認知した「隠し子」発覚……夫は15年間、2つの家庭を行き来していた【別れた夫にわが子を会わせる?】

わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第6回 根本みゆきさん(仮名・61歳)後編

 30年前、地方転勤が多い1歳下のゼネコン社員と結婚した根本みゆきさんは、長年、不妊治療をしていたが、子どもが授からず、41歳のとき、生まれたばかりの男の子を引き取った。夫は最初、子育てに協力的だったが、1時間半ほど離れた町へ単身赴任になると、徐々に帰ってくる頻度が減っていき、1カ月に一度になった頃、浮気が発覚。それは息子にも知られるところとなり、夫婦の距離は開いていった。夫には、認知もしていた「隠し子」がいたのだった。

(前編はこちら)

■戸籍謄本を取り寄せ、夫に離婚を突きつける

 3年前に離婚に至ったときの経緯は、どうだったのだろうか?

「(相手の女からだと思われる)いたずら電話が続いていました。うんざりして、警察に相談に乗ってもらったんです。すると『くれぐれも関わってはいけませんよ。あなたには何の落ち度もないんですから』って助言されただけ。かといって、おとなしく何もしないのでは、不安や不満が抑えられない。そこで私、いよいよ確かめることにしたんです」

 根本さんが夫の戸籍謄本を取り寄せると、知らない女の子の名前の下に“認知”と記されていた。生年月日も記してあり、計算すると、女の子は11歳。認知した年月日と照らし合わせると、3歳のときに認知したことになる。

「すぐに離婚することを決めました。それが3年前の春です。たまたま、数日後には、夫が1カ月ぶりに転勤先から帰ってくる予定でした。というのも、その日が私の誕生日だったからです。その日なら、面と向かって離婚を伝えられます」

 数日後、根本さんの誕生日に、夫が予定通りに帰ってくる。

「謄本を突きつけて、『一体どうなってるの?』って強い調子で迫りました。『この女の子誰よ? 母親は、あんたが一緒に住んでる女でしょ』と問い詰めたんです。すると『誰だよ、それ。知らねえよ。いい加減なことを言って、ふざけるんじゃねえよ』って逆ギレされました」

 根本さんはひるまなかった。

「『明日専門家を呼んで、あなたとは終わりにしますから。そのつもりでいてください』って、たんかを切ったんです」

 夫は1日中、家にいたが、2人にもはや話すことはなかった。その口論が、夫婦で直接交わした最後のやりとりとなった。

 夫婦の最後の話し合いのとき、当時高校生だった息子さんはどうしていたのか?

「『ママはパパと大事な話があるから、近所の人の家に行って待ってて。後で迎えに行くから』と言って、息子には家を離れてもらってました」

 その後、息子さんを迎えに行き、2人で自宅に戻ると、そのまま根本さんの部屋に入って、2人きりの誕生会を開いた。根本さんのために、息子さんはバースデーケーキを買ってきていた。

「ケーキを箱から出して、ロウソクを立てて火をつけます。“ハッピーバースデー・トゥ・ユー〜”って歌ってくれてね。私がロウソクを吹き消しました。ナイフで切り分けて、それぞれの皿の上に置きました。

 ここまで終えてから、息子に大事な話を切り出しました。『ありがとうね。ママうれしいよ。それでね今日、なんでパパと3人で祝わないかわかる?』って聞いたらね。息子はじっと真剣な表情で、私の顔を見ました。

『実はね、ママはパパとお別れするのよ。結婚をやめるの』
『うん……』
『パパとママ、どっちについて行きたいか、自分で選んでいいんだよ』

 息子は一切動揺したりすることもなく、間髪入れずに答えました。『そんなの、決まってるよ。ママと一緒にいるよ』って。

『ああそう? でも、今までみたいに贅沢はできないよ。大丈夫?』
『うん、わかる』

 ほんと、この子いい子だなと思った。確かに、血のつながった子どもではないですよ。でもね、本当にこの子ってステキに育ってくれたと思ってありがたかったし、うれしかった。これまで息子を大事に育ててきたかいがありました」

 根本さんが58歳になったタイミングで行われた、彼女と息子さんだけのささやかな誕生日パーティーは、2人にとって人生の新たな出発を記念してもいたのだ。

「やっと離れられるという解放感と息子に祝ってもらった喜び、今後の生活への不安と期待と、ケーキを口にしながら、いろんな感情が頭の中に渦巻いていました。一抹の寂しさもあったのかもしれません。だって、夫とは愛し合って結婚したんですよ。『幸せにするよ。落ち着いた生活をしよう』って言ってくれたのに、こんな結末なのですから」

 その後、根本さんは夫を完全に追い出しにかかった。どちらが家を出るかという話し合いもなかった。

「夫にはもうひとつの家庭があるわけだし、人としてやってはいけないことを私や息子にしてきたわけだから。夫が出て行って当然です」

 根本さんは、玄関の鍵を交換し、夫の荷物をすべて車庫に置いた。鍵を換えたのは、家の権利書などといった重要書類を、勝手に持ち出されるのを防ぐためだった。

「夫は車庫に荷物を取りに来ていたようです。直接のやりとりはありません。あとは全部弁護士を通してましたから」

 根本さんは、離婚届を、夫が女や娘と住む家に送った。すると捺印とサインのされた書類が、すんなり送り返されてきた。

「それを役所に持っていき、受理されました。法廷で争ったりはしていません。協議離婚です。息子はまもなく17歳になろうとするころでしたから、養育費に関しては、成人式を迎えるまでの3年余りだけ」

 女に慰謝料を請求したものの、働いていなかったので、結局、夫が肩代わりすることになった。

「一括で払えないからということで、夫の年収の3分の1に相当する額を、月割りの3年分割で払ってもらいました。夫は女と15年間、2つの家庭を維持していたので、本当にお金がなかったんでしょうね」

 自宅は根本さん、車は夫が引き取った。

「『俺が買ったものだから返せ』っていう主張でね。もう15万キロも乗ってた車ですから二束三文でしょ。だから『はい、どうぞ』って」

――別れた後の生活は、いかがですか?

「直後は悩みましたよ。だけど今は、すっかり落ち着いてます。別れてよかったです。女手ひとつでの生活ですから、贅沢はできないですよ。でも、小さな幸せを継続していくことはできるかな。息子も今やもう大学3年生になってて、バイトしながら頑張ってます」

――息子さんがそれだけ大きくなれば、自分から父親に会いにいけますよね?

「もう離婚しちゃってるし、私自身、夫と接触を持ちたいと思っていない。虐待したのだから、息子には会わせたくないですし。だけど、立派に育ってくれましたからね。体だけじゃなくて、精神的にも大人です。(息子が夫と)会っても構わないし、会うかどうかは彼次第です。息子の気持ちに任せます。だけど息子自身は、会いたいという気持ちは持っていないんです。それははっきりしています。『パパの子じゃない』ということです」

――生まれたときのことは伝えるつもりはありますか?

「息子が独り立ちするときや、彼女ができて結婚するタイミングで、『あなたはこうだったのよ』って言ってもいいかもしれない。だけど、今のところは、伝える気はありません。だって私たち、“実の親子”なんですから」

 血のつながりだけが、愛情のバロメーターなのではない。根本さんと息子さんの絆の強さを知り、そのことを痛感させられた。今後も2人は、どんな困難があっても乗り越えていくだろう。幸せを祈るばかりだ。

認知した「隠し子」発覚……夫は15年間、2つの家庭を行き来していた【別れた夫にわが子を会わせる?】

わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第6回 根本みゆきさん(仮名・61歳)後編

 30年前、地方転勤が多い1歳下のゼネコン社員と結婚した根本みゆきさんは、長年、不妊治療をしていたが、子どもが授からず、41歳のとき、生まれたばかりの男の子を引き取った。夫は最初、子育てに協力的だったが、1時間半ほど離れた町へ単身赴任になると、徐々に帰ってくる頻度が減っていき、1カ月に一度になった頃、浮気が発覚。それは息子にも知られるところとなり、夫婦の距離は開いていった。夫には、認知もしていた「隠し子」がいたのだった。

(前編はこちら)

■戸籍謄本を取り寄せ、夫に離婚を突きつける

 3年前に離婚に至ったときの経緯は、どうだったのだろうか?

「(相手の女からだと思われる)いたずら電話が続いていました。うんざりして、警察に相談に乗ってもらったんです。すると『くれぐれも関わってはいけませんよ。あなたには何の落ち度もないんですから』って助言されただけ。かといって、おとなしく何もしないのでは、不安や不満が抑えられない。そこで私、いよいよ確かめることにしたんです」

 根本さんが夫の戸籍謄本を取り寄せると、知らない女の子の名前の下に“認知”と記されていた。生年月日も記してあり、計算すると、女の子は11歳。認知した年月日と照らし合わせると、3歳のときに認知したことになる。

「すぐに離婚することを決めました。それが3年前の春です。たまたま、数日後には、夫が1カ月ぶりに転勤先から帰ってくる予定でした。というのも、その日が私の誕生日だったからです。その日なら、面と向かって離婚を伝えられます」

 数日後、根本さんの誕生日に、夫が予定通りに帰ってくる。

「謄本を突きつけて、『一体どうなってるの?』って強い調子で迫りました。『この女の子誰よ? 母親は、あんたが一緒に住んでる女でしょ』と問い詰めたんです。すると『誰だよ、それ。知らねえよ。いい加減なことを言って、ふざけるんじゃねえよ』って逆ギレされました」

 根本さんはひるまなかった。

「『明日専門家を呼んで、あなたとは終わりにしますから。そのつもりでいてください』って、たんかを切ったんです」

 夫は1日中、家にいたが、2人にもはや話すことはなかった。その口論が、夫婦で直接交わした最後のやりとりとなった。

 夫婦の最後の話し合いのとき、当時高校生だった息子さんはどうしていたのか?

「『ママはパパと大事な話があるから、近所の人の家に行って待ってて。後で迎えに行くから』と言って、息子には家を離れてもらってました」

 その後、息子さんを迎えに行き、2人で自宅に戻ると、そのまま根本さんの部屋に入って、2人きりの誕生会を開いた。根本さんのために、息子さんはバースデーケーキを買ってきていた。

「ケーキを箱から出して、ロウソクを立てて火をつけます。“ハッピーバースデー・トゥ・ユー〜”って歌ってくれてね。私がロウソクを吹き消しました。ナイフで切り分けて、それぞれの皿の上に置きました。

 ここまで終えてから、息子に大事な話を切り出しました。『ありがとうね。ママうれしいよ。それでね今日、なんでパパと3人で祝わないかわかる?』って聞いたらね。息子はじっと真剣な表情で、私の顔を見ました。

『実はね、ママはパパとお別れするのよ。結婚をやめるの』
『うん……』
『パパとママ、どっちについて行きたいか、自分で選んでいいんだよ』

 息子は一切動揺したりすることもなく、間髪入れずに答えました。『そんなの、決まってるよ。ママと一緒にいるよ』って。

『ああそう? でも、今までみたいに贅沢はできないよ。大丈夫?』
『うん、わかる』

 ほんと、この子いい子だなと思った。確かに、血のつながった子どもではないですよ。でもね、本当にこの子ってステキに育ってくれたと思ってありがたかったし、うれしかった。これまで息子を大事に育ててきたかいがありました」

 根本さんが58歳になったタイミングで行われた、彼女と息子さんだけのささやかな誕生日パーティーは、2人にとって人生の新たな出発を記念してもいたのだ。

「やっと離れられるという解放感と息子に祝ってもらった喜び、今後の生活への不安と期待と、ケーキを口にしながら、いろんな感情が頭の中に渦巻いていました。一抹の寂しさもあったのかもしれません。だって、夫とは愛し合って結婚したんですよ。『幸せにするよ。落ち着いた生活をしよう』って言ってくれたのに、こんな結末なのですから」

 その後、根本さんは夫を完全に追い出しにかかった。どちらが家を出るかという話し合いもなかった。

「夫にはもうひとつの家庭があるわけだし、人としてやってはいけないことを私や息子にしてきたわけだから。夫が出て行って当然です」

 根本さんは、玄関の鍵を交換し、夫の荷物をすべて車庫に置いた。鍵を換えたのは、家の権利書などといった重要書類を、勝手に持ち出されるのを防ぐためだった。

「夫は車庫に荷物を取りに来ていたようです。直接のやりとりはありません。あとは全部弁護士を通してましたから」

 根本さんは、離婚届を、夫が女や娘と住む家に送った。すると捺印とサインのされた書類が、すんなり送り返されてきた。

「それを役所に持っていき、受理されました。法廷で争ったりはしていません。協議離婚です。息子はまもなく17歳になろうとするころでしたから、養育費に関しては、成人式を迎えるまでの3年余りだけ」

 女に慰謝料を請求したものの、働いていなかったので、結局、夫が肩代わりすることになった。

「一括で払えないからということで、夫の年収の3分の1に相当する額を、月割りの3年分割で払ってもらいました。夫は女と15年間、2つの家庭を維持していたので、本当にお金がなかったんでしょうね」

 自宅は根本さん、車は夫が引き取った。

「『俺が買ったものだから返せ』っていう主張でね。もう15万キロも乗ってた車ですから二束三文でしょ。だから『はい、どうぞ』って」

――別れた後の生活は、いかがですか?

「直後は悩みましたよ。だけど今は、すっかり落ち着いてます。別れてよかったです。女手ひとつでの生活ですから、贅沢はできないですよ。でも、小さな幸せを継続していくことはできるかな。息子も今やもう大学3年生になってて、バイトしながら頑張ってます」

――息子さんがそれだけ大きくなれば、自分から父親に会いにいけますよね?

「もう離婚しちゃってるし、私自身、夫と接触を持ちたいと思っていない。虐待したのだから、息子には会わせたくないですし。だけど、立派に育ってくれましたからね。体だけじゃなくて、精神的にも大人です。(息子が夫と)会っても構わないし、会うかどうかは彼次第です。息子の気持ちに任せます。だけど息子自身は、会いたいという気持ちは持っていないんです。それははっきりしています。『パパの子じゃない』ということです」

――生まれたときのことは伝えるつもりはありますか?

「息子が独り立ちするときや、彼女ができて結婚するタイミングで、『あなたはこうだったのよ』って言ってもいいかもしれない。だけど、今のところは、伝える気はありません。だって私たち、“実の親子”なんですから」

 血のつながりだけが、愛情のバロメーターなのではない。根本さんと息子さんの絆の強さを知り、そのことを痛感させられた。今後も2人は、どんな困難があっても乗り越えていくだろう。幸せを祈るばかりだ。

認知した「隠し子」発覚……夫は15年間、2つの家庭を行き来していた【別れた夫にわが子を会わせる?】

わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第6回 根本みゆきさん(仮名・61歳)後編

 30年前、地方転勤が多い1歳下のゼネコン社員と結婚した根本みゆきさんは、長年、不妊治療をしていたが、子どもが授からず、41歳のとき、生まれたばかりの男の子を引き取った。夫は最初、子育てに協力的だったが、1時間半ほど離れた町へ単身赴任になると、徐々に帰ってくる頻度が減っていき、1カ月に一度になった頃、浮気が発覚。それは息子にも知られるところとなり、夫婦の距離は開いていった。夫には、認知もしていた「隠し子」がいたのだった。

(前編はこちら)

■戸籍謄本を取り寄せ、夫に離婚を突きつける

 3年前に離婚に至ったときの経緯は、どうだったのだろうか?

「(相手の女からだと思われる)いたずら電話が続いていました。うんざりして、警察に相談に乗ってもらったんです。すると『くれぐれも関わってはいけませんよ。あなたには何の落ち度もないんですから』って助言されただけ。かといって、おとなしく何もしないのでは、不安や不満が抑えられない。そこで私、いよいよ確かめることにしたんです」

 根本さんが夫の戸籍謄本を取り寄せると、知らない女の子の名前の下に“認知”と記されていた。生年月日も記してあり、計算すると、女の子は11歳。認知した年月日と照らし合わせると、3歳のときに認知したことになる。

「すぐに離婚することを決めました。それが3年前の春です。たまたま、数日後には、夫が1カ月ぶりに転勤先から帰ってくる予定でした。というのも、その日が私の誕生日だったからです。その日なら、面と向かって離婚を伝えられます」

 数日後、根本さんの誕生日に、夫が予定通りに帰ってくる。

「謄本を突きつけて、『一体どうなってるの?』って強い調子で迫りました。『この女の子誰よ? 母親は、あんたが一緒に住んでる女でしょ』と問い詰めたんです。すると『誰だよ、それ。知らねえよ。いい加減なことを言って、ふざけるんじゃねえよ』って逆ギレされました」

 根本さんはひるまなかった。

「『明日専門家を呼んで、あなたとは終わりにしますから。そのつもりでいてください』って、たんかを切ったんです」

 夫は1日中、家にいたが、2人にもはや話すことはなかった。その口論が、夫婦で直接交わした最後のやりとりとなった。

 夫婦の最後の話し合いのとき、当時高校生だった息子さんはどうしていたのか?

「『ママはパパと大事な話があるから、近所の人の家に行って待ってて。後で迎えに行くから』と言って、息子には家を離れてもらってました」

 その後、息子さんを迎えに行き、2人で自宅に戻ると、そのまま根本さんの部屋に入って、2人きりの誕生会を開いた。根本さんのために、息子さんはバースデーケーキを買ってきていた。

「ケーキを箱から出して、ロウソクを立てて火をつけます。“ハッピーバースデー・トゥ・ユー〜”って歌ってくれてね。私がロウソクを吹き消しました。ナイフで切り分けて、それぞれの皿の上に置きました。

 ここまで終えてから、息子に大事な話を切り出しました。『ありがとうね。ママうれしいよ。それでね今日、なんでパパと3人で祝わないかわかる?』って聞いたらね。息子はじっと真剣な表情で、私の顔を見ました。

『実はね、ママはパパとお別れするのよ。結婚をやめるの』
『うん……』
『パパとママ、どっちについて行きたいか、自分で選んでいいんだよ』

 息子は一切動揺したりすることもなく、間髪入れずに答えました。『そんなの、決まってるよ。ママと一緒にいるよ』って。

『ああそう? でも、今までみたいに贅沢はできないよ。大丈夫?』
『うん、わかる』

 ほんと、この子いい子だなと思った。確かに、血のつながった子どもではないですよ。でもね、本当にこの子ってステキに育ってくれたと思ってありがたかったし、うれしかった。これまで息子を大事に育ててきたかいがありました」

 根本さんが58歳になったタイミングで行われた、彼女と息子さんだけのささやかな誕生日パーティーは、2人にとって人生の新たな出発を記念してもいたのだ。

「やっと離れられるという解放感と息子に祝ってもらった喜び、今後の生活への不安と期待と、ケーキを口にしながら、いろんな感情が頭の中に渦巻いていました。一抹の寂しさもあったのかもしれません。だって、夫とは愛し合って結婚したんですよ。『幸せにするよ。落ち着いた生活をしよう』って言ってくれたのに、こんな結末なのですから」

 その後、根本さんは夫を完全に追い出しにかかった。どちらが家を出るかという話し合いもなかった。

「夫にはもうひとつの家庭があるわけだし、人としてやってはいけないことを私や息子にしてきたわけだから。夫が出て行って当然です」

 根本さんは、玄関の鍵を交換し、夫の荷物をすべて車庫に置いた。鍵を換えたのは、家の権利書などといった重要書類を、勝手に持ち出されるのを防ぐためだった。

「夫は車庫に荷物を取りに来ていたようです。直接のやりとりはありません。あとは全部弁護士を通してましたから」

 根本さんは、離婚届を、夫が女や娘と住む家に送った。すると捺印とサインのされた書類が、すんなり送り返されてきた。

「それを役所に持っていき、受理されました。法廷で争ったりはしていません。協議離婚です。息子はまもなく17歳になろうとするころでしたから、養育費に関しては、成人式を迎えるまでの3年余りだけ」

 女に慰謝料を請求したものの、働いていなかったので、結局、夫が肩代わりすることになった。

「一括で払えないからということで、夫の年収の3分の1に相当する額を、月割りの3年分割で払ってもらいました。夫は女と15年間、2つの家庭を維持していたので、本当にお金がなかったんでしょうね」

 自宅は根本さん、車は夫が引き取った。

「『俺が買ったものだから返せ』っていう主張でね。もう15万キロも乗ってた車ですから二束三文でしょ。だから『はい、どうぞ』って」

――別れた後の生活は、いかがですか?

「直後は悩みましたよ。だけど今は、すっかり落ち着いてます。別れてよかったです。女手ひとつでの生活ですから、贅沢はできないですよ。でも、小さな幸せを継続していくことはできるかな。息子も今やもう大学3年生になってて、バイトしながら頑張ってます」

――息子さんがそれだけ大きくなれば、自分から父親に会いにいけますよね?

「もう離婚しちゃってるし、私自身、夫と接触を持ちたいと思っていない。虐待したのだから、息子には会わせたくないですし。だけど、立派に育ってくれましたからね。体だけじゃなくて、精神的にも大人です。(息子が夫と)会っても構わないし、会うかどうかは彼次第です。息子の気持ちに任せます。だけど息子自身は、会いたいという気持ちは持っていないんです。それははっきりしています。『パパの子じゃない』ということです」

――生まれたときのことは伝えるつもりはありますか?

「息子が独り立ちするときや、彼女ができて結婚するタイミングで、『あなたはこうだったのよ』って言ってもいいかもしれない。だけど、今のところは、伝える気はありません。だって私たち、“実の親子”なんですから」

 血のつながりだけが、愛情のバロメーターなのではない。根本さんと息子さんの絆の強さを知り、そのことを痛感させられた。今後も2人は、どんな困難があっても乗り越えていくだろう。幸せを祈るばかりだ。

紺野あさ美、アメーバブログ開設で「ママタレ」界に本格参入? 食事と育児をつづる 

 モーニング娘。の元メンバーで、テレビ東京の元アナウンサー・紺野あさ美(30)が8月15日、アメーバ公式ブログを開設。それと同時に、現在妊娠中である子どもの性別が「女の子」であることを報告した。

 ブログの開設にファンからは「妊娠、おめでとうございます!!元気なお子様が産まれますように 体調には気をつけて下さいね」という妊婦を気遣うコメントや、「おぉ~紺野さんもついにブログっすか!! これからも更新がめちゃくちゃ楽しみっす マジチェックします!!」と喜びの声が寄せられた。

 アメーバブログといえば、アクセス数が収入と直結するため、意図的に炎上させるような発言をするユーザーが存在するという。そのため、紺野もその仲間入りをするのか? と冷ややかな目で見ている者も多いようだ。

 また、ブログのタイトルが「もりもりごはんと子育て日記。」と今後、料理本出版なども企んでいる様子がうかがえる。出産前から、ママタレ戦線での加入準備がバッチリの紺野。プロ野球選手である旦那の調子は不調だが、妻のビジネスは好調のようだ。

山田孝之、自身のインスタで赤西仁との「JINTAKA」復活を報告?

 山田孝之(33)が赤西仁(33)との写真を8月15日に投稿した。その内容は、「相方から面白いお誘いきた Jip’s山クラ覚悟しとけよ 日下さんには明日にでも報告、相談しておこう」とのこと。

 山田の手にはマイクが握られており、ファンの間では「JINTAKA復活ですか!?」と2人の音楽ユニット・JINTAKAへの期待の声や、「なに?なに?なに?財布の準備?」「金の準備をした方がいい?」と2人に“貢ぐ”気満々の声も上がっている。

 「JINTAKA」とは、2016年4月1日のエイプリルフールに赤西が「本日発売 デビューシングル 『Choo Choo SHITAIN』」と、山田とのツーショット写真を投稿し、発信したことがきっかけとなり結成されたグループ。9月には実際にCDデビューを果たしたものの、後に解散となった。

 今回の復活を示唆する投稿で、2人への注目がさらに集まりそうだ。

最年少は4歳! 際どいハイレグも着こなす「女児下着ショー」に非難殺到

最年少は4歳! 際どいハイレグも着こなす「女児下着ショー」に非難殺到の画像1
ヴィクトリアズ・シークレットのモデル「エンジェルズ」に負けないほど、自信に満ちあふれた表情の子どもたち。
 羽根や花がデコレーションされたビキニランジェリーに身を包んだモデルたちが、さっそうとランウェイを闊歩する。自身に満ちあふれ、カメラを構える観衆に挑発的な表情をして見せる姿は、米人気下着ブランド「ヴィクトリアズ・シークレット」のショーそのものだ。  ただ、本家とひとつ違うのは、下着モデルたちは、小学生以下の女児であるという点である。  8月5日、中国の四川省成都市のショッピングモールで行われたこのイベントには、「幼い女児を性的対象にするな」「こんなショーに自分の娘を出演させるなんて」などといった批判が殺到している。
最年少は4歳! 際どいハイレグも着こなす「女児下着ショー」に非難殺到の画像2
 確かに、幼児体形に鋭角のハイレグ下着は不釣り合いであり、眉をひそめる人がいるのも理解できる。  女児が出演する同様のファッションショーは、中国全土で開催されている。  先月には、陝西省西安市で行われたファッションショーに、下着やビキニ水着を着用した女児が登場。最年少のモデルは4歳だった。さらに昨年末には河北省邯鄲市で、中高生の少女がモデルを務める下着ショーが開催された。  その背景について、中国事情に詳しいフリーライターの吉井透氏は話す。 「中国では、女性下着の市場規模は今年にも250億ドル(約2億7,000億円)に達するといわれています。これはアメリカの2倍に当たり、世界でダントツとなっている。今年3月には、ヴィクトリアズ・シークレットのアジア初の大型旗艦店が上海でオープンしたばかり。しかし一方では、市場の成長率は鈍化しつつある。そんな中、各メーカーが力を入れているのが、子ども用下着市場の開拓です。そのため、ファッションショーが盛んに催されている」  こうした客寄せイベントは、往々にして過激化するのが中国の悪い癖。くれぐれも、出演モデルの子どもたちの“黒歴史”とならないことを祈りたい。

「キター!」も、これで見納めか……『世界陸上』織田裕二の“後任”に、嵐・大野智と松本潤がリストアップ

「キター!」も、これで見納めか……『世界陸上』織田裕二の後任に、嵐・大野智と松本潤がリストアップの画像1
 ウサイン・ボルトのラストラン以上に、名残惜しい「ラスト」だったのか?  8月4日から10日間にわたって開催された、2年に一度の祭典『世界陸上』。11年連続20年目となる織田裕二と中井美穂のコンビによるテレビ中継に、深夜までテレビの前にクギ付けになった陸上ファンも多かったことだろう。  織田のハイテンションを中井がなだめる姿は、いまや夏の風物詩。しかし、織田も49歳、中井は52歳とあって、いよいよキャスターの世代交代が検討されているという。 「織田が『キター!』と叫ぶハイテンション芸は、ものまね芸人が生まれたほどでしたが、今回は例年に比べるとかなりおとなしかった。実は、織田に対しては日本陸上競技連盟から『大会を茶化してほしくない』とクレームが入っていたといいます。これに織田が反発し、一時は出演も危ぶまれていました。もちろん、その影響もあるでしょうが、織田は年齢的にも声にハリがなくなり、かつてのような絶叫もできなくなっている。世陸を放送するTBS内にも“そろそろ代え時”の空気があり、放送時間を大幅に延ばしたのも、これまで番組を盛り上げた2人に対する“誠意”の意味もあったのかもしれません」(スポーツ紙デスク)  すでに、TBSと広告代理店の間では2年後の“織田の後任”がリストアップされているという。 「現在のスポーツ放送の例に漏れず、ジャニーズのタレントが起用される可能性が高い。すでに嵐の大野智と松本潤の名前が挙がっているといいます。当然、彼らに陸上の知識はありませんし、勉強したところで織田に追いつけるはずもない。ボルトのいなくなった陸上競技をアイドルが盛り上げられるのかは、はなはだ疑問ですが……」(広告関係者)  織田節があったからこそ、陸上に興味を持った一般視聴者も多かったはず。次回の世界陸上は東京五輪の前年とあって、大いに盛り上がるはずだ。灼熱のカタール・ドーハには、いったい誰が立っているだろうか?

「キター!」も、これで見納めか……『世界陸上』織田裕二の“後任”に、嵐・大野智と松本潤がリストアップ

「キター!」も、これで見納めか……『世界陸上』織田裕二の後任に、嵐・大野智と松本潤がリストアップの画像1
 ウサイン・ボルトのラストラン以上に、名残惜しい「ラスト」だったのか?  8月4日から10日間にわたって開催された、2年に一度の祭典『世界陸上』。11年連続20年目となる織田裕二と中井美穂のコンビによるテレビ中継に、深夜までテレビの前にクギ付けになった陸上ファンも多かったことだろう。  織田のハイテンションを中井がなだめる姿は、いまや夏の風物詩。しかし、織田も49歳、中井は52歳とあって、いよいよキャスターの世代交代が検討されているという。 「織田が『キター!』と叫ぶハイテンション芸は、ものまね芸人が生まれたほどでしたが、今回は例年に比べるとかなりおとなしかった。実は、織田に対しては日本陸上競技連盟から『大会を茶化してほしくない』とクレームが入っていたといいます。これに織田が反発し、一時は出演も危ぶまれていました。もちろん、その影響もあるでしょうが、織田は年齢的にも声にハリがなくなり、かつてのような絶叫もできなくなっている。世陸を放送するTBS内にも“そろそろ代え時”の空気があり、放送時間を大幅に延ばしたのも、これまで番組を盛り上げた2人に対する“誠意”の意味もあったのかもしれません」(スポーツ紙デスク)  すでに、TBSと広告代理店の間では2年後の“織田の後任”がリストアップされているという。 「現在のスポーツ放送の例に漏れず、ジャニーズのタレントが起用される可能性が高い。すでに嵐の大野智と松本潤の名前が挙がっているといいます。当然、彼らに陸上の知識はありませんし、勉強したところで織田に追いつけるはずもない。ボルトのいなくなった陸上競技をアイドルが盛り上げられるのかは、はなはだ疑問ですが……」(広告関係者)  織田節があったからこそ、陸上に興味を持った一般視聴者も多かったはず。次回の世界陸上は東京五輪の前年とあって、大いに盛り上がるはずだ。灼熱のカタール・ドーハには、いったい誰が立っているだろうか?

浜崎あゆみ、インスタに「ブランド品」大量アップ! 大物アピールの“仕込み疑惑”も

 浜崎あゆみが、インスタグラムに、ルイ・ヴィトンとSupremeのコラボアイテムを立て続けにアップしていることから、「セレブ自慢に必死」と、ネット上で物議を醸している。

 浜崎は8月10日、また15日にも、同ブランドのジャケットを着ている写真を投稿。ロゴがわかりやすく写し出されていることから、ネット上では「ジャケット自慢か」「お気に入りなのはわかるけど、ブランドアピールがあからさますぎ」「この服しか持ってないのかよ」などと、批判が噴出している。

「CDセールスやライブ動員の激減によって、歌姫から、すっかり“お騒がせタレント”のイメージが強くなってしまった浜崎は、インスタグラムに写真が投稿されるたびに、ネットユーザーから難癖をつけられるように。本人が望むところではないかもしれませんが、結果的にネット上では“注目の存在”でい続けています」(芸能ライター)

 そんな浜崎の直近の“大炎上”といえば、7月5日放送の『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)に出演したことだろう。当日はスタイリストやレコード会社関係者など、総勢25人ものスタッフを“同伴”したことが、番組内で話題に。また出演に際して、通常であればテレビ局内に用意される楽屋を、日テレに隣接する高級ホテルで代用し、ルームサービスをあわせて100万円以上も散財していたと、一部週刊誌に報じられていた。

「この時に招集されたスタッフは、実際に浜崎のスタッフではあるものの、大物アピールのために、“仕込み”として借り出されただけで、実際に当日仕事をしていたわけではないのでは……と、局関係者の間でウワサになっていたんです。ネット上でも『こんなにスタッフを集める必要があるのか』『あまりにリアリティがない』などと言われていました。ブランド品を、これ見よがしにインスタグラムにアップするのも、自分がいかにトップスターかを誇示したいだけなのでは」(日テレ関係者)

 果たして浜崎の大物アピールは、いつまで続くのだろうか?

浜崎あゆみ、インスタに「ブランド品」大量アップ! 大物アピールの“仕込み疑惑”も

 浜崎あゆみが、インスタグラムに、ルイ・ヴィトンとSupremeのコラボアイテムを立て続けにアップしていることから、「セレブ自慢に必死」と、ネット上で物議を醸している。

 浜崎は8月10日、また15日にも、同ブランドのジャケットを着ている写真を投稿。ロゴがわかりやすく写し出されていることから、ネット上では「ジャケット自慢か」「お気に入りなのはわかるけど、ブランドアピールがあからさますぎ」「この服しか持ってないのかよ」などと、批判が噴出している。

「CDセールスやライブ動員の激減によって、歌姫から、すっかり“お騒がせタレント”のイメージが強くなってしまった浜崎は、インスタグラムに写真が投稿されるたびに、ネットユーザーから難癖をつけられるように。本人が望むところではないかもしれませんが、結果的にネット上では“注目の存在”でい続けています」(芸能ライター)

 そんな浜崎の直近の“大炎上”といえば、7月5日放送の『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)に出演したことだろう。当日はスタイリストやレコード会社関係者など、総勢25人ものスタッフを“同伴”したことが、番組内で話題に。また出演に際して、通常であればテレビ局内に用意される楽屋を、日テレに隣接する高級ホテルで代用し、ルームサービスをあわせて100万円以上も散財していたと、一部週刊誌に報じられていた。

「この時に招集されたスタッフは、実際に浜崎のスタッフではあるものの、大物アピールのために、“仕込み”として借り出されただけで、実際に当日仕事をしていたわけではないのでは……と、局関係者の間でウワサになっていたんです。ネット上でも『こんなにスタッフを集める必要があるのか』『あまりにリアリティがない』などと言われていました。ブランド品を、これ見よがしにインスタグラムにアップするのも、自分がいかにトップスターかを誇示したいだけなのでは」(日テレ関係者)

 果たして浜崎の大物アピールは、いつまで続くのだろうか?