Sexy Zone、A.B.C-Zら出演『ザ少年倶楽部』生放送! 11月23日(水)ジャニーズアイドル出演情報

――翌日にジャニーズアイドルが出演予定の番組情報をお届けします。見逃さないように、録画予約をお忘れなく!

※一部を除き、首都圏の放送情報を元に構成しています。
※番組編成、及び放送日時は変更になることがあります。最新情報は番組公式サイト等をご確認ください。

●SMAP

21:00~21:54 『ザ!世界仰天ニュース』(日本テレビ系) 中居正広
23:59~24:54 『ナカイの窓』(日本テレビ系) 中居正広

※『おじゃMAP!!』(フジテレビ系、香取慎吾)は放送休止。

●TOKIO

5:50~ 8:00 『ZIP!』(日本テレビ系) 山口達也
8:00~ 9:55 『白熱ライブビビット』(TBS系) 国分太一
11:25~11:30 『国分太一のおさんぽジャパン』(フジテレビ系) 国分太一
18:55~19:25 『Rの法則』(NHK Eテレ) 山口達也

※『TOKIOカケル』(フジテレビ系)は放送休止。

 

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桐谷健太の「ギギギ顔」は素敵だけど……フジテレビ月9『カインとアベル』視聴率上昇の怪現象

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フジテレビ系『カインとアベル』番組サイトより
 今週も隆一(桐谷健太)の「ギギギ顔」が冴えに冴えたフジテレビ月9『カインとアベル』第6話。視聴率は9.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と、前回の7.6%から急伸しました。これも、フジテレビが絶賛実施中の「フジ3連ドラ ヒロインフェスティバル!」なるリレー企画で『Chef~三ツ星の給食~』から川口春奈がカメオ出演したことによる相乗効果でしょうか。それとも、実際ドラマがおもしろくなってきたんでしょうか。  前回から、弟の優くん(Hey!Say!JUMP・山田涼介)と婚約者の梓(倉科カナ)が、どことなくイイ感じであることに業を煮やし続ける隆一。梓に「今すぐ結婚して! そして仕事辞めろ!」と迫るなど、だいぶ不安定になってきました。  隆一の、ものすごく怖い(そして長い)顔で寿退社を迫られた梓は、仕事大好きなので意気消沈。残業中の優くんをわざわざ訪ね、しくしくと泣きながら抱きついたりします。  明らかに梓と兄・隆一の間に「何かがあった」ことを察した優くんでしたが、家に帰ると、隆一はなぜかゴキゲンです。優くんに「結婚はいいもんだぞー」「お前は、いい人いないのか?」などと強がります。さらに家族で囲んだ翌朝の食卓でも、優くんに聞こえよがしに披露宴の主賓の話をしたり、「男は仕事も家庭も大切に」と説教したりと、「もう梓と結婚するから! 仲良くしないで!」というアピールに必死。  しかし、父で社長の貴行(高嶋政伸)が、優くんと一緒に仕事の相談をしながら出社してしまうと、拳を握りしめて今回一発目の「ギギギ……」な顔面を見せてくれました。「恋も仕事も完璧」な人物として登場した第1話の面影は、まるでありません。恋も仕事も、優くんに大嫉妬中です。  会社では、いきいきと楽しそうに打ち合わせをしている優くんと梓を見かけて、廊下で「ギギギ」。その晩、改めて梓に「仕事を辞めて家庭に入れ」と迫るも、「それは私のことを縛っておきたいってこと?」と言い返され、「それじゃいけないか」とか言いながら「ギギギ」。  社長室に呼び出されると、先に貴行社長と優くんが仕事の話をしていたのを見た瞬間、もう「ギギギ」。それでも副社長としての仕事をこなさなければいけませんが、優くんと梓の仕事ぶりについて「いいコンビなんですよ、あの2人」という報告を受ければ、それ以上、話を聞いていられないくらい苦虫を全力で噛みつぶしながら「ギギギ」。優くんが作った資料のクレジットに「矢作梓」の名前を見つければ「ギギギ」。貴行の「優は見どころがある」という発言を思い出して「ギギギ」。ついには、まだ夕方で業務時間中にもかかわらず梓の携帯を鳴らすと、出ないことにブチ切れて「うわぁー!」と叫んじゃいました。もう大変です。  一方、そのころ。  優くんはあいかわらず絶好調です。リゾート開発事業のプロジェクトリーダーとして大活躍しつつ、梓の「本当は仕事を辞めたくない」という気持ちを察しながら、美しい顔で切なげにダーツなど投げてみたりしています。新しくホテルのコンセプトを考えてみれば大絶賛。共同事業を手掛けることになるアメリカのホテル会社との事前交渉でも、Skypeでは相手が日本語でしゃべってくれるわ、日本語の資料を読み込んでくれるわ、とことん優しい世界が繰り広げられました。  阪神・藤浪晋太郎投手にクリソツな同期の女子・ひかり(山崎紘菜)は無条件に好き好きビームを出してくれるし、ホテル開発予定地に2人で前乗りした兄の婚約者・梓までもが「もしあたしと優くんが付き合ったとしたら……」なんて言い出しちゃう。「あ! 何言ってんだろ私」だって。そんで見つめ合っちゃって、優くんも「俺、梓さんのこともっと知りたいです」とか言いながらキスしそうになってしなかったり、丘から見渡す海面に沈んでいく夕陽が美しかったり、梓のバッグでは携帯電話が隆一からの着信でバイブしてたり……「うわぁー!」って、なりますよ、そりゃ。  このドラマの優くんの人生って、どう見ても、やっぱり、違和感がすごいんです。あらゆる価値観、あらゆる行動、あらゆる言動を周囲が歓迎し、丁重に扱ってくれている。まるで、みんながみんなこの「優くんにだけ都合のいい世界」を壊さない努力をしているように見える。優くんが建築家に「安く設計して!」といえば、そうしてくれるし、投資家に「100億円ちょーだい!」といえば、100億円くれる世界。これ、ちょっと引いて見れば、優くんひとりがピエロ扱いされて立ち回っているような雰囲気がビンビン漂ってるんですよね。  なんでそんな雰囲気になるかといえば、優くんが特別な価値観を提示したり、特別な技法や行動でもって物事を推進しているわけではないからです。ごく一般的な、普通の家で生まれた普通の男子並みの柔軟な思考をもっていて、それでいて自由で善良な23歳の若者らしい判断基準しか持っていないんです。よくも悪くも、頭の中が平凡なんです。  そういう平凡な若者を、いかにも特別な能力者であるかのように描くために、彼を囲む世界を、少し古臭くて、少し時代錯誤で、少し変な人物と設定で満たしている。まんま、映画『トゥルーマン・ショー』(1998)が物語の中でやったのと同じことが行われてる。この構造って、山田涼介にとっても、すごく損だと思うんですよね。わたしは次回以降も、桐谷さんの「ギギギ顔」だけ見られれば満足なんですが……。 (文=どらまっ子AKIちゃん)

川谷絵音の夢みるアドレセンス楽曲提供に、凛として時雨・ピエール中野も嫌悪感「絶対に嫌だわ」

 ベッキーとの不倫騒動や、ほのかりんとの交際騒動で注目を浴びたゲスの極み乙女。の川谷絵音が、5人組アイドルグループ・夢みるアドレセンス(以下、夢アド)の新曲「大人やらせてよ」の作詞作曲を手掛けていることが21日、発表された。  楽曲提供者としては、これまでSMAPの最後のシングル曲「愛が止まるまでは」や、アイドルグループ・チームしゃちほこのシングル曲「シャンプーハット」などを手掛けてきた川谷。今回の「大人やらせてよ」は、川谷が得意とする“思春期ソング”で、大人と子どもの間で揺れ動く複雑な心模様を描いているという。 「今月、『新語・流行語大賞』に『ゲス不倫』『センテンススプリング』といった関連ワードがノミネートされ、改めて“今年の顔”であったことが再確認された川谷ですが、『大人やらせてよ』も川谷が手掛けたことで広く注目されており、夢アドの知名度は上昇。運営としては、話題作りに成功した形といえそうです」(芸能記者)  一方、ネット上では、「ああ、嫌だなあ……」「ライブで、川谷のゲス顔が過ぎる」など、川谷が曲を手掛けたことに嫌悪感を示す夢アドファンが多く見られる。 「今回のシングルは、夢アドの18歳のメンバー・小林れいが病気療養のため無期限の活動休止後、初となる4人だけで挑む曲。それだけに、ファンも『よりによって、川谷かよ……』と受け入れ難い様子。また、川谷の20歳の恋人・ほのかりんとメンバーが同年代で、元ティーン誌の専属モデルという共通点があることも、嫌悪感の一因となっているようです」(同)  なお、アイドルファンとして知られる凛として時雨のピエール中野も、自身のTwitterで「ゲス超好きだし、応援してるし、才能は守らなきゃいけない」と川谷にエールを送りながらも、「推しのアイドルって置き換えたら絶対に嫌だわ」と夢アドファンの気持ちを汲んだ投稿をしている。 「一連の騒動で“ダメ人間”の烙印を押された川谷ですが、かつてのファンから『詩が受け入れられなくなってしまった』という嘆きの声が上がるほど、イメージは落ちてしまった。これまで、『でも、才能はある』ということが救いだった川谷ですが、楽曲が世間に受け入れられないとなると、アーティスト人生そのものがピンチとなってしまいます」(同)  アイドルファンの間で物議を醸している川谷による楽曲提供。話題性だけでいえば、最高の人選だったが……。

私をハメた同僚の女に、まさかの再会! ママ友として仲良くしてって……怖い怖い怖すぎる!!

【作品名】「仮面の笑顔」(後編) 【作者】青菜ぱせり『ご近所の悪いうわさ』

【作品紹介】同僚の麻耶にはめられ、仕事で大きなミスを背負わされた私は、会社を辞めた。数年後、結婚して子どもも生まれ、幸せな日々を送っていたら、なんと麻耶に再会して!?

【サイゾーウーマンリコメンド】「自分よりチヤホヤされていたから」という理由で、何年も憎悪を抱き続けているというその情熱に、恐れ入りました……。同情の余地一切ナシ! 悪魔のような女が登場です、どうぞ……!!

フジ、押切もえ「結婚発表」に激怒? 「事務所怒鳴り込み」「出禁処分」の大騒動に

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 プロ野球の千葉ロッテマリーンズ・涌井秀章との結婚を発表した押切もえ。ところが、この結婚をめぐって、フジテレビがトラブルを起こし、押切の所属プロダクションから“出禁”を通達されたという。

 押切と涌井は、今月1日に入籍。今年2月には押切が“交際宣言”し、両者は公認のカップル状態だった。

「入籍発表の数週間ほど前、フジの『みんなのニュース』が、押切のインタビューを収録していたんです。内容は、恋愛や結婚とは一切関係ないもので、当然押切も涌井については一切触れていなかったそう。このインタビュー映像は、放送のタイミングがなかなか合わず、しばらくの間は寝かせていたと聞いています」(テレビ局関係者)

 そして、そうこうするうちに、押切が結婚を発表したのだが、なぜかフジは、押切の所属プロダクションであるケイダッシュに抗議を行ったという。

「フジ側は、ケイダッシュに対して『なぜ結婚を事前に教えてくれなかったのか』と詰め寄ったそうです。結婚直後に押切のインタビューを流すと、『なぜ結婚について触れていないのか?』と視聴者に不思議がられてしまうし、かといって、時間がたちすぎても、その映像を使用するのが難しくなる……という言い分なのだとか。番組プロデューサーは怒りを露わにして、自らケイダッシュに“怒鳴り込み”を決行したといいます」(同)

 ケイダッシュ側としては、そもそも、そういった趣旨でインタビューを受けたわけではなかったはず。フジが予定通りすぐにオンエアしていれば、こんな事態にも発展しなかったと考えられるが……。

「そこで、番組プロデューサーと同プロ幹部が話し合いをしたところ、フジ側の“言いがかり”であることが明らかに。プロデューサーも引くに引けなくなってしまったのか、話はこじれにこじれてしまい、結果的に『みんなのニュース』はケイダッシュのタレントが登場する現場を、一律出禁にされたようです。近頃は視聴率が3%台から脱出することも少ないし、1%台もザラのため、スタッフも焦りを感じているのかもしれませんが、今回の対応はさらに己を窮地に追いやる結果となってしまいました」(同)

 フジ情報番組のトラブルといえば、先日『めざましテレビ』が、メジャーリーグ・ヤンキースの田中将大が、「トランプタワーに住んでいる」という誤情報を伝え、謝罪したばかり。

「ほかにも、『直撃LIVEグッディ!』が、バイクで事故死した俳優・萩原流行さんの妻の会見を禁止されていたことにもかかわらず生中継するというルール違反を犯したり、SMAP・中居正広に父の死に関するコメントを強要するなどといった行為が、ネット上で批判されたのも記憶に新しい。しかし、『グッディ!』に関しては、それらの件を反省したのか、近頃は取材対象者などへの確認を徹底しているようで、目立った炎上もなくなりました」(スポーツ紙記者)

 こうして、新婚早々思わぬトラブルに巻き込まれてしまった押切。フジサイドが正式な謝罪を行うことを祈るばかりだが……。

フジ、押切もえ「結婚発表」に激怒? 「事務所怒鳴り込み」「出禁処分」の大騒動に

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 プロ野球の千葉ロッテマリーンズ・涌井秀章との結婚を発表した押切もえ。ところが、この結婚をめぐって、フジテレビがトラブルを起こし、押切の所属プロダクションから“出禁”を通達されたという。

 押切と涌井は、今月1日に入籍。今年2月には押切が“交際宣言”し、両者は公認のカップル状態だった。

「入籍発表の数週間ほど前、フジの『みんなのニュース』が、押切のインタビューを収録していたんです。内容は、恋愛や結婚とは一切関係ないもので、当然押切も涌井については一切触れていなかったそう。このインタビュー映像は、放送のタイミングがなかなか合わず、しばらくの間は寝かせていたと聞いています」(テレビ局関係者)

 そして、そうこうするうちに、押切が結婚を発表したのだが、なぜかフジは、押切の所属プロダクションであるケイダッシュに抗議を行ったという。

「フジ側は、ケイダッシュに対して『なぜ結婚を事前に教えてくれなかったのか』と詰め寄ったそうです。結婚直後に押切のインタビューを流すと、『なぜ結婚について触れていないのか?』と視聴者に不思議がられてしまうし、かといって、時間がたちすぎても、その映像を使用するのが難しくなる……という言い分なのだとか。番組プロデューサーは怒りを露わにして、自らケイダッシュに“怒鳴り込み”を決行したといいます」(同)

 ケイダッシュ側としては、そもそも、そういった趣旨でインタビューを受けたわけではなかったはず。フジが予定通りすぐにオンエアしていれば、こんな事態にも発展しなかったと考えられるが……。

「そこで、番組プロデューサーと同プロ幹部が話し合いをしたところ、フジ側の“言いがかり”であることが明らかに。プロデューサーも引くに引けなくなってしまったのか、話はこじれにこじれてしまい、結果的に『みんなのニュース』はケイダッシュのタレントが登場する現場を、一律出禁にされたようです。近頃は視聴率が3%台から脱出することも少ないし、1%台もザラのため、スタッフも焦りを感じているのかもしれませんが、今回の対応はさらに己を窮地に追いやる結果となってしまいました」(同)

 フジ情報番組のトラブルといえば、先日『めざましテレビ』が、メジャーリーグ・ヤンキースの田中将大が、「トランプタワーに住んでいる」という誤情報を伝え、謝罪したばかり。

「ほかにも、『直撃LIVEグッディ!』が、バイクで事故死した俳優・萩原流行さんの妻の会見を禁止されていたことにもかかわらず生中継するというルール違反を犯したり、SMAP・中居正広に父の死に関するコメントを強要するなどといった行為が、ネット上で批判されたのも記憶に新しい。しかし、『グッディ!』に関しては、それらの件を反省したのか、近頃は取材対象者などへの確認を徹底しているようで、目立った炎上もなくなりました」(スポーツ紙記者)

 こうして、新婚早々思わぬトラブルに巻き込まれてしまった押切。フジサイドが正式な謝罪を行うことを祈るばかりだが……。

僕らが『この世界の片隅に』を「名作」と呼ぶわけ

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『この世界の片隅に 劇場アニメ公式ガイドブック』(双葉社)
“サイケデリックでカルトでポップ”なロックバンド、「オワリカラ」のボーカル・タカハシヒョウリが、いま気になるカルチャーを取り上げる、月1連載。  公開前日まで映画の存在も知らなかった、原作も読んだことがなかった人間による、ネタバレなしの長文です。  そうです、まず正直に言うと、僕はこの映画の存在を公開前日まで知らなかった。 『この世界の片隅に』はクラウドファンディングで製作費を集めて作られた、ある意味「インディーズ映画」に当たるもので、公開館数も多くはなく、大作映画のような大宣伝も行われていない。  もちろん、さまざまなイベントやネットでの企画を通して精力的にプロモーションしていることは後に知ったが、本当、申し訳ないことに僕はそれほどアンテナの高い人間ではなく、映画の情報が目に入ることはなかった。  公開の前日にサイゾー編集部から、この映画を見てみないか、という提案をもらったときに初めて存在を知った。  その時に「見てみたいけど、文章を書けるかはわからないです」と答えた。もう一度正直に言って、原作も読んだことがなかった。  それで、HPを見たり、広告に躍る「主演声優は、のん!」の文字を見た時には、極端な反戦メッセージ映画、お涙ちょうだいの恋愛ものなどがぐるぐると脳内でイメージされ、どんどん書ける自信がなくなっていった(今となっては、土下座します)。  僕は本業ミュージシャンで、こうしてコラム的な文章を書く機会をもらっているのですが、いわゆる「評論家」的な存在とは程遠いと思っている。そこには明白に線引きが存在していて、自分の中のはっきりしたルールじみたものもある。  つまり、どんなものについての文章でも、人に読んでもらう価値のある作品に仕立てられる「技術」と「経験」を培ってきた人がプロです。僕にはそれが明白に足りないでしょう。  それでも、僕みたいな人間がみんなに読んでもらおうと文章を書くなら、これはもう「0か100について書く」しかない。それは、日々生きている中で出会った「本当に書きたい」という熱が湧くものについて、「本当に書く」ということです。 『この世界の片隅に』についてのコラムの最初にこんなことを書いているのは、ひたすら自分語りがしたいわけではなく(したいけど)、せめてそれくらいの熱で書いてみたいと思う「徹底的な」映画だったから。  莫大な宣伝費をかけた「大作」でないなら、こういうものを僕らは「力作」と呼ぶんだろう。  そして、これを「名作」と呼んでいくんだろうと思う。  この作品は、こうの史代さんによる原作マンガの映画化だ。昭和の初め、太平洋戦争、「すず」という1人の少女~女性の、広島・呉での生活を通して、その風景に迫り来る暴力=戦争の時代をも描いていく。 「戦争を題材としております!」とかいうと、暗くて重く、反戦メッセージが前面に出た作風か、または「ねぇ、そもそもこれ、本当に戦争を題材にした意味ある?」という単なるお涙ちょうだいか、そのどちらか(または、そのどちらも)を想像したくなるけど、『この世界の片隅に』は、もちろんそのどちらでもない。なんだかすごく不思議な、手触りの戦争マンガだ。  作品の中心にあるのは、等身大の「生活」であり、「愛情」。すずという1人の、歴史の上では名もなき女性の、「なんやしらんが、つられておかしうなって」くる生活が描かれる。  たとえば戦時中の食糧難を、とっても愉快なお料理マンガ風に描いちゃうあたりとか、絶対ほかの人には描けない、ある意味ものすごい剛胆だと思います、こうの先生。  しかし、このマンガの持つスーパーなところはそれだけでない。やわらかく、表情豊かな筆致で目の前の暮らしの細部を描けば描くだけ、その背景にある、硬質で無機質な暴力と時代の理不尽な影が描き出されていくのだ。  僕らは予備知識として、1945年の8月6日と9日に何があり、8月15日に何があったのかを知っている。  目の前の面白おかしいやりとりの裏側で、“時限カウンター”が確実に少しずつ進んでいることを、意識せずにはいられない。  そしてそれが実際に襲いかかり、その影が描ききられた後には、その向こうの希望すら感じさせるのだ。  また、作画はとんでもない職人技で、原作の豊かな筆致そのままのキャラクターたちが、アニメならではのリアルな昭和初期広島の風景の中に違和感なく描き出されていく。 「原作の再現度がすごい」というだけなら、原作ファンにとって至福のプレゼントで良かったネ、ということになるが、このアニメは原作の世界をさらに大きく拡張することに成功していると思う。  その要因は2つある。  1つは片渕須直監督の「徹底的な考証と、冷酷な演出」、そしてもう1つはキャラクターたちがアニメ化という儀式で手に入れた「声の力」だ。  原作とアニメで僕が決定的に印象が違うと感じたのは、アニメにおいて神のような「記録する視点」が登場したことで、作品全体に「冷酷な客観性」が際立っている点だ。  たとえば片渕監督が長い年月をかけ調べ尽くし、こだわり抜いたという兵器に対する描写が、原作においては「抽象的であるがゆえの迫力」をまとっていた「戦争」という恐怖に、さらなる肉体的なリアリティを与えている。  主人公のすずは、絵を描くのが好きだ。そのすずの目を通して見る世界を「絵画のように切り取った」シーンが原作にいくつか出てくる。これらのシーンは後々の展開も含めて、とても重要で、原作のキモになっている素晴らしいシーンなのだが、ある意味で主観的で、受け手の想像力にも委ねられた「余白」のようにやわらかだ。  これに象徴されるように、こうのさんの原作には、読む者が入り込めるような優しい曖昧さが常に存在する。  そしてこれは、いわゆる「日常系マンガ」の大部分がそうであるように、バイブレーションの合う人にとっては心地よい余白でありながら、それ以外の人にはチューニングが必要な「別チャンネル」になっている。  しかし、時間軸を持つアニメでは、この原作のやわらかく抽象的な手触りの、「その前」と「その後」を俯瞰的に描いている(時間といえば、先述の時限カウンターも、「時間の流れ」がある映画のほうがはるかに冷酷に、容赦なく時を刻んでいくように感じた)。  ここに、この映画の無敵の布陣が出来上がる。  ……いや、待てよ。  普通に考えれば、「徹底的で偏執的なリアル演出」というのは、よくある監督の独りよがり、アニメにおいて異物になってしまうんじゃないの……?  いや、しかし大丈夫なのだ。 『この世界の片隅に』では、大丈夫なのだ。  なぜなら、原作でも、やっぱり「生活」や「仕草」や「時代」に対する描写は、「徹底的」だからだ。細部を描き込むことで、全体を表出していく――というベクトルが原作もアニメも一致しているので、違和感なく2つのリアリティが同居、むしろ相乗効果を生んでいる。  僕が一番好きなのは、冒頭のシーンだ。  これ、開始1分くらいなのでネタバレじゃないと思うが、まだ幼いすずが海苔の入った包みを背負うところ。この時に、すずがちょっと変わった背負い方をする。身体の半分くらいもある包みを背負うためには、普通に持ち上げて背負ってはバランスを崩してしまう。  そこで、すずは荷物を壁に押し付けて、そこに背中を合わせてこれを背負う。  本当になにげないシーンなのだが、この時に「この映画、いいなー!」と思った。もし小さな身体の自分がこんなに大きな荷物を背負うなら、確かにこうするよな! という「身近さ」で、あっという間に「すず」という人が、確かにこの時代、広島に息づいていたように感じさせてくれる。  これは原作にもあるシーンなのだが、それをすごく自然に丁寧にアニメーション化し、見ている人を作品の世界にすっと連れて行ってくれる。  このシーンだけでも、類いまれなほど幸福なアニメ映画が始まったとわかるよ。  そして、この冒頭でもう1つ驚かされるのが、すず役の声優を担当したのんさんの声。  純粋さと、素朴さと、たくましさ……いま思えば、すずの全部が声の中に色づいている。言ってしまえば、声がすずの物語を語っているような。 「あぁ、そうなんだ。すずさんっていう人、そこにいるんだ」と思ってしまう。  ここばっかりは、ぜひ劇場で見て聞いてほしい。  のんさんだけでなく、潘めぐみさんらプロ声優の演技も素晴らしく(ちなみに、11歳の稲葉菜月さんの「なんやしらんが、つられておかしうなってきた」の言い方が最高)、作品に引き込み、その時々を必死に生きるキャラクターたちの声と、声にならない想いも、伝えてくれる。  豊かな原作、徹底的な演出、完璧な配役、これらが混然となったアニメ映画が理想だ理想だと言いながら、僕らは実際にそんな映画を人生で何本見ることができるだろうか?  今、それができるんだ。  というわけで、長々と書いてきたが、原作ファンや、絵柄やのんさんの主演に惹かれた人は、もうこの映画を見ているか、見に行こうと決めてるはずだ。  そこで僕としては、自分に似た「この映画、ちょっとどうなの」「あんまり褒められてて、ちょっと……」「クラウドファンディングで低予算なんでしょ」と勘繰ってる、理屈っぽい、「『シン・ゴジラ』について議論するの大好き」的な頭でっかち系の諸兄に対して、この文章を書いてみた。  何より「知らなかった」、近くでやってなくて「行かなかった」で、この作品に触れなかった人を1人でも減らせたらうれしく思います。  あと、僕はこの映画の根底にあるのは、やっぱり怒りだと思います。 takahashi1017.jpg ●タカハシ・ヒョウリ “サイケデリックでカルトでポップ”なロックバンド、オワリカラのボーカル。たまにブログでつづる文章にも定評あり。好きなものは謎、ロック、歌謡、特撮、漫画、映画、蕎麦。 HP:http://www.owarikara.com/ ブログ:http://hyouri-t.jugem.jp/ Twitter:https://twitter.com/TakahashiHyouri?ref_src=twsrc%5Etfw

僕らが『この世界の片隅に』を「名作」と呼ぶわけ

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『この世界の片隅に 劇場アニメ公式ガイドブック』(双葉社)
“サイケデリックでカルトでポップ”なロックバンド、「オワリカラ」のボーカル・タカハシヒョウリが、いま気になるカルチャーを取り上げる、月1連載。  公開前日まで映画の存在も知らなかった、原作も読んだことがなかった人間による、ネタバレなしの長文です。  そうです、まず正直に言うと、僕はこの映画の存在を公開前日まで知らなかった。 『この世界の片隅に』はクラウドファンディングで製作費を集めて作られた、ある意味「インディーズ映画」に当たるもので、公開館数も多くはなく、大作映画のような大宣伝も行われていない。  もちろん映画製作サイドが、さまざまなイベントやネットでの企画を通して精力的にプロモーションしていることは後に知ったが、本当、申し訳ないことに僕はそれほどアンテナの高い人間ではなく、映画の情報が目に入ることはなかった。  公開の前日にサイゾー編集部から、この映画を見てみないか、という提案をもらったときに初めて存在を知った。  その時に「見てみたいけど、文章を書けるかはわからないです」と答えた。もう一度正直に言って、原作も読んだことがなかった。  それで、HPを見たり、広告に躍る「主演声優は、のん!」の文字を見た時には、極端な反戦メッセージ映画、お涙ちょうだいの恋愛ものなどがぐるぐると脳内でイメージされ、どんどん書ける自信がなくなっていった(今となっては、土下座します)。  僕は本業ミュージシャンで、こうしてコラム的な文章を書く機会をもらっているのですが、いわゆる「評論家」的な存在とは程遠いと思っている。そこには明白に線引きが存在していて、自分の中のはっきりしたルールじみたものもある。  つまり、どんなものについての文章でも、人に読んでもらう価値のある作品に仕立てられる「技術」と「経験」を培ってきた人がプロです。僕にはそれが明白に足りないでしょう。  それでも、僕みたいな人間がみんなに読んでもらおうと文章を書くなら、これはもう「0か100について書く」しかない。それは、日々生きている中で出会った「本当に書きたい」という熱が湧くものについて、「本当に書く」ということです。 『この世界の片隅に』についてのコラムの最初にこんなことを書いているのは、ひたすら自分語りがしたいわけではなく(したいけど)、せめてそれくらいの熱で書いてみたいと思う「徹底的な」映画だったから。  莫大な宣伝費をかけた「大作」でないなら、こういうものを僕らは「力作」と呼ぶんだろう。  そして、これを「名作」と呼んでいくだろうと思う。  この作品は、こうの史代さんによる原作マンガの映画化だ。昭和の初め、太平洋戦争、「すず」という1人の少女~女性の、広島・呉での生活を通して、その風景に迫り来る暴力=戦争の時代をも描いていく。 「戦争を題材としております!」とか言うと、暗くて重く、反戦メッセージが前面に出た作風か、または「ねぇ、そもそもこれ、本当に戦争を題材にした意味ある?」という単なるお涙ちょうだいか、そのどちらか(または、そのどちらも)を想像したくなるけど、『この世界の片隅に』は、もちろんそのどちらでもない、なんだかすごく不思議な、手触りの戦争マンガだ。  作品の中心にあるのは、等身大の「生活」であり、「愛情」。すずという1人の、歴史の上では名もなき女性の、「なんやしらんがつられておかしうなって」くる生活が描かれる。  たとえば戦時中の食糧難を、とっても愉快なお料理マンガ風に描いちゃうあたりとか、絶対ほかの人には描けない、ある意味ものすごい剛胆だと思います、こうの先生。  しかし、このマンガの持つスーパーなところはそれだけでなく、目の前の暮らしの細部を描けば描くだけ、その背景にある暴力の理不尽さが描き出されていくことだ。  僕らは予備知識として、1945年の8月6日と9日に何があり、8月15日に何があったのかを知っている。  目の前の面白おかしいやりとりの裏側で、“時限カウンター”が確実に少しずつ進んでいることを、僕らは意識せずにはいられない。  そしてそれが実際に襲いかかり、その影が描ききられた後には、その向こうの希望すら感じさせるのだ。  また、作画がとんでもない職人技で、原作の豊かな筆致そのままのキャラクターたちが、アニメならではのリアルな昭和初期広島の風景の中に違和感なく描き出されていく。 「原作の再現度がすごい」というだけなら、原作ファンにとって至福のプレゼントで良かったネ、ということになるが、このアニメは原作の世界をさらに大きく拡張することに成功していると思う。  その要因は2つある。  1つは片渕須直監督の「徹底的な考証と、冷酷な演出」、そしてもう1つはキャラクターたちがアニメ化という儀式で手に入れた「声の力」だ。  原作とアニメで僕が決定的に印象が違うと感じたのは、アニメにおいて神のような「記録する視点」が登場したことで、作品全体に「冷酷な客観性」が際立っている点だ。  たとえば片渕監督が長い年月をかけ調べ尽くし、こだわり抜いたという兵器に対するリアルな描写が、原作においては「抽象的であるがゆえの迫力」をまとっていた「戦争」という恐怖に、さらなる肉体的なリアリティを与えている。  主人公のすずは、絵を描くのが好きだ。そのすずの目を通して見る世界を「絵画のように切り取った」シーンが原作にいくつか出てくる。これらのシーンは後々の展開も含めて、とても重要で、原作のキモになっている素晴らしいシーンなのだが、ある意味で主観的で、受け手の想像力にも委ねられた「余白」のようにやわらかだ。  これに象徴されるように、こうのさんの原作には、読む者が入り込めるような優しい曖昧さが常に存在する。  そしてこれは、いわゆる「日常系マンガ」の大部分がそうであるように、バイブレーションの合う人にとっては心地よい余白でありながら、それ以外の人にはチューニングが必要な「別チャンネル」になっている。  しかし、時間軸を持つアニメでは、この原作のやわらかく抽象的な手触りの、「その前」と「その後」を俯瞰的に描いている(時間といえば、先述の時限カウンターも、「時間の流れ」がある映画のほうがはるかに冷酷に、容赦なく時を刻んでいくように感じた)。  ここに、この映画の無敵の布陣が出来上がる。  いや、待てよ。  普通に考えれば、「徹底的で偏執的なリアル演出」というのはよくある監督の独りよがり、アニメにおいて異物になってしまうんじゃないの……?  いや、しかし大丈夫なのだ。 『この世界の片隅に』では。大丈夫なのだ。  なぜなら、原作でも、やっぱり「生活」や「仕草」や「時代」に対する描写は、「徹底的」だからだ。細部を描き込むことで、全体を表出していく――というベクトルが原作もアニメも一致しているので、違和感なく2つのリアリティが同居、むしろ相乗効果を生んでいる。  僕が一番好きななのは、冒頭のシーンだ。  これ、開始1分くらいなんでネタバレじゃないと思うが、まだ幼いすずが海苔の入った包みを背負うところ。この時に、すずがちょっと変わった背負い方をする。身体の半分くらいもある包みを背負うためには、普通に持ち上げて背負ってはバランスを崩してしまう。  そこで、幼いすずは荷物を壁に押し付けて、そこに背中を合わせてこれを背負う。  本当に小さなシーンなのだが、この時に「この映画、いいなー!」と思った。もし小さな身体の自分がこんなに大きな荷物を背負うなら、確かにこうするよな! という「身近さ」で、あっという間に「すず」という人が、確かにこの時代、広島に息づいていたように感じさせてくれる。  これは原作にもあるシーンなのだが、それをすごく自然に丁寧に演出したアニメーションが、見ている人を作品の世界にすっと連れて行ってくれる。  このシーンだけでも、類いまれなほど幸福なアニメ映画が始まったとわかるよ。  そして、この冒頭でもう1つ驚かされるのが、すず役の声優を担当したのんさんの声。  純粋さと、素朴さと、普通さと、たくましさ……いま思えば、すずの全部が声の中に色づいている。言ってしまえば、声がすずの物語自体を語っているような。 「あぁ、そうなんだ。すずさんっていう人、そこにいるんだ」と思ってしまう。  ここばっかりは、ぜひ劇場で見て聞いてほしい。  のんさんだけでなく、潘めぐみさんらプロ声優の演技も素晴らしく(ちなみに11歳の稲葉菜月さんの「なんやしらんがつられておかしうなってきた」の言い方が最高)、作品に引き込み、その時々を必死に生きるキャラクターたちの声と、声にならない想いも、伝えてくれる。  豊かな原作、徹底的な演出、完璧な配役、これらが混然となったアニメ映画が理想だ理想だと言いながら、僕らは実際にそんな映画を人生で何本見ることができるだろうか?  今、それができるんだ。  というわけで、長々と書いてきたが、原作ファンや、絵柄やのんさんの主演に惹かれた人は、もうこの映画を見ているか、見に行こうと決めてるはずだ。 そこで僕としては、自分に似た「この映画、ちょっとどうなの」「あんまり褒められてて、ちょっと……」「クラウドファンディングで低予算なんでしょ」と勘繰ってる、理屈っぽい、「『シン・ゴジラ』について議論するの大好き」的な頭でっかち系の諸兄に対して、この文章を書いてみた。  何より「知らなかった」、近くでやってなくて「行かなかった」で、この作品に触れなかった人を1人でも減らせたらうれしく思います。  あと、僕はこの映画の根底にあるのは、やっぱり怒りだと思います。 takahashi1017.jpg ●タカハシ・ヒョウリ “サイケデリックでカルトでポップ”なロックバンド、オワリカラのボーカル。たまにブログでつづる文章にも定評あり。好きなものは謎、ロック、歌謡、特撮、漫画、映画、蕎麦。 HP:http://www.owarikara.com/ ブログ:http://hyouri-t.jugem.jp/ Twitter:https://twitter.com/TakahashiHyouri?ref_src=twsrc%5Etfw

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