口臭、汗、洗濯生乾きに化粧品臭! どいつもこいつも臭い職場に「無臭男子」が現れた!

【作品名】「逆転スメルハラスメント」(前編) 【作者】桜井まり子『ご近所の悪いうわさ』

【作品紹介】隣の席の派遣社員は鼻バカ女、男どもは口臭、体臭、洗濯生乾き! 悪臭だらけの地獄の職場で、ようやく見つけた理想の“無臭男子”。そこへ安っぽいニオイを撒き散らす新入社員が現れて……。

【サイゾーウーマンリコメンド】個人的に、無香商品よりニオイつきの方が好きなのですが、こちらの主人公による「手から食べ物のニオイをさせてどうすんの」というハンドクリーム評、「頭から果物のニオイさせて楽しい?」というシャンプー評に、真理を突かれた気持ちになりました……。

「パジャマの股間を補強」「歯ブラシは3本使い分ける」郷ひろみの“真面目パンク”な日常

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 ニューシングル「スキだから」(SMR)を5月10日にリリースした郷ひろみ。同曲プロモーションのため、ここ数日間、いくつかのバラエティ番組に出演している。  往年のテレビドラマ『ムー』『ムー一族』(TBS系)を契機に、アイドルでありながらコミカルな一面をアピールすることに成功した郷。  二枚目路線をひた走る芸能人がバラエティへ進出する際、“親しみやすさ”を強調する手法が選ばれることは珍しくない。しかし、郷はそうじゃない。涼しい顔をしながら、一貫して浮世離れした自分を崩さないのだ。 ■いつも決まったパジャマを購入し、股間を補強してもらっている  5月14日放送『ボクらの時代』(フジテレビ系)は、珍しい座組であった。テリー伊藤、郷ひろみ、リリー・フランキーという異なるジャンルからの3人が集結したのだ。  話題はまず、“モノの見方”について。『天才・たけしの元気が出るテレビ』や『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』(日本テレビ系)などで物事を斜めから見る楽しみ方を世に提示し続けたテリーは、現代を憂う。 テリー「今の世の中は、物事を斜めから見る人が増えちゃってる。真正面から見る人が少なくなっちゃうと、主流がどっちなのよ? って」 リリー「斜めからモノを見るって、視点としては面白いけど、脆弱な部分もありますもんね」  そこで登場するのが、郷ひろみだ。リリーは、郷の行きすぎた真面目エピソードを紹介。郷はいつも、パジャマを決まったホテルで購入しているという。お気に入りなので、まとめて4~5枚買う。しかも、毎日使うものなので股の部分を補強してもらい、加えて胸の部分に「ひろみ」と刺繍を入れてもらうというのだ。 リリー 「もう、真面目すぎてパンクというんですか。いちばん真面目な人な人が、いちばんパンクだなって(笑)」  郷は、パジャマを着ると、股の部分がほつれやすく感じるという。だから、補強してもらう。常人にはあまり身に覚えのない独特の感覚だ。不思議に感じたテリーが「あそこが普通の人より大きいんじゃない?」と問うと、郷は堂々と「それは言えますよ(笑)」と一言。スターだ。 ■3種類のブラシを駆使し、利き腕とは逆の手で一日4回歯を磨く  郷の“真面目パンク”なエピソードは止まらない。彼は、歯磨きもすごいらしい。郷は歯ブラシを3本使い分ける。中には、歯を1本だけ磨き上げる歯ブラシもある。そして、そんな念入りな磨き方を、朝、昼、ディナー前、就寝前の一日4回繰り返すのだ。しかも、郷は右利きなのに、左手で磨く。 郷「6~7年前に、お箸も歯磨きも全部左手に変えたんです。体のバランスを取ろうと思って」  思わず黙り込んでしまうテリーとリリー。今、日本でこの2人に言葉を失わせる人間が、ほかにいるだろうか?  日付は飛んで、17日に放送された『ごごナマ』(NHK総合)にも郷はゲスト出演している。この時、郷はなんと話題の歯ブラシセットを公開してくれている。  その内訳だが「通常の歯ブラシ」「歯間ブラシ」、そして「1本用歯ブラシ」がある。加えて、デンタルフロスとスーパーフロスと舌を磨くスクレーパーも使う。ちなみに、歯磨き粉も用途によって使い分けるとのこと。これを常に持ち歩く。なぜなら、一日に4回歯を磨くし、テレビの収録前も「ごめんなさい」と磨きに行くから。  郷はストイックだ。歯だけでなく、体の鍛錬にも余念がない。彼は水が入った重さ15キログラムの「ウォーターバッグ」を抱え、左右に20~30回振るトレーニングを2~3セット行う日々を過ごす。『ごごナマ』内でもそのトレーニングを披露してくれたのだが、いかにもキツそう。何しろ、郷本人が息を切らしているのだから。  この鍛錬法は、郷本人が考案したものだそう。彼のキレのあるダンスの秘訣は、こうした努力の賜物であった。 ■AVに、まったく興味がない  このように健康な肉体をキープしていれば、精力もものすごいはず。しかしだ。『ボクらの時代』にて「朝起きたら、まずAVを見る」とリリー・フランキーは明かしているのだが、郷は「まったく興味ないんですよ。見ようと思ったこともないですね」とキッパリ。  これがどれほどすごいことか、男性陣ならばわかっていただけるはずだ。まさに、「健全な精神は健全な肉体に宿る」を地で行っている。  テリーもリリーも、それぞれの分野で名を成した伝説の人である。しかし、郷の生き方を垣間見て感服してしまう。 リリー「一番のロックンローラーは、真面目を追求してる人だなって(苦笑)」 テリー「3日寝なかったとか酒飲み明かしたとか、それはもうロックンローラーじゃないよね。歯1本1本磨いてるほうが、よっぽどロック」 リリー「しかも、股間は補強して」  真面目を貫き通すと、いつしか浮世離れする。その姿勢が、最もロックでありパンク。郷ひろみは、御年61歳。奇跡だ。 (文=寺西ジャジューカ)

第6話で『孤独のグルメ Season6』にも痴漢冤罪が発生か? ゴローちゃんを驚かせた「ヤラシイネー」とは!

第6話で『孤独のグルメ Season6』にも痴漢冤罪が発生か? ゴローちゃんを驚かせた「ヤラシイネー」とは!の画像1
テレビ東京系『孤独のグルメ Season6』番組サイトより
 今週の『孤独のグルメ Season6』(テレビ東京系)では、どんな飯テロが!? というわけで、1週間のご無沙汰を経てゴローちゃんこと井之頭五郎(松重豊)がやってきたのは、高田馬場。今回は、のっけから腹が減っております。ちょうど昼飯の時間。女のコたちに人気のメロンパンに、腹の虫が騒いでたまりません。  とはいえ、いくら腹が減ってはいたとしても、仕事を優先するのがゴローちゃんの素敵なところ。かくして、やってきたのは「正道会館」。あれ、空手道場にゴローちゃんはなんの用事が? これは道場破りか? ゴローちゃんの必殺アームロックに敵う相手が、世界に何人もいるとはけっして思えません。  というわけで、お届け物を届ける相手の師範代は高橋努。その気迫になぜかビビってしまうゴローちゃんなのです。  なんと高橋、これから意中の女性に告白するためのプレゼントを、ゴローちゃんに注文していたというわけです。そんな個人的なプレゼントのためのアンティーク雑貨も、注文次第できちんとあつらえるゴローちゃん。ホントに、小商いにも手を抜かない人ですねえ。  しかし、ここで驚きが。  道場にやってきたのは、昼飯時。練習中だからと、隅っこで待って仕事も終了。そして、時間は3時半。いやいや、いくらなんでも待たされすぎでしょう……。それとも、高橋のために用意した雑貨が2ケタ万円とかで、今日はもう仕事を上がってよいムードだったのか?  ともあれ「腹ががらんどうだ」と、いつも通りに飢えの表情へと至ったゴローちゃん。さっそく店探しを初めます。  しかし、この時間に開いている店など、そんなにありません。でも「ここも準備中」とつぶやきながら通りがかるのが「やきとん みつぼ」。いや、ここ居酒屋だからさあ。  この時間帯は、仕事で外回りをする人ならわかる、魔の時間帯。なにせ世の中にはランチタイムが終わったら、一旦店を閉めてしまうところが多いんですから。だいたい、負けた気分になって牛丼屋に入ってしまったりするもの。でも、ゴローちゃんは、そんな敗北主義者ではありません。きちんと店を見つけます。  そして目に入ったのは「ノング・インレイ」。  そこはミャンマーはシャン料理店。いや、この店、けっこう物好きには知られている店です。それは昆虫料理を食べられるから! ああ、ほかの料理も美味いことこの上ない、結構なメジャー店です、ハイ。  さて「通し営業か~」と救われた気分で、看板に近寄るゴローちゃん。ミャンマーとかシャン料理という不思議な響きに、ちょっと様子見をしますが、店の人に見つかって入店。  ちょっとぎこちない様子で座るゴローちゃん。 「まったく未知の相手、ミャンマー出身のシャン。どこからどう攻めたらいいのか……」 と、いつも通りメニューを見渡すゴローちゃんですが、「竹虫」「小コオロギ」という言葉に恐れおののきます。メニューには写真付きで載ってはいますけど、画面には映さず。なんでも食らうゴローちゃんですが、さすがに空腹に食べ慣れない虫を注ぎ込むのは遠慮したいということか。  というわけで、比較的おとなしめのメニューを、あれこれと迷い始めるゴローちゃん。「パクチー大盛り、そういうのもあるのか」などとつぶやきながら、迷うことひとしきり。 「スタンダードがわかんないだけに……」 と、とてもフツーな反応です。ですから、まずは店の人に聞いてみましょうと、ゴローちゃん。 「あの~、シャンってなんですか?」  当然、店の人からは「シャン族の食べる物」と返されます。 「それじゃあ、全然わかんないよ……」  困惑の末にゴローちゃんの注文したのは、シャン風高菜漬け炒めを豚で。お茶っ葉のサラダと餅米。 「味も量も未知数だし、ひとまずこれで相手の出方を見よう」  確かに、どんな量が出てくるのか謎すぎます。いや、たとえ食べきれない量でも、食べ尽くしてくれるのがゴローちゃんでしょうけど。  食べ慣れないミャンマー料理に、あれこれと興味津々のゴローちゃん。別の客が使っている調味料などにも興味津々です。  そして、ついにやってくる最初の皿は茶葉サラダ。視聴者視点からも、おそらくは驚くような見た目。なにしろ、サラダなのに茶色なのですから。 「初ミャンマー。ちょいピリ辛……トマト豆茶葉」  視聴者にもわかりやすく、説明してくれる言葉がとても素敵なゴローちゃん。 「なんだろう。食べたことないのに懐かしいような味……これ、すっごくおいしいんじゃないかな」 「サラダというより、スナックを食べているような味」  そして、材料を炒めている心地よい音と画像を挿入して、シャン風高菜漬け炒めが登場。同時に運ばれて来た、餅米は、ちょっと容器が特殊。おそらく蒸し器なのでしょうけど、開け方に困るゴローちゃん。  ようやく皿に置いてから「でも、このサイズ感かあ……」。むむ、これはゴローちゃんの胃袋には足りないということか?  そりゃそうでしょう。シャン風高菜漬け炒め。見ただけで丼飯がかき込める雰囲気。 「あ、こちらはガツンとオカズ味だ」  心地よい音楽と共に、食事シーン。 「ほうら、合う合う餅米がおいしい」 「高菜が餅米を呼び、餅米が高菜を呼ぶ。たかもちたかもち止まらない。シャンの攻撃が止まらない」  しかし、その攻撃も一瞬。なぜなら、餅米は、予想外に小さなサイズだったのですから。 「こうなることは、最初からわかっていた」  まずは、餅米のおかわりを投入。 「ならば、今度はこうして……」  ここでゴローちゃんが編み出したのは、炒め物の皿に餅米をあけて、よーくまぜまぜ。 「こういう返し技はどうだ。オレ流、シャンへの逆襲」  なんという新たな、正道食いでしょう。 「いいじゃないか、これで五分と五分だ」  しっかし、まぜまぜの具合が視聴者にも食欲をそそる具合に。なんで、こんな上手な混ぜ方ができるのか。松重ゴローの技か、あるいはスタッフが心得ているのか。 「ミャンマーの街の食堂って、こんな感じかな」  こうして、満足をしたと思いきや、餅米がミニサイズのためでしょうか。まだまだ、ゴローちゃんは本気を出していません。 「まだ、腹六分目……」  そして手に取るメニュー!! 「麺に変えるか、米で押すか」  そして「牛スープそば」を注文するゴローちゃん。出てきた若い店員は「春雨ですか?」と。ゴローちゃんも視聴者も「??」となります。  そうこうしていると、出てきたおばちゃん。張り紙を指さして「この牛スープそばですか?」と言います。どうも、日本語で書いてあるものとミャンマー語で書いてあるのは、別の牛スープそばの様子。なんだかわからないけど「この、牛スープそばをください」というゴローちゃん。  高田馬場にいるはずが、遙かな異境に足を踏み入れた気分ですね。  待っている間、かしましい女性客たちのテーブルに並んでる料理を眺めてしまうゴローちゃん。「ヤラシイネー」と言われてビックリ。ここで説明されますがミャンマー語では「ヤラシイネー」は「おいしいね」の意味だそうです。  思わず、ゴローちゃんも痴漢冤罪? と思った瞬間でありました。  ともあれ、今回は演出なのか、ちょっと大根な演技で次々とミャンマー人らしき客が入ってきます。 「孤立無援、ミャンマー包囲網」  これも、知らない外国料理の店ならではの醍醐味でしょう。  かくて運ばれてきた牛スープそばは、フォーに似た食べ物。一口すすって「等身大のおいしさだ」とつぶやくゴローちゃん。  そんなゴローちゃんが提案する通な食べ方として、器に移してちょっとずつテーブルの上の調味料をかけること。 「シャン通気分に、うまさマシマシ」 「野菜と肉のシャキトウなせめぎ合いが、こたえられない」 「深いなあ、シャンの森」 「もうちょっと、ミャンマー奥地に踏み込んでみるか」  唐辛子の酢漬けなど、さまざまな調味料を試すはいいけどむせてしまい「いかん、深入りしすぎた」とゴローちゃん。 「これ、いろいろと入れて、育てれば育てるほど美味さで応えてくれる」  さらに育てようと、パクチー追加もしちゃうゴローちゃん。 「最終的な味付けは食べる人に委ねるおおらかさ」 「ミャンマーの人の知恵と優しさを感じる一杯だ……」  とにかく大満足で、食べ尽くした様子のゴローちゃん。でも、残り3分ほどの時間で、まだ「大満足」には追加がありました。 「ごちそうさま」とはいいつつも、別のテーブルに運ばれてきたパフェに興味津々。メニューを開けば、ミルクティーと揚げパンのセットを注文してしまうのであります。  そんな揚げパンは、ミルクティーにつけて食べるのがオススメ。 「うん、いいね……。日本の発想では揚げ物をお茶につけないよな。でも、食べてみるとほっこりする……」  こうして、大満足の特上を楽しみきったゴローちゃん。  次々と行ってみたくなる店を登場させるこの番組でもありますが、今回はさらに行ってみたい度の高い、お店のセレクトだったのではないでしょうか。何せ、未知の味だというのに、すべてがおいしそう。それに、ゴローちゃんは忌避したけど、虫料理を試してみたいという人も多いのではありませんか?  ひとまず「ヤラシイネー」という言葉だけは、覚えておきましょう。 (文=昼間たかし)

「亀と山P」の「背中越しのチャンス」の初回限定盤が「どこにも売っていない」とファンから悲鳴

 現在ドラマ『ボク、運命の人です。』(日本テレビ系)で共演しているKAT-TUN亀梨和也と山下智久が、「亀と山P」として、5月17日にシングル「背中越しのチャンス」をリリースした。初動の売り上げがわかる店頭入荷日の16日付オリコンデイリーランキングでは、約10万枚を売り上げ、デイリーランキングで第1位を獲得。上々な滑り出しを切り、週間ランキングでもこのまま1位が狙えそうだ。

 しかし、発売日の17日にはファンから“悲鳴”が相次ぐ事態に。なんと、「どこにもCDが売っていない」というのだ。

 今回「背中越しのチャンス」は……

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「亀と山P」の「背中越しのチャンス」の初回限定盤が「どこにも売っていない」とファンから悲鳴

 現在ドラマ『ボク、運命の人です。』(日本テレビ系)で共演しているKAT-TUN亀梨和也と山下智久が、「亀と山P」として、5月17日にシングル「背中越しのチャンス」をリリースした。初動の売り上げがわかる店頭入荷日の16日付オリコンデイリーランキングでは、約10万枚を売り上げ、デイリーランキングで第1位を獲得。上々な滑り出しを切り、週間ランキングでもこのまま1位が狙えそうだ。

 しかし、発売日の17日にはファンから“悲鳴”が相次ぐ事態に。なんと、「どこにもCDが売っていない」というのだ。

 今回「背中越しのチャンス」は……

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「亀と山P」の「背中越しのチャンス」の初回限定盤が「どこにも売っていない」とファンから悲鳴

 現在ドラマ『ボク、運命の人です。』(日本テレビ系)で共演しているKAT-TUN亀梨和也と山下智久が、「亀と山P」として、5月17日にシングル「背中越しのチャンス」をリリースした。初動の売り上げがわかる店頭入荷日の16日付オリコンデイリーランキングでは、約10万枚を売り上げ、デイリーランキングで第1位を獲得。上々な滑り出しを切り、週間ランキングでもこのまま1位が狙えそうだ。

 しかし、発売日の17日にはファンから“悲鳴”が相次ぐ事態に。なんと、「どこにもCDが売っていない」というのだ。

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【書評】「愛を与える側にならなければ」共に危うい24歳──姫乃たまが読む、紗倉まな初の長編小説『凸凹』

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『凹凸』(KADOKAWA)
 大人っぽいというわけではないのですが、子どもらしからぬところがあった子どもの頃の私は、早く大人になりたいと思っていました。30代ってあまり面白くなさそう、20代なんてもっと想像がつかないと思っていたのです。そしていま私は24歳で、『凹凸』(KADOKAWA)の主人公・栞(と著者の紗倉まなさん)と同い年です。24歳なんて一番どうしようもないと思っていました。偶然地下アイドルという特殊な仕事に就いたので辛うじてハレとケがありますが、そうでなければ、本当に気怠くて仕方のない生活だったろうと思います。  随分年上の恋人とアパートに住んで、アルバイトに行ったり行かなかったり、妊娠しても母親になれる気がしなくて堕ろしてしまったりする栞の生活は、紗倉さん自身が「もしAV女優や小説家の仕事をしていなかったら」を想像して書かれたそうです。実際にこのような生活を送るか送らないかはさておき、いまの仕事をしていない自分をこういう風に想像する感覚には、共感するところがあります。  私の“子どもらしからぬところ”というのは、つまり無邪気でないことで、不安がつきまとって離れないのは、自分が子どもであるせいだと考えていたのです。20代の想像がつかなかったり、30代に希望を見出せなかったりしたのは、自分がもしかしたらまだ子どものままかもしれないと恐怖していたからです。  そして案の定、私は大人になりきれないまま大人になりました。成人しても不安なことはいくらでもあって、そういう時のために読まずにとっておいた『よつばと!』(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)という漫画に手をつけます。『よつばと!』は、父子家庭で育つ5才の娘・よつばの日常を描いた作品です。調子のいい時に読むと愉快で安心するのですが、調子が悪い時に読むと、よつばが子どもらしい振る舞いをするたびに周囲の人間に愛想を尽かされないか不安になるので、自分の精神状態をはかるためにも手元に置いていました。私も幼少期の栞も、よつばのような底抜けの明るさは持ち合わせていません。  先日またつらい日々があって、とうとう『よつばと!』の最新刊(13巻)に手を伸ばしました。読みながら泣いて、閉じてから泣いて、シャワーを浴びながら泣いて、タオルで拭いている時もまだ泣いていて、洗面台で目が合った自分の顔は、それこそ子どもに戻ったように泣きはらしていました。精神状態をはかるといっても、さすがにこれまで泣いたことはありません。一体何がそこまで私を刺激したのか。  一方で『凹凸』は、思春期に父親が家からいなくなって、母子家庭で育った子どもらしからぬ子どもの栞が、成人して恋人と付き合うようになってから彼に父親を重ね合わせている自分に気が付く話です。  私は年上の男性が好きなのですが、そういった話になると、「お父さんに愛されなかったの?」あるいは、「お父さんとすごく仲良いでしょう」ということを必ず言われます。女性が恋人に父親を重ね合わせるなんてことはいくらでも言われていて、私自身もよくわからないというか、肯定も否定もできるので、ここでは言及しません。さらに示し合わせたように栞の父親が私の実父と同じ名前だったので、ここはますます意地になって(笑)……というのは嘘ですが、今回は大事なことがほかにあるので、それはまたの機会にします。 ■『よつばと!』に持ち込まれた“母性”が教えてくれたこと 『よつばと!』の話に戻ります。よつばの家に登場するのは、主に父親と、父親の友人であるふたりの男性です。父親とふたりの暮らしには、どこか男性同士の先輩と後輩が一緒に暮らしているような楽しさが見られます。初めての自転車やお祭りや、なんでもない1日に、誰もがいつか経験したことのある日常のきらめきが散りばめられていて、いつまでも幼少期の世界にいられるような安心感が作品の魅力です。  しかし最新刊では、よつばの祖母(父親の母親)が家にやって来ます。よつばの家に突然、不在だった母性が現われたのです。これまでの生活も充分に楽しかったけれど、厳しくて優しい祖母は、靴を揃えることや本格的な掃除や、きちんとすることの気持ちよさをよつばに教えます。そして祖母が帰ってしまう日、初日はお土産が欲しくて子どもらしい傍若無人さで騒ぎ立てていたよつばが、「おみやげなんかなくてもいい(から帰らないで)」と祖母に泣きつくのです。よつばは祖母と過ごした数日の間に、掃除ができるようになって、いくつかの鳥の名前と、おりがみの折り方を覚えました。いつの間にか後輩の男の子のような雰囲気も少し削がれて、祖母が買ってくれた可愛い服に喜び、“きゃりーぱむぱむ”の曲を歌って見せるようになりました。  永遠に続くと思われていた幼少期の世界が、突然私がいる現実に近づいてきたのです。  いつまで『よつばと!』の話をしているのだと思われるかもしれませんが、『凹凸』に描かれている不安と葛藤は、『よつばと!』の13巻から受け取った感覚と酷似していました。そもそもずっと、私はよつばの天真爛漫さを楽しみに読んでいると思っていたのですが、13巻を読んだことによって、よつばに感情移入して読んでいた自分に気が付いたのです。  よつばは来年、小学校に入学します。彼女の子どもらしい傍若無人な振る舞いを誰もが笑って見守って、絶対的に愛してくれる世界から社会へと出て行きます。そしてそんな時期からはとっくに離れて24歳という年齢になってしまった私と栞。自分のことを絶対に嫌いにならない人から愛されることの難しさ(不可能さ)、誰かに命令されたり何かを教えてもらったりすることへの、少し不満が入り混じった面白さと安心感。大人になりきれないどころか、幼少期の頃にはあったはずのそれらが、あらかた失われていることをやっと認めて涙しているのが現状です。24歳に待っていたのは、大人の赤ちゃんがえりでした。  そろそろ自分が愛も安心も与える側にならなければいけないのに、『凹凸』では栞も、自分が母親になれるのかどうか戸惑い葛藤しています。 「母親になれる人となれない人の間には必ず明確な線引きがあり、それは誰もが認めざるをえない事実のひとつだと思う。」(『凹凸』本文より)  恋人はいつまでも自分を愛してくれるだろうか。父親は本当に私を愛していただろうか。子どもを愛せるのだろうか。私は母親になれるのだろうか。母親になることが必ずしも大人になることではないけれど、母親になれないと思っている人は、大人への境界線がさらに曖昧になります。そのように苦悩する時、愛についての確信は持てなくても、自分に一番関心があったはずの男性(父親)を思い出すのは自然なことではないでしょうか。それは恋人と重ね合わせているとも言えるし、やはりそうでないとも言えます。大人になりきれていない24歳は、子どもではないし、ひたすらままならないのです。
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撮影=尾藤能暢
 他人の欲求を満たすために働いている人は、他人の寂しさには敏感でも、自分の欲求には割と鈍感なように思います。何よりも『凹凸』には、女性の葛藤はもちろん、父親のエピソードを通して、大人の男性の脆く追い詰められた悲痛さが描かれていました。地下アイドルをしていてもそうですが、紗倉さんも仕事を通じて、男性たちが世間で思われているよりも追い詰められていることを感じ取っていたのかもしれません。また、自分の欲求に鈍感だからこそ、不安や不満に気が付いた時に、溢れるように『凹凸』は生まれたのだと思います。 ●姫乃たま(ひめの・たま) 1993年2月12日、下北沢生まれの地下アイドル/ライター。アイドルファンよりも、生きるのが苦手な人へ向けて活動している、地下アイドル界の隙間産業。16才よりフリーランスで地下アイドル活動を始め、ライブイベントへの出演を中心に、文筆業も営む。そのほか司会、DJとしても活動。音楽作品に『First Order』『僕とジョルジュ』、著書に『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)がある。7インチレコード「恋のすゝめ」「おんぶにダッコちゃん」をリリース。 ★Twitter<https://twitter.com/himeeeno
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【書評】「愛を与える側にならなければ」共に危うい24歳──姫乃たまが読む紗倉まな初の長編小説『凸凹』

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『凹凸』(KADOKAWA)
 大人っぽいというわけではないのですが、子どもらしからぬところがあった子どもの頃の私は、早く大人になりたいと思っていました。30代ってあまり面白くなさそう、20代なんてもっと想像がつかないと思っていたのです。そしていま私は24歳で、『凹凸』(KADOKAWA)の主人公・栞(と著者の紗倉まなさん)と同い年です。24歳なんて一番どうしようもないと思っていました。偶然地下アイドルという特殊な仕事に就いたので辛うじてハレとケがありますが、そうでなければ、本当に気怠くて仕方のない生活だったろうと思います。  随分年上の恋人とアパートに住んで、アルバイトに行ったり行かなかったり、妊娠しても母親になれる気がしなくて堕ろしてしまったりする栞の生活は、紗倉さん自身が「もしAV女優や小説家の仕事をしていなかったら」を想像して書かれたそうです。実際にこのような生活を送るか送らないかはさておき、いまの仕事をしていない自分をこういう風に想像する感覚には、共感するところがあります。  私の“子どもらしからぬところ”というのは、つまり無邪気でないことで、不安がつきまとって離れないのは、自分が子どもであるせいだと考えていたのです。20代の想像がつかなかったり、30代に希望を見出せなかったりしたのは、自分がもしかしたらまだ子どものままかもしれないと恐怖していたからです。  そして案の定、私は大人になりきれないまま大人になりました。成人しても不安なことはいくらでもあって、そういう時のために読まずにとっておいた『よつばと!』(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)という漫画に手をつけます。『よつばと!』は、父子家庭で育つ5才の娘・よつばの日常を描いた作品です。調子のいい時に読むと愉快で安心するのですが、調子が悪い時に読むと、よつばが子どもらしい振る舞いをするたびに周囲の人間に愛想を尽かされないか不安になるので、自分の精神状態をはかるためにも手元に置いていました。私も幼少期の栞も、よつばのような底抜けの明るさは持ち合わせていません。  先日またつらい日々があって、とうとう『よつばと!』の最新刊(13巻)に手を伸ばしました。読みながら泣いて、閉じてから泣いて、シャワーを浴びながら泣いて、タオルで拭いている時もまだ泣いていて、洗面台で目が合った自分の顔は、それこそ子どもに戻ったように泣きはらしていました。精神状態をはかるといっても、さすがにこれまで泣いたことはありません。一体何がそこまで私を刺激したのか。  一方で『凹凸』は、思春期に父親が家からいなくなって、母子家庭で育った子どもらしからぬ子どもの栞が、成人して恋人と付き合うようになってから彼に父親を重ね合わせている自分に気が付く話です。  私は年上の男性が好きなのですが、そういった話になると、「お父さんに愛されなかったの?」あるいは、「お父さんとすごく仲良いでしょう」ということを必ず言われます。女性が恋人に父親を重ね合わせるなんてことはいくらでも言われていて、私自身もよくわからないというか、肯定も否定もできるので、ここでは言及しません。さらに示し合わせたように栞の父親が私の実父と同じ名前だったので、ここはますます意地になって(笑)……というのは嘘ですが、今回は大事なことがほかにあるので、それはまたの機会にします。 ■『よつばと!』に持ち込まれた“母性”が教えてくれたこと 『よつばと!』の話に戻ります。よつばの家に登場するのは、主に父親と、父親の友人であるふたりの男性です。父親とふたりの暮らしには、どこか男性同士の先輩と後輩が一緒に暮らしているような楽しさが見られます。初めての自転車やお祭りや、なんでもない1日に、誰もがいつか経験したことのある日常のきらめきが散りばめられていて、いつまでも幼少期の世界にいられるような安心感が作品の魅力です。  しかし最新刊では、よつばの祖母(父親の母親)が家にやって来ます。よつばの家に突然、不在だった母性が現われたのです。これまでの生活も充分に楽しかったけれど、厳しくて優しい祖母は、靴を揃えることや本格的な掃除や、きちんとすることの気持ちよさをよつばに教えます。そして祖母が帰ってしまう日、初日はお土産が欲しくて子どもらしい傍若無人さで騒ぎ立てていたよつばが、「おみやげなんかなくてもいい(から帰らないで)」と祖母に泣きつくのです。よつばは祖母と過ごした数日の間に、掃除ができるようになって、いくつかの鳥の名前と、おりがみの折り方を覚えました。いつの間にか後輩の男の子のような雰囲気も少し削がれて、祖母が買ってくれた可愛い服に喜び、“きゃりーぱむぱむ”の曲を歌って見せるようになりました。  永遠に続くと思われていた幼少期の世界が、突然私がいる現実に近づいてきたのです。  いつまで『よつばと!』の話をしているのだと思われるかもしれませんが、『凹凸』に描かれている不安と葛藤は、『よつばと!』の13巻から受け取った感覚と酷似していました。そもそもずっと、私はよつばの天真爛漫さを楽しみに読んでいると思っていたのですが、13巻を読んだことによって、よつばに感情移入して読んでいた自分に気が付いたのです。  よつばは来年、小学校に入学します。彼女の子どもらしい傍若無人な振る舞いを誰もが笑って見守って、絶対的に愛してくれる世界から社会へと出て行きます。そしてそんな時期からはとっくに離れて24歳という年齢になってしまった私と栞。自分のことを絶対に嫌いにならない人から愛されることの難しさ(不可能さ)、誰かに命令されたり何かを教えてもらったりすることへの、少し不満が入り混じった面白さと安心感。大人になりきれないどころか、幼少期の頃にはあったはずのそれらが、あらかた失われていることをやっと認めて涙しているのが現状です。24歳に待っていたのは、大人の赤ちゃんがえりでした。  そろそろ自分が愛も安心も与える側にならなければいけないのに、『凹凸』では栞も、自分が母親になれるのかどうか戸惑い葛藤しています。 「母親になれる人となれない人の間には必ず明確な線引きがあり、それは誰もが認めざるをえない事実のひとつだと思う。」(『凹凸』本文より)  恋人はいつまでも自分を愛してくれるだろうか。父親は本当に私を愛していただろうか。子どもを愛せるのだろうか。私は母親になれるのだろうか。母親になることが必ずしも大人になることではないけれど、母親になれないと思っている人は、大人への境界線がさらに曖昧になります。そのように苦悩する時、愛についての確信は持てなくても、自分に一番関心があったはずの男性(父親)を思い出すのは自然なことではないでしょうか。それは恋人と重ね合わせているとも言えるし、やはりそうでないとも言えます。大人になりきれていない24歳は、子どもではないし、ひたすらままならないのです。
【書評】「愛を与える側にならなければ」共に危うい24歳──姫乃たまが読む紗倉まな初の長編小説『凸凹』の画像2
撮影=尾藤能暢
 他人の欲求を満たすために働いている人は、他人の寂しさには敏感でも、自分の欲求には割と鈍感なように思います。何よりも『凹凸』には、女性の葛藤はもちろん、父親のエピソードを通して、大人の男性の脆く追い詰められた悲痛さが描かれていました。地下アイドルをしていてもそうですが、紗倉さんも仕事を通じて、男性たちが世間で思われているよりも追い詰められていることを感じ取っていたのかもしれません。また、自分の欲求に鈍感だからこそ、不安や不満に気が付いた時に、溢れるように『凹凸』は生まれたのだと思います。 ●姫乃たま(ひめの・たま) 1993年2月12日、下北沢生まれの地下アイドル/ライター。アイドルファンよりも、生きるのが苦手な人へ向けて活動している、地下アイドル界の隙間産業。16才よりフリーランスで地下アイドル活動を始め、ライブイベントへの出演を中心に、文筆業も営む。そのほか司会、DJとしても活動。音楽作品に『First Order』『僕とジョルジュ』、著書に『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)がある。7インチレコード「恋のすゝめ」「おんぶにダッコちゃん」をリリース。 ★Twitter<https://twitter.com/himeeeno
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Hey!Say!JUMP・伊野尾との親密写真流出! 永野芽郁『VS嵐』での態度に「仕事ナメてる」

 5月18日放送の『VS嵐』(フジテレビ系)に、20日公開の映画『ピーチガール』の出演陣がゲストチームとして参戦したが、ネット上には、女性キャストの山本美月&永野芽郁に否定的な声が飛び交った。

「同映画で、Hey!Say!JUMP・伊野尾慧とともにダブル主演を務める山本はこの日、ツインテール姿で登場したんです。それも耳上の高い位置で結んだ子どもっぽいツインテールだったため、『山本美月って25歳だよね? ちょっと違和感がある』『年相応のヘアスタイルにすれば素敵なのに』『正直、笑いがこみ上げてくる』などと、ネットがザワつきました」(芸能ライター)

 もともと、20代半ばの山本が同映画で女子高生役を演じること自体に疑問の声が上がっていたものの、「相手役の伊野尾も同年代なのでバランスは取れていたように思います。しかし、今回、山本が単独で“若い子風”のツインテールを披露してしまったため、嘲笑の対象になってしまったようです」(同)という。

 一方、もう1人の女性キャストである永野にも、視聴者から辛らつな声が上がっていたという。

「昨年、同映画の撮影中に撮ったと思われる永野と伊野尾の仲睦まじいオフショットが、Twitter上に流出した騒ぎがあり、伊野尾ファンを中心に反感を買っていました。そんな中、永野は同番組内で、“これだけは嵐に負けない”として『プレッシャー 早口言葉対決』という企画を持ち込み、チャレンジしたのですが、蓋を開けてみると、ヘラヘラと笑って早口言葉をまったく言えず、視聴者をしらけさせてしまったんです」(同)

 そんな永野に対し、櫻井翔が「何がそんな楽しいんだ!?」とツッコミを入れてスタジオの笑いを誘っていたが、ネット上には「永野、仕事ナメてんの?」「まだ若いから許されてるのかもしれないけど、見てる側はめちゃくちゃイラつく」「あざとさを感じて、ますます嫌いになったわ」などと批判が噴出。「伊野尾ちゃんが出るから映画は見たいけど、永野は見たくないんだよな~!」といった書き込みも散見された。

 女性キャストの評判がダダ下がりの中で公開となる『ピーチガール』。伊野尾にとっては今作が初主演だが、先行きは不安というほかなさそうだ。

Hey!Say!JUMP・伊野尾との親密写真流出! 永野芽郁『VS嵐』での態度に「仕事ナメてる」

 5月18日放送の『VS嵐』(フジテレビ系)に、20日公開の映画『ピーチガール』の出演陣がゲストチームとして参戦したが、ネット上には、女性キャストの山本美月&永野芽郁に否定的な声が飛び交った。

「同映画で、Hey!Say!JUMP・伊野尾慧とともにダブル主演を務める山本はこの日、ツインテール姿で登場したんです。それも耳上の高い位置で結んだ子どもっぽいツインテールだったため、『山本美月って25歳だよね? ちょっと違和感がある』『年相応のヘアスタイルにすれば素敵なのに』『正直、笑いがこみ上げてくる』などと、ネットがザワつきました」(芸能ライター)

 もともと、20代半ばの山本が同映画で女子高生役を演じること自体に疑問の声が上がっていたものの、「相手役の伊野尾も同年代なのでバランスは取れていたように思います。しかし、今回、山本が単独で“若い子風”のツインテールを披露してしまったため、嘲笑の対象になってしまったようです」(同)という。

 一方、もう1人の女性キャストである永野にも、視聴者から辛らつな声が上がっていたという。

「昨年、同映画の撮影中に撮ったと思われる永野と伊野尾の仲睦まじいオフショットが、Twitter上に流出した騒ぎがあり、伊野尾ファンを中心に反感を買っていました。そんな中、永野は同番組内で、“これだけは嵐に負けない”として『プレッシャー 早口言葉対決』という企画を持ち込み、チャレンジしたのですが、蓋を開けてみると、ヘラヘラと笑って早口言葉をまったく言えず、視聴者をしらけさせてしまったんです」(同)

 そんな永野に対し、櫻井翔が「何がそんな楽しいんだ!?」とツッコミを入れてスタジオの笑いを誘っていたが、ネット上には「永野、仕事ナメてんの?」「まだ若いから許されてるのかもしれないけど、見てる側はめちゃくちゃイラつく」「あざとさを感じて、ますます嫌いになったわ」などと批判が噴出。「伊野尾ちゃんが出るから映画は見たいけど、永野は見たくないんだよな~!」といった書き込みも散見された。

 女性キャストの評判がダダ下がりの中で公開となる『ピーチガール』。伊野尾にとっては今作が初主演だが、先行きは不安というほかなさそうだ。