“洗脳”、普段の生活ではあまり耳なじみのない響きだ。例えばどこかの新興宗教だったり、例えば元オセロの中島知子だったり、ニュースやワイドショーでのみ見聞きする言葉とばかり思っていた。
■ビデオボックスの店長と、内縁の妻
7月2日深夜に放送された『家、ついて行ってイイですか?~女性にとって未知の世界! 深夜ディープSP~』(テレビ東京系)で、過度にディープな人生を送る市井の人が登場した。何しろ、ゴールデンタイムでは流せないであろうVTRをオンエアするのが、この「深夜ディープSP」である。
ロケ隊が錦糸町で声をかけたのは、あるスーツ姿の中年男性。職業を尋ねると「ざっくり言うとサービス業」「癒やしを求めて来られる方の接客をする」と、煙に巻くようなファジーな答えが返ってくる。彼に「家、ついて行ってイイですか?」と申し出ると、驚きながらも「いいですけど(笑)」と快諾。家には内縁の妻がいるようだが、事前に連絡を入れず、直接自宅へ向かう模様。妻は怒らないだろうか……? 不安なままに到着し、男性が事情を説明すると、「ああ、いつも見てます!」と妻のリアクションは良好だった。
彼女の趣味はぬいぐるみ作りで、男性が仕事に出ている間は裁縫をしながらテレビを見て過ごすのが常らしい。
家の中を見渡すと、「辞令」と書かれた紙が額縁に収まって飾ってある。それを読み進めると、「宝島24○○店の店長に任命します」と書かれている。この男性、どうやら大手ビデオボックス店の店長を任されているらしい。確かにざっくり言えばサービス業だし、癒やしを求める人の接客をしている。
さらに部屋を見渡すと、妻がまとめた料理のレシピノートを見つけることができる。
「(料理は)大好きです。死んだおじいちゃんが教えてくれて」(妻)
男性も、彼女の趣味を優しげに見守る。
「子どもができたら、(レシピを)残したい」(男性)
■洗脳され、風俗に落とされ、食い物にされていた妻
2人は3年前からこの家で共に暮らし始めたそう。ロケ隊が両者の出会いを尋ねると、ほんわかした雰囲気が一変する。
「危ない方向の仕事をしてたんですよ。言われるがままに、その仕事で働いてた。風俗ですね」(妻)
男性は客として風俗店へ行き、そこでこの妻と出会った。
「辞めたいなって思ってた時に、すごい来てくれて。電話かけていろいろと話を聞いてもらってたら、いつの間にか2人でお酒飲んでたんだっけ? それからよくしてもらっちゃって、こうなってます」(妻)
男性も、ネクタイを緩めながら当時を振り返る。
「話を聞いてると、完全に食い物だったんでね。そうじゃないですか、やっぱりその業界って」(男性)
妻は、さらに当時の境遇を告白した。
「言われるがまま、仕事してたんですよ。スナック、倉庫の仕事、あとピンサロとか」
客が風俗嬢へ過度な思いを一方的に募らせるのはよくある話。しかし、この男性の行動は、本当に風俗嬢の救いとなった。
男性「このままじゃこの子はダメになるって思って、なんか気持ちが入っちゃったんだよねえ。で、私なりにいろいろアクションを起こしたんですけど、なかなかやっぱりね……。(妻を指して)まあ、洗脳されてるって言ったらアレだけども、そういうのが強かったから、なかなか私の話を聞かないんですよ」
妻「だってその時、アレだもん! 仕事出ないと……」
男性「だから、そっち(洗脳)が強くて。時間はかかりましたよね。いろんな思いもしましたよ、私も。ケンカもしましたし」
妻「(辞めろって)言ってくれる人がいなかったので……。その時、初めて人(男性)の前で泣けました」
かたくなな風俗嬢と向き合い、脱出するよう必死に説得する。映画『タクシードライバー』(1976)のロバート・デ・ニーロとジョディ・フォスターを思わせる関係性だ。「風俗嬢と客」という、出会った時の関係性を除けばだが……。
正直、矛盾を感じなくはない構図。風俗の嬢と客という立場で出会い、客が「こんな仕事はやめろ!」と訴えている。彼女の境遇はよほど目に余ったのだろう。
「(夫から)『この仕事をしていて本当に楽しい?』って言われました。別に、自分が好きでこの仕事をやってるわけじゃないから……」(妻)
好きでやってるわけじゃないのに、やっている。要するに、「洗脳」が最大の障壁だった。
妻「(辞めようと思っても)なかなか辞められないです」
男性「そりゃそうですよ。結局、スカウトがいて、スカウトが“うち”の(妻のこと)を店に落とし、“うち”のが仕事したことによって跳ね返ってくるシステムなんで。やっぱり、ガンガンガンガン働かせたいわけですよ」
話しているうち、男性の語気は荒くなっていった。
「いろんなのを相手にして、病んでいくのは“うち”のなわけで。すぐに足を洗わせなきゃいけないって、人としては思うわけですよ。気持ちがあればね」(男性)
「いろんなの」の内に、当初は自分も含まれていた。でも、いつしか彼女に対する「気持ち」が芽生えた。この「気持ち」が過干渉ではなく、本当に救いの手になったのは奇跡だ。
ふと横を見ると、妻が泣きそうになっている。風俗に落とされ、洗脳されたのにはひとつの理由があった。
「おじいちゃんが死んじゃったんですよ。それから……自分の居場所がなくなっちゃって。で、そういうサイトで知り合った人に『いい仕事があるよ』って言われて、そこを紹介してもらって。朝の10時くらいから夜の8時まで」(妻)
料理を教えてくれたおじいちゃんが亡くなり、心が弱った。その時、魔の手が忍び寄ってきた。相手からすれば、すべてが容易かったはずだ。
「その時は(日給が)3万円とか。たぶん、安いお店だったからそれぐらいしか稼げなかった」(妻)
本当にそうなのだろうか。搾取されていたのではないか?
市井の人の日常を切り取るのが、この番組のコンセプト。こんな過去を持つ人も、市井には確実に存在するということだ。
■裏街道を歩んできた妻と夢見るのは“平凡な家庭”
祖父の他界をきっかけに居場所を失くした彼女。両親は支えにならなかったのだろうか?
「うちのクソ親父はあんまり好きじゃない。高校時代の友だちに手出しちゃったから」(妻)
高1の時、友人を家へ招くと、父親は「泊まっていけば?」と友人に宿泊を勧めたそう。その翌朝、気付いたらなぜか父親と友だちが2人して一緒に寝ていたという。
父親が頼りにならないのは、よくわかった。では、母親はどうか?
「お母さんじゃないです、あの人。私が小さい頃に男と家で一緒に抱き合って寝てました。スナックやってたから、いろんな男と抱き合ってたりしてたんですよ。要するに、スナックの姉ちゃんとブサイクなおっさんが意気投合しちゃった」(妻)
気付くと、この両親は離婚していた。
波乱万丈な境遇で育った彼女。一方、男性の人生も荒波だった。
「私は、中卒なのね。高校行ったんだけど、途中で辞めちゃったの。遊びすぎちゃって。中途半端に悪さしてたからね」
「トラックも乗ったし、ホテルに勤めたこともあるし」
「私、バツイチなのね」
「前妻と別れてから何もなくなっちゃって、新天地でイチから……イチからと言うかマイナスだよね。何もないからね。その時にたまたまうちの会社の求人を見て、『寮完備』『日払いできます』っていう条件だったから、まずは飛び込んでみよう! と思い、入ったが今日(に至る)」(男性)
4年の勤務を経て、今では店長にまで上り詰めた男性。彼の帰宅を、妻はおじいちゃんから教わった料理を作って待っていた。
「(味噌汁を飲みながら)うん、うまい。やっぱ、落ち着くね」(男性)
男性は、明確に2人の未来を頭に描いている。
「ごく平凡ですけど今の形を維持して、2人仲良くね。で、休みの時は時間をちゃんと共有して、それを発展させていったらね。自分の足跡を残していけたらいいかなって」(男性)
過酷な家庭環境で育ち、洗脳された過去を持つ妻。中学を卒業し、歯を食いしばりながら店長職にたどり着いた男性。そもそもの出会いはハードだが、2人が先に思い描くのは“平凡な家庭”である。
妻がふと、味噌汁をよそいに台所へ立った。激務で疲れた男性を思っての行動である。彼女の後ろ姿を目で追ってみた。Tシャツの背面には、「裏街道まっしぐら」という文字がプリントされていた……。
(文=寺西ジャジューカ)