日本テレビが、早くも来年の『24時間テレビ』に向けて始動。チャリティーマラソンランナー選びで、ANZEN漫才・みやぞんに白羽の矢が立ったという。 今夏に放送された同番組は、ランナーを当日発表にしたことで注目が集まり、選ばれたブルゾンちえみの激走もあって番組史上歴代2位タイとなる平均視聴率18.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録した。 「その一方で、チャリティー番組なのに視聴率稼ぎの発表引き延ばし策を講じたことに批判の声が殺到、一時は番組の存続まで危ぶまれました。その反省からか、来年の放送では、かなり早い段階でランナーを決定し、準備を進めることになった。そこで好感度の高いみやぞんの名前が挙がり、ほぼ内定しているといわれています」(日本テレビ関係者) 実際、みやぞんはバラエティ番組で、何度も驚異の身体能力を見せている。制作スタッフが言う。 「高校野球ではピッチャーで4番を務めていたみやぞんは、スポーツ万能を超えて天才です。番組で投槍術を学ぶと、すぐに100メートル先の的を射抜くことに成功。さらに、ヌンチャクも完璧にマスターしたり、音楽教育は一切受けていないのに、一度聴いた曲を楽譜も見ずにピアノ演奏できてしまう。はたまた視認せずに後ろ歩きで8の字を完成させたかと思えば、体感速度200キロといわれる卓球のスマッシュを10球中9球避けてみせたことも。医学的にも、一流アスリートの能力が備わっていると太鼓判を押されています」 とはいえ、チャリティーマラソンは90~100キロの距離を素人が必死で走る姿が視聴者に感動と勇気を与え、募金につなげるというのが名目のはず。みやぞんなら、難なくクリアしてしまうのではないか? 「普通にやったら、あっさりクリアしてしまうのは間違いありません。そこで、みやぞんに限っては、水泳、自転車、マラソンのトライアスロン形式で挑んでもらう。これならいかにみやぞんでも限界ギリギリでしょうし、初の試みとして話題性も十分です」(前出・日本テレビ関係者) ブルゾンブームの次は、みやぞんブームが確定!?「牛にどつかれた」(テイチクレコード)
日別アーカイブ: 2017年10月13日
もう子どもじゃない! 年々“酒豪化”するHey!Say!JUMP山田涼介、「焼酎飲めるようになった」と報告!
Hey!Say!JUMPの年下4人からなるHey!Say!7メンバーが週替わりでパーソナリティを務めるラジオ『Hey!Say!7 Ultra JUMP』(文化放送)。10月5日放送回には山田涼介が登場し、現在公演中のコンサートツアー『Hey!Say!JUMP I/Oth Anniversary Tour 2017』について語った。
8月11日の福井公演を皮切りに、全25公演を実施し、残すところ14日・15日の札幌公演のみとなっている同ツアーだが、公演終わりにはメンバー全員でお酒を飲みつつ食事をすることがよくあるようだ。
山田は最近、その食事の席での出来事がきっかけで……
フジ月9から逃げ出した竹野内豊 NHKドラマ『この声をきみに』で大苦戦!
竹野内豊が現在放送中のNHKドラマ10『この声をきみに』(金曜午後10時~)で主演を務めているが、視聴率面で苦戦が続いている。 同ドラマは9月8日にスタートしたが、同日午後10時過ぎに秋田県下で地震が発生。同10時24分より、急きょ緊急報道番組に差し替わったため、途中で打ち切りになる不運に見舞われた。15日から仕切り直しとなったが、その視聴率は初回が5.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)。その後、第2話は4.3%で早くも“5%割れ”すると、第3話4.0%、第4話3.8%と下降線をたどり、低迷が続いている。 竹野内が演じているのは、偏屈でさえない数学者。大学の准教授である穂波孝役は話すことが苦手で授業がつまらないため、学生からの人気がない。愛想を尽かした妻・奈緒(ミムラ)は、子どもを連れて家を出て、離婚を突きつける。そんな折、人生を変えるために訪れた朗読教室で、講師の江崎京子(麻生久美子)と出会い、成長していく姿を描いた作品。 脚本はNHK連続ドラマ小説『あさが来た』を大ヒットに導いた大森美香氏が担当。そのほかのキャストは、柴田恭兵、杉本哲太、堀内敬子、松岡充、大原櫻子、永瀬匡、趣里、戸塚祥太、平泉成、仁科亜季子、片桐はいりらで、なかなかの豪華メンバーだ。 竹野内といえば、今年1月期のフジテレビ月9ドラマの主演に内定していながら、ドタキャンしたといわれている。その結果、急ごしらえで制作された『突然ですが、明日結婚します』(西内まりや主演)は平均6.8%の大爆死で、同枠史上最低視聴率を記録する事態となった。 NHKドラマ10自体、数字をもっていないが、それでも、前作『ブランケット・キャッツ』(西島秀俊主演)は平均5.5%をマークした。だが、『この声をきみに』は、このままいけば、かなりの低視聴率で終わりそうな気配。民放ドラマではないため、さしてバッシングは受けていないが、それでも竹野内の今後の仕事に影響が出るのは避けられそうにない。この先、後半で巻き返しを図ってほしいものだが……。 (文=田中七男)
ダイバーシティは「取り戻す」もの 差別の歴史の中で生み出された”性的指向”と”性的嗜好”の違い
人に何かを教えるということは、とても難しい。
どのような順序で説明すれば分かりやすいのか、どのくらいゆっくりステップごとに話せば付いてこれるのか、どのくらい相手を褒めながら進めていけば相手のモチベーションが下がらないのか——そういったことを多かれ少なかれ考えながら、私たちは人に何かを教えている。職場の新人にマシンの安全装置の解除方法を教える、塾の生徒に因数分解のやり方を教える、高齢者にタブレットの使い方を教える、あるいはバーで隣に座った人に最近あった面白い話をすることだって、相手が理解するためには、それなりの話す技術が必要なのだ。
以前、まだ習っていない地球の自転についてテストの回答に書いたらバツをつけられた小学生の話が話題になったことがある。実は筆者も影が動く理由を「地球が自転しているから」と書いてバツをもらったことがあり、腑に落ちない気持ちになったのを覚えている。小学校では影が時間とともに動く理由を低学年で「太陽が動いているから」と学び、そのあと学年が上がってから「地球が自転しているから」と学ぶようだ。
教育現場だって、子どもの成長度や理解力を真剣に考えてこうしているのだろう。単に「間違ったことを教えている」と非難することはできない。一方で、たまたま高学年で学ぶことを知っている児童にバツをつけることが正しいのかどうか、意見は分かれるだろう。
ところで、世の中はここ数年 LGBT ブームだ。行政も企業もメディアも、以前とは比べものにならないくらいに LGBT について考えている。LGBT の市民、LGBT の従業員、LGBT の顧客、LGBTの学生……私たち LGBT が社会のそこら中に存在していることに、ようやく気づいたらしい。
LGBT についてもっとちゃんと理解したい、学びたいという需要を受け、コンサルティング業者や市民団体が講座やセミナー、研修などを販売し、規模は小さいものの一つの産業を形成しつつある。「LGBT について教える」ための教材やノウハウの蓄積が、急ピッチで進んでいるのが現状だ。
これまでは、一人一人の当事者や小規模市民団体がそれぞれ独自に考えていたこと――それは個人の経験ベースだったり、感情にうったえるものだったり、草の根的に蓄積された知見だったりした――が、たまたま LGBT(あるいは「性同一性障害」などの特定のトピック)に関心を持った行政・企業の担当者を通して、発表の場を獲得して来た。
しかし今コンサルティング業者や市民団体は、説明すべき順序について、学習のペースについて、また学習者のモチベーションについて、ある程度統一的な見解を共有し始めている。LGBT について、どんな知識や考え方が基礎的、入門的とされるのかが決まりつつある――LGBT 学習要綱が作られつつあるということだ。
それは LGBT について未だに「語り」を求められる当事者の負担を減らすことになるだろう。しかし、学習要綱のようなものが画一化されることには不安もある。
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性的嗜好と性的指向は区別すべき?
LGBT についての基礎的な知識の一つに、「同性愛や両性愛、異性愛は性的嗜好ではなく性的指向である」というものがある。これ自体は以前から言われてきたことだし、少し LGBT(あるいは同性愛や両性愛)について学ぼうとすれば早い段階で知る内容ではあった。しかし当事者のあいだにも広範に広がり、日本でも基礎中の基礎の前提知識であるかのようになったのは、やはりここ数年のことのように感じる。
「性的嗜好ではなく性的指向」というのはつまり、特定の性的行為などを好むかどうか、特定のフェチシズムがあるかどうかなどを表す「嗜好」とは違い、同性愛、両性愛、異性愛はもっと根本的な、人がどの性別に対して性的関心を向けているかに関する分類ですよ、という主張である。「たかが“趣味”なのに差別とか大げさだよ」と思う人がまだ多くいる現代社会において、この「性的指向」という概念は確かに有効なのだろう。
しかしこれは、人間の性や、それが社会でどう解釈されているかなどについて学術的に研究する分野(ジェンダー研究、セクシュアリティ研究、クィア理論など)の勉強を進めていくと、必ずしも正しいとは言えないものだと知ることになる。つまり「性的指向」という概念は、「影が動くのは太陽が動いているから」と同じように、これから学ぼうとしている人たちが理解しスムーズに次のステップに進む、そのために学習の初期段階に配置されているものなのだ。
では、勉強を進めたときに見えてくる性的指向についてのより深い解釈とは――つまり「地球が自転している」にあたる部分とは――何なのだろうか。
性的指向は差別の歴史が生み出した
江戸時代の日本や古代ギリシアで男性同士の性愛関係が文化の一部であったことは、聞いたことのある人も多いだろう。そのどちらも、身分制度と密接に結びつき、また男性にのみ許された文化であった(女性はそもそも性的欲望の対象であり、主体にはなり得ないと思われていた)。また、「同性愛を禁忌とする」とされるキリスト教においても、禁止事項は肛門性交(アナルセックス)、口腔性交(オーラルセックス)などであり、同性同士に限らず異性同士でも行ってはならないとされていた。
つまりこれら前近代の社会において、男性同士の性愛関係は「身分にふさわしい嗜み」や「誰もがやってしまうかもしれない許されざる行為」として解釈されていた――男性同士の性愛が、まさしく「性的嗜好」であったことを意味する。現代社会で「嗜好」とされるものの多くは男性の欲望の様々な現れ方のバリエーションとして認識/容認/禁止されてきた歴史があるが、同性愛もかつてはそのひとつだったというわけだ。
それが近代を迎えて、大きく変わることになる。
男性が男性と性愛関係を結ぶのは趣味のようなものではなく人間としておかしい、とされるようになったのだ。それが、性的嗜好とは別のものとしての「性的指向」の歴史の始まりである。この背景には、人口を管理するために結婚や出生率、避妊などの把握が必要だと認識した近代国家と、人間の性愛について道徳や科学、医療、法律の観点から語り出した専門家たちの存在がある。そこでは、性的欲望を分類する最も重要な基準は、体格でも民族でも他の何でもなく「男女という性別」であるとされた。
前近代と近代以降の違いを理解するために一つの例を出そう。例えば私たちは、誰とも性的な行為をしたことがなくても「自分は異性愛者だ」とか「彼は同性愛者だ」と分類しているし、そう分類できると思っている。誰もが異性とも同性とも性愛関係を結んでしまうことはあるけれど身分によってはダメですよとか、誰もが異性とも同性とも性的行為をしてしまうことはあるけれどアナルとオーラルはダメですよとか、そういう理解を私たち近代社会に生きる人々は捨てたのだ。
それ以来同性愛は、個人の重要な特性/属性とみなされるようになり、異常な精神を持った人間の持つ性愛として扱われたり、犯罪者の持つ性愛として扱われたりといった歴史を歩むことになった。現代社会で私たちが経験する同性愛者差別の歴史の原点は、「性的指向」概念の発明にあったのだ。
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それでも存在する、性的嗜好と性的指向の違い
ではなぜ「性的指向は性的嗜好と違うんだ」という主張が行われているのだろうか。性的指向が歴史上ある時期に発明された「人間の性に関する一つの解釈」に他ならないのであれば、嗜好も指向も同じではないか。しかしこれにはいくつか理由がある。
一つめは、同性愛という「性的指向」概念がいかに近代の産物であったとはいえ、私たちはその近代の延長線上に生きており、その「性的指向」概念に基づいて差別を受けているからである。この差別を解消するためには、「色々な人がいるよね」というダイバーシティー(多様性)の理念だけでは不十分だ。異性愛とは異なるものとして同性愛が、異性愛「者」とは異なる人間の種類として同性愛「者」が差別されてきたという歴史の先端に、私たちは生きているのである。
二つめは、たとえ差別を目的とした不当な分類だとしても、同性愛「者」としてカテゴライズされた人たちはそのカテゴリーを逆手に取り、あえてそのカテゴリーを受け入れアイデンティティーにすることで、「差別されている」という共通点を軸にサブカルチャーや社会運動を生み出してきたからである。また、そのプロセスで他の被差別カテゴリーの人々とも関わり、連帯をしてきた。そうして形成されたコミュニティに生きる当事者にとって「性的指向」は単なる性的欲望の分類ではなく、ライフスタイルや価値観などを含む大きな概念である。
三つめは、同性愛という「性的指向」の概念こそ未だに私たちの人間の性についての解釈の基盤になってはいるが、それを踏まえた上でどう判断するかの価値観が変わってきているからである。つまり、生まれながらの根本的な性質だから差別してよいのだという時代から、生まれながらの根本的な性質だから差別してはいけないという時代に変わってきたのだ。個人の重要な特性/属性としての「性的指向」概念に苦しめられてきた私たちだが、今後はむしろそれを利用し続けることが差別の解消につながり得るのだ。
太陽が実際に動いているのは事実である。だが、太陽系ごと動いているだけなので、地球上で影が動く理由を問う設問とは無関係だ。それと同じように、「性的指向と性的嗜好は違う」という主張も、歴史を見れば事実である。しかしそれは、人間がどう欲望を持つかという身体/精神の仕組みとは無関係だ。
私も LGBT という言葉を使うが、それは同性愛者やトランスジェンダー当事者の被差別の歴史を認識/尊重するためであって、本来的な意味で他の性的嗜好やアイデンティティのあり方と決定的に何かが違うからではない。
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ダイバーシティー(多様性)は取り組むのではなく、取り戻すもの
昨今の行政・企業の LGBT 施策では、ことさら「ダイバーシティー」という言葉が掲げられる。それは「先進的な行政や企業が取り組み始めているもの」であり、目指すべき社会のあり方として啓蒙される概念である。しかしここには、抜け落ちている視点がある。
それは、ノーマティビティー(規範性)とマージナライゼーション(周縁化)である。ダイバーシティーを掲げる人々には、ぜひこれらの概念も知ってほしい。前者は「正しい性愛のあり方」「正しい女性のあり方」「正しい男性のあり方」などを決める価値観が社会全体に一定の強制力を持って存在している状態を指す。後者は、そのノーマティビティーによって「正しくない」とされるものを社会的に不利な立場に置く力のことだ。翻って言えば、このマージナライゼーションが脅しになって、ノーマティビティーに一定の強制力を与えている。
ダイバーシティは「取り戻す」もの 差別の歴史の中で生み出された性的指向と性的嗜好の違いの画像2
ゲイル・ルービンという文化人類学者が Thinking Sex: Notes for a Radical Theory of the Politics of Sexuality (1984) で示したこの図は、性のヒエラルキー(序列)を表している。ここでは、現代社会で何が正しい性愛のあり方だと思われているか、それがどう中心と周縁という位置関係に配置されているかが示されている。
もともと画質が悪く読みづらいが、「良い、ノーマルな、自然な、祝福された性」として異性間であること、婚姻関係の内部であること、モノアモリー(一人の人を愛する)であること、妊娠出産につながり得ること、商売でないこと、ペアで行われること、恋愛関係を伴うこと、同世代間であること、プライベートな空間で行われること、ポルノを利用しないこと、身体のみで交わされること、SM的要素がないことが中心に配置されている。
一方で、それに当てはまらないもの――同性間であること、婚姻関係の外部であることなど――は、「悪い、アブノーマルな、不自然な、忌まわしい性」として図の周縁に配置されている。つまり、性的指向も性的嗜好も、「良い、ノーマルな、自然な、祝福された性」を中心とする配置図において序列化され、非難や差別、抑圧、迫害の指針となってきたことがわかる。
本来ぐちゃぐちゃで、誰一人として同じ欲望を持つ人なんていやしないのだ。一人の人間を取り上げてみても、その人が10年後に今と同じ欲望を持っているかなんてわからない。それを私たちは無理矢理カテゴリー化して、序列化している。特に同性愛に関しては、人の特性/属性として、あたかも別種の人類であるかのように扱われ、抑圧されてきた。
そのカテゴリーを前提として「ダイバーシティー」を唱えるなら、それは単なる図鑑作りにしかならない。ダイバーシティーは初めから存在していたのだ。ぐちゃぐちゃな姿で。それを見えなくしているのがノーマティビティーとマージナライゼーションである。
私たちはダイバーシティーに「取り組む」(図鑑作りに励む)だけではなく、ダイバーシティーを「取り戻す」(ノーマティビティーとマージナライゼーションに抵抗する)必要があるのではないか。それは、一度「太陽が動いているから」を経由するのではなく、初めから地球の自転について教えたり、太陽系ごと太陽が動いていることを教える試みだ。
地球の自転から教えたって、太陽系の大きな動きから教えたって、私たちが宇宙について何かを学んでいることには変わりない。「太陽が動いている」から始めることが本当に全員にとって理解しやすい順序なのかすら分からない。だったら性に関しても、「性的指向と性的嗜好は違います」から始まらない説明だっていいし、もっと言えば「性的指向という概念の誕生と、それによる差別の歴史」から始まる説明だっていいはずだ。
そうして複数の体系だった教え方を作っていくにあたり必要となるのは、当事者含め LGBT について教えようとする側が、教わる側の理解力を過小評価しないことだろう。LGBT 当事者であるかないかに関係なく、性は多様である。逆に言えば、LGBT であるからといって複雑な人間の性愛について特別深い理解をしているとは限らない。さらに、差別を受ける経験は性に限らず民族差別や障害者差別、性差別など多岐にわたる。LGBT に関して教えてもらいたいと思っている人はどうせ何も分からないだろうと決めつけるのは傲慢であるし、むしろ私たち人間の多様性を無視することになるだろう。
AV女優・吉高寧々ちゃんが女から見ても可愛すぎる!! 超清純派の新人ながら完璧な美女っぷり
今年5月、グラビア界に超大型新人がデビューしました。業界内でも「可愛い」と話題をさらった吉高寧々ちゃん(21)です。寧々ちゃんは透明感あふれる白い肌と大きな瞳が印象的な超絶美女。「カルピス」のCMが超似合いそうな清純派です。ぶっちゃけ、そこらの売れっ子アイドルより全然可愛い!
グラドルデビュー後は、イメージDVDと写真集を発売したり、週刊誌の表紙を飾ったりと、着実に人気と実績を積み上げていた寧々ちゃんですが、デビューから3カ月後、なんと「S1(エスワン)」からAVデビューしちゃうことに。こんな可愛い子がAVに出ていいの!? って言葉がお世辞にならない事件です!
この早すぎる転身について、S1のプロデューサーは、寧々ちゃん本人、および所属しているプロダクションのマネージャーから連絡があったとインタビューで語っています。デビュー作の撮影直前にも有名な週刊誌数社から表紙グラビアの撮影依頼があったそう……(そんなことある!?)。
寧々ちゃん本人はデビュー時、Twitterで「今まで、勉強も部活も何もかも中途半端で、そんな自分が嫌でした。人生で何か一つやり切りたいとずっと思っていました」「私はAV女優としてやり切る覚悟をしました」と心境を綴っています。
S1には明日花キララちゃんをはじめ三上悠亜ちゃん、橋本ありなちゃんといった可愛すぎるAV女優さんがたくさん在籍していますし、「恵比寿マスカッツ」に所属している人気女優さんも多いので、“S1を選んだ”というのはナイス判断だったのかもしれません。
寧々ちゃんはAV女優に転身しても、芸名は「吉高寧々」のまま。この芸名はマネージャーさんにつけてもらったそうで、寧々ちゃんいわく、似ていると言われる吉高由里子と大塚寧々をかけ合わせつけてもらったそうです。たしかに似ているかも。個人的には「筧美和子の上位互換版」な気もしています。
寧々ちゃんは顔も可愛いですが、身体もキレイ。公表サイズは身長155cm、バスト84cm(Cカップ)、ウエスト56cm、ヒップ85cmというスレンダーボディ。本人はグラドル時代、「もしも一つ願いが叶うなら何をお願いする?」のお題に「巨乳にしてください!笑」と答えていましたが、大きすぎず、小さすぎずのほどよいサイズの美乳さん。乳首の色もキレイだとファンの間で好評です。
寧々ちゃんは現在、アダルトビデオの祭典「AV OPEN 2017」の女優部門にエントリー中。この部門は、昨年高橋しょう子ちゃんが1位に輝いた部門でもあります。間違いなく、これから人気が上がっていくであろう、寧々ちゃんから目が離せません!
元夫の自殺と遺書公表を経ても……上原多香子の奔放ぶりに見る“忘れるオンナ”の顔
羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。
<今回の有名人>
「私にできることないかな」上原多香子
「フラッシュ」(光文社、2017年10月17・24特大号)
自殺を容認する宗教を、私は知らない。
キリスト教やイスラム教では自殺を禁じているし、仏教では、自殺はもちろんのこと、親より先に死ぬことを“逆縁”と呼び、一番の不孝と定義している。なぜ自殺をしてはいけないかについては、各宗教の専門家に任せるとして、自殺はあらゆる意味でやめた方がいいのではないかと思う。
2014年にET‐KINGのTENN氏が自宅マンションの駐車場に停めた車の中で、自殺を図った。第一発見者は、妻である女優の上原多香子。自殺を図るような精神疾患を患っていた形跡もなく、行動に計画性が見られなかったことから、上原は若くして夫を亡くした悲劇の妻となった。
しかし、3年がたった今年の夏、TENN氏の遺族が「女性セブン」(小学館)に、自殺の真相を明かす。TENN氏の遺書によると、彼は子どもの望めない体であること、また上原が舞台で共演した俳優・阿部力と不倫していることが書かれていたという。上原の携帯を見たTENN氏は“証拠”として、上原と阿部のLINEのやりとりや、キス画像を携帯に保管しておいたそうだ。TENN氏の遺書に「多香子をあまり責めないでやってください」と書いてあったことから遺族は黙って葬儀を終えた。しかし、新しい恋人ができると、上原があっさり籍を抜いて連絡すら取りにくくなり、遺族側が上原に慰謝料を要求したが、上原は分割払いでの支払いを提案。誠意のない態度に怒った遺族は、遺書を公表することを決意したそうだ。
遺族の話をまとめると、TENN氏は上原の不倫を知ってしまったが、それを問い詰めることもできず、かといって、なかったことにすることもできず、離婚するのも嫌で死を選んだということなのだろう。
「多香子をあまり責めないでやってください」という発言は、夫としての最後の優しさと見ることもできるが、別の見方をすると、強い復讐心の表れ、もしくは、あてつけとも言えるのではないだろうか(嫁の不倫が原因で息子が自殺をして、責めないでいられる遺族はいないだろう)。
上原の不倫に絶望していたのだとしたら、話し合う勇気を持ってほしかったし、もしあてつけだとしたら、方法を間違っているように思えてならない。
■自宅でオトコが自殺した女たち
自分が原因で誰かが死んだら、一生後味の悪い思いをする。そう考えるのは、善良な人である。意図的かそうでないかは別として、自殺の原因を作った側は、案外ケロリとしているのが、現実ではないだろうか。
例えば、歌手の藤あや子。若くしてデビューした藤だが、なかなか売れず、改名をして再デビューを果たす。「こころ酒」で大ヒットを記録した藤は、レコード会社の既婚男性と不倫関係に陥るものの、売れっ子になりつつあった藤が、別れを選ぶと、男性は「別れたくない」と藤の自宅で首を吊った。遺体の第一発見者は、学校から帰宅した藤の一人娘であることを当時の週刊誌は書き立てた。
あえて藤の家を死に場所に選ぶあたりに“あてつけ”な印象を受けるが、それで、藤の芸能人生命が絶たれたかというと、そんなことはない。『NHK紅白歌合戦』の常連となり、8歳年下の俳優・木村一八と交際したり、今年の春に20歳年下の一般人男性との再婚を発表するなど、人生を謳歌しているように見える。
女優の荻野目慶子も、不倫関係にあった映画監督に自宅で首をつられた過去がある。芸能界引退まで追い込まれた精神状態を救ったのは、故・深作欣二監督で、今度は深作と不倫関係に陥る。深作監督亡き今も女優を続け、現在は産婦人科医と結婚。自殺したオトコのことをどう思っているかは、本人でなければわからないが、表面的に見れば、藤や荻野目は再起不能になるほどの精神的ダメージを受けたとは考えにくい。
それは上原も同様である。TENN氏の自殺の原因が、上原の不倫であると報道されてから、彼女は芸能活動を自粛。自分の不倫が暴露され、芸能活動も自粛とあって、さぞ精神的に追い込まれていると善良な人は想像するだろうが、「フラッシュ」(光文社)によると、上原は恋人であるコウカズヤの公演後の打ち上げに参加し、「私に何かできることないかな」と妻のようにかいがいしくふるまいつつ、その一方でコウでない男性に抱きつくなど、変わらない奔放さを見せたという。この行動から考えると、上原にとってTENN氏のことは“なかったこと”になっているのではないだろうか。
誰かを傷つけてやりたい、懲らしめたい。誰しも人生のうちで一度くらいは、こう考えることがあるだろう。人によっては、実際に直接的な行動に移す人もいるかもしれないが、本当に怖い嫌がらせとは、相手のことをきれいさっぱり忘れてしまう、つまり生きている人の存在を殺してしまうことではないだろうか。尋常でなく忘れっぽい“超忘却力”を持つ人は稀にいて、そういう人に命を懸けた抗議をしてもムダなのだ。
超忘却力を持つ女性は、“天然”“おっとりしている”と男性には魅力的に映るようだ。コウが、ある日突然上原に忘れられる日が、1日でも遅いことを祈るばかりである。
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの」
元夫の自殺と遺書公表を経ても……上原多香子の奔放ぶりに見る“忘れるオンナ”の顔
羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。
<今回の有名人>
「私にできることないかな」上原多香子
「フラッシュ」(光文社、2017年10月17・24特大号)
自殺を容認する宗教を、私は知らない。
キリスト教やイスラム教では自殺を禁じているし、仏教では、自殺はもちろんのこと、親より先に死ぬことを“逆縁”と呼び、一番の不孝と定義している。なぜ自殺をしてはいけないかについては、各宗教の専門家に任せるとして、自殺はあらゆる意味でやめた方がいいのではないかと思う。
2014年にET‐KINGのTENN氏が自宅マンションの駐車場に停めた車の中で、自殺を図った。第一発見者は、妻である女優の上原多香子。自殺を図るような精神疾患を患っていた形跡もなく、行動に計画性が見られなかったことから、上原は若くして夫を亡くした悲劇の妻となった。
しかし、3年がたった今年の夏、TENN氏の遺族が「女性セブン」(小学館)に、自殺の真相を明かす。TENN氏の遺書によると、彼は子どもの望めない体であること、また上原が舞台で共演した俳優・阿部力と不倫していることが書かれていたという。上原の携帯を見たTENN氏は“証拠”として、上原と阿部のLINEのやりとりや、キス画像を携帯に保管しておいたそうだ。TENN氏の遺書に「多香子をあまり責めないでやってください」と書いてあったことから遺族は黙って葬儀を終えた。しかし、新しい恋人ができると、上原があっさり籍を抜いて連絡すら取りにくくなり、遺族側が上原に慰謝料を要求したが、上原は分割払いでの支払いを提案。誠意のない態度に怒った遺族は、遺書を公表することを決意したそうだ。
遺族の話をまとめると、TENN氏は上原の不倫を知ってしまったが、それを問い詰めることもできず、かといって、なかったことにすることもできず、離婚するのも嫌で死を選んだということなのだろう。
「多香子をあまり責めないでやってください」という発言は、夫としての最後の優しさと見ることもできるが、別の見方をすると、強い復讐心の表れ、もしくは、あてつけとも言えるのではないだろうか(嫁の不倫が原因で息子が自殺をして、責めないでいられる遺族はいないだろう)。
上原の不倫に絶望していたのだとしたら、話し合う勇気を持ってほしかったし、もしあてつけだとしたら、方法を間違っているように思えてならない。
■自宅でオトコが自殺した女たち
自分が原因で誰かが死んだら、一生後味の悪い思いをする。そう考えるのは、善良な人である。意図的かそうでないかは別として、自殺の原因を作った側は、案外ケロリとしているのが、現実ではないだろうか。
例えば、歌手の藤あや子。若くしてデビューした藤だが、なかなか売れず、改名をして再デビューを果たす。「こころ酒」で大ヒットを記録した藤は、レコード会社の既婚男性と不倫関係に陥るものの、売れっ子になりつつあった藤が、別れを選ぶと、男性は「別れたくない」と藤の自宅で首を吊った。遺体の第一発見者は、学校から帰宅した藤の一人娘であることを当時の週刊誌は書き立てた。
あえて藤の家を死に場所に選ぶあたりに“あてつけ”な印象を受けるが、それで、藤の芸能人生命が絶たれたかというと、そんなことはない。『NHK紅白歌合戦』の常連となり、8歳年下の俳優・木村一八と交際したり、今年の春に20歳年下の一般人男性との再婚を発表するなど、人生を謳歌しているように見える。
女優の荻野目慶子も、不倫関係にあった映画監督に自宅で首をつられた過去がある。芸能界引退まで追い込まれた精神状態を救ったのは、故・深作欣二監督で、今度は深作と不倫関係に陥る。深作監督亡き今も女優を続け、現在は産婦人科医と結婚。自殺したオトコのことをどう思っているかは、本人でなければわからないが、表面的に見れば、藤や荻野目は再起不能になるほどの精神的ダメージを受けたとは考えにくい。
それは上原も同様である。TENN氏の自殺の原因が、上原の不倫であると報道されてから、彼女は芸能活動を自粛。自分の不倫が暴露され、芸能活動も自粛とあって、さぞ精神的に追い込まれていると善良な人は想像するだろうが、「フラッシュ」(光文社)によると、上原は恋人であるコウカズヤの公演後の打ち上げに参加し、「私に何かできることないかな」と妻のようにかいがいしくふるまいつつ、その一方でコウでない男性に抱きつくなど、変わらない奔放さを見せたという。この行動から考えると、上原にとってTENN氏のことは“なかったこと”になっているのではないだろうか。
誰かを傷つけてやりたい、懲らしめたい。誰しも人生のうちで一度くらいは、こう考えることがあるだろう。人によっては、実際に直接的な行動に移す人もいるかもしれないが、本当に怖い嫌がらせとは、相手のことをきれいさっぱり忘れてしまう、つまり生きている人の存在を殺してしまうことではないだろうか。尋常でなく忘れっぽい“超忘却力”を持つ人は稀にいて、そういう人に命を懸けた抗議をしてもムダなのだ。
超忘却力を持つ女性は、“天然”“おっとりしている”と男性には魅力的に映るようだ。コウが、ある日突然上原に忘れられる日が、1日でも遅いことを祈るばかりである。
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの」
セクシー写真集が低調の黒木メイサ ドラマ復帰作のテレ朝『オトナ高校』で巻き返しなるか?
6月7日に第2子となる男児を出産した黒木メイサが、本格的に活動を再開した。9月29日には4th写真集『INCARNATION』(東京ニュース通信社)を発売し、セクシーな水着姿などを披露している。だが、さすがに2児の母となると、もはや需要がなくなったのか、Amazonの売れ筋ランキング「タレント写真集」部門では52位(12日18時現在)と、売り上げは振るわないようだ。 そんな黒木が14日にスタートする、テレビ朝日系「土曜ナイトドラマ」枠の『オトナ高校』(三浦春馬主演/土曜午後11時5分~)でドラマ復帰を果たす。黒木の連ドラレギュラー出演は、昨年10月から11月に放送された深夜ドラマ『拝啓、民泊様。』(TBS系/主演)以来、約1年ぶりとなる。 「土曜ナイトドラマ」は、香取慎吾がMCを務めていた『SmaSTATION!!』が9月いっぱいで終了したことに伴い、10月クールから新たに設けられたドラマ枠。その第1弾となる『オトナ高校』は、深刻な少子化問題に歯止めをかけるため、「第二義務教育法案」が発布され、性体験のない30歳以上の男女(やらみそ=ヤラないまま三十路)たちを、公的教育機関『オトナ高校』へ強制入学させ、本当のオトナになるための英才教育を受けさせるという奇想天外なストーリー。 主人公の荒川英人(三浦)は、東大卒でトップバンクに就職し、将来を嘱望されるエリート銀行員ながら童貞。ヒロイン役の黒木が演じる園部真希は、英人のクラスメイトで、商社でバリバリ働く32歳のキャリアウーマン。上司と不倫中だが、常に2番目の女に甘んじ、「なんか重すぎる」との理由で、性行為まで至らず、いまだ処女という役柄。劇中では制服姿を披露することになる。そのほか、高橋克実、杉本哲太、竜星涼、松井愛莉、山田真歩、夕輝壽太、正名僕蔵らが出演。脚本は、『ウォーターボーイズ』シリーズ(フジテレビ系)、『華麗なる一族』『運命の人』(ともにTBS系)、『死神くん』(日本テレビ系)、映画『ビリギャル』(2015)などをヒットさせた橋本裕志氏が担当する。 「夫である元KAT-TUN・赤西仁は相変わらず稼ぎがあまりありません。所属事務所スウィートパワーでは、エースだった堀北真希が退所し、稼いでくれるタレントが少ないため、オワコンともいわれている内山理名を、NHKに連ドラ主演でねじ込むなど必死。従って、桐谷美玲と黒木にがんばってもらうしかないのです。産後間もないとはいえ、黒木にはフルで働かなければいけない事情があるのです」(スポーツ紙記者) 2人目の子どもを産み、男性人気の下落は否めないようだが、『オトナ高校』で、なんとか巻き返しを図りたいところだろう。 (文=田中七男)黒木メイサ写真集『INCARNATION』(東京ニュース通信社)
セクシー写真集が低調の黒木メイサ ドラマ復帰作のテレ朝『オトナ高校』で巻き返しなるか?
6月7日に第2子となる男児を出産した黒木メイサが、本格的に活動を再開した。9月29日には4th写真集『INCARNATION』(東京ニュース通信社)を発売し、セクシーな水着姿などを披露している。だが、さすがに2児の母となると、もはや需要がなくなったのか、Amazonの売れ筋ランキング「タレント写真集」部門では52位(12日18時現在)と、売り上げは振るわないようだ。 そんな黒木が14日にスタートする、テレビ朝日系「土曜ナイトドラマ」枠の『オトナ高校』(三浦春馬主演/土曜午後11時5分~)でドラマ復帰を果たす。黒木の連ドラレギュラー出演は、昨年10月から11月に放送された深夜ドラマ『拝啓、民泊様。』(TBS系/主演)以来、約1年ぶりとなる。 「土曜ナイトドラマ」は、香取慎吾がMCを務めていた『SmaSTATION!!』が9月いっぱいで終了したことに伴い、10月クールから新たに設けられたドラマ枠。その第1弾となる『オトナ高校』は、深刻な少子化問題に歯止めをかけるため、「第二義務教育法案」が発布され、性体験のない30歳以上の男女(やらみそ=ヤラないまま三十路)たちを、公的教育機関『オトナ高校』へ強制入学させ、本当のオトナになるための英才教育を受けさせるという奇想天外なストーリー。 主人公の荒川英人(三浦)は、東大卒でトップバンクに就職し、将来を嘱望されるエリート銀行員ながら童貞。ヒロイン役の黒木が演じる園部真希は、英人のクラスメイトで、商社でバリバリ働く32歳のキャリアウーマン。上司と不倫中だが、常に2番目の女に甘んじ、「なんか重すぎる」との理由で、性行為まで至らず、いまだ処女という役柄。劇中では制服姿を披露することになる。そのほか、高橋克実、杉本哲太、竜星涼、松井愛莉、山田真歩、夕輝壽太、正名僕蔵らが出演。脚本は、『ウォーターボーイズ』シリーズ(フジテレビ系)、『華麗なる一族』『運命の人』(ともにTBS系)、『死神くん』(日本テレビ系)、映画『ビリギャル』(2015)などをヒットさせた橋本裕志氏が担当する。 「夫である元KAT-TUN・赤西仁は相変わらず稼ぎがあまりありません。所属事務所スウィートパワーでは、エースだった堀北真希が退所し、稼いでくれるタレントが少ないため、オワコンともいわれている内山理名を、NHKに連ドラ主演でねじ込むなど必死。従って、桐谷美玲と黒木にがんばってもらうしかないのです。産後間もないとはいえ、黒木にはフルで働かなければいけない事情があるのです」(スポーツ紙記者) 2人目の子どもを産み、男性人気の下落は否めないようだが、『オトナ高校』で、なんとか巻き返しを図りたいところだろう。 (文=田中七男)黒木メイサ写真集『INCARNATION』(東京ニュース通信社)


