『おっさんずラブ』、ドラマ史に残る失恋シーンを演じた吉田鋼太郎の演技力

土曜の午後11時15分から放送されている『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)から目が離せない。人が人を好きになることの愛しさと哀しみを、ここまで描いた恋愛ドラマは久しぶりである。

 天空不動産に勤める33歳の春田創一(田中圭)は、ある日、尊敬する部長・黒澤武蔵(吉田鋼太郎)の携帯電話の待ち受け画面が、自分の写真だと知る。さらに、黒澤のパソコンには、自分の写真が大量に保存されていたことを知って驚くが、そのことを知られた黒澤は、春田のことが好きだったと告白し、妻と別れるから待っていてほしいと告げる。一方、春田とルームシェアをしている後輩の牧凌太(林遣都)も、実は春田に思いを寄せているのだ。

 本作は2016年の年末にSPドラマが放送された。上司と後輩から告白される男同士の三角関係はそのままだが、今回の連続ドラマ版では細かい設定と登場人物がリニューアルされた。中でも大きく変わったのが、黒澤部長がバツイチではなく、妻帯者という点だろう。そのため、黒澤部長が妻・蝶子(大塚寧々)に離婚を切り出すことから起こる大騒動も描かれる。

 仕事先に浮気相手の女がいると思った蝶子は黒澤部長の職場に乗り込むが、なぜか春田と浮気相手を探すことに。一方、営業部の主任・武川政宗(眞島秀和)が実は牧と元恋人だったことが判明し、物語は複雑な恋愛模様となっていく。

 物語は恋愛ドラマのよくあるパターンをなぞったもので、Aが好きな人はBが好きでBが好きな人はCが好きという片思いの連鎖で続いていく。それが男同士の関係だというのが本作の面白さだろう。こういうドラマは、同性愛を茶化して笑いの方向に持っていきがちだ。本作もSPドラマの時は、笑いに寄せていた部分が大きく、危ういところがあった。対して、連続ドラマでは、笑いの部分が集約されている。次々と男に告白されて戸惑う春田の困惑と、鈍感な春田に振り回される周囲の男たちの切なさに、笑いがまとまっているのだ。

 感心するのは、同性愛の壁だけでなく、会社の上司・部下という年齢と社会的立場の壁をも恋愛の枷として描いていることだ。SNSの感想を見ていると、「仕事を口実に春田と会おうとする黒澤部長のやり方は、パワーハラスメントなんじゃないか?」などという指摘も見受けられるが、筆者はそこにこそ、黒澤部長の抱える「おっさんの哀しさ」を見てしまう。

 中年男性のパワハラ、セクハラ問題が昨年から世の中を騒がしているが、そもそも社会的立場の高い中年男性が、年下の部下に対して恋愛感情を持った場合、他部下と平等に接しようとすること自体が難しく、本人が気をつけても力関係は働いてしまうだろう。愛情を向けようとしても、それ自体が暴力になってしまうことの悲哀。吉田鋼太郎はそんな黒澤部長の切ない姿を、コミカルかつ重厚な演技で表現している。

 吉田鋼太郎は現在59歳。故・蜷川幸雄の舞台の常連で、シェイクスピアやギリシア悲劇などの海外古典作品を得意とする舞台俳優として高い評価を受けていた。2010年代に入るとテレビドラマの出演が増え始め、『半沢直樹』(TBS系)などの作品で注目を集める。その人気が国民的なものとなったのは連続テレビ小説『花子とアン』(NHK)だろう。

 これは『赤毛のアン』の翻訳で知られる村岡花子(吉高由里子)と、彼女の親友である葉山蓮子(仲間由紀恵)の友情を描いたドラマだ。吉田が演じたのは、蓮子が無理やり結婚させられてしまう九州の炭鉱王・嘉納伝助。物語上の役割は、蓮子を縛りつける悪役だが、話数が進むに連れて人気が急上昇し、一時は主役を食う勢いだった。

 脚本を担当した中園ミホが、伝助を好きすぎて筆が乗った面もあると思うが、ここまで人気を得たのは、吉田の奥深い芝居もあるだろう。権力者としての伝助の奥にある強者の孤独と、蓮子に拒絶されながらも心の奥底では慕っているピュアな姿が、多くの視聴者から共感を呼んだのではないだろうか。

 おじさんが隠し持つピュアな気持ちを演じさせたら吉田鋼太郎は天才的で、それは『おっさんずラブ』でも炸裂している。

 第4話。春田は部長の告白に対して「ごめんなさい」と返事をする。「駄目なのは俺が上司だから? それとも男だから?」という部長に対して春田は「理想の上司だと心から思ってます」と断った上で、それは「恋愛感情じゃない」と言い、「僕は部長とまた、純粋な上司と部下の関係に戻りたいんです」「こんな僕を好きになってくれてありがとうございました」と告げる。春田の気持ちを理解した部長は毅然とした態度に戻り、上司として去っていく。

 「なんで? なんで?」と泣きじゃくる部長の姿には、妙な愛嬌があり、「お前は恋する乙女か?」と突っ込みたくなるが、その姿がちゃんと切実なものに映るのは、緩急の激しい吉田鋼太郎の演技に絶妙なバランス感覚があるからだろう。ドラマ史に残る失恋場面である。
(成馬零一)

『コンフィデンスマンJP』(フジテレビ系)三谷幸喜・クドカンにも劣らぬ古沢良太の手腕! 7話目にして“最高傑作”が誕生!

『コンフィデンスマンJP』の第7話「家族編」が5月21日に放送され、平均視聴率は8.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録した。

 リチャード(小日向文世)はバーで矢島理花(佐津川愛美)と出会う。現在、理花はスリ師をしているが、10億円の遺産を持つ与論要造(竜雷太)の末娘なのであった。ダー子(長澤まさみ)は、刑務所に服役中の理花に成りすまし、余命半年の要造から遺産をもらい受けようとする。しかし、18年ぶりに帰って来た理花がニセモノではないかと、兄・祐弥(岡田義徳)と姉・弥栄(桜井ユキ)は疑う。兄姉からの妨害を受けながら、ダー子は婚約者設定のボクちゃん(東出昌大)と共に、与論要造の信頼を勝ち取る日々が始まる。

 以上が「家族編」のあらすじ。視聴率は前回から0.6ポイント増。感想としては、「『コンフィデンスマンJP』に求めていた面白さはコレなのだ!」と断言できるほど、面白かった。今回は脚本の技術の高さに着眼点を置き、第7話の内容と魅力を振り返りたい。

(これまでのレビューはこちらから)

■『コンフィデンスマンJP』には“疑い”が欠けていた?

「面白いけれど、なぜか腑に落ちない」と、本作には何かが欠けていると感じてモヤッとしていた。しかし、第7話を見てモヤが晴れた。この物語には、ダー子たちに疑いの目を向ける存在が欠けていたのだ。疑り深かったのは第1話「ゴッドファーザー編」の江口洋介くらい。他の回のターゲットや周辺人物はスンナリとダー子たちに騙されてしまう。嘘が交錯するコンゲームというジャンルなのに、疑う存在がいなければ緊迫感は出ない。ノリや小ネタに誤魔化され、ハラハラドキドキという、コンゲームにおける楽しみの本質を忘れさせられていた。ある意味、このドラマに騙されていたのだ。

 第7話では、冒頭からダー子を偽物の理花だと気づき、疑う兄と姉の存在がある。屋敷のどこに理花の部屋があるかわかるだろう、と問われたり、DNA鑑定を持ちかけられたり、ピンチの場面が度々訪れる。また、家族というステージが緊張感を高めてくれた。家族には独自の文化と思い出がある、竜雷太演じる与論要造が「今年もアレが楽しみだな」と言えば、要造の言う“アレ”が何なのかわからないダー子たちは右往左往する。

「邪魔者の出現」と「難易度の高いステージの用意」。これらは基本要素であるが、第7話の面白さはそれに留まらない。古沢良太の特異性が存分に発揮されていた。

■脚本家・古沢良太の持つ、“ゲーム的展開”と“演歌の精神”

 まるでRPGゲームの世界を体験したような1時間だった。

 要造に実の娘だと思わせ10億円の遺産を騙し取るまでの“ゴール”。遺産を奪い合う兄姉という“敵”。獄中の理子から得た家族のエピソードという“アイテム”。アイテムの中に、「理子が家族からイジメを受けていた」というカードがある。このカードをどのタイミングで切るのかが、作中の楽しみでもあった。

 屋敷の中で展開する物語であるが、“ステージ”もめくるめく展開を見せる。以下、ネタばれ注意ではあるが……

1、 実の娘だと信じさせるため、兄姉の妨害を乗り越える。

2、兄姉がダー子たちと同じ遺産目当ての偽物の息子&娘だと気づく。

同時にダー子たちも偽物とバレ、牽制し合いながらの要造への媚売り合戦が展開。

3、要造の望みが建前の媚売りでなく本音でぶつかり合える家族の存在だとわかる。

敵対した兄姉と協力し合い、ケンカも罵倒もある普通の家族を目指す。

 遺産10億円ゲットという大目的のため、中間目標が変わりダー子たちの行動ラインまで変化していく。この後も予想を裏切る展開が続くが、オンデマンドで最後まで見てほしい。前述した「本物の理子がイジメを受けていた」というカードを切るタイミングが抜群だったからこそ、ハラハラドキドキ展開のコンゲームは、感動のヒューマンドラマへと変貌する。今まで媚売りに始終していたダー子たちが、要造の望みを知った後での食卓のシーンは、涙がこぼれる。現代日本で家族の食卓がノスタルジーと化してしまったのだと気づかされ、切ない気持ちにさせられた。

 古沢良太の脚本の良さは、視聴者を飽きさせないゲーム的な展開と胸に染みる演歌な部分にある。その両方を併せ持つ脚本家は国内に古沢良太、ただ一人だと思う。

■コメディ作家BIG3古沢良太・宮藤官九郎・三谷幸喜の違いとは?

 古沢良太はビッグネーム故に、三谷幸喜や宮藤官九郎と比較されたり、並べられることがある。同じコメディのジャンルを得意とする3人であるが、笑いのトリガーは明確に違う。しかし、第7話「家族編」は古沢良太の独自の良さに加え、三谷幸喜と宮藤官九郎の得意とする技まで駆使されていた。そのため、コメディ作家大御所3人の違いについて触れてみたい。

 まずは三谷幸喜。彼の笑いは、“状況”で引き起こされる。映画『ラヂオの時間』『THE 有頂天ホテル』やドラマ『王様のレストラン』(フジテレビ系)、どの作品も限定された空間で起きてほしくないトラブルに登場人物たちが見舞われる。そして登場人物は誰もが真剣だからこそ、ミスをする際には笑えてしまう。焦って下手を打つ者、考えすぎて見当違いをする者、欲に駆られて事態が見えなくなる者。トラブルの中でそれぞれの個性が浮き彫りとなり、人間ドラマが生じていく。だからこそ、“ドタバタ”ではなく“喜劇”と呼ばれ、作風には気品すら感じられる。

 次に宮藤官九郎。彼の作品の笑いの肝は“緩急”にある。例えば『あまちゃん』(NHK総合)では、天野春子(小泉今日子)の傍若無人な振る舞いで笑いが起き、娘を想う繊細な親心に泣かされる。上京とアイドルになる不安を感じる娘・アキ(能年玲奈)に 「私変わった(成長した)?」と問われた際の返答は圧巻だ。

「変わってないよ、アキは。昔も今も、地味で暗くて向上心も協調性も存在感も個性も華もないパッとしない子だけど……だけど、みんなに好かれたね。こっち(岩手)に来て、みんなに好かれた。あんたじゃなくてみんなが変わったんだよ。自信持ちなさい、それはね案外すごいことなんだからね」

 おバカさと真面目さのギャップに魅せられて、登場人物たちは視聴者の心に寄り添う友達となる。だからクドカンドラマの最終回はいつも寂しくなってしまう。

 そして、古沢良太の笑いのトリガーはどこにあるのか? それは登場人物同士の“対立”の中にある。文学ニートとリケジョの恋を描いた『デート』(フジテレビ系)、悪徳弁護士と清廉潔白な弁護士の活躍を描いた『リーガルハイ』(同)。意見の違う者同士のチグハグ感に笑い、相反する主張から物事の本質まで見えそうになる。

 本作第7話「家族編」に話を戻すと、ピンチが次々に起きる“状況”設定には三谷幸喜を、コメディとヒューマンの“緩急”は宮藤官九郎を彷彿とさせた。そして古沢良太自身が得意とする“対立”構図の果てに、家族の本質は血の繋がりには無いというメッセージ性まで感させる。

 無駄な小ネタや自分の見せたい画に執着しなかった三橋利行氏の演出も相まって、古沢良太の脚本の良さが見えたのかもしれない。残り3話。古沢脚本×三橋監督のコンビをまた見られることを期待しつつ、第8話「美のカリスマ編」も楽しみにしたい。

(文=許婚亭ちん宝)

『コンフィデンスマンJP』(フジテレビ系)三谷幸喜・クドカンにも劣らぬ古沢良太の手腕! 7話目にして“最高傑作”が誕生!

『コンフィデンスマンJP』の第7話「家族編」が5月21日に放送され、平均視聴率は8.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録した。

 リチャード(小日向文世)はバーで矢島理花(佐津川愛美)と出会う。現在、理花はスリ師をしているが、10億円の遺産を持つ与論要造(竜雷太)の末娘なのであった。ダー子(長澤まさみ)は、刑務所に服役中の理花に成りすまし、余命半年の要造から遺産をもらい受けようとする。しかし、18年ぶりに帰って来た理花がニセモノではないかと、兄・祐弥(岡田義徳)と姉・弥栄(桜井ユキ)は疑う。兄姉からの妨害を受けながら、ダー子は婚約者設定のボクちゃん(東出昌大)と共に、与論要造の信頼を勝ち取る日々が始まる。

 以上が「家族編」のあらすじ。視聴率は前回から0.6ポイント増。感想としては、「『コンフィデンスマンJP』に求めていた面白さはコレなのだ!」と断言できるほど、面白かった。今回は脚本の技術の高さに着眼点を置き、第7話の内容と魅力を振り返りたい。

(これまでのレビューはこちらから)

■『コンフィデンスマンJP』には“疑い”が欠けていた?

「面白いけれど、なぜか腑に落ちない」と、本作には何かが欠けていると感じてモヤッとしていた。しかし、第7話を見てモヤが晴れた。この物語には、ダー子たちに疑いの目を向ける存在が欠けていたのだ。疑り深かったのは第1話「ゴッドファーザー編」の江口洋介くらい。他の回のターゲットや周辺人物はスンナリとダー子たちに騙されてしまう。嘘が交錯するコンゲームというジャンルなのに、疑う存在がいなければ緊迫感は出ない。ノリや小ネタに誤魔化され、ハラハラドキドキという、コンゲームにおける楽しみの本質を忘れさせられていた。ある意味、このドラマに騙されていたのだ。

 第7話では、冒頭からダー子を偽物の理花だと気づき、疑う兄と姉の存在がある。屋敷のどこに理花の部屋があるかわかるだろう、と問われたり、DNA鑑定を持ちかけられたり、ピンチの場面が度々訪れる。また、家族というステージが緊張感を高めてくれた。家族には独自の文化と思い出がある、竜雷太演じる与論要造が「今年もアレが楽しみだな」と言えば、要造の言う“アレ”が何なのかわからないダー子たちは右往左往する。

「邪魔者の出現」と「難易度の高いステージの用意」。これらは基本要素であるが、第7話の面白さはそれに留まらない。古沢良太の特異性が存分に発揮されていた。

■脚本家・古沢良太の持つ、“ゲーム的展開”と“演歌の精神”

 まるでRPGゲームの世界を体験したような1時間だった。

 要造に実の娘だと思わせ10億円の遺産を騙し取るまでの“ゴール”。遺産を奪い合う兄姉という“敵”。獄中の理子から得た家族のエピソードという“アイテム”。アイテムの中に、「理子が家族からイジメを受けていた」というカードがある。このカードをどのタイミングで切るのかが、作中の楽しみでもあった。

 屋敷の中で展開する物語であるが、“ステージ”もめくるめく展開を見せる。以下、ネタばれ注意ではあるが……

1、 実の娘だと信じさせるため、兄姉の妨害を乗り越える。

2、兄姉がダー子たちと同じ遺産目当ての偽物の息子&娘だと気づく。

同時にダー子たちも偽物とバレ、牽制し合いながらの要造への媚売り合戦が展開。

3、要造の望みが建前の媚売りでなく本音でぶつかり合える家族の存在だとわかる。

敵対した兄姉と協力し合い、ケンカも罵倒もある普通の家族を目指す。

 遺産10億円ゲットという大目的のため、中間目標が変わりダー子たちの行動ラインまで変化していく。この後も予想を裏切る展開が続くが、オンデマンドで最後まで見てほしい。前述した「本物の理子がイジメを受けていた」というカードを切るタイミングが抜群だったからこそ、ハラハラドキドキ展開のコンゲームは、感動のヒューマンドラマへと変貌する。今まで媚売りに始終していたダー子たちが、要造の望みを知った後での食卓のシーンは、涙がこぼれる。現代日本で家族の食卓がノスタルジーと化してしまったのだと気づかされ、切ない気持ちにさせられた。

 古沢良太の脚本の良さは、視聴者を飽きさせないゲーム的な展開と胸に染みる演歌な部分にある。その両方を併せ持つ脚本家は国内に古沢良太、ただ一人だと思う。

■コメディ作家BIG3古沢良太・宮藤官九郎・三谷幸喜の違いとは?

 古沢良太はビッグネーム故に、三谷幸喜や宮藤官九郎と比較されたり、並べられることがある。同じコメディのジャンルを得意とする3人であるが、笑いのトリガーは明確に違う。しかし、第7話「家族編」は古沢良太の独自の良さに加え、三谷幸喜と宮藤官九郎の得意とする技まで駆使されていた。そのため、コメディ作家大御所3人の違いについて触れてみたい。

 まずは三谷幸喜。彼の笑いは、“状況”で引き起こされる。映画『ラヂオの時間』『THE 有頂天ホテル』やドラマ『王様のレストラン』(フジテレビ系)、どの作品も限定された空間で起きてほしくないトラブルに登場人物たちが見舞われる。そして登場人物は誰もが真剣だからこそ、ミスをする際には笑えてしまう。焦って下手を打つ者、考えすぎて見当違いをする者、欲に駆られて事態が見えなくなる者。トラブルの中でそれぞれの個性が浮き彫りとなり、人間ドラマが生じていく。だからこそ、“ドタバタ”ではなく“喜劇”と呼ばれ、作風には気品すら感じられる。

 次に宮藤官九郎。彼の作品の笑いの肝は“緩急”にある。例えば『あまちゃん』(NHK総合)では、天野春子(小泉今日子)の傍若無人な振る舞いで笑いが起き、娘を想う繊細な親心に泣かされる。上京とアイドルになる不安を感じる娘・アキ(能年玲奈)に 「私変わった(成長した)?」と問われた際の返答は圧巻だ。

「変わってないよ、アキは。昔も今も、地味で暗くて向上心も協調性も存在感も個性も華もないパッとしない子だけど……だけど、みんなに好かれたね。こっち(岩手)に来て、みんなに好かれた。あんたじゃなくてみんなが変わったんだよ。自信持ちなさい、それはね案外すごいことなんだからね」

 おバカさと真面目さのギャップに魅せられて、登場人物たちは視聴者の心に寄り添う友達となる。だからクドカンドラマの最終回はいつも寂しくなってしまう。

 そして、古沢良太の笑いのトリガーはどこにあるのか? それは登場人物同士の“対立”の中にある。文学ニートとリケジョの恋を描いた『デート』(フジテレビ系)、悪徳弁護士と清廉潔白な弁護士の活躍を描いた『リーガルハイ』(同)。意見の違う者同士のチグハグ感に笑い、相反する主張から物事の本質まで見えそうになる。

 本作第7話「家族編」に話を戻すと、ピンチが次々に起きる“状況”設定には三谷幸喜を、コメディとヒューマンの“緩急”は宮藤官九郎を彷彿とさせた。そして古沢良太自身が得意とする“対立”構図の果てに、家族の本質は血の繋がりには無いというメッセージ性まで感させる。

 無駄な小ネタや自分の見せたい画に執着しなかった三橋利行氏の演出も相まって、古沢良太の脚本の良さが見えたのかもしれない。残り3話。古沢脚本×三橋監督のコンビをまた見られることを期待しつつ、第8話「美のカリスマ編」も楽しみにしたい。

(文=許婚亭ちん宝)

嵐・二宮和也『ブラックペアン』が犯した失敗……『水戸黄門』パターンからの脱却なるか

 嵐・二宮和也が孤高の天才外科医を演じる日曜劇場『ブラックペアン』(TBS系)も第6話。視聴率は13.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、今回も横ばいです。毎回、同じような展開なので、このままだと下がっていくかもしれません。今回はちょっと前に進んだけど。

 というわけで、振り返りましょう。

前回までのレビューはこちらから

■ニノちゃんは、あいかわらずかわゆい。

 見るからに悪童っぽい外科医・渡海(二宮)は、今回もシーン単体で見れば、非常にかわゆい立ち居振る舞いのオンパレードでした。

 先輩医師が腫瘍の取り残しというミスをしてしまったときの「和解金2,000万円を要求します」とか、落盤事故でケガ人が27人も搬送されてきたときに、研修医の世良くん(竹内涼真)に言った「一人も殺すなよ、動け!」とか、患者の危機一髪のときにアウトフォーカスから手術室に入ってくるとこなんてもう「キター!」って感じで、たまらんですね。たまらん。かわゆい。

 ニノ以外のキャストも、これもシーン単体で見ればという話ですが、全然悪くないです。高階講師(小泉孝太郎)が上司の命令と患者の命の間で揺れ動く瞬間も、治験コーディネーター・香織(加藤綾子)の得も言われぬ色気も、回を重ねるごとに汚れみが増していく佐伯教授(内野聖陽)も、まるで合いの手のように折に触れてアップショットが抜かれる関川先生(今野浩喜)もよい。前回からゲストで出ているジャストミート福澤も、『陸王』(同)の松岡修造と同様に、日曜劇場が発掘した俳優として今後、世に出ていくかもしれない。

 でも、いずれも「シーン単体で見たら」です。お話の登場人物としてキャラクターを演じきれているかといえば、まったくできてない。なぜなら、シナリオの時点でキャラクターが破綻しているからです。

■怒れよ、渡海。

 前回までにさんざん申し上げております通り、『ブラックペアン』は『水戸黄門』のような“お約束”を楽しむ作品でした。高階や、その他のいけすかない医者がメカやロボを使って奇をてらった術式の手術を強行し、失敗する。天才・渡海がそれを、基本に忠実な手技でリカバリーして命を救う。あくまで、そのパターンを守ることに時間を費やしています。

 そのパターンの中でバリエーションを出すのも大変で、実際、このところマンネリ化が目立っていた同作ですが、今回は「患者が渡海の母親」ということで、パターンの中で大きな揺らぎを生み出せる設定が投入されました。

 ここまで、あくまにクールを気取ってきた渡海でしたが、母親に対して奇をてらった手術をされ、しかも失敗されるとなれば、怒り狂ってもおかしくない。もう6話ですし、そろそろ渡海のそういう姿を見せてほしいと期待していたんです。

 が、まったく、不自然なくらいに、いつもの渡海でした。

「ほかのオペに入っていたから」という理由で誰かが勝手に母ちゃんの胸を開けても、さして怒らない。「腫瘍を取り残す」というミスを犯されても、「2,000万円くれ」とは言うものの、別に怒らない。高階が奇をてらったロボによる再手術の同意書を渡海に内緒で勝手に書かせても怒らないし、輸血用の血が足りないのにロボ手術を強行しても怒らない。あげく高階がロボ手術をミスって母ちゃんが死にかけても怒らない。いつも通り、ささっとリカバリーして嫌味を言って去っていくだけ。

 控え目に言って、こいつ頭おかしいんじゃねえかと思いました。目の前で母ちゃんが殺されかけてるのに、なんでそんな感じなの? バカなの?

 今回、渡海は取り乱さなければいけなかったと思うんです。母ちゃんを殺されることに恐怖しなければならなかった。これじゃ母ちゃんを患者にした意味がないんです。

 さらに今回、近所で落盤事故が起きて27人が緊急搬送されてくるという事態も発生しました。この27人も、渡海は全員助けちゃった。27人もいれば病院に着いた時点で死んでる人もいそうですが、全員助けちゃった。

 そうして母ちゃんと27人の負傷者を平常運転で救ってしまったことによって、渡海という医者は「治せる患者は全員治せる」天才外科医から「誰でも、どんなケガでも病気でも、どんなタイミングでも、絶対に治せる」魔法使いになってしまっている。しかも、渡海と母親の間に“何もない”ので2人の関係性を描くこともできず、渡海が「母ちゃんが死にそうでも平気」な、たいへん珍しい人物に見えてしまっている。

 普通の医療ドラマなら、より医者の心情を深堀りできるはずの「肉親が患者」という設定が、渡海の人格破綻をさらに加速させるという、これは明らかに失敗していると感じました。

■『水戸黄門』からの脱却

 なぜそんな失敗が起こったかというと、「患者が母親」の投入は、決してパターン内でのマンネリ打破のためではなかったからです。うっすらとパターンの外で語られてきた「ブラックペアンって何?」「渡海と佐伯教授の因縁っぽいのは何?」という本筋に展開を与えるために、佐伯教授の過去を知る人物として母親が必要だった。

 だったら普通に出して、普通にエピソードを絡めて説明すればいいのに、「せっかく母親出すんだから、病気にしちゃえ! 瀕死にしちゃえ! 感動するだろ!」というドラマの強欲が出た結果でしょう。で、「天才外科医が母親を救う」というシチュエーションは、細部がどうあれ感動的に見えてしまう。

 とにかく強欲なんです、『ブラックペアン』というドラマは。何もかも詰め込んで押し通そうという姿勢がすごい。とにかく渡海は比類なき天才であるべきだし、最新医療機器はどんどん出すべきだし、そういう最新ロボは失敗するべきだし、竹内涼真は泣いているべきだし、権力闘争中の大人たちは徹底的に卑怯であるべきだし……そういう出力最優先主義というか、物量主義というか、強引で豊饒な作劇の悪いところが全部出たのが今回だったように思うんです。

 これが、やっぱりそこそこ面白いというのが、始末の悪いところなんですよねえ。
(文=どらまっ子AKIちゃん)

嵐・二宮和也『ブラックペアン』が犯した失敗……『水戸黄門』パターンからの脱却なるか

 嵐・二宮和也が孤高の天才外科医を演じる日曜劇場『ブラックペアン』(TBS系)も第6話。視聴率は13.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、今回も横ばいです。毎回、同じような展開なので、このままだと下がっていくかもしれません。今回はちょっと前に進んだけど。

 というわけで、振り返りましょう。

前回までのレビューはこちらから

■ニノちゃんは、あいかわらずかわゆい。

 見るからに悪童っぽい外科医・渡海(二宮)は、今回もシーン単体で見れば、非常にかわゆい立ち居振る舞いのオンパレードでした。

 先輩医師が腫瘍の取り残しというミスをしてしまったときの「和解金2,000万円を要求します」とか、落盤事故でケガ人が27人も搬送されてきたときに、研修医の世良くん(竹内涼真)に言った「一人も殺すなよ、動け!」とか、患者の危機一髪のときにアウトフォーカスから手術室に入ってくるとこなんてもう「キター!」って感じで、たまらんですね。たまらん。かわゆい。

 ニノ以外のキャストも、これもシーン単体で見ればという話ですが、全然悪くないです。高階講師(小泉孝太郎)が上司の命令と患者の命の間で揺れ動く瞬間も、治験コーディネーター・香織(加藤綾子)の得も言われぬ色気も、回を重ねるごとに汚れみが増していく佐伯教授(内野聖陽)も、まるで合いの手のように折に触れてアップショットが抜かれる関川先生(今野浩喜)もよい。前回からゲストで出ているジャストミート福澤も、『陸王』(同)の松岡修造と同様に、日曜劇場が発掘した俳優として今後、世に出ていくかもしれない。

 でも、いずれも「シーン単体で見たら」です。お話の登場人物としてキャラクターを演じきれているかといえば、まったくできてない。なぜなら、シナリオの時点でキャラクターが破綻しているからです。

■怒れよ、渡海。

 前回までにさんざん申し上げております通り、『ブラックペアン』は『水戸黄門』のような“お約束”を楽しむ作品でした。高階や、その他のいけすかない医者がメカやロボを使って奇をてらった術式の手術を強行し、失敗する。天才・渡海がそれを、基本に忠実な手技でリカバリーして命を救う。あくまで、そのパターンを守ることに時間を費やしています。

 そのパターンの中でバリエーションを出すのも大変で、実際、このところマンネリ化が目立っていた同作ですが、今回は「患者が渡海の母親」ということで、パターンの中で大きな揺らぎを生み出せる設定が投入されました。

 ここまで、あくまにクールを気取ってきた渡海でしたが、母親に対して奇をてらった手術をされ、しかも失敗されるとなれば、怒り狂ってもおかしくない。もう6話ですし、そろそろ渡海のそういう姿を見せてほしいと期待していたんです。

 が、まったく、不自然なくらいに、いつもの渡海でした。

「ほかのオペに入っていたから」という理由で誰かが勝手に母ちゃんの胸を開けても、さして怒らない。「腫瘍を取り残す」というミスを犯されても、「2,000万円くれ」とは言うものの、別に怒らない。高階が奇をてらったロボによる再手術の同意書を渡海に内緒で勝手に書かせても怒らないし、輸血用の血が足りないのにロボ手術を強行しても怒らない。あげく高階がロボ手術をミスって母ちゃんが死にかけても怒らない。いつも通り、ささっとリカバリーして嫌味を言って去っていくだけ。

 控え目に言って、こいつ頭おかしいんじゃねえかと思いました。目の前で母ちゃんが殺されかけてるのに、なんでそんな感じなの? バカなの?

 今回、渡海は取り乱さなければいけなかったと思うんです。母ちゃんを殺されることに恐怖しなければならなかった。これじゃ母ちゃんを患者にした意味がないんです。

 さらに今回、近所で落盤事故が起きて27人が緊急搬送されてくるという事態も発生しました。この27人も、渡海は全員助けちゃった。27人もいれば病院に着いた時点で死んでる人もいそうですが、全員助けちゃった。

 そうして母ちゃんと27人の負傷者を平常運転で救ってしまったことによって、渡海という医者は「治せる患者は全員治せる」天才外科医から「誰でも、どんなケガでも病気でも、どんなタイミングでも、絶対に治せる」魔法使いになってしまっている。しかも、渡海と母親の間に“何もない”ので2人の関係性を描くこともできず、渡海が「母ちゃんが死にそうでも平気」な、たいへん珍しい人物に見えてしまっている。

 普通の医療ドラマなら、より医者の心情を深堀りできるはずの「肉親が患者」という設定が、渡海の人格破綻をさらに加速させるという、これは明らかに失敗していると感じました。

■『水戸黄門』からの脱却

 なぜそんな失敗が起こったかというと、「患者が母親」の投入は、決してパターン内でのマンネリ打破のためではなかったからです。うっすらとパターンの外で語られてきた「ブラックペアンって何?」「渡海と佐伯教授の因縁っぽいのは何?」という本筋に展開を与えるために、佐伯教授の過去を知る人物として母親が必要だった。

 だったら普通に出して、普通にエピソードを絡めて説明すればいいのに、「せっかく母親出すんだから、病気にしちゃえ! 瀕死にしちゃえ! 感動するだろ!」というドラマの強欲が出た結果でしょう。で、「天才外科医が母親を救う」というシチュエーションは、細部がどうあれ感動的に見えてしまう。

 とにかく強欲なんです、『ブラックペアン』というドラマは。何もかも詰め込んで押し通そうという姿勢がすごい。とにかく渡海は比類なき天才であるべきだし、最新医療機器はどんどん出すべきだし、そういう最新ロボは失敗するべきだし、竹内涼真は泣いているべきだし、権力闘争中の大人たちは徹底的に卑怯であるべきだし……そういう出力最優先主義というか、物量主義というか、強引で豊饒な作劇の悪いところが全部出たのが今回だったように思うんです。

 これが、やっぱりそこそこ面白いというのが、始末の悪いところなんですよねえ。
(文=どらまっ子AKIちゃん)

「育児はママの仕事」という揺るぎない固定観念と「産む身体」のコントロール

 自民党の加藤寛治衆議院議員が、5月10日に出席した同党細田派の派閥総会で、少子化対策について「結婚しなければ子供が生まれない。人様の子どもの税金で(運営される)老人ホームに行くことになる」「必ず新郎新婦に3人以上の子供を産み育てていただきたいとお願いする。いくら努力しても子どもに恵まれない方々がおり、そういう方々のために3人以上が必要だ」といった発言をしていたことは記憶に新しい。加藤議員はその後批判を受けて発言撤回したが、27日、地元である自民党長崎県連の定期大会で「わが国は民主主義国家だから批判も甘んじて受けなければいけないが、それ以上の賛同と激励をいただいたことも事実」と開き直った。全国から、「議員としてまっとうな発言だ」「健康で出産できる人にお願いするのがなぜいけないのか」といった、発言を肯定する意見が寄せられたのだそうだ。

 そりゃ加藤議員の「3人以上産んで」発言に“賛同と激励”を示す人は全国にいるだろう。当事者、つまり出産可能な肉体を持つ女性以外にとっては所詮他人事である。女性たちがたくさん産み、社会福祉を利用せず自分でせっせと育ててくれれば、人口減少は食い止められる。

 しかし現実に、「産んで」と言われたら「産める」わけではないことは明らかだ。“賛同と激励”が何だというのだろうか。何より、「産む身体」に政治が干渉してくることを許容してはならない。その先に人権を無視した国民コントロールが待っていることは明白である。そもそも3人以上産める社会を作ることが政治家の責務であり、「とにかく産んで」と言葉で促すなら誰でもできることで、政治家の仕事ではない。

 さらに自民党の萩生田光一幹事長代行が5月27日、宮崎市内での講演で国が目指す「待機児童ゼロ」方針について触れ、その発言内容もまた、物議を醸している。萩生田氏は<生後3~4カ月で赤の他人様(保育士など)に預けられることは赤ちゃんにとって不幸><赤ちゃんはどう考えたって(パパや保育士より)ママがいいに決まっている><子育てしているお母さんたちを、もう少しいたわってあげる制度が必要>などと話した。発言内容詳細は以下の通り。

<もちろん今の対処として待機している赤ちゃんを救済していくのは大事なことでしょう。しかしみなさんよく考えて頂きたい。
0歳の赤ちゃんは生後3~4カ月で赤の他人様に預けられることが本当に幸せなのでしょうか。子育てのほんのひととき、親子が一緒にすごすことが本当の幸せだと私は思います。
仕事の心配をせず、財政的な心配もなく、1年休んでもおかしな待遇を受けることなく、職場に笑顔で戻れるような環境をつくっていくこと。
もっと言えば慌てず0歳から保育園にいかなくても、1歳や2歳からでも保育園に入れるスキーム(枠組み)をつくっていくことが大事なんじゃないでしょうか>

<子育てというのは大変な仕事です。これを「仕事をしていない」というカテゴリーに入れてしまうのがおかしい。世の中の人みんなが期待している「子育て」という仕事をしているお母さんたちを、もう少しいたわってあげる制度が必要なんだと思います>

<冷静にみなさん考えてみてください。0~3歳の赤ちゃんに、パパとママどっちが好きかと聞けば、はっきりとした統計はありませんけど、どう考えたってママがいいに決まっているんですよ。0歳から「パパ」っていうのはちょっと変わっていると思います。
ですから逆に言えば、お母さんたちに負担がいくことを前提とした社会制度で底上げをしていかないと、言葉の上で「男女平等参画社会だ」「男も育児だ」とか言っても、子どもにとっては迷惑な話かもしれない。
子どもがお母さんと一緒にいられるような環境が、これからはやっぱり必要なんじゃないかと私は思います>

 萩生田氏こそ冷静に考えたほうがいい。政治家として発言するのであれば、<はっきりとした統計>がないにもかかわらず思い込みによって赤ちゃんにとって何が「幸せ」かなどの想像をとうとうと語るのではなく、<仕事の心配をせず、財政的な心配もなく、1年休んでもおかしな待遇を受ることなく、職場に笑顔で戻れるような環境><0歳から保育園にいかなくても、1歳や2歳からでも保育園に入れるスキーム(枠組み)>を具体的に検討するのが仕事だ。

 また、現状で<ママ>以外が子育てを担っている家庭を軽視し否定する、まったく思慮に欠けた発言であることも自覚してもらいたい。さらに言えば、萩生田氏の「子どもはママが大好きだから、子供が小さいうちはママが育児に専念してもいい社会に」という提言に救われる思いのママもいることだろうが、「子供はママが大好き」だから「ママは子供と一緒にいるべき」「子供はママが一番大好き」と決めつけられることで、追い詰められるママもいる。父親は仕事・母親は育児という性別役割分業を強化し、母親によるワンオペ育児を後押しすることにもなるだろう。<親子が一緒にすごすことが本当の幸せ>かどうかも、ケースバイケース。すべて萩生田氏の偏見でしかない。

 そのうえで、「保活」なんてしなくても親子が望む時期に保育園に入れることができる保育環境の整備、産休・育休取得がマイナスにならない職場環境づくりの促進など、政治家としてどんどん提案をしていただきたい。安心して産休・育休・職場復帰ができる職場環境と、安心して保育園に入れる枠組みは、働く親を支える両輪であり、それこそ「3人産める」社会につながっていくのではないだろうか。もちろん<ママ>だけが育児を担う前提は取り払い、父親が育休取得をした際も心配なく職場に戻れる環境まで持っていく必要がある。本気で人口減少に歯止めをかけるならば、もう<ママが家庭で子どもを育てるのが常識>という大きな意識を変えることだ。

乃木坂46・西野七瀬が文春砲を受けた後にファンと交流! “お渡し会”でやはり悲劇が?

 1stフォトブック『わたしのこと』(集英社)を発売した乃木坂46・西野七瀬が、5月27日に大阪で“お渡し会”を開催。西野は「週刊文春」(文藝春秋)にスキャンダルを報道されたばかりのため、ファンから注目を集めていた。

 5月9日に発売された『わたしのこと』は、累計発行部数が20万部を超える大ヒットを記録しており、オリコン週間写真集ランキングでも2週連続で1位を獲得。乃木坂46のセンター常連者として、絶大な記録を打ち立てている。しかし19日に、「週刊文春」が西野の家にテレビディレクターの男性がお泊りをしていたと暴露した。

 この報道にネット上では、「ショック過ぎる」「なぁちゃんだけは信じていたのに……」「なぁちゃんに文春砲とかまじかよ。一気に生きる気力がなくなった」「なぁちゃんのことはこれからも推し続けるけど。それでも精神的なダメージがデカい」とファンからの悲鳴が続出。一部では西野の写真を焼くなどして怒りを露わにするファンも現れたが、そんな中で“お渡し会”が行われることに。

「27日の“お渡し会”に参加したファンがSNSにレポートを投稿していますが、どうやらかなり和やかな雰囲気で行われたようです。『笑顔の“ありがとうございます”にはほんまに心がやられました』『握手会と比べてあんまり疲れてない感じで、素敵な笑顔だったので来てよかったです』『なぁちゃん可愛すぎた。終始笑顔やった。とにかく可愛すぎ!』『くっそ可愛かった。元気そうやったし良かった』といった声が上がっていました」(芸能ライター)

“西野七瀬フォトブック『わたしのこと』”の公式Twitterでは、握手会に参加した西野の動画をアップ。カメラに向かって西野が「おおきにー」「ほなねー」と語りかけながら笑顔で手を振っている。

「しかし一部では、ファンが『週刊文春』の報道について西野に問いただしていたという目撃談も。ネット上には『平和に終わったような感じになってるけど、俺の3人前に並んでたオッさんは“文春の件はどうなの!?”みたいなこと言ってたな』という投稿も上がっています。フォトブックの公式Twitterに掲載されている西野の写真にも、ファンから『なんかしんどそうに見える……大丈夫かな?』『顔色が悪く見える』『ゆっくり休んでね』といった心配の声も寄せられていました」(同)

 果たして西野は今どんな心理状態なのだろうか。温かく見守っていきたい。

乃木坂46・西野七瀬が文春砲を受けた後にファンと交流! “お渡し会”でやはり悲劇が?

 1stフォトブック『わたしのこと』(集英社)を発売した乃木坂46・西野七瀬が、5月27日に大阪で“お渡し会”を開催。西野は「週刊文春」(文藝春秋)にスキャンダルを報道されたばかりのため、ファンから注目を集めていた。

 5月9日に発売された『わたしのこと』は、累計発行部数が20万部を超える大ヒットを記録しており、オリコン週間写真集ランキングでも2週連続で1位を獲得。乃木坂46のセンター常連者として、絶大な記録を打ち立てている。しかし19日に、「週刊文春」が西野の家にテレビディレクターの男性がお泊りをしていたと暴露した。

 この報道にネット上では、「ショック過ぎる」「なぁちゃんだけは信じていたのに……」「なぁちゃんに文春砲とかまじかよ。一気に生きる気力がなくなった」「なぁちゃんのことはこれからも推し続けるけど。それでも精神的なダメージがデカい」とファンからの悲鳴が続出。一部では西野の写真を焼くなどして怒りを露わにするファンも現れたが、そんな中で“お渡し会”が行われることに。

「27日の“お渡し会”に参加したファンがSNSにレポートを投稿していますが、どうやらかなり和やかな雰囲気で行われたようです。『笑顔の“ありがとうございます”にはほんまに心がやられました』『握手会と比べてあんまり疲れてない感じで、素敵な笑顔だったので来てよかったです』『なぁちゃん可愛すぎた。終始笑顔やった。とにかく可愛すぎ!』『くっそ可愛かった。元気そうやったし良かった』といった声が上がっていました」(芸能ライター)

“西野七瀬フォトブック『わたしのこと』”の公式Twitterでは、握手会に参加した西野の動画をアップ。カメラに向かって西野が「おおきにー」「ほなねー」と語りかけながら笑顔で手を振っている。

「しかし一部では、ファンが『週刊文春』の報道について西野に問いただしていたという目撃談も。ネット上には『平和に終わったような感じになってるけど、俺の3人前に並んでたオッさんは“文春の件はどうなの!?”みたいなこと言ってたな』という投稿も上がっています。フォトブックの公式Twitterに掲載されている西野の写真にも、ファンから『なんかしんどそうに見える……大丈夫かな?』『顔色が悪く見える』『ゆっくり休んでね』といった心配の声も寄せられていました」(同)

 果たして西野は今どんな心理状態なのだろうか。温かく見守っていきたい。

セクハラ疑惑のモーガン・フリーマン、「反省はしているが、性的暴行と同等に扱うべきじゃない」

 人気映画シリーズ『ブルース・オールマイティ』(2003)で神様役を演じたり、米ナショナルジオグラフィックチャンネルの“神”を探求する人気ドキュメンタリーシリーズのナビゲーターを務めるなど、“神”に縁の深いハリウッド俳優のモーガン・フリーマン。「聞くと心が落ち着く」と万人受けする声の持ち主で、映画『エンド・オブ・キングダム』のプロモーションを兼ねて録音した、グーグルのGPSナビのモーガンの声は「安心して運転できる」と大好評。このほか、FacebookのCEOマーク・ザッカーバーグが手がける家庭用AI「Jarvis」にもモーガンの声が採用されている。

 “神”のイメージと人々をリラックスさせてくれる声を持つモーガンだが、5月24日、米ニュース専門チャンネル「CNN」は、彼が撮影所や映画製作会社で働く女性に対してセクハラ発言やお触りなどの“性的違反行為”を日常的にしていると報じた。

 同局の女性レポーターは、妊娠6カ月の時にモーガンに取材したのだが、体を性的な目で見られたうえ、しつこく胎内回帰願望を聞かされたのだとか。非常に不快な気持ちになり、「私だけじゃないはず」と、業界の女性たちに聞き込みを行うと、16人の女性から、モーガンに「体形についてキモいことを言われた」「“どれどれ、下着ははいてるのかな?”とスカートめくりをされた」などのセクハラ行為を受けた/または目撃したとの証言を得たという。

 一方、長年モーガンに取材を行ってきた米シカゴのテレビ局「WGN‐TV」の女性プロデューサーは、CNNの取材に対して「セクハラといってもみんながいる前でのことだし、明らかに“冗談”」だと擁護しつつ、一度だけ不快な思いをしたことがあると証言。

 この報道を受けて、モーガンはすぐに「不快な気持ちにさせるつもりはなかった」と謝罪声明を発表。翌25日にも「場を和ませるための冗談のつもりだった」と弁解しつつ、「おぞましい“性的暴行”と“見当違いのお世辞やユーモア”はまったく違う。同等に扱うべきではない」「不快な思いをさせるつもりはまったくなかったが、そうさせてしまったことは反省している。これからも謝罪し続けるつもりだ」という追加声明を出し、ハーヴェイ・ワインスタインらのように「嫌がる女性に性的暴行」したり「権力を使いセックスを強要」した犯罪行為と同等に見なさないでほしいと訴えた。

 ゴシップ好きなネット民は「血がつながっていないとはいえ、45歳も年下の孫娘と長年にわたって性的関係を持っていたジジイだし」と、09年に米タブロイド紙「ナショナル・エンクワイアラー」が報じたゴシップ(双方とも事実を否定)を引き合いにし、「若い子が好きで、ちょっかい出すんだろうな」と納得。一方で、大手ゴシップサイト「TMZ」が実施した、モーガンのセクハラについて信じるか否かを問うアンケートの結果は半々に分かれ、「若い女性の気を引きたいエロじじいってだけなのに、騒ぎすぎ」とモーガンに同情する人も。

 “神”のイメージを持たれていたモーガンだけに、名誉を挽回するためには、心からの謝罪と人並み以上の時間が必要かもしれない。

セクハラ疑惑のモーガン・フリーマン、「反省はしているが、性的暴行と同等に扱うべきじゃない」

 人気映画シリーズ『ブルース・オールマイティ』(2003)で神様役を演じたり、米ナショナルジオグラフィックチャンネルの“神”を探求する人気ドキュメンタリーシリーズのナビゲーターを務めるなど、“神”に縁の深いハリウッド俳優のモーガン・フリーマン。「聞くと心が落ち着く」と万人受けする声の持ち主で、映画『エンド・オブ・キングダム』のプロモーションを兼ねて録音した、グーグルのGPSナビのモーガンの声は「安心して運転できる」と大好評。このほか、FacebookのCEOマーク・ザッカーバーグが手がける家庭用AI「Jarvis」にもモーガンの声が採用されている。

 “神”のイメージと人々をリラックスさせてくれる声を持つモーガンだが、5月24日、米ニュース専門チャンネル「CNN」は、彼が撮影所や映画製作会社で働く女性に対してセクハラ発言やお触りなどの“性的違反行為”を日常的にしていると報じた。

 同局の女性レポーターは、妊娠6カ月の時にモーガンに取材したのだが、体を性的な目で見られたうえ、しつこく胎内回帰願望を聞かされたのだとか。非常に不快な気持ちになり、「私だけじゃないはず」と、業界の女性たちに聞き込みを行うと、16人の女性から、モーガンに「体形についてキモいことを言われた」「“どれどれ、下着ははいてるのかな?”とスカートめくりをされた」などのセクハラ行為を受けた/または目撃したとの証言を得たという。

 一方、長年モーガンに取材を行ってきた米シカゴのテレビ局「WGN‐TV」の女性プロデューサーは、CNNの取材に対して「セクハラといってもみんながいる前でのことだし、明らかに“冗談”」だと擁護しつつ、一度だけ不快な思いをしたことがあると証言。

 この報道を受けて、モーガンはすぐに「不快な気持ちにさせるつもりはなかった」と謝罪声明を発表。翌25日にも「場を和ませるための冗談のつもりだった」と弁解しつつ、「おぞましい“性的暴行”と“見当違いのお世辞やユーモア”はまったく違う。同等に扱うべきではない」「不快な思いをさせるつもりはまったくなかったが、そうさせてしまったことは反省している。これからも謝罪し続けるつもりだ」という追加声明を出し、ハーヴェイ・ワインスタインらのように「嫌がる女性に性的暴行」したり「権力を使いセックスを強要」した犯罪行為と同等に見なさないでほしいと訴えた。

 ゴシップ好きなネット民は「血がつながっていないとはいえ、45歳も年下の孫娘と長年にわたって性的関係を持っていたジジイだし」と、09年に米タブロイド紙「ナショナル・エンクワイアラー」が報じたゴシップ(双方とも事実を否定)を引き合いにし、「若い子が好きで、ちょっかい出すんだろうな」と納得。一方で、大手ゴシップサイト「TMZ」が実施した、モーガンのセクハラについて信じるか否かを問うアンケートの結果は半々に分かれ、「若い女性の気を引きたいエロじじいってだけなのに、騒ぎすぎ」とモーガンに同情する人も。

 “神”のイメージを持たれていたモーガンだけに、名誉を挽回するためには、心からの謝罪と人並み以上の時間が必要かもしれない。