好きなタレントが出ている、作品としてのクオリティが高いなど、広告が私たちの印象に残るポイントはいくつもあるが、ネットで炎上したことにより記憶に刻まれてしまうものもある。最近では、お笑いタレントの横澤夏子が「イラッとくるOL」を演じた森永製菓のキャンペーン動画に批判が集まり、ひそかに配信中止になっていたが、2016年はさまざまな広告に関連して女性差別の問題が取り沙汰された。なぜ、次々に差別的なCMが作られ続けるのか? 社会学者として武蔵大学で教鞭をとる千田有紀さんに話を聞いた。
■多くの女性たちが声をあげ、企業が受けとめて放送中止
今年、特に大きな話題になったのは資生堂「インテグレート」の広告。女性が25歳の誕生日を迎えた女友だちに「今日からアンタは女の子じゃない!」「かわいいという武器はもはやこの手にはない!」と断言する……これが見事に炎上した。女性が年齢を重ねることへの否定的な描写に反発を感じた視聴者からのクレームが殺到し、早々に放送中止となった。
千田さんは次のように語る。
「特にCMは短い時間のなかに作り手のいいたいことが凝縮されるので、インテグレートのように、女性が日々、現実のなかで感じている差別的な視線や抑圧が含まれていればそれが際立ち、炎上しやすいと考えられます」
ジェンダーギャップが色濃く表れた広告に女性が反発→炎上→放送中止の流れに先鞭をつけたのは、15年に放送された、ショッピングセンター「ルミネ」の広告だろう。シンプルな服装で出勤した女性とフェミニンな服装の女性が男性上司によってあからさまに比較され、「需要が違う」とバカにされる。
「これに対して多くの女性たちが声をあげたのが驚きでした。女性差別的な広告への抗議はいまに始まったことではありません。1975年にハウス食品のCMで『私、作る人。僕、食べる人』というセリフがあり、性別役割分担意識を全面に出した内容に女性団体が抗議しましたが、そのときは“おかしなことで文句をいう女たちが出てきた”という扱いでした。いまは企業が女性たちの声を受けてすみやかに放送中止するなど、それを受け止めています」
せっかく予算をかけて製作したCMが放送中止になるのはもったいない。だったら、そもそも差別的なCMを作らなければいい。
「男の人の“当たり前”をのびのび表現すると、こういう広告ができてしまうんですね。製作における意思決定をするのが、男性ばかりなのでしょう。女性がいても声をあげることができなかったり、言っても取り合ってもらえなかったりするのだと思います。放送を中止したある広告では、企画段階で内部の女性たちから反対の意見があったといわれていますが、そもそも女性だからといって、全員が差別に反発する感性を持っているとも限りません」
■オジサンたちは電車内で化粧する女性を見て傷ついている
男性が考えていることを女性の口からいわせるのも、こうした広告の常套手段だ。「25歳を過ぎたら女の子じゃない」といいたいのは、女性ではなく男性だろう。東急電鉄のマナー向上広告「車内化粧篇」にも同様の構図が見られる(現在も東急電鉄HPで視聴可能)。
「素朴な感じの女性に、『都会の女はみんなキレイだ でも時々、みっともないんだ』と言わせて両者を対立させています。女性にとって化粧は、ビジネスマナーでもあります。すっぴんで会社に行くと、身だしなみを注意されますよね。電車内で化粧をすることの是非に関する議論は、2000年代前半にまでさかのぼることができます。オジサンたちは化粧する女性を見て傷ついているんですよ。目の前で化粧される=自分がオトコとみなされていない、ということですから」
化粧をせずに会社に行くと、ルミネのCMのように男性から「需要が違う」といわれる。15年に過労自殺した電通の女性社員は、「髪がボサボサ、目が充血したまま出勤するな」と上司に叱責されていた。女性に装いを求めつつ、自分たちの目の前で装いの準備をするなというのは、なかなかに身勝手だ。
「こうした抑圧に対して女性が『いやだよね』と意思表示すると、『そうだ、そうだ!』と反応がある……原理原則的なフェミニズムのようなものがTwitterなどのSNSにあふれているのは、おもしろい現象です」
(三浦ゆえ)
(後編につづく
千田有紀(せんだ・ゆき)
1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』(勁草書房)、『女性学/男性学』(岩波書店)、共著に『ジェンダー論をつかむ』(有斐閣)など多数。