“夢の国”として知られ、多くのファンに愛され続けている東京ディズニーランドに、前代未聞の裁判が起こっている。キャラクターの着ぐるみを着て、ショーやパレードなどに出演していた女性契約社員A氏とB氏が、過重労働やパワーハラスメントで体調を崩したのは、運営会社のオリエンタルランドが安全配慮義務を怠ったためだとして、同社に損害賠償を求めた訴訟。その第1回口頭弁論が、11月13日に千葉地裁で開かれたのだ。
A氏は、10~30キロの着ぐるみを着用して働く中、2017年1月に、神経などを圧迫される「胸郭出口症候群」を発症。しかし当初、会社側は労災申請を渋り、休業補償もないとの対応だったそうだ。その後、労働組合「なのはなユニオン」による交渉の結果、会社は労災申請をし、同8月に労災認定を受けたという。一方でB氏は、ゲストとのグリーティング中に薬指を反対側に折られて負傷。労災申請について上司に相談したところ、「君は心が弱い」という対応を受け、また役の変更の申し出にも「わがままには対応できない」と言われたそうだ。さらに「楽屋で喘息が出る」と伝えた際は、「30歳以上のババアはいらねえんだよ。辞めちまえ」「病気なのか。それなら死んじまえ」などの暴言を吐かれるパワハラを受けたとのこと。なおオリエンタルランド側は、請求棄却を求めている。
名実ともに国民的テーマパークのディズニーランドだけに、世間はこの裁判を大きな関心を持って受け止めているようだが、『ディズニーの労働問題 「夢と魔法の王国」の光と影』(三恵社)著者であり、東京経営短期大学専門講師も務めるジャーナリスト・中島恵氏は、この裁判をどう見るのか? 今回、オリエンタルランドの姿勢に懐疑を抱く中島氏の緊急寄稿を掲載する。
訴訟大国アメリカの本家ディズニー社と違って、日本のオリエンタルランドが提訴されることは、非常に珍しい。米ディズニー社はいつも何かしらの訴訟を抱えているので、今回のように、裁判一件がこれほど注目されることはないのだ。
今回のディズニー訴訟は、世間から好奇の目にさらされている気もする。筆者がSNSで裁判について触れたところ「ディズニーの裁判? なんか楽しそう」というコメントが寄せられ、なぜか知らない人から3つの「いいね!」をもらった。その内容を知らない人の目には、どうやらディズニーの裁判は“楽しそう”に見えるらしい。
しかし、実態はオリエンタルランドの悪しき社風と隠蔽体質が浮き彫りになった。筆者の目に特にダメと映った4つのポイントについて解説したい。
1.「バックステージを見せない」という美学が隠蔽体質を生んだ
ミッキーの生みの親であり、ディズニーランドの創設者、ウォルト・ディズニー氏は、生前「バックステージをゲストに見せてはならない」とスタッフに強く指示していたという。客(ゲスト)に見えるところを「オンステージ」、見えないところを「バックステージ」と呼んで明確に区別し、ショービジネスの世界では「バックステージを客に見せない」ことが美学だと説いたのである。これはウォルトの経営哲学「ディズニー・フィロソフィー」の一項目にもなっている。
その哲学は、現在のオリエンタルランドにも引き継がれているが、今回の裁判では、それがスタッフの過重労働やパワハラの隠れ蓑に使っているのではないかと感じた。原告の女性2人が、「夢を壊すのではないかと訴訟を躊躇した」などと発言していたのも、まさに「バックステージを見せない」ことをこれまで徹底してきたからであろう。都合の悪いことを隠す隠蔽体質では未来はない(バブル崩壊後の1990年代から2000年代にかけて、大企業の倒産が相次いだが、倒産した名門企業はどこも隠蔽体質であった)。
なお、こうした隠蔽体質は、ディズニー全体ではなく、オリエンタルランド独特のもののようだ。事実、アメリカのディズニーではストライキが何回か起こり、それが報道されている。隠蔽体質は日本で独自に進化したガラパゴスなのではないだろうか。
2.守るのは“夢の国”よりも“ディズニー・プライド”?
裁判と原告側の記者会見に出て、筆者が感じたのは、“夢の国”を壊さないという大義名分のもと、会社の名誉を守る“名誉欲”が強いオリエンタルランドの一面である。
同社は、請求棄却、つまり原告の主張を正当な申し立てと見なさず、退けることを求めている。“夢の国”のイメージを守りたいという気持ちなのだろうが、キャストである原告への誠意のなさをも感じてしまう。実際に彼らが守りたいのは会社の名誉、名づけて“ディズニー・プライド”なのではないか。
今、“会いに行けるアイドル”やインスタグラマーなどが人気なのは、親しみやすさ、同じ世界の人と感じられることなどが人気の要因であろう。対して、裁判で浮き彫りになったオリエンタルランドのプライドの高さは、人を遠ざけるのではないだろうか。
政府と社会が“働き方改革”を進めている中、原告の訴えを見るに、オリエンタルランドが時代を逆行している感は否めない。B氏は、午後10時30分に仕事終了、午後11時20分の最終電車で家路につき、翌日は午前6時45分出勤といった厳しいシフトを強いられていたこともあったそうだ。
戦後の焼け野原から日本経済が復興したのは、定時にとらわれず猛烈に働く国民性によるだろう。バブル期には「24時間働けますか」というリゲインのCMがヒットし、長時間の激務をこなす人が美徳とされた。しかしそれは、頑張れば頑張っただけ給料が増えた時代の話である。バブル崩壊後の日本経済は縮小均衡に入ったため、頑張れば頑張っただけ……ということはないのだ。
日本政府は、働き方改革で「非正規雇用の処遇改善」を掲げている。A氏もB氏も非正規雇用だが、請求棄却を求めるオリエンタルランドは、彼女たちの処遇を改善する気はないようである。
4.出演者のキャリア形成を考えていない?
原告のA氏とB氏の訴えからは、オリエンタルランドが、従業員のキャリア形成を考えていないのではないかといった疑念も生じた。実際にA氏は、会社から「使い捨て」されているように感じると証言した。
A氏とB氏のような出演者は、難関オーディションを突破した人だけがなれる職種で、2人とも長くダンスレッスンに通ってやっと合格している。レッスンの費用はもちろん自分持ち。おそらく出演者たちは、「これを一生の仕事にしたい」と思っている人が多いだろう(現在東京ディズニーランドは35周年、実際に、開業時に出演者として採用された勤続35年の50代従業員もいる。まさに一生の仕事である)。
しかし、胸郭出口症候群を発症したA氏に、当初「休業補償はない」などと説明した点を見るに、出演者が長く働き続ける環境を整えようとする配慮は会社側にない。学生のアルバイトとの処遇差はほぼないのではないか。
A氏もB氏も、このままずっとディズニーで出演者として働くことを希望している(現在2人とも休職中)。一生の仕事としてディズニーで働くことを希望する人たちのキャリア形成を、会社はどう考えているのだろうか。
今回の訴訟で、パワハラ体質や弱い立場の非正規を使い捨てにする体質があることがバレたたオリエンタルランド。今後、同社に非正規で入社を希望する者、特に出演者のオーディションを受ける人は減るのかもしれないが、東京周辺でまとまった出演者の仕事がある同業社が増えない限り、やはりディズニーランドでと願う人は減らないか……とも考えられる。
最後にどうしても言いたいことがある。筆者は5歳の時、父に連れられて初めてディズニーランドを訪れたとき以来のディズニーファンである。04年、大学院生の修士論文のテーマに、ディズニーランドのキャストの人材育成とモティベーション向上策を選び、それから現在まで14年間、ディズニーについて調べ続けてきたのは、根底に「好き」という思いがあるからだ。
しかし、正直なところ、今回の訴訟によって、ディズニーを嫌いになりそうなのも事実。実際に、このままではディズニーはファンを失うだろう。テーマパークは人気商売である。大勢のファンを失わないためにも非正規雇用の処遇改善をしてほしい。いちファンとして、そう心から願っている。