近年、アメリカのテレビ界では、視聴率が悪い作品を躊躇なく打ち切るようになった。ABC、NBC、CBS、FOX、CWの5大ネットワークのほか、HBOやShowtimeといったケーブル局だけでなく、Netflix、hulu、Amazonらストリーミング配信サービス会社もオリジナルドラマ制作に参入。視聴者獲得争いがますます激しくなり、その結果、魅力的な作品が次々と誕生し、「ドラマ黄金期」とまで言われるようになった。
9月18日に開催された米テレビ界最高の栄誉である『第68回 エミー賞 授賞式』にも、良作ばかりがノミネートされた。今回はそんな『第68回 エミー賞』のノミネート作/受賞作の中から、今後、日本でも人気に火がつきそうな作品を紹介しよう。
■『アメリカン・クライム・ストーリー/O・J・シンプソン事件』 (米FXで2016年2月に放送開始。日本ではスターチャンネルで9月より放送中)
第68回エミー賞 リミテッドシリーズ部門「作品賞」「主演男優賞」「主演女優賞」「脚本賞」などを受賞
国民的アメフト選手で、引退後は俳優として大活躍していたO・J・シンプソンが、1994年に元妻とその男友達を殺害した罪に問われた、世紀の裁判を描いた衝撃作。ドリームチームと呼ばれた敏腕弁護団がプライドをかけ、なにがなんでも無罪を勝ち取ろうと奮闘する様子、弁護士同士の対立、被害者と遺族、正義のために歯を食いしばる検事たち、そして日系裁判官の苦悩など、「今だから語れる」暴露系ドラマとして人気を集めた。
製作総指揮・監督は、『NIP/TUCK マイアミ整形外科医』『glee/グリー』など、数多くの大ヒットドラマを手がけてきたライアン・マーフィー。キャストは、ジョン・トラボルタに、ドラマ『フレンズ』のロス役で知られるデヴィッド・シュウィマー、『ザ・エージェント』でアカデミー助演男優賞を獲得したキューバ・グッディング・ジュニア、『アメリカン・ホラー・ストーリー』のサラ・ポールソンら名優ぞろいで、みな事件関係者そっくりに演出されていると放送前から大きな話題となった。O・J役のキューバはイマイチ似ていないという声が多かったが、ジョンやデヴィッド、サラたちの役作りは素晴らしく、特にこれまで見たことがないジョンを見るために視聴した人もいたほどだった。
成功の要因は、ドラマチックな展開だけではない。アメリカでは検察の主張に少しでも不合理な点があれば無罪を勝ち取れるため、そこを言葉巧みに攻め込む敏腕弁護士さえいればクロでも無罪になるという事実。陪審員制度が抱える問題。黒人を犯罪者だと決めつけるなど、デリケートな人種差別問題。この裁判で浮き彫りになった問題は今もアメリカが抱えている問題である。昔の話だけど、今見ても違和感なくリアルに感じられる。そんな点も視聴者を惹き付けた。
エンターテインメント性に富んだ裁判の裏舞台で、弁護士同士がいがみ合ったりしていることも詳しく描かれており、この上なくおもしろい。無罪を勝ち取ったO・Jがなぜ二度と復活できなかったのかも、よく描かれている。なお、「O・J・シンプソン裁判」はシーズン1で完結しており、シーズン2では05年にハリケーン・カトリーナで壊滅的な被害を受けたニューオリンズで発生したさまざまな犯罪を描くことが決定している。
■『Veep』 (米HBOで12年4月に放送開始。日本未放送)
第68回エミー賞 コメディシリーズ部門「作品賞」「主演女優賞」などを受賞
副大統領(Vice President)の略語「VP」がタイトルに入った『Veep』は、2012年4月から米ケーブル局HBOで放送されている人気コメディ。閑職状態の女性副大統領セリナ・メイヤーの政治家としての野望と、彼女の尻拭いに右往左往する側近たちの姿をコミカルかつシニカルに描いた作品である。シーズンを追うごとにセリナのポジションは変化し、激しいアップダウンを繰り返す彼女の私生活や、傲慢な政治家によって生まれる機能不全家族も見事に描かれている。
有料チャンネルという立場を生かし、挑発的なヒット作を手がけてきたHBOのドラマは、放送禁止用語がバンバン飛び出すことで有名だ。この作品でも「フ●ック」「チンコ」「マンコ」など地上派では流せない汚い言葉が頻繁に出てくるが、過激なのはそれだけではない。登場人物の口からは、パンチの効いたブラックジョークが次から次へと飛び出し、よく毎回こんなおもしろい脚本が書き上げられるものだと感心してしまう。
ドタバタコメディなのに妙にリアルに見えるのは出演者が一流ぞろいだから。日本ではそれほど知名度は高くないが、主演のジュリア・ルイス=ドレイファスは、『となりのサインフェルド』や『The New Adventures of Old Christine』といったコメディで高い人気を得ている喜劇女優。口汚く罵る嫌みな役でもチャーミングに演じることができる役者だ。『Dr.HOUSE』のハウス役で知られるヒュー・ローリーや、名脇役ケヴィン・ダン、ゲイリー・コールも、真面目な顔でコミカルな演技を披露している。主人公が民主党員なのか共和党員なのかは描かれていないところも、誰もが楽しめる理由だろう。
今、この作品が大ヒットしている要因は、極めて異例な展開となってきた16年大統領選挙戦だろう。暴言を吐く過激路線のドナルド・トランプVS有権者に受けることばかり言って偽善者呼ばわりされているヒラリー・クリントンという「史上最悪の大統領選」を乗り切るのには、それより最悪な政治家たちが登場する『Veep』で笑うしかないと感じる視聴者が多いのだというのである。
日本をオモシロおかしく描いている部分もあるが、日本人でも「アメリカらしい、おもしろい政治ドラマ」と感じられる『Veep』。近いうちに日本でも放送されることを期待したい。
■『UnREAL』 (米Lifetimeで2015年6月1日に放送開始。日本未放送)
第68回エミー賞 ドラマシリーズ部門「助演女優賞」「脚本賞」にノミネート
日本版の制作が決定した、人気恋愛リアリティ番組『バチェラー』。1人の金持ちイケメン独身男(バチェラー)と25人の花嫁候補を豪邸に住まわせ、女性たちに花嫁の座を競い合わせるという番組で、本場アメリカでは大ヒットしている。『UnREAL』は、この手の「若くて勝ち気な美女たちに、勝ち組の男の取り合いをさせる」リアリティ番組の裏舞台を描いた作品だ。
台本なしとされているリアリティ番組だが、番組プロデューサーたちがひともんちゃく起きるような仕掛けを作ったり、オモシロおかしく編集・演出しているのは暗黙の了解。アメリカの『バチェラー』は現在(16年10月)まで20シーズン放送されており、これだけの長寿リアリティ番組となると、出演者数が多いことから口封じされているはずの暴露話もリークされる。「花嫁候補になるためには、精神鑑定や性病検査を受けなければならない」「男性プロデューサーと性的関係を持った花嫁候補が何人もいる」「イメージ通りの役になりきれと強要される」「ドレスは自腹」などなど。『バチェラー』は、数多くあるリアリティ番組の中でも、「裏舞台はエグい」と暴露されている作品なのだ。
そんな『バチェラー』を10年間手がけてきた元女性プロデューサー、サラ・ガートゥルード・シャピロが、番組制作の裏話を暴露した脚本を執筆。これが『UnREAL』なのである。
『UnREAL』に登場する番組タイトルは、「永遠の」という意味の『Everlasting』だが、『バチェラー』のことであるのは明らか。サラはインタビューで、「悪いことだ」とわかっていながらも、視聴率のために特定の女性を悪者に仕立てたり、女性たちの許可なくドラマチックに編集したことを懺悔しているが、同作の主人公である女性プロデューサーには、そんなサラの気持ちが反映されている。『バチェラー』は女性を見下していると批判する意見もあるが、そう脚色しているのが実は女性だったという点も興味深い。
あまりにもエグすぎて複雑な気持ちになるが、それでも見続けてしまうのは、視聴者の心理を熟知しているサラの脚本だから。日本版『バチェラー』も始まるため『UnREAL』が近いうちに日本で放送されることを、ぜひ期待したい。
■『Getting On』 (米HBOで13年11月24日~15年12月13日放送。日本未放送)
第68回エミー賞 コメディシリーズ部門「主演女優賞」「助演女優賞」にノミネート
高齢女性専門病棟が舞台の医療コメディ『Getting On』は、高齢者医療従事者の現実をシニカルに描いたイギリスの人気コメディの米リメイク版で、テレビ批評家から高い評価を得た作品だ。男運がなくストレスと性欲がたまっている婦長、生活のために必死に働く人間味あふれる中年女性看護師、高齢女性の会陰が縮むことに関する調査研究に必死な中年女性医師を中心に物語は進んでいく。
ドラマの舞台である病棟には、認知症患者、重病患者、大暴れする精神病患者、亡くなる患者もいる。ダークコメディとはいえ、本物の病棟で撮影されたのではないかというほど小道具はリアルで、医療スタッフを演じている役者たちも、どこにでもいるような外見の演技派役者ばかり。まるでドキュメンタリーを見ているような感覚になる。物語はテンポよく進んでいくため、患者が死亡しても悲愴感はない。とはいえ、決して高齢患者を軽んじているわけではなく、主要登場人物たちの人間らしい温かい部分も、しっかりと描かれているのだ。
同作には、病院が抱える予算問題、医師や看護師が持つストレスや悩みも描かれている。下ネタも満載だが、医療ネタにかけているため、下品ではない。仕事にストレスを感じる一方で、患者たちを助けたいという気持ちや思いやりも丁寧に描かれているからだ。一夫多妻家族の日常を描いたヒットドラマ『Big Love』を手がけたマーク・オルセンとウイル・シェファーがクリエーターを務めているため、安心して見ることができるという意見も多かった。
『Getting On』は13年11月にスタートし、15年12月にファイナルとなるシーズン3で終了した。シーズン3では主要キャラクターたちが笑えない状況に追い込まれるが、最後は予想外の展開で幕を閉じ、視聴者を満足させた。コアなファンが多かった『Getting On』。世界一の超高齢社会の日本でも、ぜひ放送してもらいたいものである。
■『Baskets』 (米FXで16年1月21日に放送開始。日本未放送)
第68回エミー賞 コメディシリーズ部門「助演男優賞」受賞
幼い頃からの夢だった道化師という職に異様なまでにこだわり、文字通り命を懸けて道化師を演じるチップの厳しく悲しい日常をシニカルに描いたコメディ『Baskets』。パリの名門道化師学校に入ったものの、言葉が理解できず中退。一目惚れしたフランス人女性はグリーンカード目当てだと明言したが、「プロポーズにイエスと言ってくれた!」と大喜び。故郷はアメリカのド田舎で、帰国後は、街で唯一道化師を雇ってくれるロデオ競技会場で暴れ馬に蹴られる低賃金の職に就く。しかし、あまりにも低賃金すぎて、母親や、職業専門校を経営する横柄な性格の双子の兄デールに頼るハメになる。
母親は愛情深い女性だが、チップにとっては「自分はいつも母親の期待を裏切ってしまうから」と苦手な存在。威張り散らす双子の兄と、母親ご自慢の血がつながっていない優秀な弟たちにはイライラしっぱなしだ。グリーンカード目当ての妻は彼と一緒に暮らすことを拒否するが、それでもチップは彼女を愛し続ける。人を笑わせる道化師という職を選んだ彼だが、性格は暗く、短気で世間に不満ばかり持っているため友人はいない。唯一の友人は、バイクで事故を起こしたときに知り合った、風変わりな女性保険調査員のマーサだ。
同作品のクリエーターは、数多くのコメディを手がけ、エミー賞ノミネート常連として有名なルイ・C・K。双子のチップ&デールを演じるのは、映画『ハングオーバー!』シリーズで知られるザック・ガリフィアナキスである。エミーでコメディシリーズ部門助演男優賞を獲得したルーイ・アンダーソンは、女装をして母親役を熱演。友人のマーサを演じるのはマーサ・ケリーで、3人ともスタンドアップ・コメディアンとしてキャリアをスタートさせた生粋のコメディアンだ。どんな滑稽な役にもなりきり、見事に演じることができる彼らの作品とあり、『Baskets』は放送開始とともに批評家から高い評価を得た。
ザック自身が「あまりにも変わっている、これまでになかったタイプのコメディ」だと説明しているように、『Baskets』はコメディなのに悲愴感漂う作品だ。物語は「お先真っ暗で、夢も希望もないチップ」を中心に、真面目にゆるく進んでいく。そんな中に、ちょこちょことパンチが効いた笑いを入れてくるのだ。それも大真面目に入れてくるので、見ている方は意表をつかれ、大笑いしてしまう。特に母親役のルーイが繰り広げる笑いは絶妙すぎると大絶賛されている。
あこがれのパリで暮らしたいのに現実に住んでいるのはアメリカの田舎町、一流の道化師になりたいのに現実は低賃金のピエロ、美しいフランス人女性を愛しているのに現実的に手に届きそうなのはダサくてさえないマーサ、母親を喜ばせたいのに、母親にとっての自慢の息子は忙しすぎてめったに帰ってこない養子の弟たち。残酷な「理想と現実」をテーマに、これでもかというほどのシニカルな笑いを詰め込んだ『Baskets』はエピソードが進むにつれ、深みが増してくる作品でもある。長続きしそうなドラマでもあるので、今後、日本で放送されることをぜひ期待したい。