2005年(平成17年)から、主に刑事裁判を見つめ続け、傍聴ライターとして活動してきた高橋ユキが、これまで傍聴してきた刑事裁判を紹介していく。
今回振り返るのは「八王子カリスマホスト殺害事件」。2010年の冬、東京都八王子市内のホストクラブを経営していた男性が失踪。のちに殺害の痕跡が民家から発見されることから事件が明るみになり関係者らが逮捕された。
※この記事は残虐な描写を含みます。
八王子カリスマホスト殺害事件
<2013〜14年傍聴@東京地裁立川支部>
2010年11月22日朝、八王子市内のホストクラブ『バリカン』を経営していた土田正道さん(43=当時)が妻に「仕事に出かける。週末には帰る」と告げ、同市内の自宅を出た。午前中には妻や友人の電話にも出た形跡があるが、午後以降、連絡が取れなくなった。
「西東京のカリスマ」と呼ばれていた土田さんはかねてより知人に「丸1日連絡が取れなくなったら警察に相談してほしい」と話していた。これを聞いた土田さんの妻は八王子署に捜索願いを出す。捜査一課は、土田さんがトラブルに巻き込まれた可能性が高いと捜査を開始。交友関係や金銭トラブルなどを徹底的に調べ上げた結果、2013年のホスト仲間ら7人の逮捕で全貌が明らかになった。
捜査が進展したのは同年4月。土田さんの遺体が同市内の民家に運び込まれたという情報が寄せられた。捜査員らが民家を家宅捜索した結果、汚水槽から顔の骨の一部と歯のインプラントを発見する。さらなる執念の捜査で、このインプラントが生前の土田さんのものであることを突き止め、共犯者や主犯の逮捕に至った。
犯行を主導したのは土田さんとともに『バリカン』を経営していた、ホストクラブ店長・玄地栄一郎(逮捕当時31)。殺害と死体損壊を実行したのはインプラントが見つかった民家所有者の息子でホストの阿部卓也(同26)。ふたりはそれぞれ土田さんとの間で金のトラブルを抱えていた。玄地は公判を待たず逮捕直後の同年12月、拘置所内で首に靴下を巻き自殺している。
のちに懲役20年の判決が下された阿部や、執行猶予判決が下された阿部の元妻(事件後に離婚)、父親らが、公判で“遺体なき殺人”の全貌を語った。阿部は店内で土田さんを射殺後、遺体を衣装ケースに入れ、寸胴鍋、コンロなどとともに、父親の家に運び込んでいた。遺体を鍋に入れ、パイプ洗浄剤などの類いの強アルカリ性の薬剤を大量に投入し、コンロの火をつけ、薬剤で煮溶かしていたのだ。
阿部の元妻は夫から『父親を飲みに連れて行ってほしい。その間に死体を溶かす』と頼まれていた。そのため前日の夜から阿部の父は元妻と飲みに出かけていた。しかし、予想に反してなかなか遺体の処理が終わらず、結局朝に。それでも遺体は溶かしきれなかった。阿部の父が帰宅したとき目の当たりにしたのは、自分の息子が遺体を鍋で煮込んでいる場面だった。
「息子をそのままにしておけない、息子を犯罪者にするわけにはいかない。鍋もあって、死体もそこにまだあって、どうにもできず、しかも卓也も『頼むから続けさせれくれ』と言うので通報できなかった」
公判でこう振り返った阿部の父は、その後、息子の願いを聞き入れ、リビングに座り、遺体が溶けるのを待ち続けたという。
「キッチンには入らなかったので鍋の中も見てません。溶けるときの音は聞こえてました。けっこう大きな、ジュッて音だったんで」
ところが翌日になっても息子の仕事は終わらない。結局、阿部の父もついに死体損壊に関与してしまった。
「骨を砕くのを手伝いました。初めは息子は『何もしなくていいから』と言っていたんですが、だんだん焦ってきたようで、鍋から骨出して、砕き始めて、その音が大きくなってきて、けっこう見るに見かねて『手伝うよ』って。気持ち悪いっていうか、なんで私がやんなきゃいけないんだという思いはありました。鍋を洗ったり……」
その後、骨だけとなった遺体を浴槽で砕き、大きな骨片は河原で“バーベキューを装い”ながら、息子とともに川に流したという。この“バーベキューを装う”提案をしたのも、阿部の父だった。偶然に事件に巻き込まれながら、最終的には主体的に関与してしまったのだ。
玄地は土田さんに強い恨みを抱いていた。射殺するための拳銃を手配した玄地の知人、のちに懲役20年の判決が下された平正喜(逮捕当時30)の公判でその内幕が明かされる。
「バリカンを共同で経営していたが、玄地がほとんど経営の実務を担っており、土田さんは時々顔を出して暴れるだけだった。そのうえ売り上げの一部を納めなければならないことに強い不満を抱いていた」(検察側冒頭陳述)
そんな玄地の店でホストとして働いていた阿部も、同様に土田さんに恨みを抱いていた。これを知る阿部の元妻が公判でこのように明かしている。
「普段から暴力を振るわれたり、殴られて顔を腫らして帰ってきたり、けっこうこき使われていて休みもない……。客引きの罰金もあったんで、そのうえ店の改装の話も出て、『お前のせいでこうなったんで、費用も全部払え』と言われていました。私はまぁ、殺すの間違ってるし、おかしいでしょ、そこまでする必要ないと止めましたが『でもこのままだと、俺の人生めちゃめちゃになる。わかってよ』と言われて……」
阿部は土田さんに暴力を振るわれていたうえ、違法な客引きで店が営業停止となったことへの金銭的なペナルティを負っていた。それをネタに、店の改装費用を要求されていたという。そんな阿部に、玄地が『土田さん射殺』を持ちかけたのである。両者の利害は一致していたが、玄地の要求は理不尽だった。事件前の話し合いの際、こんな二者択一を迫られたというのだ。
「実行役をやってもらう。全て罪をかぶるか、完全犯罪を目指すか」
これに躊躇し返事をためらう阿部に、玄地は「よく考えろ」と熟考を迫る。土田さんからは解放されたいが刑務所には入りたくないという思いから、「完全犯罪でお願いします」と阿部は告げたのだった。
そして事件当日。店で土田さんと待ち合わせていた阿部は「心臓か頭を狙って発射しろ」という玄地のアドバイス通りに、心臓を狙って拳銃を発射。「運転手をして金を返せ」と土田さんに迫られている中での犯行だった。遺体を溶かす計画は玄地によるものだ。
「土田さんは怖い人でした。少しでもミスがあれば、殴られたり、裸踊りをさせられたりしました。同僚と殴り合いをさせられたり、電話に出れなかったことでまた殴られたり、花火を向けられてヤケドを負ったり、『ラーメンをおごれ』と言われて財布に金がないと、ボコボコにされたり、顔にマジックで『僕はチンカスです、バカです、ホモです』って書かれて笑い者にされたり、立ち方が気に入らないと殴られて、うずくまると頭にオシッコをかけられる……」
実行犯の阿部は、生前の土田さんによるパワハラがあったことを公判でこう語っている。いっぽう、飲みから帰ると息子が男性の遺体を鍋で煮込んでいるという異様な現場に遭遇した父親は、公判でやるせない思いをこう吐露した。
「気持ち悪いっていうか、なんで私がやんなきゃいけないんだという思いはありました。鍋を洗ったり……」
それでも息子の犯行に加担したのは、父の歪んだ親心なのか。
玄地の強い思いと阿部の究極の選択により、事件は起こったが、実はこれを止めようとしていた人物がいた。かつての「バリカン」のナンバーワンホスト、アキラだ。関係者らから事件のことをある程度聞いていた彼は、平の公判に証人出廷し、当時の様子を語った。
良い時で月600万以上も売り上げていたため、当然ながら金があるアキラは、玄地からたびたび「被害者を殺すための拳銃を調達したいので金を貸してくれ」と言われていたという。しかし頑として断った。ナンバーワンホストは、危機回避能力がある。
さらに、実行に移そうとしている玄地、阿部、平の3人を、たびたび止めようとしてきた。「平さんから玄地さんにやめるように言って下さいよ」と伝えたのは一度だけではない。ナンバーワンホストは善悪の区別をはっきりつけているのだ。
そしてアキラは3人の事件の動機を冷静に観察し、さりげなく彼らに質問することで情報を正確に収集してきた。
玄地については「被害者の土田さんからたびたび暴力を受けていて、アイツ殺してやりてぇ、と何度か言っていた」。阿部被告については「よく殴られていたし、恨みを持っていたと思う」と動機を分析。平被告については「関与することで、実行後に店でなんらかのポストを与えられるという約束をしていたようだ」と金目的であると見極めていた。たしかに平は、玄地から事件前、拳銃の見返りに経営のポストを約束されていたそうだ。
アキラは事件には関与していなかったが、関係者らが逮捕されるまでに4回も事情聴取を受けた。全てを知っているため生前の玄地から「喋んじゃねーぞ」と何度も脅されていたという。だが最後には、全てを話した。
「翌日に検察庁に行くと親に話したら『全部話してこい。もし罪に問われても、私たちはずっとお前の見方だ』と言われて……」
当時を思い出し、声を詰まらせるアキラ。彼はこうして、事件前後の店の様子や関係者らの計画など、全てを話した。アキラの両親の後押しがなければ、事件の全貌は明らかにならず、玄地が阿部に迫った通りの「完全犯罪」となっていたことだろう。