2017年2月、女優・清水富美加(現在は法名・千眼美子として活動)が突如、「幸福の科学」に出家する騒動が起こり、世間を騒然とさせた。宗教団体「幸福の科学」――1986年に立宗した、地球の至高神エル・カンターレを本尊とする新宗教で、創始者兼総裁である大川隆法氏は数千年ぶりに下生したエル・カンターレの本体意識であり、人類救済の使命の下に活動を行っているという団体だ。以前からその名前を知っている人は少なくなかっただろうが、若手女優・清水の出家によって、あらためて幸福の科学が注目され、さらに昨夏には、17年末をもって教団から離れた大川氏の長男・宏洋氏がYouTuberとしてデビュー、内部事情を赤裸々に語る動画も話題を集めるようになった。一方、政界においても、09年に発足した「幸福実現党」の動向がメディアに取り上げられることがある。
そんな幸福の科学だが、「今の日本を救うため」に、教育改革にも尽力していることをご存じだろうか。10年、全寮制の中高一貫校「幸福の科学学園」を栃木県・那須塩原に、さらに13年には滋賀県・大津に関西校を開校している。生徒は、信者の子どもであるいわゆる“2世”だというが、一部週刊誌で「授業で幸福の科学の教義を刷り込んでいる」といった内部の様子が報じられたことがあるものの、その実態はほとんど表沙汰になっていないのが現状だ。幸福の科学学園で、生徒たちは何を学び、どのような生活を送っているのか――今回サイゾーウーマンでは、幸福の科学学園1期生であるAさんのロングインタビューを4回にわたって掲載する。第1回では、母からの勧めだったという入学の経緯、出席者全員が涙したという「伝説の入学式」について、当時の心境もあわせて話してくれた。
幸福の科学学園への入学は生まれる前からの約束
――幸福の科学学園の1期生とのことですが、入学に至った経緯を教えてください。
Aさん(以下、A) 初期の頃からの会員である母の勧めです。私が1994年生まれで、たまたま高等部1期生として入れる年に、学園の開校が決まったというのが、入学の理由。幸福の科学では、人は「親子の約束」や「人生計画の約束」をしてから生まれてくると教えているので、「1994年に生まれて1期生として学園に入る」というのも、やはり生まれる前からの約束である、と。当時は、「選ばれた人間の証し」みたいに思っていました。母も「素晴らしい! やっぱりうちの子は選ばれているんだ!」と喜んでいましたね。
――入試はどのような感じだったのでしょうか?
A 私は推薦入試で合格して入学しました。ただ、あとからわかったことなのですが、中学2年生のとき、母から参加するように言われた、幸福の科学グループ運営の「仏法真理塾サクセスNo.1」の合宿が、実質的に1期生の入学可否をジャッジする場だったようです。実際に入学したら、合宿で一緒だった子がたくさんいました。「あれ? あの子もこの子も、合宿にいたなぁ」って。ただ、合宿には参加せず一般入試で入学した子も全体の1~2割くらいいました。生徒は全員、幸福の科学の信者を親に持つ子どもでしたね。
――合宿が入学選考の場だったとわかったきっかけは?
A 学園に入って2~3年たった頃に、母からサラッと言われたんです。それまで「まさか……」と思っていたので、驚きました。
――ちなみに、そのサクセスNo.1の合宿は、どのようなものだったのですか?
A 期間は1週間くらいだったと記憶しています。お祈りから始まり、勉強をしたあとに、外で鬼ごっこや大縄跳びをしたり、ミニゲームをしたり。夜は幸福の科学の歌を歌いながらキャンプファイヤーをしました。そこでは、将来の夢を発表しあうのですが、「エル・カンターレ様のために政治家になります」とか「エル・カンターレ信仰を広げるために勉強を頑張りたいです」などと言いながら涙を流し、聞いている人も感極まって泣く、みたいな。今思うと本当に恥ずかしいんですけど、私も含め、みんなで泣いていたのを覚えています。
――そのような活動を通して、学園に合うかどうか、適性を見ていたのかもしれませんね。
A 確かに1期生は、やんちゃな子もいましたが、勉強ができて真面目でおとなしいタイプの子が比較的多かった印象です。ただ、1期生から生徒数が足りないなんて恥ずかしくて公表できないと思うので、恐らく合宿に参加した子は、ほとんど全員受かったんじゃないでしょうか。なお、2期生や3期生は、恋愛にも積極的な子など、真面目でおとなしいばかりではないタイプの子もいましたね。
大川隆法の登壇に親子で大号泣の入学式
――そうして、幸福の科学学園に入学に至ったわけですが、どのような学園なのか簡単にご説明いただけますか。
A 幸福の科学学園は、幸福の科学の創始者兼総裁である大川隆法が建てた、男女共学の全寮制の私学。私は高等部からの入学でしたが、中等部もあります。私が通っていたのは幸福の科学学園那須本校といって、栃木県の那須高原の標高300メートルくらいの場所にありました。最寄りのJR那須塩原駅からでもバスで30分以上かかる、森に囲まれたまさに“山奥”。とにかく、夜になると虫が大量に出るような場所です(笑)。広い敷地の中に、大川隆法記念講堂という礼拝堂と校舎、カフェテリアを挟んで3階建ての寄宿舎が男女それぞれにあって、全て廊下でひと続きになっています。
――親元を離れて3年間を過ごすことに、寂しさや不安はありませんでしたか?
A 家族と離れ、地元の友達もいない中で、やっぱり寂しさはありました。でも、神様である大川が作った学校に1期生として入れるのはステータスといった感覚があったし、ギリシャ調の真っ白で綺麗な校舎、真新しい体育館、教室、図書館の本……全て私たちが初めて使えるんだ! といううれしさもあり、さらに、入学式で大川が登壇したこともあって、感動とか心の充実感とかの方が強かったですね。
――入学式はどのような感じだったのでしょうか?
A 中等部と高等部それぞれ、ひと学年100人ずつくらいが定員なのですが、1期生ということで、広い敷地に中高それぞれ1学年分の生徒と保護者しかおらず、こじんまりとした印象でした。何か特別なことをした記憶はありません。ただ、大川は、イエス・キリストやモーセをはじめとする全ての神様のてっぺんに立つ至高神で、数千年に一度だけ地上に降りてくるという設定なので、信者にとっては同じ時代を生きていることだけでもすごい奇跡、しかも本人に会えるなんて、もうとてつもなく奇跡的なことなんですよ。だから、入学式に現れたときは、保護者も生徒も皆、大号泣。ちなみに、大川はその年の体育祭や学園祭にも登場しましたが、翌年以降は入学式にすら顔を出していなかったと思います。私が通っていた3年間の話ですが。
――幸福の科学学園の生徒は全員親が信者とのことですが、生徒自身も熱心な信者なのでしょうか?
A すごく熱心な信者の子もいれば、普通に信じている程度の子、どちらかというと授業に来るのすら苦痛といった子などもいて、生徒によって信仰度に温度差がありました。私も入学して2年目くらいまでは普通に信じていましたが、いろいろあって最後の方は、学校に来ない子を見ても「そりゃそうだよな」みたいに思っていましたね。
――信仰度でグループが分かれるなど、信仰が友人関係に影響するようなことはありましたか?
A 信仰度でグループが分かれるといったことはなく、趣味が合うとか、部活が同じとかの子同士で仲良くなるような、一般的な高校生と変わらない感じでしたよ。ただ、休み時間とかに「この人の過去世何だっけ」「最新刊で○○さんの霊言が出たよね」なんて会話はよくしていましたね。
――生徒さん全体の雰囲気はどのような感じでしたか?
A 幸福の科学の信者は、表面的には物腰柔らかで、ピュアでふわっとした優しそうな感じの人が多い。特に学園生の親は、全寮制の私立校に子どもを通わせられるくらいの経済力もある人が多いので、生徒もみんな、お金持ちの信者の子らしい清楚な雰囲気がありました。
(第2回につづく)




――最新話は毎週木・土曜日に更新。お楽しみに!