さて、前回に引き続き話題は「イカ天」である。 この番組を中心としたムーブメントについては、拙著『1985-1991 東京バブルの正体』(MM新書)でも多くのページを割いて執筆した。というか、途中からページが足りないので、編集者と相談してページ数を調整して、増やしてもらった。 それでも、まだ書き足りない。 この時代のバンドの音楽史的な位置づけについては、専門の書き手がいるだろうから、そういう人たちの文献を参考にするといい。 ここで筆者が記すのは、あくまで視聴者~にわかな素人目線である。 いや、実に原点から素人目線である。 「イカ天」が隆盛を極めていた頃、筆者はまだ地方在住の中学生。ただ、地方とはいえちゃんと深夜に「イカ天」は放送されていた大都会・岡山である。その番組が面白いと聞いたのはクラスでの会話だったか、何かの雑誌だったか……。ともあれ、背伸びしたい厨二病の季節。深夜に筆者もチャンネルを回した。 そうして、ワクワクしながら観たイカ天の記憶。 今、思い出すのは、当時の相原勇がメッチャ可愛かったなあということだけである……。 おそらく、何かの拍子に「イカ天という番組が面白い」と聞き、チャンネルを回したはいいけど、筆者と同じ気分を味わった少年たちは、多かったのではなかろうか。とりわけ、地方には。そう「イカ天」「ホコ天」に象徴された80年代末期のアマチュア・バンド・ブームの地方のティーンエイジャーへの波及は少し遅かったのである。 当時、多くの雑誌が都会の最新情報を伝えてはくれたけれども、それは「あくまで遠くで起こっていること」に過ぎなかった。 だから「都会に行けば、ここで記されているようなことを実際に体験できるのだ」という思いに若者たちは取り憑かれていたハズだ。 それは、ネットなどを通じて情報や流行が、都会と地方で同調、画一化しているように見える現代との大きな違いではないかと思う。 ■「たま」はコミックバンドだと思われていた記憶 「イカ天」発のバンドとして記憶されるのは、奇妙ないでたちで谷崎や太宰の一節を歌う「人間椅子」。なぜか股間モッコリのレオタードスタイルで歌う「ブラボー」。バックで琴の音色が響く「マサ子さん」など多数。 そうした中で、とりわけ知名度があったのは「たま」だと思う。「たま」が「イカ天」に初めて出演したのは1989年のこと。翌90年には「さよなら人類」でメジャーデビュー。オリコン初登場1位となり、58万枚以上を売り上げている。その奇妙な音楽は、なぜか人々に大いにウケた。 これもどうだろう。 今「さよなら人類」を聞き直すと、音楽的センスのスゴさは自ずと理解できるハズ。けれども、当時はそうじゃなかったんじゃないかな。これも、とりわけ地方では、そういう印象が強かったハズ。 ともすればすぐに消えてしまいそうなコミックバンド。あるいは「ランニングの人が気持ち悪い」と、今の我々なら「何を言うんだ!!」と反論するような感想を持つ人も大勢いたと記憶している。 実のところ、これは筆者の個人的な記憶に過ぎない。けれど、新しすぎてついていけなかったような記憶がある人も多いのではなかろうか。 でも、そんな声は現代では、ほとんど拾うことはできない。 人の記憶というものは、調子のよい部分だけ盛られて残る。そうして盛られた記憶の中で、人はあたかも自分も世間の一般的な認識のとして話題に参加するもの。 こうして、当時のリアルな空気感は消えていく。それを救うのは、地道な取材と資料調査しかない……。 (文=昼間たかし)『たまセレクション』(日本クラウン)
日別アーカイブ: 2017年10月9日
現役BAが暴露! クレーマー、常連太客……華やかな化粧品売り場の過酷な実情
デパートの1階にあるコスメカウンター。そこに待ち構えるのは、キラキラしたビューティーアドバイザー(BA)たち。バッチリメイクで立ち仕事は、いかにも疲れそうで、加えて女の園ゆえ、人間関係も難しいのでは……? ということで、都内の百貨店に勤めるBAさん3人に集まっていただき、座談会を開催。華やかな化粧品売り場の裏側に迫った。
<参加者プロフィール>
ファイト:33歳、BA歴8年。都内大手百貨店A勤務。他2名の参加者とは、前の店舗で一緒だった。客を引き寄せるトーク力に定評あり。
ヤスコ:32歳、BA歴5年。都内老舗百貨店B勤務。嫌いな客のタイプは、せっかちな人。
オン眉:31歳、BA歴6年。都内老舗百貨店B勤務。彼氏いない歴も6年。
■BAに会いたい……恐怖のストーカー
――今日の座談会は、「知られざるBAの裏側」について語っていただければと思います。某ブランドのBAさん、3名にお集まりいただきました。皆さん、都内の百貨店に勤務してらっしゃるということで、かなりいろいろな経験をしてこられたのではないでしょうか?
オン眉 確かに給料が安い割に、やることは多いし、人間関係も含めて、結構ハードかもしれない。私の後輩で、常に辞表を持ち歩いてる子がいますよ。
――えっ! いつでも辞められるようにということですか?
オン眉 そうそう。いつも愚痴ってる。でも、持ってるだけで、まだ辞めてないですけどね。
――やっぱり、ストレスのたまる仕事なんですね。
ファイト たまるたまる。前にうちの百貨店に変質者が来て、大声で「死ぬ! オレはもう死ぬ!」って言いだしたんです。それ聞いた先輩が、「こっちが死にてぇよ!」ってつぶやいてるのが印象的だった。「叫んでる変質者がうらやましい」って……。その先輩はまだどこかの店で、ストレスと戦いながら続けてるはず。
――なんか、初っぱなからすごい話題ですね。具体的には、どんなことでストレスがたまるんですか?
ファイト 接客業だから、変な客は来ます。うちみたいに大型の店舗になると、それこそ平日でも100人くらいの客は来ますからね。私が今までで一番キモかった客は、ストーカー。週3回くらい来てました。
――ええ! そもそもストーカーって、どういうことですか?
ファイト 婚活パーティーで1回だけ会った人なんだけど、どういうわけか気に入られちゃって、連絡先も交換してないのに、仕事先を突き止められたんです。多分、SNSで名前検索されたんだと思う。ヤバイよね。電車の中で視線感じるなと思ったら、真後ろにいたことがありますよ。
――超怖いですね!
ファイト ストーカーネタもいろいろあるけど(笑)、とにかく、そいつが週に3回くらいお店に来るんです。「彼女に頼まれて買いに来ました」とか言うんだけど、嘘バレバレなのね。しかもそのストーカー、頭が回るので、製造中止になったネイルをわざわざ取り寄せするわけ。店まで来て、私が店頭に立ってるのを確認してから、電話してくるの。「頼んでたネイル届いてますか〜?」って。私が店にいるの知ってるから、担当させようとしてるんだよね。
ヤスコ あの時期、やばかったですよね。ファイトさん、めっちゃ狙われてた。
ファイト そうそう。でもヤスコが機転利かせてくれて、「ネイル届いてません」って言ってくれたから、難を逃れた。本当は届いてたんだけど。
オン眉 朝のミーティングのときに、共有事項として全員に周知されましたよね。「ファイトさんのストーカー来るから気をつけて」って。
――でも、お客さんとして来るから、難しいですよね。出入り禁止にできたらいいけど……。
ファイト 実害がないから、出禁は難しいんです。会社もSNSで悪口拡散されるのを恐れてるから、簡単には出禁にさせてくれないと思う。でも、スタッフが皆、優しくて、ストーカーから遠ざけてくれてた。でも結局、気持ち悪いのに耐えられなくて、店を異動させてもらった。だから今は平気。でも、また来るかもしれないって思うと、キモい。
――普通に通報していいくらいのレベルですよね。
ヤスコ ファイトさんのストーカーは、かなり特殊です。フツーにムカつく客もたくさんいますよ〜。今日も一番最後に接客した人は、すごく感じ悪かった。
――どんな人ですか? ここで吐き出して、成仏させましょう!
ヤスコ 常連さんの中には、「私のことわかってて当たり前だよね?」みたいな客が多いんですよ。そういう人には、名前を聞いちゃダメなんです。
――1回で覚えないといけないんですね。
ヤスコ そうそう。「お名前こちらでご登録ありますか?」って言うと、「当たり前でしょ!? あんた、あたしのこと知らないの!?」くらいの勢いで来る。いや、こっちは「知らないし……」って感じですよ。直接担当してない場合もあるから。これはBAの中でも“超あるある”です。
オン眉 うちらみたいに超大型店舗だと、年間30万円以上使う常連さんが何百人もいるから、いちいち覚えられないんです。
ヤスコ そうなんです! 今日来た客も、そういう感じ悪い常連で、雑誌に掲載されてた新製品があるか聞かれたから、「こちらですか?」って商品見せたら、「ハッ? 違うんだけど!」って。そんな感じ悪く言う必要ありますかね。70歳くらいのお婆さんですよ。
オン眉 私もこの前、オバサンのクレーマーに対応しました。閉店間際に走ってきて、「ファンデーション、返品したい!」って。もう、走ってきて突然そんなこと言うとか、絶対普通じゃないですよね。でも、よくよく話を聞いてると、うちのブランドの商品だけど、別の店舗で接客されて買ったものだったんです。「こっち悪くないよね……」って、心の中でひたすら思いました。
ファイト でも同じブランドだから、謝らなきゃいけないんですよね。「申し訳ありません」って。
ヤスコ 理不尽ですよね〜。殴り込みに来る店、間違えてるのに。
■即売してくれなかったら、自分に何か問題がある
――それで、どうなったんですか?
オン眉 違う店舗で買ったものなので、うちでは返品手続きできないんですよ。でも、相手は「今すぐ返品したい」と言って譲らない。仕方ないので、購入した店舗に電話して、後日返品処理するという話で、なんとか納得してもらいました。返品する際に、別のファンデを買いたいと言われたんですけど、それは丁重にお断りしました。これもBAあるあるで、クレームつけてきた客には基本的に売りません。またすぐ返品してきて面倒くさいからです。
――へえ、そうなんですね! 知りませんでした!
ファイト 「一日様子を見て、お考えください」って言って断ります。サンプルだけ渡して帰ってもらうとか。とにかく、買ってもらわないようにする。だから、お客さんたちは、BAが即売してくれなかったら、自分に何か問題があるって察してほしいですね。
――勉強になります。
(後編へ続く)
孤高の発明家の脳内世界に呆然とする「デロン展示館」
ソウルの人気スポットである弘大エリアからちょっと外れたところにある、時代から取り残されたような雑居ビル。1階は在来市場となっており、天井の低い湿った空間には、4,500ウォン(450円)とソウルでは激安の定食を出す食堂や、埃をかぶった衣料品店、業者向けの卸売店などが並んでいる。そしてその一角に、ひときわ異彩を放つ空間があった。情報が多すぎて、何がなんだか……
すでになかなか香ばしい空間なのだが、さらに奥には……
規則的にうねうねと反復される赤・黄・緑のパイプ。サイケデリックで宇宙的、どこか触手のようでもある謎のオブジェを中心に、人形・造花・CDなど統一性のない小物や、手書きのメッセージがびっしりと視界を埋め尽くす。 作品が発する尋常ならぬエネルギーに、思わず打ちのめされそうになる。どこから突っ込んでいいのかまったくわからない。異界への扉が!
人形の頭は、逆さにした壺
ヨン様と、折り鶴と、シースルーすぎる帽子
あちこちに掲げられたメッセージを読むに、メイン展示物は「デロン」と呼ばれるパイプのようだ。子ども向けの玩具だろうと想像する一方で、「デロンは産業の原動力」「デロンは働き口を創出」といったメッセージも並び、混乱させられるばかり。 さらに作品は、「デロン展示館」と書かれた扉の周辺のみならず、市場内に点在していた。住人は気にならないのかと心配する一方で、隣の食堂も、明らかに自分のエリアではないデロン展示館の前に机を並べてるわけだから、お互い様か。もう無理
ほとばしるメッセージ
謎を解明すべく、半開きになっている恐る恐る扉を開けてみる。そこには外部以上に複雑なデロンで囲まれた圧迫感ある空間があり、初老の男性がひとりデスクで昼寝していた。この男性こそが、「ワールドデロンシステム」を開発した発明家、パク・シンジェさん(73歳)だ。ここは桃源郷か
アポなしで訪れたにも関わらず、快くインタビューに応じてくれたパク博士。彼の話によると、デロンは8つの接続部分と6つの連結部分からなり、これだけでどんな形でも簡単に作れるという。大きさは3種類あり、教育用玩具にもインテリアにもなる(コーティングすればお風呂にもなるとか)。 彼はもともとは大工だったが、木と木を連結するのにこの形のパイプさえあれば、安価なうえどんな形にも対応できることに思い至り、1985年から研究を開始。92年には商標も登録し、特許も持っているそうだ。 と、ここまでの取材は順調だったのだが、博士のマシンガントークはいよいよ加速し、話はビッグバンのように膨らんでいくので、私の乏しい理解力と語学力では正直ついていけなかったことを告白する。 朦朧とする頭でなんとかキャッチできたのは、「デロンが住宅問題を解決し、貧富の差を解消」「誰でも簡単に扱えるから、働き口の創出にもなる」「デロンが人間らしく生きられる世界を創造」「デロンは世界の共通言語となる」「ギネスにもユネスコにも登録されるべき発明」……。熱弁をふるう発明家
質問を挟む余裕を与えない怒涛の1時間が過ぎ、おなかがキリキリと痛くなった私は、話の途中だったが、礼を言っておいとました。 デロンがどれだけすごいのか何もわからなかったが、しかし70を過ぎても衰えない博士の想像力と情熱は、リスペクトに値するものがあった。いつの日かデロンがギネスに載り、世界中の人々がデロンを使ってコミュニケーションを取る時代に備え、あなたも一度デロン展示館を訪れてみてはいかがだろう。 (文・写真=清水2000) ●デロン展示館(ワールドドローンシステム) 住所 ソウル市麻浦区東橋路12キル21(西橋洞485-14) サイト http://www.derong.kr隣をふと見ると、人形の着ている服がデロン模様
Hey!Say!JUMP中島裕翔、デビュー10年でやっとわかった“メンバーへの信頼”について語る
「Myojo」2017年11月号(集英社)の連載「ジャニーズ10000字ロングインタビュー『STAND BY ME ~いつもそばにいてくれたね。~』」にHey!Say!JUMP中島裕翔が登場。デビュー10周年を迎えて感じた“自身の変化”について語っていた。
中島はデビュー当時の自身を振り返り、「見た目も考え方も幼かった」と語る。その上で現在の自分について「10年たった今、見た目だけじゃなくて、Hey!Say!JUMPの一員としての責任感も変わってきたなと感じます」と……
ダレノガレ、「猫虐待」にブチ切れ! 川島なお美、杉本彩……“動物愛護”に熱心な芸能人
10 月 4 日、モデルのダレノガレ明美が、埼玉県で起きた“猫虐待殺傷事件”について自身のツイッターで言及。以前、ダレノガレが飼っていた愛猫も虐待を受けて亡くなったことを明かし、動物虐待に対して強い不快感を示した。ダレノガレのように猫・犬好きの芸能人は少なくなく、中には保護活動やチャリティー活動を積極的に行っている人もいる。
「杉本彩は愛猫・愛犬家として知られているだけでなく、『公益財団法人動物環境・福祉協会 Eva』を設立して理事長を務めるなど、動物福祉にも力を入れています。ブログで自宅に引き取った保護犬・猫の様子をアップし、動物保護を呼びかけています。2016 年 3 月には著書『それでも命を買いますか?』(ワニブックスPLUS新書)を刊行。日本のペット業界が抱える闇を暴露して、改善方法を提案しています」(芸能ライター)
ロックバンドの SEKAI NO OWARI は、動物殺処分ゼロプロジェクト「ブレーメン」を通して支援している。
「16 年に動物殺処分の現状を知った SEKAI NO OWARI は、同年に『ブレーメン』を設立して、動物殺処分ゼロプロジェクト支援シングル『Hey Ho』をリリース。ボーカルの Fukase は『ブレーメン』を立ち上げた理由を、『みんながフラットに気軽に活動に参加できたら、うまく助かるものがある』『人が作ったシステムならば人の力で変えられるのかもしれない』と考えているようです。これまでに、収益をプロジェクトへの寄付に充てる支援シングルのリリースや支援公演を行っており、第一回収支報告では、およそ 9,700 万円の寄付金が集まったと発表しています」(同)
また、女優の浅田美代子も団体「Tier Love」の代表を務め、動物愛護活動に取り組んでいる芸能人だ。
「今年 2 月、浅田は『「動物の愛護及び管理に関する法律」の改正を求める署名』活動をスタートさせました。この活動は、ペット繁殖場の悲惨な現状を知った浅田が、“犬猫の繁殖業について免許制の導入”、“動物虐待・ネグレクトなどの不適切飼育について動物保護制度の導入”などを訴えたもの。オンライン署名サイト『Change.org』では、7万5,000人の賛同を目標としており、10月5日現在5 万 6,000 人近くの賛同者を集めています」(同)
ほかに、15 年 9 月に亡くなった川島なお美さんも、生前、動物愛護活動に力を入れていた。先月 29 日には、「犬と猫の殺処分を少しでも減らしたい」との遺言を夫の鎧塚俊彦氏が受け継ぎ、「川島なお美動物愛護基金」が創設されている。
ダレノガレもクラウドファンディングサービスで、猫の保護施設を支援する資金を募集するなど、積極的に動物愛護活動を行っている。愛猫・愛犬家の芸能人たちの呼びかけが、社会を動かすきっかけになるかもしれない。
ダレノガレ、「猫虐待」にブチ切れ! 川島なお美、杉本彩……“動物愛護”に熱心な芸能人
10 月 4 日、モデルのダレノガレ明美が、埼玉県で起きた“猫虐待殺傷事件”について自身のツイッターで言及。以前、ダレノガレが飼っていた愛猫も虐待を受けて亡くなったことを明かし、動物虐待に対して強い不快感を示した。ダレノガレのように猫・犬好きの芸能人は少なくなく、中には保護活動やチャリティー活動を積極的に行っている人もいる。
「杉本彩は愛猫・愛犬家として知られているだけでなく、『公益財団法人動物環境・福祉協会 Eva』を設立して理事長を務めるなど、動物福祉にも力を入れています。ブログで自宅に引き取った保護犬・猫の様子をアップし、動物保護を呼びかけています。2016 年 3 月には著書『それでも命を買いますか?』(ワニブックスPLUS新書)を刊行。日本のペット業界が抱える闇を暴露して、改善方法を提案しています」(芸能ライター)
ロックバンドの SEKAI NO OWARI は、動物殺処分ゼロプロジェクト「ブレーメン」を通して支援している。
「16 年に動物殺処分の現状を知った SEKAI NO OWARI は、同年に『ブレーメン』を設立して、動物殺処分ゼロプロジェクト支援シングル『Hey Ho』をリリース。ボーカルの Fukase は『ブレーメン』を立ち上げた理由を、『みんながフラットに気軽に活動に参加できたら、うまく助かるものがある』『人が作ったシステムならば人の力で変えられるのかもしれない』と考えているようです。これまでに、収益をプロジェクトへの寄付に充てる支援シングルのリリースや支援公演を行っており、第一回収支報告では、およそ 9,700 万円の寄付金が集まったと発表しています」(同)
また、女優の浅田美代子も団体「Tier Love」の代表を務め、動物愛護活動に取り組んでいる芸能人だ。
「今年 2 月、浅田は『「動物の愛護及び管理に関する法律」の改正を求める署名』活動をスタートさせました。この活動は、ペット繁殖場の悲惨な現状を知った浅田が、“犬猫の繁殖業について免許制の導入”、“動物虐待・ネグレクトなどの不適切飼育について動物保護制度の導入”などを訴えたもの。オンライン署名サイト『Change.org』では、7万5,000人の賛同を目標としており、10月5日現在5 万 6,000 人近くの賛同者を集めています」(同)
ほかに、15 年 9 月に亡くなった川島なお美さんも、生前、動物愛護活動に力を入れていた。先月 29 日には、「犬と猫の殺処分を少しでも減らしたい」との遺言を夫の鎧塚俊彦氏が受け継ぎ、「川島なお美動物愛護基金」が創設されている。
ダレノガレもクラウドファンディングサービスで、猫の保護施設を支援する資金を募集するなど、積極的に動物愛護活動を行っている。愛猫・愛犬家の芸能人たちの呼びかけが、社会を動かすきっかけになるかもしれない。
夫が妻の脚を裁縫用の糸と針で傷口を縫合! 中国でDIY手術に手を染める人が続出のワケ
「東網新聞」(9月29日付)によると、江蘇省泰州市にある第四人民病院に70代の女性が運ばれてきた。なんとこの女性、脚に20センチにわたり、大きく裂けたような傷を負っていたのだ が、その傷口をよく見ると裁縫用の糸で縫合されているではないか。一体、女性に何があったのだろうか? 実はこの日の朝、自宅のトイレで用を足していたところ、鋭利な物体に脚をぶつけてしまい、皮膚が裂けてしまったのだ。異変に気づいた女性の夫がトイレに駆けつけると、床は一面血の海だったという。本来であれば救急車を呼ぶところだが、なんと夫は自宅の裁縫道具に手を伸ばすと、針に糸を通し、麻酔や消毒など何も ないまま、妻の脚の縫合手術を始めてしまったのだ。ところが、その後も出血は止まらず、容体 が悪化する妻を見て、ようやく病院に搬送したというわけだ。 担当医は「自宅の裁縫道具で傷口を縫合する人など初めてだ。女性の脚は不衛生な環境下で縫合を行ったことで、傷口に 細菌が繁殖してしまっていた」と、非常に危険な状態だったことを明かした。ちなみにこの女性、病院から入院を勧められたが、拒否。その日のうちに帰宅してしまったため、現在の容体 については不明だという。 中国ではほかにも、自分で包茎手術を行った男性や、自ら男性器の切断手術を行った少年、口腔がんの摘出手術を自宅で行った男性などなど、DIY手術に手を染める者が後を絶たない。 その理由について、中国事情に詳しいフリーライターの吉井透氏は「医療保険制度の格差が放置される中、高額な治療費を支払えない、支払いたくないというのがもっぱらの理由」と話す。 中国の貧困層の生活は、かくもサバイバルなのだ。 (文=青山大樹)裁縫糸で縫合した脚から出血している様子がわかる
川島海荷「手つなぎ不倫報道」で仕事激減危機! “とばっちり”新垣結衣が、メンタル崩壊?
またもや、新垣結衣に全てのシワ寄せが来るのだろうか。 10月3日発売の「FLASH」(光文社)にて、女優・川島海荷と40代のTBS局員との手つなぎ写真が掲載された。 「川島と男性が飲食店を出た後に路上で手をつないでいる姿を激撮されています。後日、記者からの直撃を受けた川島は『酔っ払ってフラフラだった』『ドラマでご一緒させてもらってから、たまに相談に乗ってもらったり』と答え、男女の関係を否定しています。しかし、男性が既婚者であることから、世間からは不倫関係だったのではないかと疑われることとなりました」(週刊誌記者) 昨年来、芸能人の不倫に対しては、メディアも世間も「犯罪」同然の厳しい扱いをしており、出演するテレビ局はもちろん、番組スポンサーにまで視聴者からの苦情が殺到。結果、テレビから姿を消す芸能人も多い。 もし今後、決定的な“不倫の証拠”が出ようものなら、『ZIP!』(日本テレビ系)の総合司会などのレギュラー番組を持つ川島にとっては大きすぎる痛手だ。 「そうなった場合、事務所の先輩である新垣結衣に負担がかかる可能性がある」と言う業界関係者は、こう続ける。 「川島の所属事務所は、のんの独立や、清水富美加の出家、マギーの不倫報道などゴタゴタ続き。そして今回、川島に『不倫』のイメージが付いて仕事が激減するようなことになれば、その穴は稼ぎ頭である新垣が埋めることとなる。多忙を極める彼女は、以前から周囲にメンタルを心配されてきただけに、これ以上仕事が増えたら本当に倒れてしまうかもしれませんよ。ましてや、新垣と川島はお互いの自宅を行き来するほどの仲ですから、今回の件を受けて彼女の胸中は複雑でしょうし、その心労は相当なものでしょう」 新垣は7月期の月9ドラマ『コード・ブルー~ドクターヘリ緊急救命~THE THIRD SEASON』(フジテレビ系)に続き、10月21日には主演映画『ミックス。』の公開も控えている。さらに『コード・ブルー』の映画化が決まり、昨年のヒットドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)の続編もウワサされている。 「ドラマや映画だけでなく、多くのCMにも出演する新垣ですが、現場のスタッフからは『目が死んでる』『覇気がない』といった声が多く聞かれます。『ミックス。』のPRで吉本新喜劇の舞台にサプライズ出演した際も、笑顔とは裏腹に“表情筋”はほとんど動いていませんでしたね」(芸能記者) もし新垣が体調を崩して休養するようなことにでもなれば、ファンの怒りの矛先は川島へと向かうかもしれない。
川島海荷「手つなぎ不倫報道」で仕事激減危機! “とばっちり”新垣結衣が、メンタル崩壊?
またもや、新垣結衣に全てのシワ寄せが来るのだろうか。 10月3日発売の「FLASH」(光文社)にて、女優・川島海荷と40代のTBS局員との手つなぎ写真が掲載された。 「川島と男性が飲食店を出た後に路上で手をつないでいる姿を激撮されています。後日、記者からの直撃を受けた川島は『酔っ払ってフラフラだった』『ドラマでご一緒させてもらってから、たまに相談に乗ってもらったり』と答え、男女の関係を否定しています。しかし、男性が既婚者であることから、世間からは不倫関係だったのではないかと疑われることとなりました」(週刊誌記者) 昨年来、芸能人の不倫に対しては、メディアも世間も「犯罪」同然の厳しい扱いをしており、出演するテレビ局はもちろん、番組スポンサーにまで視聴者からの苦情が殺到。結果、テレビから姿を消す芸能人も多い。 もし今後、決定的な“不倫の証拠”が出ようものなら、『ZIP!』(日本テレビ系)の総合司会などのレギュラー番組を持つ川島にとっては大きすぎる痛手だ。 「そうなった場合、事務所の先輩である新垣結衣に負担がかかる可能性がある」と言う業界関係者は、こう続ける。 「川島の所属事務所は、のんの独立や、清水富美加の出家、マギーの不倫報道などゴタゴタ続き。そして今回、川島に『不倫』のイメージが付いて仕事が激減するようなことになれば、その穴は稼ぎ頭である新垣が埋めることとなる。多忙を極める彼女は、以前から周囲にメンタルを心配されてきただけに、これ以上仕事が増えたら本当に倒れてしまうかもしれませんよ。ましてや、新垣と川島はお互いの自宅を行き来するほどの仲ですから、今回の件を受けて彼女の胸中は複雑でしょうし、その心労は相当なものでしょう」 新垣は7月期の月9ドラマ『コード・ブルー~ドクターヘリ緊急救命~THE THIRD SEASON』(フジテレビ系)に続き、10月21日には主演映画『ミックス。』の公開も控えている。さらに『コード・ブルー』の映画化が決まり、昨年のヒットドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)の続編もウワサされている。 「ドラマや映画だけでなく、多くのCMにも出演する新垣ですが、現場のスタッフからは『目が死んでる』『覇気がない』といった声が多く聞かれます。『ミックス。』のPRで吉本新喜劇の舞台にサプライズ出演した際も、笑顔とは裏腹に“表情筋”はほとんど動いていませんでしたね」(芸能記者) もし新垣が体調を崩して休養するようなことにでもなれば、ファンの怒りの矛先は川島へと向かうかもしれない。
ひふみんより“笑撃”的!? Twitter、写真、CM……高齢でブレークした「スーパー老人」
10月5日発売の「女性セブン」(小学館)で、“ひふみん”こと加藤一二三・九段がモデルとして登場。黒いハットをかぶり葉巻を手にした写真など、“ちょいワル”な姿を披露した。今年6月に現役を引退した加藤九段だが、昨今の若手棋士ブームも手伝って、テレビやイベントなどに引っ張りだこに。その“可愛すぎる”と評判の人柄で、たちまち大ブレークを果たし、7月には芸能事務所・ワタナベエンターテインメントに所属と、77歳にして絶好調だ。実は、彼のように高齢で一躍ブレークする“スーパー老人”は、これまでにも数多く存在した。
「溝井喜久子(83歳)という女性をご存じでしょうか? かつての彼女は、平凡な、いち専業主婦でしたが、2010年に当時75歳という年齢でTwitterを始め、まさかの大ブレイク。昔から現在までの人々の生活や、高齢者問題、戦争中の経験、敗戦後の暮らしなど含蓄あるツイートが受け、今やフォロワー数9万以上(2017年10月現在)のカリスマTwitterユーザーになりました。『週刊女性PRIME』の取材によると、Twitterを始めたきっかけは元総理大臣の鳩山由紀夫。当時彼もTwitterを始めており、『60歳を過ぎた鳩山さんにできるなら、75歳(当時)の私でもできるだろう』との思いで始めたそうです」(芸能誌ライター)
何かを始めるのに“遅すぎる”ということはないのだろう。89歳のカメラマン・西本喜美子が初めてカメラを触ったのは、なんと72歳の頃だ。
「西本の息子さんはCHAGE and ASKAのレコードジャケットを制作したこともある業界では有名なアートディレクターなのですが、ある日彼が写真講座『遊美塾』を開講。西本は塾生たちに勧められる形で写真を始め、74歳の頃にはMacを使用した本格的な写真加工技術も会得しました。その後、彼女は“自分がごみ袋に入っている写真”など、衝撃的なセルフポートレート写真を次々と撮影。SNSなどで『この人天才すぎるでしょ…』『私もこんなおばあちゃんになりたい!』と話題になり、昨年には『ひとりじゃなかよ』(飛鳥新社)という写真集まで出版しています」(同)
高齢でブレイクした“スーパー老人”といえば、やはり“あの姉妹”も忘れてはならない。
「90年代には、双子の姉妹・きんさんぎんさん(当時100歳)が、ダスキンのCM出演を機に大人気となりました。成田きんと蟹江ぎんが『きんは100歳100歳、ぎんも100歳100歳』という台詞を披露するCMで、2人のチャーミングな姿に、お茶の間の視線は釘付け。たちまち大ヒットCMになり、その後きんさんぎんさんはテレビ出演やCDデビューを果たしました。1992年の新語・流行語大賞には『きんさん・ぎんさん』が選ばれ、当時の“国民的アイドル”と言っても過言ではないほどの大フィーバーに。あそこまでブレイクした“スーパー老人”は、後にも先にも、あの2人くらいでしょう」(同)
第2の人生どころか、“今が全盛期”と言わんばかりの元気すぎるおじいちゃんおばあちゃんたち。活躍の背後で蓄積された豊かな経験も原動力となっているのかもしれないが、若者世代だって負けてはいられないだろう。












