「降りようと思ってる」発言も……松本人志『ワイドナショー』年内終了!? 上原多香子騒動が決定打か

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 ダウンタウンの松本人志が15日、自身のTwitterに「しゃべっても。謎の事情でカットされ。。。」と不満げな投稿をした。  これがどの番組を指しているかは不明だが、ネット上では前日収録の『ワイドナショー』(フジテレビ系)で、SPEED・上原多香子の不倫騒動に言及したものの、ニュースごとカットされたのではないかとの臆測が浮上。  また、そんな松本に、「ワイドナショー降板するとか言わないでくださいね」「マギーの不倫もしゃべれなかったもんね」「生放送にしてください」といった声が寄せられている。 「上原の報道については、所属するライジングプロダクションが圧力をかけているというより、内容が重過ぎるためテレビ局が敬遠しているという印象。ただ、フジはライジングの西内まりやや、観月ありさを連ドラ主演に起用したばかりで、繋がりが深い。『ワイドナショー』が急きょ放送を取りやめたとなると、忖度が働いた可能性も」(芸能記者)  松本といえば、元旦放送の同番組で、「事務所の力関係とか、大きい事務所のスキャンダルは扱えなかったりする」と芸能界のタブーに触れ、「ネットで散々上位に上がっているのに、ワイドショーでは一切扱わないこの違和感は、テレビ業界の人たちもそろそろ気づいてほしい」などと苦言。これは、昨年、バーニングと『レコ大』の裏金疑惑や、有吉弘行と夏目三久の結婚&妊娠報道などの大きなニュースを、各局が黙殺したことに対する不満と見られている。  また、同番組が6月、宮崎駿監督の「引退宣言集」に誤りがあったとして謝罪した際に、松本は「次にこういうことがあれば、『ワイドナショー』を降りようと思ってる」と発言した。 「松本が『ワイドナショー』に不信感を募らせているのは確実。松本といえば、その昔、『ダウンタウンのごっつええ感じ』(同)の2時間スペシャルが、急きょ、プロ野球中継に差し替えられた際、スタッフから事前連絡がなかったことに激怒し、フジのバラエティ番組をすべて降板している。もし今回、上原のニュースに松本が神経を張り巡らせながらコメントしたにもかかわらず、事前連絡もなしにカットされていたとしたら、いつ『辞める』と言い出してもおかしくない」(同)  松本のツイートが『ワイドナショー』への不満だとすれば、番組が突然終了する可能性もありそうだ。

金子賢、10.7キロ減量成功に「ダイエット芸人」! 「収入源が謎」「黒い人」と疑惑の声

 8月15日、俳優の金子賢が10.7キロの減量に成功したことを明かし、鍛え上げられた肉体美を自身のブログで披露した。しかし、ネットユーザーからは「元々こんな体じゃなかったっけ?」「いま何して収入を得てるの?」といった疑問の声が上がっている。

 金子は5月20日のブログで「今日から夏に向けて食事調整とトレーニングをしながら絞って行きます!」と宣言。その時には、おなか周りに少し肉がついている画像を公開しており、体重は81キロだと明かしていた。それから2カ月半がたち、今回、割れた腹筋とくびれたウエストの自身の写真を公開し、70.3キロにまで体重を絞り込んだと報告した。

「ブログのコメント欄は、『ビフォーとアフターの差がすごすぎです!』『本当に賢さんのストイックさには頭が下がります』と称賛の声があふれているのですが、SNSでは『前からムキムキだったよね?』『話題作りのために一回太ったのかな』『ダイエット芸人だね。これからまた太る準備するんでしょ』などの声が噴出しています。俳優を休業して2004年に格闘家に転向した金子は、07年に俳優業を再開しましたが、メディア露出は激減。現在は、ボディビル大会に出場するなど、すっかり“筋肉の人”というイメージがついています」(芸能ライター)

 金子の肉体改造がネットニュースに取り上げられると、「この人、全然テレビで見ないけど、収入源ってどこ?」といった声も上がっている。

「金子には、かねてから関東連合との黒いウワサが取り沙汰されており、いわゆる“ブラックなお金”が収入源だと予想する人も多いようです。しかし現在、金子は“SUMMER STYLE AWARD”というボディコンテストの主催者とプロデューサーを兼任しているので、イベント活動で収入を得ているのでしょう。ただ金子のインスタグラムには、今年5月下旬に“7億5千万円金塊強盗事件”の犯人グループと深い交流があると報道されたGENKINGが、一時期たびたび登場していただけに、『やっぱり黒い世界の人なんだな』『GENKINGのインスタにバンバン載ってたのに、パタッと出なくなったのが逆に怪しい』との声も出ています」(同)

 昨年4月にも11キロのダイエットに成功したとSNSで報告していた金子。俳優としての活躍を望む声もあるが、今後はどのような活動で話題になるのだろうか。

金子賢、10.7キロ減量成功に「ダイエット芸人」! 「収入源が謎」「黒い人」と疑惑の声

 8月15日、俳優の金子賢が10.7キロの減量に成功したことを明かし、鍛え上げられた肉体美を自身のブログで披露した。しかし、ネットユーザーからは「元々こんな体じゃなかったっけ?」「いま何して収入を得てるの?」といった疑問の声が上がっている。

 金子は5月20日のブログで「今日から夏に向けて食事調整とトレーニングをしながら絞って行きます!」と宣言。その時には、おなか周りに少し肉がついている画像を公開しており、体重は81キロだと明かしていた。それから2カ月半がたち、今回、割れた腹筋とくびれたウエストの自身の写真を公開し、70.3キロにまで体重を絞り込んだと報告した。

「ブログのコメント欄は、『ビフォーとアフターの差がすごすぎです!』『本当に賢さんのストイックさには頭が下がります』と称賛の声があふれているのですが、SNSでは『前からムキムキだったよね?』『話題作りのために一回太ったのかな』『ダイエット芸人だね。これからまた太る準備するんでしょ』などの声が噴出しています。俳優を休業して2004年に格闘家に転向した金子は、07年に俳優業を再開しましたが、メディア露出は激減。現在は、ボディビル大会に出場するなど、すっかり“筋肉の人”というイメージがついています」(芸能ライター)

 金子の肉体改造がネットニュースに取り上げられると、「この人、全然テレビで見ないけど、収入源ってどこ?」といった声も上がっている。

「金子には、かねてから関東連合との黒いウワサが取り沙汰されており、いわゆる“ブラックなお金”が収入源だと予想する人も多いようです。しかし現在、金子は“SUMMER STYLE AWARD”というボディコンテストの主催者とプロデューサーを兼任しているので、イベント活動で収入を得ているのでしょう。ただ金子のインスタグラムには、今年5月下旬に“7億5千万円金塊強盗事件”の犯人グループと深い交流があると報道されたGENKINGが、一時期たびたび登場していただけに、『やっぱり黒い世界の人なんだな』『GENKINGのインスタにバンバン載ってたのに、パタッと出なくなったのが逆に怪しい』との声も出ています」(同)

 昨年4月にも11キロのダイエットに成功したとSNSで報告していた金子。俳優としての活躍を望む声もあるが、今後はどのような活動で話題になるのだろうか。

金子賢、10.7キロ減量成功に「ダイエット芸人」! 「収入源が謎」「黒い人」と疑惑の声

 8月15日、俳優の金子賢が10.7キロの減量に成功したことを明かし、鍛え上げられた肉体美を自身のブログで披露した。しかし、ネットユーザーからは「元々こんな体じゃなかったっけ?」「いま何して収入を得てるの?」といった疑問の声が上がっている。

 金子は5月20日のブログで「今日から夏に向けて食事調整とトレーニングをしながら絞って行きます!」と宣言。その時には、おなか周りに少し肉がついている画像を公開しており、体重は81キロだと明かしていた。それから2カ月半がたち、今回、割れた腹筋とくびれたウエストの自身の写真を公開し、70.3キロにまで体重を絞り込んだと報告した。

「ブログのコメント欄は、『ビフォーとアフターの差がすごすぎです!』『本当に賢さんのストイックさには頭が下がります』と称賛の声があふれているのですが、SNSでは『前からムキムキだったよね?』『話題作りのために一回太ったのかな』『ダイエット芸人だね。これからまた太る準備するんでしょ』などの声が噴出しています。俳優を休業して2004年に格闘家に転向した金子は、07年に俳優業を再開しましたが、メディア露出は激減。現在は、ボディビル大会に出場するなど、すっかり“筋肉の人”というイメージがついています」(芸能ライター)

 金子の肉体改造がネットニュースに取り上げられると、「この人、全然テレビで見ないけど、収入源ってどこ?」といった声も上がっている。

「金子には、かねてから関東連合との黒いウワサが取り沙汰されており、いわゆる“ブラックなお金”が収入源だと予想する人も多いようです。しかし現在、金子は“SUMMER STYLE AWARD”というボディコンテストの主催者とプロデューサーを兼任しているので、イベント活動で収入を得ているのでしょう。ただ金子のインスタグラムには、今年5月下旬に“7億5千万円金塊強盗事件”の犯人グループと深い交流があると報道されたGENKINGが、一時期たびたび登場していただけに、『やっぱり黒い世界の人なんだな』『GENKINGのインスタにバンバン載ってたのに、パタッと出なくなったのが逆に怪しい』との声も出ています」(同)

 昨年4月にも11キロのダイエットに成功したとSNSで報告していた金子。俳優としての活躍を望む声もあるが、今後はどのような活動で話題になるのだろうか。

くりぃむ上田もツッコんだ! 一般人には伝わらない、KAT-TUN亀梨和也が持つ特異な“亀梨感”とは?

 8月13日放送のトークバラエティ『おしゃれイズム』(日本テレビ系)に、KAT-TUN亀梨和也が登場した。日曜日の午後10時からという時間帯の放送ながら、平均視聴率は12.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と2ケタ台を記録しており、注目度の高さがうかがえる。

 同番組は、亀梨がレギュラー出演しているスポーツ番組『Going!Sports&News』(同)で共演している、お笑い芸人のくりぃむしちゅー上田晋也が司会を務めているため、亀梨もどこかリラックスしている様子。放送中は亀梨の自然な笑顔が度々見られ、ファンからも好評を得ていた。また、仲のいい後輩の1人であるKis-My-Ft2横尾渉や、ドラマでも共演した山下智久からメッセージが届いたり、KAT-TUNメンバーとの交流が語られたりする場面も。そんな中、亀梨が“アイドル”としての確固たる意志を見せた場面が……

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 8月13日放送のトークバラエティ『おしゃれイズム』(日本テレビ系)に、KAT-TUN亀梨和也が登場した。日曜日の午後10時からという時間帯の放送ながら、平均視聴率は12.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と2ケタ台を記録しており、注目度の高さがうかがえる。

 同番組は、亀梨がレギュラー出演しているスポーツ番組『Going!Sports&News』(同)で共演している、お笑い芸人のくりぃむしちゅー上田晋也が司会を務めているため、亀梨もどこかリラックスしている様子。放送中は亀梨の自然な笑顔が度々見られ、ファンからも好評を得ていた。また、仲のいい後輩の1人であるKis-My-Ft2横尾渉や、ドラマでも共演した山下智久からメッセージが届いたり、KAT-TUNメンバーとの交流が語られたりする場面も。そんな中、亀梨が“アイドル”としての確固たる意志を見せた場面が……

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くりぃむ上田もツッコんだ! 一般人には伝わらない、KAT-TUN亀梨和也が持つ特異な“亀梨感”とは?

 8月13日放送のトークバラエティ『おしゃれイズム』(日本テレビ系)に、KAT-TUN亀梨和也が登場した。日曜日の午後10時からという時間帯の放送ながら、平均視聴率は12.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と2ケタ台を記録しており、注目度の高さがうかがえる。

 同番組は、亀梨がレギュラー出演しているスポーツ番組『Going!Sports&News』(同)で共演している、お笑い芸人のくりぃむしちゅー上田晋也が司会を務めているため、亀梨もどこかリラックスしている様子。放送中は亀梨の自然な笑顔が度々見られ、ファンからも好評を得ていた。また、仲のいい後輩の1人であるKis-My-Ft2横尾渉や、ドラマでも共演した山下智久からメッセージが届いたり、KAT-TUNメンバーとの交流が語られたりする場面も。そんな中、亀梨が“アイドル”としての確固たる意志を見せた場面が……

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認知した「隠し子」発覚……夫は15年間、2つの家庭を行き来していた【別れた夫にわが子を会わせる?】

わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第6回 根本みゆきさん(仮名・61歳)後編

 30年前、地方転勤が多い1歳下のゼネコン社員と結婚した根本みゆきさんは、長年、不妊治療をしていたが、子どもが授からず、41歳のとき、生まれたばかりの男の子を引き取った。夫は最初、子育てに協力的だったが、1時間半ほど離れた町へ単身赴任になると、徐々に帰ってくる頻度が減っていき、1カ月に一度になった頃、浮気が発覚。それは息子にも知られるところとなり、夫婦の距離は開いていった。夫には、認知もしていた「隠し子」がいたのだった。

(前編はこちら)

■戸籍謄本を取り寄せ、夫に離婚を突きつける

 3年前に離婚に至ったときの経緯は、どうだったのだろうか?

「(相手の女からだと思われる)いたずら電話が続いていました。うんざりして、警察に相談に乗ってもらったんです。すると『くれぐれも関わってはいけませんよ。あなたには何の落ち度もないんですから』って助言されただけ。かといって、おとなしく何もしないのでは、不安や不満が抑えられない。そこで私、いよいよ確かめることにしたんです」

 根本さんが夫の戸籍謄本を取り寄せると、知らない女の子の名前の下に“認知”と記されていた。生年月日も記してあり、計算すると、女の子は11歳。認知した年月日と照らし合わせると、3歳のときに認知したことになる。

「すぐに離婚することを決めました。それが3年前の春です。たまたま、数日後には、夫が1カ月ぶりに転勤先から帰ってくる予定でした。というのも、その日が私の誕生日だったからです。その日なら、面と向かって離婚を伝えられます」

 数日後、根本さんの誕生日に、夫が予定通りに帰ってくる。

「謄本を突きつけて、『一体どうなってるの?』って強い調子で迫りました。『この女の子誰よ? 母親は、あんたが一緒に住んでる女でしょ』と問い詰めたんです。すると『誰だよ、それ。知らねえよ。いい加減なことを言って、ふざけるんじゃねえよ』って逆ギレされました」

 根本さんはひるまなかった。

「『明日専門家を呼んで、あなたとは終わりにしますから。そのつもりでいてください』って、たんかを切ったんです」

 夫は1日中、家にいたが、2人にもはや話すことはなかった。その口論が、夫婦で直接交わした最後のやりとりとなった。

 夫婦の最後の話し合いのとき、当時高校生だった息子さんはどうしていたのか?

「『ママはパパと大事な話があるから、近所の人の家に行って待ってて。後で迎えに行くから』と言って、息子には家を離れてもらってました」

 その後、息子さんを迎えに行き、2人で自宅に戻ると、そのまま根本さんの部屋に入って、2人きりの誕生会を開いた。根本さんのために、息子さんはバースデーケーキを買ってきていた。

「ケーキを箱から出して、ロウソクを立てて火をつけます。“ハッピーバースデー・トゥ・ユー〜”って歌ってくれてね。私がロウソクを吹き消しました。ナイフで切り分けて、それぞれの皿の上に置きました。

 ここまで終えてから、息子に大事な話を切り出しました。『ありがとうね。ママうれしいよ。それでね今日、なんでパパと3人で祝わないかわかる?』って聞いたらね。息子はじっと真剣な表情で、私の顔を見ました。

『実はね、ママはパパとお別れするのよ。結婚をやめるの』
『うん……』
『パパとママ、どっちについて行きたいか、自分で選んでいいんだよ』

 息子は一切動揺したりすることもなく、間髪入れずに答えました。『そんなの、決まってるよ。ママと一緒にいるよ』って。

『ああそう? でも、今までみたいに贅沢はできないよ。大丈夫?』
『うん、わかる』

 ほんと、この子いい子だなと思った。確かに、血のつながった子どもではないですよ。でもね、本当にこの子ってステキに育ってくれたと思ってありがたかったし、うれしかった。これまで息子を大事に育ててきたかいがありました」

 根本さんが58歳になったタイミングで行われた、彼女と息子さんだけのささやかな誕生日パーティーは、2人にとって人生の新たな出発を記念してもいたのだ。

「やっと離れられるという解放感と息子に祝ってもらった喜び、今後の生活への不安と期待と、ケーキを口にしながら、いろんな感情が頭の中に渦巻いていました。一抹の寂しさもあったのかもしれません。だって、夫とは愛し合って結婚したんですよ。『幸せにするよ。落ち着いた生活をしよう』って言ってくれたのに、こんな結末なのですから」

 その後、根本さんは夫を完全に追い出しにかかった。どちらが家を出るかという話し合いもなかった。

「夫にはもうひとつの家庭があるわけだし、人としてやってはいけないことを私や息子にしてきたわけだから。夫が出て行って当然です」

 根本さんは、玄関の鍵を交換し、夫の荷物をすべて車庫に置いた。鍵を換えたのは、家の権利書などといった重要書類を、勝手に持ち出されるのを防ぐためだった。

「夫は車庫に荷物を取りに来ていたようです。直接のやりとりはありません。あとは全部弁護士を通してましたから」

 根本さんは、離婚届を、夫が女や娘と住む家に送った。すると捺印とサインのされた書類が、すんなり送り返されてきた。

「それを役所に持っていき、受理されました。法廷で争ったりはしていません。協議離婚です。息子はまもなく17歳になろうとするころでしたから、養育費に関しては、成人式を迎えるまでの3年余りだけ」

 女に慰謝料を請求したものの、働いていなかったので、結局、夫が肩代わりすることになった。

「一括で払えないからということで、夫の年収の3分の1に相当する額を、月割りの3年分割で払ってもらいました。夫は女と15年間、2つの家庭を維持していたので、本当にお金がなかったんでしょうね」

 自宅は根本さん、車は夫が引き取った。

「『俺が買ったものだから返せ』っていう主張でね。もう15万キロも乗ってた車ですから二束三文でしょ。だから『はい、どうぞ』って」

――別れた後の生活は、いかがですか?

「直後は悩みましたよ。だけど今は、すっかり落ち着いてます。別れてよかったです。女手ひとつでの生活ですから、贅沢はできないですよ。でも、小さな幸せを継続していくことはできるかな。息子も今やもう大学3年生になってて、バイトしながら頑張ってます」

――息子さんがそれだけ大きくなれば、自分から父親に会いにいけますよね?

「もう離婚しちゃってるし、私自身、夫と接触を持ちたいと思っていない。虐待したのだから、息子には会わせたくないですし。だけど、立派に育ってくれましたからね。体だけじゃなくて、精神的にも大人です。(息子が夫と)会っても構わないし、会うかどうかは彼次第です。息子の気持ちに任せます。だけど息子自身は、会いたいという気持ちは持っていないんです。それははっきりしています。『パパの子じゃない』ということです」

――生まれたときのことは伝えるつもりはありますか?

「息子が独り立ちするときや、彼女ができて結婚するタイミングで、『あなたはこうだったのよ』って言ってもいいかもしれない。だけど、今のところは、伝える気はありません。だって私たち、“実の親子”なんですから」

 血のつながりだけが、愛情のバロメーターなのではない。根本さんと息子さんの絆の強さを知り、そのことを痛感させられた。今後も2人は、どんな困難があっても乗り越えていくだろう。幸せを祈るばかりだ。

認知した「隠し子」発覚……夫は15年間、2つの家庭を行き来していた【別れた夫にわが子を会わせる?】

わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第6回 根本みゆきさん(仮名・61歳)後編

 30年前、地方転勤が多い1歳下のゼネコン社員と結婚した根本みゆきさんは、長年、不妊治療をしていたが、子どもが授からず、41歳のとき、生まれたばかりの男の子を引き取った。夫は最初、子育てに協力的だったが、1時間半ほど離れた町へ単身赴任になると、徐々に帰ってくる頻度が減っていき、1カ月に一度になった頃、浮気が発覚。それは息子にも知られるところとなり、夫婦の距離は開いていった。夫には、認知もしていた「隠し子」がいたのだった。

(前編はこちら)

■戸籍謄本を取り寄せ、夫に離婚を突きつける

 3年前に離婚に至ったときの経緯は、どうだったのだろうか?

「(相手の女からだと思われる)いたずら電話が続いていました。うんざりして、警察に相談に乗ってもらったんです。すると『くれぐれも関わってはいけませんよ。あなたには何の落ち度もないんですから』って助言されただけ。かといって、おとなしく何もしないのでは、不安や不満が抑えられない。そこで私、いよいよ確かめることにしたんです」

 根本さんが夫の戸籍謄本を取り寄せると、知らない女の子の名前の下に“認知”と記されていた。生年月日も記してあり、計算すると、女の子は11歳。認知した年月日と照らし合わせると、3歳のときに認知したことになる。

「すぐに離婚することを決めました。それが3年前の春です。たまたま、数日後には、夫が1カ月ぶりに転勤先から帰ってくる予定でした。というのも、その日が私の誕生日だったからです。その日なら、面と向かって離婚を伝えられます」

 数日後、根本さんの誕生日に、夫が予定通りに帰ってくる。

「謄本を突きつけて、『一体どうなってるの?』って強い調子で迫りました。『この女の子誰よ? 母親は、あんたが一緒に住んでる女でしょ』と問い詰めたんです。すると『誰だよ、それ。知らねえよ。いい加減なことを言って、ふざけるんじゃねえよ』って逆ギレされました」

 根本さんはひるまなかった。

「『明日専門家を呼んで、あなたとは終わりにしますから。そのつもりでいてください』って、たんかを切ったんです」

 夫は1日中、家にいたが、2人にもはや話すことはなかった。その口論が、夫婦で直接交わした最後のやりとりとなった。

 夫婦の最後の話し合いのとき、当時高校生だった息子さんはどうしていたのか?

「『ママはパパと大事な話があるから、近所の人の家に行って待ってて。後で迎えに行くから』と言って、息子には家を離れてもらってました」

 その後、息子さんを迎えに行き、2人で自宅に戻ると、そのまま根本さんの部屋に入って、2人きりの誕生会を開いた。根本さんのために、息子さんはバースデーケーキを買ってきていた。

「ケーキを箱から出して、ロウソクを立てて火をつけます。“ハッピーバースデー・トゥ・ユー〜”って歌ってくれてね。私がロウソクを吹き消しました。ナイフで切り分けて、それぞれの皿の上に置きました。

 ここまで終えてから、息子に大事な話を切り出しました。『ありがとうね。ママうれしいよ。それでね今日、なんでパパと3人で祝わないかわかる?』って聞いたらね。息子はじっと真剣な表情で、私の顔を見ました。

『実はね、ママはパパとお別れするのよ。結婚をやめるの』
『うん……』
『パパとママ、どっちについて行きたいか、自分で選んでいいんだよ』

 息子は一切動揺したりすることもなく、間髪入れずに答えました。『そんなの、決まってるよ。ママと一緒にいるよ』って。

『ああそう? でも、今までみたいに贅沢はできないよ。大丈夫?』
『うん、わかる』

 ほんと、この子いい子だなと思った。確かに、血のつながった子どもではないですよ。でもね、本当にこの子ってステキに育ってくれたと思ってありがたかったし、うれしかった。これまで息子を大事に育ててきたかいがありました」

 根本さんが58歳になったタイミングで行われた、彼女と息子さんだけのささやかな誕生日パーティーは、2人にとって人生の新たな出発を記念してもいたのだ。

「やっと離れられるという解放感と息子に祝ってもらった喜び、今後の生活への不安と期待と、ケーキを口にしながら、いろんな感情が頭の中に渦巻いていました。一抹の寂しさもあったのかもしれません。だって、夫とは愛し合って結婚したんですよ。『幸せにするよ。落ち着いた生活をしよう』って言ってくれたのに、こんな結末なのですから」

 その後、根本さんは夫を完全に追い出しにかかった。どちらが家を出るかという話し合いもなかった。

「夫にはもうひとつの家庭があるわけだし、人としてやってはいけないことを私や息子にしてきたわけだから。夫が出て行って当然です」

 根本さんは、玄関の鍵を交換し、夫の荷物をすべて車庫に置いた。鍵を換えたのは、家の権利書などといった重要書類を、勝手に持ち出されるのを防ぐためだった。

「夫は車庫に荷物を取りに来ていたようです。直接のやりとりはありません。あとは全部弁護士を通してましたから」

 根本さんは、離婚届を、夫が女や娘と住む家に送った。すると捺印とサインのされた書類が、すんなり送り返されてきた。

「それを役所に持っていき、受理されました。法廷で争ったりはしていません。協議離婚です。息子はまもなく17歳になろうとするころでしたから、養育費に関しては、成人式を迎えるまでの3年余りだけ」

 女に慰謝料を請求したものの、働いていなかったので、結局、夫が肩代わりすることになった。

「一括で払えないからということで、夫の年収の3分の1に相当する額を、月割りの3年分割で払ってもらいました。夫は女と15年間、2つの家庭を維持していたので、本当にお金がなかったんでしょうね」

 自宅は根本さん、車は夫が引き取った。

「『俺が買ったものだから返せ』っていう主張でね。もう15万キロも乗ってた車ですから二束三文でしょ。だから『はい、どうぞ』って」

――別れた後の生活は、いかがですか?

「直後は悩みましたよ。だけど今は、すっかり落ち着いてます。別れてよかったです。女手ひとつでの生活ですから、贅沢はできないですよ。でも、小さな幸せを継続していくことはできるかな。息子も今やもう大学3年生になってて、バイトしながら頑張ってます」

――息子さんがそれだけ大きくなれば、自分から父親に会いにいけますよね?

「もう離婚しちゃってるし、私自身、夫と接触を持ちたいと思っていない。虐待したのだから、息子には会わせたくないですし。だけど、立派に育ってくれましたからね。体だけじゃなくて、精神的にも大人です。(息子が夫と)会っても構わないし、会うかどうかは彼次第です。息子の気持ちに任せます。だけど息子自身は、会いたいという気持ちは持っていないんです。それははっきりしています。『パパの子じゃない』ということです」

――生まれたときのことは伝えるつもりはありますか?

「息子が独り立ちするときや、彼女ができて結婚するタイミングで、『あなたはこうだったのよ』って言ってもいいかもしれない。だけど、今のところは、伝える気はありません。だって私たち、“実の親子”なんですから」

 血のつながりだけが、愛情のバロメーターなのではない。根本さんと息子さんの絆の強さを知り、そのことを痛感させられた。今後も2人は、どんな困難があっても乗り越えていくだろう。幸せを祈るばかりだ。

認知した「隠し子」発覚……夫は15年間、2つの家庭を行き来していた【別れた夫にわが子を会わせる?】

わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第6回 根本みゆきさん(仮名・61歳)後編

 30年前、地方転勤が多い1歳下のゼネコン社員と結婚した根本みゆきさんは、長年、不妊治療をしていたが、子どもが授からず、41歳のとき、生まれたばかりの男の子を引き取った。夫は最初、子育てに協力的だったが、1時間半ほど離れた町へ単身赴任になると、徐々に帰ってくる頻度が減っていき、1カ月に一度になった頃、浮気が発覚。それは息子にも知られるところとなり、夫婦の距離は開いていった。夫には、認知もしていた「隠し子」がいたのだった。

(前編はこちら)

■戸籍謄本を取り寄せ、夫に離婚を突きつける

 3年前に離婚に至ったときの経緯は、どうだったのだろうか?

「(相手の女からだと思われる)いたずら電話が続いていました。うんざりして、警察に相談に乗ってもらったんです。すると『くれぐれも関わってはいけませんよ。あなたには何の落ち度もないんですから』って助言されただけ。かといって、おとなしく何もしないのでは、不安や不満が抑えられない。そこで私、いよいよ確かめることにしたんです」

 根本さんが夫の戸籍謄本を取り寄せると、知らない女の子の名前の下に“認知”と記されていた。生年月日も記してあり、計算すると、女の子は11歳。認知した年月日と照らし合わせると、3歳のときに認知したことになる。

「すぐに離婚することを決めました。それが3年前の春です。たまたま、数日後には、夫が1カ月ぶりに転勤先から帰ってくる予定でした。というのも、その日が私の誕生日だったからです。その日なら、面と向かって離婚を伝えられます」

 数日後、根本さんの誕生日に、夫が予定通りに帰ってくる。

「謄本を突きつけて、『一体どうなってるの?』って強い調子で迫りました。『この女の子誰よ? 母親は、あんたが一緒に住んでる女でしょ』と問い詰めたんです。すると『誰だよ、それ。知らねえよ。いい加減なことを言って、ふざけるんじゃねえよ』って逆ギレされました」

 根本さんはひるまなかった。

「『明日専門家を呼んで、あなたとは終わりにしますから。そのつもりでいてください』って、たんかを切ったんです」

 夫は1日中、家にいたが、2人にもはや話すことはなかった。その口論が、夫婦で直接交わした最後のやりとりとなった。

 夫婦の最後の話し合いのとき、当時高校生だった息子さんはどうしていたのか?

「『ママはパパと大事な話があるから、近所の人の家に行って待ってて。後で迎えに行くから』と言って、息子には家を離れてもらってました」

 その後、息子さんを迎えに行き、2人で自宅に戻ると、そのまま根本さんの部屋に入って、2人きりの誕生会を開いた。根本さんのために、息子さんはバースデーケーキを買ってきていた。

「ケーキを箱から出して、ロウソクを立てて火をつけます。“ハッピーバースデー・トゥ・ユー〜”って歌ってくれてね。私がロウソクを吹き消しました。ナイフで切り分けて、それぞれの皿の上に置きました。

 ここまで終えてから、息子に大事な話を切り出しました。『ありがとうね。ママうれしいよ。それでね今日、なんでパパと3人で祝わないかわかる?』って聞いたらね。息子はじっと真剣な表情で、私の顔を見ました。

『実はね、ママはパパとお別れするのよ。結婚をやめるの』
『うん……』
『パパとママ、どっちについて行きたいか、自分で選んでいいんだよ』

 息子は一切動揺したりすることもなく、間髪入れずに答えました。『そんなの、決まってるよ。ママと一緒にいるよ』って。

『ああそう? でも、今までみたいに贅沢はできないよ。大丈夫?』
『うん、わかる』

 ほんと、この子いい子だなと思った。確かに、血のつながった子どもではないですよ。でもね、本当にこの子ってステキに育ってくれたと思ってありがたかったし、うれしかった。これまで息子を大事に育ててきたかいがありました」

 根本さんが58歳になったタイミングで行われた、彼女と息子さんだけのささやかな誕生日パーティーは、2人にとって人生の新たな出発を記念してもいたのだ。

「やっと離れられるという解放感と息子に祝ってもらった喜び、今後の生活への不安と期待と、ケーキを口にしながら、いろんな感情が頭の中に渦巻いていました。一抹の寂しさもあったのかもしれません。だって、夫とは愛し合って結婚したんですよ。『幸せにするよ。落ち着いた生活をしよう』って言ってくれたのに、こんな結末なのですから」

 その後、根本さんは夫を完全に追い出しにかかった。どちらが家を出るかという話し合いもなかった。

「夫にはもうひとつの家庭があるわけだし、人としてやってはいけないことを私や息子にしてきたわけだから。夫が出て行って当然です」

 根本さんは、玄関の鍵を交換し、夫の荷物をすべて車庫に置いた。鍵を換えたのは、家の権利書などといった重要書類を、勝手に持ち出されるのを防ぐためだった。

「夫は車庫に荷物を取りに来ていたようです。直接のやりとりはありません。あとは全部弁護士を通してましたから」

 根本さんは、離婚届を、夫が女や娘と住む家に送った。すると捺印とサインのされた書類が、すんなり送り返されてきた。

「それを役所に持っていき、受理されました。法廷で争ったりはしていません。協議離婚です。息子はまもなく17歳になろうとするころでしたから、養育費に関しては、成人式を迎えるまでの3年余りだけ」

 女に慰謝料を請求したものの、働いていなかったので、結局、夫が肩代わりすることになった。

「一括で払えないからということで、夫の年収の3分の1に相当する額を、月割りの3年分割で払ってもらいました。夫は女と15年間、2つの家庭を維持していたので、本当にお金がなかったんでしょうね」

 自宅は根本さん、車は夫が引き取った。

「『俺が買ったものだから返せ』っていう主張でね。もう15万キロも乗ってた車ですから二束三文でしょ。だから『はい、どうぞ』って」

――別れた後の生活は、いかがですか?

「直後は悩みましたよ。だけど今は、すっかり落ち着いてます。別れてよかったです。女手ひとつでの生活ですから、贅沢はできないですよ。でも、小さな幸せを継続していくことはできるかな。息子も今やもう大学3年生になってて、バイトしながら頑張ってます」

――息子さんがそれだけ大きくなれば、自分から父親に会いにいけますよね?

「もう離婚しちゃってるし、私自身、夫と接触を持ちたいと思っていない。虐待したのだから、息子には会わせたくないですし。だけど、立派に育ってくれましたからね。体だけじゃなくて、精神的にも大人です。(息子が夫と)会っても構わないし、会うかどうかは彼次第です。息子の気持ちに任せます。だけど息子自身は、会いたいという気持ちは持っていないんです。それははっきりしています。『パパの子じゃない』ということです」

――生まれたときのことは伝えるつもりはありますか?

「息子が独り立ちするときや、彼女ができて結婚するタイミングで、『あなたはこうだったのよ』って言ってもいいかもしれない。だけど、今のところは、伝える気はありません。だって私たち、“実の親子”なんですから」

 血のつながりだけが、愛情のバロメーターなのではない。根本さんと息子さんの絆の強さを知り、そのことを痛感させられた。今後も2人は、どんな困難があっても乗り越えていくだろう。幸せを祈るばかりだ。