よゐこ・濱口優とゴールインした“アッキーナ”南明奈の花嫁修業「仕事をセーブして支えていた」

 お笑いコンビ「よゐこ」の濱口優(46)とタレントの南明奈(29)がついにゴールインした。2人は2013年から交際をスタート。14年2月に週刊誌に熱愛が報じられると「お付き合いさせていただいている」と隠すことなく堂々とアピール。ゆっくりと約5年もの間、愛を温め、今月25日に代理人が都内の区役所に婚姻届を提出。結婚したことを報告した。

 濱口は26日、MCを務める地方局の情報番組に生出演して、結婚したことを改めて発表。東京ディズニーシーのホテルミラコスタ前でプロポーズしたことを明らかにした。南は妊娠しておらず、挙式や披露宴は未定としている。

「南さんは、仕事先で周囲のスタッフや芸能人から『いつ濱口と結婚するの?』とあまりにもよく聞かれていたみたいで、それがすごく嫌だったみたいです。南さんはああ見えて、ものすごくマジメ。『支えられる人間にならないと結婚なんてできない』という気持ちが強く、15年に一度プロポーズを断ったこともありました。しかしもう南さんももうすぐ30歳。花嫁修業も積み、ここらへんがいい時期と感じていたようです」(芸能関係者)

 アッキーナは結婚に向け準備を進めていたようだ。

「南さんは仕事をセーブして忙しい濱口さんのことを支えていたようで、上手ではなかった料理も上達したと聞いています。また、最近では露出の多いセクシー系のオファーは断っていたみたいで、嫁に入るために、彼女なりにいろいろと考えていたみたいです」(同)

 グラビアやおバカタレントを卒業して、今後はママタレとして活躍するアッキーナの姿を、ぜひとも見たいものだ。

売春宿が立ち並ぶ飛田新地“摘発”で注目される「2人の女性タレント」の行方

 大阪市西成区の歓楽街・飛田新地で売春をあっせんした容疑で、暴力団・山口組直系「極心連合会」の幹部らが逮捕された。同所は売春防止法違反にあたる売春をさせる業を営んで(12条)いる特殊な地帯として知られており、基本は警察も黙認してきたものだが、2020年東京五輪・パラリンピックに向けた暴力団排除活動の一環として捜査が入ったようだ。

 ただ、同所に詳しい実話誌のライターは、ここで売春を続けると見られる2人の「女性タレント」の動向に注目しているという。

「昨年、ホストにハマって大きな借金をつくった2人の女性タレントがヌード仕事の末、半グレに身を委ねるハメになって飛田新地で働くようになっています。ここで働く女性の多くは“ワケアリ”です。本来ならソープランドやデリバリーヘルスなど、風営法で認可された風俗店で働けばいいところ、わざわざグレーゾーンに行くのですから、なんらかの理由があるんです」

 飛田新地は百数十店の売春宿が立ち並ぶ遊郭で、店はすべて料亭の名で経営され、1階で酒を飲み、2階で20分1万6,000円などの価格で管理売春が行われている。かつて大阪市長だった橋下徹がここの業者組合の弁護士だったことが伝えられたこともあるが、「守秘義務」を理由に多くを語らないところも、何やら“ワケアリ”を感じさせる。

「あそこは赤線だったころから鬼頭組などの暴力団が堂々と仕切っていた場所ですからね。今はすっかりヤクザの姿は消えていますが、それは表向き。ヤクザに関係した連中が一定の縄張りをつくっていて、中には半グレと呼ばれる準暴力団の不良連中も仲間に一部の店を運営させています」(同)

 現地に行くと大半の店は、通りから丸見えの1階に受付(客引き)の中年女性と売春女性が並んで座っているが、女性タレント2人は通行人から見えるところにはめったに姿を見せないのだという。

 タレントのひとりは金銭感覚がデタラメな上、ホスト狂いで借金漬けとなってAVデビューしたが「よく売れたのはデビュー作だけで、後続作品は大きなセールスにならず、最近は関西のデリヘルに勤務していました」とライター。

 彼女の“マネジメント”を仕切っていたのは通称「カミソリ」と呼ばれる不良のリーダー格だという話で、最近は業界人の間でも「飛田新地にいる」という話がささやかれていた。

「どれぐらい現地の店で働いているのかは定かではないですが、すでに彼女の熱狂的ファンが本人を“買う”ことに成功したと言っていました」(同)

 もうひとりのタレントは、アイドルグループを問題行動でクビになったことがある女性。こちらは泥酔して路上で寝ていたのを目撃されるなど、とても元アイドルとは思えない愚行動が相次いだ。

「少し前に繁華街で半裸になってホスト風の男性と激しく言い争っていたそうですが、今年3月ごろに飛田新地デビューしています。彼女は今回、摘発されたヤクザ系の店舗に勤務していたウワサもあったので、もしかするとこのまま姿を消すことになるかも」(同)

 今回摘発された店のひとつは、暴力団幹部の内縁の妻が「料亭 銀河」の名で運営し、月400万円ほどの利益があったという。ライターによると「店はメイン通りのひとつ北、青春通りの中央にある店。周辺の相場どおりの値段で、特に変わった点はなかったようですが、いまはすべての店が警戒を強めている」という。

 警察の手入れでワケアリタレントが姿を消したとしたら、彼女らは次に、どこへ行くのだろうか。
(文=片岡亮/NEWSIDER Tokyo)

木口亜矢の夫は、なぜ“下半身バット男”になったのか……?「現役時代から評判は悪かった」

 元オリックス・バファローズで現在は三菱重工広島でプレーする野球選手の堤裕貴が、公然わいせつの疑いで逮捕された。スーパーマーケットの駐車場に止めた乗用車の中で、通行人に見えるように下半身を露出していたという。

 これには球界関係者から「彼はこれから“下半身バット”とか呼ばれるようになるからつらいだろう」との声が聞かれた。

「5年前、日本ハムの元選手が神戸で、バス停で待っていた女性に向けて下半身を露出した事件があったんですが、それからは彼を知る選手や関係者がみんな『下半身バット』ってあだ名で呼んでいて、その話が野球選手の通うバーや居酒屋にまで広まっていた」

 この元・日ハム選手は現場で精液らしきものを放出し、その液体のDNA鑑定で本人特定されて逮捕となった。事件自体は罰金刑に終わったが、関係者は「彼は尼崎の自宅から、あちこち繰り出しては、そういったことを繰り返していた常習者の疑いもあったらしく、あちこちで“素振り”していたとか散々陰口を言われていた」という。

「さらに昨年、ほとんど表にならなかったことですが、巨人の若手投手が車内で下半身を出して自慰をしていた公然わいせつ容疑で警察に事情聴取を受けたんですよ。事件にはならず済んだんですが、彼も現在、陰で『下半身バット』とか『素振りクン』とか呼ばれちゃってるんです。元オリックスの堤クンもおそらく同じように言われると思います」(同)

 堤容疑者は、11年にドラフト6位でオリックスに入団。しかし、一軍昇格後の約3年、16年に戦力外通告され、昨年からは社会人野球の三菱重工広島硬式野球部に在籍していた。

「正直、彼はコーチの評判が悪かった選手。指導されても『自分の好きなようにやりたい』と改善しないところがあったと聞きます。だから三菱広島に声をかけられたときも『自分流にやりたい』と言っていたそうですよ」(同)

 その自分流が今回の事件だったのか。三菱では午前中に運輸関連の実務をこなしてから練習する日々だったというが、5月24日に広島・安佐南区のスーパーマーケット駐車場で、買い物客から“下半身バットの素振り”を目撃された。

 通報により現行犯逮捕、本人は「間違いありません」と容疑を認めているという。いったい何のために下半身を露出していたのかはわかっていないが、この不祥事のためチームは、参戦中だった都市対抗野球の中国予選の出場辞退を決めており、周囲から厳しい目にさらされることになりそうだ。

 もうひとつ、心配されるのが妻であるタレント、木口亜矢との関係。堤容疑者は15年に結婚、昨年11月には第1子となる女児が誕生したばかりだった。

 木口はかつてKAT-TUNメンバーだった田中聖と渋谷・道玄坂でのデートが目撃されたことがあり、当時はチャラいキャラに見られていたが、結婚後に出演した番組では、もし夫が戦力外通告で野球選手ではなくなったとしても「ほかの仕事に就いて生活レベルが下がっても、幸せと思って過ごしたい」とけなげに話していた。

 これに共演者の森三中・大島美幸が「どうせダメになっちゃう。建設業とかやってもダメ」と厳しく断じ、物議を醸していた。それが当時は思いもしなかったであろう、まさかの“性犯罪の容疑者”という結末に。

 性犯罪を犯した野球選手は陰で笑い者になることもあり、堤容疑者の前途はかなり厳しいだろう。
(文=藤堂香貴/NEWSIDER Tokyo)

石橋貴明、ついにフジも見放した!?『みなおか』企画が特番化もMC交代! 今後はイベント営業のみ?

 5月26日、フジテレビにて『さんま&女芸人お泊まり会~初めて後輩に語る、62年走り続けた男の人生哲学~』というスペシャル番組が放送された。

 この番組は明石家さんまと今人気のある女芸人たちが1泊2日の箱根旅行に出掛け、道中に本音を語るという内容。さんまと女芸人たちの面白い掛け合いが好評だったのだが、一部からは“あの番組の企画”と酷似していたという声が上がっていたようだ。

「“あの番組”というのは、今年3月で放送終了したバラエティ番組『とんねるずのみなさんのおかげでした』(同)です。その中で過去に放送された石橋貴明さんと女芸人たちが旅行しするという企画『石橋温泉』にコンセプトがそっくりだと指摘の声が続々と上がっていました」(放送作家)

 確かに、 『さんま&女芸人〜』を見ると「石橋温泉」の女芸人と旅行する、MCに悩み相談をするなど、コンセプト以外にも内容も酷似。それゆえ、「石橋がMCから降ろされたのでは?」と疑問視する声が続々と上がっていた。

「今回の特番でMCがさんまさんに変わったことに、皆驚きを隠せなかったよう。石橋さんがMCを務めていただけに『タカさんじゃないのはどうして?』という声が。中には、『フジもついに貴明を見放したんだな』という声もありました。石橋さんといえば、4月からスタートしたバラエティ番組『石橋貴明のたいむとんねる』(同)が初回放送から低視聴率を記録。世間では、“石橋=オワコン”とイメージがついてることをようやくフジは知ったみたいです」(同)

 石橋への世間の評価が下がる中でのこの仕打ち。フジの現在の幹部は石橋と切磋琢磨してきた中で、強いコネクションがあるとも言われていたが、もしかしたら“遠まわしの戦力外通告”なのかもしれない。

「石橋さんは6月24日に地方で行われる競馬の『宝塚記念』のイベントに出演することが判明し、ネットで話題になっていますが、業界でも石橋さんがついに営業をするのかと騒然となっています。まあ、競馬好きの石橋さんなので、好きで出演したという見方もできますが、営業は若手や人気が落ちた芸人がするものですからね。テレビのレギュラーも1本ですし、これからどうなるのか……」(同)

 相方の木梨憲武も現在、俳優やアーティストとして活動。評価も高く、今後はひとりで活動していくのでは?とのウワサもある。

 石橋の正念場はまだまだ続くようだ。

石橋貴明、ついにフジも見放した!?『みなおか』企画が特番化もMC交代! 今後はイベント営業のみ?

 5月26日、フジテレビにて『さんま&女芸人お泊まり会~初めて後輩に語る、62年走り続けた男の人生哲学~』というスペシャル番組が放送された。

 この番組は明石家さんまと今人気のある女芸人たちが1泊2日の箱根旅行に出掛け、道中に本音を語るという内容。さんまと女芸人たちの面白い掛け合いが好評だったのだが、一部からは“あの番組の企画”と酷似していたという声が上がっていたようだ。

「“あの番組”というのは、今年3月で放送終了したバラエティ番組『とんねるずのみなさんのおかげでした』(同)です。その中で過去に放送された石橋貴明さんと女芸人たちが旅行しするという企画『石橋温泉』にコンセプトがそっくりだと指摘の声が続々と上がっていました」(放送作家)

 確かに、 『さんま&女芸人〜』を見ると「石橋温泉」の女芸人と旅行する、MCに悩み相談をするなど、コンセプト以外にも内容も酷似。それゆえ、「石橋がMCから降ろされたのでは?」と疑問視する声が続々と上がっていた。

「今回の特番でMCがさんまさんに変わったことに、皆驚きを隠せなかったよう。石橋さんがMCを務めていただけに『タカさんじゃないのはどうして?』という声が。中には、『フジもついに貴明を見放したんだな』という声もありました。石橋さんといえば、4月からスタートしたバラエティ番組『石橋貴明のたいむとんねる』(同)が初回放送から低視聴率を記録。世間では、“石橋=オワコン”とイメージがついてることをようやくフジは知ったみたいです」(同)

 石橋への世間の評価が下がる中でのこの仕打ち。フジの現在の幹部は石橋と切磋琢磨してきた中で、強いコネクションがあるとも言われていたが、もしかしたら“遠まわしの戦力外通告”なのかもしれない。

「石橋さんは6月24日に地方で行われる競馬の『宝塚記念』のイベントに出演することが判明し、ネットで話題になっていますが、業界でも石橋さんがついに営業をするのかと騒然となっています。まあ、競馬好きの石橋さんなので、好きで出演したという見方もできますが、営業は若手や人気が落ちた芸人がするものですからね。テレビのレギュラーも1本ですし、これからどうなるのか……」(同)

 相方の木梨憲武も現在、俳優やアーティストとして活動。評価も高く、今後はひとりで活動していくのでは?とのウワサもある。

 石橋の正念場はまだまだ続くようだ。

『おっさんずラブ』、ドラマ史に残る失恋シーンを演じた吉田鋼太郎の演技力

土曜の午後11時15分から放送されている『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)から目が離せない。人が人を好きになることの愛しさと哀しみを、ここまで描いた恋愛ドラマは久しぶりである。

 天空不動産に勤める33歳の春田創一(田中圭)は、ある日、尊敬する部長・黒澤武蔵(吉田鋼太郎)の携帯電話の待ち受け画面が、自分の写真だと知る。さらに、黒澤のパソコンには、自分の写真が大量に保存されていたことを知って驚くが、そのことを知られた黒澤は、春田のことが好きだったと告白し、妻と別れるから待っていてほしいと告げる。一方、春田とルームシェアをしている後輩の牧凌太(林遣都)も、実は春田に思いを寄せているのだ。

 本作は2016年の年末にSPドラマが放送された。上司と後輩から告白される男同士の三角関係はそのままだが、今回の連続ドラマ版では細かい設定と登場人物がリニューアルされた。中でも大きく変わったのが、黒澤部長がバツイチではなく、妻帯者という点だろう。そのため、黒澤部長が妻・蝶子(大塚寧々)に離婚を切り出すことから起こる大騒動も描かれる。

 仕事先に浮気相手の女がいると思った蝶子は黒澤部長の職場に乗り込むが、なぜか春田と浮気相手を探すことに。一方、営業部の主任・武川政宗(眞島秀和)が実は牧と元恋人だったことが判明し、物語は複雑な恋愛模様となっていく。

 物語は恋愛ドラマのよくあるパターンをなぞったもので、Aが好きな人はBが好きでBが好きな人はCが好きという片思いの連鎖で続いていく。それが男同士の関係だというのが本作の面白さだろう。こういうドラマは、同性愛を茶化して笑いの方向に持っていきがちだ。本作もSPドラマの時は、笑いに寄せていた部分が大きく、危ういところがあった。対して、連続ドラマでは、笑いの部分が集約されている。次々と男に告白されて戸惑う春田の困惑と、鈍感な春田に振り回される周囲の男たちの切なさに、笑いがまとまっているのだ。

 感心するのは、同性愛の壁だけでなく、会社の上司・部下という年齢と社会的立場の壁をも恋愛の枷として描いていることだ。SNSの感想を見ていると、「仕事を口実に春田と会おうとする黒澤部長のやり方は、パワーハラスメントなんじゃないか?」などという指摘も見受けられるが、筆者はそこにこそ、黒澤部長の抱える「おっさんの哀しさ」を見てしまう。

 中年男性のパワハラ、セクハラ問題が昨年から世の中を騒がしているが、そもそも社会的立場の高い中年男性が、年下の部下に対して恋愛感情を持った場合、他部下と平等に接しようとすること自体が難しく、本人が気をつけても力関係は働いてしまうだろう。愛情を向けようとしても、それ自体が暴力になってしまうことの悲哀。吉田鋼太郎はそんな黒澤部長の切ない姿を、コミカルかつ重厚な演技で表現している。

 吉田鋼太郎は現在59歳。故・蜷川幸雄の舞台の常連で、シェイクスピアやギリシア悲劇などの海外古典作品を得意とする舞台俳優として高い評価を受けていた。2010年代に入るとテレビドラマの出演が増え始め、『半沢直樹』(TBS系)などの作品で注目を集める。その人気が国民的なものとなったのは連続テレビ小説『花子とアン』(NHK)だろう。

 これは『赤毛のアン』の翻訳で知られる村岡花子(吉高由里子)と、彼女の親友である葉山蓮子(仲間由紀恵)の友情を描いたドラマだ。吉田が演じたのは、蓮子が無理やり結婚させられてしまう九州の炭鉱王・嘉納伝助。物語上の役割は、蓮子を縛りつける悪役だが、話数が進むに連れて人気が急上昇し、一時は主役を食う勢いだった。

 脚本を担当した中園ミホが、伝助を好きすぎて筆が乗った面もあると思うが、ここまで人気を得たのは、吉田の奥深い芝居もあるだろう。権力者としての伝助の奥にある強者の孤独と、蓮子に拒絶されながらも心の奥底では慕っているピュアな姿が、多くの視聴者から共感を呼んだのではないだろうか。

 おじさんが隠し持つピュアな気持ちを演じさせたら吉田鋼太郎は天才的で、それは『おっさんずラブ』でも炸裂している。

 第4話。春田は部長の告白に対して「ごめんなさい」と返事をする。「駄目なのは俺が上司だから? それとも男だから?」という部長に対して春田は「理想の上司だと心から思ってます」と断った上で、それは「恋愛感情じゃない」と言い、「僕は部長とまた、純粋な上司と部下の関係に戻りたいんです」「こんな僕を好きになってくれてありがとうございました」と告げる。春田の気持ちを理解した部長は毅然とした態度に戻り、上司として去っていく。

 「なんで? なんで?」と泣きじゃくる部長の姿には、妙な愛嬌があり、「お前は恋する乙女か?」と突っ込みたくなるが、その姿がちゃんと切実なものに映るのは、緩急の激しい吉田鋼太郎の演技に絶妙なバランス感覚があるからだろう。ドラマ史に残る失恋場面である。
(成馬零一)

『コンフィデンスマンJP』(フジテレビ系)三谷幸喜・クドカンにも劣らぬ古沢良太の手腕! 7話目にして“最高傑作”が誕生!

『コンフィデンスマンJP』の第7話「家族編」が5月21日に放送され、平均視聴率は8.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録した。

 リチャード(小日向文世)はバーで矢島理花(佐津川愛美)と出会う。現在、理花はスリ師をしているが、10億円の遺産を持つ与論要造(竜雷太)の末娘なのであった。ダー子(長澤まさみ)は、刑務所に服役中の理花に成りすまし、余命半年の要造から遺産をもらい受けようとする。しかし、18年ぶりに帰って来た理花がニセモノではないかと、兄・祐弥(岡田義徳)と姉・弥栄(桜井ユキ)は疑う。兄姉からの妨害を受けながら、ダー子は婚約者設定のボクちゃん(東出昌大)と共に、与論要造の信頼を勝ち取る日々が始まる。

 以上が「家族編」のあらすじ。視聴率は前回から0.6ポイント増。感想としては、「『コンフィデンスマンJP』に求めていた面白さはコレなのだ!」と断言できるほど、面白かった。今回は脚本の技術の高さに着眼点を置き、第7話の内容と魅力を振り返りたい。

(これまでのレビューはこちらから)

■『コンフィデンスマンJP』には“疑い”が欠けていた?

「面白いけれど、なぜか腑に落ちない」と、本作には何かが欠けていると感じてモヤッとしていた。しかし、第7話を見てモヤが晴れた。この物語には、ダー子たちに疑いの目を向ける存在が欠けていたのだ。疑り深かったのは第1話「ゴッドファーザー編」の江口洋介くらい。他の回のターゲットや周辺人物はスンナリとダー子たちに騙されてしまう。嘘が交錯するコンゲームというジャンルなのに、疑う存在がいなければ緊迫感は出ない。ノリや小ネタに誤魔化され、ハラハラドキドキという、コンゲームにおける楽しみの本質を忘れさせられていた。ある意味、このドラマに騙されていたのだ。

 第7話では、冒頭からダー子を偽物の理花だと気づき、疑う兄と姉の存在がある。屋敷のどこに理花の部屋があるかわかるだろう、と問われたり、DNA鑑定を持ちかけられたり、ピンチの場面が度々訪れる。また、家族というステージが緊張感を高めてくれた。家族には独自の文化と思い出がある、竜雷太演じる与論要造が「今年もアレが楽しみだな」と言えば、要造の言う“アレ”が何なのかわからないダー子たちは右往左往する。

「邪魔者の出現」と「難易度の高いステージの用意」。これらは基本要素であるが、第7話の面白さはそれに留まらない。古沢良太の特異性が存分に発揮されていた。

■脚本家・古沢良太の持つ、“ゲーム的展開”と“演歌の精神”

 まるでRPGゲームの世界を体験したような1時間だった。

 要造に実の娘だと思わせ10億円の遺産を騙し取るまでの“ゴール”。遺産を奪い合う兄姉という“敵”。獄中の理子から得た家族のエピソードという“アイテム”。アイテムの中に、「理子が家族からイジメを受けていた」というカードがある。このカードをどのタイミングで切るのかが、作中の楽しみでもあった。

 屋敷の中で展開する物語であるが、“ステージ”もめくるめく展開を見せる。以下、ネタばれ注意ではあるが……

1、 実の娘だと信じさせるため、兄姉の妨害を乗り越える。

2、兄姉がダー子たちと同じ遺産目当ての偽物の息子&娘だと気づく。

同時にダー子たちも偽物とバレ、牽制し合いながらの要造への媚売り合戦が展開。

3、要造の望みが建前の媚売りでなく本音でぶつかり合える家族の存在だとわかる。

敵対した兄姉と協力し合い、ケンカも罵倒もある普通の家族を目指す。

 遺産10億円ゲットという大目的のため、中間目標が変わりダー子たちの行動ラインまで変化していく。この後も予想を裏切る展開が続くが、オンデマンドで最後まで見てほしい。前述した「本物の理子がイジメを受けていた」というカードを切るタイミングが抜群だったからこそ、ハラハラドキドキ展開のコンゲームは、感動のヒューマンドラマへと変貌する。今まで媚売りに始終していたダー子たちが、要造の望みを知った後での食卓のシーンは、涙がこぼれる。現代日本で家族の食卓がノスタルジーと化してしまったのだと気づかされ、切ない気持ちにさせられた。

 古沢良太の脚本の良さは、視聴者を飽きさせないゲーム的な展開と胸に染みる演歌な部分にある。その両方を併せ持つ脚本家は国内に古沢良太、ただ一人だと思う。

■コメディ作家BIG3古沢良太・宮藤官九郎・三谷幸喜の違いとは?

 古沢良太はビッグネーム故に、三谷幸喜や宮藤官九郎と比較されたり、並べられることがある。同じコメディのジャンルを得意とする3人であるが、笑いのトリガーは明確に違う。しかし、第7話「家族編」は古沢良太の独自の良さに加え、三谷幸喜と宮藤官九郎の得意とする技まで駆使されていた。そのため、コメディ作家大御所3人の違いについて触れてみたい。

 まずは三谷幸喜。彼の笑いは、“状況”で引き起こされる。映画『ラヂオの時間』『THE 有頂天ホテル』やドラマ『王様のレストラン』(フジテレビ系)、どの作品も限定された空間で起きてほしくないトラブルに登場人物たちが見舞われる。そして登場人物は誰もが真剣だからこそ、ミスをする際には笑えてしまう。焦って下手を打つ者、考えすぎて見当違いをする者、欲に駆られて事態が見えなくなる者。トラブルの中でそれぞれの個性が浮き彫りとなり、人間ドラマが生じていく。だからこそ、“ドタバタ”ではなく“喜劇”と呼ばれ、作風には気品すら感じられる。

 次に宮藤官九郎。彼の作品の笑いの肝は“緩急”にある。例えば『あまちゃん』(NHK総合)では、天野春子(小泉今日子)の傍若無人な振る舞いで笑いが起き、娘を想う繊細な親心に泣かされる。上京とアイドルになる不安を感じる娘・アキ(能年玲奈)に 「私変わった(成長した)?」と問われた際の返答は圧巻だ。

「変わってないよ、アキは。昔も今も、地味で暗くて向上心も協調性も存在感も個性も華もないパッとしない子だけど……だけど、みんなに好かれたね。こっち(岩手)に来て、みんなに好かれた。あんたじゃなくてみんなが変わったんだよ。自信持ちなさい、それはね案外すごいことなんだからね」

 おバカさと真面目さのギャップに魅せられて、登場人物たちは視聴者の心に寄り添う友達となる。だからクドカンドラマの最終回はいつも寂しくなってしまう。

 そして、古沢良太の笑いのトリガーはどこにあるのか? それは登場人物同士の“対立”の中にある。文学ニートとリケジョの恋を描いた『デート』(フジテレビ系)、悪徳弁護士と清廉潔白な弁護士の活躍を描いた『リーガルハイ』(同)。意見の違う者同士のチグハグ感に笑い、相反する主張から物事の本質まで見えそうになる。

 本作第7話「家族編」に話を戻すと、ピンチが次々に起きる“状況”設定には三谷幸喜を、コメディとヒューマンの“緩急”は宮藤官九郎を彷彿とさせた。そして古沢良太自身が得意とする“対立”構図の果てに、家族の本質は血の繋がりには無いというメッセージ性まで感させる。

 無駄な小ネタや自分の見せたい画に執着しなかった三橋利行氏の演出も相まって、古沢良太の脚本の良さが見えたのかもしれない。残り3話。古沢脚本×三橋監督のコンビをまた見られることを期待しつつ、第8話「美のカリスマ編」も楽しみにしたい。

(文=許婚亭ちん宝)

『コンフィデンスマンJP』(フジテレビ系)三谷幸喜・クドカンにも劣らぬ古沢良太の手腕! 7話目にして“最高傑作”が誕生!

『コンフィデンスマンJP』の第7話「家族編」が5月21日に放送され、平均視聴率は8.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録した。

 リチャード(小日向文世)はバーで矢島理花(佐津川愛美)と出会う。現在、理花はスリ師をしているが、10億円の遺産を持つ与論要造(竜雷太)の末娘なのであった。ダー子(長澤まさみ)は、刑務所に服役中の理花に成りすまし、余命半年の要造から遺産をもらい受けようとする。しかし、18年ぶりに帰って来た理花がニセモノではないかと、兄・祐弥(岡田義徳)と姉・弥栄(桜井ユキ)は疑う。兄姉からの妨害を受けながら、ダー子は婚約者設定のボクちゃん(東出昌大)と共に、与論要造の信頼を勝ち取る日々が始まる。

 以上が「家族編」のあらすじ。視聴率は前回から0.6ポイント増。感想としては、「『コンフィデンスマンJP』に求めていた面白さはコレなのだ!」と断言できるほど、面白かった。今回は脚本の技術の高さに着眼点を置き、第7話の内容と魅力を振り返りたい。

(これまでのレビューはこちらから)

■『コンフィデンスマンJP』には“疑い”が欠けていた?

「面白いけれど、なぜか腑に落ちない」と、本作には何かが欠けていると感じてモヤッとしていた。しかし、第7話を見てモヤが晴れた。この物語には、ダー子たちに疑いの目を向ける存在が欠けていたのだ。疑り深かったのは第1話「ゴッドファーザー編」の江口洋介くらい。他の回のターゲットや周辺人物はスンナリとダー子たちに騙されてしまう。嘘が交錯するコンゲームというジャンルなのに、疑う存在がいなければ緊迫感は出ない。ノリや小ネタに誤魔化され、ハラハラドキドキという、コンゲームにおける楽しみの本質を忘れさせられていた。ある意味、このドラマに騙されていたのだ。

 第7話では、冒頭からダー子を偽物の理花だと気づき、疑う兄と姉の存在がある。屋敷のどこに理花の部屋があるかわかるだろう、と問われたり、DNA鑑定を持ちかけられたり、ピンチの場面が度々訪れる。また、家族というステージが緊張感を高めてくれた。家族には独自の文化と思い出がある、竜雷太演じる与論要造が「今年もアレが楽しみだな」と言えば、要造の言う“アレ”が何なのかわからないダー子たちは右往左往する。

「邪魔者の出現」と「難易度の高いステージの用意」。これらは基本要素であるが、第7話の面白さはそれに留まらない。古沢良太の特異性が存分に発揮されていた。

■脚本家・古沢良太の持つ、“ゲーム的展開”と“演歌の精神”

 まるでRPGゲームの世界を体験したような1時間だった。

 要造に実の娘だと思わせ10億円の遺産を騙し取るまでの“ゴール”。遺産を奪い合う兄姉という“敵”。獄中の理子から得た家族のエピソードという“アイテム”。アイテムの中に、「理子が家族からイジメを受けていた」というカードがある。このカードをどのタイミングで切るのかが、作中の楽しみでもあった。

 屋敷の中で展開する物語であるが、“ステージ”もめくるめく展開を見せる。以下、ネタばれ注意ではあるが……

1、 実の娘だと信じさせるため、兄姉の妨害を乗り越える。

2、兄姉がダー子たちと同じ遺産目当ての偽物の息子&娘だと気づく。

同時にダー子たちも偽物とバレ、牽制し合いながらの要造への媚売り合戦が展開。

3、要造の望みが建前の媚売りでなく本音でぶつかり合える家族の存在だとわかる。

敵対した兄姉と協力し合い、ケンカも罵倒もある普通の家族を目指す。

 遺産10億円ゲットという大目的のため、中間目標が変わりダー子たちの行動ラインまで変化していく。この後も予想を裏切る展開が続くが、オンデマンドで最後まで見てほしい。前述した「本物の理子がイジメを受けていた」というカードを切るタイミングが抜群だったからこそ、ハラハラドキドキ展開のコンゲームは、感動のヒューマンドラマへと変貌する。今まで媚売りに始終していたダー子たちが、要造の望みを知った後での食卓のシーンは、涙がこぼれる。現代日本で家族の食卓がノスタルジーと化してしまったのだと気づかされ、切ない気持ちにさせられた。

 古沢良太の脚本の良さは、視聴者を飽きさせないゲーム的な展開と胸に染みる演歌な部分にある。その両方を併せ持つ脚本家は国内に古沢良太、ただ一人だと思う。

■コメディ作家BIG3古沢良太・宮藤官九郎・三谷幸喜の違いとは?

 古沢良太はビッグネーム故に、三谷幸喜や宮藤官九郎と比較されたり、並べられることがある。同じコメディのジャンルを得意とする3人であるが、笑いのトリガーは明確に違う。しかし、第7話「家族編」は古沢良太の独自の良さに加え、三谷幸喜と宮藤官九郎の得意とする技まで駆使されていた。そのため、コメディ作家大御所3人の違いについて触れてみたい。

 まずは三谷幸喜。彼の笑いは、“状況”で引き起こされる。映画『ラヂオの時間』『THE 有頂天ホテル』やドラマ『王様のレストラン』(フジテレビ系)、どの作品も限定された空間で起きてほしくないトラブルに登場人物たちが見舞われる。そして登場人物は誰もが真剣だからこそ、ミスをする際には笑えてしまう。焦って下手を打つ者、考えすぎて見当違いをする者、欲に駆られて事態が見えなくなる者。トラブルの中でそれぞれの個性が浮き彫りとなり、人間ドラマが生じていく。だからこそ、“ドタバタ”ではなく“喜劇”と呼ばれ、作風には気品すら感じられる。

 次に宮藤官九郎。彼の作品の笑いの肝は“緩急”にある。例えば『あまちゃん』(NHK総合)では、天野春子(小泉今日子)の傍若無人な振る舞いで笑いが起き、娘を想う繊細な親心に泣かされる。上京とアイドルになる不安を感じる娘・アキ(能年玲奈)に 「私変わった(成長した)?」と問われた際の返答は圧巻だ。

「変わってないよ、アキは。昔も今も、地味で暗くて向上心も協調性も存在感も個性も華もないパッとしない子だけど……だけど、みんなに好かれたね。こっち(岩手)に来て、みんなに好かれた。あんたじゃなくてみんなが変わったんだよ。自信持ちなさい、それはね案外すごいことなんだからね」

 おバカさと真面目さのギャップに魅せられて、登場人物たちは視聴者の心に寄り添う友達となる。だからクドカンドラマの最終回はいつも寂しくなってしまう。

 そして、古沢良太の笑いのトリガーはどこにあるのか? それは登場人物同士の“対立”の中にある。文学ニートとリケジョの恋を描いた『デート』(フジテレビ系)、悪徳弁護士と清廉潔白な弁護士の活躍を描いた『リーガルハイ』(同)。意見の違う者同士のチグハグ感に笑い、相反する主張から物事の本質まで見えそうになる。

 本作第7話「家族編」に話を戻すと、ピンチが次々に起きる“状況”設定には三谷幸喜を、コメディとヒューマンの“緩急”は宮藤官九郎を彷彿とさせた。そして古沢良太自身が得意とする“対立”構図の果てに、家族の本質は血の繋がりには無いというメッセージ性まで感させる。

 無駄な小ネタや自分の見せたい画に執着しなかった三橋利行氏の演出も相まって、古沢良太の脚本の良さが見えたのかもしれない。残り3話。古沢脚本×三橋監督のコンビをまた見られることを期待しつつ、第8話「美のカリスマ編」も楽しみにしたい。

(文=許婚亭ちん宝)

嵐・二宮和也『ブラックペアン』が犯した失敗……『水戸黄門』パターンからの脱却なるか

 嵐・二宮和也が孤高の天才外科医を演じる日曜劇場『ブラックペアン』(TBS系)も第6話。視聴率は13.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、今回も横ばいです。毎回、同じような展開なので、このままだと下がっていくかもしれません。今回はちょっと前に進んだけど。

 というわけで、振り返りましょう。

前回までのレビューはこちらから

■ニノちゃんは、あいかわらずかわゆい。

 見るからに悪童っぽい外科医・渡海(二宮)は、今回もシーン単体で見れば、非常にかわゆい立ち居振る舞いのオンパレードでした。

 先輩医師が腫瘍の取り残しというミスをしてしまったときの「和解金2,000万円を要求します」とか、落盤事故でケガ人が27人も搬送されてきたときに、研修医の世良くん(竹内涼真)に言った「一人も殺すなよ、動け!」とか、患者の危機一髪のときにアウトフォーカスから手術室に入ってくるとこなんてもう「キター!」って感じで、たまらんですね。たまらん。かわゆい。

 ニノ以外のキャストも、これもシーン単体で見ればという話ですが、全然悪くないです。高階講師(小泉孝太郎)が上司の命令と患者の命の間で揺れ動く瞬間も、治験コーディネーター・香織(加藤綾子)の得も言われぬ色気も、回を重ねるごとに汚れみが増していく佐伯教授(内野聖陽)も、まるで合いの手のように折に触れてアップショットが抜かれる関川先生(今野浩喜)もよい。前回からゲストで出ているジャストミート福澤も、『陸王』(同)の松岡修造と同様に、日曜劇場が発掘した俳優として今後、世に出ていくかもしれない。

 でも、いずれも「シーン単体で見たら」です。お話の登場人物としてキャラクターを演じきれているかといえば、まったくできてない。なぜなら、シナリオの時点でキャラクターが破綻しているからです。

■怒れよ、渡海。

 前回までにさんざん申し上げております通り、『ブラックペアン』は『水戸黄門』のような“お約束”を楽しむ作品でした。高階や、その他のいけすかない医者がメカやロボを使って奇をてらった術式の手術を強行し、失敗する。天才・渡海がそれを、基本に忠実な手技でリカバリーして命を救う。あくまで、そのパターンを守ることに時間を費やしています。

 そのパターンの中でバリエーションを出すのも大変で、実際、このところマンネリ化が目立っていた同作ですが、今回は「患者が渡海の母親」ということで、パターンの中で大きな揺らぎを生み出せる設定が投入されました。

 ここまで、あくまにクールを気取ってきた渡海でしたが、母親に対して奇をてらった手術をされ、しかも失敗されるとなれば、怒り狂ってもおかしくない。もう6話ですし、そろそろ渡海のそういう姿を見せてほしいと期待していたんです。

 が、まったく、不自然なくらいに、いつもの渡海でした。

「ほかのオペに入っていたから」という理由で誰かが勝手に母ちゃんの胸を開けても、さして怒らない。「腫瘍を取り残す」というミスを犯されても、「2,000万円くれ」とは言うものの、別に怒らない。高階が奇をてらったロボによる再手術の同意書を渡海に内緒で勝手に書かせても怒らないし、輸血用の血が足りないのにロボ手術を強行しても怒らない。あげく高階がロボ手術をミスって母ちゃんが死にかけても怒らない。いつも通り、ささっとリカバリーして嫌味を言って去っていくだけ。

 控え目に言って、こいつ頭おかしいんじゃねえかと思いました。目の前で母ちゃんが殺されかけてるのに、なんでそんな感じなの? バカなの?

 今回、渡海は取り乱さなければいけなかったと思うんです。母ちゃんを殺されることに恐怖しなければならなかった。これじゃ母ちゃんを患者にした意味がないんです。

 さらに今回、近所で落盤事故が起きて27人が緊急搬送されてくるという事態も発生しました。この27人も、渡海は全員助けちゃった。27人もいれば病院に着いた時点で死んでる人もいそうですが、全員助けちゃった。

 そうして母ちゃんと27人の負傷者を平常運転で救ってしまったことによって、渡海という医者は「治せる患者は全員治せる」天才外科医から「誰でも、どんなケガでも病気でも、どんなタイミングでも、絶対に治せる」魔法使いになってしまっている。しかも、渡海と母親の間に“何もない”ので2人の関係性を描くこともできず、渡海が「母ちゃんが死にそうでも平気」な、たいへん珍しい人物に見えてしまっている。

 普通の医療ドラマなら、より医者の心情を深堀りできるはずの「肉親が患者」という設定が、渡海の人格破綻をさらに加速させるという、これは明らかに失敗していると感じました。

■『水戸黄門』からの脱却

 なぜそんな失敗が起こったかというと、「患者が母親」の投入は、決してパターン内でのマンネリ打破のためではなかったからです。うっすらとパターンの外で語られてきた「ブラックペアンって何?」「渡海と佐伯教授の因縁っぽいのは何?」という本筋に展開を与えるために、佐伯教授の過去を知る人物として母親が必要だった。

 だったら普通に出して、普通にエピソードを絡めて説明すればいいのに、「せっかく母親出すんだから、病気にしちゃえ! 瀕死にしちゃえ! 感動するだろ!」というドラマの強欲が出た結果でしょう。で、「天才外科医が母親を救う」というシチュエーションは、細部がどうあれ感動的に見えてしまう。

 とにかく強欲なんです、『ブラックペアン』というドラマは。何もかも詰め込んで押し通そうという姿勢がすごい。とにかく渡海は比類なき天才であるべきだし、最新医療機器はどんどん出すべきだし、そういう最新ロボは失敗するべきだし、竹内涼真は泣いているべきだし、権力闘争中の大人たちは徹底的に卑怯であるべきだし……そういう出力最優先主義というか、物量主義というか、強引で豊饒な作劇の悪いところが全部出たのが今回だったように思うんです。

 これが、やっぱりそこそこ面白いというのが、始末の悪いところなんですよねえ。
(文=どらまっ子AKIちゃん)

嵐・二宮和也『ブラックペアン』が犯した失敗……『水戸黄門』パターンからの脱却なるか

 嵐・二宮和也が孤高の天才外科医を演じる日曜劇場『ブラックペアン』(TBS系)も第6話。視聴率は13.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、今回も横ばいです。毎回、同じような展開なので、このままだと下がっていくかもしれません。今回はちょっと前に進んだけど。

 というわけで、振り返りましょう。

前回までのレビューはこちらから

■ニノちゃんは、あいかわらずかわゆい。

 見るからに悪童っぽい外科医・渡海(二宮)は、今回もシーン単体で見れば、非常にかわゆい立ち居振る舞いのオンパレードでした。

 先輩医師が腫瘍の取り残しというミスをしてしまったときの「和解金2,000万円を要求します」とか、落盤事故でケガ人が27人も搬送されてきたときに、研修医の世良くん(竹内涼真)に言った「一人も殺すなよ、動け!」とか、患者の危機一髪のときにアウトフォーカスから手術室に入ってくるとこなんてもう「キター!」って感じで、たまらんですね。たまらん。かわゆい。

 ニノ以外のキャストも、これもシーン単体で見ればという話ですが、全然悪くないです。高階講師(小泉孝太郎)が上司の命令と患者の命の間で揺れ動く瞬間も、治験コーディネーター・香織(加藤綾子)の得も言われぬ色気も、回を重ねるごとに汚れみが増していく佐伯教授(内野聖陽)も、まるで合いの手のように折に触れてアップショットが抜かれる関川先生(今野浩喜)もよい。前回からゲストで出ているジャストミート福澤も、『陸王』(同)の松岡修造と同様に、日曜劇場が発掘した俳優として今後、世に出ていくかもしれない。

 でも、いずれも「シーン単体で見たら」です。お話の登場人物としてキャラクターを演じきれているかといえば、まったくできてない。なぜなら、シナリオの時点でキャラクターが破綻しているからです。

■怒れよ、渡海。

 前回までにさんざん申し上げております通り、『ブラックペアン』は『水戸黄門』のような“お約束”を楽しむ作品でした。高階や、その他のいけすかない医者がメカやロボを使って奇をてらった術式の手術を強行し、失敗する。天才・渡海がそれを、基本に忠実な手技でリカバリーして命を救う。あくまで、そのパターンを守ることに時間を費やしています。

 そのパターンの中でバリエーションを出すのも大変で、実際、このところマンネリ化が目立っていた同作ですが、今回は「患者が渡海の母親」ということで、パターンの中で大きな揺らぎを生み出せる設定が投入されました。

 ここまで、あくまにクールを気取ってきた渡海でしたが、母親に対して奇をてらった手術をされ、しかも失敗されるとなれば、怒り狂ってもおかしくない。もう6話ですし、そろそろ渡海のそういう姿を見せてほしいと期待していたんです。

 が、まったく、不自然なくらいに、いつもの渡海でした。

「ほかのオペに入っていたから」という理由で誰かが勝手に母ちゃんの胸を開けても、さして怒らない。「腫瘍を取り残す」というミスを犯されても、「2,000万円くれ」とは言うものの、別に怒らない。高階が奇をてらったロボによる再手術の同意書を渡海に内緒で勝手に書かせても怒らないし、輸血用の血が足りないのにロボ手術を強行しても怒らない。あげく高階がロボ手術をミスって母ちゃんが死にかけても怒らない。いつも通り、ささっとリカバリーして嫌味を言って去っていくだけ。

 控え目に言って、こいつ頭おかしいんじゃねえかと思いました。目の前で母ちゃんが殺されかけてるのに、なんでそんな感じなの? バカなの?

 今回、渡海は取り乱さなければいけなかったと思うんです。母ちゃんを殺されることに恐怖しなければならなかった。これじゃ母ちゃんを患者にした意味がないんです。

 さらに今回、近所で落盤事故が起きて27人が緊急搬送されてくるという事態も発生しました。この27人も、渡海は全員助けちゃった。27人もいれば病院に着いた時点で死んでる人もいそうですが、全員助けちゃった。

 そうして母ちゃんと27人の負傷者を平常運転で救ってしまったことによって、渡海という医者は「治せる患者は全員治せる」天才外科医から「誰でも、どんなケガでも病気でも、どんなタイミングでも、絶対に治せる」魔法使いになってしまっている。しかも、渡海と母親の間に“何もない”ので2人の関係性を描くこともできず、渡海が「母ちゃんが死にそうでも平気」な、たいへん珍しい人物に見えてしまっている。

 普通の医療ドラマなら、より医者の心情を深堀りできるはずの「肉親が患者」という設定が、渡海の人格破綻をさらに加速させるという、これは明らかに失敗していると感じました。

■『水戸黄門』からの脱却

 なぜそんな失敗が起こったかというと、「患者が母親」の投入は、決してパターン内でのマンネリ打破のためではなかったからです。うっすらとパターンの外で語られてきた「ブラックペアンって何?」「渡海と佐伯教授の因縁っぽいのは何?」という本筋に展開を与えるために、佐伯教授の過去を知る人物として母親が必要だった。

 だったら普通に出して、普通にエピソードを絡めて説明すればいいのに、「せっかく母親出すんだから、病気にしちゃえ! 瀕死にしちゃえ! 感動するだろ!」というドラマの強欲が出た結果でしょう。で、「天才外科医が母親を救う」というシチュエーションは、細部がどうあれ感動的に見えてしまう。

 とにかく強欲なんです、『ブラックペアン』というドラマは。何もかも詰め込んで押し通そうという姿勢がすごい。とにかく渡海は比類なき天才であるべきだし、最新医療機器はどんどん出すべきだし、そういう最新ロボは失敗するべきだし、竹内涼真は泣いているべきだし、権力闘争中の大人たちは徹底的に卑怯であるべきだし……そういう出力最優先主義というか、物量主義というか、強引で豊饒な作劇の悪いところが全部出たのが今回だったように思うんです。

 これが、やっぱりそこそこ面白いというのが、始末の悪いところなんですよねえ。
(文=どらまっ子AKIちゃん)