近年、東南アジアに移住し、現地で仕事や生きがいを求める日本人女性が急増している。アジアで活躍し、日本にいるときよりも、はるかに生き生きと暮らす女性たちを紹介していくシリーズ。
○第2回
中山舞子さん(仮名・39)タイ・バンコク在住
会計事務所勤務
■日本しか知らないと、違う価値観があることにも気づけない
「女だったら化粧しなきゃとか、眉毛整えてとか、ちゃんとした格好してないと日本ではダメ扱いじゃないですか」
そう語る彼女のそばを、ラフなTシャツとサンダル履きの女性が歩いていく。向かう先はタイの首都バンコク屈指の高級ショッピングモール「エムクオーティエ」だ。
「タイの暮らしには気取りがないんです。日本のようにきっちりしている必要はないし、適当で生きていける。日本は社会の目が厳しすぎるし、日本人はまじめすぎますよ」
日本のストレスフルな、世間とやらをいつも気にする横並び社会。
「自分では気がついていないまま『パブリック・プレッシャー』にやられている日本人はたくさんいると思うんです。でも、日本しか知らないと、ほかに行き場がないし、違う価値観があることにも気づけない」
中山舞子さんも、タイに来て初めて、日本がいかに世界的に見て「きつい」社会であるかを知った。
「『まあいっか!』で生きていけるのがタイなんです」
■未経験の分野なのに採用された
大学を出て、ごく普通に就職をした。引越し業者のデータ管理だった。
「一日中ずっと終電までキーボードを打つだけの仕事。つまらなかった。ほかの友人たちが仕事にやりがいを感じているのがうらやましかった。でも、じゃあ何がやりたいのか、と言われると、それもわからなくて……」
そんなとき、ふと大学時代に旅行に行ったタイのことを思い出した。海外かあ。外国で暮らせるのだろうか?
「調べてみると、生活費は安いし、ビザはとりあえず現地の語学学校に入れば取れる。行けるじゃん、って思ったその日に会社を辞めちゃった」
半年くらい気ままに海外で過ごすか。そのくらいの気持ちだった。
「でも実際に来てみたら、パスポートひとつでアパートは借りられるし、タイ人は細かいこと気にしないし、日本よりずっとイイカゲンで、居心地いいんです」
語学学校ではタイ語を学んでいたが、半年ほどでけっこう上達。仕事に生かせないかと思うようになった。誰しも渡タイ後、数カ月経つと、日本人やタイ人の知り合いが増え、仕事を紹介されたり、日本語フリーペーパーやネットの求人などを見て、なんとなく就職が決まってくるものだ。中山さんも世界遺産の街アユタヤ郊外の工業団地にある、日系メーカーで働き始めた。タイは日本の製造業にとって一大集積地だ。「現地採用」といわれる働き口も多く、タイ語がわかり、日本での職務経験があれば就職しやすいのだが、彼女もそれに期待して志望した。
「日本から赴任してくる駐在員と、タイ人との橋渡し的な仕事です。現場のタイ人と日本人の通訳をはじめ、タイ人の職務管理など、なんでもこなしてました」
アジア各地に進出している日系企業は、日本の会社とはいえ、だいぶユルいという。
「未経験の分野なのに採用されたことがそもそも驚き。こっちは年齢制限も、新卒の縛りもありません。ほかの業種や職種への転職も珍しくないし、仕事の方向性、選択肢が豊富なんです。デスクではタイ人女子が緊張感もなく、パクパクお菓子食べながら仕事してるし」
そんなタイのユルさは、長所でもあり短所でもある。
「私もずぼらだけど、タイ人はひどすぎ(笑)。あまりにも非効率的だし、もう少しちゃんとしてほしいと思う。タイ人のやり方では、たぶん日本には追いつけない。でも、そのぶん気楽でストレスがない」
だから、日本と同じペースで働こう、生きようと思っている人がタイに来たら、逆にストレスになるだろう。それでも、「日本で現状に行き詰まっていたり、生活がつまらないと感じているなら、一度こっちに来ればいい」と感じている。
■日本がつらかったら、とりあえず外に出てみればいい
転職社会のタイを渡り歩き9年目、今は堪能な語学力を武器に日系の会計事務所で働いている。日本人の会計士や弁護士も籍を置く。タイへの日系企業の進出は増える一方で、さまざまな業種で人が求められている。
「最近は忙しくて、夜8時くらいまで仕事することもありますが、できるだけ早く帰ります。『そんなに会社に時間は捧げないぜ』と思っているし、タイではそういう働き方が許されるので」
プライベートでは日本人やタイ人の友人と食事に行ったり、ときには引きこもってゲームに没頭したり。
「タイに来たばかりの頃はよくクラブにも行ったけど、最近はボリウッドダンスの教室にハマってます」
住んでいるのはバンコク都心から高架鉄道で15分ほどの下町。
「大きなベッドルームと広々としたリビングが気に入っていて、1カ月1万2,000バーツ(約3万9,000円)。掃除や洗濯をしてくれるマンション共有のお手伝いさんも住み込んでいるし、ジムもあります。部屋は8階なんですが、眺めが良くて、バンコクの夜景をいつもぼんやり見ています」
仕事も大事だが、そうしたゆるやかな時間も大切にしたい。実際、タイ社会では残業は一般的ではない。タイ人の人生の中で、仕事の優先順位は低い。
「苦しんで働くより、人生は楽しんだ者勝ち。日本がつらかったら、とりあえず外に出てみればいい。合わないと思ったら帰ればいい。それだけ気軽に世界を行き来できる時代なんだから」
日本では一生懸命がんばっていても、空回りしたり、報われないと感じている人も多い。
「だったらそのがんばりを、外に向けてみたらどうでしょうか。でも、いったん出てみたらもう、帰りたくなくなるかもしれませんが」
(室橋裕和)