ようやく長い戦いに終止符を打つのでしょうか。今月号の「CLASSY.」(光文社)、特集は「そろそろオシャレの気合いを入れ直さなきゃ!」。あれほど“コンサバを捨てよ、こなれに走れ!”と流布してきた「CLASSY.」がついに、ついにカジュアルからの卒業を宣言しました。リードでは「“こなれ感があってカッコいい”と思って着ていたコーディネートも、冷静になってみると近所のコンビニに行く服に見えてきたり」と、数年妄信してきたにもかかわらず、急に冷静になってしまったよう。そんなこと言ったら「近所のコンビニに行く服」のために慣れないコンバースをはき、正解がわからないままスエットをはき、ぐりんぐりんに巻きたい気持ちをグッとこらえて髪の毛をボッサボサに仕上げた素直な読者たちが往生しまっせ……!!
<トピックス>
◎特集 そろそろオシャレの気合いを入れ直さなきゃ!
◎“主婦っぽい”と言われないカジュアルの正解
◎小泉里子、35歳の決意
■誰も幸せにしなかった、こなれ
ファッションの揺り戻しは、女性誌の醍醐味でもあります。特集の導入ページには、匿名の「スタイリストA/B」「CLASSY.読者C/D」「ビジネスマンE/F」がコソコソヒソヒソと、こなれカジュアルが終わったファッションであることを証言していますが、それがまぁひどい言われよう。ビジネスマンたちが「昨日の合コンさぁ、パーカにニットキャップ被って来たコがいたんだよね」「カジュアルって子供っぽく見えるし華やかさが足りないよね」と批判すれば、プロであるスタイリストたちは「そもそも、こなれカジュアルって読者には難しかったかもしれない」「ハズし方とか絶妙なさじ加減って、読者にはわかりにくかったかも」と、ウソでしょ……的発言、主役の読者までも「カジュアルって楽だけど、やっぱり地味だし野暮ったく見えちゃう」「カジュアルアイテムをハンサムに着こなせる人がオシャレだと思っていたけど、実際にやってみると、すごく難しかったかも」と本音をぶちまけます。恐ろしいくらい誰も幸せにしていなかった、こなれ。まさに“昨日のカジュアルは今日の敵”。
なぜこうも急に「CLASSY.」が方向転換を始めたのか。もちろん流行とはそういうものでしょうが、こんなページにそのヒントが。それが「“主婦っぽい”と言われないカジュアルの正解」。読者緊急座談会では4人の主婦がカジュアルな服に付きまとう「主婦見え」の悩みを告白。いやだって主婦ちゃいますのん……というツッコミはさておき、気になったのはその中の1人が話していた「ちょっと前の流行を着ていたり、楽ちんさ優先の服を着ていると主婦感が出ちゃう」。
そうです。こなれカジュアルがその特性「動きやすい」「楽」「アイテムが比較的リーズナブル」から主婦層に広く行き渡り、その結果「こなれカジュアル=生活感」というイメージが強く出るようになってしまったのです。はやりすぎてダサくなってしまう、それは90年代後半~00年代初頭、母親が「DKNY」と書いてあるTシャツを着ているのを見た時、誰しもが痛感したのではないでしょうか。とにかく、こなれブームの終焉に、結婚したくてたまらない「CLASSY.」読者のコンプレックスである「主婦っぽさ」が起因していたとは、ファッションとはなんて皮肉で趣深いものなのでしょう。
■表紙モデルを変えないことで生まれた「加齢への希望」
以前本レビューで「オーバーCLASSY.」問題を書きました。年齢的には「VERY」(光文社)読者だけど、セレブママがターゲットの「VERY」には移行できず、「CLASSY.」に留まる読者たち。かわいいが命題のコンサバではストレートに勝負できない、だからこそ彼女たちには「こなれ」という変化球が有効だったのだと思います。しかしそれが「主婦じゃないのに主婦っぽく見える」という、最悪のシナリオを呼んでしまったよう。
さて、続いてご紹介したいのは、意外にも「クラッシィを始めて7年目にして初のロングインタビュー」という表紙モデル・小泉里子の独白「小泉里子、35歳の決意」です。まさか表紙モデル卒業宣言……? と思いきや「女性にとってのターニングポイントである“35歳”を迎えた彼女にも、大きな迷いや葛藤があったとか」とのことで、どうやらそちらの動きではない様子。
「ほんと、実際になってみて『35歳ってこんなふうに迷うんだ』って自分でも驚いたくらい(笑)。だから今回のインタビューは、私の考えを伝えると同時に、機会があれば同世代である読者のみんなが、今どんなふうに感じ、どんなふうに過ごしているのか聞いてみたい、という思いもあったの」
この発言からまず2つの驚きました。小泉里子ももう35歳ということ。さらに「CLASSY.」の想定読者が、小泉里子と同年代になっていたということです。既婚者である小泉は読者の憧れの先輩だと思っていたからです。「CLASSY.」は、当時の想定読者年齢そのもののの20代後半だった小泉とともに年を取ってきた。だから自ずと志向するファッションも企画内容も上へと引っ張り上げられていたのですね。
インタビューではつらつらと「35歳里子の生まれいづる悩み」がつづられています。「35歳にもなると、本当に人それぞれ、全く違う人生のパターンが出てくるのを目の当たりにもする。将来に向けて決断すべきことが増える半面、何かを始めるにしてもまだ遅くはないという中途半端な年齢。選択肢が増える分、仕事においても、女性としても、迷いや欲が出てくるのかも」。
そこで里子は「理想の40代」になるために一つの決断をします。それが「1年間N.Y.で生活する」。「私にとっては、この“35歳の決断”がまさにベストなタイミング。早すぎもしないし、遅すぎもしない(中略)この時期に、何を選択して、どう過ごすか、というのはこれからの人生にとってすごく大切な影響が出るはず」。悩みも漠然なら解決法も漠然としていますが、この漠然とした不安や迷いこそ、35歳女性のリアルなのかなとも思いました。「とにかくN.Y.に行けばなにかが変わる」と信じられる、最後のタイミングかもしれません。
先月号で「婚活市場で30代に価値はない」と結婚アドバイザーに言わせて読者を震え上がらせたと思えば、今月号ではカバーモデルの「35歳は何も遅くない」という言葉で勇気づける。このバランスこそ「CLASSY.」の命なんですよ。アクやクセの類いを前世に置いてきたとしか思えない小泉を、このネタの宝庫のような女性誌の表紙に長く据え続ける意味を痛感した1月号でした。
(西澤千央)






















