『NHK紅白』司会の広瀬すず、嵐・大野智に暴言の過去も……失言癖に局内からも不安の声が

 大晦日に放送される『第69回NHK紅白歌合戦』の紅組司会に決まった、女優・広瀬すず。

「来年4月スタートの朝ドラ『なつぞら』のヒロインだけに、最近の傾向からいって順当な選考といえるでしょう」(放送担当記者)

 女優としての経験は重ねてきたものの、番組司会の経験がまったくないということから、「大丈夫か?」の声も寄せられているが、

「NHK上層部は、“初々しさが出れば、それでいい”と、実務面では広瀬にあまり多くを期待していないそうです。番組に新鮮な風を吹かせてさえくれればということで、周囲のサポート体制を万全にととのえているそうです」(同)

 だが、単なる進行上のミスなら「かわいい」で許されるだろうが、広瀬は「炎上女優」とも「失言クイーン」と言われるだけの“前科”があるだけに、その司会就任を不安視する声も、局内からは上がっているという。

 広瀬の失言で有名なのは、『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)の「食わず嫌い王選手権」に出演したときの、スタッフへの“ディス発言”だ。

「どうして生まれてから大人になったときに照明さんになろうと思ったんだろう」

「なんで自分の人生を、女優さんの声を録ることにかけているんだろう」

「大人になって年齢重ねると共に、本当に棒を……声を録るだけでいいの?」

 さらに、『痛快TV スカッとジャパン』(同)では、コインランドリーを占領する迷惑主婦のエピソードに、「洗濯機買えばいいのに……」と本音がポロリ。これが、「貧乏人をバカにしている」と批判を集めてしまったのだ。

 紅白の司会を担当するにあたっては、こんな発言が注目されている。15年に、映画『海街diary』のPRで出演した『VS嵐』(同)で、

「当時、34歳だった嵐の大野を、『40歳くらいかと思った』と発言して、嵐ファンから総スカンを食らった過去がありますからね。白組司会が櫻井翔ですから、広瀬が紅組司会になったことで嵐ファンの心はザワついているようです。出場歌手の歌に、うっかり『初めて聴く曲でした』なんて失礼なことを言いだして、アドリブに弱くカンペ棒読みキャスターでおなじみの櫻井を慌てさせることがないとも限りません。台本以外のことはしゃべらせないようにとの指示がスタッフに出ているようです」(テレビ雑誌記者)

 失言しても、朝ドラはもう決まっているし、大丈夫といったところ。しかし、相変わらず選考基準が不透明な紅白だけに、むしろ、そんなシュート発言が飛び出したら、視聴率も跳ね上がるのではないだろうか!?

トンデモ忍者像を生み出したのは007!?――全大陸に忍び込んだ! 世界各国の忍者映画

――アフリカに限らず、忍者を題材にした映画は世界中で数えきれないほど制作されている。だが、その中には日本人として思わず「違うだろ!」とツッコミたくなる、ぶっ飛んだ忍者像も少なくない。ここでは、海外で独自の進化を遂げた「NINJA」たちを紹介していく。

トンデモ忍者像を生み出したのは007!?――全大陸に忍び込んだ! 世界各国の忍者映画の画像1
世界中で作られている忍者映画。題名は『Indian Ninja』なのに製作国はフランスという謎の現象も。

 初めて忍者が登場した海外映画は、あの「007シリーズ」の5作目で、日本を舞台にした『007は二度死ぬ』(1967年)といわれている。しかし、劇中に登場した忍者は「公安直属の特殊部隊」として、マシンガンや手榴弾、日本刀で武装し、敵の基地に正面から殴り込みをかけるなど、従来の忍者のイメージから大きくかけ離れていた。ただ、この描写こそが海外における「NINJA」のひな形になったのだ。

 時は流れ80年代。ショー・コスギらの活躍によりハリウッドで忍者ブームが起こった。前記事「極悪非道な忍者にはカンフーで立ち向かう!――サバンナや森で襲いかかる!? 奇想天外・アフリカの忍者映画」でも触れたが、この時代に作られたおびただしい数の忍者映画での、忍者というイメージは、概ね「暗くて反社会的」「殺し屋・超級格闘家」「主人公の多くが欧米人」という具合で、そういうキャラクターが忍者装束を着て、刀と手裏剣さえ持っていれば「NINJA」になれたのだ。ブームがアメリカから世界中へ波及したことで、海外におけるNINJAのイメージはこの方向で固まり、伝言ゲームのように変化していった。

 例えばハリウッドの『アメリカン忍者』(85年)という作品は、前述したイメージをすべて併せ持つお手本のような「NINJA映画」だが、その後、この作品にならって『Russian Ninja』(89年/スウェーデン)、『El Ninja Mexicano』(91年/メキシコ)、『Indian Ninja』(93年/フランス)などの「ご当地忍者」が次々と作られ、21世紀に入っても『Tongan Ninja』(2002年/ニュージーランド)などが確認されている。

 日本と文化圏が近いアジアでは、80年代の香港でゴッドフリー・ホーという監督が活躍した。彼は忍者を題材にしたB級作品を50本以上も手がけており、そのほとんどは『忍者ターミネーター』(85年)や『フルメタル忍者』(89年)など、既存のヒット作に無理やり忍者をくっつけたものが多い。彼の作品に登場する忍者は、赤やピンクなど派手な色の装束を身にまとい、アルファベットでninjaと書かれたバンダナを巻き、タコ踊りのような動きで印を結ぶ。もちろん、中の人はほとんど欧米人だ。ビジュアルだけなら東映の特撮ヒーロー『世界忍者戦ジライヤ』(88年)に近いものがある。

 史実を重視する人にとって、このような形で忍者がグローバル化するのは喜ばしくないかもしれないが、現地の人々にとってはこれこそが正しい「忍者像」なのだ。いずれは日本古来の忍者も、数ある「NINJA」のひとつとして取り込まれていくかもしれない。

(文/ゼロ次郎)

「英語が喋れるようになりたい」で毎年大勢挫折するのはなぜか? 英語のプロに聞く英語学習法

「日本人は英語が苦手」とよく言われる。英語の教材を買ったり、英語教室の門を叩いたものの、モノにならず自己嫌悪という人は毎年数多いるだろう。日本人の英語学習には何が足りないのか?『英語がサクッと口から出る 英語の「筋トレ」4センテンス繰り返しCDドリル初級編』(主婦の友社)著者の渡部泰子氏は、帰国子女やインターナショナルスクール出身者でなく、英語の勉強を始めたのは中学生からだが、TOEICは985点。現在通訳、英語講師を仕事にしている、学習によって英語を習得したプロだ。そんな渡部氏に、日本人の英語教育の問題点について聞いた。

 

■英語の学習が挫折するのは、目的がぼんやりしているから

――渡部さんご自身は幼少期からガッツリ海外漬けではないのに、英語を仕事とされていますよね。どうすれば、英語はうまくなるのでしょうか。

渡部泰子氏(以下、渡部) 「英語を学んでどうなりたいか」という目的を持つことがまず大事ですね。「なんとなく英語が話せればいいな」という人は伸びにくいと思います。

――「なんとなく話せればいい」で勉強して挫折してを繰り返している人は私も含めて多いでしょうね。耳が痛いです。

渡部 「なんとなく」の何がいけないかというと、なんとなくだと学習範囲が定まらないんですよね。ですから「海外旅行に行ったらショッピングは全部自分でできるようになりたい」というのもいい目的だと思います。中学程度の文法を把握していれば、あとはショッピングの会話の実例をどんどん練習していけばいいと思います。

――「なんとなく」から「ショッピング」になるだけで、やるべきことが一気に明確になりますね。

渡部 はい。私は企業の従業員の方に向けた講師の仕事もしていますが、例えばアミューズメントパ―クの会社さんからご依頼を頂いた際は、事前にその施設に行き、できるだけいろいろな乗りものを試します。そうすることで、そのアミューズメントパークで実際に、本当に使える表現をお伝えすることができますから。

――「英会話教室に通う」「英語の参考書を買う」という場合も、「自分はこういう英語がしゃべりたいんだ」というより具体的なシーンをイメージした上で、教材を選ぶことが大切なんですね。よく、「外国人の友達を作る」というのも語学上達に効果的なこととして挙げられますが、これもちょっと漠然としていますね。

渡部 ですので、「外国人の友達とごはんを食べに行く」とか、よりフォーカスするといいと思います。

――確かに「なんとなく友達と話す」より「食事する」なら、シーンが見えて、準備しておくべきことが分かりますね。

渡部 また、毎月でテーマを決めても面白いですよ。例えばある月は政治系の単語帳をひたすら作ったりとか。これはプロの通訳もやっていることです。

■「見るだけ」「聞くだけ」では英語は上達しない

――プロでも勉強を続けているんですね。

渡部 もちろんです。私の中の英語学習のイメージとして、まずベースとして中学英語の文法があります。そして、その上に「英語のジャングルジム」みたいなものが建っているんです。

 ジャングルジムはひとつひとつマスがありますよね。その中のマスたちを、日々の実戦、反省、気づきと勉強で埋めていくんです。例えば「不定詞が弱いな」と気づいたら勉強して自分のものにしていき、「不定詞」のマスを埋める。そうやってマスをコツコツと埋めていくんです。そして、記憶は薄れますから、忘れたらまた勉強して……の繰り返しです。

――近道はないんですね。

渡部 はい。ただ、英語学習において余計な遠回りをしてしまっているケースはありますね。

――「遠回り」とはどんなことでしょう。

渡部 脳の仕組みから物事の習得のコツには2つあって、まずは「繰り返すこと」です。ですので、おすすめできない遠回りの学習法は「1日新しい10単語を覚えていく」ということですね。これで年間10×365=3650単語覚えられる、とはなりません。脳は常に情報を捨てようとします。忘れるのが当たり前なので、これはどうやら重要らしい、と脳に理解させるために、何度も何度も繰り返さないといけないんです。

――毎日真剣に10単語覚えるより、同じ英単語をひたすら繰り返す方が、脳にとっては効率的なんですね。

渡部 はい。物事の習得のコツ2つ目は「五感を使うこと」です。英語の場合は「読む、書く、話す、聞く」。ですので、お勧めできないのは「見るだけ」や「聞くだけ」です。

――聞くだけで、ある日突然英語は口から出てこないと。「年間360本の洋画を見たのにさっぱり英語がわからない」というのには理由があるんですね。

渡部 字幕があると、英語を聞いているように思っていても、日本語字幕を読んでしまっているんですよね。ただ、洋画も使い方によっては効果的ですよ。私が徹底的にやったのは英語の映画やテレビドラマを、字幕を出さないで見て、何と言っているのか推測することです。これはお勧めします。

 知らない単語は当然聞き取れませんが、知っている単語を聞き取れないのは音に慣れていないからなんです。それを見極めるのが大切なんです。

――単語を知らなければ語彙不足であり、既に知っていたら耳が慣れていないということで、原因が違いますもんね。そうすると100本の洋画をひたすら見るよりは1本の洋画を何度も繰り返し見るのがいいんでしょうか?

渡部 気に入った作品を続けて見るのはいいと思いますね。「聞くだけ」や「読むだけ」で伸びなかったというケースはありますが、五感を使った練習をしても全然伸びなかったという人は見たことがないです。

 

■英語のプロでも「三日坊主がいっぱい」は多い

――先ほどもお話がありましたが、文法は中学レベルで大丈夫なんですね。

渡部 基本としてはまずは中学英語です。より複雑なことを言うのには、その上も必要になってきますが、まずは中学英語の文法が必要です。ですので、学生時代英語が得意だったという人は問題ないですが、英語が苦手だった人は、まず中学文法は克服したいですね。

――思えば、中学英語の文法って、今も覚えていますよね。一週間前のテレビやネットの内容はすっかり忘れていても、中学英語は卒業して数十年たつのに覚えているというのも、やはりひたすら当時「くり返した」ことで脳に染み付いているんでしょうね。

渡部 文法書は辞書のように使うといいですよ。前置詞のルールってどうなっていたっけ? と分からないことがあるときに調べる。文法の本を一から読むと途中で嫌になってしまいますよね。日本人は真面目なので、挫折経験があると自分を責めてしまいますから。

 学習は「三日坊主をいっぱい」でいいんです。英語の先生は一冊の参考書をやりなさいと生徒さん方に話しがちなんですが、先生同士で話すと「飽きちゃうから三日坊主を続けている」という人は多いですよ。三日坊主でも、また別の英語の学習をすれば、結果的には「英語学習」という輪をぐるぐる回っていることになります。英語を仕事にしている人はそういう方たちが多いですよ。

――なるほど。「まずは目的を具体的に持ち、語彙はひたすらくり返し、文法は中学英語をしっかりと」ということですね。あと重要なことは何でしょうか?

渡部 英語を使う環境に積極的に身を置くことです。「漠然と話す機会がない」と言うのではなく、「話して使っていくのだ」というハートで動くことです。何も座学だけが勉強ではありません。外国人のお姉さんと英語で話すのだって勉強のひとつです。

 中編では引き続き渡部氏に、「英語を仕事にすること」について伺っていく。

 (文/石徹白未亜 [http://itoshiromia.com/])

■渡部泰子
東京生まれ。TOEIC985点。総合商社、外資系企業などに勤務後独立。株式会社マグノリア・コンサルティング代表。通訳、リサーチや海外とのコーディネーション、個人/企業向けの英語トレーニングを行っている。

◆石徹白未亜の過去記事はこちらから◆

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木村拓哉と豪華俳優陣による傑作ミステリー! 映画『マスカレード・ホテル』鑑賞券プレゼント

 累計300万部超えを誇る東野圭吾氏のヒット作『マスカレード』(集英社)シリーズ。その第一作目となった『マスカレード・ホテル』が、来年の1月18日より実写映画として全国公開となります! 主演を演じたのは、木村拓哉と長澤まさみ。そして脇を固めるキャストには、渡部篤郎や小日向文世、松たか子など、日本を代表する豪華俳優陣が勢ぞろい。そんな本作は、一体どのような内容となっているのでしょうか。早速あらすじをご紹介いたします!

 都内で連続で起こった3件の殺人事件。現場にはいずれも不可解な数字の羅列が残されていたことから、警視庁捜査一課のエリート刑事・新田浩介(木村)は、その数字が次の犯行場所を予告していることを突き止める。その場所とは、国内屈指の高級ホテル・コルテシア東京だった。さっそく新田は、ホテルのフロントクラークに成りすまして潜入捜査に乗り出すことに。そして、新田の教育を任されたのは優秀なフロントクラーク・山岸尚美(長澤)。立場の異なる2人は互いに衝突を繰り返すことになるが、次第に事件の真相に近づいていく……。

 本作は、一流ホテルで繰り広げられる傑作ミステリー。ハラハラドキドキの展開が繰り広げられ、ラストには衝撃の真実が明らかになるという、東野作品ならではの世界観が楽しめる作品となっているそう。また、本作の注目ポイントは、なんといっても登場人物たちのバラエティーの豊かさ。主役級の俳優からクセのある俳優まで、個性あふれる俳優陣による究極の騙し合いは必見です。豪華出演者たちが送る一秒たりとも見逃せない超大作を、ぜひ劇場でご覧ください!

 今回は、映画『マスカレード・ホテル』の鑑賞券を3名の方にプレゼント。「刑事役の木村さんを早く見たい!」というファンの方はもちろん、原作を読んだことがあるという方も、皆さま奮ってご応募くださいね! お待ちしております。

※12月3日〆

ご応募はこちらから
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星野源は壊れかけていた「目の前の人に唾を吐いたら人生終わるかなと妄想していた」

 2018年末から2019年頭にかけて星野源の活動が次々と発表されている。

 12月19日には星野源3年ぶりとなるアルバム『POP VIRUS』が発売されて、年末には『第69回NHK紅白歌合戦』で4回目となる『紅白歌合戦』への出場が決定。年が明けてからは、男性ソロアーティストでは史上5人目となる全国5大ドームツアーを行われる予定だ。

 まさに飛ぶ鳥落とす勢いだが、実は今年の頭までの星野源は悩みの日々にいたという。

 ここ最近、彼は2016年末の『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS)ブーム以降に身の回りで起きた激動に心を乱されて塞ぎ込んでいたと告白するようになっている。

 その当時の心境は、NHK連続テレビ小説『半分、青い。』主題歌「アイデア」の2番の歌詞<おはよう 真夜中/虚しさとのダンスフロアだ/笑顔の裏側の景色/独りで泣く声も/喉の下の叫び声も/すべては笑われる景色/生きてただ生きていて/踏まれ潰れた花のように/にこやかに 中指を>にも反映されている。

 彼の心を塞ぎ込ませたのは、知名度が爆発的に高まっていくなかで、明らかに自分自身とは合致しないパブリックイメージが広まっていったこと。そして、自分の身の回りで起きていることなのにも関わらず、自分ではどうすることもできない状況になすすべもなかったということだった。

 「MUSICA」(FACT)2018年9月号のインタビューで彼は<自分の周りは台風なんだけど、一応小屋の中にいるっていうような感じ。で、そこでじっとしているっていう感覚だったんですよね。で、今改めて考えてみると……自分自身が、確かに自分なんだけど、ふと、それが分かれてそれぞれひとり歩きしていく感じっていうか……自分っていうものが分離していくような感覚っていうんですかね>と、混乱と精神的不調をもたらした状況を振り返っている。

 今年8月にリリースされたシングル「アイデア」リリース時に『星野源のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)や、各音楽専門誌でのインタビューを通して初めて語られたこの話だが、それらの場では「精神的に落ち込んでいた」というぐらいの言及にとどまっており、具体的にどういった状態にあったかは語られてこなかった。

初めて具体的に明かされた星野源の「闇」
 それが、「ダ・ヴィンチ」(KADOKAWA)2018年12月号掲載のエッセイ「いのちの車窓から」のなかで初めて明かされたのだが、これが強迫性障害にも近いような、なかなか壮絶なものだったのである。

 エッセイによれば、『逃げ恥』ブームの後、行きつけのカフェに待ち伏せするファンが現れたり、買い物中に道行く人からスマートフォンで盗撮されるといったことが起こり始めた。また、家の前には窓にスモークのかかった車が止まるようになり、仕事帰りにはパパラッチの車が後をつけてくるようになったという。

 プライバシーを著しく侵害される状況だが、星野自身は当初そういった迷惑行為を<嬉しいことばかりだった>と振り返る。嫌がるどころか、むしろブームの渦中にいる喧噪を楽しんでいたという。

 しかし、そんな日々は長くは続かない。2017年に入ったあたりから、メディア上でつくられる「陽」なパブリックイメージと、本来の自分との乖離が激しくなるにつれ、彼の心は闇に包まれるようになっていく。

<仕事では楽しく笑顔でいられても、家に帰って一人になると無気力になり、気がつけば虚無感にまみれ、頭を抱え、何をしても悲しみしか感じず、ぼんやり虚空を見つめるようになった。
 それは日々ゆっくりと、少しずつ増殖するウイルスのように、僕の体と精神を蝕んでいった。
 声をかけられることが恐怖心となり、街では誰にも見つからないように猫背で顔を隠し逃げ回り、ベランダに出ることさえも怖くて怖くて晴れた日でもカーテンを閉めるようになった>

 それは人間関係にも悪影響をおよぼし始める。続けてエッセイではこのように綴っている。

<自分の楽曲とは裏腹に恋とは縁遠くなり、女性を口説くことも、女性がいる場に行くことも恐ろしくなった。
 訳のわからないタイミングで涙が出るようになり、目の前に水の入ったコップがあれば壁に投げつけたい衝動を抑えるようになり、誰かと話していると、いまこの人に唾を吐いたりすれば全てが終わるのかなと妄想しては、心の中で首をブンブンと横に振った>

 心療内科にかかってもいいはずだが、彼はこの心の痛みを我慢してしまった。悩みを誰かに打ち明けることは<非常にダサい>と考えていたからだ。それが症状をさらに悪化させてしまう。

 その痛みを癒してくれたのは、生田斗真との友情であるという。

 10月16日深夜放送『星野源のオールナイトニッポン』に生田斗真が出演した際、今年の2月に2人っきりでハワイ旅行に行ったと語られていた。このハワイ旅行が星野源を救った。

 2人は10年来の付き合いでしばしば共に食事をする仲だというが、昨年末に食事をした際の星野源の様子が明らかにおかしかったという。

 生田斗真はそのときのことを<なんかもうこの世の終わりみたいな顔をしていて>と振り返るが、実際、そのときの星野源は非常につらい心境にあり、その食事会にも<これダメだ。つらい。斗真、助けて!>という思いで臨んでいたらしい。

 食事中も星野源はずっと<いやー、つらい、つらい>と嘆いていたそうだが、その会話のなかでふと<旅行に行きたい>とつぶやいたのを生田斗真は聞き逃さなかった。

 そこで、2人っきりの5泊6日ハワイ旅行が開催される運びとなったという。

 5日間のオフを捻出するため2人とも旅行直前まで仕事を詰め込み、星野源にいたっては39度の熱がある状態でハワイ入りすることになるが、そこからは、海でシュノーケリングをしたり、現地の美味しいものを食べ歩いたりと、日本人観光客が少ない場所を中心に様々なハワイ観光を楽しんだという。

 そして旅の終わりに際して生田斗真は<源ちゃんなにがいちばん楽しかった? この数日間で>とたずねるのだが、それに対して星野源は<すごく恥ずかしいんだけど、最終日に斗真と2人でホテルの近くを散歩したこと。夜、2人で散歩したこと>と返したという。

 いろいろ観光したのに、一番心に残ったのが「散歩」というのは面白い。これの話をバラされて恥ずかしがる星野源に追い打ちをかけるように、生田斗真はさらに<『ちょっと2人で散歩しようか』って。なんかあてもなくグルグルグルグル、公園の方に行ってみたり、海の方に行ってみたりして。で、その中で2人でこうダラダラしゃべりながら散歩していたんだけど。それがいちばん楽しかったって言っていて。キュンとしました>と語っていた。

帰国後に生田斗真が星野源を叱った理由
 ここまではラジオでの2人の共演時に語られたことだが、実は帰国した後に、星野源の心境を180度変える事件が起きていたとエッセイでは綴られている。

 成田に降り立った後、星野源のマネージャーが空港まで車で迎えに来ていたので、生田斗真を送っていくことになった。

 しかし、車に乗り込んだ途端、生田斗真は押し黙り、そして語気を強めてこのように叱ったという。

<源ちゃん、これはダメだ>
<こんなの頭おかしくなるよ>

 車内は外から見えないようにすべての窓を黒いカーテンで覆い、また、フロントガラス越しにも後部座席が見えないように仕切りをつくっていたのである。

 生田斗真の指摘により、星野源はようやく、過剰な防備こそが心を蝕む要因をつくっていたことに気がつく。

<そうか、僕はまだ病んでいたのか。
 それから全てのカーテンを外し、窓を開けた。夕焼けを見ながら風を感じるなんて久しぶりであった。
「ああ、最高だわ」
 隠れることはなんて馬鹿らしいんだろう。楽しいことも、悲しいことも、クソだと思うことも、全て堂々と表現してやろうと思った。その瞬間から僕は、本当の意味で、負の自分を乗り越えることができたのである>

 こうして、アルバムや全国ドームツアーといった大きな仕事にも取り組むことができるぐらいメンタルが回復し、また、塞ぎ込んでいた時期についてラジオや雑誌のインタビューやエッセイで明かすこともできるようになった。

 ただ、星野源の不調の原因のひとつは、「有名税なのだから我慢しろ」とばかりにプライベートな領域にまで踏み込むメディアや、マナー違反の接触を試みようとするファンの行動である。

 芸能マスコミによる過剰な取材はかねてから問題視されてきたが、最近では、大倉忠義(関ジャニ∞)がストーカーまがいの行動に出るファンを諌める声明を出したりと、ファン側の節度ある行動を求める声も起きるようになった。

 メディアやファンの行き過ぎた行動がひとりのミュージシャンのキャリアを潰しかけた事実は重く考える必要がある。

(倉野尾 実)

星野源は壊れかけていた「目の前の人に唾を吐いたら人生終わるかなと妄想していた」

 2018年末から2019年頭にかけて星野源の活動が次々と発表されている。

 12月19日には星野源3年ぶりとなるアルバム『POP VIRUS』が発売されて、年末には『第69回NHK紅白歌合戦』で4回目となる『紅白歌合戦』への出場が決定。年が明けてからは、男性ソロアーティストでは史上5人目となる全国5大ドームツアーを行われる予定だ。

 まさに飛ぶ鳥落とす勢いだが、実は今年の頭までの星野源は悩みの日々にいたという。

 ここ最近、彼は2016年末の『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS)ブーム以降に身の回りで起きた激動に心を乱されて塞ぎ込んでいたと告白するようになっている。

 その当時の心境は、NHK連続テレビ小説『半分、青い。』主題歌「アイデア」の2番の歌詞<おはよう 真夜中/虚しさとのダンスフロアだ/笑顔の裏側の景色/独りで泣く声も/喉の下の叫び声も/すべては笑われる景色/生きてただ生きていて/踏まれ潰れた花のように/にこやかに 中指を>にも反映されている。

 彼の心を塞ぎ込ませたのは、知名度が爆発的に高まっていくなかで、明らかに自分自身とは合致しないパブリックイメージが広まっていったこと。そして、自分の身の回りで起きていることなのにも関わらず、自分ではどうすることもできない状況になすすべもなかったということだった。

 「MUSICA」(FACT)2018年9月号のインタビューで彼は<自分の周りは台風なんだけど、一応小屋の中にいるっていうような感じ。で、そこでじっとしているっていう感覚だったんですよね。で、今改めて考えてみると……自分自身が、確かに自分なんだけど、ふと、それが分かれてそれぞれひとり歩きしていく感じっていうか……自分っていうものが分離していくような感覚っていうんですかね>と、混乱と精神的不調をもたらした状況を振り返っている。

 今年8月にリリースされたシングル「アイデア」リリース時に『星野源のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)や、各音楽専門誌でのインタビューを通して初めて語られたこの話だが、それらの場では「精神的に落ち込んでいた」というぐらいの言及にとどまっており、具体的にどういった状態にあったかは語られてこなかった。

初めて具体的に明かされた星野源の「闇」
 それが、「ダ・ヴィンチ」(KADOKAWA)2018年12月号掲載のエッセイ「いのちの車窓から」のなかで初めて明かされたのだが、これが強迫性障害にも近いような、なかなか壮絶なものだったのである。

 エッセイによれば、『逃げ恥』ブームの後、行きつけのカフェに待ち伏せするファンが現れたり、買い物中に道行く人からスマートフォンで盗撮されるといったことが起こり始めた。また、家の前には窓にスモークのかかった車が止まるようになり、仕事帰りにはパパラッチの車が後をつけてくるようになったという。

 プライバシーを著しく侵害される状況だが、星野自身は当初そういった迷惑行為を<嬉しいことばかりだった>と振り返る。嫌がるどころか、むしろブームの渦中にいる喧噪を楽しんでいたという。

 しかし、そんな日々は長くは続かない。2017年に入ったあたりから、メディア上でつくられる「陽」なパブリックイメージと、本来の自分との乖離が激しくなるにつれ、彼の心は闇に包まれるようになっていく。

<仕事では楽しく笑顔でいられても、家に帰って一人になると無気力になり、気がつけば虚無感にまみれ、頭を抱え、何をしても悲しみしか感じず、ぼんやり虚空を見つめるようになった。
 それは日々ゆっくりと、少しずつ増殖するウイルスのように、僕の体と精神を蝕んでいった。
 声をかけられることが恐怖心となり、街では誰にも見つからないように猫背で顔を隠し逃げ回り、ベランダに出ることさえも怖くて怖くて晴れた日でもカーテンを閉めるようになった>

 それは人間関係にも悪影響をおよぼし始める。続けてエッセイではこのように綴っている。

<自分の楽曲とは裏腹に恋とは縁遠くなり、女性を口説くことも、女性がいる場に行くことも恐ろしくなった。
 訳のわからないタイミングで涙が出るようになり、目の前に水の入ったコップがあれば壁に投げつけたい衝動を抑えるようになり、誰かと話していると、いまこの人に唾を吐いたりすれば全てが終わるのかなと妄想しては、心の中で首をブンブンと横に振った>

 心療内科にかかってもいいはずだが、彼はこの心の痛みを我慢してしまった。悩みを誰かに打ち明けることは<非常にダサい>と考えていたからだ。それが症状をさらに悪化させてしまう。

 その痛みを癒してくれたのは、生田斗真との友情であるという。

 10月16日深夜放送『星野源のオールナイトニッポン』に生田斗真が出演した際、今年の2月に2人っきりでハワイ旅行に行ったと語られていた。このハワイ旅行が星野源を救った。

 2人は10年来の付き合いでしばしば共に食事をする仲だというが、昨年末に食事をした際の星野源の様子が明らかにおかしかったという。

 生田斗真はそのときのことを<なんかもうこの世の終わりみたいな顔をしていて>と振り返るが、実際、そのときの星野源は非常につらい心境にあり、その食事会にも<これダメだ。つらい。斗真、助けて!>という思いで臨んでいたらしい。

 食事中も星野源はずっと<いやー、つらい、つらい>と嘆いていたそうだが、その会話のなかでふと<旅行に行きたい>とつぶやいたのを生田斗真は聞き逃さなかった。

 そこで、2人っきりの5泊6日ハワイ旅行が開催される運びとなったという。

 5日間のオフを捻出するため2人とも旅行直前まで仕事を詰め込み、星野源にいたっては39度の熱がある状態でハワイ入りすることになるが、そこからは、海でシュノーケリングをしたり、現地の美味しいものを食べ歩いたりと、日本人観光客が少ない場所を中心に様々なハワイ観光を楽しんだという。

 そして旅の終わりに際して生田斗真は<源ちゃんなにがいちばん楽しかった? この数日間で>とたずねるのだが、それに対して星野源は<すごく恥ずかしいんだけど、最終日に斗真と2人でホテルの近くを散歩したこと。夜、2人で散歩したこと>と返したという。

 いろいろ観光したのに、一番心に残ったのが「散歩」というのは面白い。これの話をバラされて恥ずかしがる星野源に追い打ちをかけるように、生田斗真はさらに<『ちょっと2人で散歩しようか』って。なんかあてもなくグルグルグルグル、公園の方に行ってみたり、海の方に行ってみたりして。で、その中で2人でこうダラダラしゃべりながら散歩していたんだけど。それがいちばん楽しかったって言っていて。キュンとしました>と語っていた。

帰国後に生田斗真が星野源を叱った理由
 ここまではラジオでの2人の共演時に語られたことだが、実は帰国した後に、星野源の心境を180度変える事件が起きていたとエッセイでは綴られている。

 成田に降り立った後、星野源のマネージャーが空港まで車で迎えに来ていたので、生田斗真を送っていくことになった。

 しかし、車に乗り込んだ途端、生田斗真は押し黙り、そして語気を強めてこのように叱ったという。

<源ちゃん、これはダメだ>
<こんなの頭おかしくなるよ>

 車内は外から見えないようにすべての窓を黒いカーテンで覆い、また、フロントガラス越しにも後部座席が見えないように仕切りをつくっていたのである。

 生田斗真の指摘により、星野源はようやく、過剰な防備こそが心を蝕む要因をつくっていたことに気がつく。

<そうか、僕はまだ病んでいたのか。
 それから全てのカーテンを外し、窓を開けた。夕焼けを見ながら風を感じるなんて久しぶりであった。
「ああ、最高だわ」
 隠れることはなんて馬鹿らしいんだろう。楽しいことも、悲しいことも、クソだと思うことも、全て堂々と表現してやろうと思った。その瞬間から僕は、本当の意味で、負の自分を乗り越えることができたのである>

 こうして、アルバムや全国ドームツアーといった大きな仕事にも取り組むことができるぐらいメンタルが回復し、また、塞ぎ込んでいた時期についてラジオや雑誌のインタビューやエッセイで明かすこともできるようになった。

 ただ、星野源の不調の原因のひとつは、「有名税なのだから我慢しろ」とばかりにプライベートな領域にまで踏み込むメディアや、マナー違反の接触を試みようとするファンの行動である。

 芸能マスコミによる過剰な取材はかねてから問題視されてきたが、最近では、大倉忠義(関ジャニ∞)がストーカーまがいの行動に出るファンを諌める声明を出したりと、ファン側の節度ある行動を求める声も起きるようになった。

 メディアやファンの行き過ぎた行動がひとりのミュージシャンのキャリアを潰しかけた事実は重く考える必要がある。

(倉野尾 実)

「シーハーチッチッ」不快な音を出すおじさんに嫌悪感……プウ美ねえさん流の対策とは

家族関係、恋愛、夫婦関係、仕事、結婚、介護、人生……サイ女読者のお悩みに“プウ美ねえさん”こと熊田プウ助が、いつもそばに置いておきたい“エプロンメモ”とともに回答します。

<今回のお悩み>
「職場の50歳のおじさんにイライラして限界です」
 こんにちは。いつもプウ美ねえさんのお言葉に励まされています。さて、私の悩みは職場の向かいの席の50歳のおじさんのことです。見た目が生理的に無理、仕事ができないくせにため息ばかりついている、食後にシーハーチッチッと不快な音を立てる……のです。毎日イライラしてもう限界にきています。

 同じような相談をしているサイトを見かけましたが、「そんなことくらい我慢しろ」という答えも多く、些細なことというのはわかっています。また、私もおばさん、老いて見苦しくなっていくことも理解しています。でもその人は嫌なのです。同じ人間なのだから、妻子もある社会的には認められた人なのだからと、ただ毛嫌いしないようには努めています。

 不快な音を気にしないようにしたり、我慢できなくなればその場から離れるなどの一応の努力もしています。しかし、平気で人に不快感を与えている神経が信じられません。また、その音を聞かされると、私の人生を汚される、損をさせられているような気になるのです。プウ美ねえさん、「そんなこと……」と言わずに、この気持ちを楽にする方法を教えてください。お願いいたします。
(こまきさん、46歳)  

【プウ美ねえさんの回答】
 不快さ、おつらさ、よくわかります。タイプでもない人から出る音は、確実に私たちの人生を汚します。そして困ったことに、おじさんはよく人前で音を出すものです。聞こえよがしのため息や爆音くしゃみは「世間からゆるされている」という誤解から。独り言は、孤独や自信のなさから。「ええのんか、ええんやろ」などの大仰なセックストークは衰えた自分を盛り上げる必要から生じます。いずれも悪意からではないことが、いさめにくく面倒な点です。

 大人になり叱ってくれる人が減ると、異形の自信ができがちです。ぎょっとするようなショックを与えない限りそれは崩せません。プウ美おねえさんは中学生のころ、咀嚼音を立てるたびに姉から喉元に突きを喰らわされました。こまきさんの年代でしたらアブドーラ・ザ・ブッチャーの地獄突きを覚えておいででしょうか。あれです。複数回喰らった記憶があるので、10代でも一度では直らなかったようです。ましてや中年にしみついた癖は頑固です。

 大変な覚悟がいりますが、ハッキリと苦情を申し入れなければシーハーは止まりません。その際けっして「キレ」てはだめです。あなたがナイーブすぎると思われて終わるからです。余裕のある大人な態度で「叱る」ことが必要です。手紙を渡してはいかがでしょう。“お口のシーハー音に耐えられません。今度鳴らしたら私は自分の机を大きく叩きます” などはどうですか。“飲み物を倒す”  “ブブゼラを吹く” でもよいでしょう。ため息については「深呼吸すると気持ちがいいですね」と賛同・宣言しておき、毎回かぶせ気味にあくびなどして上書きしましょう。声を出して伸びをするのもストレス軽減によろしい。

【今月のエプロンメモ】
手紙のような固い苦情は効きめもありますが、その後の気まずさも避けにくいものです。日頃から連れションや連れタバコを励行し「仲のいい同僚である」と信用させておいてから、「きったねぇ音だすなよ~ぶっ飛ばすぞ」と学生ノリでつっこむのもよい方法です。事後のぎくしゃくが、多少軽減できます。

熊田プウ助(くまだ・ぷうすけ)
1969年生まれ、ゲイ漫画家。都内でひっそりと飼い猫と暮らす日々を描いたエッセイマンガ『世界でヤろう!! おひとりホモ☆』(ぶんか社)、『世界一周ホモのたび 狂』(同)、『TOKYO中年駄ホモ生活』(同)など。

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“キング・オブ・アウトロー”瓜田純士が『ボヘミアン・ラプソディ』を大絶賛!「過去最高!」と評したワケは……

 11月24日はフレディ・マーキュリーの命日。というわけで、今月の「“キング・オブ・アウトロー”瓜田純士、かく語りき」は、伝説のバンド・クイーンのボーカリスト、フレディ・マーキュリーの生涯を描いた映画『ボヘミアン・ラプソディ』を題材にお届けしよう。「ロックは好きだし、母親のあだ名はクイーンだし、新宿二丁目のクインという和食屋にも行ったことがあるけど、バンドのクイーンはほとんど聴かずに育ってきた」という38歳の瓜田は、果たしてこの作品を見て何を感じるのか?

 映画『ボヘミアン・ラプソディ』は、1991年に45歳の若さで逝去したフレディ・マーキュリーの伝記ドラマだ。英国では『ラ・ラ・ランド』の累計興行収入を上回り、日本でも今月9日の公開以降、2週連続で興収1位を獲得するなど世界中で大ヒットしている。

 取材当日も場内は満員。客層は中年以上の男女が中心だったが、20代風の若い観客も多く見受けられた。

 1979年に新宿で生まれ、青春時代はBOØWYやガンズ・アンド・ローゼズなどを聴いて育ち、自身もバンド活動をしていたことがある瓜田だが、クイーンにはほとんど関心がないようだった。

 先月、映画館のロビーで予告編をチラリと見た際には、「これ、つまんなそうだな。俺、クイーンってあまり好きじゃないんですよ」とつぶやいていた。今回この映画を見ることに決まったのも、実は二択の消去法だった。

 編集部から「今月の映画評は『ボヘミアン・ラプソディ』か、『映画HUGっと!プリキュア♡ふたりはプリキュア オールスターズメモリーズ』。このいずれかでお願いします」と言われ、瓜田が渋々前者を選んだに過ぎない。

「クイーンってあまり好きじゃない」という発言の真意は後ほど詳しく聞くとして、まずは奥様と共に映画をじっくり見てもらうことにした。

 以下は、鑑賞後の瓜田夫婦の感想である。

 * * *

――いかがでしたか?

瓜田純士(以下、純士) 過去最高! 日刊サイゾーの連載で見た映画15作品の中で、ぶっちぎりの1位! DVD出たら買うわ!

瓜田麗子(以下、麗子) うん、これは絶対買わなアカンやつや。

純士 まずフレディ・マーキュリーという人物のカリスマ性に圧倒されたし、それを演じたあの役者(ラミ・マレック)のエネルギーにも圧倒されっ放しで、あっという間の2時間でした。夫婦ともども、ほとんどクイーンに触れてこなかったこれまでの人生を恥じてるところです。

――この作品にも出てくる20世紀最大のチャリティーコンサート「ライヴエイド」のとき、瓜田さんは何歳でしたか?

純士 5~6歳でしょうか。だから、そんなイベントがあったこと自体をこの映画を見て初めて知った。ついでに言うと、フレディがエイズで死んだことも今日初めて知りました。

麗子 本物の「ライヴエイド」は、ワイドショーかなんかで映像を見た記憶があるような、ないような。勉強不足ですいません。

――クイーンというバンドのことは、どの程度ご存知だったのでしょう?

純士 海外の有名なモンスターバンドで、フレディ・マーキュリーっていう変なゲイがボーカルで……ぐらいの認識ですかね。正直なところ、あまりいい印象は抱いてなかったんですよ。というのも、俺が中2ぐらいのときに楽器とかを教えてくれた不良の先輩が、こう言ったんです。「クイーンはロックっぽい雰囲気だけど、所詮はエリートの集まりなんだぜ」と。以来、クイーンは格好悪いみたいな印象が刷り込まれちゃって、好んで聴こうとは思わなかったんですよ。

麗子 エンドロールに出たヒゲのおっちゃん(実物のフレディ・マーキュリー)の顔は知っとったし、ゲイやということもうっすら知っとったけど、その人がクイーンのフレディ・マーキュリーやいうことは今日初めて知りました。

――曲はどの程度知っていましたか?

純士 表題曲の「ボヘミアン・ラプソディ」は、街角で流れる有線とか、『glee』っていう海外ドラマとかで聴いたことがあります。あとは「ウィ・アー・ザ・チャンピオン」とか「ウィ・ウィル・ロック・ユー」あたりのメジャーな数曲を、CMや格闘技イベントで聴いた程度でしょうか。

麗子 ブリトニー・スピアーズとビヨンセが共演してるペプシのCMで流れてた「ズンズン、チャン、ズンズン、チャン」って曲(ウィ・ウィル・ロック・ユー)が好きなんやけど、それもクイーンの曲やったんや~、ということを今日知りました。

純士 という程度の認識のわれわれ夫婦でも、泣くほど感動したんだから、この映画とクイーンというバンドは本当にすごいですね。ミュージシャンの伝記映画ってことでいうと、こないだ『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』っていう作品のDVDを買って。男から女に性転換したカリスマロックシンガーの物語に夫婦して引き込まれたんだけど、そのとき薄々気付いたんですよ。「世の中にはいろんな映画があるけど、バンドの伝記映画みたいなのが実は一番面白いんじゃないか」と。それが今日、確信に変わりました。

――なぜでしょう?

純士 要するに王道なんですよ。バンド誕生の秘話があって、カリスマ性のあるメンバーがひとりいて。で、売れてくると変な奴が近づいてきたり、裏切り者が現れたり、契約の話でトラブったりしつつ、随所随所で誰もが知ってるヒット曲が流れたりして。やがてドラッグに溺れて、家庭がグチャグチャになって、メンバーに寿命が訪れて、死んだ後に殿堂入りする、みたいなパターンが多い。ミュージシャンのそういう話って、ドキュメントにせよ実話ベースのドラマにせよ、面白いんですよ。紆余曲折がハンパないし、そこに名曲の力も加わるから。

――そのほかミュージシャンの映画は、どんなのを見ましたか?

純士 ドキュメントも含まれるけど、『ジャニス:リトル・ガール・ブルー』とか『レッド・ツェッペリン狂熱のライヴ』とか『Ray』とか、結構見てるんです。どれも面白かったけど、『ボヘミアン・ラプソディ』がダントツでした。

――その理由は?

純士 たとえば『Ray』でレイ・チャールズを演じた役者もすごかったんだけど、それは器用なだけで、やっぱレイ・チャールズじゃないんですよ。でも今日の彼(ラミ・マレック)は、フレディそのものにしか見えなかったから、なんの違和感もなく物語に没入できたのがまず一つ。

――フレディもさることながら、ギターもドラムもベースも、よく似ていましたよね。

純士 あんなクリソツ、どうやって探してきたんだろう。特にフレディは顔だけじゃなく、演技力と熱気でそう見させてしまうっていうか。インド系の厳格な家が嫌で、名前を変えて彼女を家に呼んで……っていう序盤から、彼のコンプレックスと希望が入り混じったような表情に釘付けになっちゃって。あの出っ歯は入れ歯だと思うんだけど、俺自身も入れ歯を入れてるってこともあって、そこからスターになっていく展開にめちゃくちゃ感情移入できました。

麗子 他のメンバーの心情もよう伝わってくる作りやったな。

純士 あと、これはカリスマにつきものの話で、俺もカリスマだからわかるんだけど(笑)、どこか孤独で、それを放っておけない女性が現れて、っていうあたりも自分に置き換えて共感できました。マイケル・ジャクソンの『THIS IS IT』もよかったけど、ここまで鳥肌は立たなかったもんなぁ。たぶん、あの役者がフレディを演じたからよかったんだろうな。あの子、すごいわ。

――ライヴのシーンはいかがでしたか?

純士 メンバーと共にバックヤードからステージに向かうあのパターン、よくあるっちゃあるんだけど、そこに至るまでの熱気とか緊張がビンビンに伝わってきました。まさにフレディの横にいる気分。CGを使ってるのか全部エキストラなのか知らないけど、空撮も交えた客席の盛り上がり方も圧倒的で、映画館にいるこっちまで興奮した。もちろん、すべては「楽曲のよさ」あっての興奮だけど。曲の生誕にまつわる裏話も知ることができたし、字幕で歌詞の意味を知って泣けるシーンも多々あったわ。

麗子 ウチも1曲目から込み上げてくるもんがあって、途中からは震えながら泣いてたわ。映画としてもテンポがめっちゃよくて、それでいて内容も濃いから、最後まで飽きへんかった。映画って、2時間のうち必ず飽きるとこがあるねんけど、今回なかったってことは、これは1曲のミュージックビデオみたいなもんで、フレディの生涯は音楽やねん。しかも彼にとって音楽は仕事やなく、命やねんな。

純士 映画『アマデウス』にちょっと近いかも、とも思った。モーツァルトの破天荒な生涯が描かれてるんけど、流れる音楽は天才そのもの。それを見てる感じでした。あと、これは監督の意図じゃなく、実際のライヴがそうだったのかもしれないけど、最後、持ち時間20分のトリに表題曲がくるかと思いきや、そこを裏切る曲順だったじゃないですか。しかも、例のオペラのフレーズを切ったあたりが、オシャレだなと。大トリで表題曲がかかって例のオペラも全部やっちゃったら、予想通りで面白くなかったと思います。

――今のところベタ褒めですが、不満点は?

純士 不満ってわけじゃないけど、一箇所だけ「ここは美化したかな」と感じたのは、元嫁のメアリーが夢を見て、クスリでヨレてるフレディの元を訪れる場面。あれ、実際は来てないんじゃないでしょうか。再婚して子どもまでできてたら、さすがに元旦那のところには行かないんじゃないか。あれは脚色じゃないかな、と感じました。まあでも、そのシーンがあったおかげで、フレディの孤独さがより一層浮き彫りになったし、裏切り者と縁を切って仲間の元へ戻るシーンにつながるわけだから、脚色だとしてもアリなんですけどね。

麗子 ウチはあのシーン、自己投影しながら見てたわ。実は今朝、夫婦喧嘩をしたんですよ。そやからウチは、タクシーに乗ってメアリーが去って行くシーンを見ながら、「純士が『こうなりたくない』と思って心を改めてくれればいいのに」と思いました。

純士 全体的に文句のつけようがない作品でしたが、メアリーに対してだけは文句を言いたい。窓辺の電気をつけて乾杯するっていう約束事のとき、気のないそぶりを見せやがって。気持ちはわからないでもないけど、せめてもっと近くにいてあげろよ! フレディが可哀想だろ! と思いました。

麗子 あれはしゃあないで。紀州のドンファンの嫁みたいな性格やったら、たとえ気持ちがなくても、お金で割り切って仮面夫婦を続けることもできたんやろうけど、メアリーは心が綺麗やから、そういう関係を望まへんかってんやろ。そこがウチ的にはよかったわ。

純士 フレディは一途だったんだね。あれだけの大スターだったら、もっと色恋があるはずなのに。

麗子 いやいやいや、じゃあ、なんでエイズになるん?(笑) 映画では描いてへん部分もあるんやって!

純士 あの時代、どういうセクシャリティーの主張の仕方があったのかわかんないけど、あんなヒゲ同士でくっつくもんなんですか? あれが当時の合図だったんですか? あのフレディにケツを触られたお手伝いの男、いい味出してましたけどね。「今度触ったらブン殴るぞ」とか言っときながら、最後ちゃっかりステージ脇に行くまでの仲になってるという(笑)。「お前誰だよ」みたいな。

麗子 ニヤニヤしとったもんな。どっかの演歌歌手みたいな顔して。

純士 フレディがエイズであることをメンバーにカミングアウトするタイミングもよかったし、あと、フレディのお父さんもよかったな。息子のことを、ひそかに応援してる感じが。しかし、ああいう家庭に育った子が、あれだけの世界的スターになっちゃうんだから、本当にすごい話だよね。

麗子 アメリカンドリームやな。

純士 まあ、イギリスなんだけどさ。

麗子 イギリスかーい!(笑)

――では、そろそろまとめのコメントをお願いします。

純士 メンバーも家族も、元嫁もその恋人も、裏切り者もレコード会社のお偉いさんも、エイズをカミングアウトする前から「大丈夫なのか?」とフレディの一挙手一投足を見守ってる感じで終わった2時間でした。そこに真意が詰まってるというか、本当はそれだけ愛されてたのに自分から孤独になっていったんでしょうね。だから最後、受け入れられてよかったですよ。ドラマーあたりが怒って「お前とはやれない」とならなくてよかった。いやぁ、やっぱ、バンドの映画は面白い!

――日本でBOØWYの映画とかを作ったら、どうなるでしょうね?

純士 邦画のバンドものだと最近、『キセキ-あの日のソビト-』っていうのをDVDで見たんですよ。GReeeeNの「キセキ」の誕生までの実話を元にした物語なんですけど、イマイチでした。なんでこんなに違うのか? それはきっと、売れ方のレベル違うからじゃないかと思います。スーパースターの暮らしぶりや、見えてる景色が日本と海外とでは全然違うから、作品のスケールも違ってきちゃうのかな、と。

――なるほど。

純士 GReeeeNはさておき、クイーンを聴いてこなかったことはマジで恥じてます。今日から大ファンになりました。

麗子 ウチもや! フレディが生きてる間にクイーンをちゃんと聴かへんかったとは、なんて薄っぺらい人生を歩んできたんやと反省してます。

純士 こんな世界的なロックスターを知らずに、俺はアマチュアバンドでステージに立ったとき、観客に向かって「お前らロック好きか? ロックが好きならこの曲知ってるだろ? 行くぜ!」とかほざきながら、手垢のつきまくった邦楽のカバーを演ってたんですよ。「てめえが一番ロックを知らねえんじゃねえのか? てめえが知ってるのはヤーさんの世界だけだろ!」と、観客は心の中で突っ込んでたかもしれませんね(笑)。
(取材・文=岡林敬太/撮影=おひよ)

『ボヘミアン・ラプソディ』瓜田夫婦の採点(100点満点)
純士 100点
麗子 100点

※今回から採点機能が加わりました。過去回の採点も記事一覧からご覧になれます。

※「“キングオブアウトロー”瓜田純士、かく語りき」の記事一覧
http://www.cyzo.com/cat8/outlaw_charisma/

※瓜田純士のYouTube好評配信中!(瓜田純士プロファイリング)
https://www.youtube.com/channel/UCv27YAy0FZ-4wwisy5zPmeg

「特大ブーメランじゃん!」『結婚相手は抽選で』7話、娘の存在を隠していた嵐望に批判

 11月24日夜23時40分から最終回が放送される野村周平主演の『結婚相手は抽選で』(フジテレビ系)。視聴率は第1話2.8%、第2話3.4%、第3話2.8%、第4話3.2%、第5話2.8%、第6話3.0%と3%前後をキープしていたものの、最終回直前の第7話では2.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と大幅にダウンしている。

 同ドラマは、25〜39歳の未婚男女を対象に抽選で見合い相手を決める「抽選見合い結婚法」が制定された少子高齢化社会が舞台となっている。その法案によって、人付き合いが苦手なオタクで潔癖所の主人公・宮坂龍彦(野村周平)も、抽選で定められた女性たちと出会うことに。さまざまな出会いがきっかけとなり、少しずつ龍彦が成長していくというストーリーだ。

 第7話は、奈々(高梨臨)にお見合いを断ってほしいと頼まれた龍彦が、抽選見合い事務局に断りの電話を入れるシーンからスタート。どこか苦い気持ちを抱える龍彦だったが、フリージャーナリストのひかり(大西礼芳)から「抽選見合い結婚法」担当大臣・小野寺友紀子(若村麻由美)に上申書を提出したと知らされ、気持ちを切り替える。そして龍彦は、友人の北風(松本享恭)や広瀬(内田健司)らと、レジスタンスの団体「ASBE(アズビー)」を立ち上げるのだった。

 一方、好美(佐津川愛美)は結婚を考えていた恋人・嵐望(大谷亮平)から、8歳の娘がいることを打ち明けられる。その娘は、嵐望がタイで仕事をしていた時の交際女性との子どもだが、嵐望は女性が妊娠したと知らぬまま日本に帰国。後になって知らされたものの、タイに行くことができず、結局“婚外子”のままになっていた。その話を聞いた好美は、嵐望を強く拒絶してしまう。

 そんな中、龍彦が起ち上げたSNSアカウント「抽選見合い結婚法 目安箱」は世間で反響を呼び、次第にマスコミにも取り上げられていく。そして、ついには小野寺との直接面会の機会が設けられることに。

「同話では娘がいることを黙っていた嵐望に批判が続出。また作中では嵐望が、奈々のために見合いを断った龍彦を指して『いい人だね、悪質な見合い相手も多いのに』と言うシーンも描かれます。これにはネット上で『悪質なのはお前だろう』『自分のことを棚上げにしてる感がすごい』『特大ブーメランじゃん』といった声が上がっていました」(芸能ライター)

 第8話では、「抽選見合い結婚法」の施行から1年あまりが経過した世界が描かれる。「ASBE」はマスコミからも注目され、若者を中心に人気が沸騰。そして、「ASBE」での活動をさらに世に広めるため、広瀬は龍彦にスピーチを依頼。しかし、過去のトラウマがいまだに消えない龍彦は、苦しい表情でその薦めを断ってしまう。

 そんなある日、広瀬のつき添いで訪れたラジオ局で奈々と再会した龍彦は、以前訪れたお好み焼き屋で近況を話し合うことに。奈々は、料理を始めたことや、ヴァイオリンをもう一度弾こうと考えていることを話し、龍彦もお見合いによって、女性とコミュニケーションがとれるようになったと告白。しかし、龍彦が人間不信の根本に向き合っていないことを察した奈々は、「ヒーロー気取りの似非ヒーロー、いつまで逃げてるのよ!」と厳しい言葉を浴びせるのだった。

「全8話となっている同作は、次週でついに最終回。深夜枠ながら高い評価を得ている同作に、視聴者からは『もっとじっくり見たかったなぁ。みんなに幸せになってほしい』『本当に骨太な社会派ドラマ。どんな最後になるのか全然予想がつかなくて楽しみです』と期待の声が続出しています」(同)

 現代社会の闇を、「抽選見合い結婚法が施行された世界」というファンタジーの中で描き出した同作。どのような結末を迎えるのか、注目しよう。

“SNSにおける小さな快楽”の先にある真っ暗な闇――『静かに、ねぇ、静かに』の読後感の悪さ

――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。

■『静かに、ねぇ、静かに』(本谷有希子、講談社)

■概要

 演劇界で頭角を現し、小説家としても野間文芸新人賞、三島由紀夫賞、そして17年に『異類婚姻譚』で芥川賞受賞と、主な純文学系文学賞を総なめにしている本谷有希子の芥川賞受賞後初作品『静かに、ねえ、静かに』。「本当の旅」「奥さん、犬は大丈夫だよね?」「でぶのハッピーバースデー」という3本の中編・短編が収められ、インターネットに翻弄され、人生を浸食される人々を、一見コミカルに、時に皮肉とかすかな憐憫を込めて描き切ったノワール集になっている。

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 『静かに、ねえ、静かに』は、インターネットに救いを求め、“オフラインの現実”に裏切られる現代の人々を描いた中編~短編集だ。

 インスタグラムにアップする写真に“本当”を求める3人組がクアラルンプールを旅する「本当の旅」、ネットショッピング依存から抜け出せない女性が、夫によって強引に倹約家夫婦とキャンプさせられる「奥さん、犬は大丈夫だよね?」、うまくいかない現実にくすぶり、自分たちの“不幸の印”を世間に見せつけるために動画撮影を始める夫婦を描いた「でぶのハッピーバースデー」の3編が収められている。

 どの作品にも、もし身近にいたらネタにしてしまうようなキャラクターばかり登場し、喜劇のように話が進められるのに、破滅や悲劇を予感させた直後にスピードを上げ、突然なにもない暗闇に静かに放り出される。幽霊もいないし、現実的にあり得ることしか起きないのに、その読み心地はホラー小説に近い。

 特にその味わいが濃いのは、冒頭に収められた、LCCでクアラルンプールを旅行する3人の“若者ふう”中年の道中が書かれる「本当の旅」だ。「社会から報酬を貰わないことで、人とは違う眼差しを手に入れてる」42歳、おそらくニートのインスタグラマー“づっちん”。知り合いの店を転々とし、今はTシャツ屋に勤める“ヤマコ”。づっちんに心酔し、づっちんの勧めで細々と地方で兼業農家を始めた39歳の“ハネケン”。3人の共通項は、インスタグラムを通して「世界中に僕らのポジティブなヴァイブレーションを行き渡らせ」ようとしていることだ。

 旅行でうまくいかないことがあっても、目の前の光景を面白おかしく切り取り、ネガティブな言葉は吐かない。空港で旅のスタートを台無しにした鈍くさいおばさんを写真から削除し、雑踏でぶつかって怒りだしたクアラルンプールのおじさんを動画から削除しながら、一瞬よぎったはずのネガティブな感情をなかったことにして、「清らかな心」で何事にも感謝する3人。料理を皿に残したまま、自分たちが投稿した食事風景を見て「美味しそう」「俺ら仲よさそう」と喜び合う。残って冷めた魚料理を「とても食べられた代物ではない」と思いつつ、ハネケンはつぶやく。「僕が本当はどう感じたかなんて、たいしたことではないのだ。大切なのは、料理が美味しそうなこと。旅が楽しそうなこと。僕らが幸せそうなことなんだ」

 3人は、街で適当に拾ったタクシーに乗り込む。暗くなっていく中、目的地とは違う場所に連れて行かれているようなのに、誰もおかしいと言いだせない。逃げ出すチャンスは何度もあったのに、自分のネガティブな感覚を信じきれず、LINEトーク上のうわべの平穏にすがりつく。「本気でヤバい状況なら、こんなノリの返事が送られてくるはずがない」。タクシーにはごみ袋とスコップを持った知らない現地のおじさんも乗り込み、3人は人けのない郊外へ連れられていく――。

 最初はのんびりと、徐々に加速していく巧みな展開の中に、意に沿わないものは排除する自分本位のポジティブ精神や、SNSに投稿されたことが本当で現実で感じたことはどうでもいい、という心理のシュールさが皮肉を効かせながら織り込まれている。

 中年男性視点だと思うと少しむずかゆい文体は、おそらく大方の読者にとっては感情移入しにくいものだ。自分とは遠い存在として読んでいるからこそ、彼らの滑稽さを楽しめるが、顧みれば「実際幸せかどうかより、SNSで幸せそうに見えることが大事」という心理は、人ごとではなく、私たちの身近な感覚を浸食していることに気づかされる。

 そんなに好みではなくても、目の前にSNS映えする光景、はやっているスイーツがあればとりあえず撮影する。投稿して、「いいね!」をもらう。「自分が実際に感じたことより、SNSで残ったことが重要」という感覚がおかしいことはわかっていても、手軽に得られる小さな快感に抗えない。「みんなやってることだから」「少しくらいなら」、そう思いながらズルズルと麻痺した先になにがあるのか。「本当の旅」は、そんな無意識の不安をすくい取っているから、後味が悪いと感じつつも、どこかスッとのみ込めてしまうのだろう。

 ネットショッピングへの依存が正常な判断を失わせてしまう「奥さん、犬は大丈夫だよね?」でも、「不幸そうな外見だから、幸せになるべきではない」という諦念と倦怠がこびりついた「でぶのハッピーバースデー」でも、著者は、インターネットがもたらした小さな違和感を拡大し、エスカレートさせた先の暗黒を読者に提示する。3編とも読後感は苦い。しかし、キラキラしたSNSの世界に息苦しさを覚えた人には、その後味の悪さはわずかな清涼感となるのだ。

(保田夏子)