宮迫博之、不倫スクープ謝罪も無意味!? 複数の女性から「タレコミ殺到中」

 雨上がり決死隊・宮迫博之が、8月11日放送の『バイキング』(フジテレビ系)に生出演し、9日発売の「週刊文春」(文藝春秋)で報じられた不倫疑惑について謝罪した。本人は「一線は越えていない」などと主張していたが、マスコミ関係者によると「現在、ほかの週刊誌にも、宮迫と関係をもったという女性からのタレコミが殺到中」のようだ。

 「文春」は、宮迫が都内の高級ホテルで、2人の女性と別々に密会する様子をスクープ。記者の直撃取材に対し、宮迫は「(潔白とはいえないが)オフホワイトで」などとコメントしていた。

「宮迫は、金曜レギュラーで出演する『バイキング』の冒頭で、深く頭を下げました。その後、女性とのホテル宿泊についてや、『気持ちがあったこと』は認めながらも、相手が断ったために『一線は越えていない』と強調したんです。しかし、実は現時点で、各週刊誌に『私も宮迫さんと関係を持った。証拠もある』といった情報が多数寄せられており、今後決定的な不倫報道が飛び出す可能性は否定できません」(テレビ局関係者)

 昨今、芸能人の不倫騒動が次々と勃発し、中には活動自粛に追い込まれ、復帰後の露出が激減した者も。その一方で、宮迫と同じ吉本興業所属の大御所芸人たちは、不倫騒動後も仕事を失うことなく活動している。

「ダウンタウン・浜田雅功は、2014年の『フライデー』(講談社)にグラビアアイドル・吉川麻衣子との関係を報じられ、世間を騒然とさせました。しかし、この時に、浜田がすぐにFAXで謝罪文を出したこと、また、妻の小川菜摘も寛容なコメントを発表したことで、丸く収まりました。ネット上では、『夫婦の絆を感じた』『きっぱり謝ってえらい』といった好意的な声も多かったですね」(スポーツ紙記者)

 また、16年に愛人トラブルが発覚した桂文枝は、記者会見を開いて騒動を謝罪した。

「文枝の場合は元愛人・紫艶による告発で騒動が勃発。紫艶の暴露攻撃が止まらないため、やむなく会見に臨んだようなものでした。それに、文枝は会見で涙を見せていましたが、吉本関係者すら『不倫を反省しているというより、紫艶と関わってしまったことを後悔して泣いているのでは』と苦笑していた。ただ、それほど紫艶が強烈だったので、世間的にも文枝を批判する風潮は続いていません」(芸能デスク)

 大御所2人の不倫騒動は長引かなかったものの、“一線を超えた女性”が多数待機中とみられる宮迫は、果たして騒動を乗り切れるだろうか。

「ダブル主演ではなく、主演は木村拓哉!」二宮和也との共演映画でジャニーズ猛抗議?

 元SMAPの木村拓哉が主演する映画『検察側の罪人』(2018年公開)の撮影が順調に進んでいる。木村が演じるのは、東京地検のエリート検事・最上。その後輩・沖野を演じるのは、嵐の二宮和也だ。木村と二宮が俳優として共演するのは本作が初めてだが、裏で2人の扱いについて、ひと悶着あったという。芸能記者が明かす。

「一部メディアが“木村と二宮のダブル主演”と報じたところ、ジャニーズ事務所から『ダブル主演ではない、主演は木村です!』と、強い抗議があったというんです」

 確かに公式な発表では木村が主演であり、二宮はあくまで二番手の出演者という扱いだ。ジャニーズサイドの言い分はまったくおかしくないのだが、わざわざ抗議をするほどではないという声も上がっている。

「これくらいであれば、ジャニーズといえども、スルーすることは珍しくない。でも、木村については、話は別。SMAPの解散騒動でイメージが悪くなり、人気低下がささやかれている中、一部では“二宮ありきのキャスティング”だったのではないかともいわれていましたからね。“木村の格が落ちた”みたいな表現はNG。ジャニーズとしては、木村の絶対的地位が崩れるなんてあってはならないことので、しっかりくぎを刺したのだと思います」(同)

 ジャニーズがここまで木村の存在感を主張するのには、ワケがある。

「解散騒動で、木村は、ジャニーズの女帝であるメリー喜多川副社長側につきました。飯島マネジャーがいた頃の木村は、ジャニーズ内では“傍流”でしたが、解散騒動を経てメリー副社長直系の“本流”となったわけです。今なおジャニーズ事務所は、メリー副社長の影響力が絶大ですからね。メリーさんの肝いり案件となった木村は、飯島派時代よりも、業界的には、かなり扱いにくい存在になっていると思います」(同)

 ジャニーズは木村の“格”を強調していくのかもしれないが、その一方で、今年4月公開の主演映画『無限の住人』は、お世辞にも大ヒットと呼べるような興行収入ではなかった。

「どう考えても、木村の人気はピークを過ぎています。にもかかわらず、ここにきてジャニーズが木村をプッシュするというのは、愚策にほかならない。業界内でも“数字を持ってないキムタクに、気を使う必要はないな”と、ジャニーズからの圧力を無視し始める関係者も増えているとか。このまま“キムタク天下”の状況を続けるというのであれば、木村の不人気とともに、ジャニーズの影響力も低下していくのではないかといわれています」(同)

 もし『検察側の罪人』が大コケしたら、「主演・木村拓哉」が戦犯となることは間違いないだろう。「“二宮とのダブル主演”ということにしておけば、よかったのに……」とならなければよいが……。

カテゴリー: 未分類 | タグ:

「ダンナさんがかわいそう」鈴木亜美が“セレブすぎる子育て”を披露し、大炎上!

「ダンナさんがかわいそう」鈴木亜美がセレブすぎる子育てを披露し、大炎上!の画像1
 今年初めに第一子となる男児を出産した歌手の鈴木亜美が、育児の一端をテレビで初公開し、大炎上している。  鈴木は昨年7月に7歳年下の一般男性と“できちゃった結婚”。きっかけはナンパで、男性は鈴木がかつての人気アーティストであることを知らずに、アプローチ。鈴木も「この人だ」とピンときたそうで、あれよあれよという間に結婚、出産となった。  そんな鈴木が7日放送の『もしかしてズレてる? 芸能人ママ子育てSP』(フジテレビ系)に出演し、セレブすぎる育児を初披露。ベビーカーはオランダ製の「バガブー カメレオン3」で、価格は14万1,966円。新生児から成長に合わせて長く使える仕様で、ハリウッドセレブにも愛用者は多い。  子ども向けのおもちゃも、行きつけの「ボーネルンド代官山店」でしか買わず、カメラが同行したこの日の撮影でも、約2万円を散財した。  保育園もハイクラスだ。現在、鈴木が狙っているのは渋谷区にある保育園で、月約13万円というから恐れ入る。  同番組では、鈴木の前に3児の母である女優・土屋アンナの育児ぶりを紹介。土屋家もそれなりに広い家に住み、生活費もかかっているが、子どもに家事手伝いをやらせるなど、ワイルドな育児方法に感心する人も多かった。  一方、鈴木に対しては優雅な暮らしぶりをうらやむ声のほかに「さりげなくセレブアピールするのがウザい」「ダンナさんがかわいそう」などバッシングも相次いだ。 「結婚前の鈴木さんはクラブDJとして活動していましたが、はっきり言ってドサ回り。クラブで酔っ払って『私はドンペリしか飲まない!』と悪態をついていたことも報告されている。その後、出会ったのが今のご主人。一般の会社員といいますが、実家が資産家とか。彼女は出産を機にママタレとして活躍していきたいようですが、前途は多難ですね」(音楽関係者)  すでに鈴木は、小学館から『かわいい妊婦の安産レシピ』なるレシピ本を出版。飽和状態といわれるママタレ枠に参戦する気満々だが、あの暮らしぶりを見る限り、彼女の言葉が世に響くとは到底思えない。

ジャニーさんも見間違える! 顔が似過ぎているSexy zone佐藤勝利とJr.平野紫耀が語る恋愛観とは?

 8月7日発売の「POTATO」2017年9月号(学研プラス)に、Sexy zone佐藤勝利とジャニーズJr.内ユニット「Mr.King」の平野紫耀の対談が掲載され、その中でジャニー喜多川社長と2人の交流について語られた。

 佐藤と平野といえば、SexyZoneのコンサートで“佐藤にそっくりな子”がいると、ジャニー社長から佐藤に平野を紹介され知り合ったということは……

■続きを読む

カテゴリー: 未分類

テレビ関係者が暴露、3年後に消える若手女優3人! 「自称・女優の典型」「天狗っぷり」

 移り変わりが激しい女優の世界。23歳の武井咲がベテランの域に達していると思えるほど、若手女優が次々と現れている。

 そんな中、3年後には押しも押されもせぬトップ女優の道を歩くであろう逸材と、反対に、その頃には見かけなくなるであろう残念な女優を、関係者に挙げてもらった。

 まずは3年後が楽しみな女優から。

「清野菜名(22)ですね。今年10月から始まるドラマ『トットちゃん!』(テレビ朝日系)で黒柳徹子役を演じ、全国ネットの連続ドラマに初主演します。その透明感と、高校時代にボクシングやアクロバットで鍛えたアクション、さらには映画『TOKYO TRIBE』で魅せた一糸まとわぬ体当たり演技が関係者の間で評判を集め、テレビドラマや映画出演のみならず、CMオファーは今年だけで5本。今後もますます増えていくものと思われます」(制作会社スタッフ)

 一方、将来が不安な女優の1人目は、ある「奇跡」から生まれてしまったアイドル女優。

「橋本環奈(18)は、福岡のアイドルグループ・Rev. from DVL(レブ・フロム・ディーブイエル)時代に撮影された1枚の写真がきっかけで“1000年に一度の美少女”と謳われ、スターダムにのぼりつめました。しかし現在もその『可愛らしい』イメージから抜け切れていないまま女優業をやっており、振り幅がない。また製作者もシンデレラストーリーに乗っかり、ネームバリューをありがたがって起用していますが、いつしかその熱も冷めてくるはず」(芸能プロダクションスタッフ)

 また、このスタッフは、「良い役者というのは、演技力は別にして、その人にしかない『声』を持っている。米倉涼子、北川景子、石原さとみ、広瀬すずなど、人気女優は声を聞けば一発で誰かわかる。でも橋本環奈はアイドル時代、『自分の声があまり好きじゃない』と自ら語っていましたが、あまりに声に特徴がない」とも話す。

 2人目は、橋本と同じような「キャッチコピー先行」女優だ。

「桜井日奈子(20)です。『岡山美少女・美人コンテスト』で『美少女グランプリ』を獲得。その美少女ぶりから“岡山の奇跡”と言われ、大東建託の『いい部屋ネット』やコロプラ『白猫プロジェクト』といったCMや、ドラマ『そして、誰もいなくなった』『THE LAST COP/ラストコップ』(いずれも日本テレビ系)などに出演していますが、彼女もまた、最初のキャッチコピーを越えられない、典型的な『自称・女優』です」(ドラマ制作関係者)

 別の者からも、桜井日奈子の名が上がった。

「女優としての素質とは直接関係ありませんが、『いい部屋ネット』のCMメイキング映像を見ていたときに、数人の女性と踊るシーンで驚きました。というのも撮影が終わるや、その女性たちに目も向けず、一言も挨拶もせずに立ち去っていく姿がカメラに映し出されていたのです。そこに、『自分はあんたたちとは違うから』という、天狗っぷりが現れていました」(芸能プロダクション関係者)

 橋本にしても桜井にしても、芸能界での下積みがないまま、いきなりテレビや映画に出ると、それを実力だと勘違いしてしまうようだ。

 また、「もう引き出しがない」「演技があざとい」といった理由から「二階堂ふみ(22)」の名を挙げる者もいた。

 だが3年後のことは誰もわからない。今後も彼女たちの活躍を期待したいところだ。

もう呼ばれない!? 池上彰、陣内智則への激怒は完全ガチ! 一方でお気に入りは……

もう呼ばれない!? 池上彰、陣内智則への激怒は完全ガチ! 一方でお気に入りは……の画像1
「あれはガチのやつでした……」  そうこぼすのは、テレビ関係者だ。ジャーナリストの池上彰氏が、4日放送の『池上彰緊急スペシャル』(フジテレビ系)で、芸人の陣内智則を一喝した。 「自衛隊と憲法9条」をテーマにしたコーナーで、陣内がしきりに「池上さんは、どう考えているんですか?」「池上さんが一番正しいと僕は思ってるんです」と、再三にわたりリクエスト。これに池上氏が表情を曇らせ「それが一番危険なんですよ。自分で考えないで『池上がなんて言うんだろう』『それに従おう』っていうのが、民主主義では一番いけないこと」と苦言を呈した。  一部始終を見た前出テレビ関係者は、次のように断言する。 「あれは、池上さん相手に一番やっちゃいけないやつでしたね。池上さんの番組作りはハードで、スタッフとは時間をかけて何度も打ち合わせをする。スタッフの取材結果が物足らなければ、叱咤することもある。陣内さんは笑いを取りにいったのかもしれませんが、池上さんとは感性が違いすぎた」  陣内は池上氏を間接的にヨイショしたつもりかもしれないが、同氏は常々、制作サイドに「ゲストはノリがいいだけではダメ。頭の回転が早い人がいい」と伝えている。そう考えると、陣内は、トークはうまいが“軽さ”が目立つ。  芸能プロ関係者によると「池上さんは、ゲストとの相性を気にするタイプ。一度起用してダメだったら、次は呼ばないこともある。ここ数年で一番買っていたのは、元AKB48の大島優子さん。『彼女は器用だからやりやすい』とベタボメしていた」という。  陣内を池上氏の番組で見かけることは、もうないかも!?

引き渡し時、子供は「いやだー」「こわいー」涙をボロボロ流して泣いた/殺人シッター公判

 2014年3月に埼玉県富士見市で発生したベビーシッターによる2歳男児殺害事件。逮捕された物袋(もって)勇治は同月14日、山田龍琥(りく)君(2)とその弟を預かり、龍琥君を殺害したとして殺人罪に問われている。しかし物袋が問われている罪はこれだけではなく、多くの乳幼児に対する児童ポルノ禁止法違反や強制わいせつ等でも起訴されていた。昨年6月に横浜地裁で開かれていた物袋に対する裁判員裁判の様子を、連続しリポートしていく。 ▼第一回:『殺人シッター』と呼ばれた男の長い起訴状 ▼第二回:2歳男児はなぜ死亡したか 真っ向対立した検察側・被告側の主張 ▼第三回:乳幼児を預かるために被告人が画策した計画と、母親が夜間保育を必要としていた事情  第3回公判では龍琥君とその弟B君へのわいせつ誘拐、B君への保護責任者遺棄致傷についての審理が行われた。先述の通り、龍琥君とB君は2014年3月14日、埼玉県富士見市にあった物袋宅に預けられ、そのときに龍琥君は死亡し、B君は適切な保育を受けることができず重度の低血糖に陥った。これについて物袋は、龍琥君を殺害してはいないと否認し、B君についても保護はしていたと主張している。  龍琥君とB君の母親(以下、母親とする)の尋問は続いた。母親は、事件当日に子供を引き渡した「つなぎのシッター」Xに過去、一泊で兄弟2人のシッティングをお願いしたことがあった。 母親「Xはすごくよかった、事細かく報告してくれて写真を送ってくれたりしました。契約の時も、保育園で働いているなど資格を持っていることを電話で説明受けたうえ、会った時もきちんと話してくれた。(X宅から)子供達はすごく楽しそうに帰ってきました」  すごく良いと思ったシッターには継続してお願いしたいと思うものだが、母親はそうしなかった。できない事情があったのである。 母親「Xさんに預けたのは一度だけです。次男の夜泣きがうるさいと(Xさん宅の)近所の人に言われて預けられなくなりました。次男は預かれないと言われました。実際夜泣きはひどく、声は大きくて、2時間おきに泣いたりしていました」  そして事件当日、物袋がなりすました別人のシッター(女性だと偽っていた)に子供を引き渡すために駅で待つ母親は、Xに会った。Xは「他のシッターの依頼を受けている。山本さんという人」と言っていた。だが母親とXが駅で30分待っても、“山本さん”は来ない。  母親が別人のシッター(本当は物袋ということをこのときまだ知らない)にメールを送ると電話番号が送られてきたので、その番号にかけると、目の前でXにつながった。ここで母親はこう勘違いをする。「私が依頼したのは、Xに依頼してきた山本さんの奥さんなのだ。奥さんが仕事で忙しいから、旦那さんである山本さんがXに預けた子供達を引き取って自宅に連れて行くのだ」……分かりづらいが母親はまさか物袋が関与しているとは思わないので、母親が預けを頼んだ人物と、Xに依頼した人物は夫婦であると思い込んでしまったのだ。 検察官「預ける相手は被告人でもよかったんですか?」 母親「それはないです。料金トラブルもあり、もう子供を預けたいとは思っていなかった。サイト上では名字も変えて、メールアドレスも変えていた。そのぐらいしたので相手に預けることはありません」 検察官「当日、Xが子供を引き渡す相手が被告人だと知っていたら引き渡しをしていましたか?」 母親「していません」 検察官「しかしそのころ、仕事の時間が迫っていましたね、普通ならば預けないけど、仕事が迫っていれば被告人でも預けてたんじゃないですか?」 母親「(もし物袋とわかっていれば)店に連絡して休みました」  また、母親は、どのシッターに対しても、預ける時は龍琥君とB君の体調やその日食べたものなど、細かく記したメモをそれぞれ作成して渡していた。龍琥君には衣類やおもちゃ、オムツが入ったバッグを、B君にはオムツや衣類、ミルク缶、哺乳瓶2本が入ったバッグを用意して、それも渡していた。 検察官「3月16日に、その別人のシッターと連絡が取れなくなったとき、どんな気持ちになりました?」 母親「いてもたってもいられなかった……最悪な事態を予測してしまい、無事を祈ることしかできませんでした」 検察官「龍琥君が亡くなっていると知った時は?」 母親「なぜ亡くなったのか……もう頭が真っ白でした」 検察官「裸にされて写真を撮られていると知った時は?」 母親「……衝撃が大きすぎて、なんでこんなことをされているのかわからなくて許せなくなりました」 検察官「龍琥君が亡くなった以外に、家族に変化はありました?」 母親「実母が亡くなりました。長男の死がきっかけだと思いますが、遺書には『大切なものを失った、あいつが憎い、恨む』と長男のことを書いてあって……本当に許せない」 検察官「裁判で知りたいことは?」 母親「全て知りたいです。あの日何をしたのか、長男は何をされたのか……。最後の姿を私は見たわけじゃないので、少しでも長男のことを知りたいです」 検察官「被告人に望むことは?」 母親「……長男にあんなにひどいことをして、次男にも、あんなひどいことをして、同じ苦しみを味わってほしいし、簡単に死んでほしくない。大きな罪を背負って生きて欲しい」  母親への尋問は引き続き行われ、裁判長は、物袋の保育についての質問がなされた。 裁判長「被告人にこれまで20回以上預けてる。戻ってきた子供たちの様子をみて、シッターはどんな人だと思いました?」 母親「最初は……そうですね、穏やかそうな人だったので遊んでくれてるんだろうなという思いです」 裁判長「それが繰り返し頼んだ理由なんですね。で、1月11日は、龍琥君とB君の様子が変だったと」 母親「はい」 裁判長「どのように?」 母親「断定できなかったんですが背中にアザがあったり頬が腫れていたり……でも家庭でも起きることなので、あなたがやったでしょ、とは言えず……。服やオムツが替わってなくてオムツがパンパンだったり、お弁当を何回か持たせてたんですが、食べさせてなかったのかなという弁当箱が返ってきたり、全体含めて、やめようと」 裁判長「それが1月11日までに何回かあって不信感が溜まった?」 母親「はい」 裁判長「1月11日に限って、何か決め手になることはあったんですか?」 母親「ん~、長男、好き嫌いがはっきりしてて、やんちゃな子だったので、まさかそういうことをされていると気づいてなかったんですが、被告人を見るたびにすごく泣いて怖がっていました」 裁判長「1月11日にあなたの家にB君を被告人が返しにきた時?」 母親「長男が被告人を見ています。大泣きして……。そういうことが何回かありました」  2歳の龍琥君が具体的に物袋に何をされたか話すのはまだ難しかっただろう。だが母親は物袋を見て大泣きしていた龍琥君を目の当たりにし、物袋に預けることをやめる決心をした。龍琥君はこれまで物袋になんども怖い目にあわされてきたのだろう。母親の尋問が終わった後に、Xの調書が読み上げられたが、Xから物袋に引き渡される時の龍琥君の様子は、実の母親でなくても、聞いていると涙が出てきて困ってしまった。 「お母様からお子さんを預かり横浜駅へ移動し、壁画の前で龍琥君を遊ばせて待っていると、小走りで近づいてきた男がいたので、この人が迎えにきたのだと思いました。私は、ふたりのお父さんの山本という人と契約してその人が迎えに来ると思っていたのですが、来れなくなり、同僚が代わりに迎えにきたのだと思ったのです。身なりもちゃんとしていて、疑うことはありませんでした。ベビーカーを持っていたのも、信じた理由です。 ところが二人を引き渡す時になり、それまで機嫌よくしていた龍琥君が泣き出し、『いやだー』『こわいー』とボロボロと涙を流して泣き出したのです。泣き方は激しく、以前お預かりした時もこのように泣くのを見たことがなかったので、驚きながらも龍琥君に『大丈夫だよ』と言いました。B君も目を覚まして泣き出しました。 今でも物袋の顔を見るなり激しく泣き出した龍琥君のことが忘れられない。後悔しています」(Xの調書)  次に傍聴できたのは第5回公判。龍琥君とB君に対する事件についての検察側の被告人質問が行われた。 ▼第一回:『殺人シッター』と呼ばれた男の長い起訴状 ▼第二回:2歳男児はなぜ死亡したか 真っ向対立した検察側・被告側の主張 ▼第三回:乳幼児を預かるために被告人が画策した計画と、母親が夜間保育を必要としていた事情

引き渡し時、子供は「いやだー」「こわいー」涙をボロボロ流して泣いた/殺人シッター公判

 2014年3月に埼玉県富士見市で発生したベビーシッターによる2歳男児殺害事件。逮捕された物袋(もって)勇治は同月14日、山田龍琥(りく)君(2)とその弟を預かり、龍琥君を殺害したとして殺人罪に問われている。しかし物袋が問われている罪はこれだけではなく、多くの乳幼児に対する児童ポルノ禁止法違反や強制わいせつ等でも起訴されていた。昨年6月に横浜地裁で開かれていた物袋に対する裁判員裁判の様子を、連続しリポートしていく。 ▼第一回:『殺人シッター』と呼ばれた男の長い起訴状 ▼第二回:2歳男児はなぜ死亡したか 真っ向対立した検察側・被告側の主張 ▼第三回:乳幼児を預かるために被告人が画策した計画と、母親が夜間保育を必要としていた事情  第3回公判では龍琥君とその弟B君へのわいせつ誘拐、B君への保護責任者遺棄致傷についての審理が行われた。先述の通り、龍琥君とB君は2014年3月14日、埼玉県富士見市にあった物袋宅に預けられ、そのときに龍琥君は死亡し、B君は適切な保育を受けることができず重度の低血糖に陥った。これについて物袋は、龍琥君を殺害してはいないと否認し、B君についても保護はしていたと主張している。  龍琥君とB君の母親(以下、母親とする)の尋問は続いた。母親は、事件当日に子供を引き渡した「つなぎのシッター」Xに過去、一泊で兄弟2人のシッティングをお願いしたことがあった。 母親「Xはすごくよかった、事細かく報告してくれて写真を送ってくれたりしました。契約の時も、保育園で働いているなど資格を持っていることを電話で説明受けたうえ、会った時もきちんと話してくれた。(X宅から)子供達はすごく楽しそうに帰ってきました」  すごく良いと思ったシッターには継続してお願いしたいと思うものだが、母親はそうしなかった。できない事情があったのである。 母親「Xさんに預けたのは一度だけです。次男の夜泣きがうるさいと(Xさん宅の)近所の人に言われて預けられなくなりました。次男は預かれないと言われました。実際夜泣きはひどく、声は大きくて、2時間おきに泣いたりしていました」  そして事件当日、物袋がなりすました別人のシッター(女性だと偽っていた)に子供を引き渡すために駅で待つ母親は、Xに会った。Xは「他のシッターの依頼を受けている。山本さんという人」と言っていた。だが母親とXが駅で30分待っても、“山本さん”は来ない。  母親が別人のシッター(本当は物袋ということをこのときまだ知らない)にメールを送ると電話番号が送られてきたので、その番号にかけると、目の前でXにつながった。ここで母親はこう勘違いをする。「私が依頼したのは、Xに依頼してきた山本さんの奥さんなのだ。奥さんが仕事で忙しいから、旦那さんである山本さんがXに預けた子供達を引き取って自宅に連れて行くのだ」……分かりづらいが母親はまさか物袋が関与しているとは思わないので、母親が預けを頼んだ人物と、Xに依頼した人物は夫婦であると思い込んでしまったのだ。 検察官「預ける相手は被告人でもよかったんですか?」 母親「それはないです。料金トラブルもあり、もう子供を預けたいとは思っていなかった。サイト上では名字も変えて、メールアドレスも変えていた。そのぐらいしたので相手に預けることはありません」 検察官「当日、Xが子供を引き渡す相手が被告人だと知っていたら引き渡しをしていましたか?」 母親「していません」 検察官「しかしそのころ、仕事の時間が迫っていましたね、普通ならば預けないけど、仕事が迫っていれば被告人でも預けてたんじゃないですか?」 母親「(もし物袋とわかっていれば)店に連絡して休みました」  また、母親は、どのシッターに対しても、預ける時は龍琥君とB君の体調やその日食べたものなど、細かく記したメモをそれぞれ作成して渡していた。龍琥君には衣類やおもちゃ、オムツが入ったバッグを、B君にはオムツや衣類、ミルク缶、哺乳瓶2本が入ったバッグを用意して、それも渡していた。 検察官「3月16日に、その別人のシッターと連絡が取れなくなったとき、どんな気持ちになりました?」 母親「いてもたってもいられなかった……最悪な事態を予測してしまい、無事を祈ることしかできませんでした」 検察官「龍琥君が亡くなっていると知った時は?」 母親「なぜ亡くなったのか……もう頭が真っ白でした」 検察官「裸にされて写真を撮られていると知った時は?」 母親「……衝撃が大きすぎて、なんでこんなことをされているのかわからなくて許せなくなりました」 検察官「龍琥君が亡くなった以外に、家族に変化はありました?」 母親「実母が亡くなりました。長男の死がきっかけだと思いますが、遺書には『大切なものを失った、あいつが憎い、恨む』と長男のことを書いてあって……本当に許せない」 検察官「裁判で知りたいことは?」 母親「全て知りたいです。あの日何をしたのか、長男は何をされたのか……。最後の姿を私は見たわけじゃないので、少しでも長男のことを知りたいです」 検察官「被告人に望むことは?」 母親「……長男にあんなにひどいことをして、次男にも、あんなひどいことをして、同じ苦しみを味わってほしいし、簡単に死んでほしくない。大きな罪を背負って生きて欲しい」  母親への尋問は引き続き行われ、裁判長は、物袋の保育についての質問がなされた。 裁判長「被告人にこれまで20回以上預けてる。戻ってきた子供たちの様子をみて、シッターはどんな人だと思いました?」 母親「最初は……そうですね、穏やかそうな人だったので遊んでくれてるんだろうなという思いです」 裁判長「それが繰り返し頼んだ理由なんですね。で、1月11日は、龍琥君とB君の様子が変だったと」 母親「はい」 裁判長「どのように?」 母親「断定できなかったんですが背中にアザがあったり頬が腫れていたり……でも家庭でも起きることなので、あなたがやったでしょ、とは言えず……。服やオムツが替わってなくてオムツがパンパンだったり、お弁当を何回か持たせてたんですが、食べさせてなかったのかなという弁当箱が返ってきたり、全体含めて、やめようと」 裁判長「それが1月11日までに何回かあって不信感が溜まった?」 母親「はい」 裁判長「1月11日に限って、何か決め手になることはあったんですか?」 母親「ん~、長男、好き嫌いがはっきりしてて、やんちゃな子だったので、まさかそういうことをされていると気づいてなかったんですが、被告人を見るたびにすごく泣いて怖がっていました」 裁判長「1月11日にあなたの家にB君を被告人が返しにきた時?」 母親「長男が被告人を見ています。大泣きして……。そういうことが何回かありました」  2歳の龍琥君が具体的に物袋に何をされたか話すのはまだ難しかっただろう。だが母親は物袋を見て大泣きしていた龍琥君を目の当たりにし、物袋に預けることをやめる決心をした。龍琥君はこれまで物袋になんども怖い目にあわされてきたのだろう。母親の尋問が終わった後に、Xの調書が読み上げられたが、Xから物袋に引き渡される時の龍琥君の様子は、実の母親でなくても、聞いていると涙が出てきて困ってしまった。 「お母様からお子さんを預かり横浜駅へ移動し、壁画の前で龍琥君を遊ばせて待っていると、小走りで近づいてきた男がいたので、この人が迎えにきたのだと思いました。私は、ふたりのお父さんの山本という人と契約してその人が迎えに来ると思っていたのですが、来れなくなり、同僚が代わりに迎えにきたのだと思ったのです。身なりもちゃんとしていて、疑うことはありませんでした。ベビーカーを持っていたのも、信じた理由です。 ところが二人を引き渡す時になり、それまで機嫌よくしていた龍琥君が泣き出し、『いやだー』『こわいー』とボロボロと涙を流して泣き出したのです。泣き方は激しく、以前お預かりした時もこのように泣くのを見たことがなかったので、驚きながらも龍琥君に『大丈夫だよ』と言いました。B君も目を覚まして泣き出しました。 今でも物袋の顔を見るなり激しく泣き出した龍琥君のことが忘れられない。後悔しています」(Xの調書)  次に傍聴できたのは第5回公判。龍琥君とB君に対する事件についての検察側の被告人質問が行われた。 ▼第一回:『殺人シッター』と呼ばれた男の長い起訴状 ▼第二回:2歳男児はなぜ死亡したか 真っ向対立した検察側・被告側の主張 ▼第三回:乳幼児を預かるために被告人が画策した計画と、母親が夜間保育を必要としていた事情

00年代のU15ジュニアアイドル・着エロ現場を振り返る~少女の我慢、良心の呵責

 7月28日、当時13歳だった娘(16)を、児童ポルノビデオに出演させたとして、父親(46)らが逮捕される事件が発生しました。容疑は児童買春・児童ポルノ禁止法違反容疑で、他にもフリーカメラマンとDVDメーカー社長らが逮捕されています。  少女は8歳から13歳までの間、12本の映像作品に出演したといいますが、おそらく「U15アイドル(またはジュニアアイドル)イメージDVD」といわれるジャンルのものでしょう。その名の通り、「15歳以下の少女」が出演するDVDです。  少女の8歳当時――2009年といえば、2月にU15界隈で一大ムーブメントを築いていた芸能事務所P(所属アイドル全員の芸名に”F”がついていたことから“F軍団”と呼ばれた)の社長らが逮捕され、7月には同じくU15界隈でDVDが爆売れしていた映像制作会社Rの社長らも逮捕された年でした。それぞれ逮捕容疑は児童買春・児童ポルノ禁止法違反。なお、Pの社長はその前年に、所属タレント50人との“枕ハメ撮り”を告白してもいました。  逮捕により、U15業界の二大巨塔が相次いで業界から身を引いたことで、それまで無法地帯とかしていた界隈が、じゃっかん“マイルド”になり始めていたのが、2009年でした。ーーというのが、U15界隈の動向を常に追っていた私が持った、同年の印象です。 ◎U15アイドルとして売っているのに電マ  私がこの界隈に興味を持ったのは、2002年頃のこと。自薦か、スカウトされた素人女性のコスプレ写真を販売していたサイト『Mっ娘ネット』を知ったことから始まります。そこには、決して美人ではない女性たちの、ビジネスホテルで撮られたであろうコスプレ写真がズラリと並んでいました。アングルすら気にしていない、ただフラッシュを焚いただけのスナップ写真が、妙な生々しさを醸し出していました。  なかでも飛び抜けて“ちょいブス”な子の写真に、高値がついている……。なぜ? その疑問はすぐに解けました。彼女は中学生で、その画像はコスプレ衣装から乳首が浮いていたり、陰毛がはみ出ているなど過激なものだったからです。  中には“ちょいブス”ではない子もいましたが、そうした女性もパンチラはもちろん、回を重ねるごとにその衣装やポージングは過激になってゆきました。『Mっ娘ネット』にAという名前で写真をUPしていた、比較的可愛らしいルックスの少女を再び見たのは、2006年頃。U15アイドルとしてデビューし、Fという芸名をつけられ、”F軍団”入りしていたのです。高校生の年齢だったAは、しょっぱなから飛ばしました。  溶けたバニラアイスを胸元に垂らしながら舐めるとか、M時開脚、Tバックは序の口。乳首と股間だけが隠れるほどの極小水着を着て、バランスボールに座り上下に弾んだり、縄を股間に食い込まされたり、電マを全身に当てられたり、あげく、水着の隙間から乳首を“うっかり”はみ出させた状態でオイルマッサージをされたり、特製アナルパール下着(!)を着せられもはや大陰唇を見せたり。その“はみ出た”瞬間は、好事家の間で”お宝”とされ、キャプチャーを撮られ出回りました。  こうした内容のDVDは「着エロ」と呼ばれていますが、U15アイドル(または年齢詐称した上で、中学生や高校生の記号をつけ)の冠がついた着エロが主流になったのは、この頃でした。  この無法地帯が、前述の通り業界の有名人たちの逮捕、さらに何度かの「“都条例”が強化されて一網打尽にされるらしい」といった噂を元にした各々の自主規制により、それまでのようなとんでもない演出がなくなってきたのが、2009年頃であり、翌年にはAもアイドル業を引退、風の噂で「出産した」という便りがありました。以降、音沙汰はありません。 ◎普通がわからなくなる現場と、良心の呵責  さて、U15から「着エロ」が一掃されたといっても、好事家たちの目線は相変わらず同じ。少年漫画誌に載るグラビアレベルの露出度や演出でも、血眼で”チラリ”を探すし、水着の向こう側を想像する。いくらそうした行為がキモといっても、それが性癖ですからどうしようもないようです。  好事家が変わらないのと同じように、現場もそう簡単にはかわりません。というのは、私はU15から「着エロ」が排除されたある時期、現場の手伝いをするなかで、見たのです。 ・毎現場に娘の付き添いで来ていたお母さんが、どんどん派手になってゆく様子。 ・AKB全盛期、「うちの子もアイドルになれた!!」と、ローアングラーたちが集う撮影会に参加した娘の勇姿を見て、感涙した両親。 ・中学生アイドルのグラビア撮影中、カメラマンの横から、まるでランボーのような傭兵STYLEでマシンガンぶっぱなすようにシャッターを切り続けるから、「熱心なマネージャーさんだなあ」と思って彼のカメラのモニターを覗くと、彼女の股間のアップばかりを撮っていたマネージャー。 ・「準備体操」と称して毎シーンごとに入念なストレッチをしていたマネージャー(背中合わせで体外に体重をかけ合うアレ)。 ・中学生所属タレントとの“真剣交際”を周囲に自慢していたマネージャー(と同時期に彼女はブログで謎の引退を発表)。  もちろん、U15業界といえど、法律に抵触せず“普通”に“きちんと“を仕事をしているマネージャー、編集者、ヘアメイク、スタイリスト、カメラマン、アイドル、親御さんのほうが多数派です。ですがふと、そんなランボーたちがいる現場で“普通”ってなんなのか我に返り、良心の呵責が堰を切ります。  レオタード姿の中学生に「かわいいー! いいよー!」と言いながら猫耳をつけさせてお尻上げて「にゃん☆」ってポーズさせてオフショットを撮る私は、セーフ? だって電マ当ててるわけじゃないし……。  シズル感が足りないから、スクール水着姿の女子高生の胸元にシャワーを浴びせる私は、セーフ? だって乳房をマッサージしているわけじゃないし……。  冒頭の、父親に児童ポルノに出演させられていた少女は、「生活のために我慢していた」と話していたそう。私がシャワーの湯を浴びせた少女たちは、我慢をしていなかったか。もし我慢をしていたとしたら、それは報われたのか。それとも、飲み込んだまま後ろ暗い過去になってしまったのか。  70年代、“芸術”とされ市販されていた少女の裸体が時代を経て“猥褻物”となり、2000年代には猥褻の目をかいくぐるようにU15着エロが生まれ、滅び、数年前には宮沢りえ写真集『Santa Fe』を所持しているだけで逮捕されるかもなんてまことしやかな噂が飛び交い、同時期に中学生や高校生を可愛くセクシーに撮るための仕事に、“時代”が後ろめたさを植え付ける……なんて、時代のせいにしてはいけませんね。  昨年、2006年頃から「Tバック小学生」として活躍していたグラビアアイドルの三花愛良さんが、21歳にして芸能界を引退しました。彼女はブログに、こう綴っています。 「小学生の時から働き続け、いろんな事を学びました。楽しかったり、辛かったり、辛い時の方が多かったです。(中略)失った物はたくさんあったけど、これからは前に進んで前を向いて自分の人生を歩みたいと思います」  かつてU15界隈で私が手伝っていた制作者たちは続々と足を洗い、それは業界全体の流れなのか、好事家たちがネット上で「今年は新作がほんとに全然出ない」「冬の時代到来」「形を変えて復活するのを気長に待ちたい」とぼやいている2017年現在。おまえらはいいよ、もう我慢汁だらだら流して我慢していればいいじゃん。ただもう、少女に我慢はさせるなよ。もういいじゃん。諦めてくれよ。そう切に、思わずにはいられないのです。

00年代のU15ジュニアアイドル・着エロ現場を振り返る~少女の我慢、良心の呵責

 7月28日、当時13歳だった娘(16)を、児童ポルノビデオに出演させたとして、父親(46)らが逮捕される事件が発生しました。容疑は児童買春・児童ポルノ禁止法違反容疑で、他にもフリーカメラマンとDVDメーカー社長らが逮捕されています。  少女は8歳から13歳までの間、12本の映像作品に出演したといいますが、おそらく「U15アイドル(またはジュニアアイドル)イメージDVD」といわれるジャンルのものでしょう。その名の通り、「15歳以下の少女」が出演するDVDです。  少女の8歳当時――2009年といえば、2月にU15界隈で一大ムーブメントを築いていた芸能事務所P(所属アイドル全員の芸名に”F”がついていたことから“F軍団”と呼ばれた)の社長らが逮捕され、7月には同じくU15界隈でDVDが爆売れしていた映像制作会社Rの社長らも逮捕された年でした。それぞれ逮捕容疑は児童買春・児童ポルノ禁止法違反。なお、Pの社長はその前年に、所属タレント50人との“枕ハメ撮り”を告白してもいました。  逮捕により、U15業界の二大巨塔が相次いで業界から身を引いたことで、それまで無法地帯とかしていた界隈が、じゃっかん“マイルド”になり始めていたのが、2009年でした。ーーというのが、U15界隈の動向を常に追っていた私が持った、同年の印象です。 ◎U15アイドルとして売っているのに電マ  私がこの界隈に興味を持ったのは、2002年頃のこと。自薦か、スカウトされた素人女性のコスプレ写真を販売していたサイト『Mっ娘ネット』を知ったことから始まります。そこには、決して美人ではない女性たちの、ビジネスホテルで撮られたであろうコスプレ写真がズラリと並んでいました。アングルすら気にしていない、ただフラッシュを焚いただけのスナップ写真が、妙な生々しさを醸し出していました。  なかでも飛び抜けて“ちょいブス”な子の写真に、高値がついている……。なぜ? その疑問はすぐに解けました。彼女は中学生で、その画像はコスプレ衣装から乳首が浮いていたり、陰毛がはみ出ているなど過激なものだったからです。  中には“ちょいブス”ではない子もいましたが、そうした女性もパンチラはもちろん、回を重ねるごとにその衣装やポージングは過激になってゆきました。『Mっ娘ネット』にAという名前で写真をUPしていた、比較的可愛らしいルックスの少女を再び見たのは、2006年頃。U15アイドルとしてデビューし、Fという芸名をつけられ、”F軍団”入りしていたのです。高校生の年齢だったAは、しょっぱなから飛ばしました。  溶けたバニラアイスを胸元に垂らしながら舐めるとか、M時開脚、Tバックは序の口。乳首と股間だけが隠れるほどの極小水着を着て、バランスボールに座り上下に弾んだり、縄を股間に食い込まされたり、電マを全身に当てられたり、あげく、水着の隙間から乳首を“うっかり”はみ出させた状態でオイルマッサージをされたり、特製アナルパール下着(!)を着せられもはや大陰唇を見せたり。その“はみ出た”瞬間は、好事家の間で”お宝”とされ、キャプチャーを撮られ出回りました。  こうした内容のDVDは「着エロ」と呼ばれていますが、U15アイドル(または年齢詐称した上で、中学生や高校生の記号をつけ)の冠がついた着エロが主流になったのは、この頃でした。  この無法地帯が、前述の通り業界の有名人たちの逮捕、さらに何度かの「“都条例”が強化されて一網打尽にされるらしい」といった噂を元にした各々の自主規制により、それまでのようなとんでもない演出がなくなってきたのが、2009年頃であり、翌年にはAもアイドル業を引退、風の噂で「出産した」という便りがありました。以降、音沙汰はありません。 ◎普通がわからなくなる現場と、良心の呵責  さて、U15から「着エロ」が一掃されたといっても、好事家たちの目線は相変わらず同じ。少年漫画誌に載るグラビアレベルの露出度や演出でも、血眼で”チラリ”を探すし、水着の向こう側を想像する。いくらそうした行為がキモといっても、それが性癖ですからどうしようもないようです。  好事家が変わらないのと同じように、現場もそう簡単にはかわりません。というのは、私はU15から「着エロ」が排除されたある時期、現場の手伝いをするなかで、見たのです。 ・毎現場に娘の付き添いで来ていたお母さんが、どんどん派手になってゆく様子。 ・AKB全盛期、「うちの子もアイドルになれた!!」と、ローアングラーたちが集う撮影会に参加した娘の勇姿を見て、感涙した両親。 ・中学生アイドルのグラビア撮影中、カメラマンの横から、まるでランボーのような傭兵STYLEでマシンガンぶっぱなすようにシャッターを切り続けるから、「熱心なマネージャーさんだなあ」と思って彼のカメラのモニターを覗くと、彼女の股間のアップばかりを撮っていたマネージャー。 ・「準備体操」と称して毎シーンごとに入念なストレッチをしていたマネージャー(背中合わせで体外に体重をかけ合うアレ)。 ・中学生所属タレントとの“真剣交際”を周囲に自慢していたマネージャー(と同時期に彼女はブログで謎の引退を発表)。  もちろん、U15業界といえど、法律に抵触せず“普通”に“きちんと“を仕事をしているマネージャー、編集者、ヘアメイク、スタイリスト、カメラマン、アイドル、親御さんのほうが多数派です。ですがふと、そんなランボーたちがいる現場で“普通”ってなんなのか我に返り、良心の呵責が堰を切ります。  レオタード姿の中学生に「かわいいー! いいよー!」と言いながら猫耳をつけさせてお尻上げて「にゃん☆」ってポーズさせてオフショットを撮る私は、セーフ? だって電マ当ててるわけじゃないし……。  シズル感が足りないから、スクール水着姿の女子高生の胸元にシャワーを浴びせる私は、セーフ? だって乳房をマッサージしているわけじゃないし……。  冒頭の、父親に児童ポルノに出演させられていた少女は、「生活のために我慢していた」と話していたそう。私がシャワーの湯を浴びせた少女たちは、我慢をしていなかったか。もし我慢をしていたとしたら、それは報われたのか。それとも、飲み込んだまま後ろ暗い過去になってしまったのか。  70年代、“芸術”とされ市販されていた少女の裸体が時代を経て“猥褻物”となり、2000年代には猥褻の目をかいくぐるようにU15着エロが生まれ、滅び、数年前には宮沢りえ写真集『Santa Fe』を所持しているだけで逮捕されるかもなんてまことしやかな噂が飛び交い、同時期に中学生や高校生を可愛くセクシーに撮るための仕事に、“時代”が後ろめたさを植え付ける……なんて、時代のせいにしてはいけませんね。  昨年、2006年頃から「Tバック小学生」として活躍していたグラビアアイドルの三花愛良さんが、21歳にして芸能界を引退しました。彼女はブログに、こう綴っています。 「小学生の時から働き続け、いろんな事を学びました。楽しかったり、辛かったり、辛い時の方が多かったです。(中略)失った物はたくさんあったけど、これからは前に進んで前を向いて自分の人生を歩みたいと思います」  かつてU15界隈で私が手伝っていた制作者たちは続々と足を洗い、それは業界全体の流れなのか、好事家たちがネット上で「今年は新作がほんとに全然出ない」「冬の時代到来」「形を変えて復活するのを気長に待ちたい」とぼやいている2017年現在。おまえらはいいよ、もう我慢汁だらだら流して我慢していればいいじゃん。ただもう、少女に我慢はさせるなよ。もういいじゃん。諦めてくれよ。そう切に、思わずにはいられないのです。