引き渡し時、子供は「いやだー」「こわいー」涙をボロボロ流して泣いた/殺人シッター公判

 2014年3月に埼玉県富士見市で発生したベビーシッターによる2歳男児殺害事件。逮捕された物袋(もって)勇治は同月14日、山田龍琥(りく)君(2)とその弟を預かり、龍琥君を殺害したとして殺人罪に問われている。しかし物袋が問われている罪はこれだけではなく、多くの乳幼児に対する児童ポルノ禁止法違反や強制わいせつ等でも起訴されていた。昨年6月に横浜地裁で開かれていた物袋に対する裁判員裁判の様子を、連続しリポートしていく。 ▼第一回:『殺人シッター』と呼ばれた男の長い起訴状 ▼第二回:2歳男児はなぜ死亡したか 真っ向対立した検察側・被告側の主張 ▼第三回:乳幼児を預かるために被告人が画策した計画と、母親が夜間保育を必要としていた事情  第3回公判では龍琥君とその弟B君へのわいせつ誘拐、B君への保護責任者遺棄致傷についての審理が行われた。先述の通り、龍琥君とB君は2014年3月14日、埼玉県富士見市にあった物袋宅に預けられ、そのときに龍琥君は死亡し、B君は適切な保育を受けることができず重度の低血糖に陥った。これについて物袋は、龍琥君を殺害してはいないと否認し、B君についても保護はしていたと主張している。  龍琥君とB君の母親(以下、母親とする)の尋問は続いた。母親は、事件当日に子供を引き渡した「つなぎのシッター」Xに過去、一泊で兄弟2人のシッティングをお願いしたことがあった。 母親「Xはすごくよかった、事細かく報告してくれて写真を送ってくれたりしました。契約の時も、保育園で働いているなど資格を持っていることを電話で説明受けたうえ、会った時もきちんと話してくれた。(X宅から)子供達はすごく楽しそうに帰ってきました」  すごく良いと思ったシッターには継続してお願いしたいと思うものだが、母親はそうしなかった。できない事情があったのである。 母親「Xさんに預けたのは一度だけです。次男の夜泣きがうるさいと(Xさん宅の)近所の人に言われて預けられなくなりました。次男は預かれないと言われました。実際夜泣きはひどく、声は大きくて、2時間おきに泣いたりしていました」  そして事件当日、物袋がなりすました別人のシッター(女性だと偽っていた)に子供を引き渡すために駅で待つ母親は、Xに会った。Xは「他のシッターの依頼を受けている。山本さんという人」と言っていた。だが母親とXが駅で30分待っても、“山本さん”は来ない。  母親が別人のシッター(本当は物袋ということをこのときまだ知らない)にメールを送ると電話番号が送られてきたので、その番号にかけると、目の前でXにつながった。ここで母親はこう勘違いをする。「私が依頼したのは、Xに依頼してきた山本さんの奥さんなのだ。奥さんが仕事で忙しいから、旦那さんである山本さんがXに預けた子供達を引き取って自宅に連れて行くのだ」……分かりづらいが母親はまさか物袋が関与しているとは思わないので、母親が預けを頼んだ人物と、Xに依頼した人物は夫婦であると思い込んでしまったのだ。 検察官「預ける相手は被告人でもよかったんですか?」 母親「それはないです。料金トラブルもあり、もう子供を預けたいとは思っていなかった。サイト上では名字も変えて、メールアドレスも変えていた。そのぐらいしたので相手に預けることはありません」 検察官「当日、Xが子供を引き渡す相手が被告人だと知っていたら引き渡しをしていましたか?」 母親「していません」 検察官「しかしそのころ、仕事の時間が迫っていましたね、普通ならば預けないけど、仕事が迫っていれば被告人でも預けてたんじゃないですか?」 母親「(もし物袋とわかっていれば)店に連絡して休みました」  また、母親は、どのシッターに対しても、預ける時は龍琥君とB君の体調やその日食べたものなど、細かく記したメモをそれぞれ作成して渡していた。龍琥君には衣類やおもちゃ、オムツが入ったバッグを、B君にはオムツや衣類、ミルク缶、哺乳瓶2本が入ったバッグを用意して、それも渡していた。 検察官「3月16日に、その別人のシッターと連絡が取れなくなったとき、どんな気持ちになりました?」 母親「いてもたってもいられなかった……最悪な事態を予測してしまい、無事を祈ることしかできませんでした」 検察官「龍琥君が亡くなっていると知った時は?」 母親「なぜ亡くなったのか……もう頭が真っ白でした」 検察官「裸にされて写真を撮られていると知った時は?」 母親「……衝撃が大きすぎて、なんでこんなことをされているのかわからなくて許せなくなりました」 検察官「龍琥君が亡くなった以外に、家族に変化はありました?」 母親「実母が亡くなりました。長男の死がきっかけだと思いますが、遺書には『大切なものを失った、あいつが憎い、恨む』と長男のことを書いてあって……本当に許せない」 検察官「裁判で知りたいことは?」 母親「全て知りたいです。あの日何をしたのか、長男は何をされたのか……。最後の姿を私は見たわけじゃないので、少しでも長男のことを知りたいです」 検察官「被告人に望むことは?」 母親「……長男にあんなにひどいことをして、次男にも、あんなひどいことをして、同じ苦しみを味わってほしいし、簡単に死んでほしくない。大きな罪を背負って生きて欲しい」  母親への尋問は引き続き行われ、裁判長は、物袋の保育についての質問がなされた。 裁判長「被告人にこれまで20回以上預けてる。戻ってきた子供たちの様子をみて、シッターはどんな人だと思いました?」 母親「最初は……そうですね、穏やかそうな人だったので遊んでくれてるんだろうなという思いです」 裁判長「それが繰り返し頼んだ理由なんですね。で、1月11日は、龍琥君とB君の様子が変だったと」 母親「はい」 裁判長「どのように?」 母親「断定できなかったんですが背中にアザがあったり頬が腫れていたり……でも家庭でも起きることなので、あなたがやったでしょ、とは言えず……。服やオムツが替わってなくてオムツがパンパンだったり、お弁当を何回か持たせてたんですが、食べさせてなかったのかなという弁当箱が返ってきたり、全体含めて、やめようと」 裁判長「それが1月11日までに何回かあって不信感が溜まった?」 母親「はい」 裁判長「1月11日に限って、何か決め手になることはあったんですか?」 母親「ん~、長男、好き嫌いがはっきりしてて、やんちゃな子だったので、まさかそういうことをされていると気づいてなかったんですが、被告人を見るたびにすごく泣いて怖がっていました」 裁判長「1月11日にあなたの家にB君を被告人が返しにきた時?」 母親「長男が被告人を見ています。大泣きして……。そういうことが何回かありました」  2歳の龍琥君が具体的に物袋に何をされたか話すのはまだ難しかっただろう。だが母親は物袋を見て大泣きしていた龍琥君を目の当たりにし、物袋に預けることをやめる決心をした。龍琥君はこれまで物袋になんども怖い目にあわされてきたのだろう。母親の尋問が終わった後に、Xの調書が読み上げられたが、Xから物袋に引き渡される時の龍琥君の様子は、実の母親でなくても、聞いていると涙が出てきて困ってしまった。 「お母様からお子さんを預かり横浜駅へ移動し、壁画の前で龍琥君を遊ばせて待っていると、小走りで近づいてきた男がいたので、この人が迎えにきたのだと思いました。私は、ふたりのお父さんの山本という人と契約してその人が迎えに来ると思っていたのですが、来れなくなり、同僚が代わりに迎えにきたのだと思ったのです。身なりもちゃんとしていて、疑うことはありませんでした。ベビーカーを持っていたのも、信じた理由です。 ところが二人を引き渡す時になり、それまで機嫌よくしていた龍琥君が泣き出し、『いやだー』『こわいー』とボロボロと涙を流して泣き出したのです。泣き方は激しく、以前お預かりした時もこのように泣くのを見たことがなかったので、驚きながらも龍琥君に『大丈夫だよ』と言いました。B君も目を覚まして泣き出しました。 今でも物袋の顔を見るなり激しく泣き出した龍琥君のことが忘れられない。後悔しています」(Xの調書)  次に傍聴できたのは第5回公判。龍琥君とB君に対する事件についての検察側の被告人質問が行われた。 ▼第一回:『殺人シッター』と呼ばれた男の長い起訴状 ▼第二回:2歳男児はなぜ死亡したか 真っ向対立した検察側・被告側の主張 ▼第三回:乳幼児を預かるために被告人が画策した計画と、母親が夜間保育を必要としていた事情

00年代のU15ジュニアアイドル・着エロ現場を振り返る~少女の我慢、良心の呵責

 7月28日、当時13歳だった娘(16)を、児童ポルノビデオに出演させたとして、父親(46)らが逮捕される事件が発生しました。容疑は児童買春・児童ポルノ禁止法違反容疑で、他にもフリーカメラマンとDVDメーカー社長らが逮捕されています。  少女は8歳から13歳までの間、12本の映像作品に出演したといいますが、おそらく「U15アイドル(またはジュニアアイドル)イメージDVD」といわれるジャンルのものでしょう。その名の通り、「15歳以下の少女」が出演するDVDです。  少女の8歳当時――2009年といえば、2月にU15界隈で一大ムーブメントを築いていた芸能事務所P(所属アイドル全員の芸名に”F”がついていたことから“F軍団”と呼ばれた)の社長らが逮捕され、7月には同じくU15界隈でDVDが爆売れしていた映像制作会社Rの社長らも逮捕された年でした。それぞれ逮捕容疑は児童買春・児童ポルノ禁止法違反。なお、Pの社長はその前年に、所属タレント50人との“枕ハメ撮り”を告白してもいました。  逮捕により、U15業界の二大巨塔が相次いで業界から身を引いたことで、それまで無法地帯とかしていた界隈が、じゃっかん“マイルド”になり始めていたのが、2009年でした。ーーというのが、U15界隈の動向を常に追っていた私が持った、同年の印象です。 ◎U15アイドルとして売っているのに電マ  私がこの界隈に興味を持ったのは、2002年頃のこと。自薦か、スカウトされた素人女性のコスプレ写真を販売していたサイト『Mっ娘ネット』を知ったことから始まります。そこには、決して美人ではない女性たちの、ビジネスホテルで撮られたであろうコスプレ写真がズラリと並んでいました。アングルすら気にしていない、ただフラッシュを焚いただけのスナップ写真が、妙な生々しさを醸し出していました。  なかでも飛び抜けて“ちょいブス”な子の写真に、高値がついている……。なぜ? その疑問はすぐに解けました。彼女は中学生で、その画像はコスプレ衣装から乳首が浮いていたり、陰毛がはみ出ているなど過激なものだったからです。  中には“ちょいブス”ではない子もいましたが、そうした女性もパンチラはもちろん、回を重ねるごとにその衣装やポージングは過激になってゆきました。『Mっ娘ネット』にAという名前で写真をUPしていた、比較的可愛らしいルックスの少女を再び見たのは、2006年頃。U15アイドルとしてデビューし、Fという芸名をつけられ、”F軍団”入りしていたのです。高校生の年齢だったAは、しょっぱなから飛ばしました。  溶けたバニラアイスを胸元に垂らしながら舐めるとか、M時開脚、Tバックは序の口。乳首と股間だけが隠れるほどの極小水着を着て、バランスボールに座り上下に弾んだり、縄を股間に食い込まされたり、電マを全身に当てられたり、あげく、水着の隙間から乳首を“うっかり”はみ出させた状態でオイルマッサージをされたり、特製アナルパール下着(!)を着せられもはや大陰唇を見せたり。その“はみ出た”瞬間は、好事家の間で”お宝”とされ、キャプチャーを撮られ出回りました。  こうした内容のDVDは「着エロ」と呼ばれていますが、U15アイドル(または年齢詐称した上で、中学生や高校生の記号をつけ)の冠がついた着エロが主流になったのは、この頃でした。  この無法地帯が、前述の通り業界の有名人たちの逮捕、さらに何度かの「“都条例”が強化されて一網打尽にされるらしい」といった噂を元にした各々の自主規制により、それまでのようなとんでもない演出がなくなってきたのが、2009年頃であり、翌年にはAもアイドル業を引退、風の噂で「出産した」という便りがありました。以降、音沙汰はありません。 ◎普通がわからなくなる現場と、良心の呵責  さて、U15から「着エロ」が一掃されたといっても、好事家たちの目線は相変わらず同じ。少年漫画誌に載るグラビアレベルの露出度や演出でも、血眼で”チラリ”を探すし、水着の向こう側を想像する。いくらそうした行為がキモといっても、それが性癖ですからどうしようもないようです。  好事家が変わらないのと同じように、現場もそう簡単にはかわりません。というのは、私はU15から「着エロ」が排除されたある時期、現場の手伝いをするなかで、見たのです。 ・毎現場に娘の付き添いで来ていたお母さんが、どんどん派手になってゆく様子。 ・AKB全盛期、「うちの子もアイドルになれた!!」と、ローアングラーたちが集う撮影会に参加した娘の勇姿を見て、感涙した両親。 ・中学生アイドルのグラビア撮影中、カメラマンの横から、まるでランボーのような傭兵STYLEでマシンガンぶっぱなすようにシャッターを切り続けるから、「熱心なマネージャーさんだなあ」と思って彼のカメラのモニターを覗くと、彼女の股間のアップばかりを撮っていたマネージャー。 ・「準備体操」と称して毎シーンごとに入念なストレッチをしていたマネージャー(背中合わせで体外に体重をかけ合うアレ)。 ・中学生所属タレントとの“真剣交際”を周囲に自慢していたマネージャー(と同時期に彼女はブログで謎の引退を発表)。  もちろん、U15業界といえど、法律に抵触せず“普通”に“きちんと“を仕事をしているマネージャー、編集者、ヘアメイク、スタイリスト、カメラマン、アイドル、親御さんのほうが多数派です。ですがふと、そんなランボーたちがいる現場で“普通”ってなんなのか我に返り、良心の呵責が堰を切ります。  レオタード姿の中学生に「かわいいー! いいよー!」と言いながら猫耳をつけさせてお尻上げて「にゃん☆」ってポーズさせてオフショットを撮る私は、セーフ? だって電マ当ててるわけじゃないし……。  シズル感が足りないから、スクール水着姿の女子高生の胸元にシャワーを浴びせる私は、セーフ? だって乳房をマッサージしているわけじゃないし……。  冒頭の、父親に児童ポルノに出演させられていた少女は、「生活のために我慢していた」と話していたそう。私がシャワーの湯を浴びせた少女たちは、我慢をしていなかったか。もし我慢をしていたとしたら、それは報われたのか。それとも、飲み込んだまま後ろ暗い過去になってしまったのか。  70年代、“芸術”とされ市販されていた少女の裸体が時代を経て“猥褻物”となり、2000年代には猥褻の目をかいくぐるようにU15着エロが生まれ、滅び、数年前には宮沢りえ写真集『Santa Fe』を所持しているだけで逮捕されるかもなんてまことしやかな噂が飛び交い、同時期に中学生や高校生を可愛くセクシーに撮るための仕事に、“時代”が後ろめたさを植え付ける……なんて、時代のせいにしてはいけませんね。  昨年、2006年頃から「Tバック小学生」として活躍していたグラビアアイドルの三花愛良さんが、21歳にして芸能界を引退しました。彼女はブログに、こう綴っています。 「小学生の時から働き続け、いろんな事を学びました。楽しかったり、辛かったり、辛い時の方が多かったです。(中略)失った物はたくさんあったけど、これからは前に進んで前を向いて自分の人生を歩みたいと思います」  かつてU15界隈で私が手伝っていた制作者たちは続々と足を洗い、それは業界全体の流れなのか、好事家たちがネット上で「今年は新作がほんとに全然出ない」「冬の時代到来」「形を変えて復活するのを気長に待ちたい」とぼやいている2017年現在。おまえらはいいよ、もう我慢汁だらだら流して我慢していればいいじゃん。ただもう、少女に我慢はさせるなよ。もういいじゃん。諦めてくれよ。そう切に、思わずにはいられないのです。

00年代のU15ジュニアアイドル・着エロ現場を振り返る~少女の我慢、良心の呵責

 7月28日、当時13歳だった娘(16)を、児童ポルノビデオに出演させたとして、父親(46)らが逮捕される事件が発生しました。容疑は児童買春・児童ポルノ禁止法違反容疑で、他にもフリーカメラマンとDVDメーカー社長らが逮捕されています。  少女は8歳から13歳までの間、12本の映像作品に出演したといいますが、おそらく「U15アイドル(またはジュニアアイドル)イメージDVD」といわれるジャンルのものでしょう。その名の通り、「15歳以下の少女」が出演するDVDです。  少女の8歳当時――2009年といえば、2月にU15界隈で一大ムーブメントを築いていた芸能事務所P(所属アイドル全員の芸名に”F”がついていたことから“F軍団”と呼ばれた)の社長らが逮捕され、7月には同じくU15界隈でDVDが爆売れしていた映像制作会社Rの社長らも逮捕された年でした。それぞれ逮捕容疑は児童買春・児童ポルノ禁止法違反。なお、Pの社長はその前年に、所属タレント50人との“枕ハメ撮り”を告白してもいました。  逮捕により、U15業界の二大巨塔が相次いで業界から身を引いたことで、それまで無法地帯とかしていた界隈が、じゃっかん“マイルド”になり始めていたのが、2009年でした。ーーというのが、U15界隈の動向を常に追っていた私が持った、同年の印象です。 ◎U15アイドルとして売っているのに電マ  私がこの界隈に興味を持ったのは、2002年頃のこと。自薦か、スカウトされた素人女性のコスプレ写真を販売していたサイト『Mっ娘ネット』を知ったことから始まります。そこには、決して美人ではない女性たちの、ビジネスホテルで撮られたであろうコスプレ写真がズラリと並んでいました。アングルすら気にしていない、ただフラッシュを焚いただけのスナップ写真が、妙な生々しさを醸し出していました。  なかでも飛び抜けて“ちょいブス”な子の写真に、高値がついている……。なぜ? その疑問はすぐに解けました。彼女は中学生で、その画像はコスプレ衣装から乳首が浮いていたり、陰毛がはみ出ているなど過激なものだったからです。  中には“ちょいブス”ではない子もいましたが、そうした女性もパンチラはもちろん、回を重ねるごとにその衣装やポージングは過激になってゆきました。『Mっ娘ネット』にAという名前で写真をUPしていた、比較的可愛らしいルックスの少女を再び見たのは、2006年頃。U15アイドルとしてデビューし、Fという芸名をつけられ、”F軍団”入りしていたのです。高校生の年齢だったAは、しょっぱなから飛ばしました。  溶けたバニラアイスを胸元に垂らしながら舐めるとか、M時開脚、Tバックは序の口。乳首と股間だけが隠れるほどの極小水着を着て、バランスボールに座り上下に弾んだり、縄を股間に食い込まされたり、電マを全身に当てられたり、あげく、水着の隙間から乳首を“うっかり”はみ出させた状態でオイルマッサージをされたり、特製アナルパール下着(!)を着せられもはや大陰唇を見せたり。その“はみ出た”瞬間は、好事家の間で”お宝”とされ、キャプチャーを撮られ出回りました。  こうした内容のDVDは「着エロ」と呼ばれていますが、U15アイドル(または年齢詐称した上で、中学生や高校生の記号をつけ)の冠がついた着エロが主流になったのは、この頃でした。  この無法地帯が、前述の通り業界の有名人たちの逮捕、さらに何度かの「“都条例”が強化されて一網打尽にされるらしい」といった噂を元にした各々の自主規制により、それまでのようなとんでもない演出がなくなってきたのが、2009年頃であり、翌年にはAもアイドル業を引退、風の噂で「出産した」という便りがありました。以降、音沙汰はありません。 ◎普通がわからなくなる現場と、良心の呵責  さて、U15から「着エロ」が一掃されたといっても、好事家たちの目線は相変わらず同じ。少年漫画誌に載るグラビアレベルの露出度や演出でも、血眼で”チラリ”を探すし、水着の向こう側を想像する。いくらそうした行為がキモといっても、それが性癖ですからどうしようもないようです。  好事家が変わらないのと同じように、現場もそう簡単にはかわりません。というのは、私はU15から「着エロ」が排除されたある時期、現場の手伝いをするなかで、見たのです。 ・毎現場に娘の付き添いで来ていたお母さんが、どんどん派手になってゆく様子。 ・AKB全盛期、「うちの子もアイドルになれた!!」と、ローアングラーたちが集う撮影会に参加した娘の勇姿を見て、感涙した両親。 ・中学生アイドルのグラビア撮影中、カメラマンの横から、まるでランボーのような傭兵STYLEでマシンガンぶっぱなすようにシャッターを切り続けるから、「熱心なマネージャーさんだなあ」と思って彼のカメラのモニターを覗くと、彼女の股間のアップばかりを撮っていたマネージャー。 ・「準備体操」と称して毎シーンごとに入念なストレッチをしていたマネージャー(背中合わせで体外に体重をかけ合うアレ)。 ・中学生所属タレントとの“真剣交際”を周囲に自慢していたマネージャー(と同時期に彼女はブログで謎の引退を発表)。  もちろん、U15業界といえど、法律に抵触せず“普通”に“きちんと“を仕事をしているマネージャー、編集者、ヘアメイク、スタイリスト、カメラマン、アイドル、親御さんのほうが多数派です。ですがふと、そんなランボーたちがいる現場で“普通”ってなんなのか我に返り、良心の呵責が堰を切ります。  レオタード姿の中学生に「かわいいー! いいよー!」と言いながら猫耳をつけさせてお尻上げて「にゃん☆」ってポーズさせてオフショットを撮る私は、セーフ? だって電マ当ててるわけじゃないし……。  シズル感が足りないから、スクール水着姿の女子高生の胸元にシャワーを浴びせる私は、セーフ? だって乳房をマッサージしているわけじゃないし……。  冒頭の、父親に児童ポルノに出演させられていた少女は、「生活のために我慢していた」と話していたそう。私がシャワーの湯を浴びせた少女たちは、我慢をしていなかったか。もし我慢をしていたとしたら、それは報われたのか。それとも、飲み込んだまま後ろ暗い過去になってしまったのか。  70年代、“芸術”とされ市販されていた少女の裸体が時代を経て“猥褻物”となり、2000年代には猥褻の目をかいくぐるようにU15着エロが生まれ、滅び、数年前には宮沢りえ写真集『Santa Fe』を所持しているだけで逮捕されるかもなんてまことしやかな噂が飛び交い、同時期に中学生や高校生を可愛くセクシーに撮るための仕事に、“時代”が後ろめたさを植え付ける……なんて、時代のせいにしてはいけませんね。  昨年、2006年頃から「Tバック小学生」として活躍していたグラビアアイドルの三花愛良さんが、21歳にして芸能界を引退しました。彼女はブログに、こう綴っています。 「小学生の時から働き続け、いろんな事を学びました。楽しかったり、辛かったり、辛い時の方が多かったです。(中略)失った物はたくさんあったけど、これからは前に進んで前を向いて自分の人生を歩みたいと思います」  かつてU15界隈で私が手伝っていた制作者たちは続々と足を洗い、それは業界全体の流れなのか、好事家たちがネット上で「今年は新作がほんとに全然出ない」「冬の時代到来」「形を変えて復活するのを気長に待ちたい」とぼやいている2017年現在。おまえらはいいよ、もう我慢汁だらだら流して我慢していればいいじゃん。ただもう、少女に我慢はさせるなよ。もういいじゃん。諦めてくれよ。そう切に、思わずにはいられないのです。

『過保護のカホコ』三田佳子 vs 黒木瞳の「冷戦報道」はスタッフリークの“フェイクニュース”だった!?

『過保護のカホコ』三田佳子vs黒木瞳の「冷戦報道」はスタッフリークのフェイクニュースだった!?の画像1
日本テレビ系『過保護のカホコ』番組公式サイトより
 ドラマが高視聴率を記録する裏には、スタッフによる巧妙な“宣伝戦略”があった!?  高畑充希の主演ドラマ『過保護のカホコ』(日本テレビ系)が絶好調だ。9日に放送された第5話では、過去最高の視聴率12.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録。すべての回で2ケタオーバーを続けている。  同ドラマといえば、放送からほどなくして話題となったのが、高畑の祖母役を務める三田佳子と、母親役の黒木瞳との「ばばママ」バトルだった。 「複数の週刊誌などが報じたところによれば、2人は現場では一切口を利かず、報道の扱いや差し入れの豪華さなどをけん制し合うなど“冷戦状態”が続いているといいます。実際、三田の衣装のほうが目立つという理由で、黒木が光沢のある衣装に急きょ変更させたということもあったようです。スタッフはプライドの高い2人に気を使いまくっていて、入り時間をズラしたり、ロケ弁のグレードまで横並びになるよう、とにかく神経質な対応を余儀なくされているのだとか」(芸能記者)  こうした「犬猿バトル」は、主婦層などの大好物。自然とドラマへの注目度も高くなったようだ。 「実は、こうした一連の不仲騒動は番組スタッフが意図的に雑誌メディア関係者にリークした“フェイクニュース”だったといいます。報道を知って、三田と黒木は『私たちは仲良しで、不仲ということはない』『局のほうから抗議してほしい』との要望を出したそうですが、スタッフは右から左に受け流していたそうです」(テレビ関係者) 『過保護のカホコ』が本当にそれを利用して高視聴率に結びつけたとしたら、今後、ドラマの改編期にはこの手のスクープが乱立するようになるかもしれない!?

『過保護のカホコ』三田佳子 vs 黒木瞳の「冷戦報道」はスタッフリークの“フェイクニュース”だった!?

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日本テレビ系『過保護のカホコ』番組公式サイトより
 ドラマが高視聴率を記録する裏には、スタッフによる巧妙な“宣伝戦略”があった!?  高畑充希の主演ドラマ『過保護のカホコ』(日本テレビ系)が絶好調だ。9日に放送された第5話では、過去最高の視聴率12.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録。すべての回で2ケタオーバーを続けている。  同ドラマといえば、放送からほどなくして話題となったのが、高畑の祖母役を務める三田佳子と、母親役の黒木瞳との「ばばママ」バトルだった。 「複数の週刊誌などが報じたところによれば、2人は現場では一切口を利かず、報道の扱いや差し入れの豪華さなどをけん制し合うなど“冷戦状態”が続いているといいます。実際、三田の衣装のほうが目立つという理由で、黒木が光沢のある衣装に急きょ変更させたということもあったようです。スタッフはプライドの高い2人に気を使いまくっていて、入り時間をズラしたり、ロケ弁のグレードまで横並びになるよう、とにかく神経質な対応を余儀なくされているのだとか」(芸能記者)  こうした「犬猿バトル」は、主婦層などの大好物。自然とドラマへの注目度も高くなったようだ。 「実は、こうした一連の不仲騒動は番組スタッフが意図的に雑誌メディア関係者にリークした“フェイクニュース”だったといいます。報道を知って、三田と黒木は『私たちは仲良しで、不仲ということはない』『局のほうから抗議してほしい』との要望を出したそうですが、スタッフは右から左に受け流していたそうです」(テレビ関係者) 『過保護のカホコ』が本当にそれを利用して高視聴率に結びつけたとしたら、今後、ドラマの改編期にはこの手のスクープが乱立するようになるかもしれない!?