松岡茉優はけっこう芸歴が長い。ジュニア時代には園子温監督のブレイク作『愛のむきだし』(09)にヒロイン・満島ひかりを慕う親戚の女の子役でちょい出演し、人気番組『おはスタ』(テレビ東京系)のおはガールも務めていた。『おはスタ』卒業後は本格的に女優の道を歩み出し、吉田大八監督の『桐島、部活やめるってよ』(12)で東出昌大の彼女、朝ドラ『あまちゃん』(NHK総合)でアイドルグループ「GMT」のリーダーを演じるも、作品世界にあまりにも同化しすぎて、松岡の存在は印象に残らないという不憫な状況に陥っていた。役へのなりきりぶりが災いした格好だった。
ところが、2016年にオンエアされた深夜ドラマ『その「おこだわり」、私にもくれよ!』(テレビ東京系)や大河ドラマ『真田丸』(NHK総合)など素の松岡を“当て書き”した作品に出演し、いっきに輝きを増すようになった。そんな松岡にとって、待望の映画初主演作となるのが綿矢りさ原作『勝手にふるえてろ』だ。
松岡演じる主人公・ヨシカはかなり重度なこじらせ女子である。OLとして地味に経理の仕事をこなしているが、頭の中は煩悩だらけ。中学時代にずっと片想いしていた“憧れの王子さま”イチ(北村匠海)のことが忘れられず、イチとのほんのちょっとした会話やチラッと目線が合ったときの記憶を反芻してはニヤニヤしている。ちなみにヨシカから告白したり、卒業後に連絡しようと働き掛けたことはいっさいなし。記憶の中のイチを召喚しては、甘酸っぱい想いに駆られる毎日だった。
そんな“痛い女”ヨシカでも、「俺と付き合ってください」とアタックしてくる男がいる。同期入社した営業部のニ(渡辺大知)だった。王子さま系には程遠いニは、ヨシカのタイプではまったくないものの、人生で初めてコクられて悪い気はしない。いつも挨拶を交わしている近所の釣りおじさん(古舘寛治)やアパートの隣人(片桐はいり)たちに鼻高々に自慢するヨシカ。かなり面倒くさい女である。
正直、ヨシカにとってストライクゾーンではない“うざい系”のニだが、ヨシカはヨシカで週末に一緒に出掛ける相手もいない。強引なニに渋々つきあううちに、次第に感化されるようになっていく。ニはヨシカとお近づきになりたくて、営業部の同期に頼んで経理部女子との飲み会をセッティングしてもらったと打ち明ける。いつもはニのことを見下している上から目線のヨシカだが、ちゃっかりニの戦術をパクって中学時代の同窓会を企画することに。ヨシカはクラスではまるで目立たない存在だったので、米国留学中の同級生の名前を騙った偽SNSで動員を謀る。もちろん同窓会の目的はただひとつ、卒業以来まったく逢っていないイチと再会するためだ。男性経験ゼロなヨシカだが、理想の彼・イチと現実世界の彼・ニとの二股交際に走る貪欲ガールへと変貌していく。
理想と現実との狭間で見苦しくジタバタとあがくヨシカを見て、女性だけでなく男性も「これは自分自身の物語だ」と思うのではないだろうか。誰もが“理想の恋人”とつきあいたいと願う。でも、その“理想の恋人”はあくまでも自分の頭の中で描いている想像上の生き物でしかない。実際に憧れの相手と交際できたとしても、「自分の理想像と違う」と早々に幻滅するか、自分の理想像へ矯正しようとし、諍いが起きる。結局、自分が愛していたのは自分が勝手に思い描いていた理想像でしかない。理想の王子さま像にこだわり続けるヨシカは相当に痛々しいが、まったくの赤の他人とは思えない。ヨシカの暴走ぶりに笑いながらも、観ているこちらの胸にグサグサと突き刺さるシーンの連続となっている。
ストライクゾーンが異様に狭いヨシカにまとわりつき、ストライクゾーンの中へ強引に入り込もうとするのが、ミュージシャンでもある渡辺大知演じる人間臭い男・ニである。ニは自分の趣味である渓流釣りや卓球へとヨシカを無理矢理に連れ出す。そんなニの無神経さはいちいちヨシカの神経を逆なでするが、会社以外はアパートに篭りっきりのヨシカにとっては新鮮な世界であるのも確かだった。それはニにとっても同じだった。自分とは異なる価値観の持ち主とのコミュニケーションに戸惑い、ふるえ、つまずきながらも、ヨシカとニはお互いの距離を少しずつ縮めていくことになる。
芥川賞作家・綿矢りさが2010年に発表した中編小説を、大九明子監督は大胆に脚色している。原作小説ではヨシカ、イチ、ニ、ヨシカの同僚・くるみ(石橋杏奈)と登場人物が限られていたが、映画版ではヨシカと顔なじみの釣りおじさん、アパートの隣人、コンビニの店員(柳俊太郎)、最寄り駅の駅員(前野朋哉)、行きつけのカフェのウエイトレス(趣里)ら個性豊かな仲間たちとのやりとりを交えた賑やかなコメディ快作となった。クライマックスにはミュージカルパートも用意され、松岡が切々と“痛ガール”の心情を歌い上げる挿入歌「アンモナイト」も見どころ・聴きどころとなっている。松岡の素顔を大九監督が当て書きしたシナリオだが、20代の頃にお笑い芸人を真剣に目指すも挫折した経験を持つ大九監督のこじらせた過去も投影したものとなっている。こじらせた青春を過ごした人ほど、ヨシカのことがますます愛おしく思えてくるに違いない。
ヨシカが「勝手にふるえてろ」と呟く場面も呟く相手も、原作と映画ではまったく異なるものとなっている。換骨奪胎とも言えるアレンジとなった映画『勝手にふるえてろ』の世界で、女優・松岡茉優は他の誰にも似ていない輝きを放っている。
(文=長野辰次)

『勝手にふるえてろ』
原作/綿矢りさ 監督・脚本/大九明子
出演/松岡茉優、渡辺大知、石橋杏奈、北村匠海、趣里、前野朋哉、池田鉄洋、稲川実代子、柳俊太郎、山野海、梶原ひかり、金井美樹、小林龍二、増田朋弥、後藤ユウミ、原扶貴子、仲田育史、松島庄汰、古舘寛治、片桐はいり
配給/ファントム・フィルム 12月23日(土)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー
(c)映画「勝手にふるえてろ」製作委員会
http://furuetero-movie.com
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