8月1日に開幕した、3年に1度の国際芸術祭『あいちトリエンナーレ2019』内の企画展『表現の不自由展・その後』が中止となり、世間に大きな波紋を呼んでいる。同企画展には、慰安婦を表現しているという少女像や、昭和天皇を含む肖像群が燃える映像作品などが出展され、開催当初から抗議が殺到。実行委員長の大村秀章・愛知県知事によると、「大至急撤去しろ。ガソリンの携行缶を持ってお邪魔する」というFAXはじめ、誹謗中傷や脅迫が送られるなどし、「これ以上エスカレートすると安心安全にご覧いただくことが難しくなる」として、中止を決めたという。
今回、特に問題視されているキム・ウンソン氏-キム・ソギョン氏夫妻による「平和の少女像」は、旧日本軍の従軍慰安婦に着想を得たもの。ソウルの日本大使館前や韓国各地には同様の像が設置されているという。また嶋田美子氏のエッチング作品「焼かれるべき絵」も、昭和天皇とみられる肖像の顔部分が焼かれて剥落している版画で、物議を醸している。この作品は1986年、富山県立近代美術館で行われた『’86富山の美術』において、昭和天皇の写真をコラージュした大浦信行氏の作品「遠近を抱えて」に抗議が殺到し、美術館側が展覧会カタログの焼却処分を実施した事件を契機に生まれたもの。なお、『表現の不自由展・その後』には、大浦氏が今回の企画展のために制作した「遠近を抱えてPartII」という映像作品も展示され、その中で、昭和天皇の肖像を燃やすシーンがあり、同様に抗議を受けたそうだ。
今回、中止に至ることとなった『表現の不自由展・その後』。少女像を視察した河村たかし・名古屋市長が、大村県知事に「日本国民の心を踏みにじる行為であり許されない」とする抗議書を提出した件、またそれを受けた大村県知事が「憲法21条で禁止された『検閲』ととられても仕方がない」と非難したことも大きな話題となり、ネット上でも「表現の自由」や「検閲」に関する議論が飛び交っているが、一方で「脅迫した人物を刑事告訴すべき」という声も高まっている。この主張をめぐっては、「“安全”のために企画展を中止したのであれば、告訴はしかるべき対応のはず」「脅迫行為で表現の自由が侵されることはあってはならない」といった意見があるようだ。弁護士法人ALG&Associatesの山岸純弁護士に、今回トリエンナーレ事務局サイドに脅迫を行った人物はどのような罪に問われるのか、話を聞いた。
大村知事によると、脅迫行為に関しては、すでに愛知県警に相談しているとのこと。ネット上では「威力業務妨害罪に当たるのではないか」と指摘されているが、山岸氏はこれについて、「暴行や脅迫などの有形的な方法をもって人の業務を妨害することにより成立するのが『威力業務妨害罪(刑法234条)』。3年以下の懲役又は50万円以下の罰金が科せられることになります」と説明する。
「ガソリンという危険物を持って“お邪魔する”という脅迫文は、先月起こった京都アニメーション第1スタジオの放火殺人事件も相まって、人々に大きな恐怖を与えるものです。『平穏・安全に展示会を開催する』という主催者側の業務が妨害されたわけですから、威力業務妨害罪が成立することとなります。また、損害賠償額についてはさまざまな考え方がありますが、『予定通り展示会を開催していれば得られるはずであった利益』が一つの指標になるでしょう」
また、こうしたテロ予告とも取れるような脅迫には「今こそ共謀罪を適用するときでは?」といった声もある。共謀罪成立をめぐっては、「市民の人権や自由を侵害する恐れが強い」などと議論を巻き起こしたが、山岸氏いわく「2017年の通常国会では最終的に(1)組織的犯罪集団が、(2)重大な犯罪の計画をして、(3)このような犯罪の実行を準備する行為を罰する、いわゆる『テロ等準備罪』として成立したので、「例えばネット上で、複数の人物が共謀して誹謗中傷や脅迫を行っただけでは、『組織的犯罪集団』に当てはまりませんので、共謀罪に問われることはありません」という。
なお、大村県知事は、トリエンナーレ事務局の職員の名前を聞き出し、ネットで誹謗中傷をする人もいたことを明かしているが、「こちらに関しては『侮辱罪(刑法231条)』や『名誉毀損罪(刑法230条)』が成立することがある」そうだ。
昭和天皇への「侮辱罪」と憤る人も
一方、中止になっても、一部からは、昭和天皇とみられる肖像を「燃やす」という作品に関する批判が鳴りやまない状況もある。先述の通り、作品の背景には、富山県立近代美術館問題が関係しているのだが、それでも「昭和天皇への侮辱である」「侮辱罪で告訴を」と指摘する人は少なくない。
「昭和天皇とみられる肖像を燃やすというのは、そのイデオロギーや主義主張を考えても、やはり『疑問視せざるを得ない行動』とする考えがあるのはわかりますし、『侮辱』に該当することは十分にあり得ると思います。ただし、昭和天皇はすでに崩御されておりますので、そもそも原則として『生きている人の名誉感情』を保護する名誉毀損罪や侮辱罪の対象とはなりません。告訴できる/できないの議論は間違いです」
『あいちトリエンナーレ』の芸術監督・津田大介氏は、脅迫文公開を求める声に「もちろん公開する選択肢もありましたしあのFAX以外にも脅迫やテロ予告と取れるものはありましたが、それを丸々公開すると犯人や見た人を刺激して更に危険が高まるためやめた方がいいと警察に止められているんです」とTwitter上で説明している。その警察が、このまま特に動かなければ、中止に至った理由に不信感を抱く者が続出することは火を見るよりも明らかなだけに、この問題について、今後は一層注視していきたい。





