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「GINGER」が自己啓発雑誌に!? 全編“愛”というテーマのインタビューで読者を説教!!

 今月の「GINGER」(幻冬舎)の表紙は……AAA!? 大人の事情や政治的な何かが発動していたのかもしれませんが、意表を突かれすぎて言葉が出てきません。確かにAAAのメンバーたちはアラサーど真ん中で、「GINGER」世代ではあるのですが、ファン層と読者層が被っているとはどうしても考えられないです。っていうか、そもそもAAAのファン層ってどこ? さらに今月の表紙には「星野源」「平愛梨」「石田ゆり子」「滝川クリステル」「ぺこ&りゅうちぇる」と芸能人の名前がギッシリ。これまで誌面のほとんどをファッションページが占めていた「GINGER」に一体何があったのか……早速中身をチェックしていきましょう!

<トピックス>
◎自分スタイルで生きる注目の101人発「愛してる」を叫ぼう
◎AAA「愛ってなんだ?」
◎GINGER読者サポーター8700人のセキララVOICE 今月のテーマ「結婚相手に求める条件とは?」

■真面目で努力家な「GINGER」女子に響くAAAの仕事観

 「GINGER」といえば、服の着こなしに関する細かいルールがぎっしり詰め込まれた、まるでオシャレの教科書のような誌面が特徴です。その圧迫感のある誌面からは、オシャレを楽しんだり、あこがれたりするようなキラキラした気持ちは生まれず、「GINGER」女子たちのオシャレに対する畏れ……つまり自分自身のセンスに自信を持てず、迷走している姿が見て取れました。そんな彼女たちに、今月の「GINGER」は「愛」というテーマを提示します。これまた、夏の終わりの某チャリティ番組並みに大きく出ましたね。

 「自分スタイルで生きる注目の101人発『愛してる』を叫ぼう」と題し、AAAをはじめ、芸能人、ファッションデザイナー、スタイリスト、読者モデルまで合計101名に「あなたにとって『愛』とは?」という問いを投げかけています。「スタイリストたちのファッション愛」という私服コーディネートのページなど、ファッションページもあるにはあったのですが、ほとんどがインタビューページという、ファッション雑誌の根底を覆す攻めた構成です。そこまでして「GINGER」が読者たちに伝えたかった「愛」とは一体……。

 早速ページをめくると1ページ目から「あふれ出る輝きを放つ人たちは、みんな大切な“何か”を抱きしめながら生きている。(中略)もっと熱く、堂々と、愛するものについて語ろう。その強い愛はきっと、あなたを美しく、唯一無二の存在へと変えていくのだから!」と自己啓発チックなコピーが飛び込んできます。まあ確かに、自分の「好き」に自信がないせいか、「他人にあこがれられたい」「オシャレって思われたい」という他者の評価軸を基準に生きている「GINGER」女子たちには必要な視点なのかもしれません。企画の内容を大まかに分けると、“仕事への愛”“パートナーへの愛”“趣味への愛”の3つです。

 まずは冒頭、AAAが自身のキャリアについて語っている「AAA『愛ってなんだ?』」を見ていきましょう。これまで誌面に登場した読者の職業や職種の傾向から察するに、「GINGER」女子は、一般職OLではなく、バリキャリ志向ではないものの、それなりに責任のある仕事を任されている様子がうかがえます。そんな彼女たちには、「ステージに投げてくださる反応を受け取り、また返すという幸せなキャッチボールをずっと続けている感じ」(AAA・末吉)、「時間をかけて積み重ねた(メンバーへの)愛情があるからこそ、できること」(同・宇野)という同世代の実感がこもった仕事観は、共感を得られそうです。正直AAAについては、男女混合仲良しダンスグループが文化祭でパフォーマンスしているようなデビュー当時のイメージで止まっていましたが、キャリア12年目に突入した彼らが淡々と仕事を語る姿は、中高生よりも実はアラサーに刺さるのかもしれません。

 そんなわけで、仕事については地道に取り組んでいるように思われる「GINGER」女子は、こと恋愛・結婚に関しての具体的なビジョンが欠けている印象。それは恋愛特集がほとんど組まれないことからも明らかなのですが、なんと今回は、新婚ホヤホヤの平愛梨とぺこ&りゅうちぇるが“パートナーへの愛”についてたっぷり語ってくれています。いや、さすがに、その人選は極端なのでは……と、内容を読む前にツッコンでしまいましたよ。「平愛梨 Amore(ハート)~愛する人~」「ぺこ&りゅうちぇる絶対的な愛のカタチ」という見出しだけでもうおなかいっぱいです。

 頑張って中身も読んでみましたが、平へのインタビューは挙式・披露宴の2日前に行われたそうで、まさに幸せいっぱい。「彼に出会い、『ありがとう』という言葉が増えていました」「彼のためにすることで大変だと思ったことは一度もない」「自分でも不思議だけど、欲しいものがなくなりました。彼さえいてくれたらほかは何もいらない……かも」と眩しすぎてツッコミの余地がありません。一方、ぺこ&りゅうちぇるも「結婚して大変だなと思うことは?」という編集部からの質問に「ない!!楽しいこと、幸せなことの方が断然多いです♪」、「実は相手に秘密にしていることは?」という質問には「ない!!お互い思ったことはすべて話すようにしています」との回答。「生まれ変わってもお互いと結婚したい」と言い切れる2人の関係は、理想的な結婚ではありますが、勉強熱心な「GINGER」女子たちが、これだけを結婚の“正解”と思わないでいてくれることを祈ります。

 そんな中、巻末連載「GINGER読者サポーター8700人のセキララVOICE」の今月のアンケートテーマは「結婚相手に求める条件とは?」でした。未婚読者の回答は、「性格の良さ」42%、「ルックス」まさかの0%という結果(一応、補足すると、未婚読者が半分の4500人とした時、45人未満の場合は切り捨てで0%と計算されます)。しかしながら、既婚者座談会には「私は常々、夫がこの人で良かったと思っているんだ。顔で選んだからかな。好きな顔だと、不満があってもつい許しちゃったりするから、大事なポイントだと思うよ(笑)」とかます読者が登場するなど、「GINGER」女子の価値観を揺らしてきます。しかし、それでいいのかもしれません。「性格」なんて時と場合によって揺らぐ曖昧なものよりも「顔」という条件は大変に具体的です。

 この結婚特集の結論は「自分はどういう人間で、どんな結婚生活を送りたいかをまず思い描くこと。そうすれば自ずと、どんな相手を選ぶべきかが見えてくるはず!」といったこれまでにないほど至極まっとうな意見に落ち着きます。これは前述の「愛」特集において「アラサー女性が今もっとも憧れる理想の女性」として登場していた石田ゆり子先生のお言葉「自分にとってどんな状況が自分らしくいられるかを探って、自分が一番心地いいと感じる瞬間を知っておくこと」「それは、人から『よい』と言われるからよいのではなく、自分は一体何が好きか、他人の評価は関係なく、何をしている時の自分が一番気分がいいか、ということ」ともつながるでしょう。さらに「GINGER」女子たちより、10歳も年下のりゅうちぇるなんて達観したもので「周りの大人はみんな『結婚するにはまだ若すぎるよ。もっと先にしたほうがいい』といったけれど、それはその人の物差しや経験上の話。僕は過去の自分と比べて、確実に成長した自負があったから、『今の自分なら大丈夫!』と思って、プロポーズすることにしたの」と語っていました。

 「愛」という概念を通して、読者に「自分の軸を持て」という説教メッセージを語り続けた今月の「GINGER」。とはいえ、いきなりそう言われても難しいので、そのヒントを今月号の中から探したものの、「アラサー女子のカルチャー愛」くらいしか見当たりませんでした。タレント陣が、「漫画(by桐谷美玲)」「宝塚(by高橋愛)」「競馬(by安田美紗子)」「写真(by舞川あいく)」「コスメ(by田中みな実)」など、自身の趣味を語っており、確かに自分を知る第一歩にはなりそう。ただ、丸々1冊かけて読者を説教した割には、「趣味にハマってみる」以外のアドバイスがないなんて、「GINGER」もなかなか手厳しい雑誌なのではないでしょうか。
(橘まり子)

美しすぎるプロ雀士・高宮まりがGカップの“役満ボディ”を南の島でさらけ出す!

美しすぎるプロ雀士・高宮まりがGカップの役満ボディを南の島でさらけ出す!の画像1
 美しすぎるプロ雀士にして、グラビアアイドルとしても活動中の高宮まり(28)ちゃんが、5作目となるイメージDVD『Stay with you』(スパイスビジュアル)を発売。東京・秋葉原のソフマップアミューズメント館[http://www.sofmap.com/tenpo/topics/exec/_/id=shop/-/sid=akb-amuse]で記念イベントが開催されました。  身長152cm、スリーサイズは上からB83・W58・H86(cm)のGカップという弾けるような“役満ボディ”を、ゴールドのワンピースで包み、笑顔で登場したまりちゃん。  5月に沖縄の宮古島で撮影されたという本作は、“自分らしさ”と“オトナっぽさ”、そして“勝負師”の部分も見られるというのですが、いったいどんな内容に仕上がっているのでしょうか? まりちゃんに詳しく聞いてみました! ――南の島でのDVD撮影ということで、さぞかし開放的な気分になったのでは? 「宮古島は2回目で、今回はオフもいただけたので、観光したりリラックスできました(笑)。DVDの内容も、ストーリーがあるわけではないんですが、全体的には“彼とバカンスに来た”という感じで、はしゃいだり、ちょっとセクシーな気分になったりという雰囲気で組み立てられています!」
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――DVDでは、さらにオトナっぽくなったまりちゃんが見られるそうですが? 「これまでは“元気さ”が一番の売りだったような気もするんですが、今回は違った一面も出ています。ブルーの競泳水着を着ているシーンは、胸が大きく開いてる部分に風を感じて(笑)、ちょっとスピリチュアル的なものも感じましたね。台詞も神秘的というか、思わせぶりな感じでオトナっぽくなってます」 ――セクシーなシーンも盛りだくさんだとか。 「メタリックの三角ビキニは、夕暮れ時にドレスを脱いでいくというシーンで着たんですが、すごくセクシーに撮れていると思います。私を知ってもらうことで、麻雀に興味を持つ人や、麻雀人口が少しでも増えたらいいなと思ってグラビアを始めたんですが、チームで作り上げていくこの仕事も楽しくて、次はメイドさんになりたいなとか、考えています(笑)」  本業の麻雀は、現在Aリーグのまっただ中で、出足は躓いたものの巻き返し中とのこと。“飲まない・吸わない・賭けない”の3つをテーマにした「健康麻雀」の普及推進イベントなど、麻雀協会の行事にも積極的に参加しているまりちゃん。ドラマや映画の出演も「麻雀にかかわる役なら出たいです」と、その素顔はやっぱりプロ雀士なのでした。 高宮まり オフィシャルブログ「まりさんぽ」 https://ameblo.jp/mari---joy/ Twitter @takamiyamari https://twitter.com/takamiyamari/
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高宮まり Stay with you [DVD] ギャップがイイ 美しすぎるプロ雀士・高宮まりがGカップの役満ボディを南の島でさらけ出す!の画像7

美しすぎるプロ雀士・高宮まりがGカップの“役満ボディ”を南の島でさらけ出す!

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 美しすぎるプロ雀士にして、グラビアアイドルとしても活動中の高宮まり(28)ちゃんが、5作目となるイメージDVD『Stay with you』(スパイスビジュアル)を発売。東京・秋葉原のソフマップアミューズメント館[http://www.sofmap.com/tenpo/topics/exec/_/id=shop/-/sid=akb-amuse]で記念イベントが開催されました。  身長152cm、スリーサイズは上からB83・W58・H86(cm)のGカップという弾けるような“役満ボディ”を、ゴールドのワンピースで包み、笑顔で登場したまりちゃん。  5月に沖縄の宮古島で撮影されたという本作は、“自分らしさ”と“オトナっぽさ”、そして“勝負師”の部分も見られるというのですが、いったいどんな内容に仕上がっているのでしょうか? まりちゃんに詳しく聞いてみました! ――南の島でのDVD撮影ということで、さぞかし開放的な気分になったのでは? 「宮古島は2回目で、今回はオフもいただけたので、観光したりリラックスできました(笑)。DVDの内容も、ストーリーがあるわけではないんですが、全体的には“彼とバカンスに来た”という感じで、はしゃいだり、ちょっとセクシーな気分になったりという雰囲気で組み立てられています!」
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『しゃべくり007』でNEWS小山慶一郎が芸人にパンツをプレゼント! 8月21日(月)ジャニーズアイドル出演情報

――翌日にジャニーズアイドルが出演予定の番組情報をお届けします。見逃さないように、録画予約をお忘れなく!

※一部を除き、首都圏の放送情報を元に構成しています。
※番組編成、及び放送日時は変更になることがあります。最新情報は番組公式サイト等をご確認ください。

●TOKIO

5:50~ 8:00 『ZIP!』(日本テレビ系) 山口達也
8:00~ 9:55 『白熱ライブビビット』(TBS系) 国分太一
11:25~11:30 『国分太一のおさんぽジャパン』(フジテレビ系) 国分太一
18:55~19:25 『Rの法則』(NHK Eテレ) 山口達也
19:25~19:55 『テストの花道 ニューベンゼミ』(NHK Eテレ) 城島茂

●V6

8:15~ 9:54 『あさイチ』(NHK総合) 井ノ原快彦

【映画『関ヶ原』公開記念特番】

チューリップテレビ(25:40~26:10)、大分放送(25:54~26:24)

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“集団自決”、教科書問題、差別発言……『ハクソー・リッジ』はなぜ炎上? 語られざる“沖縄戦”の真実と闇

――沖縄戦のむごたらしい戦闘シーンが登場するアメリカ映画『ハクソー・リッジ』。6月より日本でも公開されているが、予告編で“沖縄戦”という言葉が出てこないことなどから、一部で物議を醸した。やはり、沖縄戦は取り扱いが難しい題材なのか――。戦中の実態や戦後の論点を整理しつつ、改めてあの激戦を考えてみたい。
集団自決、教科書問題、差別発言……『ハクソー・リッジ』はなぜ炎上? 語られざる沖縄戦の真実と闇の画像1
『ハクソー・リッジ』のポスター。「沖縄戦」という言葉は見当たらないが……。(c) Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016
 メル・ギブソンが10年ぶりにメガホンをとり、2017年のアカデミー賞2部門を受賞したアメリカ映画『ハクソー・リッジ』。日本でも6月より全国300館規模で公開されるや、熾烈な戦場で自らの命を賭して負傷兵を救う主人公の姿に、多くの感動の声が寄せられた。  しかしこの大作、一方では抗議や批判の的にもなった。というのも、そもそも“ハクソー・リッジ(弓鋸のような絶壁)”とは沖縄県浦添市にある前田高地という場所に対して米兵側が付けた通称で、つまりこの映画は太平洋戦争末期の沖縄戦を舞台にしているのだが、映画の予告編やポスターで“沖縄戦”の文字がひと言も登場せず、「なぜ沖縄戦だとうたわないのか」といった疑問や非難がネット上などで噴出。加えて、ダチョウ倶楽部らが出演した宣伝イベントではアツアツタオル攻撃などの“特訓”に挑むという、沖縄戦となんら関係ない余興が行われ、火に油を注いだ格好となったのだ。  本作の配給会社キノフィルムズの宣伝担当者に直撃取材した「BuzzFeed Japan」6月24日付の記事によると、同社が沖縄戦の表記を前面に出さなかったのは、「舞台が沖縄であることにフォーカスして宣伝することで、観たあとに複雑な思いを抱く人もいるのではないか」という「沖縄の方への配慮」があったためであり、宣伝イベントに関しては、公開規模の大きさから「一人でも多くの方に認知を広げ」たかったためだとのこと。果たして、こうした宣伝方法に問題はなかったのだろうか?  東京・渋谷にある単館劇場ユーロスペースの支配人を務める北條誠人氏は、「そもそもこの映画のテーマは、宗教者である良心的兵役拒否者の戦いと、信念をもって生き抜く姿を描くことにあります。沖縄はあくまでひとつの舞台にすぎないため、沖縄戦を前面に打ち出した映画ではありません」と語る。なるほど本作は、銃を携行せず悲惨極まる地上戦の激戦地に赴き、75人もの兵士の命を救った男の英雄譚である。舞台が沖縄であることを示す描写は劇中では唐突に現れるが、右も左もわからず兵士が送り込まれたのがたまたま沖縄だったという見方もでき、つまり、この物語自体がほかの場所でも起こり得たことを表していると解釈できる。北條氏は続ける。 「確かに『住民を巻き込んだ、太平洋戦争における最悪の戦場』という一般的な沖縄戦のイメージとは異なり、ひとつの高地をめぐる米軍と日本軍による争奪戦に話が集約されていますが、日本での公開日を沖縄戦の組織的戦闘が終結した“慰霊の日”の翌日である6月24日に設定したことを考えると、配給側ができる配慮はしていると感じます」  なお、前田高地が位置する浦添市のホームページでは、『ハクソー・リッジ』の場面写真と実際の風景を並べて掲載したり、ロケ地をめぐるツアーの模様を紹介したりと、映画を切り口にした形で沖縄戦にまつわる詳細で丁寧な記事が公開されている。これについて、「おそらく行政と配給会社が協力して行っていることなのでしょうが、ここまで両者が手を組んだ映画のキャンペーンは見たことがない。今後、戦争関連の映画を宣伝する上で参考になるのでは」と北條氏は評価している。  とはいえ、いずれにせよ『ハクソー・リッジ』は一部で反感を買ったわけである。それはやはり、沖縄戦という事象そのものがデリケートな問題を孕んでいるからでもあるのか──。本稿では、この映画をきっかけに、改めて沖縄戦について考察していきたい。

映画の壮絶な戦闘シーンを戦争体験者に見せられない

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45年4月27日、銃撃戦から逃れ、米軍の車両に乗せられた沖縄の女性や子どもたち。(写真/AP/アフロ)
 1945年4月、米軍の沖縄本島上陸によって本格的に始まった沖縄戦は、米軍史に「ありったけの地獄を集めた」と刻まれる地上戦へと展開し、日米双方の死者は約20万人に及んだ。加えて、県の住民は防衛隊、義勇隊、「ひめゆり学徒隊」のような学徒隊という形で戦闘に参加することになり、実に県民の4人に1人が亡くなったともいわれている。  そうした凄絶な戦場を伝えるためか、『ハクソー・リッジ』では兵士たちがミンチ状になっていく戦闘シーンが長々と続くが、沖縄大学客員教授で『本音で語る沖縄史』(新潮文庫)などの著書がある仲村清司氏は、「沖縄戦を体験した私の母には見せられない映画」と同作について感想を述べる。当時14歳だった仲村氏の母は、4歳の弟を背負って、前田高地から4~5キロメートル離れた西原町にあった壕に逃げ込んだそうだ。しかし、米軍は壕の中にガス弾を投げ込んだ。母は気を失い、弟に覆いかぶさる格好で目が覚めたが、ガス弾のためか、自分が下敷きにしたため窒息したのかわからないまま、弟は息を引き取っていたという。仲村氏は言う。 「僕がこの話を聞いたのは十数年前、母が70歳前後の頃です。沖縄平和祈念公園にある平和の礎に母を連れて行ったとき、弟の名前が戦没者として礎に刻まれていたのを偶然発見しました。母はその場で泣き崩れ、この出来事を初めて語ったんです。そんな母のように悲惨な経験をし、今も苦しみを抱えている戦争体験者が、あの映画を見たらどうなるでしょうか」  あまりの悲惨さゆえに、沖縄戦を語ることは深く負った傷を再びえぐってしまうことになる。仲村氏は「だから沖縄県内では、沖縄戦はなかなか語り継げなかったし、語り継がれてこなかった」と言い、沖縄戦、その後の米軍統治、本土復帰、そして現代と、それぞれを経験した世代の間にある分断と溝が、語ることの難しさに拍車をかけていると指摘する。  とはいえ、沖縄戦がまったく語られてこなかったわけではない。沖縄の近現代史に詳しい大阪教育大学教育学部准教授の櫻澤誠氏は、戦後における沖縄戦の語られ方について、次のように説明する。 「沖縄が米軍統治下にあった60年代までは、日本軍対米軍という軍中心の歴史として語られていました。しかし、72年の本土復帰前後になると、それまでの歴史観に加え、住民を中心とした歴史が大きな位置を占めるようになります。その理由は、ひとつは60年代後半以降に『沖縄県史』などによる聞き取り調査が進み、語りたくない/語れないものが少しずつ掘り起こされていったこと。加えて日米両政府の思惑で本土復帰の機運が高まる中、過去の歴史を振り返って本土との関係をとらえ直すことが沖縄県内で注目されたためです」  それ以降は、日本人だけでなく旧植民地から強制連行され犠牲になった人たちなどの名前も、平和祈念公園の記念碑「平和の礎」に刻まれ、歴史の中に位置づけられた。 「そのように、沖縄戦自体のとらえ方が広がっていったのです。さらに、『黙っていては自分の生きた事実がなかったことにされてしまう』ということで語りだす人が増え、数々の証言が生まれました」(櫻澤氏)

親兄弟を手にかけた狂気の“集団自決”

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『ハクソー・リッジ』の舞台になった浦添城跡前田高地。(写真/RDLang)
 また、いわゆる“集団自決”も沖縄戦の大きな特徴のひとつだ。そもそも自決とは武士や軍人が自殺することを指すが、沖縄戦では離島や本島の各地で民間人が集団で命を絶っている。仲村氏と櫻澤氏によると、“集団自決”に際しては軍が命令したことが明らかな場合もあれば、民間人が自分たちだけで判断したケースもあり、あるいは「手榴弾をください」という民間人の訴えを退けた日本兵がいたり、日本軍が進駐しなかった島ではひとりの犠牲者も出なかったりと、現場ごとに様相がまったく異なるという。これまで軍による命令の有無をめぐって論争もあったが、その一点に話を矮小化するのではなく、起こってしまったことをどう受け止めるかのほうが重要だと、両氏は口をそろえる。それは、例えばこんな実情があるからだ。 「『生きて虜囚の辱めを受けず』と、捕虜になってはならないことを戦中の教育で叩き込まれ、地上戦に巻き込まれた民間人たちは、軍隊は住民を守らないことを思い知らされます。彼らは戦火を逃れながら、あまりの悲惨さに、逆に『早く死にたい、手榴弾をくれ』とまで思う。しかし、手榴弾には不発弾が多かった。追い詰められた状況が狂気を生み、首を絞めたり燃やしたり、鉈や包丁を使ったりして、親兄弟を手にかけていく。地域によっては戦後も実際に殺した人=生存者と遺族が隣り合わせに暮らす事態も生まれました」(仲村氏)  一方、櫻澤氏が指摘するのは“集団自決”をめぐって2度起きた教科書問題だ。比較的記憶に新しいのは2007年、文部科学省の高等学校日本史教科書検定で“集団自決”について「日本軍が強制した」という記述が削除されたことを受けて、沖縄県を中心に「歴史を消すな」と抗議の声が上がり、結果、「集団自決に追い込まれた」「強いられた」という表現になった。もうひとつは、高校日本史教科書『新日本史』(三省堂)の執筆者・家永三郎が文部省(当時)の教科書検定に関して政府を訴えた一連の「家永教科書裁判」(65年提訴の第一次訴訟に始まり、第三次訴訟の最高裁判決をもって97年に終結)における、84年の第三次訴訟である。82年の検定で『新日本史』に記述されていた沖縄戦での日本軍による“住民殺害”が削除され、これに対して沖縄県側が抗議。そこで文部省は、83年度の検定で“住民殺害”の記述を復活させる一方、“集団自決”の記述を加えるよう修正意見をつけた。すると、そうした修正意見が第三次訴訟の争点のひとつとなり、その裁量権の逸脱=違法性の有無が問われたのだ。判決は「違法とまでは言えない」というもので、結果、教科書に“集団自決”の記述がなされたのだ。 「つまり、07年の教科書問題では文科省が“集団自決”を教科書から消そうとして問題になりましたが、83年は文部省が逆にそれを入れようとして問題になったわけです。というのも、“集団自決”はある意味で沖縄の住民が軍や国への忠誠心を示すことという考え方が一部にあったからですが、すべてがそうとは言い切れない実態があるのではないでしょうか」(櫻澤氏)  こうした2つの教科書問題を通して浮かび上がるのが、沖縄戦をめぐる本土と沖縄の溝だ。そもそも沖縄は、1879年の琉球処分によって日本に併合されるまでは琉球王国という別の国であった。また、太平洋戦争にまつわる象徴的な日付といえば終戦記念日の8月15日が思い浮かぶが、仲村氏によると、それは本土の話であって、沖縄戦の組織的戦闘が終わり、毎年慰霊祭の行われる6月23日と、サンフランシスコ平和条約で沖縄が日本から切り離された52年の4月28日、本土に復帰した72年の5月15日が、沖縄ではメモリアルな日付になっているという。 「つまり、日本には沖縄戦を起点とした2つの戦後史があるんです。しかし、前述の世代間の分断があるゆえに沖縄の住民同士でも沖縄戦についてなかなか語れないため、その実相が本土に伝わりにくい状況が生まれました。そして、本土と沖縄でそれぞれの戦後史が共有されないまま複雑な関係と溝を生み、それが、昨年の“土人”発言(沖縄の米軍ヘリパッド移設工事に反対する人々に対し、大阪府警の機動隊員が“土人”と暴言を吐いた)に見られる差別発言や、在日米軍基地の7割が沖縄に集中するという構造的差別につながっていきました」(仲村氏)

沖縄戦をめぐる証言を聞けなくなる未来

 ここで『ハクソー・リッジ』に話を戻したいが、冒頭でも述べた通り、同作では以上のような沖縄戦の事情は一切描写されていない。これは、『ハクソー・リッジ』がアメリカの勇敢な衛生兵を語るには十分な映画だったけれど、沖縄戦を語るには不十分な作品だった──というよりも、悲惨で複雑でセンシティブな沖縄戦を映画という表現で語ることの難しさを露呈していると言えないだろうか。前出の北條氏は次のように語る。 「『ハクソー・リッジ』が沖縄戦をしっかり描いていないという批判が出るのは、戦後生まれの私たちがきちんとした沖縄戦についての日本映画をつくり得ていないことの裏返しです。呉の空襲と広島の原爆を描いたアニメ映画『この世界の片隅に』のような成功例がある一方で、沖縄戦という微妙な問題を映画の表現として伝えるのは、かなり難しいことです」  沖縄戦から72年がたち、戦争経験者はどんどん亡くなっていき、証言を直接聞くことは今後難しくなっていくだろう。さらに、仲村氏によれば、沖縄県平和祈念資料館の県内有料観覧者数が、開館の翌年にあたる01年と比べると、16年は8割も減ったという。 「今後、沖縄戦の伝え方や語り方を工夫しなければなりません。では、『ハクソー・リッジ』のような映画に頼らないと語れないのか。そんなことはないでしょう。沖縄戦のことは沖縄の人がしっかり語り継いでいく必要があります」(仲村氏)  ただ、これは沖縄の人だけの問題ではないことも明らかだろう。  語るに語れず、聞くに聞けない。しかし、語らず、聞かずして、何もなかったことにするわけにはいかない。そんな沖縄戦という歴史を、どう受け止めていくのか。私たちは、想像以上に重大な岐路に立たされているのだ。 (文/岡澤浩太郎)
集団自決、教科書問題、差別発言……『ハクソー・リッジ』はなぜ炎上? 語られざる沖縄戦の真実と闇の画像4
『ハクソー・リッジ』 アカデミー賞編集賞・録音賞を受賞した戦争映画。アメリカの田舎町で育ったデズモンド・ドスは、幼少期から「汝、殺すことなかれ」という宗教の教えを信念として持ち続けていた。第二次世界大戦が激化する中、青年となった彼は衛生兵として陸軍に志願するが、銃を持つことだけは頑なに拒否。命令拒否者として軍法会議にかけられるも、信念を曲げることはなかった。やがて良心的兵役拒否者として隊に復帰し、沖縄に派兵される。そびえ立つ150メートルの絶壁の先は、先発部隊が壊滅した激戦地だった。ドスは武器を持たないまま、四方から襲う敵の銃弾をかいくぐり、重傷の兵士たちを救出していく。「あともうひとり救いたい」という強い信念が、ドスを英雄にした。全国公開中。配給:キノフィルムズ (c)Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

“集団自決”、教科書問題、差別発言……『ハクソー・リッジ』はなぜ炎上? 語られざる“沖縄戦”の真実と闇

――沖縄戦のむごたらしい戦闘シーンが登場するアメリカ映画『ハクソー・リッジ』。6月より日本でも公開されているが、予告編で“沖縄戦”という言葉が出てこないことなどから、一部で物議を醸した。やはり、沖縄戦は取り扱いが難しい題材なのか――。戦中の実態や戦後の論点を整理しつつ、改めてあの激戦を考えてみたい。
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『ハクソー・リッジ』のポスター。「沖縄戦」という言葉は見当たらないが……。(c) Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016
 メル・ギブソンが10年ぶりにメガホンをとり、2017年のアカデミー賞2部門を受賞したアメリカ映画『ハクソー・リッジ』。日本でも6月より全国300館規模で公開されるや、熾烈な戦場で自らの命を賭して負傷兵を救う主人公の姿に、多くの感動の声が寄せられた。  しかしこの大作、一方では抗議や批判の的にもなった。というのも、そもそも“ハクソー・リッジ(弓鋸のような絶壁)”とは沖縄県浦添市にある前田高地という場所に対して米兵側が付けた通称で、つまりこの映画は太平洋戦争末期の沖縄戦を舞台にしているのだが、映画の予告編やポスターで“沖縄戦”の文字がひと言も登場せず、「なぜ沖縄戦だとうたわないのか」といった疑問や非難がネット上などで噴出。加えて、ダチョウ倶楽部らが出演した宣伝イベントではアツアツタオル攻撃などの“特訓”に挑むという、沖縄戦となんら関係ない余興が行われ、火に油を注いだ格好となったのだ。  本作の配給会社キノフィルムズの宣伝担当者に直撃取材した「BuzzFeed Japan」6月24日付の記事によると、同社が沖縄戦の表記を前面に出さなかったのは、「舞台が沖縄であることにフォーカスして宣伝することで、観たあとに複雑な思いを抱く人もいるのではないか」という「沖縄の方への配慮」があったためであり、宣伝イベントに関しては、公開規模の大きさから「一人でも多くの方に認知を広げ」たかったためだとのこと。果たして、こうした宣伝方法に問題はなかったのだろうか?  東京・渋谷にある単館劇場ユーロスペースの支配人を務める北條誠人氏は、「そもそもこの映画のテーマは、宗教者である良心的兵役拒否者の戦いと、信念をもって生き抜く姿を描くことにあります。沖縄はあくまでひとつの舞台にすぎないため、沖縄戦を前面に打ち出した映画ではありません」と語る。なるほど本作は、銃を携行せず悲惨極まる地上戦の激戦地に赴き、75人もの兵士の命を救った男の英雄譚である。舞台が沖縄であることを示す描写は劇中では唐突に現れるが、右も左もわからず兵士が送り込まれたのがたまたま沖縄だったという見方もでき、つまり、この物語自体がほかの場所でも起こり得たことを表していると解釈できる。北條氏は続ける。 「確かに『住民を巻き込んだ、太平洋戦争における最悪の戦場』という一般的な沖縄戦のイメージとは異なり、ひとつの高地をめぐる米軍と日本軍による争奪戦に話が集約されていますが、日本での公開日を沖縄戦の組織的戦闘が終結した“慰霊の日”の翌日である6月24日に設定したことを考えると、配給側ができる配慮はしていると感じます」  なお、前田高地が位置する浦添市のホームページでは、『ハクソー・リッジ』の場面写真と実際の風景を並べて掲載したり、ロケ地をめぐるツアーの模様を紹介したりと、映画を切り口にした形で沖縄戦にまつわる詳細で丁寧な記事が公開されている。これについて、「おそらく行政と配給会社が協力して行っていることなのでしょうが、ここまで両者が手を組んだ映画のキャンペーンは見たことがない。今後、戦争関連の映画を宣伝する上で参考になるのでは」と北條氏は評価している。  とはいえ、いずれにせよ『ハクソー・リッジ』は一部で反感を買ったわけである。それはやはり、沖縄戦という事象そのものがデリケートな問題を孕んでいるからでもあるのか──。本稿では、この映画をきっかけに、改めて沖縄戦について考察していきたい。

映画の壮絶な戦闘シーンを戦争体験者に見せられない

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45年4月27日、銃撃戦から逃れ、米軍の車両に乗せられた沖縄の女性や子どもたち。(写真/AP/アフロ)
 1945年4月、米軍の沖縄本島上陸によって本格的に始まった沖縄戦は、米軍史に「ありったけの地獄を集めた」と刻まれる地上戦へと展開し、日米双方の死者は約20万人に及んだ。加えて、県の住民は防衛隊、義勇隊、「ひめゆり学徒隊」のような学徒隊という形で戦闘に参加することになり、実に県民の4人に1人が亡くなったともいわれている。  そうした凄絶な戦場を伝えるためか、『ハクソー・リッジ』では兵士たちがミンチ状になっていく戦闘シーンが長々と続くが、沖縄大学客員教授で『本音で語る沖縄史』(新潮文庫)などの著書がある仲村清司氏は、「沖縄戦を体験した私の母には見せられない映画」と同作について感想を述べる。当時14歳だった仲村氏の母は、4歳の弟を背負って、前田高地から4~5キロメートル離れた西原町にあった壕に逃げ込んだそうだ。しかし、米軍は壕の中にガス弾を投げ込んだ。母は気を失い、弟に覆いかぶさる格好で目が覚めたが、ガス弾のためか、自分が下敷きにしたため窒息したのかわからないまま、弟は息を引き取っていたという。仲村氏は言う。 「僕がこの話を聞いたのは十数年前、母が70歳前後の頃です。沖縄平和祈念公園にある平和の礎に母を連れて行ったとき、弟の名前が戦没者として礎に刻まれていたのを偶然発見しました。母はその場で泣き崩れ、この出来事を初めて語ったんです。そんな母のように悲惨な経験をし、今も苦しみを抱えている戦争体験者が、あの映画を見たらどうなるでしょうか」  あまりの悲惨さゆえに、沖縄戦を語ることは深く負った傷を再びえぐってしまうことになる。仲村氏は「だから沖縄県内では、沖縄戦はなかなか語り継げなかったし、語り継がれてこなかった」と言い、沖縄戦、その後の米軍統治、本土復帰、そして現代と、それぞれを経験した世代の間にある分断と溝が、語ることの難しさに拍車をかけていると指摘する。  とはいえ、沖縄戦がまったく語られてこなかったわけではない。沖縄の近現代史に詳しい大阪教育大学教育学部准教授の櫻澤誠氏は、戦後における沖縄戦の語られ方について、次のように説明する。 「沖縄が米軍統治下にあった60年代までは、日本軍対米軍という軍中心の歴史として語られていました。しかし、72年の本土復帰前後になると、それまでの歴史観に加え、住民を中心とした歴史が大きな位置を占めるようになります。その理由は、ひとつは60年代後半以降に『沖縄県史』などによる聞き取り調査が進み、語りたくない/語れないものが少しずつ掘り起こされていったこと。加えて日米両政府の思惑で本土復帰の機運が高まる中、過去の歴史を振り返って本土との関係をとらえ直すことが沖縄県内で注目されたためです」  それ以降は、日本人だけでなく旧植民地から強制連行され犠牲になった人たちなどの名前も、平和祈念公園の記念碑「平和の礎」に刻まれ、歴史の中に位置づけられた。 「そのように、沖縄戦自体のとらえ方が広がっていったのです。さらに、『黙っていては自分の生きた事実がなかったことにされてしまう』ということで語りだす人が増え、数々の証言が生まれました」(櫻澤氏)

親兄弟を手にかけた狂気の“集団自決”

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『ハクソー・リッジ』の舞台になった浦添城跡前田高地。(写真/RDLang)
 また、いわゆる“集団自決”も沖縄戦の大きな特徴のひとつだ。そもそも自決とは武士や軍人が自殺することを指すが、沖縄戦では離島や本島の各地で民間人が集団で命を絶っている。仲村氏と櫻澤氏によると、“集団自決”に際しては軍が命令したことが明らかな場合もあれば、民間人が自分たちだけで判断したケースもあり、あるいは「手榴弾をください」という民間人の訴えを退けた日本兵がいたり、日本軍が進駐しなかった島ではひとりの犠牲者も出なかったりと、現場ごとに様相がまったく異なるという。これまで軍による命令の有無をめぐって論争もあったが、その一点に話を矮小化するのではなく、起こってしまったことをどう受け止めるかのほうが重要だと、両氏は口をそろえる。それは、例えばこんな実情があるからだ。 「『生きて虜囚の辱めを受けず』と、捕虜になってはならないことを戦中の教育で叩き込まれ、地上戦に巻き込まれた民間人たちは、軍隊は住民を守らないことを思い知らされます。彼らは戦火を逃れながら、あまりの悲惨さに、逆に『早く死にたい、手榴弾をくれ』とまで思う。しかし、手榴弾には不発弾が多かった。追い詰められた状況が狂気を生み、首を絞めたり燃やしたり、鉈や包丁を使ったりして、親兄弟を手にかけていく。地域によっては戦後も実際に殺した人=生存者と遺族が隣り合わせに暮らす事態も生まれました」(仲村氏)  一方、櫻澤氏が指摘するのは“集団自決”をめぐって2度起きた教科書問題だ。比較的記憶に新しいのは2007年、文部科学省の高等学校日本史教科書検定で“集団自決”について「日本軍が強制した」という記述が削除されたことを受けて、沖縄県を中心に「歴史を消すな」と抗議の声が上がり、結果、「集団自決に追い込まれた」「強いられた」という表現になった。もうひとつは、高校日本史教科書『新日本史』(三省堂)の執筆者・家永三郎が文部省(当時)の教科書検定に関して政府を訴えた一連の「家永教科書裁判」(65年提訴の第一次訴訟に始まり、第三次訴訟の最高裁判決をもって97年に終結)における、84年の第三次訴訟である。82年の検定で『新日本史』に記述されていた沖縄戦での日本軍による“住民殺害”が削除され、これに対して沖縄県側が抗議。そこで文部省は、83年度の検定で“住民殺害”の記述を復活させる一方、“集団自決”の記述を加えるよう修正意見をつけた。すると、そうした修正意見が第三次訴訟の争点のひとつとなり、その裁量権の逸脱=違法性の有無が問われたのだ。判決は「違法とまでは言えない」というもので、結果、教科書に“集団自決”の記述がなされたのだ。 「つまり、07年の教科書問題では文科省が“集団自決”を教科書から消そうとして問題になりましたが、83年は文部省が逆にそれを入れようとして問題になったわけです。というのも、“集団自決”はある意味で沖縄の住民が軍や国への忠誠心を示すことという考え方が一部にあったからですが、すべてがそうとは言い切れない実態があるのではないでしょうか」(櫻澤氏)  こうした2つの教科書問題を通して浮かび上がるのが、沖縄戦をめぐる本土と沖縄の溝だ。そもそも沖縄は、1879年の琉球処分によって日本に併合されるまでは琉球王国という別の国であった。また、太平洋戦争にまつわる象徴的な日付といえば終戦記念日の8月15日が思い浮かぶが、仲村氏によると、それは本土の話であって、沖縄戦の組織的戦闘が終わり、毎年慰霊祭の行われる6月23日と、サンフランシスコ平和条約で沖縄が日本から切り離された52年の4月28日、本土に復帰した72年の5月15日が、沖縄ではメモリアルな日付になっているという。 「つまり、日本には沖縄戦を起点とした2つの戦後史があるんです。しかし、前述の世代間の分断があるゆえに沖縄の住民同士でも沖縄戦についてなかなか語れないため、その実相が本土に伝わりにくい状況が生まれました。そして、本土と沖縄でそれぞれの戦後史が共有されないまま複雑な関係と溝を生み、それが、昨年の“土人”発言(沖縄の米軍ヘリパッド移設工事に反対する人々に対し、大阪府警の機動隊員が“土人”と暴言を吐いた)に見られる差別発言や、在日米軍基地の7割が沖縄に集中するという構造的差別につながっていきました」(仲村氏)

沖縄戦をめぐる証言を聞けなくなる未来

 ここで『ハクソー・リッジ』に話を戻したいが、冒頭でも述べた通り、同作では以上のような沖縄戦の事情は一切描写されていない。これは、『ハクソー・リッジ』がアメリカの勇敢な衛生兵を語るには十分な映画だったけれど、沖縄戦を語るには不十分な作品だった──というよりも、悲惨で複雑でセンシティブな沖縄戦を映画という表現で語ることの難しさを露呈していると言えないだろうか。前出の北條氏は次のように語る。 「『ハクソー・リッジ』が沖縄戦をしっかり描いていないという批判が出るのは、戦後生まれの私たちがきちんとした沖縄戦についての日本映画をつくり得ていないことの裏返しです。呉の空襲と広島の原爆を描いたアニメ映画『この世界の片隅に』のような成功例がある一方で、沖縄戦という微妙な問題を映画の表現として伝えるのは、かなり難しいことです」  沖縄戦から72年がたち、戦争経験者はどんどん亡くなっていき、証言を直接聞くことは今後難しくなっていくだろう。さらに、仲村氏によれば、沖縄県平和祈念資料館の県内有料観覧者数が、開館の翌年にあたる01年と比べると、16年は8割も減ったという。 「今後、沖縄戦の伝え方や語り方を工夫しなければなりません。では、『ハクソー・リッジ』のような映画に頼らないと語れないのか。そんなことはないでしょう。沖縄戦のことは沖縄の人がしっかり語り継いでいく必要があります」(仲村氏)  ただ、これは沖縄の人だけの問題ではないことも明らかだろう。  語るに語れず、聞くに聞けない。しかし、語らず、聞かずして、何もなかったことにするわけにはいかない。そんな沖縄戦という歴史を、どう受け止めていくのか。私たちは、想像以上に重大な岐路に立たされているのだ。 (文/岡澤浩太郎)
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『ハクソー・リッジ』 アカデミー賞編集賞・録音賞を受賞した戦争映画。アメリカの田舎町で育ったデズモンド・ドスは、幼少期から「汝、殺すことなかれ」という宗教の教えを信念として持ち続けていた。第二次世界大戦が激化する中、青年となった彼は衛生兵として陸軍に志願するが、銃を持つことだけは頑なに拒否。命令拒否者として軍法会議にかけられるも、信念を曲げることはなかった。やがて良心的兵役拒否者として隊に復帰し、沖縄に派兵される。そびえ立つ150メートルの絶壁の先は、先発部隊が壊滅した激戦地だった。ドスは武器を持たないまま、四方から襲う敵の銃弾をかいくぐり、重傷の兵士たちを救出していく。「あともうひとり救いたい」という強い信念が、ドスを英雄にした。全国公開中。配給:キノフィルムズ (c)Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

「同級生に見せびらかすBFがいない」16歳の少女に、プウ美ねえさんが老婆心からの助言

家族関係、恋愛、夫婦関係、仕事、結婚、介護、人生……サイ女読者のお悩みに“プウ美ねえさん”こと熊田プウ助が、いつもそばに置いておきたい“エプロンメモ”とともに回答します。

【今回のお悩み】
「同じ年頃の男のコに興味が持てません」
 いつもかなり年上の男性ばかりに恋してしまいます。同じ年頃の男のコにそーゆー興味が持てず、持てないなら持てないでいいのですが、社会通念上、少なくとも持っているフリはしておきたいところ。このままでは逮捕者を出しかねない勢いです。でも同世代の少年を見てもあまり賢そうには思えず、実際に話しても少しもトークが盛り上がりません。それに、夏祭りに連れて歩いて同級生に見せびらかすBFがいなくて悔しくてたまりません。プウ美ねえさん、どうか迷える子ちゃんにアドバイスを!(横溝卵子、16歳)

【プウ美ねえさんの回答】
 BF……迷える子ちゃん……お言葉遣いのはしばしに16歳らしからぬ落ち着きが感じられます。情緒があってよろしい。

 思いわずらう必要はありません。これから何人も人を好きになるうちに、恋愛対象が変わることもあります。いつかあなたが望むような、見せびらかし甲斐のある恋ができる日がくるかもしれません。また、もしもおさない頃から年配の男性を対象として日ごと自慰にはげんでいたレベルのフケ専なら、それはそれで問題ありません。いまやあなたは結婚できる年齢なのですから「結婚を前提に真摯な交際をしている」と周囲に思わせさえすれば、誰とつきあっても法律にふれないのです。逮捕者もでません。うまくおやりなさい。金銭授受などが見つかると「未成年との淫行」と見なされかねません。

 「社会通念」などは捨ててお置きなさい。そんなものは時代が変われば意味をなさない曖昧なもので、人の可能性や喜びを封じ込める害悪でしかありません。したがうフリを見せる必要もありません。百年前の日本なら、16歳の少女は親にきめられた相手と結婚しているのが「ふつう」だったでしょう。よしんば「時代風俗にかんがみて一般的な結婚や家族」というものがあったとしても、「一般的な恋愛感情」などというものは、どの時代にもないのです。

 おねえさんもずっと年上好きで、最初につきあった男性は倍以上の年齢でした。けれど同年代にまったく興味がなかったわけではありません。同年代は甘やかしてくれないし、むき出しの感情でぶつかってくるし、金もなく、行動範囲もせまいと決めつけて、年上に逃げていたぶぶんがあったのです。この年代が好き、あの年代が嫌い、と頭で決めつけず、心が疼いた相手とたくさんハメておけばよかったと、50ちかくなって考えます。

【今月のエプロンメモ】
後悔をふまえてお説教めいたことを言ってしまいましたが、豊かな未来を拓いてほしいという老婆心からです。いずれにせよ、好きな対象がはっきりしているなら迷わずすすんでごらんなさい。夏祭りに素敵な年上の男性と一緒に歩いたら、それこそ同級生の羨望のまとです。

熊田プウ助(くまだ・ぷうすけ)
1969年生まれ、ゲイ漫画家。都内でひっそりと飼い猫と暮らす日々を描いたエッセイマンガ『本日もおひとりホモ。中年マンガ家生活』(ぶんか社)、『世界一周ホモのたび 狂』(同)、『TOKYO中年駄ホモ生活』(同)など。

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社民党・福島瑞穂氏が戦没者を“ゾンビ”に例えて大炎上! 「ゾンビのリーダーらしい発言」の声も?

社民党・福島瑞穂氏が戦没者をゾンビに例えて大炎上! 「ゾンビのリーダーらしい発言」の声も?の画像1
福島瑞穂 ホームページより
 終戦の日である8月15日、社民党の福島瑞穂副党首が、身元不明の戦没者の遺骨が納められている東京・千鳥ヶ淵墓苑での追悼集会で述べた内容が物議を醸している。戦没者を映画に出てくるゾンビに例えたため、不謹慎だとの批判が持ち上がっているのだ。  ただ、その福島氏は政界内の一部で「ゾンビ福島」と呼ばれているらしく、「ゾンビのリーダーらしい発言だ」と失笑する政界関係者もいる。 「比例制度で復活当選することを“ゾンビ復活”なんて揶揄するけど、福島さんの場合、社民党がどれだけ議席を減らしても、自分は比例区1位でしがみついてきたから、根っからのゾンビ議員と言われている」(同)  福島氏が問題の発言をしたのは市民団体主催の「戦争犠牲者追悼、平和を誓う8・15集会」で、「日本国民は全力で安倍(晋三)首相の憲法9条改悪と戦わなければならないのです。9条を変えようとする内閣は倒さなければならないのです」と、自民党の憲法改正案に反対する話をした後、「『ロード・オブ・ザ・リング 指輪物語』の中で、死者の人たちが地中から蘇り、力を合わせてともに戦う場面があります。私は今、その場面を想起しています。主権者である私たちは、戦争犠牲者のすべてのみなさんとともに力を合わせて9条改悪を止めたいのです」と述べた。  この、戦没者をゾンビのように例えた発言が、「安らかに眠っている方々までゾンビに例えて戦いに動員しようなんて敬意がなさすぎる」「弔意がまるで見えない。本来は鎮魂すべきところ、自分の主張に追悼の場を悪用するのか」などとネット上で批判にさらされているのだ。  中には『ロード・オブ・ザ・リング』のファンと見られる人から「作品での死者の軍勢は、王を裏切って呪われてしまった亡霊なのに」との指摘もある。映画では後に死者の軍勢が味方になって戦う名場面はあるものの、「死者の人たちが地中から蘇り」という部分は気味の悪いゾンビしか想起できず、追悼時の例えとしては不適切ともいえる。  その福島氏がひそかに「ゾンビ福島」なるニックネームを持つとは皮肉だが、この問題の前からTwitterでも福島氏について「永遠に死なないゾンビみたいだな」とか「社民党は既に死んでいる。自覚してないのは、当の本人たちだけ。そこにいるのは、ただのゾンビだ」という声はあった。 「ゾンビ議員の自覚があるから、追悼の席でもゾンビを想起しちゃったのでは。まさにゾンビのリーダーなわけだけど、戦没者を勝手に手下にしないでもらいたい」(同関係者)  なんともボロクソな言われようの福島氏だが、ゾンビに例えられているのは彼女だけではない。高須クリニックの高須克弥院長は昨年、蓮舫氏が民進党代表に就任したとき「代表になったところで、何も変わらないね。ゾンビのままだよ。もしかしたら、すでに死んでいることに気づいてないんじゃないのかな? それじゃあ、本当にゾンビだよ」とジョークを飛ばしていた。劣勢でもしぶとく頑張る議員は何かとゾンビ呼ばわりされる傾向にあるようだ。  ただ、本当にゾンビなのであれば、かみついて同類を増やすことができる。声高に主張を叫んでも大衆を“感染”させる力がないのなら、ゾンビの肩書すらも似合わなくなってしまいそうだ。少なくとも、英霊のゾンビ扱いは理解を得られそうにない。 (文=片岡亮/NEWSIDER)

社民党・福島瑞穂氏が戦没者を“ゾンビ”に例えて大炎上! 「ゾンビのリーダーらしい発言」の声も?

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福島瑞穂 ホームページより
 終戦の日である8月15日、社民党の福島瑞穂副党首が、身元不明の戦没者の遺骨が納められている東京・千鳥ヶ淵墓苑での追悼集会で述べた内容が物議を醸している。戦没者を映画に出てくるゾンビに例えたため、不謹慎だとの批判が持ち上がっているのだ。  ただ、その福島氏は政界内の一部で「ゾンビ福島」と呼ばれているらしく、「ゾンビのリーダーらしい発言だ」と失笑する政界関係者もいる。 「比例制度で復活当選することを“ゾンビ復活”なんて揶揄するけど、福島さんの場合、社民党がどれだけ議席を減らしても、自分は比例区1位でしがみついてきたから、根っからのゾンビ議員と言われている」(同)  福島氏が問題の発言をしたのは市民団体主催の「戦争犠牲者追悼、平和を誓う8・15集会」で、「日本国民は全力で安倍(晋三)首相の憲法9条改悪と戦わなければならないのです。9条を変えようとする内閣は倒さなければならないのです」と、自民党の憲法改正案に反対する話をした後、「『ロード・オブ・ザ・リング 指輪物語』の中で、死者の人たちが地中から蘇り、力を合わせてともに戦う場面があります。私は今、その場面を想起しています。主権者である私たちは、戦争犠牲者のすべてのみなさんとともに力を合わせて9条改悪を止めたいのです」と述べた。  この、戦没者をゾンビのように例えた発言が、「安らかに眠っている方々までゾンビに例えて戦いに動員しようなんて敬意がなさすぎる」「弔意がまるで見えない。本来は鎮魂すべきところ、自分の主張に追悼の場を悪用するのか」などとネット上で批判にさらされているのだ。  中には『ロード・オブ・ザ・リング』のファンと見られる人から「作品での死者の軍勢は、王を裏切って呪われてしまった亡霊なのに」との指摘もある。映画では後に死者の軍勢が味方になって戦う名場面はあるものの、「死者の人たちが地中から蘇り」という部分は気味の悪いゾンビしか想起できず、追悼時の例えとしては不適切ともいえる。  その福島氏がひそかに「ゾンビ福島」なるニックネームを持つとは皮肉だが、この問題の前からTwitterでも福島氏について「永遠に死なないゾンビみたいだな」とか「社民党は既に死んでいる。自覚してないのは、当の本人たちだけ。そこにいるのは、ただのゾンビだ」という声はあった。 「ゾンビ議員の自覚があるから、追悼の席でもゾンビを想起しちゃったのでは。まさにゾンビのリーダーなわけだけど、戦没者を勝手に手下にしないでもらいたい」(同関係者)  なんともボロクソな言われようの福島氏だが、ゾンビに例えられているのは彼女だけではない。高須クリニックの高須克弥院長は昨年、蓮舫氏が民進党代表に就任したとき「代表になったところで、何も変わらないね。ゾンビのままだよ。もしかしたら、すでに死んでいることに気づいてないんじゃないのかな? それじゃあ、本当にゾンビだよ」とジョークを飛ばしていた。劣勢でもしぶとく頑張る議員は何かとゾンビ呼ばわりされる傾向にあるようだ。  ただ、本当にゾンビなのであれば、かみついて同類を増やすことができる。声高に主張を叫んでも大衆を“感染”させる力がないのなら、ゾンビの肩書すらも似合わなくなってしまいそうだ。少なくとも、英霊のゾンビ扱いは理解を得られそうにない。 (文=片岡亮/NEWSIDER)