未知なる性感帯を探り当てられたような、自分では気づいていなかった性癖を暴かれたような、そんなエロティックな喜びがある。ポーランド映画『ゆれる人魚』は、これまでちょっと観たことのないタイプの官能系ホラーミュージカルだ。美しい裸体をくねらせる人魚姉妹のストリップ&歌唱シーンに、思わず骨盤の奥のあたりが疼き始めてしまう。背徳感溢れる92分間の映像世界に、すっかり身も心も虜になってしまう。
本作の主人公となるのは、セイレーン伝説で知られる2人の人魚たちだ。かつて人魚は、美しい歌声で船乗りたちを惑わし、次々と船を沈めては船乗りたちの肉をむさぼり喰ったと欧州では言い伝えられてきた。そんな恐ろしい伝説を持つ人魚姉妹が近現代のポーランドに現われ、都会のナイトクラブでステージデビューを果たすことになる。シルバーとゴールデンという名の美しい人魚姉妹は、自慢の歌声でたちまちナイトクラブの人気者となっていく。人魚姉妹は歌い、踊る。男たちを喰い殺したいという願望を優しい笑顔で隠しながら。
人魚姉妹のシルバー(マルタ・マズレク)とゴールデン(ミハリーナ・オルシャンスカ)が、とても魅力的だ。名前はシルバーだが金髪の姉はイノセントタイプ、妹のゴールデンはブルネットヘアにクールなルックスで、それぞれ男心を掻き立てる。海から陸に上がった人魚姉妹は人間の姿に変身しているが、ナイトクラブの支配人(ジグムント・マラノヴィッチ)が2人を丸裸にしてボディチェックをすると、シルバー&ゴールデンの下半身には女性器もヘアもアヌスも存在しないことが分かる。2人の下半身は人間に変身したときだけの仮の姿だからだ。ところが、この美少女たちに少量の水を垂らすと、2人は我慢できずにヌメヌメとした元の人魚の姿に戻ってしまう。人間ならざるものたちの妖しい姿に、ますます惹き付けられてしまう。
夜も更け、いよいよナイトクラブでのステージが幕を開ける。2人の美少女シルバー&ゴールデンのデビューライブに、ウォッカを片手にした客たちは大喜びだ。ちなみにこの映画の時代&舞台設定は1980年代のポーランドの首都ワルシャワ。当時のポーランドは共産政権時代末期にあたり、普段は質素な生活を強いられていた市民たちは週末のナイトクラブでのみ自由を謳歌した。
70~80年代のノリのいい欧米のディスコサウンドが生演奏される中、シルバー&ゴールデンは楽しげに歌い踊る。そしてすっぽんぽんとなり、ステージ中央に置かれた巨大水槽へ飛び込み、人魚姿を披露する。美少女たちのこの大イリュージョンを、観客たちは大歓声で讃えまくった。共産時代のアンダーグランドカルチャーが、当時のポーランドを知らない人間にはとても新鮮なものに映る。ロシアやドイツなど強国の支配に抑圧され続けたポーランド市民の歪んだ欲望と人魚姉妹の妖しさとがスパークしたライブステージに、観る者は禁断の喜びを覚えずにはられない。
こんな妖艶な人魚姉妹を、男たちが放っておくはずがない。姉シルバーはバックバンドの若いベーシスト(ヤーコブ・ジェルシャル)とたちまち恋に堕ちていく。アンデルセンの童話『人魚姫』のような、甘いラブロマンスが奏でられることに。一方のゴールデンは人間の男を毛嫌いしており、自分に近づく男たちを誰もいない場所に呼び出しては、エロい妄想で頭がいっぱいな男の首筋に鋭い牙で噛み付く。返り血を浴びたゴールデンは元の人魚の姿に戻り、本能の赴くまま毒ウツボのような長い下半身を気持ちよさげにくねらせる。ステージではぴったり息の合ったデュエットを披露するシルバー&ゴールデンだが、2人の性格はまるで正反対だった。
本作で長編デビューを飾ったアグニェシュカ・スモチンスカ監督は、1978年のポーランド生まれの女性監督。母親が経営するナイトクラブのバックステージで少女期を過ごし、そんな彼女自身の大人の世界を垣間みた鮮烈な記憶をベースにした幻想譚となっている。主人公のシルバー&ゴールデンはセイレーン伝説やアンデルセン童話などの旧来の人魚イメージをまとっているが、異なる性格の人魚姉妹はその皮を一枚剥ぐと、中からは大人の女になる直前の“少女”という名のリアルモンスターが現われる。少女はその清純な魅力で男たちを虜にしてしまうが、同時に男たちを憎み、殺意すら抱いている。その相反する少女の二面性こそがシルバー&ゴールデンという人魚姉妹に姿を変え、ステージで歌い、そして踊っているのだ。少女の寿命はとても短い。そのことを知っている彼女たちは、男の新鮮な肉を喰らうことで妖しい魅力を保ち続けている。
ストーリーとは直接関係はないが、バックバンドのバンマス格にあたるドラマー(アンジェイ・コノプカ)と歌手のクリシア(キンガ・プレイス)が、初ステージを控えたシルバーとゴールデンにアドバイスするひと言が印象的だ。
「ライブで100%の力を発揮することは大事。でも、200%の力は発揮するな」
多くの新人たちが一瞬の閃光を放ち、そして消えていったステージを見届けてきたベテランの2人らしい、味のある言葉ではないか。この映画を観た者は多分、シルバーかゴールデンのどちらかに100%惚れてしまうだろう。だが、200%の力で恋をするのはやめたほうがいい。200%の力で恋をすると、もう二度と後戻りできないようになってしまうから。
(文=長野辰次)

『ゆれる人魚』
監督/アグニェシュカ・スモチンスカ
出演/キンガ・プレイス、ミハリーナ・オルシャンスカ、マルタ・マズレク、ヤーコブ・ジェルシャル、アンジェイ・コノプカ
配給/コピアポア・フィルム R15+ 2月10日より新宿シネマカリテほか全国ロードショー中
C)2015WFDIF, TELEWIZJA POLSKA S.A, PLATIGE IMAGE
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