
近年、カラダの関係がない“セックスレス夫婦”が増え続けているという。日本性科学会が1994年に定義したところによると、セックスレスとは「特別な事情がないにもかかわらず、カップルの合意した性交あるいはセクシュアル・コンタクト(性的なふれあい)が1カ月以上ないこと」を指すが、一般社団法人日本家族計画協会が2017年に発表した「男女の生活と意識に関する調査」において、調査対象の20~69歳で「セックスレス」と回答した夫婦は、過去最高の47.2%だったとのこと。「約半数の夫婦がセックスレス」という現況は、多くのメディアによってセンセーショナルに取り上げられ、「セックスをしない日本人」のイメージがより広まった印象だ。
今回、1991年に初めて「セックスレス」という言葉を提唱し、長年、セックスレスに悩む人たちの治療にあたってきた、あべメンタルクリニック院長の阿部輝夫氏に取材を行った。阿部氏の目に、セックスレス夫婦の増加はどう映るのか。セックスレス治療に訪れる患者の傾向をお聞きするとともに、世間がセックスレス問題をどう受け止めているかについての見解を伺った。
27年前には想定できなかった事態
――「日本人の約半数の夫婦がセックスレス」という調査結果について、先生はどのように思われますか?
阿部輝夫先生(以下、阿部) 悲しいですね。セックスレスの定義に沿った調査のようですから、半数近い夫婦が、性器的な結合も然ることながら、セクシャル・コンタクトすらないというのは、どうなってしまったんだろうと思います。私がセックスレスを提唱した91年当時には想定できなかったようなことが、現実に起きていると感じます。
――阿部先生は長年、セックスレス治療に取り組まれてきましたが、来院する患者さんにはどのような方が多いのでしょうか。
阿部 やはり「子づくりのためにセックスを取り戻したい」という30代後半の夫婦からの相談は多いですね。また、40代の妻が「このままセックスなしに人生を終えるのはイヤだ」と夫を連れてくるパターン。夫側はマスターベーションで十分だと思っているものの、妻は「女性として見られたい」という思いから、子づくりのためではない、男女としての夫婦のセックスを求めている……というケースです。
それから、性嫌悪症の男性。性嫌悪症とは、性行為はもちろん、性的な事柄そのものに嫌悪感を抱くことで、『セックスレスの精神医学』(筑摩書房、2004年)にも急増していると書いたのですが、こうした相談は変わらずあります。私自身、近年は広報活動を控えていますが、昔の本やネット記事などを参考に、性嫌悪症だと自己診断して、当院に来られる男性は依然として多いです。
――男性の性嫌悪症とは、具体的にどのような症状なのでしょうか?
阿部 まず性障害は、次のような病型に分類できます。
1)生来型:その性機能不全が、初めての性体験からずっと存在し続けている場合
獲得型:その性機能不全が、ある時を契機に現れた場合
2)全般型:その性機能不全が、ある特定の刺激・状況またはパートナーに限られていない場合
状況型:その性機能不全が、ある特定の刺激・状況またはパートナーに限られている場合
3)心因型:心理的要因による性機能不全
複合型:心理的要因のほかに、身体疾患や薬物などが関与している場合
増加している男性の性嫌悪症は、「獲得型」かつ「状況型」で、妻に対する愛情の質の変化によって、妻に限ってのみその気が起こらないケースです。一緒に暮らすうちに、妻が母親や妹、マスコットなどに思えてきて、性的な対象ではなくなってしまう……という。夫婦仲はすごくいいし、妻がかわいくて仕方がないんだけど、たとえ妻の裸を見ても性的魅力を感じず、ムラムラもしないんですね。でも、性的な欲求自体はあるから、マスターベーションはするし、人によっては婚外セックスをしていることもあります。
――男性の性嫌悪症は、受診で改善できるのでしょうか?
阿部 男性の性嫌悪症は、性欲低下症と同じくらい、最も治りにくい症例の1つなんです。以前は女性に多かったのですが、ここ数十年で男性の性嫌悪症が国内外を問わず増えたことで、さまざまな論文が出されました。しかし、治療しても改善が見られないことから、20年ほど前からほとんど論文が出なくなってしまったんです。それに伴い、アメリカの『DMS(精神疾患の診断統計マニュアル)』の5版からは、性嫌悪症が「性機能不全群」の項目から削除され、「他の特定される性機能不全」にまとめられてしまっています。ただ、4~5年前にできた抗うつ剤「エスシタロプラム」が男性の性嫌悪症にも効果が見込めるとなって、当院でも、エスシタロプラムを使用した患者さんの多くは、より改善が見られています。
――具体的にどのような治療をしていますか?
阿部 面談で、結婚年数、子どもの有無、セックスレス歴、妻をどう思っているかなどをヒアリングし、カウンセリングを中心に進めます。また、「妻を性的な目で見る」「昔の妻や、当時のセックスを思い出しながらマスターベーションをする」など、段階的にレベルアップしていって、最終的には夫婦での行為に至れるような宿題も出していきます。薬を使った方が、妻を性的な目で見ることへの抵抗感が早くなくなるようで、成功するスピードも確率も上がっていますね。
――改善には夫婦間での理解がないと難しいような気もします。
阿部 中には、妻が「私は悪くない。あなた1人で治して来て」というケースもありますが、いざというときには、やはり2人での話し合いが必要になってくるので、揃っての受診をお願いしています。ただ、男性の性嫌悪症が原因でセックスレスになっている夫婦は、先ほども述べた通り、愛情の質が変わっただけで仲はいいことが多いので、最初から揃って来られる方も少なくありませんよ。セックスレスについては、夫婦2人だけで話し合うと喧嘩してしまい、その話題自体を避けるようになることも少なくないようです。そのため、第三者を交えての建設的な話し合いの方がスムーズにいきやすいでしょう。
――女性が男性と同じような性嫌悪症になるケースも増えているのでしょうか?
阿部 そもそも女性の性嫌悪症は、「誰とでも嫌」という「全般型」が多いです。夫にのみという「状況型」でいうと、男性同様、「夫に愛情はあるものの、父親のように見えて性嫌悪症になる」といったパターンもありますが、夫の浮気や乱暴なセックス、あとは度重なる夫の勃起障害により、こちら側がその気になっているのにうまくいかないことが繰り返されたなど、不安や外傷体験から性嫌悪症になるケースの方が圧倒的に多いです。そのため、夫とはできないけれど、不倫相手とならできるという女性も少なくないですよ。
――ほかに女性の性障害で、近年見られる傾向はありますか?
阿部 性欲低下症で受診する女性は増えていますね。夫側が困って妻を連れてくるケースと、妻自身が「なんか不自然」「このまま歳をとっていくわけにはいかない」などと感じて自発的に来られるケースの両方があります。患者数が増えた背景には、女性の性が開けてきたことも関係しているのかもしれませんね。ただ最近では、30代などの若い女性も多いことから、仕事が忙しく、疲れやストレスが溜まり、性欲を司る男性ホルモンが低下して、欲求が湧かなくなっているということもあり得ると思います。
――女性側が原因のセックスレスでは、性欲低下症が一番多いですか?
阿部 いえ、私のクリニックで最も多いのは、「性器骨盤痛・挿入障害」です。幼少期の教育などから、セックスすると女性器が「破ける」「大量出血する」などのイメージを持ってしまい、恐怖心から、触れられるだけでも痛みを感じるケース。もしくは、ある時の経験をきっかけに痛みを感じるようになるケース。前者が「生来型」で後者が「獲得型」です。どちらも治療で100%治せるのですが、生来型の方はなかなか手ごわいですね。とある産婦人科医の話ですが、娘さんが生来型の性器骨盤痛・挿入障害で、結婚後もセックスができなかったため、下半身の痛みを感じなくする腰椎麻酔をしたのですが、娘さんは「痛い」と言ったんだそうです。実際には感じない痛みを、脳が感じてしまったんですね。
なお性器骨盤痛・挿入障害の治療は、宿題を出しながらのカウンセリングが中心となります。宿題は、自分の性器を手鏡などで見て構造を理解してもらう「自己身体観察」から始め、コンドームを被せた綿棒2本など、細い物から挿入練習をしていき、最終段階では、挿入せずに性器同士の触れ合いを意識する「ノン・エレクト法」から、性行為へとつなげていきます。
―― 一口にセックスレスと言っても、その人それぞれに、さまざまなケースがあることがわかりましたが、セックスレス夫婦が増加の一途をたどる社会的背景について先生はどのように思われますか?
阿部 深夜まで営業している店の増加や、ネットの普及などで、セックス以外に楽しいことが増えていることも一因かもしれませんね。また、“草食男子”という言葉が定着するほど優しい男性が増えている印象がありますが、例えば女性が「痛い」と言ったら、すぐにやめてしまうような人も多いようです。本来なら、コミュニケーションを取りながら、セックスを継続できるように工夫していくものですが、そのコミュニケーションを面倒に感じてやめてしまうという。それこそネットで簡単にエッチな画像や動画が手に入るから、マスターベーションで十分と感じていたりする男性が増えていることも、セックスレスに拍車をかけているのかなと感じます。ただ、一方で、女性遍歴何百人とか、風俗大好きとか、セックスフルな男性もいて、両極端な印象もあります。程よい中間層が少ないんです。男性側の話になってしまいましたが、この両極端という傾向は、女性にも見られることです。
――セックスレスの増加に伴って、相談件数も増えているのでしょうか?
阿部 うちのクリニックの相談件数でいえば、減っていますね。もしかしたら、セックスレスでも問題ないと感じている夫婦が増えているということなのかもしれません。以前はオルガズム障害で受診する女性も多かったのですが、近年はほとんどいなくなりました。感じない女性がいなくなったのかもしれませんが、恐らく、感じなくても困らない女性が増えたということの表れなのでしょう。
――今後、セックスレス夫婦の増加が止まったり、減少に転じたりする可能性はあると思いますか?
阿部 どうでしょうか……。最近の傾向を見ていると、「それでもいい」とセックスレスを問題視していない人が増えているようですし、恐らく日本では、セックスレス夫婦は増えていくんだろうと思います。「子どもがほしいけどセックスレス」という夫婦も、医療の力に頼るようになっているみたいですから。「セックスで人生が豊かになる」という視点は、どんどん減っていきそうですね。その夫婦の価値観だから、両者が納得していれば、何もお節介しなくていいとは思います。ただ本音を言えば、セックスレスによって少子化が進み、いずれ労働人口が減って、日本が成り立たないようになったらと思うと、寂しいかなとは感じてしまいますけどね。
(取材・文=千葉こころ)
阿部輝夫(あべ・てるお)
1944年宮城県生まれ。順天堂大学医学部卒。医学博士。順天堂大学精神科助教授、米・コーネル大学精神科Human Sexual Program研究員、順天堂大学付属浦安病院勤務を経て、96年に「あべメンタルクリニック」を開業、同院長。