「石を拾った帰りに事故」「夜更けに激痛」素人が“行ってはいけない”パワースポット11

 神社をはじめとするパワースポットに出掛けるのは、願い事をかなえたいときか、パワーを授かりたいときだろう。しかし、参り方次第では悪気がないまま「神社の闇部分に触れてしまうことがある」という。パワースポットの書籍などを手掛け、神社仏閣の知識も豊富なA氏が「実は、素人が行くのは危険」と話す、“行ってはいけない”パワースポットとは?

 まず、なぜ神社がパワースポットとされているのだろうか。A氏は、古来の聖地に建立している神社が多いこと、そして、そこで長年祭りが行われてきたからだ、と話す。人々が神に祈り、神を降臨させてきた歴史の積み重ねが、聖なる力の土台となっているようだ。そして、「人々の思いが積み重なった場所である」ことから、よからぬ思いを参拝客が持って帰ってしまうこともあるという。

<危険なパワースポット1:人がたくさん死んだ神社は危険度◎>
 戦場となった神社は数多くある。「神域で殺し合いをするの?」と、驚かれるかもしれないが、神社には整備された広い境内があるため、戦の際に陣営を敷くのにうってつけ。関東では、鎌倉近辺に多く、戦場だけではなく、源義経や護良親王ら、悲劇のヒーローの首が洗われたり、捨てられたりした神社もある。

◎誉田八幡宮(羽曳野):大阪夏の陣、「道明寺・誉田の戦い」の陣地となった。「誉田林古戦場跡」の石碑がある。
◎生田神社(神戸):源平合戦では神社の森が戦場となっている。
◎安居神社(大阪):真田幸村最期の地。境内で敵に首をとられたともいう
◎白旗神社(藤沢):義経の首を洗った井戸
◎王子神社(横浜):後醍醐天皇の皇子、護良親王の首が埋められた。

 悲劇のあった神社では、あまりうるさく騒がない方が良いだろう。戦が上手で武士たちの信望も厚かった護良親王は、歴女からの人気も高い。護良親王ファンの歴女B氏が、お守りにするつもりで、首を洗ったとされる井戸のそばで石を拾ったところ、その帰り道で車が事故に遭い、むち打ちの後遺症が残ってしまったという。「単なる偶然かもしれないが、その地で非業の死を遂げた偉人がいたことを心に留め、敬意をもって参拝してほしい」とA氏は語る。

<危険なパワースポット2:おびただしい数の死骸が埋まる神社>
 関西は戦の舞台となった土地が数多くあり、大坂夏の陣・冬の陣では、豊臣と徳川の大軍が衝突した。死者の数は、ほかの戦とは比べものにならないだろう。それだけの死体が大阪に埋まっている。

◎大阪府南部に存在するX神社:南朝きっての戦上手といわれた楠木正成が深く信仰した神社。正成の子孫が代々宮司を務めるという由緒ある神社で、社殿背後にある山全体が境内地だが、その昔はもっと広かったらしい。しかし、時代とともに境内を縮小し、マンションが建てられることになった。その際、基礎工事の杭打ちをするため地面を掘り起こしたところ、おびただしいしゃれこうべが出てきたとか。

◎大阪府柏原市に鎮座する片山神社:大坂夏の陣で後藤又兵衛が孤軍奮闘した丘にある。妻の病平癒を祈って片山神社へお百度を踏みに来たC氏は、奥の林で人の叫び声を聞いたという。怒りの声ではなく、悲鳴でもない。勇ましい、いわゆる「鬨の声」のようだったという。この地で没した又兵衛は、まだ死んだことに気づかず、戦っているのかもしれない。そんな又兵衛の目に、自分は味方に見えるだろうか、それとも敵に……そう考えると背筋がゾッとし、お百度の半ばではあったが早々に退散したそうだ。

<危険なパワースポット3:ライバル関係にあった武将を祀る神社>
 日本人は、死者は全て神となると考えてきたため、武将を祀る神社も数多くある。豊臣秀吉、徳川家康、織田信長などなど……しかし、秀吉にとって家康は、愛してやまない息子を殺して天下を奪った、憎むべき存在だろう。こうした敵対関係にあった武将の神社を「はしご」するのは危険行為だという。

◎東照宮(太田、和歌山他):徳川家康を祀る×豊国神社(名古屋、大阪他):豊臣秀吉を祀る。

◎建勲神社(天童、京都他):織田信長を祀る×御霊神社(福知山):明智光秀を祀る。

 和歌山在住の歴女D氏は、地元の紀州東照宮には何度も参拝しており、お守りはいつも持ち歩いていたそうだ。大阪出張の際、大阪城を見学した彼女は、豊国神社にも参った。その夜、尋常ではない、内臓がひっかきまわされるような腹痛で飛び起き、翌朝にはすっかり治っていたものの、「そういえば、豊臣秀頼の最期は切腹だった」と思いだして、ゾッとしたという。

 最後にA氏は、「女子旅で訪れたり、深く考えずにデートで参拝したりしたら、とんでもない目に遭った……なんてことも少なくない。その場所でどんな歴史があったのか、簡単でいいから調べてみてほしい」と話した。ご利益の実体験が女性誌で特集されることがあっても、パワースポットの「悪い話」は表に出てこない。パワーを得るどころではない結果に終わらぬよう、下準備はしっかりした方がよさそうだ。

過去の技術から劇的進化した最新モデルへの転換は必然……関西電力がトロリーバスの廃止を決定

過去の技術から進化した最新モデルへ転換は必然……関西電力がトロリーバスの廃止を決定の画像1
「立山黒部アルペンルート」公式サイトより
 あの貴重な路線がなくなってしまうのか!?  関西電力が、立山黒部アルペンルートの一部で運行しているトロリーバスを、2019年から電気バスに変更することを発表し、話題になっている。この路線は、1964年に開通した長野県大町市の扇沢駅から富山県立山町の黒部ダム駅までを結ぶトンネル路線。開通以来、黒部ダム観光の足として多くの乗客を運んできた。  だが、関西電力では車両更新後の電気料やメンテナンス料金を考慮し、蓄電池式の電気バスに切り替えることを決めた。  トロリーバスは、上に張られた架線から電気を得て走る、いわばバスの形をした路面電車である。法的な分類は「無軌条電車」すなわち鉄道としての扱いになっている。  かつては、日本でも東京や大阪、横浜や名古屋など大都市でトロリーバスが運行されている時代があった。だが、それは次第に姿を消し、現在はこの関電トンネルトロリーバスと、室堂駅~大観峰駅の立山トンネルトロリーバスが残るのみである。  東京の例を見ると、1952年に開業した都営トロリーバスは亀戸~池袋~新宿間などを運行するも、1968年には廃止されてしまった。 「トロリーバスは、線路が不要なため路面電車よりも低コストで運行できるメリットがありました。でも、都市部での運行にはデメリットも大きかったんです。架線から電気を得る必要があるため、決まったところしか走ることができません。それに輸送力は路面電車よりも少ないんです。そのため、次第に廃れていったという歴史があります」  そう話すのは『路面電車の謎 思わず乗ってみたくなる「名・珍路線」大全』(イースト新書Q)などの著書がある、フリーライターの小川裕夫さん。小川さんによれば、今回関西電力が切り替えを決めた電気バスは、次世代エネルギーを用いた公共交通として、水素バスと共に期待されているものだという。 「トロリーバスに比べて電気バスは、とにかく蓄電池の性能が向上しています。都内でも電気バスを導入している自治体も出てきていますよ」(同)  都内では墨田区や羽村市で導入されている電気バス。全国各地で、徐々に導入が進んでいる。今回、関西電力が導入する電気バスは、車載パンダグラフで超急速充電ができるもの。座席数はトロリーバスの36席から33席に減るが、定員は76人から80人に増える。  すでに過去の技術になったトロリーバスから、最新の電気バスへの転換は、もはや必然という流れなのか。立山トンネルトロリーバスは引き続き運行されるが、車両の更新は「今のところない」とのこと。廃止までの間に、ぜひ一度は乗っておきたい。  なお、もし訪問するならば、関西電力が毎年行っている「黒部ルート見学会」がオススメ。これに参加すると、普段は乗ることのできない関西電力専用軌道を体験できる。 (文=昼間たかし)

『ウチの夫は仕事ができない』妊婦が「走る」「浴衣を着る」のはアリ? 視聴者の間で物議

 関ジャニ∞・錦戸亮主演のドラマ『ウチの夫は仕事ができない』(日本テレビ系)第8話が、9月2日に放送される。視聴率は、初回11.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を獲得したものの、第2話から1ケタ台に落ち、以降は8~9%台で推移している。

 同作は、容姿・学歴・収入ともに申し分ないものの、実は仕事のできない“お荷物社員”な夫・小林司(錦戸)とその妻・沙也加(松岡茉優)が、二人三脚で社会に挑んでいくという“お仕事ホームドラマ”。

 第7話で司は、地域の盆踊り大会を盛り上げてほしいという大手飲料メーカーからの依頼を任されることに。しかし町内会は、年々客足が遠のいているため、今年から盆踊り大会の開催を見送るつもりだと言う。

 司は上司の土方(佐藤隆太)に、地元の人が望んでいない盆踊りを、企業の都合だけで行うのはどうかと相談。すると土方に、「スポンサーからの依頼を受けた以上やらなければならない」と叱咤され、地道な集客活動や商店街への協力要請などを行いながら、盆踊り大会を成功させるために奔走する。

「一方で、第7話では、沙也加のおなかの子が、男の子か女の子かという点にも、焦点が当たりました。ところが、妊婦の設定にリアリティがないと指摘する視聴者も多く、胎児の様子を3Dエコーで観察するシーンには、『これだけ赤ちゃんが大きいのに、おなかが出てなさすぎじゃない?』との声も。また、沙也加が走っているシーンもちらほらあり、『妊婦なのに動きがアクティブすぎる』と違和感を覚える人もいました」(芸能ライター)

 最終的に司は、見事盆踊り大会を成功させ、沙也加もお祭りに参加。しかしこのシーンで、沙也加は浴衣を着ており、「妊婦は、あまり浴衣は着ないと思うんだけど……」との声が。一方で「妊婦だって浴衣くらい着るでしょ」との声もあり、視聴者の間でちょっとした議論が巻き起こった。

 第8話では、司が重大なイベントの担当者に抜擢され、最大のチャンスが訪れる。また小学生時代の親友と再会し、司に思わぬ転機が到来する模様。

「次回予告では、突然『第二章 突入』というテロップが画面に映し出され、沙也加の『うちの夫は仕事ができるようになった』というナレーションが続き、司も『僕が一番。一番なんだ』と人が変わったように、自信たっぷりな表情を見せています。視聴者からは『え? 今回の次回予告なに!? どうなるの?』『シリアスな展開になりそうで、怖いんだけど』との声が続出。見逃せないエピソードとなりそうですね」(同)

 突然の新章突入で盛り上がりを見せる『ウチの夫は仕事ができない』。今後の展開次第では、初回以来の視聴率2ケタも夢ではない。

「難関中学受験向きの私立小を受ける」保育園経営者が語る、“お受験トレンド”とは?

 

 まもなく私立小に通う娘の夏休みが終了し、9月4日から新学期がスタートします。始業式って9月1日と思いきや(昭和世代)、いまどきは8月28日から新学期の学校が多いのだとか。世の中、ゆとり教育はとっくに終了し、静岡県のとある学校では、来年度から土日祝を除くと16日しか夏休みがなくなるというニュースも。どっちがいいのかわかりませんが、うちの場合は早起き+弁当の学校なので、ゆるく過ごせる夏休みは親子で助かります。

 娘なんて学校のない時期はトドみたいな生活を送っているせいか、なかなかの太めボディ(笑)。学校の健康診断で引っかかるほどではないのですが、異性には無縁です。親からすると丸くて温かくて、柔らかくて可愛いですけどね。ここにきて、やっと洗顔フォームを使って顔を洗うことを覚えたレベルです。

 彼女がこの夏休みに率先してやったことは、マンガ『NARUTO‐ナルト‐』(集英社)を全巻(70巻強)読んだこと、自由研究の「伊達政宗につながる自分のルーツ」のための下調べという名の旅行ぐらいでした。朝の通勤時間帯と重なるSAPIXの夏期講習軍団を見ると、小学校受験で頑張らせてよかったなと思います。娘の学校に外部受験で超難関校(麻布や開成)を狙うクラスメイトがいますが、落ちても戻れるので、公立の子よりはストレスが少なそうです。

■慶應や早実は逆に中学受験しづらい

 最近は中学受験するなら私立小からという流れがあり、洗足学園小、トキワ松学園小(特に男子)、都市大付属小は、中学受験するために過ごす小学校として人気があります。逆に慶應幼稚舎や慶應横浜初等部、早実初等部、青山学院初等部などに入ると、エスカレーターで中学に上がる子が一般的なので、中学からしかない難関進学校(桜蔭、女子学院、麻布、開成など)へは頭がよくても環境として受験しづらいんです。そのため、あえて小学校で中学受験向きの私立を選択します。

 実は先日、駒沢の森こどもの園のママと面談をしていたら、「自分が中学受験(難関校)をしたので、息子にも中学受験をさせたい。なので、中学受験に向いている私立小へ行きたい」とのことでした。中学受験を通し人間として成長したらしく、息子ちゃんにも経験させたいそうです。ママはやはり難関校へ受かるには、公立小よりも勉強環境が整っている私立小がいいと判断されたようです。私も同感ですよ!

 公立小は、勉強に対するお子様や保護者の意識がさまざま。前にお預かりしていた、公立小のお子様が宿題をやっているところを見て愕然としました。消しゴムを使わない、漢字の点やはらい、止めは無視。先生は注意をしていないそうです。あまりにひどかったので、お節介と思いましたがお母様に連絡をしたら、「なんとなく形を覚えてくれればいい」と言われクラクラしました。こうした子もいる状況の中で「自分は自分」と、孤高の人として中学受験をするのは本当に難しいです。子どもってラクな方に流れるので、足を引っ張られるかもしれません。まー、これは頭のよい子が陥る悩み+そこそこいい中学に行ってほしいと思う保護者の悩みなので、何を基準にするかはご家庭次第ですが……。

 うちの場合は、このママとは違って、私が中学受験で失敗したので、遊ぶ誘惑の少ない小学校受験でと考えました(なので、いまお受験保育園やってます!)。ちなみに、幼稚園から附属に入るには、そもそも募集する学校が少ない、あっても募集人数が少ないので、合格する子は縁故が多く不利。共働きなので、幼稚園受験は選択肢としてありませんでした。附属以外の幼稚園は、保育園からでも名門私立小へ合格する時代に、わざわざ行かせようとは思わなかったですね。

 エスカレーターでのんびり過ごすのも、中学受験するのも、小学校受験のメリットなんだと思います。いまは、今年度お受験の“こまもりーず”のことと、自分の筋トレのことで頭がいっぱいです(笑)。

角川慶子(かどかわ・けいこ)
1973年、東京都生まれ。「角川春樹事務所」会長・角川春樹氏の長女。自身も元アイドルという異色の肩書きに加えて、ビジュアル系バンド好きで、元バンギャルの”鬼畜ライター”としても活躍。2011年9月に認可外保育園「駒沢の森こども園」、16年4月からは派遣ベビーシッター「森のナーサリー」、17年4月に認可外保育園「衾の森こども園」をオープンさせる。家庭では9歳の愛娘の子育てに奮闘中。

嵐・二宮和也、日テレ青木源太アナウンサーの“嵐愛”に言及! ゲスト出演の要請も!?

 嵐・二宮和也がメインパーソナリティーを務めるラジオ『bay Storm』(bayFM)の8月27日放送回にて、“嵐好き”を公言している日本テレビ・青木源太アナウンサーのゲスト出演を示唆する発言が飛び出した。

 この日の番組には、リスナーから青木アナの番組出演リクエストが届いた。きっかけは青木アナ自身がトークショーで「収録に参加させてほしい」と発言していたことからのようで、これに二宮は……

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別居婚4年で離婚、弁護士の初仕事は自分の養育費調停【別れた夫にわが子を会わせる?】

わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第7回 山崎庸子さん(仮名・36歳)後編

 大学の同級生とロースクール在学中に結婚した山崎庸子さん。司法試験を受けるため別居生活だったが、受験勉強中に妊娠出産。公務員の夫は2カ月の育児休暇を取り、子育てに尽力してくれた。しかし、その育休をきっかけに義父母との関係が悪化。さらに夫との仲もこじれていった。出産後半年で離婚が頭をよぎったものの、受験生だったため、封印して円満な別居生活を続けていた。ところが、初の司法試験は不合格。子連れで浪人生活を送ることになる。

(前編はこちら)

■息子の3歳の誕生日を祝うことなく協議離婚

 転機となったのは息子がちょうど3歳になった2011年の3月初旬だった。

「北陸から引き上げて東京で夫と同居しようと話が進んでいました。幼稚園と延長保育を駆使すれば、東京でも子育てと勉強を両立できるだろうと。ところが、2月ごろ彼が『同居に実は不安があるんだ』と言い始めたんです。新居の賃貸契約や退去の手続、退園の連絡が進んでいるのに、です。不安があるという感情だけ言って、じゃあ具体的に、どうするのかという話にはならない。だんまり。それが、北陸で一緒に過ごした最後の時になりました。

 本当は、3月初旬の息子の誕生日のころにも来る予定はあったんです。一緒にお祝いしようかと。でも、連絡が乏しい。結局、本当に来なくて、息子の誕生日を一緒に祝うこともしなかった」

 息子の誕生日から一週間あまり。東北に津波が押し寄せた。いわゆる東日本大震災である。

――震災が発生したときは大丈夫でしたか?

「東北の被災地ほどではないにしても、少し揺れたし、ちょうど手伝いに来てくれる予定だった母が乗っている電車は一晩動かず、大変でした。連日被災地のニュースも見て、日本の異常事態だと感じながら、東京に転居するまでの準備をし、一日一日過ごしていました。

 そんな折に、彼が珍しく、嬉々とした様子で電話をかけてきたんです。『被災地応援辞令を受けて、被災地に行ってくるね。だからあとはよろしく』って。これにはあっけにとられました。さも、同居できなくなることが心底うれしいといわんばかりの雰囲気があふれていました。

 よくよく確認すると、いきなり、被災地に行ってしまうわけではなかったみたいで、彼は渋々と同居を受け入れることになったのですが、同居生活の準備の話は一切できないままでしたね。震災という局面に接して感じたのは、『後悔のない人生を生きなきゃ』という強い思いでした。つまり、離婚する決意を固めたんです」

 3.11発生から約1カ月後の4月に、晴れて離婚が成立した。

「ただ届けを出しただけの協議離婚です。東北行きの正式な辞令がなかなか下りなかったため、最低限の協議はできました。養育費という名目では素直に払いたくなかったようで、幼稚園代(教育料、教材費、延長保育料など)の平均、毎月5万円弱を彼の口座から引き落とす形で、実質的に養育費5万円を負担してくれることになりました。

 離婚はしたけども、初めての同居生活は、試験が終わる5月半ばまで続けていました。彼も、受験に配慮してくれたようです。解決先延ばし癖があっても、心底嫌なことには行動が早い。いつのまにか転居先を見つけていて、早々に同居を解消しました。そのあと、辞令通り、東北で滞在したこともあったようだけど、数週間で戻ってきたようです」

 3.11と離婚という大きな節目を経て挑んだ、2度目の試験は、また不合格だった。実家のサポートを受けながら幼稚園児の息子を育て、離婚した元夫と息子の面会交流をさせつつ、自身は、司法試験予備校の教材作成のバイトで生計を立て、最後の試験に挑戦する。翌年合格、11月末からは司法修習生となった。

「司法修習に行く先輩たちを見ていたら、全国のどこに配置されるかわからないと知っていました。でも、私は息子がいたからか、第一希望の関東での修習がかないました。自宅から修習を受ける各施設までは1時間の距離。これなら子どもを幼稚園に通わせることが可能でした。修習の内容ですが、民事裁判、刑事裁判、検察、弁護士の実務修習と起案の指導を中心とした集合研修があり、その後、最後の国家試験を合格して、なんとか法曹資格を得ました。2013年には晴れて弁護士となることができました」

――弁護士になって最初に手がけた案件はどんな案件でしたか?

「自分の養育費調停が、弁護士になってからの事実上の初仕事だと思います。息子が小学校に入った途端、一切支払わなくなってしまったんです。正論を説いたところで、解決を先延ばしにする癖は、離婚前と同じだとわかっていたので、協議の場に元夫を引っ張り出さなければならないって思い、すぐに調停の申し立てをしました。申立手続きは全て自分1人で用意し、途中の主張書面も力のこもった大作を提出したんです」

 実際の調停の場で、元夫はいくつかの主張をした。それは、すでに毎月5万円を3年間、トータルで180万円の幼稚園代として払ってきたということや、平均年収は3,000万円という弁護士の平均所得の高さについてだった。

「彼はできる限り少額しか払いたくない様子でした。一方、私は彼のいう180万円を逆手にとって次のように言いました。『これまで毎月5万円が実質的な養育費として、合意に基づいて支払われた実績がある。この合意を変更する事情はほかにはなく、合意どおり毎月5万円が支払われるべき』と。

 弁護士の所得に関する指摘については無視です。調停委員も相手にしていなかったと思います。業界全体が、変動していて、年収3,000万円を超える人も中にはいるかもしれないけど、弁護士一般の年収ではないのはもちろん、現に、そのとき弁護士になりたての私に関しては、そもそも所得が少ないことを、給与証明書を提出して示していましたから」

 息子同伴の第一回調停の後、久々の父子再会が実現する。

「とにかく私としては、唐突に払わなくなったことに怒り心頭ではありました。それとは別に、たまたま学校が振替休日だったために同伴していた息子と、調停終了後、父子が再会することになりました。調停委員の目の前で、お互いに笑顔がはじけて再会するのですから、その後の進行上、印象に残る場面になったと思います。

 再会の場で彼は、養育費を払っていないのに平然とした調子で『面会交流は続けていこう』とか言って、私の気持ちなんて何もくみ取りません。それどころか『今月泊まりに来ないか』とまで言い始めた」

――2回目の調停の場は?

「彼は、遅刻して出頭したので、待ち時間が長くなり、協議が進みません。私のイライラも募ります。『5万円払ってくれないと、もう面会交流させない』って強く断言してやりました。すると、子どもを夫と会わせようと奮闘してくださった調停委員が私を説得しようとしてきました。

『面会交流はお子さんのためのものですからね。わかっているでしょ、先生』って。私はすっかり悪母です。カッとして『養育費だって子どものためだろうがっ!』って喧嘩ごしの荒々しい口調で、悪態をつきました。裁判所を離れたあとも怒りは収まらず、その勢いのまま、自宅で息子に手紙を書かせました。『養育費を払ってください。5万円約束通り払ってください。嘘つかないでください』って(苦笑)。本当はこんなことしちゃいけないと重々、仕事柄知っているんですけどね。そのぐらい彼の態度にも裁判所の正論にも怒ってたんです」

――3回目の調停は?

「裁判官が出てきて、彼に直々に説得をしてくれました。調停の場合、最後の挨拶に来るぐらいの役目なんですが。弁護士が代理人を立てずに本人調停、しかもその弁護士が暴れてるというのが珍しかったんでしょうし、子どもがしばらく父親に会えなくなるかもと危惧したんでしょう。修復不可能にならないようにってことで、裁判官が彼を説得してくれました。

 その結果、養育費は5万円だけでなく、月イチの面会交流を妨げないという条項を盛り込むことで落ち着きました。養育費は20歳までではなく、22歳までもらえることになりました。大学時代、お互い親に面倒をみてもらっていたから、我が子が大学を卒業するまではちゃんと面倒を見ることについて、争いはなかったです。

 でも元夫婦は今後、よほどじゃない限り連絡は取らないという約束もしました。彼の希望ですが、私も大歓迎です。だから面会交流の日程調整の協議も、息子の携帯で息子自身が連絡調整するから、私は楽なんです。もちろん、いつ会うかは把握していますし、息子も私に予定を教えてくれます。こんな感じでストレスない形で、今後も面会が続いていくんだと思います」

――面会交流はどんなふうに行っていますか?

「月イチで会う日は最寄駅で朝9時に会って、16時半か17時半まで。聞くところによれば、月1回2時間という相場からすれば、十分充実しているかもしれません。どこに行ったか聞けば、近くにある漫画図書館でずっと過ごしたり、映画を見に行ったり、遊園地に行ったりと息子が教えてくれます。

 一方、泊まりの面会については、もっと丁寧に交渉してくれたら、私は全然、宿泊旅行とかもOKなんです。だけど息子がNGです。元夫は再婚していて、その再婚相手を必要以上に毛嫌いしてて『会うのが嫌だから。泊まりは絶対嫌だ』って言ってるんです。

 向こうが提案してくるのなら、彼側の祖父母の家に行くとかもやってもいいと思います。息子も小学校の高学年になるし、ずいぶん成長しましたからね、冒険させてもいいと思っているんです。これだけいい子に育ってますよというのを見せつけてやりたいです」

西牟田 靖(にしむた やすし)
1970年大阪生まれ。神戸学院大学卒。旅行や近代史、蔵書に事件と守備範囲の広いフリーライター。近年は家族問題をテーマに活動中。著書に『僕の見た「大日本帝国」』『誰も国境を知らない』『日本國から来た日本人』『本で床は抜けるのか』など。最新巻は18人の父親に話を聞いた『わが子に会えない 離婚後に漂流する父親たち』(PHP研究所)。数年前に離婚を経験、わが子と離れて暮らす当事者でもある。

別居婚4年で離婚、弁護士の初仕事は自分の養育費調停【別れた夫にわが子を会わせる?】

わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第7回 山崎庸子さん(仮名・36歳)後編

 大学の同級生とロースクール在学中に結婚した山崎庸子さん。司法試験を受けるため別居生活だったが、受験勉強中に妊娠出産。公務員の夫は2カ月の育児休暇を取り、子育てに尽力してくれた。しかし、その育休をきっかけに義父母との関係が悪化。さらに夫との仲もこじれていった。出産後半年で離婚が頭をよぎったものの、受験生だったため、封印して円満な別居生活を続けていた。ところが、初の司法試験は不合格。子連れで浪人生活を送ることになる。

(前編はこちら)

■息子の3歳の誕生日を祝うことなく協議離婚

 転機となったのは息子がちょうど3歳になった2011年の3月初旬だった。

「北陸から引き上げて東京で夫と同居しようと話が進んでいました。幼稚園と延長保育を駆使すれば、東京でも子育てと勉強を両立できるだろうと。ところが、2月ごろ彼が『同居に実は不安があるんだ』と言い始めたんです。新居の賃貸契約や退去の手続、退園の連絡が進んでいるのに、です。不安があるという感情だけ言って、じゃあ具体的に、どうするのかという話にはならない。だんまり。それが、北陸で一緒に過ごした最後の時になりました。

 本当は、3月初旬の息子の誕生日のころにも来る予定はあったんです。一緒にお祝いしようかと。でも、連絡が乏しい。結局、本当に来なくて、息子の誕生日を一緒に祝うこともしなかった」

 息子の誕生日から一週間あまり。東北に津波が押し寄せた。いわゆる東日本大震災である。

――震災が発生したときは大丈夫でしたか?

「東北の被災地ほどではないにしても、少し揺れたし、ちょうど手伝いに来てくれる予定だった母が乗っている電車は一晩動かず、大変でした。連日被災地のニュースも見て、日本の異常事態だと感じながら、東京に転居するまでの準備をし、一日一日過ごしていました。

 そんな折に、彼が珍しく、嬉々とした様子で電話をかけてきたんです。『被災地応援辞令を受けて、被災地に行ってくるね。だからあとはよろしく』って。これにはあっけにとられました。さも、同居できなくなることが心底うれしいといわんばかりの雰囲気があふれていました。

 よくよく確認すると、いきなり、被災地に行ってしまうわけではなかったみたいで、彼は渋々と同居を受け入れることになったのですが、同居生活の準備の話は一切できないままでしたね。震災という局面に接して感じたのは、『後悔のない人生を生きなきゃ』という強い思いでした。つまり、離婚する決意を固めたんです」

 3.11発生から約1カ月後の4月に、晴れて離婚が成立した。

「ただ届けを出しただけの協議離婚です。東北行きの正式な辞令がなかなか下りなかったため、最低限の協議はできました。養育費という名目では素直に払いたくなかったようで、幼稚園代(教育料、教材費、延長保育料など)の平均、毎月5万円弱を彼の口座から引き落とす形で、実質的に養育費5万円を負担してくれることになりました。

 離婚はしたけども、初めての同居生活は、試験が終わる5月半ばまで続けていました。彼も、受験に配慮してくれたようです。解決先延ばし癖があっても、心底嫌なことには行動が早い。いつのまにか転居先を見つけていて、早々に同居を解消しました。そのあと、辞令通り、東北で滞在したこともあったようだけど、数週間で戻ってきたようです」

 3.11と離婚という大きな節目を経て挑んだ、2度目の試験は、また不合格だった。実家のサポートを受けながら幼稚園児の息子を育て、離婚した元夫と息子の面会交流をさせつつ、自身は、司法試験予備校の教材作成のバイトで生計を立て、最後の試験に挑戦する。翌年合格、11月末からは司法修習生となった。

「司法修習に行く先輩たちを見ていたら、全国のどこに配置されるかわからないと知っていました。でも、私は息子がいたからか、第一希望の関東での修習がかないました。自宅から修習を受ける各施設までは1時間の距離。これなら子どもを幼稚園に通わせることが可能でした。修習の内容ですが、民事裁判、刑事裁判、検察、弁護士の実務修習と起案の指導を中心とした集合研修があり、その後、最後の国家試験を合格して、なんとか法曹資格を得ました。2013年には晴れて弁護士となることができました」

――弁護士になって最初に手がけた案件はどんな案件でしたか?

「自分の養育費調停が、弁護士になってからの事実上の初仕事だと思います。息子が小学校に入った途端、一切支払わなくなってしまったんです。正論を説いたところで、解決を先延ばしにする癖は、離婚前と同じだとわかっていたので、協議の場に元夫を引っ張り出さなければならないって思い、すぐに調停の申し立てをしました。申立手続きは全て自分1人で用意し、途中の主張書面も力のこもった大作を提出したんです」

 実際の調停の場で、元夫はいくつかの主張をした。それは、すでに毎月5万円を3年間、トータルで180万円の幼稚園代として払ってきたということや、平均年収は3,000万円という弁護士の平均所得の高さについてだった。

「彼はできる限り少額しか払いたくない様子でした。一方、私は彼のいう180万円を逆手にとって次のように言いました。『これまで毎月5万円が実質的な養育費として、合意に基づいて支払われた実績がある。この合意を変更する事情はほかにはなく、合意どおり毎月5万円が支払われるべき』と。

 弁護士の所得に関する指摘については無視です。調停委員も相手にしていなかったと思います。業界全体が、変動していて、年収3,000万円を超える人も中にはいるかもしれないけど、弁護士一般の年収ではないのはもちろん、現に、そのとき弁護士になりたての私に関しては、そもそも所得が少ないことを、給与証明書を提出して示していましたから」

 息子同伴の第一回調停の後、久々の父子再会が実現する。

「とにかく私としては、唐突に払わなくなったことに怒り心頭ではありました。それとは別に、たまたま学校が振替休日だったために同伴していた息子と、調停終了後、父子が再会することになりました。調停委員の目の前で、お互いに笑顔がはじけて再会するのですから、その後の進行上、印象に残る場面になったと思います。

 再会の場で彼は、養育費を払っていないのに平然とした調子で『面会交流は続けていこう』とか言って、私の気持ちなんて何もくみ取りません。それどころか『今月泊まりに来ないか』とまで言い始めた」

――2回目の調停の場は?

「彼は、遅刻して出頭したので、待ち時間が長くなり、協議が進みません。私のイライラも募ります。『5万円払ってくれないと、もう面会交流させない』って強く断言してやりました。すると、子どもを夫と会わせようと奮闘してくださった調停委員が私を説得しようとしてきました。

『面会交流はお子さんのためのものですからね。わかっているでしょ、先生』って。私はすっかり悪母です。カッとして『養育費だって子どものためだろうがっ!』って喧嘩ごしの荒々しい口調で、悪態をつきました。裁判所を離れたあとも怒りは収まらず、その勢いのまま、自宅で息子に手紙を書かせました。『養育費を払ってください。5万円約束通り払ってください。嘘つかないでください』って(苦笑)。本当はこんなことしちゃいけないと重々、仕事柄知っているんですけどね。そのぐらい彼の態度にも裁判所の正論にも怒ってたんです」

――3回目の調停は?

「裁判官が出てきて、彼に直々に説得をしてくれました。調停の場合、最後の挨拶に来るぐらいの役目なんですが。弁護士が代理人を立てずに本人調停、しかもその弁護士が暴れてるというのが珍しかったんでしょうし、子どもがしばらく父親に会えなくなるかもと危惧したんでしょう。修復不可能にならないようにってことで、裁判官が彼を説得してくれました。

 その結果、養育費は5万円だけでなく、月イチの面会交流を妨げないという条項を盛り込むことで落ち着きました。養育費は20歳までではなく、22歳までもらえることになりました。大学時代、お互い親に面倒をみてもらっていたから、我が子が大学を卒業するまではちゃんと面倒を見ることについて、争いはなかったです。

 でも元夫婦は今後、よほどじゃない限り連絡は取らないという約束もしました。彼の希望ですが、私も大歓迎です。だから面会交流の日程調整の協議も、息子の携帯で息子自身が連絡調整するから、私は楽なんです。もちろん、いつ会うかは把握していますし、息子も私に予定を教えてくれます。こんな感じでストレスない形で、今後も面会が続いていくんだと思います」

――面会交流はどんなふうに行っていますか?

「月イチで会う日は最寄駅で朝9時に会って、16時半か17時半まで。聞くところによれば、月1回2時間という相場からすれば、十分充実しているかもしれません。どこに行ったか聞けば、近くにある漫画図書館でずっと過ごしたり、映画を見に行ったり、遊園地に行ったりと息子が教えてくれます。

 一方、泊まりの面会については、もっと丁寧に交渉してくれたら、私は全然、宿泊旅行とかもOKなんです。だけど息子がNGです。元夫は再婚していて、その再婚相手を必要以上に毛嫌いしてて『会うのが嫌だから。泊まりは絶対嫌だ』って言ってるんです。

 向こうが提案してくるのなら、彼側の祖父母の家に行くとかもやってもいいと思います。息子も小学校の高学年になるし、ずいぶん成長しましたからね、冒険させてもいいと思っているんです。これだけいい子に育ってますよというのを見せつけてやりたいです」

西牟田 靖(にしむた やすし)
1970年大阪生まれ。神戸学院大学卒。旅行や近代史、蔵書に事件と守備範囲の広いフリーライター。近年は家族問題をテーマに活動中。著書に『僕の見た「大日本帝国」』『誰も国境を知らない』『日本國から来た日本人』『本で床は抜けるのか』など。最新巻は18人の父親に話を聞いた『わが子に会えない 離婚後に漂流する父親たち』(PHP研究所)。数年前に離婚を経験、わが子と離れて暮らす当事者でもある。

『カホコ』『黒革』『僕やり』……7月ドラマに大氾濫、“バーター俳優”を実名摘発!

 7月クールのドラマも中盤を過ぎ、明暗がハッキリしてきた。トップを走るのは『コード・ブルー‐ドクターヘリ緊急救命‐THE THIRD SEASON』(フジテレビ系)。7話までの平均は14.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と好調をキープしている。対して断トツの最下位(プライム帯)は『セシルのもくろみ』(同)。平均視聴率は7話目までで4.4%と大爆死。首位とワーストが共にフジドラマとなっている。

 『セシルのもくろみ』の敗因については、ちまたでさまざまに言われているが、タイトルからしてまず失敗だったと、某放送作家は分析する。

「昔でこそ、文学がかった謎めいたタイトルがはやった時期もありましたが、最近は名前を聞いただけでイメージが湧くような、興味をそそられる作品が好まれる。そんな中、『セシルのもくろみ』という、わかる人だけにわかるタイトルでは受け入れられにくいでしょう。ただ、『黒革の手帖』(テレビ朝日系)はリバイバルされてきた歴史があり、大体の話はなんとなく知っている方も多いため、文学がかったタイトルでも視聴者に好まれているのでは」(放送作家)

 いずれにせよ、代理店関係者やテレビマンは視聴率出演者を見て、次のドラマキャスティングの参考にしていくのだ。

 さてそんな7月クールドラマでは、同じプロダクションに所属しているよしみで、別のタレントも使ってもらう、いわゆる「バーター起用」が行われている。一体、誰がバーターなのか、「事務所のもくろみ」とともに紹介していこう。

 まずはジャニーズ事務所。主演がジャニーズだった場合、誰かしらねじこんでくるのが常套手段だ。山下智久主演の『コード・ブルー』では、フライトドクター候補生役としてHey!Say!JUMPの有岡大貴が出演している。

 ジャニーズ事務所が、Hey!Say!JUMPにドラマ経験を積ませたいという思いは、他ドラマにも現れている。『ウチの夫は仕事ができない』(日本テレビ系)では関ジャニ∞・錦戸亮がダメ社員を演じているが、その後輩社員役はHey!Say!JUMPの薮宏太だ。

 売れっ子俳優を多数抱えるホリプロも「バーター」をねじ込んでくるといわれている。『過保護のカホコ』(同)主演はホリプロの高畑充希だが、その相手役である竹内涼真も同プロ。また2人とも朝ドラ出身であることが共通点だ。

「日テレは、波瑠(世界一難しい恋)や杏(花咲舞が黙ってない)など、朝ドラ出演者をすぐ使う傾向にあります。今回は、竹内を売り出したいホリプロと、朝ドラ出演者を起用したい日テレの思惑が合致した、ということでしょう」(芸能プロ幹部)

 火曜午後9時の『僕たちがやりました』(フジテレビ系)はバーター取り引きが2組いるという。

「主演の窪田正孝とヒロイン・永野芽郁はともにスターダストプロモーション、間宮祥太朗と葉山奨之はトライストーン・エンタテイメント所属です」(同)

 バーター仕事は、何も先輩から後輩に流れるとは限らない。『黒革の手帖』主演の武井咲はオスカープロモーションだが、同ドラマに出演している真矢ミキも同じオスカー。2年前に別事務所から移籍してきたばかりの“新人”だ。

 「今年1月、元モーニング娘。・久住小春がオスカーに移籍しましたが、初仕事は4月期の深夜ドラマ『女囚セブン』(テレビ朝日系)で、これも主演の剛力彩芽がオスカーだったため、うまくバーターで入れてもらえただけといわれてますよ」(同)

 ドラマ作品そのものの面白さはもちろん、出演者の裏のつながりを意識しながら見ていくと、思いもよらない発見があるかもしれない。
(村上春虎)

15時間笑いっぱなしで失神、半身不随に至る例も……危険ドラックよりヤバイ「笑気ガス」

15時間笑いっぱなしで失神、半身不随に至る例も……危険ドラックよりヤバイ「笑気ガス」の画像1
ネット上では、錠剤型の笑気ガスが普通に販売されている(新藍網より)
 手術時の緊張緩和などの目的で使用される「亜酸化窒素(笑気ガス)」の乱用が中国で広がっている件に関しては、過去に当サイトでもお伝えした (参照記事)が、最近は意識障害や体の麻痺などの症状を訴える若者が増加し、深刻な社会問題となりつつある。 「網易新聞」(8月17日付)によると、8月初旬、江蘇省蘇州市内の警察署に一件の通報が寄せられた。市内のホテルで若い男らが暴れだし、突然殴られたというのだ。警察は現場へ急行、暴れていた3人の男を確保した。  男たちが宿泊していた部屋を捜査したところ、カプセル状の錠剤のようなものが100錠以上発見された。  男たちは「笑気ガスが欧州でブームとなっていて、ハイになれるとネットで知り、興味を持った。オンラインショップで笑気ガスが詰められたカプセルを購入し、その後、ホテルの部屋で次々と吸い込んだ。すると、意識が朦朧として、手足がしびれてきた。次第に笑いが止まらなくなり、気づいたら15時間以上笑い続けていた。意識が飛んでいたので、ほかの宿泊客にぶつかったりしてしまったかもしれない」と供述しているという。
15時間笑いっぱなしで失神、半身不随に至る例も……危険ドラックよりヤバイ「笑気ガス」の画像2
笑気ガスの影響で、半身不随となった中国人女子大生(楼主網より)
 さらに今年5月には、米国留学していた中国人女子大生が変わり果てた姿で帰国し、世間に衝撃を与えた。彼女は留学中に笑気ガスにハマってしまい、数日間絶食した状態でひたすら笑気ガスを吸引していたところ、意識不明の状態に陥り、失禁したまま現地の病院に緊急搬送されたのだ。一命は取りとめたものの、車椅子姿で帰国することとなってしまった。  北京在住の日本人男性は、笑気ガスの流行についてこう話す。 「クラブのVIP席で、スプレー缶みたいなものから直接吸引している連中を見たことがあります。みんなやたらニヤニヤしていて、常連の友人いわく『笑気ガスだ』と。近年、薬物乱用に対しては厳しい取り締まりが行われている半面、笑気ガスを取り締まる法律はないらしく、ブームになっている」  浙江省解毒治療研究センターは、最近行われた笑気ガスの動物実験で、笑気ガスを吸わせたマウスが2分30秒で死亡したというデータを発表している。これまで医療目的にも使用されてきた笑気ガスは、人体に比較的悪影響を及ぼしにくいとされてきたが、乱用されれば生命の危険もあるようだ。  中国でひそかに広がる笑気ガス。その背景にあるのは、ガスでも吸わなければ笑えない社会ということなのだろうか? (文=青山大樹)

15時間笑いっぱなしで失神、半身不随に至る例も……危険ドラックよりヤバイ「笑気ガス」

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ネット上では、錠剤型の笑気ガスが普通に販売されている(新藍網より)
 手術時の緊張緩和などの目的で使用される「亜酸化窒素(笑気ガス)」の乱用が中国で広がっている件に関しては、過去に当サイトでもお伝えした (参照記事)が、最近は意識障害や体の麻痺などの症状を訴える若者が増加し、深刻な社会問題となりつつある。 「網易新聞」(8月17日付)によると、8月初旬、江蘇省蘇州市内の警察署に一件の通報が寄せられた。市内のホテルで若い男らが暴れだし、突然殴られたというのだ。警察は現場へ急行、暴れていた3人の男を確保した。  男たちが宿泊していた部屋を捜査したところ、カプセル状の錠剤のようなものが100錠以上発見された。  男たちは「笑気ガスが欧州でブームとなっていて、ハイになれるとネットで知り、興味を持った。オンラインショップで笑気ガスが詰められたカプセルを購入し、その後、ホテルの部屋で次々と吸い込んだ。すると、意識が朦朧として、手足がしびれてきた。次第に笑いが止まらなくなり、気づいたら15時間以上笑い続けていた。意識が飛んでいたので、ほかの宿泊客にぶつかったりしてしまったかもしれない」と供述しているという。
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笑気ガスの影響で、半身不随となった中国人女子大生(楼主網より)
 さらに今年5月には、米国留学していた中国人女子大生が変わり果てた姿で帰国し、世間に衝撃を与えた。彼女は留学中に笑気ガスにハマってしまい、数日間絶食した状態でひたすら笑気ガスを吸引していたところ、意識不明の状態に陥り、失禁したまま現地の病院に緊急搬送されたのだ。一命は取りとめたものの、車椅子姿で帰国することとなってしまった。  北京在住の日本人男性は、笑気ガスの流行についてこう話す。 「クラブのVIP席で、スプレー缶みたいなものから直接吸引している連中を見たことがあります。みんなやたらニヤニヤしていて、常連の友人いわく『笑気ガスだ』と。近年、薬物乱用に対しては厳しい取り締まりが行われている半面、笑気ガスを取り締まる法律はないらしく、ブームになっている」  浙江省解毒治療研究センターは、最近行われた笑気ガスの動物実験で、笑気ガスを吸わせたマウスが2分30秒で死亡したというデータを発表している。これまで医療目的にも使用されてきた笑気ガスは、人体に比較的悪影響を及ぼしにくいとされてきたが、乱用されれば生命の危険もあるようだ。  中国でひそかに広がる笑気ガス。その背景にあるのは、ガスでも吸わなければ笑えない社会ということなのだろうか? (文=青山大樹)