「ルールは破る」登山家・野口健が提唱する、避難所に“テント村”という選択肢

「ルールは破る」登山家・野口健が提唱する、避難所に「テント村」という選択肢の画像1
撮影=尾藤能暢
 2016年4月14日に発生した熊本地震。短期間で2度も震度7の揺れに襲われたため、多くの家屋が倒壊。避難所には人々があふれ、車内泊による被災者の体調悪化が大きな問題となっていた。  そんな中、最も被害が大きかった益城町では、一風変わった避難所が運営されていたことをご存じだろうか? 登山家・野口健氏と、災害援助に対して非常に熱心で、被災した自治体からの要請を待たずに自発的に支援する「プッシュ型支援」を進めている岡山県総社市が共同運営した、過去最大規模のテント村だ。 「エベレストのベースキャンプを再現する」という発想のもとスタートした、このテント村の活動をまとめた『震災が起きた後で死なないために』(PHP新書)が、このたび上梓された。  11年の東日本大震災では寝袋支援を行い、15年のネパール大地震では「野口健 ヒマラヤ大震災基金」を設立、そして熊本地震ではテント村運営に取り組んだ野口氏が提唱する、新しい避難所のカタチとは――。 *** ――熊本地震から約1カ月半、益城町総合運動公園の陸上グラウンドにテント100張り、最大600人を収容できるテント村を開設されましたが、けっこうな規模ですよね。
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テント村の全景
野口 テント村は本震から10日目にできたんですが、最初は車中泊の方限定にしていたんですよ。でも、けっこう体育館からも移ってこられました。体育館の中って、仕切りもなくて雑魚寝で人目にさらされるから、ストレスになるじゃないですか。赤ちゃんが泣いたり、小さい子どもが走り回ったりすると、周りの人から舌打ちされるんですって。「表に出せよ」っていうのが聞こえてきたり。やっぱり、みんなが一番求めるものって、自分たちの空間なんですよね。それがないと、ストレスがすごくたまる。テントだったら、完全なプライベートルームですから。 ――みなさん、ほぼ全員が初めてのテント生活ですよね? そこに対する戸惑いはありませんでしたか? 野口 なかったと思いますね。車内よりも、体育館よりもいいって。とにかく、自分たちの空間がほしいって。よっぽど最初は苦戦するかなって思ってたんですが、みなさん自分なりに工夫されて。タープの中に、自宅から持ってきた勉強机や自転車を置いたり、洗濯物を干したりしていました。 ――ずらっときれいに並んだテントやタープを見る限り、快適そうですね。 野口 一番優秀だったのは、日本セイフティーさんの「ラップポン」という仮設トイレです。熱圧着によって排泄物が1回ごとに密封されるので、これをゴミ箱に捨てればいいだけ。ニオイも漏れません。最初にあった仮設トイレは和式で、本当に汚かったんです。誰が管理するか決まっていなかったようで、掃除もされていないし。今の小学生は洋式に慣れているし、お年寄りには和式はなかなかつらい。だから、みんなトイレに行きたがらない。1~2日ならいいけど、ずっとじゃないですか。テント村独自のトイレをなんとかしたいね、ってことで、ラップポンが5基と、あと洋式の仮設トイレを10基入れたんです。
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テントの中
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テントの前に設置されたタープスペースは、各家庭が趣向を凝らして活用していた
――そもそも最初は、テントを届ける物資援助を行う予定だったんですよね。 野口 はい。でも、テントを届けても、果たしてみんな生活できるのかな、という懸念があったんです。テントって、みんなバラバラに薄暗いところに張ると無防備だし、配るだけじゃダメだなと。そんな中、僕が環境観光大使を務め、旧知の仲である岡山県総社市の片岡(総一)市長から「テント村やりましょう!」とご提案いただいて、それで、「エベレストのベースキャンプか」と。エベレストのベースキャンプって、本当にこういう感じなんですよ。だいたい1カ月~1カ月半、長期間滞在するので、いかに快適に生活できるかっていうのを考えて僕らはベースキャンプを作るんです。それを再現すれば、いけるかと。 ――とはいえ、物資援助とテント村運営では、責任の重さも違います。 野口 そうですね。でも、こういう緊急時は、早くやらないと意味がない。同時にテントメーカー(コールマンジャパン)にテントを発注して。そのテントが届くまでの間に、総社市の職員が場所探しをしてくれて、「益城町総合運動公園の陸上グラウンドが使えるよ」と。だから、すべてが同時進行。総社市は行政との交渉、僕らは物資。やるぞ、と決めたのは震災4日目。注文して3日目にテントが届いて、いったん総社市にトラックで送って積み替えて。震災直後って、行政の車しか入れないですからね。5~6日くらいで準備は整いました。 ――実際のテント村運営は、スムーズにいきましたか? 野口 いろいろと壁にぶつかりましたね。テント村って前例がないし、みんなイメージが湧かない。そうすると、グラウンドの指定管理者(公的な施設の管理・運営を自治体に代わって行っている民間団体)から、テントで大丈夫かと。「熱中症は?」「死角で女性が暴行されたらどうするんだ?」とか、デメリットの部分ばかりがフィーチャーされて。あとは「公平性をどうするのか?」ということ。この公平性っていうのが、いろいろと厄介で。「車中泊は何人いるのか把握できていますか?」「すべての人が入れないなら、公平性に反するので、やるべきではないんじゃないか」とか。でも結局、避難所に入れないから車中泊しているわけで、「助けられるところからやりましょうよ」って。 ――東日本大震災でも、公平性が邪魔をして、うまく救援物資が届けられなかったという話を聞きました。 野口 いろいろな人が、トラックで救援物資を持ってくるじゃないですか。でも、避難所の場合は、500人いたら500個ないとダメなんですよ。みんなに同じものを配らなければならない。バカバカしいけど、頑なにそうなんです。だから、せっかく遠路はるばる運んできても、避難所に拒否されるトラックがたくさんあって。テント村では、すべて「ありがとうございます」って受け取っていたので、ちょっとした市場状態でした。僕がマイクで「救援物資が届きました」ってアナウンスすると、みんなが集まってくる。そうすると、体育館から行政関係者が飛んでくるんですよ。「全員分ありますか?」って。「いや、ないですね。でもうち、早いもん勝ちなんで」って言うと、「ありえません!」って(苦笑)。でも、みんながみんな同じものが必要かといえば、そうではないですからね。
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――とはいえ、テント村も体育館の指定管理者の管轄下にあったわけで、ルールには従わないといけないですよね? 野口 それはそうなんですけど……そうも言ってられない。そういう意味では、彼らとの対立は絶えずありましたね。「早く出てけ」とか言われてました。 ――1カ月半、ずっと? 野口 ほぼですね。最後の最後で、彼らも態度を軟化させてくれましたけどね。大変でした。たとえば、タープは許可は出なかったんです。最初テントだけだったんですが、日陰がないから日中は暑くて、熱中症になってしまう。でもタープがあれば、メッシュなので風が通るし、その分、スペースもできる。なぜ彼らが許可を出さなかったかといえば、「風でタープが飛んで車にぶつかって傷がついたらどうするんですか?」って。そんなの知りませんよ! それはそのとき考えますよ。でも、そういうことを大真面目に言ってくるんですよ。悔しいから土木業者の方に来てもらって鉄筋とか打ちまくって、絶対飛ばないようにしました。ドリルで穴開けまくってビス打って、土のう置いて、絶対飛ばないようにしました。グラウンドは亀裂だらけでしたから。人工芝の下はコンクリなんで、ペグは入らないんですよ。 ――すごい執念ですね(笑)。 野口 いま振り返ってみると、指定管理者の彼らも、総社市っていう馴染みのない自治体と訳のわからない登山家が来て、600人の命を預かるなんて、本当にできるのか? って疑心暗鬼だったと思いますよ。だから益城町の町長が許可しても、彼らが体を張って阻止しようとしたのはわからなくもない。けれども、そういう状況じゃないですからね。だって、車中泊よりはテントのほうがいいし。こういうときって、リスクばかり考えていたら何もできないし、体育館の中だってぐちゃぐちゃになっている。やらなきゃならない状況だったんです。ただこれができたのも、総社市との連携ですよね。僕だけじゃ、できなかった。 ――片岡市長の判断力、行動力には、目を見張るものがありますよね。 野口 いい意味で、ケンカもできるしね(笑)。片岡市長が「やれ」と言ったら、職員はそれに従う。指定管理者からいろいろ言われたときに、片岡市長に電話で「公平性がどうのこうのって問題になってます」って話したら、「野口さん、行政っていうのは、みんなそう言うんです。でも、こういう有事のときはそんなの関係ない。私は自分の職員に対しては『有事のときはルールを無視しろ』『破れ』と言っているからね」と。「ルール破りましょう」って言うから、「そうしましょう」って。だから、益城町からしたら、とんでもないやつらですよ。 ――テント村は100点満点中何点くらいですか? 野口 うーん、走りながらすべて同時進行で作ったからね。たとえば「来年テント村やります」っていうなら、今から準備したら、もっといいものができる。震災が起きてからイチから始めたんでね、それを考えると100点満点かな。最初はもちろん違いますよ。テントしかなかったし、もっとよくしようって、タープを入れたり、ラップポンを置いたり、JTさんの協力で喫煙所を設けたり、徐々に徐々に。最終的には、やれることは全部やった。ただ今回、災害が起きてからでは遅い、ということを痛感しました。先日、総社市と僕が代表を務めるNPOで「大規模災害時における支援に関する協定」を結んだんですけど、これは災害に備えて先に準備するためなんですよ。総社市には「大規模災害被災地支援に関する条例」というのがあって、日本国内で大規模な災害が起きた際は、市長の権限において即座に支援を行うことができる。そのための費用として、年間1,000万円の予算もつけているんです。そこに僕も「テント村班」としてセットになったわけです。そうすることで、テント村も、次に災害が起きてからやるんじゃなくて、もっとクオリティの高いものを準備できるんじゃないかと。 ――次にテント村をやるなら、これを付け加える、というものはありますか? 野口 いろいろありますが、まず、大型テントですね。東京ドームを作っている業者さんが来てくれて、本当はテント村があるグラウンドの5分の1くらいを覆う巨大テントを作る予定だったんですよ。それがあれば、暑いときは涼しいし、卓球台を置いたり、ヨガの先生や床屋さんに来てもらったりできる。でもやっぱり、指定管理者が許可しなかった。僕らだったら勝手にやっちゃうけど、彼らは会社として来ているので、断念せざるを得なかったんです。  あと、食堂テントもあるといいですね。食事は3食、コンビニチェーンが提供してくれていたんですけど、だんだんみんな食べなくなるんですよ。(指定管理者から)炊き出しはダメと言われていたけど、僕らは「ルールは破る」ってことで統一してましたから(笑)、テント村の人たちは、タープの中だけは自炊OKとしたんです。東北の場合は、街によっては大半が失われましたよね? でも、益城町はピンポイントで被害が出てるけど、車で15分も行けば、普通にスーパーもコンビニも、ファミレスもやっている。住宅街は大変なことになっているけど、会社は市外にあるから、みんなテント村から出勤するわけです。夕方、帰りにスーパーで買い物して、コンロで自炊してましたね。やっぱり自炊って大事なんですよ。みんな温かいものを食べたいし、なんでもかんでも提供してもらっていると、生活のリズムが作れなくなるんです。  それと、医療系は充実していたんですが、精神科医が抜けていた。テント村って、体育館とかと比べると明るい雰囲気だったんですけど、そうはいってもみんな家を失っているし、不安はある。それが抜けていた。精神科医的なケアって、素人が中途半端にやるもんじゃないですからね。
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エベレストのベースキャンプの様子
――本書の中では、「避難所の質」について繰り返し言及されていますが、その原点となっているのが、エベレストのベースキャンプだそうですね。 野口 どちらも「生きのびる」ことをテーマにした場所ですから。エベレスト登山っていうのは、ベースキャンプから一気に登頂を目指すわけではなく、その上に、キャンプ1、キャンプ2、キャンプ3、キャンプ4とハイキャンプを設け、徐々に体を慣らしていくんです。上に行くと酸素が薄くて頭痛や吐き気が続いてバテるから、定期的にベースキャンプに戻ってきて4~5日ゆっくり休んでまた上がっていくということを繰り返すんです。そのためには、心身ともにリラックスできる場所でなければならない。災害の避難所というのも、家族や家を失った人たちが命からがら集まっている。だから、僕はテント村を安心できる空間にしたかったんです。 ――特に日本人の場合、「我慢するのが当たり前」という風潮がありますよね。 野口 我慢や美徳は、時に人を追い詰めてしまいますからね。環境の劣悪さに目をつむり「避難所とはそういうものだ」というみんなの思い込みを、なんとか打破したいなと。もちろん、テント村がすべてだとは思っていませんし、高齢者や持病がある人にはエアコンが完備された体育館のほうがいい。いろいろな選択肢があったほうがいいと思うんです。 ――現在、野口さんは、自治体などに向けた災害時の避難所のあり方について提言する活動に力を入れているとのことですが、反応はいかがですか? 野口 いろいろな首長さんに会うと「それは面白いな、うちでもやってみたい」って言ってくれる。だから、やっぱり体験するかしないかなと。たとえば東京は、大きな公園がたくさんある。だから、秋くらいに、都と共催でテント村お試し体験を、代々木公園とかでできたらいいなと思っています。  また南海トラフでは、東北の何倍もの被害が予想されていますから、そのエリアの自治体は今すごくシビアで、いろいろなイベントを積極的にやっている。そういうところとうまく連携できればいいなと。とにかく、いろいろな場所にミニテント村を作って、体験してもらうしかないですからね。 ――海外では、テント村はわりと普通なんですよね? 野口 欧米人って、本当にキャンプが好きなんですよね。だから、だいたいみんなテントを持っている。地震が多いイタリアなんて、避難所はほとんどテント村なんですよ。日本人は一部の人しかキャンプしないし、なかなか伝わらないんですよ。でも、アウトドア経験っていうのは、最強の防災術になる。だから、日ごろからもっとアウトドアライフに親しんでほしいですね。 ――登山家である野口さんが、ここまで災害支援活動に力を入れる理由はなんなんでしょうか? 野口 なんですかね。大変なんですよ、始まっちゃうと。でも、大変なだけでもないんですよ。いろいろな発見があるというか。 ――楽しいんですか? 野口 そう、楽しいんですよ。小さな街づくりみたいなもんで。みんなが生活しやすいように、テント村内だけの決まりごとを作ったり、ラップポンがくれば女性の表情がパッと明るくなって、「トイレひとつで、こんなに変わるのか」って。これはこれで発見じゃないですか。こいのぼりとか風鈴置いたら、子どもが喜ぶし。それが楽しい。しんどいだけじゃ、嫌になっちゃいますよ。  みんな好きで避難所に来ているわけではないし、嫌でもここで生活しなければならない。そうすると、ここでの生活を楽しむしかないんですよ。だから、前向きになれるような空間、雰囲気ってなんなのかっていうのが最大のテーマでした。やっぱり活動って、面白くなきゃ続かないんですよ。 (取材・文=編集部) ●のぐち・けん 1973年、アメリカ・ボストン生まれ。アルピニスト。亜細亜大学卒業。99年、エベレスト(ネパール側)の登頂に成功し、7大陸最高峰最年少登頂記録(当時)を25歳で樹立。以降、エベレストや富士山で清掃登山を開始。野口健 環境学校など、子どもたちへの環境教育や、日本兵の遺骨収集活動にも取り組む。

「ルールは破る」登山家・野口健が提唱する、避難所に「テント村」という選択肢

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撮影=尾藤能暢
 2016年4月14日に発生した熊本地震。短期間で2度も震度7の揺れに襲われたため、多くの家屋が倒壊。避難所には人々があふれ、車内泊による被災者の体調悪化が大きな問題となっていた。  そんな中、最も被害が大きかった益城町では、一風変わった避難所が運営されていたことをご存じだろうか? 登山家・野口健氏と、災害援助に対して非常に熱心で、被災した自治体からの要請を待たずに自発的に支援する「プッシュ型支援」を進めている岡山県総社市が共同運営した、過去最大規模のテント村だ。 「エベレストのベースキャンプを再現する」という発想のもとスタートした、このテント村の活動をまとめた『震災が起きた後で死なないために』(PHP新書)が、このたび上梓された。  11年の東日本大震災では寝袋支援を行い、15年のネパール大地震では「野口健 ヒマラヤ大震災基金」を設立、そして熊本地震ではテント村運営に取り組んだ野口氏が提唱する、新しい避難所のカタチとは――。 *** ――熊本地震から約1カ月半、益城町総合運動公園の陸上グラウンドにテント100張り、最大600人を収容できるテント村を開設されましたが、けっこうな規模ですよね。
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テント村の全景
野口 テント村は本震から10日目にできたんですが、最初は車中泊の方限定にしていたんですよ。でも、けっこう体育館からも移ってこられました。体育館の中って、仕切りもなくて雑魚寝で人目にさらされるから、ストレスになるじゃないですか。赤ちゃんが泣いたり、小さい子どもが走り回ったりすると、周りの人から舌打ちされるんですって。「表に出せよ」っていうのが聞こえてきたり。やっぱり、みんなが一番求めるものって、自分たちの空間なんですよね。それがないと、ストレスがすごくたまる。テントだったら、完全なプライベートルームですから。 ――みなさん、ほぼ全員が初めてのテント生活ですよね? そこに対する戸惑いはありませんでしたか? 野口 なかったと思いますね。車内よりも、体育館よりもいいって。とにかく、自分たちの空間がほしいって。よっぽど最初は苦戦するかなって思ってたんですが、みなさん自分なりに工夫されて。タープの中に、自宅から持ってきた勉強机や自転車を置いたり、洗濯物を干したりしていました。 ――ずらっときれいに並んだテントやタープを見る限り、快適そうですね。 野口 一番優秀だったのは、日本セイフティーさんの「ラップポン」という仮設トイレです。熱圧着によって排泄物が1回ごとに密封されるので、これをゴミ箱に捨てればいいだけ。ニオイも漏れません。最初にあった仮設トイレは和式で、本当に汚かったんです。誰が管理するか決まっていなかったようで、掃除もされていないし。今の小学生は洋式に慣れているし、お年寄りには和式はなかなかつらい。だから、みんなトイレに行きたがらない。1~2日ならいいけど、ずっとじゃないですか。テント村独自のトイレをなんとかしたいね、ってことで、ラップポンが5基と、あと洋式の仮設トイレを10基入れたんです。
「ルールは破る」登山家・野口健が提唱する、避難所に「テント村」という選択肢の画像3
テントの中。
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テントの前に設置されたタープスペースは、各家庭が趣向を凝らして活用していた
――そもそも最初は、テントを届ける物資援助を行う予定だったんですよね。 野口 はい。でも、テントを届けても、果たしてみんな生活できるのかな、という懸念があったんです。テントって、みんなバラバラに薄暗いところに張ると無防備だし、配るだけじゃダメだなと。そんな中、僕が環境観光大使を務め、旧知の仲である岡山県総社市の片岡(総一)市長から「テント村やりましょう!」とご提案いただいて、それで、「エベレストのベースキャンプか」と。エベレストのベースキャンプって、本当にこういう感じなんですよ。だいたい1カ月~1カ月半、長期間滞在するので、いかに快適に生活できるかっていうのを考えて僕らはベースキャンプを作るんです。それを再現すれば、いけるかと。 ――とはいえ、物資援助とテント村運営では、責任の重さも違います。 野口 そうですね。でも、こういう緊急時は、早くやらないと意味がない。同時にテントメーカー(コールマンジャパン)にテントを発注して。そのテントが届くまでの間に、総社市の職員が場所探しをしてくれて、「益城町総合運動公園の陸上グラウンドが使えるよ」と。だから、すべてが同時進行。総社市は行政との交渉、僕らは物資。やるぞ、と決めたのは震災4日目。注文して3日目にテントが届いて、いったん総社市にトラックで送って積み替えて。震災直後って、行政の車しか入れないですからね。5~6日くらいで準備は整いました。 ――実際のテント村運営は、スムーズにいきましたか? 野口 いろいろと壁にぶつかりましたね。テント村って前例がないし、みんなイメージが湧かない。そうすると、グラウンドの指定管理者(公的な施設の管理・運営を自治体に代わって行っている民間団体)から、テントで大丈夫かと。「熱中症は?」「死角で女性が暴行されたらどうするんだ?」とか、デメリットの部分ばかりがフィーチャーされて。あとは「公平性をどうするのか?」ということ。この公平性っていうのが、いろいろと厄介で。「車中泊は何人いるのか把握できていますか?」「すべての人が入れないなら、公平性に反するので、やるべきではないんじゃないか」とか。でも結局、避難所に入れないから車中泊しているわけで、「助けられるところからやりましょうよ」って。 ――東日本大震災でも、公平性が邪魔をして、うまく救援物資が届けられなかったという話を聞きました。 野口 いろいろな人が、トラックで救援物資を持ってくるじゃないですか。でも、避難所の場合は、500人いたら500個ないとダメなんですよ。みんなに同じものを配らなければならない。バカバカしいけど、頑なにそうなんです。だから、せっかく遠路はるばる運んできても、避難所に拒否されるトラックがたくさんあって。テント村では、すべて「ありがとうございます」って受け取っていたので、ちょっとした市場状態でした。僕がマイクで「救援物資が届きました」ってアナウンスすると、みんなテントからぞろぞろやってくる。そうすると、体育館から指定管理者が飛んでくるんですよ。「全員分ありますか?」って。「いや、ないですね。でもうち、早いもん勝ちなんで」って言うと、「ありえません!」って(苦笑)。でも、みんながみんな同じものが必要かといえば、そうではないですからね。
「ルールは破る」登山家・野口健が提唱する、避難所に「テント村」という選択肢の画像5
――とはいえ、テント村も体育館の指定管理者の管轄下にあったわけで、ルールには従わないといけないですよね? 野口 それはそうなんですけど……そうも言ってられない。そういう意味では、彼らとの対立は絶えずありましたね。「早く出てけ」とか言われてました(苦笑)。 ――1カ月半、ずっと? 野口 ほぼですね。最後の最後で、彼らも態度を軟化させてくれましたけどね。大変でした。たとえば、タープは許可は出なかったんです。最初テントだけだったんですが、日陰がないから日中は暑くて、熱中症になってしまう。でもタープがあれば、メッシュなので風が通るし、その分、スペースもできる。なぜ彼らが許可を出さなかったかといえば、「風でタープが飛んで車にぶつかって傷がついたらどうするんですか?」って。そんなの知りませんよ! それはそのとき考えますよ。でも、そういうことを大真面目に言ってくるんですよ。悔しいから土木業者の方に来てもらって鉄筋とか打ちまくって、絶対飛ばないようにしました。ドリルで穴開けまくってビス打って、土のう置いて、絶対飛ばないようにしました。グラウンドは亀裂だらけでしたから。人工芝の下はコンクリなんで、ペグは入らないんですよ。 ――すごい執念ですね(笑)。 野口 いま振り返ってみると、指定管理者の彼らも、総社市っていう聞いたこともない自治体と訳のわからない登山家が来て、600人の命を預かるなんて、本当にできるのか? って疑心暗鬼だったと思いますよ。だから益城町の町長が許可しても、彼らが体を張って阻止しようとしたのはわからなくもない。けれども、そういう状況じゃないですからね。だって、車中泊よりはテントのほうがいいし。こういうときって、リスクばかり考えていたら何もできないし、体育館の中だってぐちゃぐちゃになっている。やらなきゃならない状況だったんです。ただこれができたのも、総社市との連携ですよね。僕だけじゃ、できなかった。 ――片岡市長の判断力、行動力には、目を見張るものがありますよね。 野口 ほかの行政とケンカもできるしね(笑)。片岡市長が「やれ」と言ったら、職員はそれに従う。指定管理者からいろいろ言われたときに、片岡市長に電話で「公平性がどうのこうのって問題になってます」って話したら、「野口さん、行政っていうのは、みんなそう言うんです。でも、こういう有事のときはそんなの関係ない。私は自分の職員に対しては『有事のときはルールを無視しろ』『破れ』と言っているからね」と。「ルール破りましょう」って言うから、「そうしましょう」って。だから、益城町からしたら、とんでもないやつらですよ。 ――テント村は100点満点中何点くらいですか? 野口 うーん、走りながらすべて同時進行で作ったからね。たとえば「来年テント村やります」っていうなら、今から準備したら、もっといいものができる。震災が起きてからイチから始めたんでね、それを考えると100点満点かな。最初はもちろん違いますよ。テントしかなかったし、もっとよくしようって、タープを入れたり、ラップポンを置いたり、JTさんの協力で喫煙所を設けたり、徐々に徐々に。最終的には、やれることは全部やった。ただ今回、災害が起きてからでは遅い、ということを痛感しました。先日、総社市と僕が代表を務めるNPOで「大規模災害時における支援に関する協定」を結んだんですけど、これは災害に備えて先に準備するためなんですよ。総社市には「大規模災害被災地支援に関する条例」というのがあって、日本国内で大規模な災害が起きた際は、市長の権限において即座に支援を行うことができる。そのための費用として、年間1,000万円の予算もつけているんです。そこに僕も「テント村班」としてセットになったわけです。そうすることで、テント村も、次に災害が起きてからやるんじゃなくて、もっとクオリティの高いものを準備できるんじゃないかと。 ――次にテント村をやるなら、これを付け加える、というものはありますか? 野口 いろいろありますが、まず、大型テントですね。東京ドームを作っている業者さんが来てくれて、本当はテント村があるグラウンドの5分の1くらいを覆う巨大テントを作る予定だったんですよ。それがあれば、暑いときは涼しいし、卓球台を置いたり、ヨガの先生や床屋さんに来てもらったりできる。でもやっぱり、指定管理者が許可しなかった。僕らだったら勝手にやっちゃうけど、彼らは会社として来ているので、断念せざるを得なかったんです。  あと、食堂テントもあるといいですね。食事は3食、コンビニチェーンが提供してくれていたんですけど、だんだんみんな食べなくなるんですよ。(指定管理者から)炊き出しはダメと言われていたけど、僕らは「ルールは破る」ってことで統一してましたから(笑)、テント村の人たちは、タープの中だけは自炊OKとしたんです。東北の場合は、街ごと消えたじゃないですか? でも、益城町はピンポイントで被害が出てるけど、車で15分も行けば、普通にスーパーもコンビニも、ファミレスもやっている。住宅街は大変なことになっているけど、会社は市外にあるから、みんなテント村から出勤するわけです。夕方、帰りにスーパーで買い物して、コンロで自炊してましたね。やっぱり自炊って大事なんですよ。みんな温かいものを食べたいし、なんでもかんでも提供してもらっていると、生活のリズムが作れなくなるんです。  それと、医療系は充実していたんですが、精神科医が抜けていた。テント村って、体育館とかと比べると明るい雰囲気だったんですけど、そうはいってもみんな家を失っているし、不安はある。それが抜けていた。精神科医的なケアって、素人が中途半端にやるもんじゃないですからね。
「ルールは破る」登山家・野口健が提唱する、避難所に「テント村」という選択肢の画像6
エベレストのベースキャンプの様子
――本書の中では、「避難所の質」について繰り返し言及されていますが、その原点となっているのが、エベレストのベースキャンプだそうですね。 野口 どちらも「生きのびる」ことをテーマにした場所ですから。エベレスト登山っていうのは、ベースキャンプから一気に登頂を目指すわけではなく、その上に、キャンプ1、キャンプ2、キャンプ3、キャンプ4とハイキャンプを設け、徐々に体を慣らしていくんです。上に行くと酸素が薄くて頭痛や吐き気が続いてバテるから、定期的にベースキャンプに戻ってきて4~5日ゆっくり休んでまた上がっていくということを繰り返すんです。そのためには、心身ともにリラックスできる場所でなければならない。災害の避難所というのも、家族や家を失った人たちが命からがら集まっている。だから、僕はテント村を安心できる空間にしたかったんです。 ――特に日本人の場合、「我慢するのが当たり前」という風潮がありますよね。 野口 我慢や美徳は、時に人を追い詰めてしまいますからね。環境の劣悪さに目をつむり「避難所とはそういうものだ」というみんなの思い込みを、なんとか打破したいなと。もちろん、テント村がすべてだとは思っていませんし、高齢者や持病がある人にはエアコンが完備された体育館のほうがいい。いろいろな選択肢があったほうがいいと思うんです。 ――現在、野口さんは、自治体などに向けた災害時の避難所のあり方について提言する活動に力を入れているとのことですが、反応はいかがですか? 野口 いろいろな首長さんに会うと「それは面白いな、うちでもやってみたい」って言ってくれる。だから、やっぱり体験するかしないかなと。たとえば東京は、大きな公園がたくさんある。だから、秋くらいに、都と共催でテント村お試し体験を、代々木公園とかでできたらいいなと思っています。  また南海トラフでは、東北の何倍もの被害が予想されていますから、そのエリアの自治体は今すごくシビアで、いろいろなイベントを積極的にやっている。そういうところとうまく連携できればいいなと。とにかく、いろいろな場所にミニテント村を作って、体験してもらうしかないですからね。 ――海外では、テント村はわりと普通なんですよね? 野口 欧米人って、本当にキャンプが好きなんですよね。だから、だいたいみんなテントを持っている。地震が多いイタリアなんて、避難所はほとんどテント村なんですよ。日本人は一部の人しかキャンプしないし、なかなか伝わらないんですよ。でも、アウトドア経験っていうのは、最強の防災術になる。だから、日ごろからもっとアウトドアライフに親しんでほしいですね。 ――登山家である野口さんが、ここまで災害支援活動に力を入れる理由はなんなんでしょうか? 野口 なんですかね。大変なんですよ、始まっちゃうと。でも、大変なだけでもないんですよ。いろいろな発見があるというか。 ――楽しいんですか? 野口 そう、楽しいんですよ。小さな街づくりみたいなもんで。みんなが生活しやすいように、テント村内だけの決まりごとを作ったり、ラップポンがくれば女性の表情がパッと明るくなって、「トイレひとつで、こんなに変わるのか」って。これはこれで発見じゃないですか。こいのぼりとか風鈴置いたら、子どもが喜ぶし。それが楽しい。しんどいだけじゃ、嫌になっちゃいますよ。  みんな好きで避難所に来ているわけではないし、嫌でもここで生活しなければならない。そうすると、ここでの生活を楽しむしかないんですよ。だから、前向きになれるような空間、雰囲気ってなんなのかっていうのが最大のテーマでした。やっぱり活動って、面白くなきゃ続かないんですよ。 (取材・文=編集部) ●のぐち・けん 1973年、アメリカ・ボストン生まれ。アルピニスト。亜細亜大学卒業。99年、エベレスト(ネパール側)の登頂に成功し、7大陸最高峰最年少登頂記録(当時)を25歳で樹立。以降、エベレストや富士山で清掃登山を開始。野口健 環境学校など、子どもたちへの環境教育や、日本兵の遺骨収集活動にも取り組む。

鈴木清順、若松孝二の“遺伝子”を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』

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有森也実が大胆な濡れ場を演じたことで話題の『いぬむこいり』。南の島を舞台に、奇想天外なファンタジーが繰り広げられる。
 人間が人間ならざるものと交わり、新しい世界を築いていく異類婚姻譚。現在大ヒット中のミュージカル映画『美女と野獣』や日本神話のひとつ「豊玉姫」など、様々なケースが古くから世界各地に言い伝えられている。そんな異種婚伝説をモチーフにした官能ファンタジーが有森也実主演作『いぬむこいり』だ。人気ドラマ『東京ラブストーリー』(91年、フジテレビ系)でブレイクし、清純派の印象が強かった有森だが、本作では犬男を相手に大胆な濡れ場を繰り広げ、過去のイメージを一掃してみせている。上映時間は4時間5分という超大作で、さらに共演陣は、石橋蓮司&緑魔子夫妻(劇団『第七病棟』!)、「頭脳警察」のPANTA、ジャズパンクバンド「勝手にしやがれ」のボーカル・武藤昭平といった異色の顔ぶれ。どんな物語が展開されるのか予測不能な本作を撮り上げた片嶋一貴監督に、作品に込めた想いを聞いた。  片嶋監督はこれまでもパンクな映画を撮り続けてきた。高校生テロリストたちの暴走を描いた代表作『アジアの純真』(11)は国内外で大いに物議を醸した。小栗旬主演作『ハーケンクロイツの翼』(04)ではアナーキーな青春が描かれ、ブラックコメディ『小森生活向上クラブ』(08)では古田新太がテロリストとして覚醒していった。『いぬむこいり』もまた、アラフォーの元小学校教師・梓(有森也実)が神のお告げから南の島へと渡り、あらゆる世間の常識から身も心も解放されていく物語となっている。なぜゆえ、片嶋監督はパンクな映画を撮り続けるのだろうか?
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像2
ロケ地の鹿児島でモニターを確認する片嶋一貴監督(右側)と撮影監督たむらまさき氏。
「確かに『アジアの純真』のときは“こんな世界をひっくり返してやりたい”という強い気持ちで撮っていました。でも、常にパンクな映画を撮ろうと意識しているつもりはなく、自分ではいろんなタイプの映画を撮りたいと考えているんです。まぁ、オリジナルストーリーで作品をつくっていると、自分の中にあるものがどうしようもなく表に出てきてしまうようです(笑)。今回は脚本家の中野太から勧められ、芥川賞を受賞した多和田葉子さんの短編小説『犬婿入り』(講談社)を読んだところ、すごく面白かったので、ドイツにいる多和田さんに連絡して映画化の話を進めていたんです。残念なことに映画化権が手に入らず、それならと多和田さんも読んだであろう『犬のフォークロア 神話・伝説・昔話の犬』(成文堂新光社)という本を参考にして、オリジナルのストーリーを考えたわけです。異類婚姻譚って世界各地にある民間伝承であり、人間の中にある多様性を認識し、新たな再生を願うというもの。でも、今の世界情勢は多様性を認めようとする流れとは逆に向かっている。現代の異類婚姻譚を描くことで、物語そのものがメッセージになりうると考えたんです」
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像3
「勝手にしやがれ」のボーカル・武藤昭平がメインキャストに。ひょうひょうとした味わいの演技を見せている。
■精神的にギリギリまで追い詰められた有森也実  4時間超の大作『いぬむこいり』に主演した有森也実は2015年の8月~9月をロケ地の鹿児島で過ごしているが、クランクアップの際に「一年間はこの映画の話はしたくない」と口にし、最近のトークイベントでも「女優をやめようと思った」と振り返っている。相当にハードな撮影だったようだが、主演女優を追い詰めたものは何だったのだろう。 「有森さんにとっては、本当につらい現場だった。有森さんが演じた主人公・梓は狂言回し的な立場で、熱演すればOKという役ではなく、素の姿でカメラの前に立つことが求められたんです。俳優って、役を演じているほうが楽ですから。撮影期間は1カ月半ほどでしたが、だんだん精神的に苦しくなっていったようです。僕はキャストに対して優しい言葉を掛けるタイプの監督ではありませんし、ヌードになることも大きな負担だったと思います。有森さんは僕が撮った『たとえば檸檬』(12)では依存症の女性を演じてもらったんですが、彼女の出演パートが終わる直前に東日本大震災が起きている。あのときも大変でしたが、今回もいろんなことが重なったみたいですね。ここ3年の間に、ご両親も亡くされたとのことでした。ポスプロ作業が終わって、映画が完成したら、有森さんも元気になるかなと思っていたんですが、初号試写のときはまだ完全復活はしていなかった。その後、いろいろ取材を受けて、インタビューを重ねていくうちに元気になっていった。映画って作品として完成すれば終わりではなく、お客さんに観てもらうことと同じくらい、取材を受けたり、レビューを書いてもらうことも大切。監督の僕もそうなんですが、インタビューに受け答えすることで、自分の内面を言葉として整理することができるし、いろんなレビューが出ることで、自分が気づかなかった視点も発見できるものなんです」  有森也実演じるアラフォーの元教師・梓があらゆる世間の常識から解き放たれていく壮大なファンタジー大作『いぬむこいり』。ベテラン俳優の柄本明は三線の演奏と渋い歌声を披露し、島の女王に扮した緑魔子は生尻を振りながら妖艶なダンスを舞う。女王と対立する部族の王様は「頭脳警察」のPANTA。また、梓と行動を共にするオフビートなペテン師・アキラには、ジャズパンクバンド「勝手にしやがれ」が結成20年を迎えた武藤昭平が配役されている。異色なキャスティングの舞台裏についても聞いた。 「石橋蓮司さんは前半、緑魔子さんは後半、と同じシーンには出ていませんが、ひとつの作品に夫婦で出演するのは、すごく珍しいこと。石橋蓮司さんはゴロツキの革命家の役で早めに出演の承諾をいただいていたんですが、女王役はなかなか決まらなかった。それで僕が緑魔子さんの大ファンだったこともあって、蓮司さん繋がり(2人は同じ事務所)で、お願いして出てもらいました。『盲獣』(69)や『あらかじめ失われた恋人たちよ』(71)などに出ていた1960年代~70年代の魔子さんは本当に素敵です(笑)。『いぬむこいり』の魔子さんの宮殿のシーンだけ別の映画のようだと言われます。魔子さんが女王役に決まり、美術や衣装だけでなくダンスの振付けも入って、魔子さんもノリノリで演じてくれた。僕から『お尻を出して踊ってください』とはさすがに頼んではいませんよ。ダンスの練習をしているときに『このシーン、お尻を出しましょうか』と魔子さんから言ってくださった(笑)。お蔭で70歳を過ぎているとは思えない魔子さんの妖しいダンスシーンを撮ることができた。武藤昭平はミュージシャン役でちょっと映画に出たことはあるけど、ここまでのメインを演じるのは初めて。昭平が芝居できるかどうかは分からなかったけど、きっと行けるなという確信が自分の中にあって、以前も彼の主演ドラマの企画を考えていたんです。その企画は流れちゃいましたけどね。今回、昭平の芝居を初めて見たけど、なかなか達者。演技をしているというよりは、役に自分をうまく当てはめている。ミュージシャンは芝居がうまい。パフォーマーとして、役者と通じるものがあるんだと思いますよ」
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像4
キョラ族の女王を演じた緑魔子。アングラ演劇界に君臨したスター女優の貫禄は健在!
■混沌化していくこれからの時代への祈り 『いぬむこいり』の最終舞台となる「イモレ島」では、米兵や武器商人たちが入り交じっての戦乱が絶えない。実際のロケ地は鹿児島県だが、第二次世界大戦時に日本で唯一の地上戦が繰り広げられた沖縄の過去の悲劇を彷彿させると同時に、軍事基地の整備が進むこれからの沖縄を幻視したかのようでもある。 「沖縄にあれだけ米軍基地があるという現実があるわけで、何かしら物語を考える上でインスパイアされていると思います。物語の中ではキョラ族とナマ族がずっと対立しているんですが、これはイスラエルとパレスチナの関係を投影したもの。また、島から鉱石が採れ、地下資源をめぐっても争うことになる。経済・宗教・政治とすべてが交じった欲望の島で、戦争が絶えず続いている。いわば世界の縮図です。そんな世界の縮図を舞台にして、おかしな革命家たちが出てきて大騒ぎし、梓は巻き込まれていく。そして、その中で自分にとっての大切な“宝物”とは何かを探すことになる。ソビエト連邦が崩壊し、EUも解体に向かうかもしれない。これからの東アジアもどうなるか分からない。そんな状況の中で自分たちはどんな社会を築いていくべきなのか、どうやって生きていけばいいのか、また幸せの在り方も変わってくるはず。混沌としたこれからの時代に対する祈りみたいなものを、『いぬむこいり』には込めたつもりです」  片嶋監督は若松孝二監督の『寝盗られ宗介』(92)の助監督を務め、また鈴木清順監督の『ピストルオペラ』(01)と『オペレッタ狸御殿』(05)のプロデューサーも経験している。パンクな作風は、2人の巨匠からの影響も強くあるようだ。 「若松孝二監督と鈴木清順監督の影響を感じるとはよく言われますが、うれしく思う反面、ちょっと複雑な気持ちですね(笑)。若松さんからは映画づくりのあり方や姿勢を学んだんですが、実は僕はそれほど若松映画のファンというわけではありません。現場で若松さんを見ていても、これでいいのかなあと疑問に思っていたこともありました。反面教師ですね(苦笑)。でも、なんだかんだ言われながらも、晩年に『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)を完成させた。『実録・連合赤軍』は本当にすごい作品。逆に鈴木清順監督に対しては作品のスタイルから美的センスまで、すべて尊敬していました。清順監督の作品は若い頃に撮った『悪太郎』(63)、『春婦伝』(65)、『けんかえれじい』(66)なども素晴しいし、『ツィゴイネルワイゼン』(80)と『陽炎座』(81)は大傑作。清順監督本人は喰えないジジイでしたが、最後の2本の作品に関わることができてラッキーでした。清順監督は政治的な発言はいっさいしなかったけれど、作品はどれも反権威的な匂いのするものばかり。清順さんもまた、映画で何かしらの革命を起こそうと本気で考えていた人だったと思います」  映画界の革命家たちの薫陶を受けた片嶋監督が全力を投じた破天荒なパンク映画『いぬむこいり』は5月13日(土)より開幕する。 (取材・文=長野辰次)
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像5
『いぬむこいり』 監督/片嶋一貴 脚本/中野太、片嶋一貴 撮影/たむらまさき 出演/有森也実、武藤昭平、江口のりこ、尚玄、笠井薫明、山根和馬、韓英恵、 ベンガル、PANTA、緑魔子、石橋蓮司、柄本明  配給/太秦 R15 5月13日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次公開 (c)2016INUMUKOIRI PROJECT http://dogsugar.co.jp/inumuko.html

鈴木清順、若松孝二の“遺伝子”を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』

鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像1
有森也実が大胆な濡れ場を演じたことで話題の『いぬむこいり』。南の島を舞台に、奇想天外なファンタジーが繰り広げられる。
 人間が人間ならざるものと交わり、新しい世界を築いていく異類婚姻譚。現在大ヒット中のミュージカル映画『美女と野獣』や日本神話のひとつ「豊玉姫」など、様々なケースが古くから世界各地に言い伝えられている。そんな異種婚伝説をモチーフにした官能ファンタジーが有森也実主演作『いぬむこいり』だ。人気ドラマ『東京ラブストーリー』(91年、フジテレビ系)でブレイクし、清純派の印象が強かった有森だが、本作では犬男を相手に大胆な濡れ場を繰り広げ、過去のイメージを一掃してみせている。上映時間は4時間5分という超大作で、さらに共演陣は、石橋蓮司&緑魔子夫妻(劇団『第七病棟』!)、「頭脳警察」のPANTA、ジャズパンクバンド「勝手にしやがれ」のボーカル・武藤昭平といった異色の顔ぶれ。どんな物語が展開されるのか予測不能な本作を撮り上げた片嶋一貴監督に、作品に込めた想いを聞いた。  片嶋監督はこれまでもパンクな映画を撮り続けてきた。高校生テロリストたちの暴走を描いた代表作『アジアの純真』(11)は国内外で大いに物議を醸した。小栗旬主演作『ハーケンクロイツの翼』(04)ではアナーキーな青春が描かれ、ブラックコメディ『小森生活向上クラブ』(08)では古田新太がテロリストとして覚醒していった。『いぬむこいり』もまた、アラフォーの元小学校教師・梓(有森也実)が神のお告げから南の島へと渡り、あらゆる世間の常識から身も心も解放されていく物語となっている。なぜゆえ、片嶋監督はパンクな映画を撮り続けるのだろうか?
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像2
ロケ地の鹿児島でモニターを確認する片嶋一貴監督(右側)と撮影監督たむらまさき氏。
「確かに『アジアの純真』のときは“こんな世界をひっくり返してやりたい”という強い気持ちで撮っていました。でも、常にパンクな映画を撮ろうと意識しているつもりはなく、自分ではいろんなタイプの映画を撮りたいと考えているんです。まぁ、オリジナルストーリーで作品をつくっていると、自分の中にあるものがどうしようもなく表に出てきてしまうようです(笑)。今回は脚本家の中野太から勧められ、芥川賞を受賞した多和田葉子さんの短編小説『犬婿入り』(講談社)を読んだところ、すごく面白かったので、ドイツにいる多和田さんに連絡して映画化の話を進めていたんです。残念なことに映画化権が手に入らず、それならと多和田さんも読んだであろう『犬のフォークロア 神話・伝説・昔話の犬』(成文堂新光社)という本を参考にして、オリジナルのストーリーを考えたわけです。異類婚姻譚って世界各地にある民間伝承であり、人間の中にある多様性を認識し、新たな再生を願うというもの。でも、今の世界情勢は多様性を認めようとする流れとは逆に向かっている。現代の異類婚姻譚を描くことで、物語そのものがメッセージになりうると考えたんです」
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像3
「勝手にしやがれ」のボーカル・武藤昭平がメインキャストに。ひょうひょうとした味わいの演技を見せている。
■精神的にギリギリまで追い詰められた有森也実  4時間超の大作『いぬむこいり』に主演した有森也実は2015年の8月~9月をロケ地の鹿児島で過ごしているが、クランクアップの際に「一年間はこの映画の話はしたくない」と口にし、最近のトークイベントでも「女優をやめようと思った」と振り返っている。相当にハードな撮影だったようだが、主演女優を追い詰めたものは何だったのだろう。 「有森さんにとっては、本当につらい現場だった。有森さんが演じた主人公・梓は狂言回し的な立場で、熱演すればOKという役ではなく、素の姿でカメラの前に立つことが求められたんです。俳優って、役を演じているほうが楽ですから。撮影期間は1カ月半ほどでしたが、だんだん精神的に苦しくなっていったようです。僕はキャストに対して優しい言葉を掛けるタイプの監督ではありませんし、ヌードになることも大きな負担だったと思います。有森さんは僕が撮った『たとえば檸檬』(12)では依存症の女性を演じてもらったんですが、彼女の出演パートが終わる直後に東日本大震災が起きている。あのときも大変でしたが、今回もいろんなことが重なったみたいですね。ここ3年の間に、ご両親も亡くされたとのことでした。ポスプロ作業が終わって、映画が完成したら、有森さんも元気になるかなと思っていたんですが、初号試写のときはまだ完全復活はしていなかった。その後、いろいろ取材を受けて、インタビューを重ねていくうちに元気になっていった。映画って作品として完成すれば終わりではなく、お客さんに観てもらうことと同じくらい、取材を受けたり、レビューを書いてもらうことも大切。監督の僕もそうなんですが、インタビューに受け答えすることで、自分の内面を言葉として整理することができるし、いろんなレビューが出ることで、自分が気づかなかった視点も発見できるものなんです」  有森也実演じるアラフォーの元教師・梓があらゆる世間の常識から解き放たれていく壮大なファンタジー大作『いぬむこいり』。ベテラン俳優の柄本明は三線の演奏と渋い歌声を披露し、島の女王に扮した緑魔子は生尻を振りながら妖艶なダンスを舞う。女王と対立する部族の王様は「頭脳警察」のPANTA。また、梓と行動を共にするオフビートなペテン師・アキラには、ジャズパンクバンド「勝手にしやがれ」が結成20年を迎えた武藤昭平が配役されている。異色なキャスティングの舞台裏についても聞いた。 「石橋蓮司さんは前半、緑魔子さんは後半、と同じシーンには出ていませんが、ひとつの作品に夫婦で出演するのは、すごく珍しいこと。石橋蓮司さんはゴロツキの革命家の役で早めに出演の承諾をいただいていたんですが、女王役はなかなか決まらなかった。それで僕が緑魔子さんの大ファンだったこともあって、蓮司さん繋がり(2人は同じ事務所)で、お願いして出てもらいました。『盲獣』(69)や『あらかじめ失われた恋人たちよ』(71)などに出ていた1960年代~70年代の魔子さんは本当に素敵です(笑)。『いぬむこいり』の魔子さんの宮殿のシーンだけ別の映画のようだと言われます。魔子さんが女王役に決まり、美術や衣装だけでなくダンスの振付けも入って、魔子さんもノリノリで演じてくれた。僕から『お尻を出して踊ってください』とはさすがに頼んではいませんよ。ダンスの練習をしているときに『このシーン、お尻を出しましょうか』と魔子さんから言ってくださった(笑)。お蔭で70歳を過ぎているとは思えない魔子さんの妖しいダンスシーンを撮ることができた。武藤昭平はミュージシャン役でちょっと映画に出たことはあるけど、ここまでのメインを演じるのは初めて。昭平が芝居できるかどうかは分からなかったけど、きっと行けるなという確信が自分の中にあって、以前も彼の主演ドラマの企画を考えていたんです。その企画は流れちゃいましたけどね。今回、昭平の芝居を初めて見たけど、なかなか達者。演技をしているというよりは、役に自分をうまく当てはめている。ミュージシャンは芝居がうまい。パフォーマーとして、役者と通じるものがあるんだと思いますよ」
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像4
キョラ族の女王を演じた緑魔子。アングラ演劇界に君臨したスター女優の貫禄は健在!
■混沌化していくこれからの時代への祈り 『いぬむこいり』の最終舞台となる「イモレ島」では、米兵や武器商人たちが入り交じっての戦乱が絶えない。実際のロケ地は鹿児島県だが、第二次世界大戦時に日本で唯一の地上戦が繰り広げられた沖縄の過去の悲劇を彷彿させると同時に、軍事基地の整備が進むこれからの沖縄を幻視したかのようでもある。 「沖縄にあれだけ米軍基地があるという現実があるわけで、何かしら物語を考える上でインスパイアされていると思います。物語の中ではキョラ族とナマ族がずっと対立しているんですが、これはイスラエルとパレスチナの関係を投影したもの。また、島から鉱石が採れ、地下資源をめぐっても争うことになる。経済・宗教・政治とすべてが交じった欲望の島で、戦争が絶えず続いている。いわば世界の縮図です。そんな世界の縮図を舞台にして、おかしな革命家たちが出てきて大騒ぎし、梓は巻き込まれていく。そして、その中で自分にとっての大切な“宝物”とは何かを探すことになる。ソビエト連邦が崩壊し、EUも解体に向かうかもしれない。これからの東アジアもどうなるか分からない。そんな状況の中で自分たちはどんな社会を築いていくべきなのか、どうやって生きていけばいいのか、また幸せの在り方も変わってくるはず。混沌としたこれからの時代に対する祈りみたいなものを、『いぬむこいり』には込めたつもりです」  片嶋監督は若松孝二監督の『寝盗られ宗介』(92)の助監督を務め、また鈴木清順監督の『ピストルオペラ』(01)と『オペレッタ狸御殿』(05)のプロデューサーも経験している。パンクな作風は、2人の巨匠からの影響も強くあるようだ。 「若松孝二監督と鈴木清順監督の影響を感じるとはよく言われますが、うれしく思う反面、ちょっと複雑な気持ちですね(笑)。若松さんからは映画づくりのあり方や姿勢を学んだんですが、実は僕はそれほど若松映画のファンというわけではありません。現場で若松さんを見ていても、これでいいのかなあと疑問に思っていたこともありました。反面教師ですね(苦笑)。でも、なんだかんだ言われながらも、晩年に『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)を完成させた。『実録・連合赤軍』は本当にすごい作品。逆に鈴木清順監督に対しては作品のスタイルから美的センスまで、すべて尊敬していました。清順監督の作品は若い頃に撮った『悪太郎』(63)、『春婦伝』(65)、『けんかえれじい』(66)なども素晴しいし、『ツィゴイネルワイゼン』(80)と『陽炎座』(81)は大傑作。清順監督本人は喰えないジジイでしたが、最後の2本の作品に関わることができてラッキーでした。清順監督は政治的な発言はいっさいしなかったけれど、作品はどれも反権威的な匂いのするものばかり。清順さんもまた、映画で何かしらの革命を起こそうと本気で考えていた人だったと思います」  映画界の革命家たちの薫陶を受けた片嶋監督が全力を投じた破天荒なパンク映画『いぬむこいり』は5月13日(土)より開幕する。 (取材・文=長野辰次)
鈴木清順、若松孝二の遺伝子を継ぐ男の咆哮!! 上映時間4時間超のパンクオペラ『いぬむこいり』の画像5
『いぬむこいり』 監督/片嶋一貴 脚本/中野太、片嶋一貴 撮影/たむらまさき 出演/有森也実、武藤昭平、江口のりこ、尚玄、笠井薫明、山根和馬、韓英恵、 ベンガル、PANTA、緑魔子、石橋蓮司、柄本明  配給/太秦 R15 5月13日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次公開 (c)2016INUMUKOIRI PROJECT http://dogsugar.co.jp/inumuko.html

香取慎吾&草なぎ剛のみ“独立”へ!? 「中居と稲垣はジャニーズ残留」情報が業界内めぐる

 SMAP解散から5カ月が経過し、メディア関係者の間では「近々元メンバーたちが、なんらかの動きをみせる」という声が聞こえてくる。中居正広は、当初こそジャニーズ事務所から独立するといわれていたものの、春先からは“残留説”が業界内を飛び交うように。しかし一方で、解散を強く主張したとされる香取慎吾は、やはり年内にもジャニーズから離れることになりそうだ。

「当初は木村拓哉を除く4人が、ジャニーズを去るとされてきました。しかし現在では、中居、そして稲垣吾郎も残留するとみられており、結果的には香取と草なぎ剛だけが古巣を離れることになりそうです」(スポーツ紙記者)

 木村、そしてジャニーズ上層部に対して不信感を持っていたといわれる香取。草なぎに関しては、「そこまでハッキリとした考えがあるわけでなく、“友人である香取が事務所を出るならば、自分も一緒に”という気持ちのようです」(同)。

 4月には、香取がMCを務める『SmaSTATION!!』(テレビ朝日系)に中居がゲスト出演し、グループ解散後のテレビ初共演を果たしたが、この時香取は、“残留側”となりつつある中居のことを受け入れがたい様子だったという。

「中居のゲスト出演が発表されたのは、放送前週のことでした。企画はそれ以前から固まっていたものの、香取が共演することになかなか踏ん切りをつけられず、直前になってようやく決心したそうです」(テレビ局関係者)

 香取や草なぎの今後については、「芸能以外の道に進む、海外へ移住するといった情報が出ていますが、本人たちもハッキリとした考えを固めているわけではない」(同)という。今後、元SMAPたちから、どのような報告が飛び出すのだろうか。

「和田アキ子にヘーコラ」で応募者激減!? ホリプロタレントスカウトキャラバンが間口を広げた理由

「和田アキ子にヘーコラ」で応募者激減!? ホリプロタレントスカウトキャラバンが間口を広げた理由の画像1
「ホリプロタレントスカウトキャラバン」公式サイトより
 42年目を迎えるホリプロの新人オーディション「ホリプロタレントスカウトキャラバン」が、20年ぶりに男性の募集も行っている。  近年は、「次世代声優アーティストオーディション」「non-no Seventeenモデルをめざせ」「Singer☆Actress Audition~美唱女~」など限定的なテーマを掲げ、応募者のジャンルを絞ることも多かった同オーディションだが、今年のテーマは「気になるあの子!!」と、かなりざっくり。昨年は「10歳から16歳までの女性」に限られていた応募資格も、今年は「中学3年生から22歳までの男女」と間口が一気に広がった。  なお、海外からのエントリーや、他薦も受け付けるといい、今秋行われる最終審査でグランプリに選ばれると、ホリプロ所属のほか、100万円が贈呈される。 「だいたいの芸能プロが、年間を通して新人を募集をしており、間口を広げても同じ人が何度も応募してくるだけ。当然、社員は膨大な履歴書に目を通すのも一苦労。限定的なテーマを設けたほうがスターの原石を見つけやすいという利点があります。にもかかわらず、ホリプロが今年、大きく間口を広げたのは、なかなかスターを輩出できていないことへの焦りでは?」(オーディション情報サイト関係者)  深田恭子(グランプリ)、綾瀬はるか(審査員特別賞)、石原さとみ(グランプリ)を輩出したことを売りにしている同オーディションだが、確かに石原がグランプリを受賞した2002年以降のグランプリ者を見てみると、09年に小島瑠璃子がいるものの、ホリプロの屋台骨と呼ぶに足らないタレントが並ぶ。それどころか、既にホリプロを退社しているグランプリ受賞者も……。 「ホリプロは売れない時期にやたらと際どい水着を着させる印象が強く、心配する応募者の親御さんも多いようです。また、なんといっても和田アキ子にヘーコラしなければいけないという一般的なイメージも。ただ、ホリプロのタレントは給料制のため、売れなくても食いっぱぐれずに済むという点は、ポイント高いのでは?」(同)  名門のイメージが崩れつつある「ホリプロタレントスカウトキャラバン」。今年こそ“第2の石原さとみ”を輩出できるだろうか?

有罪判決の高樹沙耶、「謝罪は言わされた」発言で刑が重くなる可能性はある? 

「ドラマのこのシーンってありえるの?」「バラエティーのあのやり方ってコンプライアンス的にどうなの?」……テレビを見ていて感じた疑問を弁護士に聞いてみる、テレビ好きのための法律相談所。

<今回の番組>
『直撃LIVEグッディ!』(フジテレビ系/5月4日午後1時45分〜)

<今回の疑問>
有罪判決後に「謝罪は言わされた」と発言した高樹沙耶の刑が重くなる可能性はある?

 沖縄県・石垣島の自宅に大麻を隠し持っていたとして、大麻取締法違反の罪で、元女優・高樹沙耶に懲役1年、執行猶予3年(求刑懲役1年)の有罪判決が言い渡された。この判決が出た直後、高樹は『直撃LIVEグッディ!』(フジテレビ系)の密着取材を受け、その様子が5月4日に放送された。「謝罪は言わされた」「大麻は悪いものと思っていなくて活動をしているので、それは変えられない」「謝罪よりも十分社会的制裁を受けていると思う。なぜ毎日みんなに謝らなければいけないのか疑問に思っている」などと述べていたが、高樹の発言が本音であれば、判決までの反省の弁は弁護士に言わされた“嘘”ともとれるだろう。これらの発言により、すでに言い渡された懲役が延びたり、執行猶予が取り消されて実刑になったりする可能性はありえるのだろうか? アディーレ法律事務所の岩沙好幸弁護士に聞いた。

「今回の発言だけで、執行猶予が取り消されたりすることはないと思われます。『グッディ』での高樹さんの発言は、法廷での謝罪に関するものであり、犯罪事実に関して虚偽の供述をしたというものではありません。謝罪が『意に沿わないものであった』という趣旨が強い発言のようですので、その程度で実刑になるということはありません。仮に、執行猶予期間中に再び大麻を所持していたとなれば『再犯』として実刑判決が下る可能性は十分にありますが、裁判の中の供述のうち反省の情に関する部分が心から発言したものではなかったというだけで、懲役や執行猶予が延びたり、実刑になるということはありません」

 高樹の発言に対し、タレントやコメンテーターからも「反省の色が見えない」と批判の声も多く上がっている。芸能人が不祥事を起こした場合、そのほとんどは、神妙な面持ちで謝罪会見を行い、反省と改心を示すものだが、さらにバッシングに拍車をかけるような内容の発言をした高樹の真意も気になるところである。この発言を聞いて、本当に大麻をきっぱりやめられるのかと疑問も感じるが、再犯はないことを信じたい。

アディーレ法律事務所

Hey!Say!JUMP山田がツアーに期待を持たせつつ、ファンが心配していた「深刻な腰痛」疑惑を払拭!

 5月9日に24歳の誕生日を迎えた、Hey!Say!JUMP山田涼介。ネット上では山田の誕生日を祝うファンで盛り上がりを見せていたが、本人も当日にジャニーズ公式携帯サイト「Johnny’s web」内のブログ「JUMPaper」を更新し、「ハッピーバースデーヤーマーダくーん」と自身を祝福していた。

 また、同日にはJUMPのコンサートツアーの開催が発表されており、山田もブログの中で「ツアーが決定いたしました!! いぇぇーいいい!」と、喜びいっぱいで報告。今年はグループのデビュー10周年ということもあり……

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『やすらぎの郷』、石坂浩二の一人相撲な一人芝居に「堪能させて頂きました」

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『やすらぎの郷』(テレビ朝日/月~金、昼12時30分) テレビ業界人専用の老人ホーム「やすらぎの郷 La Strada」を舞台に、家族、財産(遺産)、過去の栄光、恋、死への恐怖、芸術への心残り……、さまざまな思いを抱える老人たちと、彼らに翻弄される脚本家・菊村栄(石坂浩二)の姿を描く物語。

■5月9日(火)/27話~5月11日(木)/29話
 栄と栄の友人である大納言こと岩倉正臣(山本圭)が、釣りをしている姿からスタートした27話。2人は、「やすらぎの郷」入居予定日にもかかわらず、日没になっても現れない大スター・高井秀次(藤竜也)について話していた。大納言は、秀次と栄の亡き妻・律子(風吹ジュン)との関係をほのめかす古いうわさ話に、栄が心を痛めていないか気づかう。平静を装うも、内心は穏やかではない栄の目に、秀次が乗った一隻のボートが飛び込んでくる。秀次は、海から上陸し、ひっそりと「やすらぎの郷」に到着した。

 28話では、あまりにも秀次らしい華麗なる登場に「やすらぎの郷」が沸き返ったその日の晩、栄が思いがけず秀次の来訪を受ける様子が描かれた。律子の位牌に手を合わせたいという秀次を、栄は戸惑いながらも部屋に招き入れるが、実は位牌は箱に入れて仕舞われたままであった。急いで位牌を出し、たまたまあった律子の若い頃の水着写真のそばに置いた栄。その水着写真をいつまでもじっと見つめている秀次の姿を見て、栄は次第に冷静さを失っていく。

 まったくしゃべらない秀次になぜか追い詰められ、挙動不審になりひたすら話し続ける栄の姿に、視聴者からは「菊村先生の一人相撲の一人芝居、堪能させて頂きました」「石坂浩二めちゃくちゃ演技うまい! 爆笑だったわ!」「栄ちゃん、落ち着かないし無駄なことばかりしゃべるし、でも心の声はツッコミまくり! このコミカルさいいな~~」との声が続出。さらに、そんな栄と対照的に全く動かない秀次にも「微動だにしない秀さんもすごいな」「これ静止し続ける藤竜也も見どころだと思う」と称賛の声が上がっていた。

 その翌日を描いた29話で、栄は秀次が部屋を訪れた昨晩の経緯を、お嬢こと白川冴子(浅丘ルリ子)と水谷マヤ(加賀まりこ)に説明する。ついでに、秀次と律子の関係についても聞いてみるが、2人は顔を見合わせて目をそらし、何も知らないと言い張る。その不自然な態度に、栄の猜疑心はますます強くなり、しつこく問いただすが、2人は、井深涼子(野際陽子)なら律子のこともよく知っているし、秀次と同棲していたこともあるから、涼子に任せようと言い出す。そして、栄は律子と秀次の関係について聞き出そうと、涼子を呼び出した。

 高倉健がモデルと言われている“秀さん”こと秀次も登場し、常に大騒ぎな「やすらぎの郷」。30話の予告では、登場したばかりの秀次が倒れ、搬送される場面が映った。やすらげる日はまだまだ遠そうだ。

『やすらぎの郷』、石坂浩二の一人相撲な一人芝居に「堪能させて頂きました」

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『やすらぎの郷』(テレビ朝日/月~金、昼12時30分) テレビ業界人専用の老人ホーム「やすらぎの郷 La Strada」を舞台に、家族、財産(遺産)、過去の栄光、恋、死への恐怖、芸術への心残り……、さまざまな思いを抱える老人たちと、彼らに翻弄される脚本家・菊村栄(石坂浩二)の姿を描く物語。

■5月9日(火)/27話~5月11日(木)/29話
 栄と栄の友人である大納言こと岩倉正臣(山本圭)が、釣りをしている姿からスタートした27話。2人は、「やすらぎの郷」入居予定日にもかかわらず、日没になっても現れない大スター・高井秀次(藤竜也)について話していた。大納言は、秀次と栄の亡き妻・律子(風吹ジュン)との関係をほのめかす古いうわさ話に、栄が心を痛めていないか気づかう。平静を装うも、内心は穏やかではない栄の目に、秀次が乗った一隻のボートが飛び込んでくる。秀次は、海から上陸し、ひっそりと「やすらぎの郷」に到着した。

 28話では、あまりにも秀次らしい華麗なる登場に「やすらぎの郷」が沸き返ったその日の晩、栄が思いがけず秀次の来訪を受ける様子が描かれた。律子の位牌に手を合わせたいという秀次を、栄は戸惑いながらも部屋に招き入れるが、実は位牌は箱に入れて仕舞われたままであった。急いで位牌を出し、たまたまあった律子の若い頃の水着写真のそばに置いた栄。その水着写真をいつまでもじっと見つめている秀次の姿を見て、栄は次第に冷静さを失っていく。

 まったくしゃべらない秀次になぜか追い詰められ、挙動不審になりひたすら話し続ける栄の姿に、視聴者からは「菊村先生の一人相撲の一人芝居、堪能させて頂きました」「石坂浩二めちゃくちゃ演技うまい! 爆笑だったわ!」「栄ちゃん、落ち着かないし無駄なことばかりしゃべるし、でも心の声はツッコミまくり! このコミカルさいいな~~」との声が続出。さらに、そんな栄と対照的に全く動かない秀次にも「微動だにしない秀さんもすごいな」「これ静止し続ける藤竜也も見どころだと思う」と称賛の声が上がっていた。

 その翌日を描いた29話で、栄は秀次が部屋を訪れた昨晩の経緯を、お嬢こと白川冴子(浅丘ルリ子)と水谷マヤ(加賀まりこ)に説明する。ついでに、秀次と律子の関係についても聞いてみるが、2人は顔を見合わせて目をそらし、何も知らないと言い張る。その不自然な態度に、栄の猜疑心はますます強くなり、しつこく問いただすが、2人は、井深涼子(野際陽子)なら律子のこともよく知っているし、秀次と同棲していたこともあるから、涼子に任せようと言い出す。そして、栄は律子と秀次の関係について聞き出そうと、涼子を呼び出した。

 高倉健がモデルと言われている“秀さん”こと秀次も登場し、常に大騒ぎな「やすらぎの郷」。30話の予告では、登場したばかりの秀次が倒れ、搬送される場面が映った。やすらげる日はまだまだ遠そうだ。