LGBTとはL(レズ)G(ゲイ)B(バイセクシャル)T(トランスジェンダー)の頭文字をとった言葉で、そんな彼らを表す通称。世界中のLGBTによる熱心な活動により、ここ日本でも認知度が高まり、理解も増えてきたのではないでしょうか。2015年(平成27年)の10月には、渋谷区で日本初となる同性婚を承諾することが決定(同性パートナーシップ証明の交付)し、芸能界でも、一之瀬文香と杉森茜さんが同性婚を約2年ほど前に公表し、残念ながらこの5月に破局してしまったことは、記憶に新しい出来事です。LGBTの活動でみると、レインボーパレードと呼ばれるLGBTのイベントも東京だけでなく全国各地で開催され、世間の関心もここ数年で高まっています。しかし、LGBTについての先進国といえる欧米諸国、特に米国の理解や関心度はやはりすごい。
米国で大きな反響を呼んでいるブログがあります。それはLGBTの“夫婦”が実子を授かったという記事。妊娠・出産に至るまでの経緯をFacebookに公開した彼らは、世界中で注目されました。そんな彼らのインタビュー記事が、アメリカの人気ニュースブログサイト「BUZZ FEED」に掲載されています。
◎What To Expect When You’re A Trans Dad Expecting
オレゴン州ポートランド在住のトリスタン・リーズさん(34歳のLGBT男性)とその夫のビフ・チャプローさん。2人は2010年に共通の友人の主催するトランスジェンダーコミュニティで出会いました。彼らには養子2人(ビフさんの実の姪と甥)と実子、計3人の子どもがおり、子どもたちからは、トリスタンさんは「Daddy」、ビフさんは「Dada」と呼ばれています。
トリスタンさんが妊娠9カ月の頃(臨月)、「BUZZ FEED」は彼らの自宅に訪問し、この経験をネットで公開した理由、LGBTで親になることとは、そして、彼らのようなLGBTの家族に待ち受けている未来とは何かを、インタビューしています。今回は、トリスタンが語った大変興味深い内容を、抄訳、一部を再構成してみなさんにお伝えします。
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養子を引き取り、妊娠を決意するまで――「自分の遺伝子がそんなに特別か?」
同棲してから3カ月後、1本の電話があったんだ。ビフの姉の子どもたちが、「引き取り手がいなければ養護施設に行くことになる」って。それで、「僕たちが引き取れるのか?」って聞いたんです。それから1年が過ぎ、再度電話がきて、僕たちが子どもを引き取らないなら、ビフの姉は子どもを取り戻すことができなくなると、はっきり伝えられました。そうなると、僕らは、おそらく子どもたちにもう二度と会えないことになる。だから、答えはハッキリしてました。「もちろん、僕たちが引き取ろう」って。
これは、僕たちが結婚すること以上に、大きなことでした。それはつまり、18年以上一緒にいようという決意でもあったから。僕たちは毎年、子どもたちを引き取ったその日を「家族の日」として祝ってます。その日は、子どもたちが僕たちに質問できる日の1つ。彼らは、毎年違う質問をしてきて、その内容で僕たちは子どもたちが成長していることを確認してるんだ。子どもたちも理解してるんだって。
それでも僕たちの生活や、父親としてのアイデンティティに子どもは悩まされている。こう疑問に思った瞬間があります。「この決断を元に戻すことはできないか?」って。きっと僕は父親ではなく面白い叔父さんになるべきだって。
僕がトランスジェンダーになった時、決して結婚したくなかったし、生理も嫌だった。家、車すら欲しくなかった。僕はいつも、恋にも何にも縛られない自由な身でいたかったんだ。家族を持つことを、自分自身諦めていると思ってたし、オプションとしても考えていなかった。実子が持てるなんて夢にも見たことはなかった。まず始めにそんなことは不可能だと思っていたし、2つ目に、そんなことができる強い人間になるには時間がかかったんだ。
以前は、妹の出産をからかっていたんだ。どうして子どもが欲しいの? 自分の遺伝子がそんなに特別か? って。でも今の僕をみてよ。子どもたちは僕の遺伝子じゃないけど、すごくスペシャルだ。ビフの遺伝子だから。
ビフに出会ってから、「もし僕らが子どもを持てたら? 僕がそうさせてあげられたら?」という考えを持つようになりました。でもこの、「子どもを持つ」という考えは本当に疲れるもので、しばらく寝かせて、よく考え、そして調べました。ある日、僕はビフに言ったんだ。「僕が妊娠して出産したらどう思う?」って。当初、彼は「そんな最低なこと言うな」って言ってくれた。彼は、僕の個人的な安全を心配していました。
結論を出すのには時間がかかった。数カ月後にビフは僕のところにやってきて、しばらく自分探しをしていたと、打ち明けてきたんだ。それで、もしこれが大事な何かならやりたい、と言ってくれました。
公開した意図、ネットやLGBTからの反響――「それはすごく素晴らしかった」
僕たちのこの経験を公にネットで公開することは、意図的な決定でした。僕たちが目指すのは、今日の僕たちの文化における、トランスジェンダーの活躍とトランスジェンダーへの理解です。僕たちのこの経験を語ることが、何かの進展になるのか? トランスジェンダーの意味を広げるチャンスがあるのか? それとも、これはあまりにも挑発的で、人々をトランスジェンダーへの理解から遠ざけるのか? みんなは僕たちの話を受け入れる準備はできているのか? ――そして僕たちは、ここで何か良いことをするチャンスがあると思った。公開したのは、僕らがトランスジェンダーとしての次のステップへ進む準備が整ったからです。
トランスジェンダーになるということは、自分の体が嫌いだったり、与えられた性で生まれてこなければよかったのに、と思ったり、望む性別になりたかったとの思いがあるとされがちです。でも、それは、トランスジェンダーの全ての人にとっての事実ではない。僕らは僕らであることに満足している。でも、これだって、誰かにとっては事実だけど、全ての人にとっての事実ではない。
僕らに対して、「生まれてくる子どもの性別を決めるのは、やめるべき」だと言う人もいる。彼は男だ、この子は少年だ、とか伝統的な男性的な名前をつけたりするのは、どれもいいことではない、と。僕たちは、統計的に男の子と識別される子どもが産まれます。トランスジェンダーであることは、まだ稀なケースだから、この子はそうでないかもしれない。だとすれば、中性的に育てることは、僕らが性別を与えることより、子どもにとって不満の種になる可能性があるんです。
僕はこういったコメントをネットでもらうこともあります。「私はあなたをジャッジしない、けれど子どもを『人と違うことで非難される世界』に連れて行ってはならない」。とてもショックでした。抑制されてきた僕らが、それを言われたんですから。どうやって僕が子どもをそんな世界に連れていくと?
それからこんなコメントもあります。「トランスジェンダーたちが自分たちの課題をアピールしようとしているだけだ」。そしてひどいものだと「お前は変な奴にみえるよ、 赤ちゃんが死ぬことを願ってるよ」「お前はガンの糞だな」。こういう感じのを毎日書かれるんだ。
トランスジェンダーのコミュニティからは、「あなたたちが私たちのことをもっと厄介にしている。人々を混乱させている」などと言われると思ってたけど、それは違った。LGBTの人々から圧倒的に聞く声は、「男であること、トランスジェンダーであること、家族になることの意味を大きくしてくれてありがとう」。
出産前の数週間は本当に大変で、僕は世間から隠れていたい気持ちだったから、注目を浴びるようなことはしたくなかった。でも、僕たちはプライド(ゲイプライド)のために出かけ、「トランスマーチ」と「プライドフェスティバル」に行きました。それはすごく素晴らしかった。LGBTの人々の多くが、僕たちのところに来て僕らのことをネットで読んだよ、と声をかけてくれて、公開したことに感謝してくれたんです。コーヒーを飲みに行けば、バリスタが僕に「Facebookで見たよ」と言ってくれる。
トランスジェンダーの家族として――「違うことは平気なんだ、とだけは伝えています」
僕はDaddy、ビフはDadaと子どもたちから呼ばれるけど、「Dad」と子どもが呼ぶこともあるんだ。子どもたちが食べ物のことを聞くときに「Dad」と言ったら、それはビフのこと。「お父さん アイスキャンディー食べていい?」これもビフ。「お父さん、サッカーボールを蹴って?」 これは僕だ。これは僕がすることだから。
ビフ(パートナー):子どもたちは、何が起こっているのかを十分に認識しています。僕たちはいつも、トランスジェンダーの親や、そういう家族を持つことの意味について彼らに話します。ネガティブな側面をたくさん共有しているわけではありませんが、みんなが「違う」と思ったことでも、「違うことは平気なんだ」ということだけは伝えています。「違うということが間違いではない」と。彼らは理解し賛成してくれています。
トリスタン:赤ちゃんを持つトランスジェンダーの男性は、たしかに世間的に少数だと思います。でも、今後も確実にそういう人は現れるし、そもそも過去にもあったことだから、僕らが「最初のカップル」というには程遠いよ。もっとたくさんの人たちに、支援してくれたみんなのおかげで僕が手に入れられたような“場所”を見つけてほしい。
そうゆう場所を取り巻くネガティブな侮辱も減ることを願ってる。もうみんなが「じゃあ、お前は本当の男じゃないんだな」なんて言わないことを。
(抄訳・構成/藤子留美加)