、大川も先生方も、設立当初は「処罰を必要とするような出来事は起こらない」と思っていたんじゃないでしょうか。
――独房懲罰に関して、実際に見聞きした事例があれば教えてください。
A 女子寮に侵入した男子が3日間ほど、人目に付きにくい場所のトイレでセックスしていたカップルは1週間ほど、それぞれ謹慎になったと記憶しています。あと、学園祭で許可なく綿菓子を販売した子がいたんですが、普段からあまり素行が良くなかったうえ、信仰にもあまり熱心ではなかったことも相まってか、1週間程度の謹慎を受けていました。ほかにも、ショッピングモールで万引きをした子は、保護者が迎えに来て1週間ほど自宅に帰されていましたね。
――男女交際は基本禁止されているといったうわさも耳にします。
A 異性絡みで独房懲罰を受けたという話はよく聞きましたね。カップルは、普段カフェテリアで一緒に勉強する程度で、休日に時間をずらして寮を出て、出先で落ち合ってデートするとか、みんな大人にバレないよう、こっそり付き合っていたみたいです。一方で、「いじめで罰を受けた」という話は、特に聞いたことがありません。
――謹慎期間中の生徒が、どのように過ごしていたかご存じですか?
A 謹慎処分を受けた子から聞いた話によると、寮に独房懲罰専用の部屋があって、そこで過ごしたとのことでした。部屋の中には、大川の顔写真が飾られた祭壇が置かれていて、その目の前に設置された机に1日中座らされ、毎日違う大川のビデオを見て、反省文を書かされたそうです。
――謹慎中であることは、ほかの生徒にも知らされるのでしょうか?
A いえ、実は独房懲罰があること自体、公にされていなかったんですよ。“都合の悪いことは隠せばいい”といった感じで、先生も寮のスタッフであるハウスペアレントも、誰も何も触れませんでした。ある日突然、学校に来なくなる生徒がいて、最初は「どうしたんだろう?」と不思議に思っていたのですが、すぐにうわさが広まるといった感じです。口の軽いハウスペアレントからポロッと聞いたこともありますよ(笑)。でも、独房懲罰の存在を知らない生徒は、最後まで知らずに過ごしたんじゃないかと思います。
――寮生活について教えてください。寮はどのような感じだったのでしょうか?
A 寮は、高校2年生までは2人1部屋で、高校3年生だけ1人1部屋を与えられました。テレビや冷蔵庫を個人的に置くのも禁止で、寮内のリビングにある共用のテレビや冷蔵庫を使用していました。寮の中では、中学1年生から高校3年生までの縦割りで数人のチームに分かれ、各チームに1人ずつ、ハウスペアレントがついているんです。ハウスペアレントは、郵便物を管理してくれたり、家から振り込まれるお小遣いを月に1回渡してくれたり、門限を管理したりしていましたね。
――門限は何時でしたか?
A 当時は、平日が午後7時くらい、週末は午後8時か9時くらいだったと記憶しています。平日は、7時半までに夕飯を済ませて、そのあと夜のお祈りをして、8時からが自由時間なのですが、入り口のカギは門限の時間に自動でロックされちゃうし、部活が終わって寮に戻ると6時半くらいになってしまうので、平日はどこへも行けません。校舎と寮は一続きになっていて、窓を開けない限り外の空気を吸うことすらできないんですよ。
――週末はどのように過ごしていたのでしょうか?
A 週末の過ごし方は自由なので、シャトルバスで那須塩原駅まで出て、そこから電車で宇都宮などに移動してショッピングすることが多かったです。シャトルバスは、最初、那須塩原駅までしかなかったのですが、最終的には黒磯方面、福島方面にも走るようになったので、いろいろなところへ出かけられるようになりました。ただ、1時間に1本程度しかなく、ハウスペアレントとバス会社の連携がうまくいかないと、間違った時間にバスが来ることも。また、バスで外出すると丸1日潰れてしまうので、土日のどちらかは部屋でゆっくり過ごすことが多かったですね。週末を利用して実家に帰る子もいましたが、帰省以外での外泊は暗黙の了解で禁止だったので、帰省組以外はみんな門限までには帰ってきていました。
――生活に必要な個人的なものは、週末にまとめ買いする感じですか?
A ネット注文で寮に届けてもらうこともできますよ。ただ、部屋に鍵がないので、授業を受けている間などに、ハウスペアレントが無断で私物をチェックしており、アダルト系やグロテスクなマンガなどは「自我を乱す」として没収されることもあるんです。男子生徒は「エロ本を没収された」と言っていました。私もボーイズラブのマンガを隠し持っていたら、ある日ハウスペアレントに「Aさんってああいうマンガが好きなんだね」と言われて、物色されたことに気づいたことがあります。学校も寮もずっと同じメンバーで、ただでさえ息が詰まるのに、常に監視の目がある息苦しさも感じました。
――そのほかに、Aさんが学園生活の中で印象に残っているのはどんなことですか?
A とにかくごはんがマズいことですね。学園創立に合わせて信者がつくった会社に、調理を任せていたようなのですが、メニューのレパートリーが少ないうえ量も少なく、どの料理も脂ぎっていて本当にマズかった。寮の大人たちに食事の文句を言っても、「主への感謝が足りない」「信仰心が足りない」と受け入れてもらえなかったのもつらかったですね。同級生の子が、親に食事のマズさを親に訴えたら、「学園ができたこと自体が素晴らしいのだから、そういう文句は言わないでおこうね」って、丸く抑え込まれたそうです。
――成長期である10代にとって、食事がおいしくないというのは切実な問題ですよね。
A 自分の部屋でお湯は沸かせたので、みんなカップラーメンを買い込んで食べていました。でも、夜中におなかが空いて涙が出るんですよ。親にこうした実情を訴えてもわかってもらえず、一度、どうにも耐えられなくなって、寮の大人たちにも友達にも内緒で、実家に帰ったことがあります。でも、親に「みんなエル・カンターレ様のために頑張っているのに、あんたは何やっているの」「本当なら、私が行きたいくらいの素晴らしい学園なのに」と怒られて、「帰りなさい」と殴られました。学校にも電話をされて、次の日の朝一で学園に帰されましたね。
――学園で過ごした3年間を今振り返ると、どのように感じますか?
A 宗教の授業とお祈りがある以外は一般的な高校とほとんど変わらないのですが、世界宗教として幸福の科学の名を広め、学園の名前も広めるために、いい大学へ行け、とにかく勉強しろ、という圧がすごかったです。「若者が一番にやることは勉強だから、恋愛も、エッチな本も必要ないよね?」「ごはんがマズいだなんて感謝が足りないんじゃない?」という感覚の大人たちに囲まれた学園生活……私の心は限界でした。
(第4回につづく)